まだまだ冬が過ぎ去るには程遠いある日。しばらくは村の周辺の探索に時間を費やしながら山菜を採ったり、ケルビやガーグァをお持ち帰りしていた。そんな事を一週間続け、その日の夜はガーグァの丸焼きを食べながら考えていた事があった。
それは探索範囲を広げていくことだ。当初は積極的に広げて行こうとは考えてなかった。村の周辺で山菜や無害なモンスターをお持ち帰りしていれば、比較的安全に冬を乗り越えられる予定だったのだ。だがその予定は崩れてしまった。理由はモンスターによる縄張り争いである。
どうやら此処とは別の所に生息していたアプトノスを筆頭とした草食モンスターの群が此方に移動、さらにその群を追って別の肉食モンスターも来たのだ。だが此処にはジャギィの群をはじめケルビやガーグァの群が既に居る。そうして始まったのがモンスターによる縄張り争い。元々いたジャギィの群に引っ越して来た新たな肉食モンスターの群が昼間からギャー、ギャー、ウガァーと叫びながら闘い、草食モンスターは草食モンスター同士で餌の奪い合い。アプトノスの突進でケルビは宙を舞いガーグァは情けない鳴き声を上げながら逃げ惑う。正に大乱闘、モンスターパニックである。
そうした理由で少し足を延ばして探索をする必要が出てきたのだ。何も競争相手ひしめく場所に居続ける必要はない。逆に離れる方が安全である。あんな大乱闘に人の子供が入るには命がいくつあっても足りない。逃げるが勝ち、命は一つ大事にしないといけないのです。これが理由である。
直に縄張り争いを目にしなければアレの恐ろしさは理解できないだろう。丸焼きを齧りながらしみじみ思う。 因みに丸焼きは成長期か今迄の貧乏生活のせいか一人一匹美味しく頂きました。味はジャギィと違いさっぱりとしたもので物足りない味だった。
ーー調味料が欲しい。甘辛いタレを、せめて胡椒でも。
そんな葛藤を抱えた俺を無視してカヤは食い続けた。食卓に肉が並ぶ様になり身体も痩せた状態から少しふっくらして来た。良い傾向である。だが帰ってくるなり兄の心配より晩御飯の獲物の心配は如何なものか?
出迎えの一言が
「晩御飯、何?あっ、お帰りなさい」
と笑顔で聞いてくるのは。いや、心配されるよりもいいのだが、なんとも言えない気持ちである。いや、逞しくなったと考えよう。
そうして昨日は過ぎ今日は未調査地域に進出したのである。足に履いているのはカヤ手製のブーツの様な靴。まだ荒い部分があるが凸凹した地面からしっかりと足を守ってくれている。これが昨日完成したことも調査に乗り出せた理由である。
歩き慣れた道を耳を澄ませながら進めば、遠くからは今日も元気に争っているのが聞こえて来た。
今回の探索は村から北の方向に向かう。北には山から降りれば広い平原が広がっている、よってモンスターの接近に気付き易く比較的安全だと考えたからだ。遠目に平原を見渡せば疎らに木が生えているのみ。モンスターもいないため心置きなく調査ができそうだ。
調査を開始すれば最初に抱いた考えが全くの見当はずれだとは想像もできなかった。
大きく開けた平地に生えていた木は近くで見れば木ではなかった。焼け焦げた柱にいくつもの蔓が巻き付いており、大きな葉を茂らせている。遠目で見れば木にしか見えないだろう。調査の為に近付いたから気付けたものだ。周りもよく見れば石と思っていたものが大小様々な瓦礫があったことが分かった。おそらく家屋のような物だった筈だ。原型を留めているものもあるが殆どは瓦礫と化している。そのどれにも植物が生い茂り、長い年月が経った事が分かった。
平原をよく見れば植物の繁茂にも規則性が見て取れる。しっかりと区画整理されたものだと記憶のおかげで理解できた。加えてそれが平原の見渡せる範囲、全てでそうなっているのだ。自分の住む村とは規模が桁違いだ。それこそ、かつての栄えた国の首都と考えれば納得出来るものだ。
そう、俺の目の前には昔話や伝承でしか知らない国が、国の残骸が俺の目の前に広がっていたのだ。
村長が語ってくれた昔話や伝承の中には大きな国が時々出てきた。それらの国はモンスターに滅ぼされる結末が多かったと覚えている。だが当時から不思議でならなかった。確かにモンスターは強い。今ならそれも理解できる。だからといってモンスターで国が滅ぶ程の被害が与えられるものなのか。村長の話を聞きながら当時は考えていた。後でひっそりと聞きに行ったが、村長にも幼い頃から伝え聞いた話なので詳しい事は分からないとのことだった。
それにしても村からこれ程の距離に廃墟があるとした時、村のご先祖様はもしかしたら此処で暮らしていたかもしれない。それがモンスターによってあの村まで追い詰められた。
頭の中では様々な推測が生まれるが後回しだ。まずは廃墟の調査、考察は家ですればいい。原型を保っていた建物に入れば中は荒れ果て枯れた雑草がそこかしこに生えている。かつての生活の痕跡も自然によって埋もれようとしていた。
「何かあれば御の字だ」
そう言いながら目ぼしいもの探した。気分は墓漁り、もしくはスカベンジャーである。不謹慎にもワクワクしてしまった。だが探せども何も出てこない。
「当たり前か」
此処はいずれ自然に飲み込まれ跡形も無く消えていくだろう。そうでなくとも長い年月が経っているせいで風化が様々な所に及んでいるせいでロクなものが残ってないだろう。
期待外れの結果に終わり感傷に浸りながら家を出ようとすると何かに躓いてバランスを崩した。転げる事は阻止したものの硬いものにぶつかったせいでブーツの足先は潰れていた。
「踏んだり蹴ったりだなぁ」
完成一日目にしてブーツ破損である。これは下手人である硬いものを掘り出してぶん投げねば気が済まぬ。そう思って掘り出してみれば土が纏わり付いた謎の物体。
ーーだが、容赦はせず。
そして掘り出した下手人を手近な岩に向かって投げつけた。下手人は岩にぶつかり澄んだ音を響かせながら何処かに跳ね返っていった。なかなか綺麗な音を出したので似たような物体を見つけたら岩に投げつけてやろう。そうして探索を再開しようとしたが気付いた。
ーー綺麗な澄んだ音?
岩や石などぶつかり合って出す鈍い音とは全く違う音。片方は岩だがもう片方は何だ?疑問の答えを得る為に下手人を探し出した。暫くして巧妙に隠れていた土濡れの謎物体を見つけた。謎物体の土を手ではたき落とし、携帯している包帯代わりにのボロ布で磨いてみた。そして出てきた物を観察して理解した。気付けば顔が笑っていた。
ーーお宝見つけたり。
「お前、これは何だ」
目の前に積み上げたのは錆びた包丁や鍋、その他色々な物。殆どの物が原型を損ねており形が分かるのは半分にも満たない。だが、それらに使われているのは紛れも無く鉄だ。
「鉄ですが?」
「見れば分かる。何処で手に入れた」
「村を出て行った結構先に大きな廃墟がありまして、そこにあったのを持ってきました。駄目でしたか?」
そう、この鉄は廃墟にあった物だ。埋もれていた謎物体が鉄製品で気付いてからは時間の許す限り廃墟で探し回った。
「いや、そんな事は無い。手放しで褒めたいくらいだ」
そうだろう。村にある道具は長いこと修理して使い続けている。だが道具は使う程に少しずつ摩耗していく。それを騙し騙し使っている物が村には少なくない。だが目の前にある鉄を使えれば修理だけでなく新造も可能だ。貴重な鉄を齎したことは村にとって大きな貢献の筈だ。
「だがな、お前さんの注文は受け付けねぇ」
「何故ですか?」
ーー何故そのような険しい顔をするんですか?
「答えろ、お前は俺に何を作らせようとしている」
ヨタロウはカムイを睨みつけた。その目からは一切の戯言は許さない強い意志が表れている。
村でのカムイの評判は色々ある。大人びている、賢い、時たま変な事をする。総じて優秀な問題児が村での認識である。だがこれは違う。優秀だ、問題児だ。そんな言葉では言い表せない。コレは異端なのだ。
「お前が俺に作らせようとしているのはナイフじゃねぇ。剣だ、お前はそれで何をするつもりだ」
村から遠く離れた廃墟に行き鉄を持って帰ってきた。言葉にすれば簡単だ。だがそれを出来る奴はこの村にいるのか?俺も含めて村に住む全員がモンスターに対する恐怖を持っている。それは幼い頃から語り継いできたものだ。一朝一夕でどうにか出来る軽いものじゃない。
だがコイツ、カムイは違う。俺達と同じ様にモンスターの恐怖を聞いて育った筈だ。加えて仕事は村の外に出る危険なもの。村に籠る俺達よりもモンスターに詳しい。ならば恐怖も大きい筈だ。
「言わないと駄目ですか?」
なのにこの言いようだ。自慢もせず、さも当たり前の様に話を進めようとする。どうにも自分の成した事の大きさをまるで理解していない。いや、理解した上で自慢する程ではないと考えているのか。
「当たり前だ。内容によっては俺はお前を突き出す」
だからこそ恐ろしい。十をようやく過ぎた子供がこれ程の事を成した、その上で武器を作れと言う。感心するよりも不気味と思ってしまう。一体どんな理由で武器を必要とするのか、村に生きる者として見極めなくてはならない。
「欲しいのです。モンスターを殺せる力を持つ武器が」
カムイの答えは大人でも考え付かないような突飛なものだった。
「お前、気でも狂ったか?子供がどうやってモンスターを殺す。そんな法螺話に付き合うつもりはない。鉄については感謝している。これで新しい鍋でも作ってやるから、それを持って帰んな」
口から出た言葉は紛れもない本心である。散々に異端だと考えていたがどうやら勘違いだったようだ。鉄も運良く見つけてきたのだろう。そうして自分は特別だと勘違いしたからモンスターを殺すという戯言が出てきたのだ。だがカムイが目の前に置いたものでそんな考えは吹き飛んだ。
「お前、コレは」
「ジャギィの頭、実物見せた方が話は早いでしょう」
間違え様も無いジャギィの頭だった。冬の寒さで腐敗しておらず、そしてそのどれもが頭が潰れている。過去に村で仕留めたものとは別のものだ。
「ヨタロウさん、貴方の腕は素晴らしい。この村にある鉄器全てに貴方は関わっている」
三匹のジャギィを仕留めたであろう本人は固まっている俺を無視して話し続けた。幼い子供らしからぬ口調で朗々と。聞くな、それを聞くのは不味い。そう思えど耳を防ぐことができなかった。
「しかし悲しい事にやることは少なく、それも鍋の修理や包丁の修理など単純なことばかり。それもそのはず、それくらいしか仕事がないから」
そうだ、確かにそうだ。村に一つしかない鍛冶場を任されているがやる事は多くない。あったとしても小物作りか修理くらいだ。
「この村にある鉄器は貴方の父や祖父が全て作ってしまい貴方にはやるべき事は殆ど無い」
親父や爺ちゃんが村にある殆どの物を作ったせいで俺が新しく作る物は殆ど無い。
「なら新しい物を作ろうにも鉄は無い。例え作ったとしても誰も使わない」
村に無い新しい物を作ろうとしても肝心の鉄は無い、作れたとしても実際に役に立つかは分からない。試行錯誤すら許されない。だから諦めようとした。俺の人生は道具の修理くらいしか出来ないと諦めようとした。
「だが貴方は其れを良しとしなかった」
そうしてカムイが俺に見せたのは小さなナイフ。数少ない俺が作った物。
「このナイフは私の父さんから貰いました。渡された時に依頼した時の貴方の様子を話してくれましたよ」
あぁ、あの日のことは、今でも覚えている。その時の感情が顔に現れたのだろう。奴は何かを確信したようで口は三日月の様に歪め目を細めて笑顔になった。
「貴方は喜んで仕事を引き受けました。依頼した父さんも驚く程の熱意を持って。そして出来たナイフは素晴らしい物でした。実際にジャギィに使えばよく切れました」
それはそうだ。その時俺の持つ技術を全てつぎ込んだんだ。何日も徹夜して、夢中になって取り組んだ代物だ。ジャギィも切れるだろう。実際に切っているとは思わなかったが。
「ヨタロウさん、楽しかったですか?ナイフとはいえ自分の力で何かを創り出すのは夢のようでしたか?」
俺はコイツ、カムイが恐ろしい。まだ子供だとかそんなものは関係ない。
「もういい、何も話すな」
聞くな、耳を塞げ、アイツの口を閉じさせろ。だが身体は言う事を聞かない。
「いいえ、話しますヨタロウさん、貴方は何かを創り出したい。自分の力で最高の物を創りたいのでしょう?」
奴は諦めていた思いを言葉にして言い切った。
「黙れと……」
「私がその願い叶えます」
「何?」
こいつは何と言った。村にいる限り決して叶わない俺の願いを何と言った。
「この鉄、まだまだあります。貴方はソレを使って私に合う武器を作って下さい」
ダメだ、想像するな、考えるな、戻れなくなるぞ。
「それだけではありません。今はまだ身体は小さいですが、いずれ大きくなります。その時も今と同じ武器が合うとは限りません。その時は貴方に新しい武器を作っていただきたい」
奴は話すのを辞めない、そして黙って聞いている自分がいる。
「素材についても鉄だけじゃない。私が倒したモンスターの牙や骨、武器に使えそうな物も渡します。鉱物もそうです。鉄以外も見つけ次第持ってきましょう」
カムイは矢継ぎ早に言い切った。そのどれもが俺には魅力に溢れていて、夢にまで見るようなものだった。
「これが私から貴方に提示できる全てです」
そうしてカムイの話は終わった。暫くしてから俺は口を開いた。
「お前、頭おかしいぞ」
村の大人達でもここまでおかしくなることはないだろう。
「そうかもしれません」
そう言ったカムイは笑っている。
「何故モンスターに挑む」
死ぬかもしれないのになぜ。
「そうしないと生き残れないからです」
だがカムイは間髪入れずに答えた。
「妹がいるだろう」
「だからこそです」
ここで察してしまった。カムイは気付いているのだろう。
「何故泣かない」
子供なら駄々をこねても仕方ないのに。
「泣いても助からないからです」
これも間髪入れずに答えた。
「俺達を恨むか?」
「何故?」
「何故も何も、俺を含めた村の大人はお前達を見捨てたからだ」
今年の冬は二年前と同じ厳しいものになる。いや、それ以上かもしれない。そんなときに俺たちは生き残るためにカムイ達を見捨てた。大人と同様の働きは期待できず、それを待つ余裕もないからだ。正直言えば武器は村への復讐に使うものと考えてもいた。
「不思議と恨みが湧いてこないのです。それに恨む事に頭を使うなら生き残る事に頭を使います」
やはりカムイは子供にあるまじき答えを返してきた。
「やっぱお前、頭おかしいぞ」
そう言いつつも、俺は顔を俯かせてしまう。
「夢物語だ」
無意識に口から言葉が漏れた。
「夢物語だ、だけど聞いちまった。想像しちまった。もう戻れない。戻れるわけがない」
漏れた言葉は尽きず、さらに勢いよく漏れ出していく。
「あぁ、そうさ。俺は耐えられなかった!やる事と言えば鍋の修理や包丁の研ぎ直し。それでも、それでも我慢してきた。この仕事は大事だ、村に欠かせないものだ!だが、お前の父ちゃん、カズマが持ってきた仕事で気づいてしまった」
そう言って己の両手を見た。
「楽しかった。最高だった。小さなナイフだが今の俺が持つ技を全て駆使した。その時は毎日ああだ、こうだ考えたよ。幸せだった」
今でも思い出す。夢中になって槌を振るった感触を、体に響いた音を。
「だが終わってからは地獄だった」
「あの喜びを知ってから自分を誤魔化すのが辛くてな。何度も夢に見たさ。新しい物を自分で作る夢を」
修理をする度にあの感触が甦ってきてどれほど苦痛だったか。だがカムイは俺に機会を与えてくれた。機会だけじゃない、材料も用意すると言ってのけた。
「いいだろう。作ってやるよ、お前の為に武器を」
子供にここまで言われて作らないのは鍛冶師として失格だ。
「ありがとうございます」
「あぁ、だが約束しろ、絶対死ぬな。俺をここまで焚きつけたんだ、死にやがったら承知しないぞ」
「分かりました」
そうと決まれば後はやる事をやるだけだ。
「さて、村長には何と言えばいいか?」
「あっ、それはまだ言わないで下さい」
「何故だ?」
「下手をすれば私達が村から追い出されます。"村にモンスターが来たらどうするんだ!"と言われて」
「だが、言わなければ理由無く作る事になるぞ?」
「そこはこう言います。たまたま鉄を拾って、たまたまナイフが壊れたので、たまたま代わりの物を作ってもらっているだけ、と」
「たまたまて、お前」
さっきまで大人顔負けのことを話していたのに急にショボくなりやがった。
「はい、こんな子供騙しがいつまでも続く訳がありません」
「ならどうする?」
「認めさせます。俺が村には欠かせない人である事を。その為の時間稼ぎです」
時々コイツは凄いのか馬鹿なのか分からなくなる。
「どうやって?」
「それはこれから考えます」
考え無しかよ。
「やっぱお前、頭おかしいぞ」
「褒めないでくださいよ」
「褒めてねーよ」
なんとも末恐ろしい子供だ。
少しでも文章力を上げたいので誤字脱字などの指摘は歓迎します。