冬の夜は長い、それに加え辺りには身も凍らせる冷気が満ちている。そんな環境にあって村人達は余分な体力を消費しないために早々に寝ている。少ない食料を無駄にしないために編み出された苦肉の知恵である。そのせいで村には音も光もなく静寂が満ちていた。闇に支配された世界がそこにあった。
だがある一軒の家だけが違っていた。家の隙間からは光が差し込み、家の中からは声が聞こえてくる。
「いや、モンスターがこれほどうまいとは思わなんだ。カムイよ、なぜ教えなかった?」
重く威厳のある声でそう話すのは村の最高権力者で村長ゲンジ。
「久しぶりに満腹になったぜ、こんな美味いなら俺も外に狩りに出るか。たんまりと狩ってやる」
調子のいい軽口を言うのは村唯一の鍛冶師ヨタロウ。
「あぁ、お腹一杯もう食べれない。ねぇ、カヤちゃんまたご馳走になっていい?こんなご馳走食べたから粗食に我慢できなくなちゃった」
少女に視線を向けながらお願いを言っているのは村長の娘アヤメ。
お願いを聞いた大人二人も視線を同じ先に向ける。村の重要人物三人の視線が一人に向けられる。普通の村人ならば緊張のあまり固まって何も話せないだろう。だが、そんな三人の視線を受けた受けた少女、カヤは
「あの、それは兄さんに聞いてください……」
そう濁した言葉を返した。そこに緊張はなく呆れと困惑しかない。無理もない、さっきまで普段の凛とした姿からはかけ離れた姿を見せつけられたのだ。
ーー村長は壁に寄りかかりながら瞼を閉じて脱力し
ーーヨタロウは横に寝転び右手で頬杖を突き、左手で膨れた腹をさすり
ーーアヤメは硬い床にも拘らず後ろに大の字に寝転んでいる
視線を向けるにあたって座り直すが、その姿に威厳を感じることはない。そこにいるのは食い意地の張った人が三人いるだけだ。
ーーオマケに口元を油でベットリと汚しテカテカと輝いている。
もはや威厳は零を下回りマイナスに突入している。
そんな風に思われているとも知らず、もしくは満腹で頭に血が上ってこないため気が付かない三人は視線をカムイに向け口をそろえて言う。
「「「カムイ、また来てもいいか?」」」」
冗談も悪ふざけも含まれていない、切実な願いが込められた言葉で尋ねられた当人は
「もう、勝手にしてください……」
そう死んだ魚の目をしながら答えるのだった。
「さて、カムイの料理で腹も満たせたところだ。ここからは真面目な話といこうか」
身なりを整え、村長が言葉を切り出す。その瞬間にさっきまで家の中に満ちていた弛緩した空気は霧散し、皆が姿勢を正しながら村長の次の言葉を待つ。
「まずカムイがモンスターを狩っている事実を知るのはこの場にいる五人だけか?」
それに答えたのはカムイだ。
「はい、事前に話していたのはカヤとヨタロウさんだけです。村長とアヤメには今日知られてしまいましたが。この五人以外には知られていません」
「それは本当か、村の出入りの際に見られた可能性は?」
村から外に出るには一つしかない出入口を使うしかない。当然、モンスターの襲撃に備え木製の柵と門で塞いでいる。そして常時門番が二人詰め掛けている。一人が門番を担い、もう一人はその間休憩を取る。交代しながら警戒しているのだ。そしてこの仕事は村の成人男性が交代で任されている。
「それもありません。モンスターを狩った場合はいくつかの手順を踏んでから村に持ち込みます」
実際に籠を三人の目の前に出し、実演しながら説明する。
「まず村の近くを流れる川で解体、大まかに分割します。加えて背負ってきた籠の内側に山菜や薬草を張り付け、その中心に分割した肉と革を入れます。これで外からはモンスターの肉や革を見つけることはできません」
手間はかかるが村人に怪しまれずに済む。妙な所で記憶が役に立ったものだ。やっている事は密輸でしかないが。
「ずいぶん手の込んだことを考え付いたな。俺はてっきり門番の目を盗んで出入りしているかとおもっていたぜ」
「私もよ、目を盗んで隠れながらやっていると思っていたけど、でも中身を見せろと言われたらどうするの?」
「そこは穏便に済ます為に見せますよ。しっかりと偽装しているので籠をひっくり返さない限り分かりません」
「それ以前に毎回、門番を担当している二人には差入れで少しばかり食料を届けています。そのおかげで円滑に出入りが出来ます」
「それって……」
「買収ですが何か問題ありますか?」
しかし密輸に買収と子供がする事じゃない、今更ではあるが。
「うむ、やっていることは問題だ。だが村に混乱をもたらさない為に十分配慮されている」
「ヨタロウよ、剣に関しては皆にどのように答えたのだ?」
視線をカムイからヨタロウに向け直し問いかけた。
「あぁ、移動の際に邪魔な枝や蔓を切り払うためと答えたぞ。皆それで納得して怪しむ奴はいなかったな」
「ほう、それは自分で考えたのか?」
ヨタロウは鍛治の腕はいいがそれ以外は苦手としている。加えて口も重いとは言えずそこから漏れる事を心配していたのだ。
「お生憎様、そっち方面では俺の頭は回らない。そんで全部カムイに考えてもらった、俺はそれを言っただけだ」
実際はカムイの入れ知恵だったが。
「そうか、そうか……」
そう呟きながら目を瞑り黙考する。その間は誰も何も言わず、聞こえてくるのは息遣いのみ。家の中は静まり返るが長くは続かなかった。
「カムイよ、まずお前に謝らなればいけないことがある」
目を開き姿勢を正した村長は
「すまなかった」
カムイに頭を下げた。そして話す
「私はお前たちに与える食料を減らし飢死させようとした」
残酷な仕打を、今の境遇に追い込んだ事を。
「村長……」
「父様!」
アヤメが驚くが仕方ない。今まで知らされなかった筈だ。恐らく村長とヨタロウ達、上役だけが知り得る事だったのだ。だが予測していたとしても実際に他人の口から言われるとキツイ。それが親しく頼っていた人なら尚更だ。
「顔を上げて下さい。理由を伺っても?」
顔を上げた村長と互いに目を合わせる。理由は予測しているが確認しておきたかった。
「それはお前たちを生贄にする事で村の不安を解消し、団結させることで冬を乗り越えようとした」
だがそこにあったのは予測を上回る程追い詰められた村の現状だ。まず生贄は予測できた。村人の不安を不幸で解消するのは理解出来る。しかし団結させるとは穏やかでは無い。思いつく理由が分からない。
「分かっていると思うがこの村は貧しい。冬も何とか乗り切ってはいるが余裕は全くない。村人皆の我慢があってようやく可能なのだ」
誰にも余裕が無く、我慢しながら生きる日々。そうしなければ生きていけない世界なのだ。それは村人全員が理解している。
「だが、二年前の冬、加えて今回の冬で村の皆に限界が来てしまった。いつも通りの冬であれば不安があっても問題にはならなかった。だが今の状況は最悪に近い。いつ終わる分からない厳冬、減っていく食料を見て良からぬ考えが浮かんだのだろう」
「まさか……」
良からぬ考えとやらを理解した、理解してしまった。
「ほう、もう理解したか。そうだ、このままでは村で食料をめぐって争うことになる」
最悪の未来が見えてしまった。
この厳冬は村人全員が抱えていた不安を制御出来ない程に膨らませた。冬を乗り切れる確信はなく、不安を解消する術はなく、時間だけが過ぎていく。不安を育てるのに十分な要素が満ちている。時間が経てば経つ程に不安は成長を続け、追い詰められ余裕も無くなっていく村人達。その内に正常な判断さえ出来なくなるだろう。そうなったら碌な事を考えついても止められない、止めようとも思わない。例えそれが悪手でも気付けない。
全員が生き延びようと必死なのだ。今回それが悪い方向に行き、食料をめぐっての争いとして現実になろうとしている。
「俺のところに誘いが来た。武器を作れば危害は加えない、食料も分けてやるってな」
加えて残された時間も少ない。
「そこまで……」
そこまで追い込まれていたとは……。
「もはや我慢を強いることは不可能だ。そう遠くないうちに少ない食料を懸けて争うことになるだろう」
村長はそれを防ごうと尽力した。
ーー村人達に語りかけ不安を軽くしようとした。
ーー血気流行る者には話し合い、押し留めようとした。
ーー食料について諍いが起きれば仲裁した。
出来る限りの事をやってきた。
だがそれも限界だ。既に複数の派閥が生まれ密かに村は分断されている。争いが始まるのも時間の問題だ。
そうした結果、生き延びる村人は何人か。
「だがそれで終わりではない。問題が解決した訳ではないのだ、むしろ悪化するだろう。大きく人数を減らした状態では満足に村を運営できず、食料確保にも大きく支障が出る」
生き延び村には新たに人手不足という問題が発生する。例え女子供を動員しても足りないだろう。熟練者も何人残るか、村の仕事は多くもないが少なくもないからだ。
「加えて凄惨な争いの後だ。生き残った者は疑心暗鬼になり争いが生まれ易い。そのような状態で冬を迎えれば最悪の場合再び食料を巡って争うだろう。最後には村は滅びる、ここに残るのは村の残骸と人骨だけになろう」
行き着く先は滅亡。ただの予測、戯言と斬って捨てる事は出来ない。現状もっとも訪れる可能性が高い未来だ。村に閉篭もる限り避けられない。
村の外から何かを、食料を持ってこない限りは。
「だが俺は見たのだ。モンスターひしめく村の外に行き、あまつさえモンスターを狩ってのける剛の者を。しかも、それを成したのが幼い子供だ」
そう言って卑屈に笑う。だがどうして責められようか。考えに考え抜いたのだろう。見れば顔は窶れ、白髪が増えている。それ程までに村長は追い詰められたのだ。
一頻り笑った後、村長はカムイを、藁にもすがる思いで見る。
「カムイよ、お前に頼みがある……いや、これは村を預かる者として正式に要請する」
再び頭を下げた。
「村の皆を、未来を、どうか救ってくれ」
その言葉が全てを物語っていた。そして理解もしているのだろう。自分が言った事は無茶や無理と言われる程のものなのだ。
だがカムイに悲嘆は無い、ただ言葉を重ねていく。
「まだ私は幼い子供です」
「構わん、文句を言う者は黙らせる」
「自分一人でやるのですか?」
「人手が必要なら望むだけだそう」
「道具が足りない可能性があります」
「私の力で必要なものを必要な数だけ揃えよう」
「もし、何かしらの理由で私が死んだときカヤはどうなりますか」
「それは……、それだけは確約できない」
それはそうだ、村にはもう後はない。
「八方塞がりですね。しかもこれからすることは村人全員の飢えを解消できるだけの量が必要となるのか」
一体どれ程の量か、ケルビやガーグァを何体狩ればいいのか。
「できるのか?」
「出来る出来ないじゃありません、やるしかないんです。選べるのはそれだけしか無い」
そうだ、俺とカヤだけが生き延びたとしても村が近い将来滅びるのであれば全てが徒労に、無駄になってしまう。俺達だけで生きていける程世界は優しくない。むしろ容赦なく殺しに掛かる筈だ。だから村には存続してもらわなければならない。
頭を働かせ解決策を模索する。
ーーケルビ、ガーグァを狩る。必要とされる量を狩るには百匹単位で狩る必要があり、またそれ程の規模の群は発見していない。よって却下。
ーー山菜などを採る。新たに此方に来た草食モンスターの所為でその数を大きく減らしている。村人を満たせる量はなく、遠くに行く必要がある。
これもまた却下。
──ジャギィを狩る。そもそも狩ったとしても量が足りない。加えてドスジャギィと戦うことになり殺される。却下。
そうして頭の中で発案を繰り返すが最後には一つしか残らなかった。
「解決策はある。むしろこれしかない」
「それは何だ?」
「アプトノスを狩る。然も成体を数匹だ」
大型モンスター、これを狩るしか生き延びる案はない。博打を打つしかない、ならば勝率は可能な限り引き揚げる。