「アヤメ!」
「分かった!」
掛け声とともに森の中で幼くも気合の入った声が響き渡る。その声が聞こえた森の中には三つの姿がある。三つの内の二つは人のもの、残りの一つはモンスターのもの。二人は少年と少女、名前はカムイとアヤメ。そして二人の間に挟まれた一体、それは草食モンスターのケルビだ。
大きさも近しい二人と一体、だがその間にある空気は張りつめ、辺りの空間は互いの鼓動が聞こえてきそうな程の静寂が包んでいた。
アヤメとケルビは向き合い互いの一挙手一投足に注目し敵意を向け合い、そのケルビの後ろではカムイが陣取っている。カムイはその場から動かずアヤメとケルビの睨み合いの成り行きを見守っていた。
誰も動かず音を立てない、そんな膠着状態が生まれていた。
「ハァッ!」
膠着状態を破り、最初に戦端を開いたのはアヤメだ。左手に盾を構え、右手に持った剣をケルビに向かって大きく振るう。上段からの振り下ろし、その足運び、動きも悪くはない、少し前までは唯の村娘だったことを考えれば上出来だろう。だが相手は小さくともモンスター、アヤメの大ぶりの一撃を受ける気は毛頭なかった。その場から軽く飛び跳ねることで難なく剣を避ける。アヤメの一振りは掠りもしない。
「逃げるな!」
だがアヤメも諦めない。一撃で駄目なら二撃、避けられたなら当たるまで剣を振るうだけ。振り下ろした位置からの切り上げに繋げ剣はケルビを追う。だがそれすらも横にずれることで避けられてしまった。それから上下左右、幾ら剣を振ってもケルビは小刻みに、時に大きく動いて避け続けた。
暫く同じような攻防が続き、だがアヤメは諦めない。その目はケルビから離れること無く頭は身体に命令を与え続ける。だがその前に身体が限界を迎えた。胸が焼けるような熱を帯び、腕が震え、剣の振りも遅くなってきた。そのうち振り続けられなくなる事は明白。それを理解したアヤメは一旦ケルビから離れ激しくなった呼吸を整える。
だがそんな隙を相手が見逃す筈がなかった。ケルビは一度頭を振ると頭上に生えた立派な角を空に掲げ、そしてアヤメに向けた。前足で地面を軽く掻く、そして四肢を力強く駆動させ体当たりを敢行してきた。角はそれ程鋭いわけでもなく、仮に当たったとしても防具を貫くことは無い。だが当たればかなり痛い、それをしっかりと理解できたアヤメは素早く盾を構えた。
盾とケルビの角がぶつかり辺りに乾いた音が響いた。
「痛っ、くはないから!」
構えた盾はケルビの体当たりをしっかりと防いだ。だが体当たりの衝撃でアヤメは後退り、吸収出来なかったものが身体を貫き直ぐに動き出せない。そしてアヤメが硬直している事を理解しているのか盾に弾かれたケルビは直ぐに態勢を整えた。そして四肢を駆動させ再び走り出した。向かう先は漸く態勢を立て直したアヤメ……の横だった。
正確にはアヤメを通り越した先に広がる森だが。
「あっ、ちょっと本当に逃げないでよ!」
スコラさっさとアヤメを素通りして森に逃げていったケルビ、振り返った時には姿形は森の中に消えようとしていた。それでも今から走って追いかければ……。
「駄目だ、もう追いつけない」
だが追いかけようと考えていたアヤメの思考を読んだカムイが止める。
「でも!」
「短時間に相手がケルビとはいえ三連戦、これ以上無茶をする必要はない。それに動かない身体でもう一度戦えば次は大怪我をする可能性がある。だからこれ以上は許可出来ない」
カムイはアヤメの姿を、泥と汗に汚れ、腕や足が震えている姿を見て此処が限界と判断。これ以上の無茶は許さなかった。
「ごめん」
「焦る必要は無い。訓練を怪我無く終われたから上々だよ」
カムイはそう言って訓練を終えたアヤメを励まし、その成長ぶりを褒めた。三連戦でアヤメの体力は限界を迎えたが始めの頃と比べたら雲泥の差、例え勝てなくても問題は無かった。
森でのモンスターを相手にした戦闘訓練、カムイがアヤメの実力から相手に選んだのはケルビだった。カムイはケルビが逃げないように動き、アヤメが戦えるように仕向ける。
その結果は三敗で最後には逃げられた。だが目に見えるアヤメの成長はカムイにとっては喜ばしい事だった。
◆
「アヤメには剣は向いていないな」
「うっ!でも、言い返せない……」
此処は活動範囲に幾つか作った休憩所の一つ、狩りにおける補給所や休息場を兼ねて作ってみたもの。その一つで俺達は話し合っていた。
休息所とは言ってもまだまだお粗末な物、此処にあるのは小さな掘っ立て小屋と日持ちする食料を入れた箱だけ。だが立地に隠蔽にとモンスターに見つからないように色々と工夫して作った。そのお陰でモンスターには見つかり難く、襲撃に怯えることなくしっかりと休息が採れる。
「でも剣以外に武器があるの?」
掘っ立て小屋の中で俺とアヤメは向かい合って頭を捻る。アヤメでも使える武器となると。
「う~ん、……ハンマーとかは?」
「無理」
即答だった。
「そうだとは思った。けどアヤメの身体能力は何とかなるにしても武器の向き不向きはどうしようもない」
実の所アヤメの身体能力も物覚えも悪くは無い。今はまだモンスター忍び寄る事は出来ないが経験を積めば可能だろう。これに剣の適正があればスパンと首を跳ねる事も出来ただろうに。
だがアヤメには剣の適正はない事は今回の訓練の結果、ケルビにぴょんぴょんと逃げられた事で理解出来た。
「剣とハンマー以外は、例えば槍とか?」
「いい考えではある」
確かに間合いの長い槍なら戦えるだろう。基本となる技も突きのみで会得難度も低いだろう。
「でもそれ以前に苦手だろ、モンスターに接近して戦う事が」
「……うん、頑張ってみたけど、どうしても怖い」
技術は時間を掛ければ習得は出来る。それに掛かる時間も練習内容と才能によっては短縮出来るだろう。だがそれを生かす事が出来るか否かは練習も才能も関係はない。こればかりはどうしようも無かった。
「それはしょうがない。でも苦手なのに頑張るのは駄目だからな。それで怪我をしちゃ元も子もない」
「分かった」
だが近接戦が駄目となると残るのは遠距離戦。その手段は石投げ、投石紐、あと……。
「弓か」
「弓?弓って以前作って全く使えなかった奴?」
「違う、アレじゃない。アヤメでも引ける奴を作ってみようと思う」
あの失敗作を渡してもどうしようもない。確かに使えれば戦力はかなりのものだろう、だが使えないのだ。だったらアヤメにも扱える物を新しく作るしかないだろう。
「弓か……、確かにモンスターに近付かないからいけるかな?」
「例え駄目でも剣よりは望みはある。それこそ練習をすればいい」
それにもしアヤメが弓を使えるようになれば俺が前に出張る。後からアヤメの弓で援護をする悪くない陣形が執れるだろう。
「そうね、やってみる」
「分かった。それじゃ腹ごしらえして、もう暫く休憩したら帰るか」
そう言って休憩所の箱から取り出したのは保存してあった食料。干し肉を二人分取り出しアヤメと一緒に食べる。
ぶちぶちと硬い干し肉を顎の力で噛み千切りながら咀嚼する。それにしても干し肉は長期保存できるが硬くて食べるのに一苦労する。もし水が無ければその苦労は倍、だがそれ以前に俺にはこの食事に対して不満がある。
「味気ないし美味しくない。いっその事調理道具を持ち込んで此処で飯を作るか?」
美味しくない。ただそれだけのことだが何よりも美味しくない事が不満だ。
「確かに美味しくないけど。それでも狩で食べるご飯にそこまで求めるのは贅沢過ぎない?」
「じゃあアヤメは美味しいご飯が出来ても食べないということで」
「待って、食べるわ」
「なら協力してくれ。まず鍋と塩は必ずいるだろ、それに幾つかの……」
「あっ、冗談じゃなくて本気なんだ」
休憩所で休む時はこうして狩について話すことが自然となった。話す内容は今日の獲物だったり、訓練だったり、今日であれば食事に対する不満だ。
そうして食事の改善についてあーだこーだ話しているとアヤメが何かを思い出したのか聞いてきた。
「そう言えば最近ケンジさんのところに行ってるけど何してるの?」
「持ち運びできる薬を作れないか相談してる。後は新しい薬の開発」
「開発、何作ってるの?」
「開発とは言っても今ある薬の改良が精々だけどな」
ケンジさんの所には薬草の納品以外でも狩りで何か役立ちそうなものが作れないか時々相談している。だが上手く行ってるとは言えず、その進捗はゆっくりとしたものだ。まぁ凄い薬がポンポンと出来ると期待はしてはいないが。
「……偶に気分悪そうにしてるけど、もしかして」
もしかして」
「実際に使ってみないと成功したか分からないだろ。実験する時はケンジさんがいるから安心してくれ」
アヤメも実験にはケンジさんも協力している事を教えると安心してくれた。そうして他にも色々と話しているとあっという間に時間は過ぎ去り、いつのまにか干し肉は食べ尽くしていた。
「さて、帰ったらヨタロウさんに弓の作成を依頼するか。アヤメからも何か希望はあるか?」
「私でも扱える弓を作ってもらう」
「そりゃそうだ」
冗談を言い合いながら、その日は何事も無く狩を終えた。村に帰った後はヨタロウにアヤメが使う弓の作成を依頼して一日が終わった。
◆
「とりあえず今日は弓の練習をしましょう」
ヨタロウに弓の作成を依頼した翌日、俺はアヤメに弓の練習を提案した。
「まだ弓は出来ていないけど?」
確かにアヤメの言う通り弓はまだ完成していない。今回ヨタロウが作成するのは前回の弓と構造はほぼ同じで、アヤメにも扱える様に調整した物。試作で作った材料も流用して作ると言ったから完成までそれ程時間は掛からないだろう。
だからと言って弓が出来ないと練習できない訳ではない。
「大丈夫、これを使って扱い方を学ぶだけから」
そう言ってアヤメに見せたものは小ぶりの古い弓だ。弓には使い込まれた跡や小さな傷が沢山ついているが、弓も弦も壊れてはいない。流石にモンスター相手には力不足だが練習には最適だろう。
「これは俺がハンターになる前から使っていたもので、野鳥を仕留めるのに使っていた。これならアヤメにも扱えて練習にも最適だろう。とりあえず的と矢はあるから回数をこなして使い方を知ってくれ」
「分かったわ」
弓を受け取ったアヤメは早速練習することになった。だが生まれて初めて触れた弓を直ぐに使いこなすことは当然できなかった。
初日は手本を見せながら弓の構え方から始まり、日が暮れる頃には何とか矢を飛ばせるところまで出来た。この調子なら的に当てられるようになるにはまだまだ時間が掛かかりそうだ。
だが弓の練習ばかりしている訳にもいかない。暫くの間は狩りを控え山菜や薬草、薪の採取を行う。そして村に帰ってきてから家の裏手で弓の練習を行っていく。
矢を番え、弓を引き絞り、狙い、放つ。簡単なようで難しい一連の流れをアヤメは何度も繰り返していく。用意している的に向けて矢を打ち込む事もあるが殆どは的の横を通り過ぎたり手前に落ちていく。それを悔しそうに見つめるアヤメを励ましながら練習を続ける。
時には手本として俺もやってみるが弓は苦手だ。腕もアヤメよりも多少はマシな程度で手本になるかどうかは分からなかった。だがアヤメは予想に反してやる気が満ちているようだった。まさかアヤメを、身体を酷使して時間が許す限り練習するのを止める事に苦労するとは思わなかったが。
そんな穏やかな日々が暫く続くと思っていたが、その流れが七日目にして変わってきた。何故かその日からアヤメの矢が段々と的に当たるようになってきたのだ。最初は十回やって二、三回当たれば良かった、それが四、五回になり六、七回になった。
コツを掴んだのか、それとも適性があったのか。確かにモンスターに近付く必要が無くなるとあってアヤメは真剣に練習をしていた。結果としてそれらが実を結んだのだろう。だけどアヤメよりも長く弓を扱ってきた筈なのにこの差は一体何だろう。
そして練習を始めて十日目、俺の目の前には十本の矢がある程度纏まって突き刺さった的があった。
「凄いでしょ」
アヤメがドヤ顔を向けてくる。普段ならば文句を言うか、軽く頭を叩きたいところだが俺は何もできずに呆然としていた。そんな俺の顔を見たアヤメがドヤ顔を深めるが、さすがに腹が立ったので軽く頭を叩いておいたが。
もはや決定的だった。アヤメの弓の適性は群を抜いている、それこそ俺が比較にならない位に。それにしても頭を叩いたことにブーブーと文句を言うアヤメを見て思う。
えっ、マジで弓の適性高すぎない?
◆
つまらない。
ソレは仕留めた獲物を一口だけ食べると残った部分は投げ捨てた。そして不満なのか低い唸り声を出している。だが暫くするとソレは不満を抱えながらも森の中を移動し始めた。
ズシンとソレが一歩踏み出すだけで地面は震え、大きな足跡が地面に刻まれる。そして森に生きる生物はソレに見つかるのを恐れ息を潜めている。
刻まれる。そして森に生きる生物はソレに見つかるのを恐れ息を潜めている。
ただ一つ、投げ捨てられた死骸、ケルビの虚ろな目だけがソレを見ていた。ケルビを見れば内臓が収まっていた腹部だけがゴッソリと食べられている。それだけではない、まるで何か大きな力によって折られたかのように後ろ足の片方は不自然な方向に折れている。
つまらない。
ソレは己の内に潜む願望を満たそうとしていた。ケルビの片足を態と潰し逃した。そうしてケルビは悲鳴をあげながらもソレから必死に逃げようとした。よろけながらも倒れそうになりながらも移動を続けた証として地面には血が点々と残っている。
そうして必死に生きようとした獲物をソレは甚振っていた。逃げる獲物の速度に合わせゆっくりと追いかける。ソレに気付いたケルビは助けを求める鳴き声を出した。だがその声は仲間には届かない。だがその声は己の欲望を、嗜虐心を程よく満たしてくれた。
だがそれにも直ぐに飽きた。そうなると必死の鳴き声も唯の耳障りな音に成り下がり鬱陶しくなってくる。
だから壊した。たった一撃加えただけで首は折れ雑音は止んだ。そして小腹が空いたから食べた。
ソレは無邪気だ。無邪気に唯々楽しんでいただけなのだ。だからこそ無邪気であるが故に残虐で恐ろしい生き物だ。
そしてソレは己の欲望を満たす、ただそれだけの為に谷を越え、丘を越え、山を越えて歩き続ける。
空から差し込む月明かり、その光が真っ赤に染まった巨体を照らしていた。
(`・ω・´)フラグ「待たせたな、もうすぐ会えるぞ」
皆様の感想は全て目を通して何度も読んでいます。本当にありがとうございます。モチベーションが上がります。
それでは次回を楽しみに