私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

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ナワバリ争い(前)

どうしてこんな事になったのか。

 

張り詰めていた緊張が途切れたからか、この先に待つのが絶望だけじゃ無いと安心出来たからか、それとも──。

 

いや、油断していた。それだけの分かりきった事だ。

 

何時もなら群の仲間は直ぐに住処には帰らない。モンスターの追跡を恐れて回り道や迂回をして住処が何処にあるのか知られない様に行動する。その臆病さが無ければ生き残れない、それが何時終わるとも知れない旅の中で学んだ事だ。

 

──その筈だった。

 

住処である洞窟の中には長がヒトと取引をして得た食糧が沢山運び込まれた。群の仲間を腹を満たし、されど数日で尽きてしまう量。それでも仲間達は喜び久しく満たせなかった腹を満たし、束の間の幸せにいた。

 

そして満たされた仲間達は奮い立った。諦め、絶望……頭の中に深い根を張っていた感情を一時的に忘れ、群の為、友の為、家族の為と奮い立った。

 

食糧を探そう、住処を探そう、水を探そう……。聞こえてくる声には希望が満ちている。何よりヒトがこの地に住み着き生活している事実が彼等に希望を与えた。彼等、ヒトがこの地に生きているのなら自分達にも出来るはずだと。

 

俺達の今の住処は崖を掘って作った洞窟だ。そして出口は一つしかない、いや、一つしか掘れなかった。地層は固くアイルーの力を以てしても容易く掘り進めない程頑丈で、だからこそモンスターから身を守るのに最適だと考えてしまった。

 

そうして彼等は住処を出て行き帰ってきた──血だらけで、大量のモンスター、ジャギィを引き連れて。

 

──何故モンスターがいるのか分からない。

 

──仲間達は意図的に見逃され付けられていたのか。

 

──何故こんな数の、視界を埋め尽くす程モンスターがいるのか。

 

「フーッ!」

 

そして俺は戦っている。崖に掘られた洞窟の手前でジャギィに囲まれながら。爆弾は使えない、最悪洞窟が崩れて仲間達は生き埋めになる。使ったとしても倒せて一匹か二匹、見渡すほど限りのジャギィの群には無駄でしかない。

 

「シャーッ!」

 

だから迫るジャギィに飛び掛かり生来持ち得る牙を、爪をその身体に突き立てる。しかしアイルーの小さな牙や爪はジャギィに食い込んだとしても浅く致命傷には程遠い。せいぜい痛いくらいだろう。

 

だからジャギィが一声鳴いて身体を振り回すだけで俺は簡単に吹き飛ばされてしまう。だけどそこで終わらないのがジャギィ、地面に転がる小さな生き物を奴等は蹴飛ばす。何匹も、何匹も代わる代わるに。

 

暫くして出来上がったのはボロボロになった一匹のアイルーだ。

 

「に、にゃ……」

 

これは戦いじゃ無い、戦いなんて立派なものじゃ無く、唯の遊び。

 

最悪だ、希望を持って出て行った結果がコレだ。唯一の入口はジャギィに囲まれ洞窟の奥では幼い子供、怪我をした仲間、戦う術を持たない者しかいない。そしてその先の未来、俺が倒れた先は容易く想像出来る。

 

──洞窟はジャギィによって掘り返され。

 

──中にいる仲間達は等しくジャギィ達の腹の中。

 

──子供も大人も雄も雌も関係ない。

 

──肉を裂かれ、骨を砕かれ、腑を、肉を食い荒らされる。

 

倒れた自分の手を見る。そこにあるのはモンスターに比べれば遥かに小さな手と爪しかない。

 

──役立たずの手しかない。

 

「に……、に…」

 

なんでアイルーはこんなに弱いのか、なんでアイルーはこんなに小さいのか、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで──なんで俺は生まれて来たのか。

 

疑問があった、なんで生きているんだろう。こんなに辛くて、苦しくて、痛くて、なのになんで死なないんだろう。

 

生まれた場所は昔から住んでいた森の中だったらしい。とはいっても一人前に考えられる様になった時には群は旅をしていて、その最中で俺は成長した。気が付けば家族はおらず、それでも生きる為に群に付いて行った。

 

群は必死だった、生きる為に。そんな中では明るい話題等無いに等しく常に群には暗い影が付いて回り、誰もが死んだ様な顔をしている。

 

だが明るい話題が皆無という訳では無い。新しい住処に適した場所を見つけた時は根が単純なアイルーの誰もが喜び──それは即座に絶望に転じた。

 

アイルーが住みやすい土地だ、其処に先住のモンスターがいない訳は無い。つまりは住処を手に入れるには住み着いた大量のモンスターを追い出すしかなく、俺達は諦めるしかなかった。

 

そんな環境に居続けた俺は群の誰よりも荒んでしまった。家族と呼べる者はおらず群の中で誰とも仲良くならず一人でいた。もはや惰性で生きているだけ。

 

そんな時に聞いた、群の仲間がヒトに出会ったと。その仲間の話を全て聞き終えた後、俺は洞窟を飛び出していた。その時、仲間達は俺が仕返しに行ったと考えたらしい。

 

でもそれは違う、仕返しなんて考えていなかった、ただ単に悔しかっただけだ。仲間が盗み、持ち帰ってきた食糧の質と量、それを目にした時に言われた気がした。

 

──何も出来ない、弱くて小さなアイルーには無理なモノだろう。

 

悔しかった、妬ましかった、唯それだけの感情に突き動かされヒトに挑んだ。その結果はまんまと罠に嵌り最後には長に助けられる無様なモノ。

 

そして長は圧倒的に不利な立場に陥り、その最中でも必死に交渉を行った。そしてヒトとの取引を結んだ。罠に捕まった状態ではその様子を直に見る事が出来なかった。だが見えなくともアイルーの耳は確かに聞いた。

 

今まで見てきた諦め老いた姿からは想像も出来ない声。出会いは最悪で立場は物を盗んだ群の長、それでも鬼気迫った剣幕で交渉を続ける長に対し俺は初めて凄いと思った。

 

──それでも俺をベタベタにしてオマケに殺そうとしたヒト。アイツにはいつか仕返しをする、そう密かに心に決めた。

 

だけどそれも出来そうに無い。

 

「ガァーッ!」

 

うつ伏せに倒れた俺に向かってジャギィの口が迫る。視線だけはジャギィに向けていたせいで鋭い歯ははっきりと見えてしまった。

 

あぁ、食べられるのか、噛み付かれ、食い千切られ、咀嚼される。最早それ以外の未来は見えず抗おうとする気持ちは湧いてこない。頭の中を満たすのは諦めと絶望と恐怖──悔しさしかない。

 

ああ、そうだ。柄にもなく独りでボロボロになってまで戦っていたのは証明したかったんだ。アイルーはヒトにも負けていないとヒトに証明したかった。

 

──長にも出来たんだ、群の仲間も出来たんだ、俺にも出来る事があると自分に証明したかった。

 

「久しぶりだな」

 

──だからコレは幻だ。

 

視線の先、迫っていたジャギィの首から上が無くなっていた。だけど勢い付いた身体は構わずに俺に向かって──蹴り飛ばさたジャギィの身体が俺の脇を通り過ぎて倒れた。

 

──これは幻なんだ。恐怖でおかしくなった俺が作り出した幻なんだ。

 

ジャギィに代わり俺の前に立つのは紅だった。俺よりも大きく肩には光る武器を携えて背を向けている、まるで庇うかの様に。そして俺でも分かる、身に纏った紅はモンスターの毛皮、光る武器はモンスターの身体から生み出したモノ。どれもがそこら辺のモンスターとは格が違う匂いを纏っている。

 

──幻なら消えろ、早く覚めろ、覚めろ消えろ覚めろ消えろ覚めろ消えろ!

 

頭の中で都合の良すぎる幻を消そうした。残酷過ぎる幻は見たくない、裏切られたく無かった。

 

──だけど、だけど、幻じゃないなら消えないでくれ。

 

 

小さなアイルーが村に辿り着くまでに流した血を辿り、途中からはジャギィの鳴き声を頼りに森を駆け抜けた。そして森を抜け視界が開けた先にあったのは小さな洞窟と打ちのめされたアイルー。

 

その光景を視界に収めた時には既に太刀を振り抜き、アイルーに迫っていたジャギィを仕留めていた。頭部が宙を舞い、止まらずアイルーに向かう身体を蹴り飛ばす。

 

「久しぶりだな」

 

蹴り飛ばした衝撃を使いアイルーを庇うようにしてジャギィの前に姿を現わす。そして改めて正面を見れば成る程、これは藁にも縋りたくなる光景だ。軽く見た限りでは目の前にいるジャギィは二十程。ドスは居ないがアイルーにしてみれば悪夢だろう。

 

「悪いが彼等は大切な取引相手だ。此処で死なれると困る」

 

そう言いながら太刀を目の前のジャギィに向ける。凄まじい斬れ味を持つ太刀の刃に血脂は無く、降り注ぐ陽の光を受けキラキラと輝いている。

 

「それでも襲うなら……、俺達が相手になろう」

 

間を置かずに三匹のジャギィが襲い掛かる。言葉が分からない奴らからすれば仲間を一匹仕留めただけ、恐れを抱くには程遠いのだろう。

 

太刀を両手で握り右手から迫る先頭のジャギィに太刀を一閃、横に振り抜いた刃はジャギィの首を断つ。振り抜いた勢いを殺さず一歩踏み出し身体を独楽のように回しながら踏み出しもう一閃、同じく左手から迫っていたジャギィの胴体を断つ。

 

瞬きの間に二匹を仕留め、されど三匹目が臆さずに向かって来る。二匹同時に襲い掛かり足止め、時間差で三匹目が襲い掛かり仕留める戦術、嫌らしく一人であったなら手傷の一つは負っただろう。

 

だが此処にいるのは一人じゃない。

 

迫るジャギィの首に矢が突き立つ。それは対モンスター用の矢、鏃は小さな剣と変わらず、それはジャギィの皮、肉を裂いた。首の半分が断ち切られ、断面からは血が吹き出す。大量の血を流し痛みに呻くジャギィの身体は太刀の間合いの手前で自らが流した血の池に倒れた。

 

「御見事」

 

一撃で仕留めたアヤメの腕は大したモノ、相棒として誇らしい。

 

「さて、どうする」

 

言葉が伝わらないのは百も承知。それでもジャギィ達に向かって語り掛けるがジャギィ達は動かない。そして互いに睨み合い、隙を窺う時間が続き…….先に折れたのは奴らだった。集団の後方にいた一匹が背を向け森へ駆け出す。それに釣られ一匹、また一匹とジャギィ達は撤退して行き、目の前にいた群は消えた。

 

それでも警戒は怠らず手信号でアヤメに引き続き警戒する様に伝える。そして片手に太刀を握り倒れた一匹のアイルーに近寄る。

 

「酷い怪我だが……生きているか」

 

うつ伏せに倒れ死んだ様に見える。だが呼吸音が聞こえる事から気を失っただけで生きているだろう。一見しただけでは怪我の度合いは分からない、後で診断してもらう必要がある。

 

「あなタは……」

 

自分の背後から声が聞こえ振り返る。すると洞窟の入口からアイルー達の長が出て来た。だが目の前の状況を理解しきれていないのか、その目には困惑がありありと浮かんでいる。

 

「長、貴方達との取引は終わっていない。このまま死んでしまえば此方が困る、だから今すぐ村に来てもらう」

 

しかし悠長に話している時間は無い。ジャギィ達は撤退したが再度襲撃の可能性がある以上、手早く此処から離れ無ければならない。なにより防御設備のある村の方が此処より安全だ。

 

「それハ……、分かリました。すぐに選びマス、お待ちクダさい」

 

だが長の口から出たのは予想していなかった言葉。もしかして誤解している?いや、これは自分の言葉が足りなかったからだ。

 

「違うぞ、全員来てもらう。子供も、大人も、怪我人も全員だ。直ぐに此処を立つ、出来るか」

 

此処に来た目的は彼等の保護、取引は建前に過ぎない。それでも本心は語らないのは対等な立場では無いからだ。アイルーという種族を完全に理解出来てない状況で安易に情に絆されるのは危険。考えたくは無いがそこに漬け込む悪どい種族の可能性がある以上油断は出来ない。

 

「分カりましタ!」

 

そんな自分の考えを知らずに長は洞窟に急いで戻りにゃー、にゃーと鳴き始めた。すると俄かに洞窟の中が騒がしくなる。この分ならば時間もそれ程掛からないだろう。

 

「凄かったぞ……」

 

洞窟の喧騒を背後に感じながら片脚をつき倒れた一匹のアイルーに声を掛けた。気を失い此方の声は聞こえていない、それでも一言言わずにはいられない。この子が居なかったらアイルー達は到着する頃には全滅していた筈だからだ。

 

ならばその献身に、勇気に自分は応えなければならない。

 

「アヤメ、鏑矢を打て!」

 

聞き届けたアヤメが素早く弓に鏑矢を番えて空に放つ。空気を引き裂きながら空に甲高い音が広がっていく。それは遠く離れた村にも聞こえているだろう。

 

「……気を引き締めていこう」

 

これからする事はアイルーの群を村まで護送する事。狩りでも調査でも無い、全く経験の無い事だ。加えて襲撃するであろう相手はジャギィだ。

 

油断すれば、気を抜けば足下を掬われる。その先に待つのは望んだ結末とは程遠いモノになるだろう。

 

 

「何故追撃してこない?」

 

村に辿り着いた矢先に自分の口から出た言葉がそれだった。幸いにもアイルー達は自分が考えていたよりも素早く移動してくれた。怪我人や子供を無事な者が背負い、又は抱えていながらも立ち止まる事無く移動出来たのは良かった。

 

だからこそ移動中に一度も襲って来なかったジャギィが気掛かりだ。先頭には無事なアイルー、後方に自分とアヤメ、その間に子供や怪我人を配置して移動。ジャギィ達の追撃は後方からと予想したからだ。

 

だが蓋を開けてみればジャギィ達が追撃をしてこない。だが居ない訳ではない、移動する自分達の後方で何匹かが付いて来るのは見えた。だがそれだけだ、襲い掛からず沈黙を保ちながら追跡する姿はなんとも薄気味悪いものだ。

 

「いや狡猾な奴等の事だ、何か考えているのか?」

 

既にアイルー達は村に収容され、村の迎撃体制も整っている。最早村はモンスターから隠れ生活する事が不可能。故にモンスターの襲撃に備えて強化した門は堅牢だ。仮に群からはぐれたモンスターが来ても簡単に迎撃できる、自分も含め村の誰もがそう考えていた。

 

──そして時が来た。

 

始まりは遠く視線の先にいる一匹のジャギィ、森に隠れているそれが鳴いた。その一匹は今まで黙って追跡してきた個体で村に着いてからは森の中から此方を伺い続けていた。そいつから聞き慣れた鳴き声が森に響き──その最中に森から新たな鳴き声が響く。

 

鳴き声は重なる。一つだった声が二つに、三つに、四つに……連鎖的に重なっていく鳴き声は森を震わせる。もはや門にいる者達の耳には鳴き声しか聞こえないだろう。

 

そうして唐突に始まったモンスターの大合唱は唐突に終わりを迎えた。

 

「来たか……」

 

そして森からジャギィが現れる。過去、村の男達を何人も殺してきた因縁のあるモンスター。それが一匹、草木を掻き分け出て来た。それに引き続き二匹、三匹とジャギィが増え続け──

 

「まさか、嘘だろ……」

 

門に詰め掛けた男達の誰かが口走る。だがそれを咎める者は此処に居ない。何故ならそれはこの場に集った誰もが思っている事だからだ。

 

「ははっ、……完全に滅ぼしに来たな」

 

森から現れたジャギィ数は五十は下らない。そして理解した、ジャギィが追撃をしなかった理由を。万全を機したのだろう、この縄張り争い、いや──戦争に必ず勝つ為に。持ち得る手札を全てを投入したのだ。

 

「手下の全てを呼び集めたのか」

 

最早群とは呼べない、正しく軍団と呼ぶべきだろう。門から見渡せる風景はジャギィ達によって埋められている。奴らの鳴き声、足音、爪を擦り合わせる音、音の全てが重なり連なり門に押し寄せる。

 

そして満を持して軍団を率いるドスジャギィが現れる。ジャギィとは比べ物にならない程の巨体。その姿、率いて来た陣容に誰もが口を開ける事が出来ない、誰もが目を逸らす事が出来ない。

 

「だが簡単に攻め滅ぼせると考えていないよな?」

 

──しかし男達は絶望していない、誰も諦めていない。

 

カムイが片手を挙げる、すると門に詰め掛けた男達が動き出す。矢を番える者、狙いを定める者、キリキリと何かを引き絞る音が響く、一糸乱れぬ動作で彼等は己の為すべき事を為す。

 

そして準備は整い──それと同時にドスジャギィは吠える。その鳴き声を号砲としてジャギィの群れが門に迫る。

 

モンスターの津波が押し寄せる。

 

「よーーい」

 

だがカムイ達は動かない、ただひたすら待つ。

 

時間の感覚がない、まだなのか、まだなのかと先走ろうとする心を抑えつけ、それでも待ち続け──そしてキルゾーンにジャギィが踏み入れた。

 

「撃て!」

 

空気を引き裂き槍が解き放たれた。それは狙いを違わずジャギィに突き刺さり、止まらず身体を貫く。それでも余りある力を宿した槍は勢いそのままにジャギィを地面に縫い付けた。

 

貫かれたジャギィは分からないだろう、何故自分は倒れたのか、何故死んだのか。

 

圧倒的な力、それを防ぐにはジャギィ達の身体は柔らかく、また考える時間を与えてくれる程カムイ達は優しくない。

 

「撃って、撃って、撃ちまくれ、決して近寄せるな!」

 

門に備え付けられた六門のバリスタ、それらから槍と見間違う大きさの矢が絶えず吐き出される。矢はジャギィを地面に縫い付け、時に複数のジャギィを貫通する。時に脚を、腹を、首を、頭を容赦なく削り取っていく。

 

「効いてる、効いてるぞ!」

 

気が付けば誰かが笑い、それに釣られて隣の男も笑っていた。そしていつしか門には男達の笑い声が響いていた。だがそれも仕方ない事、今までとは違う一方的な蹂躙。それは男達が今まで感じた事の無い感情、命を掛けて戦っていた時とは違う圧倒的な力を行使する快楽に酔ってしまった。

 

「もっとだ、もっと弾を持って来い!」

 

──撃てば当たる、適当に撃っても当たる、楽しくない訳がない、面白くない訳がない!

 

もっと、もっとこの快楽を味わいたい!極限状態の中でその思いは男達の中にあった恐怖を跡形も無く消し飛ばし、突き動かされた男達の一連の動作はより速くなっている。

 

だが相手はモンスター、物言わぬ案山子では無い。思考する脳を持つ恐るべき相手だと彼等は直ぐに思い出した。

 

「何!?」

 

「コイツら門をよじ登って!」

 

いつの間にか近づいていたジャギィが門に取り付きよじ登る。狙うは登り切った先にある仲間の命を奪うバリスタ。

 

「うぁああああっ!」

 

ジャギィがバリスタに噛み付き構造を歪める。使用出来ない程の損傷を与えられ一門が使用不可能にされ、だがジャギィは止まらない。一匹、さらに一匹とバリスタに噛み付きバリスタを外に向かって引っ張る。木材が軋み歪み──その果て異音を響かせ割れた。門に固定された筈のバリスタが力尽くで門から引き摺り下ろされた。

 

「離せ!離せ離せ離せ離せ!?」

 

それに留まらず別のジャギィは射手にも噛み付き同じ様に門から引きずり下ろそうとする。だが噛み付かれた男は死に物狂いで抵抗する。落ちた先にはジャギィがひしめいている、待っているのは残酷極まる死である事が分かるからだ。

 

「チッ、賢しいな!」

 

ヨイチが手に持った剣でジャギィの頭をかち割る。噛み付かれた仲間を助けると同時に骸と化したジャギィを即座に門から蹴り落とす。

 

その姿を横目に見ながら同じ様に門を登って来たジャギィの頭を剣で割る。その最中に理解してしまった、このままでは負けると。

 

門の左右、ジャギィはバリスタの射程範囲外から攻めて来た。崖に空いた穴を防ぐ様に門を作り、バリスタは門の上。それも門の内側に設置した為に左右は射程に捉えられない。そこをジャギィ……ドスジャギィは突いてきた。

 

モンスターを甘く見ていた、防御設備の設計ミス……、幾ら後悔しても今更遅い。

 

「ヨイチ!門の正面に出る、お前達は変わらず撃ち続けろ!」

 

だから自ら前に出る。再びバリスタの優位性を取り戻し戦況を変えるために。

 

腰に剣を収めると同時に門から飛び出す。落下の勢いを殺さずに抜いた太刀に伝え眼下にいたジャギィを縦に両断する。

 

「ああああああああっ!」

 

ジャギィの骸で落下の衝撃を緩和、間を置かずに独楽の様に身体と太刀を振り回す。刃に触れたジャギィの身体は容易く斬られ、太刀の間合いはモンスターの流した血で満たされた。

 

一瞬で空白地帯と化した門の正面、血の海の中で太刀を構えてジャギィ達を見据える。そしてジャギィ達が右から、左から、正面から再度同時に襲いかかり──それを即座に斬り伏せる。

 

太刀を振り回せば容易く斬られ骸と化す、それを理解したのかジャギィ達は門に近づかない。だがそれで良い。

 

「撃て!」

 

自分に代わりヨイチが号令を出す。再び吐き出された槍がジャギィ達身体を貫き、命を奪っていく。

 

「回避に専念してきたか……」

 

だがジャギィ達は攻め方を変えた。数に任せるのではなく、少ない数で左右ジグザグに動く事でバリスタの攻撃を回避していく。その所為で殲滅の速度は目に見えて落ちた。だが少数では自分を倒すことは出来な──

 

「カムイ!矢が切れそうだ!」

 

「何!?」

 

備蓄していた矢は二百、六門ならば一門辺り約三十発は打てる計算、最初の殲滅速度であれば足りた筈だ。

 

だが足りなくなった、その理由は単純に無駄弾を撃ち過ぎたからだろう。ジャギィが回避に専念するようになって矢が当たらず、当たったとしても十本に一本位。また男達が素早く動く標的に慣れていない、思い出した恐怖で照準が乱れたのも理由だろう。

 

そしてヨイチの言葉通りにバリスタから吐き出される矢が尽き、攻撃が再開される事はない。

 

そしてジャギィが舞い込んできた好機を見逃す程の間抜けでは無かった。

 

「クソ!?」

 

「カムイ、門に登れるか!」

 

「無理だ!」

 

自分が門に戻るよりもモンスターの群の方が早い。振り返る暇もなく襲い掛かってきたたジャギィを太刀で斬り払おうとする。

 

「ちっ、やり難い!」

 

だが刃はジャギィに届かなかった。奴等は太刀の斬れ味を理解したのか間合いに入り込まず、入ったとしても即座に間合いから離脱してしまいう。ならばと背を向けて門に向おうとすれば背後にいる奴等がこれ見よがしに足音を立てる。

 

攻撃を封じられ、逃げる事も封じられる。現状は周りをジャギィに囲まれながら何ら有効な手を打てず足止めされている。

 

──そう、足止めだ。モンスターの半分は自分をこの場に足止めしている。なら残り半分は何処へ?

 

「お前ら、剣を構えろ!顔出した所に振り下ろすだけだ!」

 

ヨイチの声が背後から聞こえる。だがその声を搔き消すようにジャギィの鳴き声が門から聞こえる。ジャギィにとって一番厄介な俺を門を分断し遠ざける。半分が足止めに徹し、残り半分が門を攻め落とす。狡猾な作戦であり、これ程自分達に有効な策は無いだろう。

 

「死ね!」

 

「こっちに誰か来てくれ!」

 

「鈍になった!新しい奴を!」

 

「渡している暇はねぇ!そのまま殴れ!」

 

男達の叫びが背後から聞こえる。今はまだ持ち堪えられそうだが何時まで持つか分からない。

 

「アヤメ!」

 

此処が瀬戸際、危険を承知で振り返り門に向かって走る。当然ジャギィが隙を晒した獲物を見逃す事は無い。何匹ものジャギィが背後から襲い掛かろうとする、だが門から飛び出すアヤメの矢が追撃を許さない。

 

「其処を退け!」

 

遠ざけられていた所為で時間が掛かったかが、急ぎ門に駆け付け取り付いていたジャギィを背後から斬り裂く。だが斬っても斬っても数が減らない、それだけでなくアヤメが抑えきれなかったジャギィが背後から襲ってくる。

 

「次から次へと!?」

 

此処は処刑場、辺りの地面は赤に染まっている。それはジャギィから流れ出た血で作られた赤い海。その中で太刀を振るい、首を、身体を斬り裂けば新たな赤が海に足されていく。血臭が充満し、一歩脚を踏み出せば赤い雫が撒き散らされ、水面に波紋が広がる。

 

それでも止まらない、それでもモンスターは引かない。

 

息を吸う暇が、呼吸をする暇がない。身体は熱く、視界が狭まり、口から血の味がする。それでも太刀は止まらない、止められない。だが唐突に振るっていた太刀が止まった──いや、止められた。

 

「えっ?」

 

自分の口から間抜けな声が聞こえた。訳が分からなかった。太刀が何かに引っ掛かったのか、ならばそれは何だ、この場にジャギィしかいない、奴等の身体は太刀の動きを遮る程硬くない、崖に引っ掛けた感触でもない。

 

だから太刀を見た、顔を動かし太刀が動かなくなった理由を見つけようとして──太刀に噛み付いたドスジャギィがいた。そしてソレは太刀を咥えた口に、顎に力を込める。

 

ピシリ、と太刀を握った両手から音が伝わる。

 

「なっ!?」

 

女王翅刀、凄まじ斬れ味を持つそれはモンスターの翅を加工して武器にしたもの。

 

──そう、翅だ。金属でもなくモンスターの骨でも無い、虫の翅だ。そして虫の翅は脆い。

 

故に噛み付かれた太刀から音が伝わる。ピキリピキリと。

 

そして太刀が砕けた、キラキラと破片を撒き散らして。

 

「がっ!?」

 

それに止まらず太刀を砕いたドスジャギィはそのまま身体を回転させる。そして武器を破壊されて呆然としてしまった隙に遠心力の載った自らの長大な尻尾をぶつけてきた。

 

「「カムイ!?」」

 

回避出来ず再び門から離れた場所に吹き飛ばされ仰向けに倒れる。誰かが名前を呼んだ気がするが視線を向ける余裕は覆い被さるジャギィの所為で無い。

 

狙うは首、そこに牙を突き立て食い千切る。ジャギィの口が開き噛み付こうとするが、すんでのところで右腕で首を庇う。その結果ジャギィは右腕に噛み付き、それでも爪を、牙を突き立てようとし──それが出来ないと直ぐに知る事になる。

 

「残念だな、お前らには無理だ」

 

身に纏う紅い防具、それは『紅毛』、紅いアオアシラの素材で拵えた物。今までの青いアオアシラの防具よりも硬く丈夫な毛皮と甲殻はジャギィの爪や牙では貫く事は出来ない。今自分が持ち得る最も優れた防具だ。

 

だから落ち着いていられた、即座に太刀を破壊された動揺を収め打開策を見出そうとし──それが油断だと身を以て知る事になる。

 

右腕に噛み付いていたジャギィが噛み付く力を弱めた。だがそれは殺す事を諦めたからではない。

 

「なっ!?」

 

腕が曲がる、本来であれば曲がらない方向へ、外からの力で無理矢理に。

 

──コイツの身体に牙は刺さらない、コイツの身体には爪は通らない、ならば捻り壊すだけだ。

 

「あああああああああああああああっ!」

 

悲鳴を上げる、身体の内側から激痛が襲う、関節の稼動限界を超えると身体が痛みを以て報せる。

 

その悲鳴を聞いた他のジャギィも理解したのか身体に噛み付く、左腕と両脚に。そして捻り壊そうとし──

 

「舐めるなぁあああ!」

 

──何もせず黙って壊されてなるものか!

 

──左腕に噛み付いたジャギィの口に自分から手を突っ込む、指先迄覆われた小手、その鋭い指をジャギィの舌に突き立て力の限り握り潰す。

 

──腰を捻り一時的に右脚に噛み付かれたジャギィを振り解き甲殻で補強された脚で顔面を蹴り飛ばし、左脚も同様に蹴り飛ばす。

 

それでも出来た悪あがきは其処まで、先に噛み付かれた右腕は振り払う事は出来ない。最後に出来る事は腕に力を込め続け抗う事だけ。それで壊されるまでの時間を僅かに引き延ばすだけだ。

 

「い、あ、あああああああああっ!」

 

身体から嫌な音が聞こえる、めりめり、がりがりと。そして最後の仕上げとジャギィが力を込めようとして──。

 

「シャーッ!」

 

突如現れた小さな生き物に阻まれた。右腕に噛み付いていたジャギィ、その顔面に一匹のアイルーが飛び掛かる。

 

「お前は!」

 

アイルーの小さな爪が食い込んで行く、剥き出しの眼球に。

 

「ガァアアアッ!?」

 

激痛に耐えきれなかったジャギィが口を開き鳴く。右腕が解放されると同時に腰の剣を抜き放つ。痛みに呻き目の前に晒された一息に首を薙ぎ、斬り裂かれた首から溢れる血を浴びながら立ち上がる。

 

「ありがとう、助かった」

 

窮地を救ってくれた感謝は足元にいる洞窟で独りで戦っていた小さなアイルーへ。

 

「コレを使え」

 

そして渡すのはモンスターの解体に使うナイフ。

 

「爪だけじゃ限界が来る、小さいが斬れ味は確かだ」

 

「ふー!」

 

言葉が通じたのかアイルーはナイフを握ると二、三度振り回す。それである程度感触を掴んだのか背中合わせになってジャギィに相対する

 

「さて、仕切り直しと行こうか」

 

さて、状況は最悪。門とは分断され援護は期待出来ない、そして頼りにしていた太刀は折れた。

 

──だが、それがどうした。己は優れた武器がなければ何も出来ない程の愚物か?否、断じて否。

 

痛み止めの丸薬を飲み身体の調子を確かめる。

 

まだ手は動く、足は動く、まだ生きている。腰に挿した剣を新たに抜き両手で一振りずつ剣を握る。

 

正面を、敵を見据える。今この場に必要なのは必殺の一撃では無い。それは絶える事ない殺意を載せた手数だ。慣れないなど言い訳は通用しない、活路は此処にしか無い、出来なければ死ぬだけ。

 

両手に剣を構えた二刀流で再びジャギィに挑む。

 

だが一人ではない。

 

「頼りにさせて貰うぞ」

 

「にゃー!」

 

傍らに居るのは自分よりも小さいアイルー、されど自分と同じ戦う者、戦士がいる。

 

戦いはまだ終わってない。




後二話でアイルー編を終わる予定

追記
皆様の誤字脱字の報告ありがとうございます。
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