私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

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ようやく出来た!


ネコ……もといアイルーと和解せよ

今まで自分たちの命脈を繋いでいた食料、その出所を幼い同族は口にしなかった。時に同族が詰め寄ったとしても口を噤むか、逃げ出し決して答えようとはしない。だが今ならその訳が分かる、分かってしまう。言える筈がないのだ、今まで自分たちの口の中に消えていった食料が盗んできた物だと。

 

しかし今更後悔したとて時は戻らず、時間は流れ続けている。そして群れの長はこの問題を早急に解決する事を迫られた。

 

だが長は今まで自分達が食べていた食料が盗まれていたものだと薄々気付いていた。そもそも幼い同族が纏まった食料を継続して手に入れられるなど有り得ない事。もしそれが出来るのであれば幼子の才能が優れているか、もしくは他所から奪ってくるしかない。事実食料は盗んできた物であった。それでも長は群れの存続を第一に優先、事実から目を背けていた。

 

確かに他所から勝手に食料を盗み出すのは無礼にも程があり、同族だとしても叱責は免れられない所業であり──だがそれだけだ。例え礼儀を失した行いだとしても誠心誠意謝り、しっかりと罰を受ける。そうすればその後は次第に仲が良くなり長い時間を必要とせずに互いに肩を抱き合いながら笑い合う。それが『アイルー』という種族だ。

 

──だが事態は全く異なる。長が想定していた相手は同族の『アイルーの村』、だが盗んできた先にいる種族は自分達とは全く違う。『アイルー』の道理、習慣が通じる相手か分からない、盗んでしまった食料は彼らにとってどれ程の価値があったのか、全てが分からない。

 

いや、一つだけ分かる。現状は決定的に選択を間違えたと。

 

もしかしたら友好関係を結べたかもしれない、もしかしたら、もしかしら、もしかしたら……、だが全ては想像でしかなく、事ここに至っては実現に至る可能性は無くなった。そして今の自分達の置かれた状況、ここからどうすればいいのか、どうすればこの問題を解決出来るのか、どうすれば群を存続できるのか。長は苦悩しながらも最善を、最良を求めて思考を巡らせる。

 

だが群れの誰もが長の苦悩を理解出来る訳ではない。そして群れの中の若い同胞たち、その中で幼子の兄貴分であったアイルーが住処から出て行こうとした。

 

長は言う──何処に行くのか。

 

問われたアイルーは答える──食料を得るため。

 

その問答で長は理解できてしまった。このアイルーは止まらないと。

 

アイルーは言う──奴らから奪う以外に生き残る道はない、それ以外に道がないから今の我等があるのではないかっ!

 

群れの誰もが止める間もなく同族は出て行く。そしてそれを止められなかった長も老いた身体に鞭を入れ後を追いかける。

 

長は言われた言葉を理解できない程愚かではない、だからこそ勇み足で飛び出した若者を長は何としても連れ戻さなくてはならない。なぜなら彼は向かう先にいる生き物を全く知らない。だが長はその生き物を知っている。それは『ヒト』と呼ばれた生き物であると。

 

群れの長に語り継がれる伝承にはこう伝えられている。

 

──彼らは森を切り開き、山を崩し、都を作り、空を飛び、文明を、栄華を極め、その過程で自然の恵みの悉くを簒奪した種族。そして侵してはならない領域を侵し、古き竜に滅ぼされた種族也。

 

 

 

 

カムイの目の前に老いたネコ、いやアイルーが単身で出て来た。武器らしいものを持たず、護衛のような存在も身の周りに付けずに。それだけなら振り下ろしている最中の刃を止めることはなかった。だが相手が言葉を、意思疎通が可能な言語を片言とはいえ自分達には話し掛けてきたならば話は別だ。

 

「モンスターが喋った……!」

 

生物として全く異なる知恵を持つ者との意思疎通、驚愕と共にあり得ないと諦めていた可能性が目の前に現れた。だがいつまでも驚いているばかりでは事態は進まない。すぐさまカムイは現状からどの様な言葉を掛けるべきが考え──間を置かずに老アイルーが続けて言葉を繰り出した。

 

「ソレ、群レ、ナカ間」

 

ここまで急いできたのか呼吸は荒く、地面に伏した同族を指す手は震え、紡ぎ出した言葉はお世辞にも上手いとは言えない。音の高低、強調、話す言葉全てが正しくなく、単語を並べただけの拙い言葉。

 

「コドモ、オ腹、ヘッテいル」

 

身体が震えているのは疲労だけではない筈だ。片や丸腰、片や長大な武器を構えている。体格も大きく違いカムイがその気になれば老アイルーなど容易く一刀両断されるだろう。殺される恐怖を抱え、それでも懸命にカムイに向かって己の考えを言葉にして伝えようとしている。

 

「ユルシテ」

 

その言葉に込められた想いは如何程か。その言葉を言い終わると同時に辺りに静寂が満ちた。カムイも、アヤメも、アイルー達の誰もが言葉を発さず、動かない。

 

「子供、盗む、食べ物」

 

そうして最初に口火を切ったのはカムイだ。警戒をそのままにして構えを解き、そして彼等と同じように、彼等に伝わるように単語で話し始めた。

 

「俺、仲間、食べ物、作った、大切、それ、盗られた」

 

聞き間違いは許さない。単語を強調し、強弱を付け、眼光は鋭く、睨み付ける様にしてカムイは老アイルーに言う。

 

──お前達が盗んだモノが自分達にとってどれ程大切なモノであったか分かっているのか?

 

「ゴメン…ナさい」

 

「許さない」

 

老アイルーが紡いだ言葉、それをカムイは一言で切り捨てる。謝っただけで許される問題ではない。自分達の時間と労力が費やされたモノが盗まれ、それらが戻ってくることはないのだ。例え彼らの群れの全員が謝ったとしても許す事はない。

 

「──だけど」

 

──さあ、ここからだ。ここからが本題、ここからが交渉の始まりだ、逃がすな、この千載一遇の機会を必ずモノにしろ。

 

そうカムイは己に言い聞かせる。そして群の長であろう老アイルーに向かって片手を突き出し、その手の中に握ったモノを見せつける。

 

「コレ、お前達、持つ、道具、作り方、教える」

 

その手に握られているのは爆弾、罠にかかったアイルーから奪ったモノだ。長はカムイの手に握られたモノが何であるか直ぐに分かり、そして言われた言葉を理解してかその表情を強張らせた。

 

「俺達、ソレ、知りたい、お前達、食べ物、欲しい」

 

お前達が欲しいモノを俺たちは持っている、俺達が欲しいモノをお前達は持っている。──なら話は簡単だ。

 

「交換、どうする?」

 

この場に必要なものは謝罪の言葉ではない。そんなものは何の価値もない。お前達が持つ技術を渡せば、対価として食料を売る。そんな原始的な取引がこの場に必要とされるものだ。

 

カムイが話し終わると辺りを静寂が支配する。誰もが口を噤み、聞こえるのは鳥の鳴き声と樹木の葉が擦れ合う音だけ。その中で老アイルーは一人険しい顔をして思考を巡らせる。

 

それを仕方が無い事だとカムイは思った。この弱いモンスター、アイルーが生き残ってこれたのは彼等の持つ火薬技術が大いに助けになっていたのだろう。それを外部に、異種族である自分達に伝授する、それはどれ程危険な事なのか。だが長として群の事を考えれば食料の確保は如何なる理由があれ優先される。その狭間で目の前の老アイルーがどの様な判断を下すのか。

 

だからといって手心を加える事はない。されど必ず技術をモノにするとカムイは既に決めている。

 

「…………分かっタ」

 

一体どれ程の時間が経ったのか、長かったようにも短かったようにも感じられた静寂は終わりを迎えた。そして老アイルーはカムイに向けて答える。

 

「ワタし達、道具、作り方、教える、アナた、食べ物、渡す」

 

此処に取引は成立した。

 

「群れ、『アイルー』、約ソクする」

 

「カムイ、約束する」

 

此処から始まるは和解となる。

 

 

 

 

こうしてカムイはアイルーとの関係を持った。アイルー達から火薬技術、それ以外にも彼等が持つ独自の知識、技術の対価としてカムイは食糧を提供するという取引。

 

まずは前金としてカムイからはアイルー達に幾らかの食料を渡す。群が飢えない量の食料、されど数日すれば尽きてしまう量だ。その間にアイルー達は火薬技術等をカムイ達に伝える。この取引は速やかに履行された。

 

──大半の村人達は知らぬまま秘密裏に。

 

何故知らせないのか、理由は単純に村人達が彼等アイルーをモンスターと誤認する可能性があるからだ。既にカムイは彼等とは意思疎通が出来る事は分かっているが、その姿形は人とは大きく異なる。そんな彼等を閉じ切った小さな世界で生きてきた村人達は受け入れられるのか?

 

この点に関し異種族との交流は時期尚早であるとカムイと村長の意見は一致した。よってカムイとアイルーとの取引を知るのは村長と限られた数人のみ。食料に関しては今までのカムイの働きに十分な対価を払えなかった事を踏まえ村長からの口利きもあり問題はない。

 

本格的な交流はまだまだ先、当分は密貿易のような細々とした取引が続いていく予定──の筈であった。

 

取引が交わされた数日の内に一匹の幼いアイルーが村の入口に現れた。

 

その姿を最初の見つけたのは入口の警備をしていた村人達だ。彼等は初めて見るモンスター、アイルーの姿に警戒しながらも各々が素早く武装、モンスター接近の伝令を村に走らせた。そうして門での迎撃態勢を整え──だがその中で一人の青年が村に近づくアイルーを観察して疑問を口にした。 

 

──アイツ、血だらけだぞ。

 

それは小さな声であったが襲撃に備えていた村人達の耳には不思議とよく届いた。村人達も直ぐに目を凝らしてモンスターを見れば、成る程、確かにモンスターの体は血だらけだ。元々白かったであろう体毛は殆どが血に染まり乾いて黒ずんでいる。片足を引き摺りながら入口に向かう足取りはモンスターとはいえ憐れみを覚えるほど。その姿を見てしまった村人達は死にかけのモンスターに止めを刺す事が出来なかった。

 

そして弱弱しく、されど歩みを止めなかったアイルーは立ち塞がる門に辿り着いた。そして動く片手を使い門を叩く、ぺしぺし、ぺしぺしと門を叩き弱弱しく鳴き声を上げる姿は余りにも必死だ。

 

「何があった!」

 

その最中に武装したカムイとヨイチ達が急ぎ応援として門に駆け付けて来た。その姿を見た村人達は安心と共に自分達ではどうにも出来ない現状の解決をカムイに求めた。

 

「カムイ、丁度いいところに来てくれた。初めて見るモンスターが現れてな、その…、死にかけだが如何する?」

 

「死にかけのモンスター?」

 

村人達の煮え切らない言葉を聞いたカムイはモンスターを確認する為に物見櫓に登る。そして物見の上から門を覗けば、そこにいたのはモンスターではなくアイルーがいた。

 

「お前っ!」

 

急ぎ物見櫓からカムイは飛び降りアイルーに駆け寄る。飛び降りる音とカムイの声を聴いたアイルーは振り返り、その姿を見て緊張が解けたのか崩れ落ちる様に身体が傾いた。だが地面に倒れる前にアイルーの身体はカムイに抱き留められた。

 

「一体どうしたんだ!何があった!」

 

その姿を忘れられない。自分達が初めて接触したアイルーであり、爆弾を使い彼等が持つ技術を知らしめた幼いアイルーだ。だがその身体は大量の血を浴びて赤黒く染まり、短く浅い呼吸が絶え間なく続いている。片足に至っては折れているのか腫れ上がり、誰もが一目見た瞬間に理解する、このアイルーの命は風前の灯火だと。

 

「タス…ケ…テ」

 

アイルーが口にしたのは助けを乞う言葉、そしてまだ動く片手で指さしたのは村の外、状況から推測すればアイルー達の群がある場所なのだろう。

 

「オ、オソ、わ、レタ」

 

絶えず今でも少しずつ流れる血、その出血元には心当たりのある歯形が刻まれている。それは深く、小さな体躯には耐えがた痛みが走っているのだろう。それでも痛みに耐えアイルーはカムイに必死に伝えようとし、だがそれも長くは続かない。

 

「──タス─ケ……てッ!」

 

最後の言葉は舌足らずな、それでも懸命に助けを願う言葉だった。そして最後の言葉を出し終えるとアイルーは脱力し目を閉じた。だが死んだ訳ではなく、気を失っているだけだ。

 

そして現状を理解出来ない村人達がカムイの周りに集まる。その中で口火を切ったのはアイルーを最初に見つけた青年だった。

 

「カムイ……、そのモンスターだが、どうする「この仔はまだ生きている。ケンジさんの所に行ってくれ、あの人は事情を知っている!」

 

「わ、分かった!」

 

有無を言わせずカムイは傷だらけのアイルーを青年に託し、託された青年は初めて触れるモンスターに怯え──それでもしっかりと抱き留めケンジの所へ急ぎ駆けて行く。そしてこの場を去っていく姿を見送り、それを早々に切り上げたカムイは入口に集った村人達に聞こえる大きな声を出す。

 

「ヨイチはいるか!」

 

「おう、いるぞ!」

 

「最悪此処にモンスターの群が襲撃する可能性が出てきた。至急防備を固めてくれ!」

 

「分かった。全員聞こえたな!なら今すぐ迎撃準備、訓練の成果を見せる時だぞ!」

 

「オウッ!」

 

ヨイチの号令の下、門に集った村人達は迎撃準備を整えていく。武器を運び込み、兵器を点検し、増えた人員を駆使してより強固な陣を築き上げる。

 

「──ところでカムイはどうするんだ?」

 

その最中、取引を知る限られた村人としてヨイチは小声でカムイに問いかける。

 

村の守りを任されているヨイチはアイルーがこの村に辿り着いた時点で戦いは避けられないと腹を括っている。おそらくアイルーの群から村まで繋ぐ血の匂い、五感に優れたモンスターが見逃すとは到底思えなかった。最悪アイルー達を見捨てる事をヨイチは考えているが彼個人としては彼らの持つ武器、道具は魅力的であり見捨てるのは忍びない。正直に言って決めあぐねていた。

 

だからこそカムイからアイルー達の対応を聞きたかった。取引を主導し、この件を村長から一任されている責任者として。

 

「取引はまだ終わっていない。何より彼等の持つ技術は有用に過ぎる、ここで失うのは余りにも惜しい」

 

「だな」

 

そしてカムイは見捨てない事を決めた。その判断、理由をヨイチは理解し──それが建前であることも察した。

 

「……それに助けを求められた」

 

それがカムイの本心、アイルーが指差した森の先には彼の家族がいるのだろうか。妹が、姉が、弟が、兄が、友が、祖母が、祖父が、そして父親と母親が。

 

「ヨイチ、行ってくる」

 

「此処は任せろ」

 

それ以上の問答は必要ない。ヨイチは迎撃準備を指揮を執りに、カムイは険しくした視線を森へ、その先に居るであろう相手に向けた。

 

「……白黒つける時が来たようだな」

 

互いに煮え湯を飲まされ、それでも互いに利用し合ってきた。その関係も今日で終わるのだろう。

 

晴れ渡っていた空は陰り、風が次第に強くなってきた。それは森に嵐が吹き荒れる予兆に他ならなかった。




自分で書いていて思った。

モンハンってこんな暗いゲームだったけ?

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