ガヤガヤ、ニャーニャー、と小さな洞窟の中で群れの仲間達は騒いでいた。その騒動の中心には一匹の同胞、最近になって何処からか食糧を持ってくる様になった幼い子供がいた。
その子供は身体中を泥だらけにしていた。全身の体毛に乾いた土がへばり付き綺麗な部分は身体の何処にも無い。だが普段であれば土に汚れた姿を見ても群れの仲間達が騒ぐ事はない。何故なら彼等には穴を掘って逃げる特技を持ち誰もがその度に汚れた姿になる、故に群れの誰もが見慣れているからだ。
だが今回は違う。騒動の原因はその子供の身体に付いた焦げ臭い匂い、それは彼等の奥の手である爆弾を使用したということだ。つまり使わざる得ない程追い込まれたのだ。
爆弾は非力な彼等がこの世界で生存していく為の切り札だ。非力で小さな彼等が手に武器を持ったとしても大した戦力にはなりはしない。モンスターの鱗を、体表を貫く事も切り裂く事も出来ない。
だが爆弾はそんな彼等にも力を与えてくれる。モンスターの硬い鱗を砕き、体表を穿ち死に至る傷を与える。
そうして彼等はこの世界で何とか生存してきた。だがそれは不測の事態が起これば簡単に砕ける薄氷の上に成り立っているものだ。
故に彼等は奥の手を使わざる得ない相手に対し警戒を怠らない。だから仲間達は問い詰める、何処で何に襲われたのか。
そして子供は群れの仲間に話した。今迄話していた嘘ではなく本当の事を、どうして襲われたのかを。
◆
「問題はどうやってもう一度捕まえるかだ……」
火薬、使い方によっては大きな力となり、反面扱い方を間違えればその力は自分自身に降り掛かる。世界を変え、世界を狂わせる代物だ。
──だがそれはカムイの記憶の中の知識にしか過ぎない。なによりモンスター蔓延る世界において火薬とそれに関する技術は正に宝だ。仮に自分自身で開発しようとした際に掛かる時間はどれ程のものか。
材料集めから始まり加工法を確立し、配合率を見定め、安定化を施し、実用化出来る程の試行錯誤を繰り返す。
知識も無いに等しく何もかもが手探り状態。故に全てを確立する際に掛かる時間は計り知れない。
だからこそカムイにとって彼等の持っているであろう確立された火薬技術は是が非でも手に入れたい代物だ。
「生け捕りなら罠でしかないでしょ?」
「そうなんだよな。結局それしか方法は無いんだが……」
生け捕り、それが二人の悩みの種だ。相手を追い払ってはならない、相手を殺してはならない。生きた状態で捕まえ情報を吐かせる必要がある。
「アレを捕まえるのか……」
「捕まえるしかないけど……」
カムイとアヤメは揃って頭を抱えるしか無かった。二人はついさっき生け捕りに失敗、その後に短時間だか戦闘も行なった。その結果分かったのは爆弾を使用する事と優れた逃走能力──穴を掘って地中を掘り進む能力──を持っている事だ。
「穴を掘るなんて卑怯よ!」
「そう言うな。確かに厄介だけど今度はその事も踏まえて罠を考えればいい。幸いにも厄介なのは穴掘りと爆弾を投げつける、この二つくらいだ」
「小さいのと避け上手、忘れてるわよ」
そう話し合いながら二人は村に帰る道を進む。その道中で罠に関してあーだこーだと話し合うが良案は浮かばない。下手な罠は穴を掘って逃げられるか、その身のこなしで悉く避けるだろう。だからといって同じ策──休息所を檻として活用する──は使えない。何故なら初回で捕まえられず逃げたられたからだ。恐らく次は対策して来るだろう。爆弾を作り運用する相手が愚かである事は期待出来ない。
名案は浮かばず、だからといってカムイは考えを中断する事はない。頭の中で役に立ちそうな情報を、記憶だけでなく村の書庫で収集した情報を含めて検索を行い──
「あれ?」
ふとカムイの足が止まった。
頭の中でバラバラだった情報。それらを組み替え繋いでいると一つの仮説が浮かんできた。だが元となる情報がうろ覚えで仮説が正しかどうか判断は下せない。だから急いで確認しなければならない。
「カムイ、どうした──」
よってカムイは走り出す。その足は村へ、正確には村の書庫に向かって走り出した。
「ちょと!何処に行くの!」
「書庫で調べ物!」
カムイの突然の行動にも関わらずアヤメは落ち着いて、それでもカムイに文句を言いながら付いて行く。そうして村の門番への返事もそこそこにして村に帰ってきたらカムイは直ぐに書庫に入り書棚の中から目当ての本を何冊か取り出す。そして自分の仮説を検証する為に読み込み始めた。
そうしてカムイが言葉を発したのは書庫に入ってから暫くしてからだった。
「見つかったかも……」
「何よ、自信無さげにして。いいから話してみなさい」
同じく書庫に入りカムイを眺めていたアヤメにカムイは二冊の書物を差し出した。一つは題名が掠れて読めない書物、もう一つは植物大全と書かれた物だ。その中の題名が読めない本のあるページをカムイは指差した。そこにあるのは題名と同じく経年劣化によって半分以上は読めない文章。それをアヤメは文章を指でなぞりながら何とか読み取れる部分を声に出して読む。
「え〜と、『種族共──弱──してマ─タ─に目が無く、アイルー達に───は宝物であ─』て書いてあるけど。それでも半分くらい読めないわよ?」
「それでも半分は読み取れる部分は残っている。それでこの本に記されているこの部分にある『アイルー』という言葉。文脈から推測してそれが奴等を表す言葉らしい」
そう言いながらカムイはページの端に描かれてある絵を指す。その絵は二足で立つ生き物、二人が戦ったモンスターに似てなくもない絵が書かれていた。
「間違いの可能性もある、記されているのも僅か一ページだ。それでも仮に正しかった場合、彼等について記されている貴重な情報だ。何より此処に書かれた『マ─タ─』、これは恐らく『マタタビ』だ」
「マタタビ?」
アヤメの困った声に合わせてカムイはもう一冊の本、植物大全を開くとあるページを開いた。そこには植物の名前と簡単な絵、特徴が記されている。所々読めない箇所があるがもう一冊に比べると大したことない。それよりもアヤメの目を引いた部分が──
「特徴の欄に『アイルー』って言葉が書かれている!」
「そうだ、そして植物の名前は『マタタビ』。この二つの書物から不足した情報を補完して推測すると恐らくアイルーの好物なんだろう」
此処まで辿り着けたのは偶然だった。書庫にある書物は経年劣化が激しい物も多く情報源としては頼りならない場面も多々ある。だがいくつかの書物から情報を抜き出し補完してやれば正確な情報に辿り着ける。今回の様に『アイルー』の特徴を切っ掛けにして望む情報を得る事が出来た。
「奴等、アイルーにとって『マタタビ』は宝物らしい。これを餌として捕まえる」
そう言ったカムイの頭の中には既に一つの罠が浮かんでいた。構造も単純で材料集めに困る事は無い。しかし今迄は彼等、『アイルー』をその罠まで誘導する為の最後一手が見つからずお蔵入りにせざる得なかった。
だが必要な最後の一手は揃った。例え失敗したとしても情報の真偽が分かるなら無駄では無い。
そこまで考えを巡らせたカムイの顔には笑顔が浮かんでいた。何故なら火薬技術を手に入れられる可能性に目が眩んでいるからだ──例え皮算用の可能性があったとしても今の興奮したカムイには思い至らないだろう。
そしてアヤメはそのカムイの笑顔を見て思った。
悪い笑顔だなー、と。
◆
カムイ達は先ず罠の材料集めに奔走した──とはいっても材料そのものは簡単に手に入り、一番苦労するであろうマタタビも日暮れ前には見つける事が出来た。そうして二人は集めた材料で罠を作り、マタタビの加工をその日に終えた。
「ニャー!!」
そして翌日、カムイ達は早速作った罠を休息所の中に仕掛けた。アイルーが食糧を優先している以上最適な設置場所は此処以外に考えられ無かったからだ。
「フシャー!!」
だが相手も馬鹿ではない。その考えの元、保管箱には詰められるだけの食糧を詰め、罠にも加工出来たマタタビ全てを投入して万全を期した。
「二ャ、ニャー!!」
唯一の不安要素はマタタビの加工精度だった。書物に書いてある通りにマタタビの実を乾燥させ粉末状に加工する。通常であれば乾燥の工程には日数が必要だが今回は時間を優先させ竃の火を用いて急速に乾燥させた物を粉末状に加工した。故に効能に今ひとつ自信が持てなかった。
「ニャー!!」
そして罠を仕掛けている最中にカムイは思った。
──こんな単純な罠に引っかかる相手じゃないだろ。
動き続けている内にカムイの興奮は覚めていった。そして火薬技術という宝に目が昏んで出した判断を冷静に分析出来るまで落ち着いた。そして爆弾を作れる知性を持ったアイルーがこんな単純な罠に引っかかる筈がないと考えた。寧ろこんな罠を考えた自分の方が馬鹿ではないかと考える始末だ。
だが既に準備は終わっていた。加えて費やした労力を考えると今更中断する訳にもいかなかった。
そしてアイルー生け捕り作戦二号は発動した。
だがカムイはこの作戦が無駄に終わると思っていた。
「フギャー!!」
……思っていた。
「いつまで呆けているの、カムイ」
「はうっ!」
茫然としてたカムイの頭にアヤメのチョップが入った。そのおかげで再起動したカムイとアヤメは目の前の現実を見る。
そこには休息所の手前の開けた空間、その地面一面に敷かれたネンチャク草に全身を絡め囚われた一匹の間抜けなアイルーがいた。
「……マタタビでこうも簡単に釣れるとは」
罠自体は簡単、地面一面に敷いたネンチャク草にアイルーを絡ませて動きを封じるといったもの。無論ネンチャク草だけなら避けるか飛び越えれは簡単に避けれる。だからこそアイルーを罠に誘導する為のマタタビが必要不可欠だった。
名付けて『アイルーホイホイ』。
そして大の字に囚われた間抜けなアイルーはそれでも片腕をマタタビに向かい必死に伸ばしていた。
その姿を何とも言えない表情でカムイは見ていた。それとは反対にアヤメは囚われたアイルーを細かく観察、そしてある事に気付いた。
「この子、昨日と毛の模様が少し違う。もしかして別の個体じゃない?」
アヤメの目によれば昨日と今日のアイルーは別の個体らしい。そう言われてカムイもアイルーを細かく観察する。すると確かに昨日の個体とは模様が少し違う、加えて少しばかり身体が大きい。
結論として囚われているアイルーは間違いなく昨日とは別の個体だった。
「言われてみれば確かに違うな……。まぁ、それでもやることに変わりは無いが」
そう言ってカムイは腰に挿した剣を抜き囚われたアイルーに向ける。鞘走りの音に引かれて顔をカムイに向けていたアイルーが剣を、その鋭さを見て感じ取ったのか身動きの一切を止めた。
その変化をカムイは敏感に察した。
「お前に聞きたい事がある。素直に話してくれれば何もしない」
故に有無を言わせずにアイルーに要求を通達する。囚われた自分が圧倒的に不利であり生殺与奪の権利をカムイが握っている。その事を理解できる知性があるなら交渉が円滑に進める事が出来る。そうカムイは考えてアイルーに話し掛けるが──。
「シャー!」
「……そうだよな、言葉が通じる訳がないか」
──アイルーとは言葉を交わす事が出来るのか?
それは想定出来ていた問題の一つだ。だが言葉の問題以前に生物としての分類そのものが異なる。そんな相手に対して言葉で対話を試みるのは無駄では無いか。仮に知性があるなら自分達とは異なる文化、言葉を持つ可能性が高い。そしてカムイにはそれを解決する術を持っていない。
故に解決出来ない問題をカムイは意図的に見過ごした。そして互いに言葉は通じる筈だと思い込んでしまいたかった。
だが現実は無情であり、それでもカムイはアイルーに話しかけ続けた。爆弾を作れる知性が有るのなら意思疎通は可能ではないかと。
しかし、どれ程続けてもカムイに返ってくるのは唸り声と威嚇だけ。そして無為な応酬を続けるカムイの姿を見かねたアヤメは提案した。
「これじゃ技術を聞き出すのは無理ね。代わりにこの子が身に付けていた物だけでも回収しておく?」
提案は爆弾其の物の回収、それは言葉で意思疎通出来ない現状においての最良の選択。
「……そうだな、そうしてくれ」
そしてカムイもアイルーとの意思疎通を断念しアヤメの提案を受け入れた。確かに彼等の持つ道具を解析し、それを元に試行錯誤を重ねれば火薬技術の確立は短縮出来るだろう。それでも最善は彼等との意思疎通を通し確立された技術を手に入れることだったが仕方がない。
「何が起きるか分からないから防具を変えて触るように。分かっていると思うが気をつけてくれ」
「分かったわ」
そう言ってアヤメは別の防具を取りに休息所に向かって行った。
「さて、後はお前をどうするかだが……」
目の前にいるアイルーは身体を捩り、腕に、脚に力を込め罠から抜け出そうと必死になって藻搔いている。だが力が足りずに全てが徒労に終わる。その姿を見つつもカムイは考える。
「前回とは違う個体だかこのまま放すと再度盗まれる可能性がある。仮に昨日の個体と同じ群に所属しているのならコイツは模倣犯、そうした時に必要なのは何か……」
意思疎通を諦めて暫くの間カムイは熟考──そして結論を出す。
「……見せしめにするしかない」
見せしめを行いアイルー達に理解させる。そして言葉が通じないならば手段は有効な見せしめは唯一つ
──殺すしかない。
そうして初めてアイルー達も理解するだろう。此処には恐ろしい生き物がいると。
「悪いが俺は聖人君子ではないからな、祟らないでくれよ……」
ネコを殺した人は呪われるといった迷信がカムイの頭の中にある。だが目の前のアイルーは言葉は通じず意思の疎通も出来ない。しかし放っておけば自分達の食糧は絶えず盗まれ続けるだろう。故に見逃す訳にはいかない。
カムイは剣を両手で握り構える。
──せめて苦痛なく一太刀で終わらせる。
その想い共に剣を振り下ろす。降り下ろされた刃は寸分の狂いなく細い首を断つ軌跡を描き──その最中、休息所の周りに張り巡らせた鳴子がガラガラと鳴り出した。
「アヤメ!」
カムイは振り下ろしを中断、剣を投げ捨て急ぎ背負っていた太刀を抜刀、即座に構える。アヤメも直ぐ後ろで戦闘態勢に変わる。
二人の周りにあるのは丈の長い茂みと倒木だ。元々モンスターから実を隠す為に作った休息所、意図的に手を加えていないため視界悪い。だが鳴子がなった所の茂み、そこだけは風が吹いていないのに不自然に揺れている。
──明らかに何かが潜んでいる。
二人は不意打ちを警戒、相手の出方を伺う。だが幾ら待てど二人の周りの気配は動き出さない。そうして短くない緊張感が辺りに満ち──
「フッ──!」
呼吸を整え、一足にカムイは踏み出す。
森の中に隠れられる場所があったとしてもそれは小さいものが殆ど。丈の長い茂みだとしても二人が視認出来ないとなれば相手は隠れられる程に小さいモンスターに限られる。そして現状から推測するに相手はアイルーだ。
脚が一歩地面を蹴る度にカムイは姿勢を低く、そして両手で構えた太刀をより深く後ろに背負う。視覚は頼れない、故に聴覚、嗅覚を頼りに隠れた相手に向けて疾走する。
一歩進めば耳は相手の呼吸を、更に一歩踏み出せば鼻は相手の匂いを感じ取る。そして目に見えずともボンヤリと隠れた相手を感じ取る。
「ハッ!」
──初太刀で仕留める。
最早生け捕りと悠長な事をやっている場合では無い。周りにいるアイルー達が連携を取りながら戦いを行えば不利なのはカムイ達だ。例え弱くとも数と爆弾があれば連携を取り二人を仕留める事は容易い。
だから先手を取る。先ずは一匹を仕留め、相手を動揺させて連携の隙を与えない。
そしてカムイの太刀はアイルーが隠れていると思われる場所に、生い茂った蔓が複雑に絡み合った倒木に向けて降り下ろされ──
「お待ち下サれ!」
だが再度刃は止められた。カムイは後ろに跳び、倒木を切り裂く直前で止まった刃を直ぐに手元に戻す。されど警戒は緩めず声がした方向に視線を向ける。その視線の先に有るのも背の高い茂みだけ、だがその奥から草を揺らし何かが近づいて来る。
「どうカ、私タチの話ヲ聞イテ下サい」
そうして生い茂った雑草を掻き分けてカムイ達の前に一匹の年老いたアイルーが言葉を話し現れた。
アイルーといえど慈悲なし!
感想ありがとうございます。返信出来ていませんが全てに目を通しています。これからも少しずつ投稿していくのでお待ち下さい。