余裕があるようで無いチキンレースの果てに手に入れたジャギィの肉。それを使って作るのは昨日と同じ雑炊。そこに少ないがキノコや山菜を入れて一煮立ち。立ち昇る匂い嗅いで確信する。
ーーこれは美味いぞ。
その証拠にカヤの目は血走り、口からは涎が垂れる。そしてつまみ食いをしようと箸を伸ばし、それを鍋をかき混ぜる御玉で阻止すること五回目。
ーー兄さんもう食べれます。
ーー食中毒を舐めてはいけません。
料理が完成したことで摘まみ食いを阻止する長いような短いような闘いは終わった。今度は二人で雑炊を無言で食べ続け、あっという間に食い尽くした。そして満腹になって理性が戻ったカヤが腹をさすりながら聞いてきた。
「兄さん、答えて。これ、何の肉」
「何だと思う?」
血が胃袋に出払っているのか片言で聞いてきたカヤ。その姿を見ながら答えようとするが此処で素直に答えるのも面白くない。そう思い逆に聞き返してみた。
「えっと、鳥じゃなかったら何だろう……。分かんない。教えてよ、兄さん」
満腹で働きの悪い頭でウンウンと唸って考える。だが幾ら考えても分からないようで諦めたようだ。まぁ、これで当てられたら此方としても反応に困るから良かった。
「正解はジャギィの肉だ」
「……んんん?」
「ジャギィの肉だ」
人は驚くと目が点になるとは誰が言ったか。まさか本当に点の様になるとは。中々いいリアクションである。
「ジャギィって……モンスターでしょ!それを兄さんはどうやって!」
頭が漸く再起動したことで自分が食べていた肉の正体を理解できたようだ。だがカヤは食べていた肉の正体よりもどうやって手に入れたかの方が重要のようだ。
「狩った」
「……んんん!?」
「より正確に言えば、罠に嵌めて動けないところを滅多打ちにした」
再度目が点になるが説明不足は誤解を招くので詳しく話す。どうやってジャギィを仕留めたのかを簡潔に話す。だが改めて言葉で話すと自分でもどうかと思う内容だ。法螺話と言われても不思議じゃない。
「何で、そんな危ない事するの」
だがカヤは違った。法螺話では無く本当の事だと気付いたのだろう。だから悪ふざけは此処まで、これから話す事は真面目な、俺達の命に関わる事だ。
「やるしか無かったからだ。俺もこんな危険な事はしたく無い。今日も本当ならキノコとか山菜を取ってくるはずだったんだ」
まずは事実確認。何故ジャギィと、モンスターと関わる事になったのか。
「この冬を越せる位の食料が沢山あった場所を見つけたんだ。だけど昨日はそこでジャギィに襲われて採れず仕舞いに終わったけどな。それで今日こそと籠を背負って行ったけど全部食われていた」
昨日は運良く生き残ってジャギィの肉を手に入れた。それに浮かれてまた訪れたら何も無くて。
「食われてなければ何も言わなかった。適当に誤魔化して隠してた。だけどそんな余裕は無くなった」
だけど甘い考えは通じず、あったのは苦すぎる事実のみ。だから、それしか無かった。そして一人では何も出来ない。
「カヤ、協力してくれ」
「協力、一体何?」
俯いて黙って聞いていた顔を上げた。その目の前にある物を置いた。
「ジャギィの皮と骨、これで防具を作るのを手伝って欲しい」
狩った三匹分の皮と骨。モンスターの身体を形作る物だけあり立派な物だった。これで防具を作る事が出来れば今後の大きな助けになるだろう。どんな物を作るかはまだ考えてはいないが、それは追い追い考えればいい。
「手伝うのは良いよ……、だけど!その前にさ、村長達に相談しようよ、助けて貰おうよ!」
俺の顔を見て言ったカヤの顔は泣きそうだ。いや、これから言うことは必ず悲しませ、泣かせてしまうだろう。だけど言わなければならない。言わないと何も始まらない。
「カヤ、村長達は助けてくれない」
「そんなこと……」
カヤの顔は驚き、だが諦め切れずにすがる様な顔をして聞いてくる。だから続きを口にする前に話す。
「ある。何処も余裕なんて無い。この村は二人の子供も助けるほどの蓄えはもう無い。俺達に分けられた食料、子供とはいえ一冬を越せる量は馬鹿に出来ない。だが分けてくれた食料は一冬越せる量でなかった。例え俺の分、全てをカヤに譲ったとしても足りない。それだけ村に余裕は無いんだ」
誤魔化さず、辛い話しを長引かせない様に。都合の良い妄想は抱かせない様に。
「皆、村の大人達は俺達を切り捨てた。分けられた食料も憐れに思っての温情、もしくは割り切る為だろう。"辛いが、出来るだけの事をした。だから死んでしまって悲しいが、しょうがない"といったところだ」
「そんなこと!」
「無いかもしれない。全て間違っているかもしれない。全部俺の想像だからな。だけど」
怒りに塗れた言葉、それに怯む事も無く残酷な予測を、恐らく限りなく正しいであろう事実を告げる。
「俺達は冬を越せない。それは事実だ」
カヤは俯いて震えて泣いている。それもそうだ。こんな幼い妹にしてみればどうすれば良いか分からないだろう。泣き喚いて当たり散らしても可笑しくはない。
「だけどカヤ、お前を死なせはしない。俺も死ぬ気は毛頭ない」
だが俺は違う。泣き喚く事も当たり散らす事もしない。村が切り捨てた、だからどうした。ならば俺の持つ全てを使ってカヤと生き残ってみせる。
「だから手伝ってくれ。生き残るために」
そう俺は言った。
「分かった……、兄さんを手伝うよ、だけど約束してよ」
声も上げずに泣いていたカヤは涙を拭った顔で問いかける。
「いなくならないで、一人にしないで。嫌だから、お父さんやお母さんみたいにいなくならないで」
不確実で先の見通せない未来を考えれば約束はできない。だけど――
「分かった、約束する」
妹と指切りげんまんをする。
嘘をついたら針を千本飲まないといけないからな、そう言えば泣きながらも笑ってくれた。そして聞いてきた。
「兄さんはどうして泣かないの」
ーーそれは前世の記憶のせいで精神が無理矢理大人になったから、なんて事は言わない。
「俺はカヤの兄さんだからな」
これが俺が泣かない理由の全てだ。
◆
問題、モンスターに対してナイフで挑むとどうなりますか?
解答、美味しく食べられる、殺される、自殺志願者と疑われます。
今まで罠に嵌めて殴り殺してきた、その自分の最良の武器が落ちている岩や木の棒。原始人と言われても否定できない有様である。常日頃から携帯しているナイフは最早解体道具としての用途しかない。だからモンスターに対抗するには武器が必要である。勿論、今まで通り罠を多用していくことには変わりない。だが現状の狩方は罠が破られたら終わりである。さらに相手が常に罠を張るのに適した環境にいる訳でもない。
ーー取れる手段が少なすぎる。
これが目下の課題であり、それを打開するには武器がいる。その為に村唯一の鍛治場である人を訪ねた。
「新しいナイフを作ってくれ?」
彼の名はヨタロウ、無精髭を生やし髪を乱雑に短く切った壮年の男性である。彼はこの村で使われている全て鉄器、鍋や包丁などに関わっており、今や解体用と化したナイフも彼が作った物である。モンスターを解体しても刃毀れしないナイフは彼の確かな腕を物語っている。
「はい、大きくて頑丈な奴をお願いします」
そう言いながら細かな注文をつける。イメージはマシェットに近い。違いを挙げるならばモンスター用に肉厚である事、子供の俺でも振り回せるサイズである事だ。そう伝えると興味深そうに聞いてはくれた。
「無理だ」
だが現実は非情である。
「理由を聞いても?」
「簡単な問題だ。鉄が無い。それだけだ」
鉄、そうきたか。
技術的に出来ないのでは無く、資源が無いから作れない。これは盲点だった。村は基本自給自足、外部から資源を取ってくる事も無い。自己完結しているのである。例え鍋や包丁が壊れたとしても新しく作るのではなく、壊れた破片を集めて直す。そこで少し目減りしようと使うのが村のやり方だ。そこに余分な鉄は無い。悪い言い方をすればその場凌ぎなのだ。
だが解決策が無いわけでは無い。
「なら鉄があれは作って頂けると?」
要は鉄を持ってくればいいのだ。
「あぁ、作ってやるよ。だがな、他所から盗んだ鉄を持ってきたら村長に突き出すからな」
当たり前だ、他所の家から鍋や包丁を盗めば俺達二人に村での居場所は無くなる。生き残っても先に続かない。それでは駄目だ。
「分かってます、そんな事はしませんよ。鉄は此方で何とかします。では失礼します」
「おい、待て!」
そう言って鍛冶場を後にしようとすると後ろから声をかけられた。その声音は不思議そうである。当たり前か、此方が諦めると思っていたら何とかすると言ったんだ。それも子供が。不思議に思っても仕方ない。
「お前、当てはあるのか」
だが、これはなんだ?ただ聞きたいだけじゃない。なにかがその言葉に込められていた。顔も真剣である。
「ありません。だから探しに行くんです。因みに確認ですが、鉄があれば作ってくれますよね?」
「……まずは鉄を持ってこい。話はそれからだ」
だが、そう答えると顔に浮かんでいた真剣味は消えた。まるで期待していた答えではなかった様で投げやりな顔で返事をして会話は終わった。ヨタロウの鍛冶場を出れば冬の寒さが身に染みてくる。
「なんとも世知辛い」
武器を作ろうにも鉄が無く、村にある鉄は使えない。そうなると村の外から持ってくるしかなくて、村の外はモンスターが跳梁跋扈するところときた。
「ヤバい泣きそう、てか泣きたい」
カヤの前で言い切った以上泣かないが愚痴は出る。だがやるしかない。やるしかないんだ。そうして家に帰り出掛ける為の装備を身に纏う。不安そうにするカヤに今回は狩ではなく採集だから心配するなと宥めてから家を出た。最悪の場合を想定して余った肉は予め家に運び込んでいる。冬を越すには無いよりはマシな量だが、いざという時には役に立つだろう。
そうして村の外に出て――初っ端から途方に暮れた。なにせ鉄と言っても何処にあるか分からず当てすら無いのだ。こうした時の前世の記憶は露出した鉱床を探せ、砂鉄を探せと頻りに訴えてくる。だが何処にあるか詳しく場所を特定する情報は記憶に無いときた。
ーー前世の記憶、マジ使えない。
記憶はまるで役立たず、それでも散々悩んだ挙句に今一番可能性の高そうな砂鉄を探しに川、あの間抜けなジャギィに追い詰められた場所に来た。昨日と変わらずに川には水が流れ目を凝らせば川魚らしき姿も見る事が出来る。周りを見回すがモンスターは影も形もない。ここまで来るのに隠密擬きの行動――とはいっても物音を当てずに静かに移動する程度だが効果があったと思いたい。
そして、いざ砂鉄を探そうとして――此処でも躓いた。探す以前に砂鉄かどうか判断する術が無い事に気付いたのだ。頭の中の記憶には砂鉄を判別する知識がなく、仕舞には磁石なり電磁石なりで判別しろと喚いて来る始末。
――磁石も銅線も電池もあるわけないだろがボケ!
八方塞がり、打つ手なしの状況に蹲ってしまう事しばし。最早これは罠を極め原始人スタイルを極めるしかないと考えがあらぬ方向に飛んでいき、結局どうする事も出来ず諦めて川下に向かう事にした。特に何か考えがあってのことでもない。ただ止まっている事に耐えられなったのだ。
「余りにも無計画過ぎる」
自分に対して愚痴が出てくる。しかし、分からないのだ。自分が知っているのは村の中とその周辺のみ。知識に至っては虫食い状態の役立たず。冗談でもなく霧の中を歩いているのだ。だから歩いて情報を集めるしか無いのだ。
ーー歩いて情報を集める?
「そうだ、先ずは情報を集めるしか無いんだ」
歩いていた足が止まった。
そうだ、何故そうしなかった?俺は自分が余りにも無知である事を見落としていたのだ。先ずは周辺の地理や植生、モンスターなどの情報を集め理解する事に努める。そうして集めた情報や考えを元に鉄があるかどうか判断すればいい。そんな当たり前の事も考えつかなかった。何故か?
「前世の記憶も考え物だな」
中途半端に答えが理解できる分、最短距離で答えに辿り着こうとする。それが最善だと疑わず、その先に落とし穴があったとしても気付かずに。だが思わぬ落とし穴だったが気付けたのだ。今までの苦悩は無駄では無かった。
やる事は決まった。まずは村の外を理解する事。鉄を探すのはそれからだ。
川下に向かっていた足を止め今後の方針は数日掛けて村の周りを探索する事にする。そうして探索をすればするほど新しい発見があった。何より嬉しい事はキノコや山菜などの食料の新しい自生箇所を見つけられた事、ジャギィ以外のモンスターを見つけたことだ。なによりこの活動で地理や植生、特にモンスターに対する理解は進んだ。
キノコや山菜は広く分布しており取り尽くす恐れは無いだろう。モンスターにしてもジャギィと比べれば大人しそうな奴、村長に伝え聞いていたアプノトスや憎きケルビ、ガーグァの姿を詳細に目に出来た事は良かった。特に大人しいケルビやガーグァは狙い目だ。試しに気付かれずに忍び寄りそこ辺に落ちている石で頭を殴れば気絶してくれた。殺す手間がいらず、小さな個体は気絶させてから適当な場所に運んで捌けば家に持ち帰ることが出来る。更に美味いとくれば狩るしかないだろ。
一方でどうしようもないモンスターにも出会った。ジャギィの親玉のドスジャギィなどだ。ジャギィとは比べるのも馬鹿らしい位の大きさ。正しく大人と子供。まさかジャギィを可愛いと思う日が来るとは思わなかった。遠目で確認出来た事は幸運だった。アレに気付かれた時が俺の最後だろう。初見で遭遇するなど考えたくもない。
それ以外にも多くのモンスターを見つけることが出来た。そうして分かったのは今の俺が逆立ちしても敵わない事、だがいつまでも関わらずにいられない。今はその時に備えて情報を集める時で闘う時ではない。そうして様々な事を発見しながらも調査は続いた。そして調査を始めて数日が経った時にそれを見つけた。