アステロイドは揺るがない 作:夜なべ
捏造の鳩原さん注意です
何もかも吸い込まれそうな空の下で
実は【スピードワゴン財団】は、三門市において独自の監視システムを構築している。
和沙自身も定期的に市内を見回っているし、迅にも何か見えたら教えてくれるよう頼んでもいる。また、護身用トリガーを借りた財団職員が警戒区域内を見回っていることもある。
この時報告されたのは、『人が消えたように見える』という案件だった。とある人物が警戒区域内の路地に入っていくのを見かけ、それを追いかけたがさっぱり見当たらない。見間違いだったのかとしばらくほかの場所を見回って戻ってきたら、当の本人が目の前を歩いていった、というものである。1度だけならまだしも、2度、3度と同じことがあっては気のせいでは済まされない。それで、和沙がその日、報告されたのと同じ時間に、警戒区域内で待機することになったのである。雲ひとつない、晴れた日のことだった。
結論から言えば、『人が消えたように見える』のは本当だった。というか、実際に消えている、のかもしれない。あとから改めて地図と照らし合わせたが、本来ならその路地は東三門付近にあったもので、第一次大規模侵攻で壊滅した結果すっかり地形が変わり、なくなってしまったはずの道なのだ。しかし現在、和沙と、隣にいる――『路地に入ったとある人物』たる鳩原未来の目の前に広がる景色は、壊滅する前に存在した普通の住宅街だった。
「弟の声がするんだ。でも応えたらいけないんだっていうのは、何となく理解してる」
彼女を追いかけて共に路地に入ってしまった和沙は、それを聞いて思わず顔を覆った。経験がある。どう考えても『ふり返ってはいけない小道』なのだが、それがどうして三門にも……。和沙が入り込めたのは【スタンド使い】だからだろうが、鳩原は……鈴美さんみたいな感じだろうか……幽霊じゃあないけど……。眉をひそめてウンウンと唸る和沙を見て、鳩原はゆるく微笑んだ。彼女とは同じクラスということもあり、話すことにも特に支障はない。だから、彼女の弟が近界民にさらわれていることも、そのために遠征を目指していたが『人が撃てない』という理由で選抜から外されたことも、和沙は知っていた。直後は本当に落ち込んでいた様子だったのだが、今はそんなそぶりもない。鳩原は和沙の隣を歩きながら、のんびりと告げた。
「別に、ここに私の家があったとかじゃないんだけど。声は聞こえても、弟の姿も見えないし。でもどうしても聞きたい時があって、そうするとこの道が現れる。そういう時、ぐるっと一周してから戻るんだ」
「何度も来といて毎回ちゃんと出口から帰ってきてんのかァ!? こう言っちゃあなんだが……タフだなお前」
「そうなの? ていうか、ここに気づいたの、周防くんだけだよ。何か知ってるんだね?」
「……まあな。故郷にも同じようなところがあった。妙な表現をするようだけど……『空間の幽霊』みたいなもん、じゃあないかと思ってる。こことは大分様子が違うけど」
「『空間の幽霊』か、そうなんだ……ここだけかと思った。世の中には案外、知らないだけってことが多いのかもね。近界民みたいに」
「あるぜ。本当にたくさん。じゃなきゃ【財団】が部門設立してまで研究しねーし」
「なるほど、それもそっか。……そういえば明日、犬飼くんの誕生日なんだ」
「ああ、そうだったっけ」
「隊のみんなで焼き肉に行くの」
「いつものとこか?」
「そう。たくさん食べようと思って。犬飼くんより。彼のお祝いなのに悪いけど」
「鳩原、そんなに食うやつだっけ」
「ううん、普通。でも、そうだな……元気つけないと、と思って。今後のために」
ゆったりと他愛もない会話をしながら、その言葉の裏に何かを感じて、和沙は思わず口を噤んだ。そんな中、そろそろ出口に差し掛かるのが、雰囲気で分かった。『ここ』にいるものは、杜王町にいるものよりも執着がないらしい。『引き留めよう』『ふり返らせよう』とする意思をさほど感じないのだ。
「いい天気だね、周防くん。吸い込まれそうな青空ってこういうことを言うのかな」
「お前そういうとこあるよなァ〜……」
「あ、ほら、聞こえて来た。弟の声。わかる?」
「ああ。弟さん、こういう声してたんだな。……念のためだけど、振り返るなよ」
「うん。いつもすぐ通り過ぎるよ。今日は本当に、ちょっと聞きにいこうと思ってただけだし」
「そうか…………お、抜けたな。出口だ」
「道も消えた。毎回不思議なんだけど、どうなってるんだろう」
「まあ多分、お前の気がかりが一旦なくなったからじゃあねえかと」
「そういうものかな。……じゃあ、そろそろ行くね。これから本部待機だから」
「おう。気ぃつけてな」
鳩原と会話したのは、それが最後だ。本部も把握していないだろう。あるはずのない小道など、本来は自分のような人間が見つけることができるものなのに。今となっては確認しようもないが、鳩原にもおそらく、『何らかの素質』があったのかもしれない。
ボーダー本部に報告はしていない。鳩原との会話は和沙だけが。『警戒区域の振り返ってはいけない小道』は、和沙と【財団】だけが知る秘密だ。常に和沙が見回っているし、監視網も確認しているが、その後ぱったりと消え失せてしまったからだ。
鳩原未来は一般の人間にトリガーを横流しし、さらにはその人物たちと無断で近界へと渡航したと見られている。
所属していた組織であるボーダーにおいて、彼女の行動は重大な隊務規定違反である。それに付随して様々な根回し等が行われ、二宮隊は彼女の行動の責任を取ってB級へ降格した。上層部をはじめとして関係各所が奔走したのも知っている。この三門市を、そして隊員も含めた人を守るために、ボーダーという組織がどれだけ心を砕いているのかということも。和沙だけでなく、所属する隊員たちは皆、自分なりに理解しているつもりだった。
それでも、それに背くと決断するほどに、きっと彼女の『覚悟』は生半可なものでなかった。たとえ唆されたからだとしても。批判され、もしかしたら裏切り者と呼ばれるかもしれないことも。途轍もなく危険で、もう戻れないかもしれないことも当然覚悟の上で、自分の『納得』のために行動することを彼女自身が選んだ。ボーダーにいては掴めない、弟がさらわれた一件の『真実』を求め、自らの意思でそれに近づこうとしたのだ。
きっと誰も彼女を責めてはいないだろう。責任を直接負わされた二宮でさえ、真意を知りたいというだけのように感じられた。だから、和沙としても、決して彼女の選択を否定する気はない。否定したくは、ない。彼女が起こした行動は、きっと後に繋がるはずだ。『そうであるように動かされた』としても、だれかの導となったことには違いはない。自分たちにできるのは、彼女の導を先へと進めることだけだ。
空を見上げて深呼吸をした。季節は違えど、今日もあの日と同じような、吸い込まれそうな青空だ。
アバッキオ……お前は立派にやったのだ……
※6/5:20巻カバー裏にて鳩原が当真たちと同じクラスだったことが発覚したため取り急ぎ部分的に修正しました……マジか……引かれあっているのか……? 『運命』というやつか……?