私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

24 / 37
前話の後書きで皆様を混乱させてすみませんでした。

だからケジメとして早めに投稿だ!


紅い悪意

ヒュン、と空間を切り裂く鋭い音、それは森の中を飛翔する矢から発せられた。矢が向かう先は大木、その枝に止まった野鳥だ。そして狙い違わず矢は野鳥の首を貫いて……いや、矢に付いている小ぶりのナイフの如き鏃がその細い首を斬り飛ばした。

 

首を斬り飛ばした矢が甲高い音を一瞬鳴らし木の幹に突き刺さる。それに遅れて仕留められた首の無い野鳥の身体が木から落ちてきた。

 

その様子を離れた所から見る小さな影が二つ、カムイとアヤメだ。

 

カムイは剣を抜き周辺を警戒しながら、その横をアヤメが弓に新しい矢を番えた状態で待機している。カムイは周辺の安全確認を素早く完了させると二人は警戒を維持したまま素早く野鳥を回収して移動を開始した。

 

休息所までの短くはない道のり。安全が確保されるまで二人の目は鋭く周りを観察、まだ見ぬ脅威に対して最大限の警戒を行っていた。

 

 

 

小さな休息所の中で火と枝に突き刺した二つの鶏肉が焼ける音がパチパチと響いている。鳥の方は十分に火が通ったようなので塩を振り暫く冷ます。火傷しない程度に冷ました一つをアヤメに渡すと一緒に食べ始めた。

 

「「いただきます」」

 

 

うん、美味い。やはりシンプルに塩がいい。そう思って食べているとアヤメが話しかけて来た。

 

「カムイ、美味しいね」

 

「あぁ、美味い」

 

美味しそうに鶏肉を食べるアヤメの横には野鳥を仕留めた弓が置いてある。今回使った弓はアヤメの身長よりも小さいが対モンスター用に調整した物、矢もモンスター用の特別製だ。練習で使っていた物とは全くの別物なのだが、それをアヤメは短時間で使いこなした。

 

「凄かったな。あれだけ離れていた奴を仕留めるのは俺は無理だ」

 

「凄いでしょ……と言いたいところだけど」

 

さっきまで幸せそうに鶏肉を食べていたアヤメの顔が険しいものに変わる。そして俺も同じ理由で険しい顔になっているだろう。

 

「そうだな、これは手放しには褒められない。昨日も今日もモンスターに遭遇しなかった」

 

「ええ、この二日間は全くモンスターを見ていない。これは何かがおかしい」

 

モンスターと遭遇しない、これが何も知らなかった頃なら素直に喜んでいただろう。だが今では災厄の前触れにしか考えられない。正直言って不吉だ。

 

「まさかランゴスタがまた現れたんじゃないの?」

 

「それは無い。この二日間でランゴスタは一匹も見なかったし、それらしい音も痕跡も何も無かった」

 

普段であれば森を歩けば小型モンスターに簡単に遭遇する筈が既に二日も遭遇していない。この異常事態に対してアヤメはランゴスタではないかと予想したようだが、それはあり得なかった。

 

「もしランゴスタであれば血痕や音、食い散らかされた死骸が無いのはあり得ない。それに手広く活動するから二日間で何回か遭遇するはずなんだ。だが遭遇もせず、かといって森の食物は豊富で問題は無いように見える。あくまで予想だが強力なモンスター、それも単体が現れたことでケルビとかの小型モンスターが逃げ出していると考えられる。もしくは何らかの自然現象が原因でいなくなった。この二つの内どれかだと思う」

 

今と同じような異常事態に遭遇したのはランゴスタの件だけだ。だがそれが参考にならない以上は少ない情報の中から大雑把に予想するしかない。

 

「心当たりはあるの?」

 

「無い。だから偵察だけに留めて何が原因か探るだけに専念する」

 

何処で、何か起きて、何が原因なのか。情報がない以上どうすることもできない。だがら今出来る事は情報収集しかない。

 

「もし原因がモンスターだったら?」

 

「始めは情報収集に努めて戦わない。戦いになりそうなら逃げることが第一優先。集めた情報で戦うかどうかを決めるつもりだ」

 

「もし原因がモンスター以外だったら?」

 

「原因が分かって解決出来れば解決する。出来なければ自然に任せるしかない」

 

「分かった」

 

そうして食事と今後の方針の確認を終える。暫く休んでから休息所から離れ、再度森の中を偵察する事にする。だが幾ら目を凝らして探せど森には事態の解明に繋がるようなモノは一つも見つからない。

 

「ホントに何なんだ。原因が分からない」

 

「もしかして原因は此処じゃない、もっと離れた所じゃないの?」

 

一向に打開しない現状に頭を捻る中、それは想定外の閃きだった。

 

「その考えは」

 

「此処じゃ無い何処かで何かが起きて、そこから逃げたモンスターに此処のモンスターも付いて行ったんじゃない?」

 

その考えは思いつかなかった。俺は無意識に原因が森にあると思い込み、それが思考を狭めていたようだ。

 

「あり得るな。あと俺もそれを聞いて思いついたことが一つある」

 

「何?」

 

「原因が移動している」

 

「それは……」

 

「あくまで予想だ、それに言った事全部が外れてる可能性もある。だから調べるしかない」

 

考えたく無い事だが原因と遭遇する可能性は零ではない。そしていざそうなった時に取り乱さない様にする。予め想定して心備えをしておく事は悪くないだろう。そうアヤメに伝えながら懐から地図を取り出し一緒に覗く。

 

「森以外だと何処が怪しい?」

 

「……高地」

 

「よし、次はそこに行ってみよう」

 

森の調査は十分に行った。それで何も発見できなかったならこれ以上の行動は無駄だろう。そう判断すると調査先を高地に変更して向かう事にした。

 

そしてその考えは正しかった。

 

「カムイ、何か臭う」

 

「当たりだな」

 

森から高地に近付くに連れて感じるようになった異臭。何の匂いか分からなかったが高地に入ることでハッキリと理解できた。

 

「あぁ、コレは血の匂いだ」

 

鼻が嗅ぎ慣れた血の匂いを捕らえた。だが周辺には血の一滴も見つからず、それなのに今いる場所からでも臭ってくる。それもハッキリと分かるほどに。

 

より一層警戒しながら匂いを辿っていき、そして見つけた。

 

「なんだ、コレは」

 

「ヒドイ……」

 

匂いの先にあったのは高地に数ある開けた空き地、その周りには木が数本と岩がゴロゴロとあるような場所だ。

 

普段なら。

 

今はむせ返る程の血の匂い、そして辺り一面に広がっている血の海があった。そして赤い海には島がーー足が、頭が、尻尾が、内臓が、元は一つであったモノが全てがバラバラに、無秩序に打ち捨てられていた。

 

気付けば血の海に踏み込み調べていた。一歩く度に血と何かが混ざった物が飛び跳ね腐臭が鼻を刺激する。だがそんな事はどうでもよかった。ここで最優先するのは調査、そして何らかの情報を得ることだ。だが調査をして分かったのは僅かな事。

 

ーー血の海に浮かぶ残骸はアプトノス、それも成体と子供一体ずつだという事。それがバラバラにされて辺りに散らばっていた事。そしてソレを成したナニかがいる事。

 

「これは食べるためにやった事じゃない。じゃあ何のために?」

 

これは……遊びなのか?仮にそうだとしたら悪意しか感じられない。

 

恐ろしいナニかがいる。その予感を裏付ける証拠となるべきものは終始して損傷の激しい残骸からは見つけ出せる事が出来なかった。だかアヤメはそうではなかった。

 

「カムイ、これ見て」

 

声が聞えた方向に振り向く、すると空き地にある木の一本をアヤメは指さしていた。その木の幹には大きな傷、爪痕が刻まれていた。

 

「爪痕、いやそうだとしても」

 

「これ大き過ぎない?」

 

大き過ぎる。爪痕の深さと大きさ、それはナイフが簡単に収まる大きさで、それが等間隔に幾つもある。爪だけでこの大きさ、なら身体の大きさは、それ以前にこの爪痕の意味は?そこまで考えて……最悪の考えが頭に浮かんできた。

 

「アヤメ、逃げるぞ!」

 

「えっ、でも調査は」

 

アヤメの手を握り有無を言わさず走り出す。

 

「この爪跡は縄張りを示している可能性がある!そうだとしたら迷っている時間は無い、そうでなくてもこれは俺達の手に負えない、暫く村で息を潜める!」

 

「分か「ガァアアアアアアアアアア!!」っ!?!?」

 

だが時すでに遅く、鼓膜が痛みを感じる程の音が襲ってきた。

 

ーーこれは叫び声?いや違う、これは威嚇だ。

 

「走れ!」

 

走る、走る、走る、アヤメと共に、この場から少しでも遠ざかる為に必死に脚を動かす。

 

「回り込まれているよ!」

 

だが相手はこちらの動きを先読みした。進行方向の茂みからこれ見よがしに音を出したのだ。

 

「こっちだ!」

 

森に逃げ込むための最短距離を修正、ナニかに遭遇しないように再び走り出す。

 

「またか!」

 

だがこれも先回りされ、それが何度修正しても繰り返されるのだ。そして分かってしまった。

 

「カムイ、これ誘導されてない!?」

 

「その通りだよ、畜生!」

 

同じことを繰り返されれば嫌でも分かる。ナニかは付かず離れずの距離を保って追跡、それでいて簡単に俺達を追い越し先回りが出来る程の能力を持っている。そして頭がいい。

 

それに対して俺達はどうする事も出来ない、逃げ惑うしか無い。

 

そうして誘導されて辿り着いた場所は川岸だった。

 

「此処は川の上流みたいだな」

 

大小様々な石が辺りに転がり山から流れてきた流木もある。川は上流だけあって激しく流れている。目立つ障害物は無く非常に見晴らしがいい。

 

「これだけ見晴らしがいいと向こうに不利なんじゃ……」

 

「違うんだろう。あったとしてもねじ伏せられるだけの自信が奴にはある」

 

ーーもしくは逃げても直ぐに分かるから此処に追い込んだのか。

 

一つ考えれば二つ、三つと悪い考えは後から後から湧いてくる。だから思考を戦闘用に無理矢理切り替え、余計な物を削ぎ落とす。

 

「矢の残りは?」

 

「八本」

 

「そろそろ来る、構えろ」

 

そして川岸にナニかが姿を現した。

 

「なんだ、アレは、アオアシラ?いや違う、何だあれは!」

 

姿形はアオアシラそのものだ。だが目を見張るのはその大きさだろう。今まで見てきたモンスターの中で群を抜いた大きさ、それこそドスジャギィが子供に見る位に。その巨体に合わせ爪も牙も何より腕の甲殻も大きく以前見た個体とは比較にならない。何よりも全体的に禍々しい。

 

そしてアオアシラとは全く違う点が一つ。

 

「来るよ!」

 

それは紅い毛を身に纏っているのだ。

 

 

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

頭が割れる。ただの音、だが大音量で発せられたそれは恐るべき武器だ。そして衝撃から立ち直る暇もなく間合いを詰められた。見上げる程の巨体の剛腕が、血のこびり付いた甲殻が目の前に迫ってくる。

 

「あああああああ!」

 

生存本能に従い迫る脅威を前に踏み出すことで避ける。身体のすぐ後ろを通り過ぎた剛腕は地面を強かに打ち付けた。

 

そして頭で考え付くよりも前に握った剣を振り被る。狙うは目の前に曝け出された無防備な腹だ。振るわれるのは剣の性能と今までの培われた技術が合わさった一撃、並のモンスターなら問答無用で斬り裂ける筈だった。

 

「ッ!?ふざけんな!」

 

だが斬れない。腕の甲殻を狙ったわけでもないのに剣の刃は唯の毛皮で止められた。そして分かった事はコイツの毛皮の防刃性は尋常ではない事だ。

 

剣が無力化されたことで追撃は無駄と判断。急いで離れるが不思議な事に赤いアオアシラは追撃をしてこなかった。いや、顔を伏せ態勢を整える素振りすら見せない。

 

ーーまさか攻撃されたことに驚いているのか?それとも戦術を練っているのか?

 

頭の中で必死に思考を巡らせる。すると突然アオアシラが顔を上げ、そしてその顔を見た瞬間背筋が凍り付いた。

 

嗤っていた、口を三日月の様に歪め牙をむき出しにして。そのモンスターの笑みが唯々恐ろしい。

 

「ガァアアア!!」

 

叫びと共に再び剛腕を振り被り突進してきた。

 

「カムイ!」

 

アヤメが牽制で矢を放つ。あの巨体で外す事はなく、矢は狙い違わずアオアシラの身体に突き刺さる筈だったのだろう。

 

「どうして、矢が通らない!」

 

だがあの毛皮を知った後では無駄だと分かってしまった。アヤメが続けざまに二本、三本と射かけようと毛皮が矢を通さず、痛みすら感じていないアオアシラは全く意に介さない。攻撃を堪らわせる事も気を引く事さえ出来なかった。

 

アオアシラの剛腕を今度は大きく後方に飛ぶことで回避。目の前の空間を圧し潰す一撃が通り過ぎてーーそれで終わりではなかった。認識外、見上げる巨体に隠れて反対の腕を既に振りかぶっていた事を知るのは二撃目が視界に入ってからだった。

 

ーー回避出来ない。

 

致命的に遅れた、回避行動をする暇がない、だから剣を盾とした。迫る二撃目を前にしての咄嗟の行動ではあったが少しでも間に何かを挟んでいたかった。例え防ぐのに頼りない剣であったとしても。

 

当然剣は剛腕の威力に耐えきれなかった。剣の中程で砕け、俺は大きく吹き飛ばされて川に突っ込む羽目になった。

 

「がっ!?」

 

大きな水柱が立ち上がり、降り注ぐ水滴が顔を濡らす。アオアシラから致命傷を防ぐことは出来たが代償として身体が動かない。そして意識がある中で動かない身体はゆっくりと水に沈んでいく。

 

ーー溺れる。

 

動かない身体を動かそうともがく。直ぐにぎこちなくも手足も動くようになったが危機は去ってはいない。何よりこのまま身体が動くようになったとしても泳げそうにもなかった。

 

服を着たまま泳ぐ自信はあった。だが防具を着込んだ状態、それも練習無しに泳げるほど俺は優れていなかった。

 

身体が、頭が沈んでいくのに時間は掛からなかった。川底は予想してたよりも深く足は着かない。途切れる呼吸、水面に出ようとするが浮上しない身体、水中でひたすら手足を動かすが何も掴めない。それが貴重な酸素を消費する事だと、無駄な事だと冷静さを失った頭では気付けない。そして次第に意識が遠のき……。

 

『そうでしょ。それに、その……、用を足すときも不便じゃない?』

 

『……そうだな、確かに不便だ』

 

思い出した会話が助けとなった。遠のく意識をつなぎ留める。残り少ない酸素を使い右手に握る折れた剣を、身に纏っていた防具を捨て一気に軽くなった身体で水面を目指す。

 

「プハッ!?」

 

急浮上して水面に出た身体が肺に空気を送り込む。だが息が落ち着くのを待つ暇は無かった。

 

「アヤメ!」

 

見ればアヤメはアオアシラを前に倒れていた。俺がいなくなった事で奴の狙いは残るアヤメに向けられ、そして僅かな時間でアオアシラに倒された。

 

遠目に見てもアヤメは満身創痍だ。防具は砕け血を流しているのが見える。だが身体はまだ僅かに動いている事から死んではいない。

 

そして倒れるアヤメに向かいアオアシラは剛腕を振り下ろそうとしている。

 

その顔は嗤っていた。

 

「やめろぉおおおお!!!」

 

叫ぶ、だがそれで手を止める相手ではない。だから剣を、腰に差した残り二振りの内の一つを鞘から抜き、持てる全力で投げた。当たるかは分からない、だが少しでも時間稼ぎになってほしかった。

 

回転しながら飛ぶ剣。その間にも泳ぎ、そして走ってアヤメの下に向かう。

 

願いは届き剣は奴の鼻先に当たる。余程不快だったのか当たって地面に落ちた剣を剛腕で、アヤメに振り下ろそうとした右腕で踏み潰し、砕いた。八つ当たり気味に下された剛腕、それで剣は砕けるが見事に役割を果たしてくれた。

 

そして四足歩行状態に体勢を変えたアオアシラが迫るこちらに視線を向けーー残った一振り、それを奴の片目に突き立てた。

 

「ギャアアアアア!?」

 

恐ろしい絶叫が辺りに響き渡る。大音量の音が頭の中を掻き回す。だがそんな事はどうでもよかった。

 

「アヤメ!アヤメ!」

 

「んっ……」

 

生きている、アヤメは戦闘を、奴の遊びを耐えた。だが楽観できる状態では無い。息はあるが少なくない血を流している。直ぐにも手当てをしなければならない。

 

ーー直ぐに此処から逃げなければ。

 

奴は痛みで苦しんでいる。逃げられるとしたら今しかない。だがどうやってアヤメを村まで連れて行くのか。例え背負ったとしても村に着くまで時間は掛かる。何よりアオアシラがそれまで苦しんでいてくれる保証はどこにもない。最悪の場合、途中で追いつかれ殺される。

 

何かないか辺りを見回す。だがあったのは石ころと流木と川しか…、そこまで見て一つの考えが浮かぶ。だが悠長に考えている暇はない。すぐさま実行に移す。

 

アヤメから壊れた防具を外して背負い、流木を引き摺って川に入り込む。やる事は簡単だ、流木を浮輪として使い二人で川を下る。陸路が危険である以上こうするしか考え付かなかった。

 

川の流れは速く一歩でも間違えれば……。そうならない為にアヤメを背負い、流木にしがみ付く。痛みで伏せる奴の姿が見えなくなるのにそれほど時間は掛からなかった。

 

 

 

 

「大きな怪我はありません。数日休めば大丈夫です」

 

「ケンジさん、ありがとうございます」

 

怪我の処置を終えたケンジさんによれば骨折は無く、顔色も悪くないから大丈夫との事。それを聞いて漸く安心できた。

 

「カムイ、何があった」

 

だがこの場に来たのはケンジさんだけでない。アヤメの父親、村長もいる。処置が終わるまで何も話さずにいたが無事が分かると何があったのか尋ねてきた。

 

「怪物がいます。ジャギィとは比較にならない奴です。暫くは静かにしているように村の皆にも伝えて下さい」

 

「……分かっている」

 

危険なモンスターが近くにいる、そしてハンターであるカムイが敵わないのであれば過ぎ去るまで息を潜めるしかない。それを即座に理解した村長は村人達に知らせる為に立ち上がる。そしてケンジを連れ立って家を出ようとーー。

 

「それとカムイ、アヤメにはハンターを辞めてもらう」

 

言われたことを理解するのに時間が掛かった。だが理解して最初に湧き上がったのは怒り、悲しみではなく諦めだった。

 

「……そうですか」

 

村長が家から出る直前で言った事は衝撃的だ。だがその考えは父親としては尤もなもの。それを理解出来た自分は何も言い出せなかった。

 

「反対せんのか」

 

「それを決めるのは俺じゃありません」

 

「そうか」

 

互いに視線を交わさず、村長はそれだけ言うと振り返りもせず家から出て行った。

 

そして静まり返った家の中、何もする気が起きない俺は唯虚空を見ていた。

 

「ん……、カムイ?」

 

「此処だ、俺は此処に居るぞ」

 

どれ程の時間が経ったのか分からない。気付けば手を握り目を覚ましたアヤメに話しかけていた。

 

「此処は、カムイの……、そう、帰ってこられたんだ。カヤちゃんはどこ?」

 

「水を汲みに行っているだけだ。だから安心してくれ」

 

そうして目を覚ましたアヤメに気を失っていた間に起きた事を、村長の言った言葉も隠さずに伝えた。

 

「ごめ……」

 

「謝るな。悪くない、アヤメは悪くないんだ」

 

隠す事も、誤魔化す事も出来た。だがこれはアヤメが自分で判断することだ。

 

「カムイ、アレは何なのかな」

 

「姿形はアオアシラだ。今わかるのはそれくーー」

 

その瞬間、聞こえてはならない叫びが轟いた。村を覆う崖に反響して幾重にも重なった叫びだか聞き間違える事は無い。

 

「カムイ!」

 

「兄さん!」

 

水汲みから急いで戻ってきたカヤは顔を青ざめている。そしてこの光景が村の至る所で起きていることは容易に想像できた

 

「大丈夫だ、アヤメとカヤは此処にいろ。カヤ、支度を。直ぐに迎えが来る」

 

「分かりました」

 

「何処行くの!」

 

素直に支度を始めたカヤと違いアヤメは険しい顔で見つめてきた。

 

「唯の見回りだよ」

 

そう言いながら予備の防具と片手剣を装備して準備をする。時間は掛けず素早く終え、そして家を出た。

 

「待って!」

 

後ろからアヤメの声が聞こえる。それを俺は無視した。

 

 

 

 

殺す、ころす、殺す、ころす、殺す、ころす、コロス、殺す、ころす、コロス、コロス、コロス、殺す、殺す、ころす、コロス、ころす、コロス、殺す、殺す、ころす、殺す、ころす、コロス、コロス、ころす。

 

紅いアオアシラは吠える。己の目を潰した生き物を、怨敵を殺す。ただそれだけの為に縄張りを捨て、僅かな匂いを頼りに森に来た。

 

そして見つけた。匂いはこの岩の裂け目に続いている。その先にいる、己が殺すべき生き物が。

 

邪魔するモノは壊す。尽きぬ怒りに従いあらゆる生き物を屠ってきた豪腕で岩を殴りつけた。その単純極まる思考に支配故に止まらない。

 

そして唯の一撃でもって長い間、村を隠し通してきた天然の守りは打ち砕かれた。

 

岩の先に広がっていたのはあの生き物と同じモノが沢山いる空間だ。

 

そして捉えた、怨敵の匂いを。

 

ーーガァアアアアアアアアアア!!

 

紅いアオアシラは残虐で、凶暴で、何より執念深かった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。