振り下ろし、薙ぎ払い、切り上げる。想定するのは自身を超えた体躯を誇るモンスター。棒立ちのままに振るのでは無く移動しながら、手に持った剣を振るう。それは子供の大きさに合わせているが立派な物である。
村で唯一の鍛冶場を任されたヨタロウが拵えた剣はカムイの要望通りの出来上がりだった。肉厚で、重心のバランスも良い。未だに少年の域を出ないカムイに余計な負担を掛けず、確かな力を与えた。これならばモンスターにも通用するだろう。
だが使い熟せなければ棒切れにすら劣る。その考えの元に家の裏で黙々と武器を振るう。初日は武器に振り回されていた、しかし数日おいて動きを矯正し武器を振るう事が出来る様になった。それからは仮想敵に向かって武器を振るう事を繰り返す。仮想敵はジャギィだ、モンスターを狩る切っ掛けであり、今一番に敵対する可能性の高いモンスターである。
今現在、村の近くで脅威となるモンスターはジャギィとそれを率いるドスジャギィである。以前より始まった縄張り争いにも勝ち残り、未だこの一帯は奴らの縄張りである。だが、無傷とはいかなかった。群の個体数は減り、後日確認した限り兵隊としてのジャギィは八匹前後と想定される。依然として危険な群だが、カムイとしてはどうか生き残って欲しいと考えている。
ここで旧ジャギィが敗れ新ジャギィの群が来るなら幸いである。しかし問題はジャギィ以外のモンスターが居座る事である。群としてのジャギィは脅威だが各個撃破の戦法を採れば勝機はまだある。だが個でジャギィの群を退けたモンスターが居座る事になると話は変わる。勝機がどの位か想定出来ない。その前に情報も皆無なため有効な戦術が立てられない。
要は都合が良いのだ。山菜を採る事や、小型の草食モンスターを狩る際にもジャギィだけならば幼い自分にもやりようはある。現状維持が続く方が安全に立ち回れる。
だがモンスターは此方の考えなど知った事ではないだろう。見つかれば嬉々として襲ってくる。状況によっては持ち帰るつもりだったケルビやガーグァは泣く泣く手放さなければならない。だからジャギィを退けられるように鍛えるのだ。苦労した獲物を易々と渡してなるものか。食べ物の恨みとはとても恐ろしいものなのだ。
"……綺麗"
カヤは兄の演武を見ていた。息は上がり、燃えるように熱いだろう。身体が限界を訴えている筈だ。それでも動きを止めず振り続ける。冬の冷たい空気の中、兄の周りだけが熱を放っている。その熱は周りを白く彩り日差しも相まって幻想的だ。
当初のチグハグな動きは消え、実用に耐える程度に上達したと聞いた兄の動き。その上で少しでも限界の先に、少しでも上達しようと演武を辞めない。
そう、カムイ以外から見ればそれは立派な演武だった。当人の記憶にある雑多な知識を元にモンスターとの戦闘で役立ちそうな技や動きを組み入れたそれは当初こそは滑稽な代物だった。だがそれは日を追うごとに洗練され今や立派な演武となった。無闇矢鱈に振り回すのではない、身体の仕組みを理解し、負担を掛けず、鋭く速く、術理にかなった動き。本人は何てことも無いと言うだろう。しかし、記憶にある雑多な知識は膨大な知識の蓄積によって産まれたのだ。その知識を組み入れ作り上げた演武は、事情を知らない者が見れば天才と謳うだろう。
剣を手に入れてから始めた練習は当人の与り知らぬ所で観られていたりする。その内の一人がカヤだった。
「へっくしっ!」
「ん?」
剣を振るうのを止め、音のした方、くしゃみをした自分に兄が振り向いた。身体が燃えるように熱い兄とは違い、冬の寒さが身に沁みたのだろう。気が付けば身体を縮こませ、震えていた。
「何だカヤか。風邪でも引いたか?」
「違うよ!ほら、もうすぐお昼だから呼びに来たの」
「そうか、ありがとう。だけどカヤ、風邪かもしれなかったら直ぐに言ってくれ。下手をすれば命に関わるからな」
「分かった、直ぐ言うからご飯食べよ」
そう言ってカヤは足早に家の中に入った。心配性の兄の事だ、あのまま話し続けていたら身体が冷えた原因を聞かれるだろう。まさか演武に見惚れ、じっと見続けたせいだと白状できるわけがない。そんな事を言うのは恥ずかしかった。
村には娯楽は少ない、そんな環境にあって日々上達し、動きを変えていくカムイの演武はカヤにとって娯楽といえるものだ。それをカムイは知らない。知られたら当分顔を合わせられない確信がカヤにはあった。
此処暫くの間は狩には行っていない。狩によって得た蓄えもあるが、頻繁に村を離れる事を村人に問い詰められたくないからだ。自分のやっている事は下手をすれば村を危険に晒す可能性がある。いくら自分達が生き残る為だと行っても素直に理解してくれるかどうか怪しい。最悪村から追い出される可能性もありえるのだ。
そのような理由で空いた時間に丁度いいと剣を振っていたのだ。そんな風に怪しまれぬよう気を遣いながらの生活にも慣れた。
「今日はこの後どうするの?」
「ヨタロウさんの所に行くよ。剣の握りの部分を少し変えてもらう」
「了解、それと行くなら修理に出した包丁も取ってきて」
「分かった」
昼食を食べ終わった後は予定通り鍛冶場に訪れた。ヨタロウさんとは話し合い、剣を預けて修理に出した包丁を受け取る。そこで帰ってきた包丁が以前とは見違える様になっていた事に気が付いた。理由を聞けば
「今までみたいに遣り繰りする必要が無いからな。それで思い切り練習も試作も出来るようになった。お陰で腕は上がったぜ、ありがとうよ」
と笑顔で返してきた。顔つきも若返った様に見えるのは気のせいではないだろう。ストレスなく仕事に打ち込め、腕も上がったとなれば頑張った甲斐があったものだ。
そうして気分良く家に帰ろうとした道中である人を見つけた。いや、俺がこの道を通るのを待っていたのだろう。道を通さない様に立つのは今一番出会いたくない人。
「久しぶりだなカムイよ、元気そうだな」
「お久しぶりです、村長」
この村の村長で名をゲンジと言う。四十を超えた年齢でありながら村に住む老若男女を従える猛者である。普段は優しい顔であり幼い子供達からも好かれている。だが、ただ優しいだけではない、場合によっては顔を険しくして厳しい判断を下せる強い人である。そうであるから村長の立場にいるのだ。
「偶然にも会ったんだ。立話も何だ、少し家に寄って行きなさい。アヤメも会いたがっていた」
「分かりました」
偶然ではないだろう。だが此処で断る理由は無い。逆に断れば先方の印象を悪くしてしまう。そんな事は望まないので村長の自宅に寄った。つられて自宅に入れば違いに向き合いながら座る。
「さてカムイよ、元気そうで何よりだ。妹のカヤも元気か?」
「はい、元気です。食い意地も変わらずに張っています」
「そうか、それは良かった」
まずは挨拶代りの近況報告を。それから少しの間はお互いに軽い冗談を交えながら話し考える。ここで俺が成すべき事は、外へモンスターを狩りに行っている事を知られないこと。まだ村を納得させる程の手柄を考えつかず、その状態で村の外へ出る事を禁じられると俺達は冬は越せない。それは隠さなくてはならない。
「ところで最近村から出る事が多いな、どうしてだ」
来た、これが本題だろう。ここで怪しまれてはいけない。平静を装いながら会話を続ける。
「食料が少し心許無かったので外で山菜を採ってました」
「ほう、村の近くは採り尽くしてしまったものとばかりと考えていたが残っていたのか?」
「近くではありません。少し離れた場所まで採りに行きました」
嘘は言っていない。これに関しては疑われることは無いので自信を持って答える。
「カムイ、分かっていると思うが外は危険だ。それにモンスターを招いてしまうかもしれん。迂闊な行動は慎むように」
「安心して下さい。危険なモンスターを村に招く愚は犯してません」
これも同様だ。村に帰る際は尾行されないよう回り道をしながら帰って来ている。尾行自体にも注意して周囲に気を張りながら行動もしている。今のところ問題は無い筈だ。
村長は険しい顔で此方の顔を見てくる。それに対して平静を保って返す。そんな遣り取りをすること暫く、先に折れたのは村長だった。
「ならば良し。私の仕事は村を存続させることだ、村に住む者が危険な事をしようとするのであれは諌めなければならない」
険しい顔を解き、普段の顔付きになりながら話してきた。
「カムイよ、素直に応じてくれて感謝する」
「いえ、両親が亡くなってから事あるごとに助けてくれた村長の頼みです。この程度であれば応じます」
実際に両親が亡くなってから手助けしてくれたのは村長の家だ。その頼みとあらば詰問も受けよう。
「この程度か……」
だが、村長の小さすぎる呟きは聞こえなかった。
「さて、アヤメを呼んでこよう。あやつも其方と話したいそうだ」
重苦しい話も終わり、娘を呼んでこようと村長は立ち上がった。話し合いに出てこないよう他の部屋に控えさせていたのだろう。そんな村長の娘だが、扉の隙間から此方を覗いていた視線には気が付かなかった振りをするべきだろうか。するべきだろうな。
「アヤメ様、お久しぶりです」
「ちょっと、その言い方やめてよ!気持ち悪い!」
からかえば元気に噛み付いてくる子だ。話したら元気に突っかかってくるだろう。今は少し面倒なので言わないでおこう。
「気持ち悪いとは失礼な。これでも家長だ、言葉も相手によって変える必要がある、理解してくれ」
「分かったから此処にいるのは私達二人だけよ。前みたいに話して」
そんな遣り取りをしながらアヤメの姿を見た。身長は俺と同じか少しだけ大きいだろう。勝気なツリ目が似合い、髪は黒く、長さも肩で揃えている。可愛いよりも綺麗が似合う女の子だ。だが、食料事情が悪いせいだろう、痩せている姿は似合わない。
「分かった。さて久しぶりだな、元気にしてたか」
「元気なわけないでしょ、忌々しいこの冬のせいで皆追い詰められているわ。そのせいで父様に直訴にくる人が絶えないわ」
そうして口を開けば暗い話題しか出てこない。内容から村全体が危うい事が窺える。
「そうか、そこまでなのか」
「えぇ、皆どうにかしているけどね」
どうにかとは、一食分を減らしエネルギーを無駄に消費しないため必要最低限の時を除き家に引きこもっているのだ。暗い顔をしながら答えてくれた。
「カヤは元気?最近見かけていないから心配なのよ」
「あぁ、元気だぞ。食い意地が張っているのは相変わらずだ」
彼女もカヤは心配なのだろう。だから心配しない様に答えた。
「ねぇ、カムイは大丈夫?」
どうやら自分も心配してくれたようだ。
「大丈夫だ、この通り風邪も引いていないぞ」
身体を動かしながら答えた。だが、そうではなかったらしい。
「違う、そうじゃなくて……」
歯切れ悪くなりながらも話してくれた
「村の外、最近よく出て行っているって聞いて。外にはモンスターがいるじゃない、それに襲われていないか心配で……」
「まぁ、モンスターに出くわす事も偶にあるが心配するな。こう見えて逃げ脚が速いんだ。直ぐに逃げてるよ」
嘘は言って無い。出くわすようであれば可能な限り逃げるように考えている。
「そう、良かった」
やっと安心してくれたようだ。そのまま話を続けようとするが言葉は出てこない。出てきたとしても暗い話だ。その事も当人は理解しているのだ。
「ダメね、この冬のせいで暗い話しか出てこない」
そうアヤメは呟いた。だが暗い顔はここまで、残りは笑顔でいてもらおう。何より似合わないのだ。
「大丈夫だ。こちらに出来立てホヤホヤの面白い話があるぞ」
「何、聞かせて!」
「これは我が家の妹様が寝ぼけて俺に噛み付いた話でな……」
やはり子供には笑顔が似合う。そんな事を考えながら面白おかしく、有る事無い事アヤメに話した。
村長との話し合いから翌日。久しぶりに狩りに赴いた。結果は上々、肥え太ったケルビを仕留めることが出来た。だが問題が無かった訳では無い。懇ろ此方の方が問題である。
「アプトノスの群の食害が大き過ぎる」
アプトノスは草食モンスターではあるが、その巨体を維持する為に多くの食料を必要とする。それが群となれば一日に必要とする食料は膨大だ。さらに厄介な事にアプトノスの食料に人が食べられる食料も入っているのだ。他所から来た理由は恐らく食料を食い尽くしたせいだろう。このままにしておけば村の周囲は食い尽くされるだろう。
「問題はどのような手段を採るかだな」
思いつく案は二つ。
一つはアプトノスを周囲から追い出す事、もう一つはアプトノスを狩る事。追い出す事は具体的な案が浮かばないため没、浮かんだとしても子供一人で出来ることでは無い。となると残る手段は狩る事となる。これは簡単な分、逆に難しい。理由はアプトノスの生態だ。親子で行動する為、子供を狙えば親が逆上して襲い掛かってくる。親を狙っても同じように襲い掛かってくる。成体の突進を受ければ吹き飛ばされ死んでしまうだろう。トラックにぶつかるようなものだ。
「八方塞がりだ……」
問題を解決したと思ったらまた新たな問題が出てくる。勘弁してほしい。こんな日は美味い物を食べて気を晴らすしかない。丁度良くケルビを狩ったのだ、豪勢に行こう。
「ただいま、カヤ。今日は大きめの獲物だぞ」
そんな気持ちで家に帰って来れば妹がいつものように出迎えてくれた。
「あっ、兄さん、その」
だがいつもと様子が違う。泣き出しそうな顔をしているので理由を聞こうと口を開いた。
「ほう、ケルビか。食った事は無いが美味しいらしいな」
だが新たな声が聞こえてきたせいで口から言葉は出てこなかった。その声はこの家にいない筈のものであり。昨日聞いたばかりのものだった。
「村長……」
「カヤを責めるな、お前がいない間に聞き出したのだ」
昨日の問答では満足出来なかったらしい。まさか家に乗り込んで直接カヤに聞きに来るとは考えていなかった。想定外にも程がある!カヤも村長に問い詰められたら答えざるを得ない。
「さて、積もる話もあるが、飯を食いながらといこう。私も馳走になっても良いか、カムイよ」
新たな問題、自分達の生死に関わる問題が突然湧いて出てきた事に胃が軋みをあげたのは気のせいではないだろう。
カムイ大丈夫かなぁ?