私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

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お待たせしました!


ナワバリ争い(後)

同じ時に生まれた同族が次々と姿を消していく、その中でソレは生き残ってきた。

 

消える理由は様々だ。狩の最中に、不慮の事故で、病に掛かり、──時に強者の餌として。慈悲の欠片さえ無い過酷な世界、そこで生き残り続けるには生存の道を違えない事が大切だ。少しでも道を違えれば待つのは死、そんな環境で長い時を生き抜いてきたのだからソレが優秀な個体である事に間違いはない。

 

臆病だったから、身体が強かったから、運が良かったから。弱肉強食の世界の中で生き残れた理由はいくつもある。その結果として長く生き残ったソレが同族の長となり、群を率いるのは当然の成り行きだった。

 

長い時の中でソレが得た経験、それによって培われた強さに偽りはない。知恵を付け、戦術を駆使する頭脳を持ち、自らの力の使い方も心得ている。成体と幼体という違いではない。敵を熟知し、己を熟知する事によって練り上げられた力は大きく粘り強い。

 

古来より長い時を生きた個体は総じて強いとされる所以だ。

 

──だからこそ殺さねばならない。

 

出会いは狩の最中だった。

 

その日は別の群を支配下に組み入れ、増えた数を活かして狩をしようと画策していた。狙うはアプトノスの幼体、成体と比べれば身体は小さくとも得られる血肉に不足は無く、何より成体より狩り易く危険も少ない。大きくなった群を満たす為に何体か仕留めれば充分の筈だった。

 

だが手下を率いて狩に向かえばアプトノスの群は既に恐慌状態に陥っていた。だがその理由が分からず、されど自分達が発見されないよう森にソレは手下と共に姿を隠した。

 

ソレは森に息を潜めて観察をする。アプトノスが何を恐れているのか、その原因を探す。そして見つけた、群の中を動き回る小さな姿を。

 

──その時が奴との初めて出会いだ。

 

小さく骨張った身体、牙も爪も無く鱗さえ持たない脆弱な生き物。手下でも容易く仕留められそうな程弱い姿を奴はしていた。だがどういった訳か奴はアプトノスを翻弄し、あまつさえ何体も仕留めている。

 

だが奴を観察した上で脅威にならないと判断した。もし手下が梃子摺る様であれば己が仕留めればいい、何よりこの場では奴を利用した方が狩も楽になる。

 

そして息を潜める。奴を暫くの間泳がせ、張り詰めていた気を緩めた瞬間を襲った。遠心力の載った尾を受けた奴は吹き飛び倒れた。起き上がる気配は無く奇襲は成功、後は奴が仕留めた獲物を奪うだけの筈だった。

 

──だが噛み付かれた。

 

そして被った被害は甚大だった。少なくない手下を、強い駒を失った。その場で喰い殺すべきかどうか迷った。だが手負いの生き物厄介さは身を持って知っている、故にこれ以上関わるのは悪手と判断しその場で奪えるだけの獲物を奪い退がった。

 

そこから奴との奇妙な因縁が始まった。だが連携を取る事は無い、協力し合う事も無い、互いに使えるから利用するだけ。その程度の関わりだった。

 

その関係が変わったのは蟲が群を襲ってからだ。

 

住処に襲撃を掛けてきた蟲は幼体と孕み満足に動けない雌を目的として襲撃を掛けてきた。そして何度撃退しようと蟲の襲撃に終わりはなかった。時を選ばす、場所を選ばす、相手は数に任せた力押しで絶えず攻め立ててくる。群から一匹、また一匹と蟲の毒牙に掛かり消えていく。

 

底の知れない物量に押し潰されるのも時間の問題だった。故に住処を移すことを決断した。

 

──そして日を置かない内に蟲の群は滅んだ。

 

それは唐突だった。蟲の巣から離れた崖の上、そこで監視をしていると奴が同族を引き連れ巣の中に入っていく。聴こえてくるのは耳障りな蟲の断末魔、そして時間が経ち奴が巣から出てきた。

 

蟲は執念深い、獲物は逃がさず何処までも追い続け仕留める。その巣から出て来て蟲の追跡がない、ならば考えられる理由は一つしか無い。その始まりから終わりまでソレは巣から崖の上から見つめるしか出来なかった。

 

そしてこの瞬間、奴は明確な脅威となった。そして最後の決め手は森を襲った紅。圧倒的な力を持った侵入者を奴は仕留めた。

 

──これ以上は看過出来ない。

 

そして今、目の前に立ち塞がる己よりも遥かに小さい身体。鋭い牙は無く、身体を覆う強固な鎧を持たなかった筈の生き物。

 

だがそれは過去の事、奴は己より鋭い牙を持ち、身に纏う紅は強固。

 

──その身に宿す力は以前とは比べ物にならないと本能が告げる。

 

──時を経るごとに奴は強くなると理性が告げている。

 

蟲を滅ぼし、紅を滅ぼした、そんな奴は次に滅ぼすのは何なのか。だからこそ住処を蟲の巣に移し、群を強く大きくする為に他の群を飲み込み数を揃えた。全てはこの瞬間の為に用意した。

 

いつの日か群を襲う脅威を排除するために

 

種の繁栄の為に

 

長として群を存続させるために

 

本能と理性が共に告げる

 

──この場で必ず殺せ。

 

 

 

 

戦いの始まり合図は何だったのか。そよ風か、舞い落ちた葉か、はたまた曇天から差し込んだ陽光だったのか、それはこの場にいる生ける者達の誰にも分からない。

 

「はぁッ!」

 

カムイは吠え駆ける。殺気を滾らせ二刀を携えたその姿はジャギィの視線を一身に集める。加えてアイルーはカムイを隠れ蓑して静かにジャギィ達に近づく。

 

即席の連携で一人と一匹はジャギィ達に挑む。

 

「ギャーッ!」

 

対するドスジャギィは吼え、ジャギィを統率し一番の脅威であるカムイを最優先で殺そうとする。

 

「邪魔だっ!」

 

立ち塞がるジャギィをカムイは二刀で斬り払う。だが太刀と違い間合いは短く、また相手もカムイとの戦い方を心得ているのか剣の間合いには易々と踏み込まない。

 

ジャギィは前後左右からカムイに迫る。だが剣の間合いには決して踏み込まない。此方が一歩前に出れば一歩前に退がる、反対に此方が一歩背後に退がれば一歩前に出る。その繰り返し、付かず離れずの間合いを保ちながらの戦い。

 

「……消耗を狙っているのか」

 

体力と集中力が少しずつ削られる。急ぐ必要はない、時間はジャギィの味方であり時間を掛けてでも確実に仕留められればいいのだ。反対に自分にとって時間は敵だ、体力、集中力も長引く程削られる。それに門がいつまで持ってくれるのか分からない。今振り返る事は出来ないが怒声が門から聴こえる以上まだ破られていない筈だ。

 

正直に言えば一人であれば負けていた。追い詰められ喰い殺されていただろう──一人であれば。

 

四方を取り囲むジャギィ達、その背後に忍び寄る小さな影がある。そしてそれは手に持った新たな牙で襲い掛かかった。

 

「ギャッ!?」

 

目の前にいたジャギィが突如自身を襲った痛みに叫んだ。即座に視線を動かして見ればそこにはアイルーがいた。それは手に持った解体ナイフで脚を斬りつけていた。

 

付けられた傷は致命傷には程遠い、だがジャギィは驚き、一瞬だが動きを止める。

 

──それだけで充分だ。

 

一瞬の隙を突く、此方に気付いて動き出される前に間合いを詰める。そしてジャギィも即座に動き出そうとし──その前に剣が肉を裂く方が早い。

 

左手に握った剣が身体に食い込んで行く。刃が皮を、肉を、血管を、神経を斬り裂いていく。だが刃が身体に食い込んで行く程腕に伝わる抵抗は大きくなっていく。そして剣が骨に触れた処が限界だった。手にした剣の斬れ味は女王翅刀に遠く及ばず、此れでは骨まで断ち切る事は出来ない。

 

──それでも戦い方はある。

 

剣に込めた力を抜き、骨に沿う様にして剣を動かして肉を斬り払う。身体は止まらずに前に進み続け、足捌きで身体を回転させる。右手に握った剣を振り抜き、更に一閃を脚に刻み込む。

 

例え完全に断ち切れずとも今の剣の斬れ味なら脚の半分は斬れる。そして片脚が使えなければ如何な生物とて移動は困難、殺さずに行動不能にすればそれだけで戦力を削れる。

 

一匹目を倒した、間をおかずに二匹目が襲い掛かるが再度アイルーが動きを止めた。今度は脚の関節を狙ったのかジャギィが片脚を地面につけた。そして差し出される首、ならば斬るしかない。一閃すれば首から血を吹き出して二匹目が倒れた。

 

アイルーとの即席の連携で一匹、また一匹と血の海に沈めていく。骸の数は増え、血の海は広がる。それでも多勢に無勢だ。

 

「ッ!?」

 

人にも限界があるように武器にも限界がある。そして先に限界が来たのは武器の方だ。五匹を超えてから数えるのは辞めた、それでも剣を振り続けた、そして血油で斬れ味が落ちた剣が肉に埋まった。

 

それを見逃すジャギィでは無い。直後真後ろにいたジャギィが飛び掛か掛かる。剣が肉に埋まった隙を今度は自分が突かれた、剣を引き抜く時間が無い。相手が狙うはこの細い首。柔肌に牙を突き立て、肉を裂き、骨を噛み砕き首を捻り切ろうと死が迫って来る。

 

「シャー!」

 

そこにアイルーが立ち塞がる。その小さな体躯を生かしジャギィ達の脚の間を駆け抜け、置き土産として両脚に深い傷を刻んでいく。ジャギィが痛みに呻き前のめりに倒れる。アイルーの援護によって得られた時間、その時間で屍と化したジャギィの身体を蹴り剣を引き抜く。

 

何とか危機は脱却し──そして何度目か分からない振り出しに戻る。

 

一進一退の攻防の様に見えて自分達は依然として不利である。最大の脅威であるドスジャギィは無傷、此方はジャギィによって体力と集中力を消耗する一方、ジャギィを幾ら倒しても次から次へと新手が前に出てくる。幾ら質が優れていようと量を前にしてはいつか磨り潰される。相手の量も有限の筈だが終わりは見えず、この均衡が容易く崩れるのは目に見えた。

 

その先にあるのは村とアイルー達の滅亡、故に活路は一つしかない。

 

「手下は無視だ!長を倒す、付いて来い!」

 

「ギャッ!?」

 

噛み付こうと襲い掛かるジャギィを躱しその頭を踏み付ける。ジャギィが無様な声を上げるが知った事ではない。そのままジャギィの身体の上を駆け抜けで跳ぶ、さらに背後に控えていたジャギィの頭を踏み台にして再度跳ぶ。時間、体力、集中力、武器、全てが限界に迫っている。故に手下は無視する、狙うは群の長。

 

ジャギィ達の頭上を跳び跳ねてドスジャギィに迫る。その姿をドスジャギィは見えている筈なのに依然として動かない。誘っているのか、それとも……、だとしても、思惑ごと斬り伏せればいい。

 

「はぁああああっ!」

 

ジャギィの壁を飛び越えた先、そこにいる敵へ頭上に掲げた二刀を振り下ろす。敵が何であれ刃に込められた力は致命の一撃に足る力がある。

 

だがそんな大振りの一撃をドスジャギィは容易く躱した。剣が地面を強かに打ち、そして眼前を埋め尽くす尾が迫って来る。身体を回転させ遠心力を載せた一撃、頭に当たれば容易く首をへし折れる死が迫る。

 

「ッ!?」

 

地面と身体を密着させる様にして躱す、続けて四肢を爆ぜる様に動かして背後に退がる。するとさっきまでいた場所には閉じられた顎門がある。

 

この時を待っていたのかドスジャギィが攻撃を始める。その巨躯を生かした攻撃は一撃一撃が必殺。噛み付かれれば今度こそ身体が捩じ切られる、爪に触れれば防具に守られていない箇所は容易く引き裂かれる、長大な尾を受ければ身体の内側から壊される。

 

だがそれだけ、蟲の様に特殊なものは無い、紅の様に理不尽極まる暴虐でも無い。噛み付き、引き裂き、吹き飛ばす、ジャギィ達と変わらない技を繰り出して来る。

 

だからこそ恐ろしい。流れる水の様に淀みなく繰り出しながら、その技には一切の無駄が無い。モンスターであっても練り上げ、研鑽した力には疑う余地はない。

 

そして紅とは違い極端な体格差がない。紅ならばその巨体故に攻撃はある程度制限されていた。だがドスジャギィは大きいが紅程ではなく、自分の大きさに合わせた攻撃を仕掛ける。驕る事なく、慢心する事なく、ドスジャギィは冷徹に冷静に攻め立ててくる。

 

その姿は紛れも無い強者だ。

 

攻撃する隙など与えてくれない、躱し続ける事しか出来ない。そして身体の限界が近づく。自分が息をしているのかさえ分からない、ただひたすらに身体が熱い。それでも身体を動かす、一度でも止まれば再び動けない事だけは理解できる。

 

それでも避け続けるだけでは勝てない、勝つ為には戦わねばならない。故に隙とも言えない瞬間に剣を繰り出す。だがそれは容易く躱され──それでも剣をふる。

 

「────ッ!!」

 

この戦いは主導権の取り合いだ。守りに入ったモノが最終的には磨り潰される、加えて自分の身体、武器には限界が迫り時間も無い。

 

太刀では勝てなかっただろう。武器の性能で一撃、一撃が致命と化す。だが戦いを通して分かった、それを扱う自分の腕は未熟だと。振りは大きく、目の前の強者は隙を突いて自分を仕留めていたかもしれない。

 

だが二刀の立ち回りであればどうか。一撃が致命傷になり難く、間合いも太刀と比べれば短く心許ない。だが武器が小さく、振り回し易い。致命的な隙は生じづらい。だからこそドスジャギィと渡り合えた。

 

だがそれだけ、偶々相性が良かっただけ、その程度の差を目の前の強者は容易く踏み越えていくだろう。

 

故に余計なモノを削ぎ落とす、少しでも速く、少しでも遠くへ、振り回すだけならば猿にも出来る、無駄な力を削れ、無駄な動きを削れ、風の如く、炎の如く、素早く苛烈に攻め立てろ、相手が一歩下がるなら二歩前に出ろ、一撃で不足なら二撃、思考は最低限、脳の余剰処理能力を全て戦いに充てがえ。

 

倒すべき敵は目の前にいる。それを超えなければ死だ。

 

斬れ、切れ、キレ、前へ、マエへ、止まるな、斬れ、切れ、キレ、前へ、マエへ、止まるな、斬れ、切れ、キレ、前へ、マエへ、止まるな、前へ、前へ、前へ、止まるな、止まるな、切れ、斬れ、キレ、斬れ。

 

離れて近づいて技が交差して入って避けられて。主導権が奪われれば奪い返す。

 

世界がモノクロに見える──それでもいい。

 

時間の感覚が無い──それでもいい。

 

身体が少しずつ壊れていく──それでもいい。

 

研ぎ澄まされた感覚が時間を延長し一秒が永遠に感じられる。互いに傷つけ合い、それでも動きは止まらない。

 

目の前の敵しか見えない。

 

此処に居るのはお前と俺だけ。

 

死力を尽くして戦う。

 

だがそんな時間も永遠では無い。ましてや死力を尽くした程度で埋まる差ではない。思考に身体が付いて行けず、尾が左手に当たる。尾の先端、瞬きの合間の接触でも強かに打ち据えられた左手から剣が弾き飛ばされる。

 

その瞬間、世界に色が戻り、時間が正常に流れ出す。そして眼前に顎門が迫る。それは最後の一撃、自分へのトドメだ。

 

悲鳴を挙げる身体を無理矢理動かし、背後に飛び跳ねる。それでも死を避けられない。

 

アイルーが脚を斬りつけた。だが傷は浅く、死は止まらない。

 

もう一度背後に飛ぶ、それと同時にナイフを投げる。死は避ける素振りさえしない。この一撃が最後だと理解しているのだろう。

 

それでも投げ続ける、無様と言われようと、無駄と思われようと。

 

三度目の跳躍、だが身体には力が一欠片も残っていない。背後にも僅かにしか下がれなかった。

 

そしてナイフが尽き、悪足掻きも此処まで……。

 

「ニー!」

 

投げた筈のナイフをアイルーが拾っていた。それはドスジャギィに突き刺さらず弾かれた物、それを両手に持ちドスジャギィの身体に突き立てた。だがそんな事で止まる相手では──。

 

「ガァ、ア、ァ!?」

 

「えっ?」

 

ドスジャギィが目の前で蹌踉めき倒れた。何故?理由は?アイルーの刺した場所か弱点だった?それでも刃渡りからしたらかすり傷の筈だ、なのに何故ナイ……。

 

「ッ!?ああああああァ!」

 

急いでドスジャギィに向かう、眼前で倒れたから一足で事足りる。力が残っていない等関係ない、身体の痛みを無視して動かす。

 

忘れていた、あれは唯のナイフでは無い。毒を塗ってある、ランゴスタから抽出した麻痺毒を塗ってある!時間が無い、最後のチャンス、奴が麻痺から脱するまでにかかる時間は!?倒れたドスジャギィに跨る、身体の構造は知っている、何体も解体した、場所を間違える事はない!

 

そして右手に残った剣を胸に、その先にある心臓に向けて突き立てる。

 

「あああああああああっ!」

 

声を張り上げ剣が皮と肉を裂き、肋骨の隙間を刃が進む。だが強靭な肉を貫くには力が、重さが足りない。自分の小さく軽い身体が恨めしい。

 

そして長の危機に取り巻き達が何もしない訳は無い。だが直ぐには来なかった。アイルーがジャギィを足止めしてくれているのか背後で爆発音がする。だが最後の一つだったのか爆発はそれきり、そして土煙を掻い潜りジャギィ達が身体に噛み付く、肩に、腕に。

 

ここで終わり、逆転の可能性は皆無、誰もがそう思うだろう。事実もう少しで自分の身体は引き裂かれるのは間違いない。

 

──そう、もう少しだけ時間が残っている。アイルーが稼いでくれた時間、それが無ければ間に合わなかった。

 

「いっ、あ、あああああああっ!」

 

痛みに耐えて肉の先に剣を押し込む。自分の体重を掛けて、噛み付いてきたジャギィの体重も加えて。そして刃は更に進み──剣から、両手で握った柄から鼓動を感じた。刃が肉の先にあるドスジャギィの心臓を捉えた。

 

早鐘の様に脈動する心臓、それに刃が突き刺ささる。それは僅かな、とても小さな傷の筈だ。だが巨体の隅々にまで血液を送り出す大きな心臓だ、加えて奴の鼓動は鳴り止むことのなく、その心臓に係る圧はどれ程か。

 

結果は直ぐに現れた、突き刺した刃と肉を押し退けて血が吹き出る。僅かに付いた傷を起点に心臓が裂ける、圧を高めたが故に血はより圧が低い所へ流れようとする。それは身体の外、刃に、手に、顔に鮮血が吹きつけられる。

 

それだけでなく長から噴き出た血を浴びたジャギィが怯え離れていく。悲鳴の様な鳴き声が辺りに響き、それを聞いた他のジャギィ達の動きが一斉に止まる。

 

だがまだ終わらない。

 

噴き出る血を押し返し、拡がった傷口から剣を差し込む。そうして心臓に突き立てた刃を捻る。鈍と化した刃で心筋を傷つけ、引き裂き、ズタズタに破壊する。心臓を、血と肉を掻き混ぜる。

 

ドスジャギィの身体は震える、死を拒絶するかの様に僅かに動く手脚を懸命に動かし──その動きは止まった。瞳孔からは光が消え、手脚が重力に引かれ地面に着く。

 

一つの命が潰えた。長い時を生き残った、その身一つで軍団を作り上げた、鍛え磨かれた力は間違いなく強者であった。そのドスジャギィが二度立ち塞がる事は無い。

 

巨大な骸から剣を引き抜く。剣は血塗れで、それを握る手も同じ、身体全体が血塗れある事は間違いないだろう。骸から視線を外せば周りをジャギィに囲まれていた。だが彼等は動かない、いや動けない。

 

すると小さな影が近付いて来た。その影に視線を向けると影も視線を向けて来た。互いに見つめ合い、そしてジャギィ達に揃って身体を向け、息を限界まで吸い込み、吐き出す。

 

「らぁああああああああっ!」

 

「にゃああああああああっ!」

 

一人と一匹が吠える。それは勝鬨、この戦いの勝者はどちらかを知らしめる鬨の声。それを聞いた門からは歓声が上がる、一人ではない、五人、十人、いやそれ以上かもしれない。

 

そして歓声の意味を理解した生き残ったジャギィは逃げて行く。一匹、また一匹と森の中へ消えていった。

 

そして戦いの場に残ったのは血の海と夥しい数の骸、それらを弔うかの様に突き立つバリスタの矢だ。

 

「終わったな……」

 

「にー」

 

最早動くだけの力も残っておらずその場に座り込む。すると自分と同じなのかアイルーも近くで座り込んだ。その後方の門からは歓声が今だに聞こえ、その中にアイルーの鳴き声もあった。もしかしたら途中から防衛に参加したのかもしれない。だが疲労のせいでそれ以上頭は回らなかった。

 

「……助けてくれてありがとう、お陰で生き残れた」

 

「にー」

 

言葉の意味が伝わっているのか怪しいが感謝の言葉を伝える。だが意味が分からないのかアイルーは上の空で空返事をするだけだ。

 

「ところでお前、名前はあるのか?」

 

「にー?」

 

その後も二、三質問するかやはり空返事でにー、にー、言うばかり。それも先程まで死闘を演じていたのだから仕方のない事だった。

 

諦めてアイルーと同じように頭を空にしようとしたがそれも出来ない。

 

生き残ったからには明日がある、未来がある。それに向けてやる事は沢山あって尽きる事は無いだろう。

 

それでも今はこの勝利の美酒に酔おう。




あと一話でアイルー編は終わりです

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