アステロイドは揺るがない 作:夜なべ
※元の短編を大幅に分解・再構成・加筆修正しました
プロローグ:ホワット・ア・グレート・ワールド
『覚悟した者』は『幸福』である、と言った人がいる。
無意識にでも自分がこれからどうなるのかを知っておけば覚悟ができる、絶望を吹き飛ばすことができるからだと。
しかし、本当に『未来を視る』ことのできる迅悠一は、そう思ったことはない。たとえどのような未来であろうと、必ず犠牲にしなければならないものが存在する。そしてそれは、たったひとり未来を知り、そうなるように何かや誰かを動かした――もしくは動かさなかった自分が負うべき責任だと、そう考える人間だからだ。
だからこそ、『彼』に出会った時、頭を鈍器で思い切り殴られたような衝撃を受けた。
己の価値観すら塗り替えられてしまうような、それまで見ていた世界が一気に混ざり合って、違うものに構築されてしまったような。そんな、劇的な変化を目の当たりにした。とても『奇妙』な経緯でこの三門市にやってきた彼を見定めなければならなかったのに、一目見た瞬間に
「俺は周防和沙。よかったらだけど……あんたの名前を教えてくれよ」
「――迅。おれの名前は迅悠一だよ」
それは、黄金のような夢と評されることもある。この人ならばと思ってしまう希望。何かを導く『星』のような輝き。もしくは、世界を変えてしまうきっかけ、『引き金』となり得るもの。これまで数多の未来を観測してきた迅にとって、その人は確かに、暗闇の荒野に切り開くべき道を示してくれる光明であったのだ。
***
そうしてぼんやりと出会った頃のことを思い返しつつ、迅はモニターを見つめた。ボーダー本部のラウンジは現在、休憩をとっている者、迅と同じようにモニターを見ている者などで賑わっていた。会いにきた『彼』は現在、あの村上鋼と個人戦を行っているようだった。確か同い年で、クラスは違うけど仲良いんだっけな、と以前に聞いた記憶を思い起こした。村上は鈴鳴支部所属であり、本部にいること自体は珍しくはあるが、時折、個人戦を行うためにこちらにやってくることもあるというのは知っている。
モニターの表示を見ると、10本勝負のうちの最後の1試合らしい。勝敗はある程度拮抗している。村上が4勝、そしてその相手の『彼』――
村上が【旋空】を撃とうとして【弧月】を構えた瞬間、和沙は、いっそ美しいとも思えるほどの光の雨――決して途切れぬ【アステロイド】の弾幕で以て牽制し、決して間合いに踏み込ませない。村上が【レイガスト】で上手く弾丸を防ぎつつ、弾幕の隙を縫って突破しようとすれば、和沙は【アステロイド】のフルアタックから片手分を瞬時に【バイパー】に切り替え、盾を迂回し本体を狙う軌道で放つことで村上の行動を阻害する。
和沙はトリオンキューブを細かく分割し、それを精緻に並べて操ることを好んだ。弾幕シューティングが好きで、
ここで、村上の方に変化があった。防戦一方であったと見せかけ、わずかに途切れた弾幕の隙をついて、【スラスター】で加速させた【レイガスト】を放ったのである。相手が盾を手放したことに一瞬虚を突かれた和沙は、回避したことにより村上の接近を許した。辛うじてではあるが、【旋空】が届く間合いである。すかさず撃たれたそれを――和沙はしかし、
互いに一瞬でも隙を見せれば、そこにすかさず付け込んでくるため、下手には動けない――。一進一退の攻防が続く中、お互いの表情には笑みすら浮かんでおり、双方が充実した戦いをしているのが分かる。楽しそうで何よりだと、なんとなく安心した気持ちになった。
それにしても、と。戦う和沙を見ていた迅は思わず、軽く引きつった笑みを浮かべた。
「相変わらずすごいな〜……あの改造学ラン」
周防和沙という人間が、当初からかなり『目立つ』人間であったことは確かだった。まず何より目を引いたのは、その風貌である。
ボーダーにおいては「市民に威圧感を与えない」ことを理由に、ジャージスタイルの隊服が一般的である。しかし彼は、生身だけでなくトリオン体ですら、それに真っ向から反発するような様相をしていたのだ。
決して地毛ではないだろう明るい茶髪に、両耳に付けられたピアス。そして――実に様々に装飾をあしらった改造学ラン。背は高い上に、顔かたちなどの容姿自体は悪いわけでもなく、髪型もリーゼントでこそなかったが、しかし、既にこの外見から導き出される印象は決定的だった。どこからどう見ても、典型的な『不良』と呼ばれる存在だったのである。和沙に言わせれば、「これで動くの慣れちまってるから」というだけの理由であったのだが。
さらに、初めて本部にやってきた時、後ろに黒スーツにサングラスの人間を引き連れてきてしまえば、彼の印象が固定されてしまうのは太陽が東から昇ることのように当然だった。そしてこの黒スーツの人間というのが、大口のスポンサーである【スピードワゴン財団】に所属する職員であり、和沙がボーダーに所属することになった大本の理由である。
2年ほど前、ボーダーは財団からひとつの依頼を受けた。『ある少年にトリオン能力検査を受けさせたい』という、内容自体は平凡なものである。しかしスポンサー側から依頼されることは滅多になく、本部側も首を傾げながら依頼を受け入れた。少年は財団職員に付き添われ本部を訪問し、検査を受けた。結果として、彼は既に在籍していたボーダー隊員の誰よりも『トリオン能力』が高く、さらには【サイドエフェクト】も所持していることが発覚した。ランクこそCの『強化動体視力』であったものの、その精度は抜群に高いものだった。こうなってはボーダー側として彼を逃がす理由もなく、上層部と面談を行い勧誘し、少年もそれを受け入れた。こうして少年……和沙は周囲に『不良かつスポンサー側の肝入り』という印象を与えてしまい、良くも悪くも話題をかっさらいやすい存在となってしまった。
当然、当初は彼を見る目は良いものばかりではなかった。しかし、和沙はそれを物ともせず、すぐにその実力を示した。
奇妙なことだが――どうにも慣れているような動きで、選んだ射手トリガーもすぐに使いこなし、トリオン兵を次から次へと屠っていった。対人戦においても、初めから怯えることもなく立ち向かい、きちっと成果を積み重ねた。驚くほどのスピードで個人ポイントを稼ぎ、結果的にボーダー内でも指折りの
(まあ、経緯自体は『表向き』というやつでもあるんだけど……さて、終わったか)
既に試合には決着がついていた。
迅はブースから出てきた2人を見つけると、そちらへ歩き出した。モニターには6対4──休憩を挟み前半3本、後半3本で周防和沙の勝利という結果が表示されていた。
迅が近づいてきたことに最初に気づいたのは村上の方だった。先ほどの個人戦について、互いに感想戦のようなものを行っていたらしい。
「村上、まーた俺の弾幕パターン覚えたろ。やり難いったらありゃしない。最後の不意打ちバイパーも絶対決まったと思ったのになァ〜〜」
「はは、休憩挟んでまで覚えたのに、まったく勝率変わらないお前が言うことじゃないな。大体あんなに早い弾丸の切り替えなんか、覚えてなきゃ追いつけなかったよ。……あれ、迅さん」
「迅さん??」
突然の話題の転換に、和沙から呆けたような声が出る。その発言でようやくこちらに気づき納得したような表情を見せたのに、くくっと笑って手を挙げた。
「よう、お二人さん。いい勝負だったな」
「見てたんですか」
「和沙にちょっと用があってさ。いや〜、こいつ目立つから見つけやすくて助かるわ」
「ああ、分かります」
「分かりますって……いや目立つのは分かるけどよォ〜。でも俺の地元の高校生みんなこんなんだったって……俺だけじゃあないって……」
ぶつぶつと訴える和沙の背をぽんと叩いて、「借りてくな」と声をかけつつ歩くのを促す。頷いて見送る村上は本当に良い奴だな、と呑気に思った。個人戦ブースを離れ、人気のある場所から遠ざかるようにしばらく歩いていると、「……それで」と隣から声が発せられた。
「メールや電話じゃあなくて直接ってことは、結構重要なことですよね。迅さん、そういうところ律儀ですね」
「いやあそれほどでも。……頼みがあってさ。それ自体は、身構えるほどのことじゃないんだ」
立ち止まって自然と向かい合う。同じくらいの高さにある少年の目から決して視線をそらさずに、迅はそれを告げた。
「今夜の防衛任務に一緒に来てほしい。お前がいることで『未来』が良い方向に変わる可能性が高いんだ。それも、今後のボーダーの未来を左右するくらい。――おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
数秒の沈黙。のち、和沙は「わかりました」と表情を変えぬまま頷いた。それを受けてふ、と無意識のうちに詰めていたらしい息を吐く。彼の前ではどことなく、感情を表に出してしまいやすくなっているなと内心で苦笑した。「だけど、迅さん」和沙は目を合わせたまま、何でもないように言葉を続けた。その目の奥にはきらりと光るものがあるように迅には思えた。
「いつも言ってるけど、もっかい言わせてください。――俺が信頼してるのは『未来視』じゃあなくて『迅さん』っつー人で、あなたについて行くのも『俺がそう決めた』だけの事ですから。『巻き込んだ』とか、思わんでくださいよ」
「……うん。和沙なら、そう言ってくれると思ったよ」
それを聞いた和沙が肩をすくめたことがきっかけとなって、空気が緩んだ。仕方ないと言いたげな視線を向けてくる彼に「何か埋め合わせ……ああいや、お礼するからさ」と迅が告げると、途端にぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ今から近接戦闘の実践に付き合ってくださいよ」
「えっ、……ああ、アレ?」
「そうです、定期的にやってるあれ」
和沙が入隊した経緯においてひとつだけ、噂にすらならなかったものがある。上層部と迅、当事者である和沙、そして──スポンサーである財団の間で完全に秘匿された『重要機密』。
「【キラークイーン】の操作訓練。相手に不足なし、ということで」
「参ったな……けどいいよ、久しぶりだしな」
心なしかひくりと迅の口元が引き攣った。さすがにあれを相手にするのは骨が折れるのだ。手持ちがノーマルトリガーである時なら尚更だった。決まりですねと『それ』が保管してある開発室方向へ歩き出す和沙の後を、しかし結局は微笑みながら半歩ほど遅れて続く。
【キラークイーン】。財団と和沙がそう呼ぶので、おのずと名前は決まっていた。その能力は『触れたものを爆弾にする』──当時、それを財団職員はこう説明した。
「そちらの形式で言えば。【黒トリガー】だというこの腕時計の作成者の名は『吉良吉影』。和沙くんの故郷、杜王町の平和と誇りを脅かした、殺人鬼です」
***
その『黒い腕時計』は、前もって財団からボーダーへ調査依頼が来ていたものだった。財団は最初期からボーダーのスポンサーを担っており、【トリオン】の存在も知っていた。『黒い腕時計』がどうやらトリオンで出来ているらしいと財団側の調査で判明し、詳しく調べてほしいとの依頼だった。
そして、その『黒い腕時計』を解析したボーダー側は驚愕した──それが紛れもない【黒トリガー】であるとの結果が出たからだ。空気は途端に緊迫したものになった……【黒トリガー】は、人間の命と全てのトリオンを【トリガー】に注ぎ込んで生成されるものであり、つまりそもそも【トリガー】自体が無ければ作られない。そんなものが、ボーダーも把握していない全くの無関係なところから出て来たとなれば、様々な可能性……それこそ危険性とも言えるものを考慮しなくてはならない。ボーダーはすぐに、厳密な情報統制のもと、重要機密として財団側に調査結果を報告し、入手経路を尋ねた。それに対し財団側は実際に会って説明したいと述べ、加えて、ひとりの少年のトリオン能力検査を依頼した。その少年こそ周防和沙であり、『黒い腕時計』の持ち主だった。彼は難なくその【黒トリガー】を起動してみせた。そこでボーダー側は、未知なる【スタンド】という概念を初めて知ることとなった。
「まずお話ししなくてはならないのは、【スタンド】という概念についてです」
会議室。和沙を椅子に座らせてから、司令である城戸を筆頭とした上層部と迅を前に、黒スーツにサングラスの財団職員──
「では、その【スタンド】とやらと【トリガー】に一体何の関係があるんだね」
冷や汗を滲ませつつ、鬼怒田が花京院に尋ねた。花京院は頷き、話を続けた。
「端的に申し上げれば、この和沙くんの【スタンド能力】によって、死ぬ寸前だったとある男から『黒い腕時計』が生成されたのではないかということです。我々はその男の【スタンド】から、これを暫定的に【キラークイーン】と呼んでいます」
その男の名を吉良吉影という。花京院自身も殺人鬼であった彼が死んだその場に居合わせたが、【トリガー】は当然そこには存在しなかったし、何らおかしなことはなかった……
「これから何が起こるのか予想もつかない。【スタンド】とは、それほどの可能性を秘めた力なのです。その上こちらにほぼ知識のない【トリオン】に関するものとあっては、周囲だけでなく和沙くん自身に危害が及んでも対処できないかもしれない。我々【スピードワゴン財団】の超常現象対策部門として、この一件は決して見過ごせるものではありません。【トリオン】の専門研究機関ともいえるあなた方にお力添えをいただきたい」
見過ごすことができないのは、当然、ボーダー側も一緒だった。和沙のトリオン能力はボーダーとして決して無視できるものではなかった。幸いにして、こちらには危機を事前に察知することのできる者がいる。上層部の面々は全員で素早く顔を見合わせた後、迅を見た。『未来』は大丈夫なのか。未知の能力が関わる謎の【黒トリガー】が適合者と共にボーダーの監視下に入る。これはボーダーに、三門市に、何をもたらすものなのか。その中で迅の答えは既に決まっていた。
「大丈夫だよ」
きっぱりと言い切った彼に、一瞬意外そうな目を各々が向けた。それを受けても、迅はただ静かに相手を見つめるだけだ。忍田が改めて花京院と和沙に向き直り、一言も発さずじっとボーダー側の面々を見つめていた和沙に対し、「我々も戦力が必要だ。君さえ良ければ、力を貸してほしい」といった旨を伝えた。和沙は静かに立ち上がり、深々と頭を下げた。そして顔を上げ、毅然とした態度でこう告げた。
「俺が――いや、『俺も』この
ああ、と迅は唇をかみしめた。花京院は心なしか眉を下げ、眩しいものでも見るように目を細めていた。迅はもちろん知る由もなかったのだが、その場にいた者はその時同じ『輝き』を目にしていた。
それは、かつて星の一族から代々その血統に受け継がれ、いつしかその血統を超え、和沙の故郷たる杜王町の若者たちに根付いた【黄金の精神】が、三門市において新たに伝わり始めた瞬間だった。
そして同時に、『数奇な運命』が動き出したはじまりの瞬間でもあったのだ。
『未来』とは、『結果』であり『運命』。
これは、ボーダー隊員たちと、M県S市杜王町からやってきた少年の【近界民】にまつわる数奇な運命を追う物語である!
***
そしてその夜、新たな『未来』が切り開かれる。
「よう、無事か? メガネくん」
三雲修は、あの夜をいつまでも忘れない。
一刀のもとに両断された近界民の上からこちらを見下ろし、声をかけてきた青年の姿を。
そして、近界民に襲われる寸前に目の前に立ちはだかり、ずっと庇ってくれていた学生服の青年の背を。
奇しくもそれは、和沙の『幼馴染』が『憧れの人』に抱いた感情とよく似て。
三雲修は絶対に、それを忘れることはない。
5部アニメ化お祝いなのに要素は4部
テーマ的にはどちらかというとワートリは5部では? という気もします