ーー眩しい
晴れた冬の陽の光が家の隙間から差し込んで少年の顔を照らしている。最初は弱々しい光だったが今は瞼の裏の目に突き刺さる程に強くなり不愉快な刺激を少年、カムイに送り続けている。それも我慢の限界が来て忌々しい光を遮ろうと腕を動かした。
その瞬間に身体中を激痛が襲った。
ビキリ、ビキリと。それは腕から、足から、腹から、頭から、背中から。とりあえず身体中から激痛が襲ってきた。
「〜〜〜〜〜ッ!?」
声にならない呻き声と共にのたうち回ろうにも身体が岩のように固まって動けない。そして痛みに遅れて身体中が熱くなっているのに気付いた。
村の外に出ての戦い、ドスジャギィ達との戦いで傷だらけになった身体はそれだけ酷く特にドスジャギィの尻尾による薙ぎ払いは骨や内臓に少なくない損傷を負わせた。それを治そうと身体中が活性化、結果として身体中から発熱するようになってしまった。
痛くて熱くて動けない。そうなったら呻き声をあげるしかなく誰かが気付いてくれるのを待つしかなかったが。
「兄さん!目が覚めたんだ!」
天使がいた。痛みに呻くしかない兄を妹が見つけてくれたのだ。
声のした方向に顔を向ければカヤが桶と布を、桶の中には水がはいっているのか両手で抱えている。兄が目を覚ました事がとても嬉しいのだろう、両手に持っていた桶を放り出して兄に飛びついて行った。
いや、あの、ちょ……!制止しようと口を動かすが上手く喋れない。そうしている間にもどんどん近づいてくる。
ーーあぁ、あの笑顔は悪意は持っていない、純粋に喜んでいるんだ。
そう思うしかできず、まさかこんな無意識の行動で兄にトドメを刺すとは考えてもいないだろう。
天使が死神の鎌を持って近づいてくる。
桶に入っていた水を床に撒き散らしているが、カムイにはそんなことよりも目の前には両手を広げて飛び込んでくる妹の姿に目が離せない。もう止まらない、止められない。軌道は身体の中心、動けない今は避けることも出来ない。
死神が鎌をゆっくりと振り下ろす様を幻視してしまった。そうなっても仕方なかった。
「勘弁し……くぁwせdrftgyふじこlp!」
力一杯に抱きついてきたカヤ、それがトドメだった。再び、いやそれ以上の激痛に襲われたカムイは白眼を剥いて気絶した。
後に彼は語った、三途の川の向こうに両親がいて苦笑いしながらこちらを見ていたと。
気絶から目覚めて泣いて謝るカヤを宥めること暫く。落ち着いてから倒れた後の話を聞けばもう三日も経ったらしい。その事に驚いて詳しく聞こうとするも出来なかった。気が遠のいて倒れそうになったのだ。カヤが支えてくれなかったら後ろから強かに頭を打っただろう。
どうやら血がかなり流れたようで頭がクラクラする。加えて無理が祟ったようで身体もまだあちこちが痛む。正直起きているだけでキツイ状態だ。そんな状態でさらに倒れそうになった俺はカヤにかなりの心配をさせてしまった。狼狽えている姿をぼやっとした頭で見ていると腹も鳴ったときた。それもかなり大きな音で。
さっきまでの湿った空気は吹き飛んでしまい、笑いながらカヤが食事を急いで取ってきてくれた。取ってきた料理は作り置きしていた雑炊だがまだ暖かい。立ち昇っている食欲を唆る匂いを嗅いだせいで腹の虫が一際大きく鳴った。寝ている間に身体に蓄えていた栄養は尽きたようで、すぐ食べられるのはありがたかった。
雑炊を無我夢中で食べて漸く空腹を満たせた。そうして満腹になったら今度は強い眠気が襲ってきた。だがそれを捩じ伏せて気を失った後の話を聞くことにする。起きてから気になって仕方ないのだ。
「俺が倒れた後はあれからどうなった?」
「村長の言う通りにしたよ」
尋ねてみれば詳しく話してくれた。カヤとアヤメは気を失った俺を綺麗にして家に寝かせた後は村の集会所に移動。そこで村長は村人全員を集めて成果の肉を調理した。二人は助手として参加して調理した。
「ただ、なんというか……」
目が泳いでいる。これは何かあったのか?
「何か問題でも起きたのか」
「うん、村の皆はモンスターを食べるのが初めてだったんだよ。最初は食べるのを渋っていたけど。けどそれが問題じゃないの」
モンスターの肉を食べるのを渋るのは分かる。初めて食べるとなれば遠慮気味になることは想定出来るが、コレが問題でないなら何が問題なんだ?
「アプトノスの肉を焼き始めたら匂いが凄くて」
「えっ、まさか悪臭がしたのか」
そこで大切な事に気付いた。
ーーそういえばアプトノス食べたことないじゃん!
今思えばあの場の重苦しい雰囲気に流されてしまった。モンスターなら、アプトノスなら食べられると勝手に思っていたのだ。それがまさか食用に適さないとなれば苦労が水の泡だ!大博打に失敗し、村の危機は去っていない、そうとなれば今後の身の振り方を急いで考えなければいけない。
俺は顔を険しくして今後の身の振り方の画策する。それを見たカヤが慌てて話を続けてくれた。
「違うの!凄くいい匂いがしてそれを嗅いだ皆の目が凄い怖くなって」
んっ、いい匂いならば問題はないだろう。どうやら俺の早とちりらしいが、ならば何が問題なのだ?
「誰かが勝手に焼き終わったお肉を食べたの。勿論、兄さんが心配しないように中まで火を通していたよ。それで勝手に食べた人が言ったんだ」
皆が遠巻きに見守る中勝手に食べた村人は一言言った。
『美味い』
産まれて初めて食べたモンスターの肉が彼(彼女?)の何かの琴線に触れたようだ。口いっぱいに肉を頬張り取り決めた分を無視して食べ続けた。
「それに釣られて他の人も食べ出して、そこから先は焼き終わったお肉を巡って喧嘩に発展しそうだったの」
その時の事を思い出したのか遠い目をしながら思い出す。
カヤは話す。
ーー焼き終わった肉を巡って大の大人が口汚く罵り合いながら奪い合い
ーー焼き終わるのが待てなかった奴が生焼で食べようとするのを止め
ーー親が気を引いてる内に子供に肉を奪取させようとする親子を諌め
他にも荒ぶる村人達を鎮めるために村長とアヤメが集会所をあっちこっち飛び回る。
カヤは肉焼き係になりひたすら肉を焼く。つまみ食いを阻止し、しれっと食べようとする者は肉を取り上げ、そうしている内に心は無の心境に達する。肉焼き係から肉焼きマシーンと化したカヤは同時にいくつもの肉を目にも留まらぬ速さで焼いたようだ。
そんな混沌とした集会所は皆の腹が膨れる程に肉を食べて漸く収まった。満腹になった村人達は各々の家に帰り気持ちよく寝て過ごしたのだろう。
集会所には散らかった食器と調理器具、肉を食い尽くされたアプトノスやジャギィの骨が山の様に積み上がっていたそうだ。カヤと村長とアヤメ、あと何人か残った村の女衆の力を借りて片付けた。
そうして長かった夜が終わった。
カヤが遠い目をしながら話し終わるのを待てば眠気はいつのまにか吹き飛んでいた。
ーー平坦な声で淡々と話すのか怖くて眠気なんぞ吹き飛んだわっ!
そうして話し終わると同時に理解できた。どうやらアプトノスは村人の口に合ったらしい。いや、今迄の飢えも合わさってとんでもなく美味しかったようだ。調味料が村長達に奪われた岩塩だけ、いや岩塩だからこそ良かったのだろう。厚切り肉にシンプルに塩だけ、肉汁も混ざって美味しいだろうな。
そんなご馳走を知ってしまった村人達が大人しくしている訳がない。飢えた村人達は食べられる肉の量が少なければ下手をしたら殺し合いになりそうな雰囲気だったらしい。
村の内戦を止める為に命懸けで獲ってきた肉で内戦になるとか冗談ではない!そうならなかったのは皆が頑張ってくれたおかげか。
「凄い勢いでお肉が食べられて全部食べ尽くすんじゃないか村長達とヒヤヒヤしながら焼いたよ」
たが全体から見ればまだ沢山の肉が残っているらしい。食べ尽くされてなくてよかった。
「残ったお肉は保存しているよ。あとね"これで冬をこせる。ありがとう"て皆が言ってたよ」
「そうか……良かった」
本当に良かった。命懸けの狩は無駄ではなかったのだ。
「あとね、村長が目を覚ましたら来てくれって言ってた」
「分かった、だがあと1日は寝かせてくれ。まだ身体が少し痛む」
「うん、伝えてくるね」
そう言って村長に伝える為に家を出て行った。その姿を見送ると今度は強い眠気が襲ってきたが逆らわずに身を任せた。これで村の将来を不安に考える必要はなくなった。ぐっすりと眠れそうだ。
「カムイよ、此度の働きは見事であった」
村長宅に行けば顔色が良くなった村長が出迎えてくれた。隈も無く晴れやかな顔を見れば村の危機は去った事が確信できる。
「ありがとうございます」
「してカムイよ、早速だが…」
「暫くは無理です」
「まだ言っていないが?」
「予想はつきます。村人全員がまた肉を食べたいと言っているのではないですか?」
村長が俺に命令するとしたらモンスター関係しかない。それにここ数日の事を考えればある程度の予想はつく。
「その通りだ」
モンスターの肉は村人達の心をガッチリと掴んだようだ。
それも強過ぎるほどに。
「村長、もう村は以前のように戻る事は出来ないでしょう」
「続けよ」
続きを促す村長の顔は真剣だ。そこにさっきまでの綻んだ顔は一分たりとも無い。
ならば言おう。いや、言わなければならない。これには自分の未来も掛かっているのだ。
「彼等は知りました、肉の味を、空腹を凌ぐ手段を。このままではいけません」
今までは村に篭って耐え凌ぐしか彼等は知らず、例え人が、自分の親しい人が死のうともそうするしかなかった。
だが今回の事で知ったことだろう。外にはモンスターが跳梁跋扈している。だがその先には村を充たせるモノがあることに。
ここで問題が発生する。
「何がだ」
「村人達が無計画にモンスターを狩りに行く可能性があります。その過程で命を落とす者が確実に出ます。そうなれば村の運営にも支障をきたすでしょう。最悪の場合、生き残って逃げる事でモンスターを村まで連れてきてしまう可能性があります」
今回は外から獲ってくる役目を俺が担った。そしてそれを完遂した。それを見た村人達こう考えるかもしれない。
ーー子供が出来たのだ、自分も出来るはずだ。
根拠の無い自信を持って考え無く村の外に行く可能性がある。勿論村人達はそこまでの愚者ではない、だが賢者でもないのだ。そういった可能性はある。
「確かに尤もな考えだ」
村長が厳しい顔をして頷く。自分も昨日までは考えつかなかった事だ。ならば何故こんなのを考えをついたか。それは村長宅に向かう途中でこれから話すであろう内容に考えを巡らせている間に浮かび上がった。
ーー来年の冬は村はどう対応するのか
その疑念を膨らませ具体的な形に落とし込んだ考えだ。
「だがそれには大きな誤解があるぞ」
しかし村長はその考えを否定した。
「それは一体」
「まず村の皆は狩りに行こうとは思わん」
いきなり前提となる条件が否定された。だが何故狩りに行こうと思わないのか、子供が出来たのだから自分もと考えてもおかしくは無いはずだ。全員とは言わないが一部の男衆は考えつきそうな事だ。だからこそ分からない。
「カムイ、自分がどのような姿で帰ってきたか覚えているか?」
その疑念を払うように詳しく村長は話す。その時の事を思い出しながら。
「服は切り裂かれ、身体中に傷があった。頭には大きな傷もありそのうえ血だらけで死人と変わらなかったぞ」
帰ってきたカムイはそれは酷い姿をして帰ってきた。勿論怪我などは村の中で生きていても少なからず経験もすれば見る事もある。だがカムイのそれは違った、今まで経験したことも無ければ見たたことも無い。初見時は生きているか死んでいるかも分からなかったのだ。だが村長として取り乱す訳にもいかずなんとかカヤとアヤメに指示を出したのだ。傷が深ければ自分は対応できなかっただろう。
「それにな、ヨイチ達が話してくれた。お前とモンスターとの戦いを余す事なく話し、そして死に掛けた事を」
ヨイチ達の話は集会所にいた村人達全員が聞いた。それは驕り高ぶった一部の村人達だけならず全員の心胆を寒からしめた。彼等から話されるのは言い伝えにあるモンスターとは違う。実際に見て、聞いて、感じたものだ。躍動感を、生きている姿を生々しく伝えられた全員がその脳裏に思い描く事ができる程の。加えてあるのだ、実物が。アプトノスが、ジャギィが、そしてドスジャギィも。
「それを聞いた村では狩りに行こうと考える者はおらん。むしろヨイチ達が話したモンスターの話がとどめとなった」
カムイの姿、ヨイチ達の話、実物のモンスター。これだけあって外に狩に行こうと考える愚か者はいなかった。
「そんな訳だ、外に行く奴はおらん。だがそうなると問題がある」
愚か者がいない事は嬉しい。だがそれとは別に問題がある。誰が外から獲ってくるのか。
「カムイよ、お前が言った通り村は以前のように戻る事は出来ない。外には村を充たせる程の物がある事を知った。だが外にはモンスターがひしめいておる。そこで……」
「俺の出番ですか」
危険なモンスターが蔓延る世界には経験者を当てる。白羽の矢が立ったのがカムイだ。
「そうだ、お前にはモンスターを狩り外から物を持ってくる。それがお前の新しい仕事だ」
「分かりました。しかし条件があります」
これは拒否する事は出来ない、確定した事だ。ならばこれらは仕事をする上で必要になる事だ。これを確認しないで仕事を請ける事は出来ない。
「聞こう」
「支援をお願いします。武器、防具、道具など狩りに必要な物を揃えることを約束していただきたい」
武器はそうだが、防具や道具まで自力で用意するのは不可能だ。例え用意出来たとしても素人に毛が生えた程度の物。信用も信頼も出来ない、そもそも使えるかどうかも分からない。ならば村にいるヨタロウのような熟達した技術を持つ人に用意してもらう。これには村長の支援が必要だ。
「無論、他にはあるか?」
快諾してくれた事は良かった。たがまだ一つある。
「使い潰さないで下さい」
外には有益な物が沢山あるだろう。勿論獲ってくるのは命懸けだが必要ならばやる。だからといってあっちこっち走らされ使い潰されるのは許容は出来ない。もしそうなったら疲労は溜まり、何処かで思わぬ失敗をして死ぬのが関の山だ。
「お前の代わりはいない。そんなことはさせん」
懸念していた問題はあっさりと解決した。勿論ただの口約束だが村長は違えないだろう。村にとって不利益な事はこの人はしないと信用できる。ならばもう考え無い。考えるとしたらこの先任された仕事についてだ。
「これから忙しくなる」
やる事は沢山あり、今までの様にのんびり出来るかは分からないのだ。現状余裕の無い今は無駄に出来る時間は少ない。
「お前はそれでいいのか」
そういった事を考えていると村長から尋ねられた。その言葉には任される仕事に対して拒否、もしくは否定的な考えは持っていないのか知りたいようだった。
「この仕事からは逃げられません。逃げたら村にいられませんから」
それが全てだ。村は貧しいままで子供二人に任せられる仕事はない。変わらない現状があって、取りうる最良の手段がこの仕事なのだ。
「そうか」
村長もそれ以上問い詰める事はせず。
「後日村の会議で正式に通達する。その時は参加せよ」
「わかりました」
その遣り取りを最後にその日は解散した。
後日、村の集会所。そこには村の上層部たる大人達が軒並み揃っていた。コの字に並び、空いた場所にはカムイが、上座には村長が座っている。
「カムイよ、お前に新しい仕事を任せる」
村長が話し始めるが誰も何も話さない。
「それは村の外でモンスターを、村に有益なモノを持ち帰ること」
今この場で行われている事は確認だ。
「危険な仕事だ、下手をすれば命を落とすやもしれん」
誰もが持っていた疑問を解消し知らしめるための場。
「だがこの仕事を引き受けるか、カムイよ」
任される仕事は村に住む人ならば引き受けない危険で厳しいもの。誰もが拒む代物だ。
「謹んで引き受けさせていただきます」
だがそんな代物を引き受けて、顔は不満も怒りも何の感情も微塵も感じさせない無表情であった。
「今この時より私の仕事を"ハンター"と呼んで頂きたい」
少年の記憶に朧げにあるその言葉。それには危険な動物を狩り生計を立てる人を表す言葉だ。ならば今の自分に当てはまるそれを名乗る事に疑問は無かった。
「うむ、カムイよ、ハンターとして村に貢献する事を期待する」
「はっ!」
自信を持って少年は答えた。
ここに一人のハンターが産まれた、少年しか出来ないと危険で厳しい仕事をたくされた彼の未来はどうなるのか。それは誰にも分からない。
ちなみ無表情だったのは柄にも無くガチガチに緊張してしまったからだ。
疲れた。けど頑張った!
頭で考えた事を文章に書き落とすのは疲れるけど楽しい!