私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

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命を懸けて

家から出て空に視線を向ければ雲一つない青空が広がっている。空気も冷たく乾燥しており吐く息は真っ白に染まる。自然にしてみれば村の暗い未来なんぞ知ったことではないだろう。燦燦と太陽が照り付けてきた。吹雪や雨みたいな悪天候ではない、むしろ幸先が良いと考えよう。そうして暗くなる気持ちを切り替えてから家を離れた。

 

村長との待ち合わせ場所に来てみれば村長と三台の台車、加えて男女三組の計六人の大人がいた。村長の後ろには今回の依頼を手伝ってくれる大人達が控えていた。その彼等の周りには自分よりも幼い子供達が寄り添い、中には抱き合っている者もいた。

 

「村長、この人たちが」

 

「そうだ、今の私が動かせるだけの人数を連れて来た」

 

見れば三組とも夫婦なのだろう。互いに寄り添い、不安げな視線を此方に向けている。

 

その中から一人の男性が進み出てきた。見れば身長は自分よりも高く大きいが食料事情が悪い為に頬はこけ、顔色は悪い。だが子供の自分よりは力はあるだろう。あってなければ困る。

 

彼は村長の傍まで来ると直ぐに紹介された。

 

「この集団のまとめ役を任せているヨイチだ」

 

男性の名をヨイチと村長は紹介した。

 

「よろしく」

 

紹介された当人はそれしか言わなかった。いや、言ってくれただけでも十分だった。見れば彼の目には光がない。おそらく絶望や諦めしかないのだ。ならば他の五人も同様だろう。この依頼に参加して手伝ってくれるだけで彼等は精一杯なのだ。それ以上求めるのはあまりに酷すぎる。

 

「よろしくお願いします」

 

挨拶を済ませばヨイチは直ぐに戻っていった。そして村長に向き合う。

 

「村長、どうやってこれだけの人数を」

 

正直これほど用意できるとは……、せめて大人の人手が一人か二人来ればいいとしか考えていなかった。村の人口が大体百人位でありそこから貴重な労働力を六人も、男女とはいえ寄越すのは大盤振る舞いだ。下手をすれば、いや、これは……。

 

「もしや村長……」

 

「取引をした」

 

全てを言わずともよいということか。

 

「どのような取引をしたが聞かせてください」

 

「聞くのか」

 

確認するとは余程の事なのだろう。予想通りならば村長の物言いも理解出来る。だからこそ聞く必要がある。

 

彼らを、ヨイチ達を見れば彼らの子供と抱き合っているのが見える。それは誰が見ても今生の別れと言えるものだ。

 

「知らなければなりません、俺は彼らの命を預かるんです」

 

幼い子供が何を言っているんだと馬鹿にされるだろう、笑われるだろう、注意されるだろう。だが村長は理解している、それは事実でありカムイの采配次第で彼らは死ぬのだと。

 

そしてカムイに余計な事を考えないように配慮してくれたのだろう。だがあれ程強く言われれば話すしかなかった。

 

「カムイに協力することを条件に彼らの子供の保護を確約した、たとえ彼等が死んだとしても子供達は保護すると」

 

「それは」

 

「空手形と言われても否定はしない。それに彼らも薄々気付いている、これが口減らしだと」

 

そう言って一呼吸置きながら話し続ける。

 

「それでも彼らは申し出たのだ。自分の子供が少しでも生き残るように、この大博打に命を掛けたのだ」

 

親として自分の子供を生かしたい、その為に僅かでも可能性を上げるために志願した。それ以外はない、ただそれだけだった。

 

「軽蔑するか、彼らの願いに付け込んだ卑怯者と」

 

卑怯者、確かにそうだ。成功の可能性すら定かではない博打に彼等の子供を盾にして、子供を思う親心を利用して参加させたのだ。選択肢などあって無いようなもの。そう言われるのも仕方ないだろう。

 

ならば俺はどうなのか?

 

「そうですね、村長が卑怯者なら俺は外道といったところですかね」

 

俺には外道が相応しいだろう。村長が用意した彼等を利用し、危険な場所で扱うのだ。笛を吹き彼らを無理やりに進ませた先は一体どんな場所なのか。少なくとも命の危険がある場所であることは間違いないのだ。

 

「違いない」

 

そんな村長と子供の軽口は不思議と周りには違和感を感じるものではなかった。だがそれも長くは続かず、互いに真剣な顔になる。

 

「最善を……いや、命を懸けます。これが最初で最後の機会です」

 

「そうだ、二度目はない」

 

そう、これが最初で最後の機会なのだ。滅びに瀕した村がたった一度だけ行える大博打。勝てば生き残り、負ければ村で互いに殺し合い、そう遠くないうちに滅びる。

 

村長から視線を外し、側にいたカヤに向ける。

 

「カヤ、行ってきます」

 

そう言えば泣きそうになりながらも笑顔で言ってくれた。

 

「行ってらっしゃい」

 

すぐ隣には同じくアヤメが泣きそうになりながら此方を見ていた。

 

「カムイ……」

 

泣き出しそうな顔はやはり似合わない

 

「アヤメ、鍋の準備しとけよ」

 

そう言ってからかえばいつもの顔になった、なってくれた。

 

「うん……準備して待ってる」

 

無理やり顔を作っているせいか似合わない、だがさっきの泣き顔よりはましだった。

 

もう言うことは無く、視線を村の外に向ける。

 

後は前に進むのみ。

 

「出発!」

 

今の自分が何を言っても意味はなく、無駄に言葉を飾る必要はない。そう言って村の外に向かえば、後ろには大人達が台車と共に大人しく付いて来た。

 

 

 

 

 

 

「カムイ、一杯いるぞ」

 

ヨイチの言う通り茂みに隠れながら視線を向ければアプトノスの群れがいた。アプトノスは気性の荒くない草食モンスターである。とはいえ子供でも大きさは軽自動車くらいはあり、その体重は付いて来た大人達よりも遥かに重い筈だ。成体に至ってはもはやトラックで体重はトン単位だろう。あの巨体で体当たりされたら吹き飛ぶか衝撃でミンチなるかのどれかだろう。

 

「えぇ、最近こちらに来た集団です。群れが大きくなりすぎてこちらに移動してきたものです」

 

群れ全体では大体三十頭の大集団だが、今は五、六頭の小さな集団に別れながら食事をしている。見れば呑気に昼寝をしている個体も見つけられた。その余裕はこれ程の群を組織出来れば当然と言ったところか。近隣のモンスターが無策でこの群に挑めば返り討ちに合うだろう。別に鋭い牙や爪が無くともあの巨体で体当たりでもすればモンスターは倒れ、容易に踏み潰せるだろう。考えるだけでも酷い死に方だ。

 

「そこまで分かるのか、どうやら村長が法螺を言ってたわけじゃないようだな」

 

話す言葉が増え、もしやと思い見れば目には光が戻っていなかった。むしろ血の気も引いてゾンビの様になっている。彼を知らずに見れば叫んでいたかもしれない程に不気味だ。

 

「不安ですか?」

 

「当たり前だ、生まれてから村の中育ちで外に関しては全く知らないんだよ」

 

試しに尋ねてみれば恐怖が滲み出た返事を直ぐに返して来た。その言葉通りなのだろう。加えて全く知らない場所に来ただけでなく草食とは言えモンスターもいる。泣き叫ばないだけでも本人にしてみれば上等なのだ。

 

「村長に話を持ちかけられた時も信じちゃいなかったんだ。正直ここにいるのも我が子のためだ、お前を信じたわけじゃない」

 

「それでいいと思いますよ」

 

なんとも辛辣な言い様だが仕方ない。彼等にしてみれば自分の様な子供がモンスターを狩っているなど想像も出来ない。それでも従っているのは村長との取引があるからだ。それを責めるのはお門違いだろう。

 

「いいのか?俺はお前を……」

 

「いくら言葉を重ねたところで納得はできないでしょう。当然です、この場でヨイチさんに求めているのは仕留めたモンスターを運搬することだけです。それ以外は指示に従ってくれれば文句はありません」

 

信頼や信用出来るだけの根拠、実績を出せない今は素直に指示に従ってくれるだけでも充分だ。生き延びてから信頼や信用を積み上げればいい。そう割り切って考える。

 

「お前、本気か………、見ろよ俺たちよりも遥かにデカい奴らがあんだけいるんだぞ!正気かよ!」

 

そんな俺はどうやら狂人の類いと思われているようだ。それもそうか、彼等からみれば人などモンスターに比べればちっぽけな存在だ。吹けば飛ぶような軽い物にしか見えない。それは確かに正しいが今この場では余計な考えだ。

 

ヨイチの胸倉を掴み顔を近づける。

 

「泣き言はいい、諦めるのもいい、だが指示には従え」

 

そして有無を言わせず命令する。此処で錯乱されでもしたら困るのだ。加えて悠長に言葉を尽くす余裕もない。

 

「俺が呼ぶまでそこで待機してください、呼ぶときは声を掛けますから」

 

彼等を茂みに待機させ、モンスターから身を隠す様に指示を出す。これで遠目から見れば此処に人が居るとは思わないだろう。モンスターに余計な警戒をなるべく取らせたくなかった。

 

「なんで、なんで……」

 

隠れながらもヨイチはそう口ずさむ。今どんな感情を抱いているかは分からない。そもそも俺に向かっての問い掛けですらない可能性もあるのだ。

 

「生き残ったら話してあげますよ」

 

そう言って俺はアプトノスに近づいて行った。

 

 

 

 

 

「デカイ……」

 

そう口から不意に出してしまう程にアプトノスは大型だ。そして近づくことで分かった事がいくつもある。彼等は触れるくらいに近づいたとしても直ぐに暴れたりはしない。確認の為に顔を此方に向け視界に捉えるのだが、それも一瞥するだけで直ぐに食事に戻ってしまう。

 

これは脅威と見なされていないのだ。ケルビやガーグァと同じようなもので、食料を奪い合う関係でなければ気にかける必要は無いと。暴れる時は自身に危険が迫った時か、自分の子供や群が襲われた時だけだ。

 

都合がいい。ならば調べられるだけ調べてやる。

 

そうして動きに注目しながら実際に触れてみる。すると皮膚はそれほど硬くは無く、表面がザラザラとしていているだけだ。そしてこの巨体を支え動かす筋肉を皮膚の下に感じられた。むしろ皮膚よりも筋肉の方が問題だ。これだけの厚みのある肉を手持ちの剣で切り裂けるか分からない。

 

よって探さないといけない。筋肉が薄くかつ致命傷になりやすい部位はどこか。

 

そうしてどの位触り続けていたか。短くはないが長くもない、それでもアプトノスは嫌がる素振りすらしなかった。脅威以前にこれではやるせない気持ちになってくるが、おかげで必要な情報は集まった。後は実行するだけだ。

 

集団の中にいる成体でかつ小さいサイズを探せば直ぐに見つかった。大きさが軽トラック程の成体に近づいて行く。やはり警戒する素振りはなく、呑気に草を食べていた。

 

そんな彼の首に近づいて一息に剣を振るった。

 

首の薄い皮膚を、筋肉を裂きその下にあった太い血管を断ち切る。皮膚越しにすら感じる事が出来た太い血管だ、この巨体に似合った心臓が絶えず大量の血を送っているだろう。

 

その考えの通り、断ち切られた血管からは大量の血が蛇口を捻ったか如く吹き出してきた。なんとか上手く切れた様だ。子供でもこの剣が有れば首を切り裂く事は出来る。

 

首から血を噴き出させた個体は悲痛な叫び声を上げる。それを聞いたアプトノスの群は直ぐに警戒態勢に移行、互いに声をあげながら敵を探し出す。そして見つけた、それは自分達の子供よりも小さく、軽そうな生き物だ。だが容赦はしない、愚かにも戦いを挑んで来た敵を追い払おうとその巨体を動かすが。

 

「遅い!」

 

別の成体に近づいて首を切り裂けば同じ様に血を吹き出す。彼等に行動を取らせてはならない、先手を打ち続けなければならない。そうでなくなった時は俺が死ぬ時だ。未だに小さい身体を生かし彼等の視界から消え、例え見つかったとしても仲間を間に挟む事で再び消えて首を切る。

 

首を裂かれた個体は暫くは動き続けるもののそう長くは持たなかった。次第に動きは緩慢になり膝をつく、そうして最後には自分の血で作った血溜まりに沈んで行った。

 

今、この瞬間だけは俺が優位に立った。これを手放さない様に群の中を駆け巡る。巨体にぶつかる、踏み付けられる恐怖を理性で従える。そうして首を切り裂き続けた。しばらくすると一際大きな鳴き声が聞こえてきた。 群の長が判断したのか群は反撃を辞め逃走を始めた。逃げる彼等を警戒しつつ後ろを見れば仕留めたアプトノスが四頭もいた。

 

もう十分だ、これだけあれば食料は足りる。最悪の事態は回避出来た。

 

だがここは弱肉強食が支配する世界。どこまで残酷で厳しい場所だ。

 

アプトノスとは違う鳴き声がこの場に響いた。それは今まで何度も聞いたもので、それを聞いた群が引き返してきた。それだけではない、何かが視界の隅から向かってくるのが見えた。それは太く大きかった。

 

「がっ!!」

 

動けただけでも大したものだった。いや、それしかできなかった。何かが身体に当たり凄まじ衝撃を受けた。それを咄嗟に後ろに飛ぶ事で幾らかは緩和出来た筈だ。それでもかなりの距離を吹き飛ばされ、止まったのは仕留めたアプトノスにぶつかったからだ。もしいなかったらどれ程吹き飛ばされていたかわからない。

 

肉の緩衝材は吹き飛ばした衝撃をかなり吸収してくれたが、それでも身体に受けた損傷は酷いものだ。身体中が悲鳴をあげ視界が暗転する。暫く蹲ってようやく回復した。

 

「何が……」

 

ふらつく頭を支え、目を開いた時に気がついた。目の前が真っ赤に染まっていた。

 

「血が……」

 

下を見れば血がポタポタと落ちていた。果たしてこれは自分の血か、それともアプノトスの血か。分からないがかなりの量を被っている。

 

だがそんな事は後回しにする。

 

吹き飛びそうになる意識を、いや実際には飛んでいたらしい。どの位かは分からないが群を囲むようにジャギィがいた。さっきまでは居なかったはずだ。加えて周りは混沌と化していた。そして聞こえてくるのはあの鳴き声、しかもそれだけでない。

 

「ドスジャギィッ!」

 

彼等の群を率いる存在がいた、最悪な事に二頭も。そして理解出来た。

 

「利用された……」

 

いつから狙っていたのか、俺が命掛けで戦っていた瞬間か、それともアプトノスの群がここに来た時か。間違い無いのはドスジャギィは俺が起こした混乱を利用した事だ。

 

俺が群を掻き回した瞬間も観察を続け群の長を特定すると直ぐに狩ったのだろう。司令塔を失ったアプトノスの群は包囲され統率を失い右往左往している。

 

不意をついて俺も仕留めに掛かるとは恐ろしい程の狡猾さだ。俺を吹き飛ばしたのは恐らくドスジャギィの尻尾による薙ぎ払いだろう。仕留めに来ないのは何も出来ないと考えているのか、それとも邪魔だったから吹き飛ばしただけなのか。何でもいいが、このままでは利用された挙句に獲物は総取りされる。

 

そんな事は断じて認められない。

 

「まだ……」

 

立ち上がって身体の状態を確認する。身体中が痛むが動けない事はない。痛みを無視して身体を動かす。

 

「まだだ……」

 

手放さなかった剣を見る。かなりの衝撃で何かにぶつけたのだろう。所々で刃が欠けている。しかし切れない程ではない。

 

「まだやれる……」

 

まだ戦える、まだやれる事はある。

 

「独り勝ちにさせねーぞ!」

 

そう言って自分に喝を入れる。二度目の機会なんて無い。ここで失敗したら全てが終わるのだ。

 

走り出しながら考える、事態をどう転がせば望む結果を得られるか。その為にまず騒動の中心を見る。そこには激しく戦うアプトノスとジャギィ達がいた。噛み付き、引っ掻き、ぶつかり、薙ぎ払う。本能をさらけ出した嵐のような戦いがあった。見ればドスジャギィの一匹が複数のジャギィと共に一際目立つ大きさのアプトノスと戦っている。残ったドスジャギィはその後ろに待機し、残ったジャギィと群を包囲している最中だ。

 

恐らく戦っているアプトノスは群の次席のはずだ。奴らは群の指揮能力を完全に喪失させてから襲い掛かる算段を立てている。この場にいるのはジャギィが二十体程とドスジャギィが二体、アプトノスはまだ三十体に近い数がいる。戦力は拮抗している、それを崩す為に次席を狩るとはドスジャギィの中には人でも入っているのか?

 

だが拮抗しているならば入り込む隙間はある。

 

為すべき事はジャギィに損害を与えこの場を引き退らせる事。ジャギィ達にはこれ以上の狩を継続する意識を捨てさせ、アプトノスが離脱した後も此方を襲わない、襲えない程の損害を与える必要がある。

 

アプトノスの包囲しているジャギィを端から襲う。

 

「シャッア!」

 

首を断つ。アプトノスよりも小さく細い首は半分以上切り裂かれ即死だ。だが相手は狡猾な奴だ。直ぐに奇襲に気付き、包囲に支障が無い数を差し向けて来た。その数四体、まともに戦えば殺されるのは此方だ。だが馬鹿正直にやり合う必要は無い。戦闘能力さえ奪えればいいのだ。

 

向かって来た四体はバラバラに向かってくる。ここに勝機がある。

 

一体目、噛み付きを避けすり抜ける瞬間に片足を切りとばす。切られたせいで立つ事は出来なくなり地面に無様に転がる。

 

二体目、頭を振り上げた頭突きをしようとした瞬間に首を切る。とうとう刃毀れをして切れ味が悪くなったそれで力ずくで切る。削るような切り口で悲痛な鳴き声を上げながら倒れる。

 

三体、四体目、前にいる二体目が切られた事により立ち止まろうと身体を後ろに上げた瞬間に大きく剣を振り抜き腹を切り裂く。中に収まっていた臓物が漏れ出し苦悶の鳴き声をあげ倒れる。

 

ここまでで計五体の兵隊を始末した。群の四分の一の喪失だ。

 

だがまだ足りない、引かせるには更なる損害が必要だ。

 

だが身体も限界に近い。いや、いつ倒れても不思議じゃ無い。切る事が出来るのもあと一回だけ。ならば狙いは一つ。

 

次席のアプトノスと戦っているドスジャギィに近づく。側にいるジャギィが気付いて襲い掛かるが避けるだけで無視する。こいつらに関わる時間すら惜しい。

 

そうしてドスジャギィに近付けば、奴はアプトノスから視線を外す事が出来ない。外した瞬間に致命傷をもらう事を理解しているのだ。俺に視線を向ける余裕はない。

 

その無防備な首を刃毀れした刃で斬りつける。だが切る事は出来なかった。浅くもないが深くもない、そんな中途半端な傷だが無意味では無かった。刃毀れした刃はノコギリの役割を果たし首を斬るのではなく首を削った。皮膚を、筋肉を、その下にある血管をズタズタに削り取った。

 

ただ斬られるよりも遥かに痛いのだろう。悲鳴をあげ動きが鈍ったドスジャギィはアプトノスの体当たりで倒れ、踏み潰された。

 

そこから指揮能力を回復した群は一点集中で包囲を破った。立ち塞がる敵は吹き飛ばし、踏み潰した。

 

結果ドスジャギィの群は半壊。アプトノスは離脱し、残されたのは俺達だけとなった。まだ戦意を失っていないようで此方をドスジャギィが睨み、威嚇する。

 

「ガァアアアアア!」

 

貴様のせいだ、殺してやるというように。

 

「らぁあああああ!」

 

此方も負けじと吠える。自分でも驚くほどの声が出た。

 

そうして睨み合うこと暫く、先に引いたのはドスジャギィだった。自分達が仕留めた獲物を咥えると森の奥に帰る。最後にひと睨みしただけで戦いは起きなかった。残ったのは血の海に沈む死体の山だけだ。

 

 

 

 

 

「ヨイチさん来てください」

 

弱々しい声だったが聞こえたようだ。ゆっくりと此方に近づいて来た彼等を見れば上手く隠れられたおかげで一人も欠ける事はなかったようだ。

 

「おい、大丈夫……」

 

「ヨイチさん、血抜きと解体をお願いします、奴らは当分帰ってきません。肉はすぐさま処理しないと傷んで無駄になります」

 

話す時間すら惜しい。すぐさまに解体して持って帰る必要がある。

 

「あぁ……」

 

「終わり次第、詰め込めるだけ詰め込んでください。さあ早く!」

 

迫力に押されたのだろう、急いで作業にとりかかった。

 

作業を見ている傍らで包帯代りの布で応急処置を自分に施す。どうやら額の辺りから血が流れていたらしい。今は血が凝固して流れてはいないが布を当てて圧迫する。

 

「横になったほうがいいんじゃないか?」

 

視線を向ければヨイチさんが解体作業をしながら言ってきた。

 

「やめときます、多分横になったら倒れてしまいます。モンスターに襲われてもいいならそうしますが?」

 

冗談抜きでここで横になったら暫くは起きれない。それ程に身体は疲弊しているのだ。ジャギィ達に襲われても撃退すら出来ない。

 

「やめてくれ」

 

「そういうことです、村に帰るまでが俺の仕事です」

 

帰るまでが遠足と頭の何処からか言ってくる。そうだ、まだ村に帰る移動が残っている。倒れる訳にはいかない。

 

「すごいな、お前」

 

「ははっ」

 

軽口を言う気力すら尽きかけている。

 

「詰め終わったぞ」

 

気がつけば彼等の作業は終わっていた。台車には限界まで積み込んでいるようで、山の様に盛り上がっている。ちゃんと牽引出来るか心配だがそれは彼等の仕事だ。

 

「みんないますか?」

 

「全員いるぞ」

 

ヨイチさんに確認をすればいるらしい。視界がボヤけて顔の識別すら満足に出来ない。

 

「分かりました、これより村に帰ります」

 

その言葉を信じて村へ帰る。だがそこから先はうろ覚えだ。気がつけば村に着き、目の前には村長がいた。

 

「カムイ、よくぞ……」

 

口が動いているから何か言っている筈だ。だが何も頭に入って来ない。それに身体も限界だ。

 

「すみません村長、後のことお願いします」

 

そう言って意識は落ちた。


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