木々が疎に生えた場所をソレは歩いている。あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。その足取りは怪しいの一言、一見すれば目的も無く彷徨っている様にしか見えないだろう。
だが、それは違う。ソレは確固たる目的、探し求めているモノを見つける為に脚を進めている。それに当てがない訳ではない。ソレが生来備える優れた嗅覚が道標となってソレを導いている。動き、立ち止まり、鼻をピクピクと動かし大気に僅かに混じっている匂いの元を辿る。
こっちではない、向こうだ。
行き過ぎた、少し戻れ。
惜しい、もう半歩此方だ。
優れた嗅覚が身体を導いていく、ソレが求めるモノへ向けて。次第に匂いは強くなり目的のモノが近付いているとソレに伝える。フラフラしていた脚は今や真っ直ぐに進み、その足取りに迷いはない。
一歩、二歩、三歩……、此処だ。
立ち止まったソレの視線の先にあるのは土と草だけだ。だが匂いの終着点は此処であり、己の嗅覚は土を──正確には土の下に求めるモノあると告げている。最終確認の為に嗅覚を働かせ、そして鼻は変わらずに土から滲み出た匂いを捉える。他に引っ掛かる様な匂いは何一つ無い。
ならばやる事は一つ。
ソレは両手を地面にゆっくりと添える。そして心を落ち着かせる様に目を閉じる。息を大きく吸って吐き、身体から余計な力を抜く、脱力して自然体になる様に。そうして心と身体を万全の状態に整え──地面を勢いよく掘り始めた。
砂、土、小石が勢い良く宙を舞い、土煙が生まれる。ソレの身体も土に汚れて茶色に染まっていく──だからどうした。
土の下には草の根が蔓延り、互いに絡まり合っている。その結合は強固にもので掘り進めるのは困難な筈──それがどうした。
身体が汚れようと、草の根があろうと関係ない。ソレは本能に従い地面を掘り続ける。
掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って、掘って……
カツンと小さくとも丈夫な爪の先が何か硬いモノに触れた。そして鼻が捉えた匂いの元、それが目の前に出て来た。ソレは素早く周りの土を払い除け、目的のモノを土の下から掘り出す。
そうして暗く湿った土の中から掘り出したモノ、それが発する匂いは求めていたモノに違いなかった。そしてソレは掘り出したモノを両手で持ち上げる。自慢するように、成果を誇る様に、そして声高らかに叫んだ。
「採ったニャーッ!」
その手に掲げているのは錆び付いた鉄の塊だった。
◆
ここは村から離れた場所にある廃墟、その規模からして、かつて繁栄していた街か都ではないかとカムイは推測していた。だが今となっては廃墟と化し自然に殆どが飲み込まれている。後百年も過ぎれば緑の底に完全に沈むのは間違い無いだろう。
しかし此処は唯の廃墟では無い。過ぎ去りし繁栄の残滓として村では貴重な資源、鉄が手に入る。だが大半は土の下に埋もれ、今までカムイ達が採れるものは埋没を免れたものだけだった。
それでも、貴重な鉄が手に入るだけありがたかったのだが……。
「……何これすごい」
村から持ってきた台車には掘り出された物がこんもりと載っている。それは赤錆が浮いた鉄だったり、赤い何かや青い何かだったりする。割合は鉄が八割、知らない金属の様な何かが二割といったところ。正直にいえば金属らしき何かに関してはどうしたものかとカムイは悩んでいる。だがカムイが頭を悩ませている最中でもアイルーがえっちらこっちらと掘り出した金属質の何かを運んではポイポイと台車に投げ入れていく。
その採集の速度を見れば村の誰もが見れば呆気に取られるだろう、現にカムイも最初はそうなった。
「鉄が、こんなに……。これだけあれば包丁も鍋も新調してもまだ尽きない!拡張するなら色々物入りだけど……」
もっとも、その様子を見て将来の展望を描くアヤメは流石村長の娘と言ったところか。
アイルーがにゃー、にゃー言いながら台車にモノを投げ入れ、アヤメがその光景をうっとりした眼差しで見ている。その様な光景を前にしたら呆けるよりも微笑ましいと思ってしまう。
そうしてアイルー達を再度見れば誰もが土で身体は汚れ、それでも楽しそうに地面を掘っては何かを掘り出している。一見すれば遊んでいる様に見える、だが実際は村から依頼された立派な仕事である。
当初の予定ではアイルーとの交流は限定されたものになる筈だった。しかし現状は村の中にアイルーの群が丸々一つ組み込まれている。危機に陥ったアイルー達を助ける為とは言え、突然村に入った来た新参者に対して少ない村人達が反発した。何より自分達とは全く違う生き物だ、小さくとも彼等に対して怯える者も少なくない。
だが反発や怯えばかりでは無い。ジャギィとの戦いでは途中からアイルーも参戦して男達と共に戦った。そんな事があって戦いに参加した男衆の多くが仲間としてアイルーを受け入れている。他にも幼い女子供達は抵抗なくアイルーを受け入れている。同じ様に幼い子供同士で遊んでいる光景を見ることもある。
それに加えアイルー達自身も村でタダ飯を食べているばかりでは無い。身体に異常が無いアイルー達は村の中でそれぞれが働き、村からの採集の依頼等も請負ったりしている。
今回の依頼は村が必要としている鉄の採集だった。採掘場所は今まで訪れていた廃墟であり、アイルー達の安全を考えてカムイ達が護衛に付く形となっている。報酬は出来高制にしている為、この調子なら報酬は結構なモノ、食糧はもう十分にある筈だから住居を幾つか建てないといけないだろう。
こうして双方が歩み寄りをしていけば人とアイルーの融和は少しずつ進んでいく。互いを理解をするのに時間は掛かるのは当たり前。それでも村にアイルー達が馴染んでいくのもそう遠く無い未来だろう。
だからこそ村とアイルー達の為にも警戒を怠る訳にはいかない。カムイは今一度自らの視線をアイルー達から廃墟の外にある森へ向ける。異変があれば直ぐに行動に移せるように。
そしてそんなカムイの側には一匹のアイルーがいる。
「トビ丸は混ざらなくていいのか?」
「……別に」
向こうに混ざらないのかと問い、トビ丸と呼ばれるアイルーの答えは一言だった。
トビ丸はカムイと共にジャギィ軍団、ドスジャギィと戦ったアイルーだ。だが彼は他のアイルー達の様に集まって騒ぐ事は苦手であり、流浪の旅の最中は独りでいる事が多かったらしい。そんなアイルーも今はカムイと一緒に行動する様になった。その折にカムイに名前を考えてもらい、その中からトビ丸を選び自ら名乗る様になった。
そんなトビ丸と呼ばれたカムイの側に居るアイルーは他のアイルー達とは装いが違った。着の身着のままのアイルー達とは異なり身体に合わせた兜や防具を身に纏い、腰には大振りの小太刀が左右に一振りずつ、背中には様々な道具が詰め込まれた背嚢を背負っている。物々しい姿のそれは差し詰めアイルー侍といったところ。
「そうか、ところで身体は大丈夫か?」
「……大丈夫」
「戦闘になっても問題はないか?」
「……大丈夫」
「そうか、それにしてもアイルーは凄いな、人じゃああもいかない」
「……ヒトの方がスゴイと思うけど」
トビ丸にとって背後の光景は当たり前の事。しかしカムイ達、人にとってはアイルー達の持つ能力は優秀だ。
優れた感覚器官は人よりも遠く、小さな情報を逃さずに捉え生けるセンサーと言っても過言では無い。まだ構想の段階だがハンター見習いをアイルーと組み合わせるのはどうかとカムイは考えていたりする。
それ以外にも穴掘りの能力は固い地面を物ともせず、人よりも圧倒的に早い。村では崖を掘り進めての資源採掘の大きな助けになっており、固い岩盤に当たったとしても彼等の爆弾が有れば掘り進める。それに今回のような依頼であればアイルー達は欠かす事は出来ない。
──その結果、廃墟のあちこちが穴だらけという酷い有様になってしまったが。
「……後でお供物をしないとな」
「どうして?」
「そうだな……」
トビ丸には不思議なようだか、確かに見る人によればカムイの行いは奇異に見えるだろう。これがカムイの生来の気質かと問われたら否であり、間違いなく記憶の影響が大きい。
「多分、此処に住んでいた人達はずっと昔に全員死んでいる。俺達が集めているのは、その人達の遺品だからな。せめてお供物をしないと罰当たりになっちゃうだろ」
お供物なら何がいいのだろうか、食べ物か、何か……いや、酒か。貴重な物だが散々お世話になっているのだから文句は無いだろう。そんな事を考えながらトビ丸の疑問にカムイは答える。
「そうなの?」
「そうなのにゃ」
語尾に「にゃ」を付けてみたカムイが気に入らないのか、トビ丸は無言で尻尾をカムイの足に何度も叩き付ける。ペシペシとトビ丸の尻尾攻撃は痛みはなく、お返しとして兜の上から頭を撫でる。そんな事をしていると森の方から冷たい風が吹き付けられた。身体で冷気を感じながらカムイは目の前に広がる森を見る。
「……もう冬も間近だな」
目前に広がる森の木々からは緑が抜け落ち、風通しの良くなった森を冷たい風が吹き抜ける。それは冬の訪れを意味していた。
ジャギィの軍団との戦いから月日も経ち、間近に迫った冬に備えて村では念入りに越冬の準備をしている。何せ今年は村にアイルー達が加入したため必要とされる物資も増えたからだ。
とはいえ戦闘で大量に手に入ったジャギィの肉、それのお陰で食糧に関しては心配する事は無い。肉は既に加工され、アイルー達の分を考えても余裕がある。
それに冬は獣やモンスターも活動しなくなり、村人達も手隙になるので、この間に村の拡張を行う予定だ。
そう考えると今年に起きた様々な出来事がカムイの頭には浮かんで来た。
口減らしに始まりジャギィと戦い、アオアシラに追われ、蟲に喰われそうになって反撃して巣を潰して、紅い変異したアオアシラと死闘を演じ、締めはジャギィの軍団。
「……よく死ななかったな」
死にかけた回数は数え切れず、その全てが一年の間に起こった事だ。改めて考えると頭がおかしいとしか言わざる得ない
それでも乗り越えて来た、その経験は自信となりカムイを成長させたのは間違い無い。振り返ると色々あった一年、それでも来年も頑張っていこう!と楽しそうに地面を掘るアイルーの鳴き声を後ろで聞きながらカムイは考えていた。
◆
こうしてカムイはアイルーという小さくも頼もしい種族と肩を並べて生きていく。出会いは最悪、それでも、戦いを通じて力を合わせた、これから起こる問題を力を合わせれば乗り越えていける。村も少しずつ大きくなっていって余裕のある生活も夢物語ではなくなっていくだろう。
これにて、小さな村の小さなハンターの物語は此処でお終い。
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◆
廃墟と森の境目、無造作に伸びた茂みが揺れた。その異変を素早く捉えたカムイ達は直ぐに戦闘態勢を整える。カムイは予備の女王翅刀を構え、アヤメは弓に矢を番え、トビ丸は小太刀を構える。採集をしていたアイルー達も身の危険を感じ取ったのか急いで掘った穴の中に隠れる。
そうして茂みの先にいる何かをカムイ達は戦闘態勢の状態で待ち構える。暫くすると茂みを掻き分けて何かが現れた。だがカムイ達の目の前に現れたのはモンスターではなかった。
それは二本足で歩行している、強靭な毛皮も鱗も無い、鋭い爪も持たず、その大きさはカムイより小さい。
それは人の子供だ。
だが目の前に現れた子供の姿は酷いもの、身に纏った衣服は擦り切れ破れ、何とか衣服としての機能を維持しているだけ。その襤褸を纏った子供は片脚を引き摺り、頰は痩け、身体は棒の様に細い事が遠目からでも分かった。
今にも倒れ、命尽きようとする子供。だがカムイの目を引いたのはそれらではない。
カムイの記憶力は悪くなく、小さな村とはいえ其処に住う老若男女の顔と名前は覚えている。特にその大人びた性格から一時期は村の子供達の面倒を見たこともあった。故に村の子供に限れば顔と名前は確りと頭に刻み込まれている。
──だからこそ分からない、目の前の子供をカムイは知らない。
いベンとが発セイしまシた。どうシマすか?
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