アステロイドは揺るがない 作:夜なべ
次が短くなったら後でまとめるかもしれません(無計画)
5部アニメ28話の放送前に投稿したかったんです……
二宮匡貴がその男を呼び止めたのは、ただ単に見過ごすことができなかったからだった。太陽が中天を過ぎて、寒さが最も緩む時間帯。大学の講義が終わってボーダー本部に向かう途中だったのだが、そこは放棄区画のそばで、その男が向かおうとしている方向には警戒区域とボーダー本部しかなかった。
「おい、その先は警戒区域だ。一般人は立入禁止になっている」
男はすぐに振り向いた。よく見れば、首からカメラを提げ、スケッチブックらしきものを抱えている。記者か? それとも観光客か。ボーダー本部が物珍しく、一目見たいと三門市外からやってくる人間は、少なくはなったが未だ後を絶たない。観光名所扱いともいえたが、それは二宮の関知するところではなかった。それでもスケッチブックまで抱えている者はあまり見たことはなかったが。すると、その男が口を開いた。
「――一般人、とぼくを呼ぶからには、きみはボーダー隊員ってやつか? そうだな、確かサイトの名簿にも載っていた。見たことがある」
「……だったら言いたいことはわかるだろう。警戒区域に立ち入らせるわけにはいかない。観光か何か知らないが、早く去るんだな」
「いや、去らない。好都合だからな。異世界の怪物と戦ってる人間の『リアリティ』が欲しかったんだ」
――異様だ、と二宮は本能で察知した。思わず身を引こうとした瞬間、それよりも早く目の前で男の指が躍った。
***
和沙は全速力で街中を駆け抜けていた。それはもう陸上競技の世界記録保持者もびっくりな速度である――トリオン体に換装しているから当然ではあったが。しかし、こうまでして急ぐ理由が彼にはあった。
事の発端は、ボーダー用端末と私用のスマートフォンに1通ずつ届いたメッセージだった。その時和沙は学校にいて、担当教諭が指示した自習課題を既に終えていた。昼過ぎに三門市立第一中学で突如
『三門市に来た。近界民が見たいので警戒区域に向かっている。案内してくれ』
よりにもよって!!!! 和沙は走りながら大声で叫びだしたいのを堪えていた。この際、自分が学校にいるのを考慮していないのはもういい。せめて相手が温厚で初対面でも会話のしやすい相手であれば!! いや、問題はそこではない。あの人は誰であろうと構いもせず『読み』出すだろうから。
彼らの位置は既に迅から伝えられている。彼には助けられてばかりだ……と内心頭を抱え、差し入れか何かの礼をする算段をしつつ、やっとそれを視界に捉えた。
「露伴先生!! 二宮さん!!」
大声で名前を呼ぶと――――
「周防? なんだ、この人の知り合いの隊員というのはお前か。学校はどうした」
「早かったな」
何でもないように声をかけてくる2人の前で体勢を整えながら、和沙は二宮に対しては申し訳なさそうに、そして露伴にはじとりともの言いたげな視線を向けた。
「いや、えっとォ~~……連絡貰って、抜けてきちまったんですよ。二宮さん、そのォ……この人結構物言いがきつくて……何か言われませんでしたか」
「いや。しかし警戒区域に入ろうとしていた、知り合いだと言うならしっかり話しておけ」
「はい、ほんとすんません……」
二宮は露伴に軽く会釈をしてからそのまま立ち去った。彼の姿が見えなくなると、和沙はぐったりとその場に座り込んでしまった。トリオン体ではもちろん体力消費はないが、短時間のうちにかかるストレスが尋常ではなかったためである。人通りの少ない放棄区画で良かったと思った。そうでなければ、この人もわざわざ声をかけるなんてことはしなかっただろうが。
「あのですねェ~~露伴先生、俺が普通に学校なのに案内させようとしたのはいいんですよ。慣れましたよ。以前、康一と一緒に散々つき合わされましたからね……それはいいんです。……あの人のこと『読み』ましたね?」
「フン、このぼくがネタを逃すと思うか? なかなかに面白かった。自分たちを置いて【
「ああ~~~~ッやっぱり遅かった……ごめんなさい二宮さん……」
「『ページ』は破ってないし、記憶は消しておいたから安心しろ。さて、
「…………本当に、こういうことに関しての嗅覚がすごい。露伴先生くらいになるとそんなもんなのかなあ」
「何?」
「まあ、色々あるんです。市内を案内しながら話しますよ……というわけで」
ゆっくりと立ち上がり、露伴の方を向く。昨日の今日で、噂をすれば影とはよく言ったものだ。自分の幼馴染とはチコッと折り合いが悪いし、露伴が親友と呼んで憚らないある少年とは扱いが違えど、そこそこ普通に接してくれるその人。問題行動は多いが、漫画に対しては本当に真摯な、尊敬すべき漫画家である。
こちらを不審そうに見ている露伴に、にやりと笑いかけてやった。
「ようこそ三門市へ。つっても、歓迎しますよなんて、2年そこら住んでるだけの俺が言えたもんでもないですけど」
現状とても平和とは言い難い町だが、知己との再会くらい、喜んでみてもいいだろう。
***
「結論から言ってしまうとですねェ、今この町は警戒区域外でも近界民が出るんすよ。つまり警戒区域に近づかなくても見られる可能性はあるってわけです」
「そうなのか? 市民がやたら騒いでいたのはそういうわけか。原因もわかってないんだろ」
午後の商店街付近を歩きながら、和沙は露伴にぶっちゃけた。この人は漫画のネタになる情報は何でも知りたがるが、その管理は徹底しているので、その点において信頼が出来るのだ。それに彼は三門市民ではない。緊急時に備えて避難訓練を行っている市民と違って、情報を知っているのとそうでないのとでは命を守る対応に大きな差が出てしまう。
「今のところ、大きな被害は出てませんからね。多分調査中なんだと思いますけど、ボーダー本部も公表してないのに、遭遇した市民に箝口令敷いてるわけでもなし。近界民見たいのはわかりますけど、一応気を付けてくださいよォ~。いつも出てくるやつなら俺が何とかできますけど」
そう前置きをしてから、三門市の地図を片手に、様々に説明をはじめた。位置や方角を説明するのにボーダー本部を中心として見るようになったこと、地下シェルターの構造と入り口。警戒区域からかかる時間。支部の存在。あとは有名な建造物やら名店やら。ついでに土産には『鹿のや』の和菓子を勧めておいた。
「シェルターがあるんで、三門市の大きな建物は基本的に地下空間の方が広かったりします。まあ特徴ってほどでもないか。あと郊外はみかん畑だし」
「基本事項はある程度調べてきた。特産品なんだろ? みかん。まあ一般的な地方都市って感じだな。雰囲気はS市に似てはいるか」
「ですかね~。米育ててるかみかん育ててるかの違いって感じかも」
「なるほどな。お、これ、きみのとこのポスターじゃあないか。入隊募集ねェ~」
「あ、そうですね。嵐山隊の……」
「ああ、聞いたことあるぞ。広報部隊ってやつか。それにしても、ボーダーってのは曲がりなりにも民間軍事組織だろォ〜〜? まるで日曜朝の特撮ヒーローみたいな扱いじゃあないか。ご当地ヒーローと言った方がそれらしいか? 市民の会話を聞いていたが、まるで『危なくなったらボーダー隊員がどこからともなく現れて、必ず助けてくれる!』と信じこんでる感じだ」
「間違っちゃあいませんね、変身みたいなことするし……実際助けるためにいるんですし……。近界民って普段はもちろん警戒区域内でしか出ませんから、そういう考えにもなるかも。それにメディア担当の人がやり手なんですよねェ。そういう路線なら世間的にも受け入れやすいと思ったのか……筆頭の嵐山隊も本当にいい人たちで、市民からの人気も高いし」
「ふうん……ああ、それもボーダー側の戦略なのか、なるほどな」
「そうそう、市民が危機感を持たなくていいようにやってんですよォ〜、色々と。出て行く人が多くても困るから。上層部もなかなかやり手っしょ」
「上層部が使い物になるタイプの組織か。なかなか珍しいな」
雑談と言えるのか何なのか。和沙はボーダー隊員らしく、この町で身の安全を守る方法と、あとは土地勘や三門市ならではの町の構造など、なるべく『ネタ』として扱えそうな話を中心に説明した。露伴も相槌を打ちながら写真をとったり超スピードでスケッチしたりしていたので、退屈させずには済んだようだ。「近界民っていうのはさあ」と露伴が話し始めたのは、日も少しずつ暮れてきたころだ。
「ニュースやらで見たあの……メカっぽいとか、虫みたいな外見のやつだけなのか? 実は人型がいて、見た目はこちら側の人間と区別がつかない、とかあるんじゃあないのか? だとしたら、それこそ
「……いや本当にね、仰る通りです……」
「……きみ、隠し事ができないタイプってわけじゃあなかったと思うんだが」
「そうですけどォ〜、そこまで核心つかれちゃあ何も言えませんよ。それに露伴先生は別に口外しないでしょ」
「これで得たインスピレーションを漫画に使わせてもらうくらいだな」
玉狛支部のエンジニアにはその通り近界民がいるのだ。露伴の思考力や勘の良さには相変わらず舌を巻く。そもそも異世界の怪物だなんて、花京院さんならファンタジーやメルヘンじゃあないんですからって言うところだぞ、と露伴は口の端を吊り上げた。
「まあ妖怪も神も存在するんだがなァ」
「【スタンド】もありますしねェ。承太郎さんや花京院さんは昔吸血鬼と戦ったって言うし。最近は鏡の中の世界を作るスタンドだっていたらしいから、その認識改めたって言ってましたよ。ここまで来たら、異世界くらいあってもおかしくないかなとは思いますよね」
そんなことを話していると、手持ちのスケッチブックや資料を見返しながら、ふと露伴がこちらを見て思い出したように問いかけた。
「……ああ、そういえば知ってるか、この町の行方不明者数」
「……いえ、そういえばその辺りはすっかり頭から抜けてて」
「杜王町ほどじゃあないんだが……随分と不審死やら行方不明者が多い。第一次大規模侵攻が起きるよりも前からだぜ。不審死を遂げた遺体のうち、胸に穴が空いていたって例もいくつもある。けどここには【弓と矢】は無いんだろう?」
「はい、財団が隅から隅までギッチリ調べたらしいですけど。本当に何もないんです。今の俺は【スタンド】は使えないけど見えはするのに、注意しつつ暮らしても【弓と矢】もなければ【スタンド使い】もひとりも見ない」
「じゃ、原因は別ということが確定しているわけだな。胸に穴が空いていたってのは、第一次大規模侵攻での被害者の何割かにも共通している特徴だから」
「……昔からこの町は近界民に狙われていたってことか……。はあ、本当になんつーか……【スタンド】関連の代わりに近界民の危険、奇妙な謎は付きまとう……つくづく思いますよ」
「そういう噂のある取材に行く度に考えるが、世界にはわりと多いのかもな、こういう場所は」
気が付けば、大きな川沿いの地区まで歩いて来ていた。学校や会社帰りの人も多くなってきて、ざわざわと喧騒も聞こえてくる。周囲を見回して露伴が眉を顰めた。チッ、という舌打ちのおまけつきだ。
「人が多くなってきた。というか、近界民、結局出ないじゃあないか。ぼくはあれを間近で見るために来たんだぞッ」
「いやさっき危ないって話をしたじゃあないですかァ~~。見たいなら俺がいるうちに警戒区域近くまで案内しますから。今なら市街地で見られる可能性はあるって確かに言ったけど、出たら出たで困るんですよ。警報ビービー鳴ってさあ」
『緊急警報。緊急警報。
「なるほどな、こんな感じか。なんだあれ、『魚』か?」
「もう露伴先生と噂話はしないことにします……」
「……待て、近界民ってのは地上で活動する型しかいないんじゃあなかったのか?」
「……先生って本当に…………お察しの通り、新型だと思いますよ」
解除していたトリオン体に再換装。露伴はちゃっかりその様子をスケッチしているが、正直和沙は冷や汗をかいていた。
上空を泳ぐ魚のような巨体のトリオン兵。今までに見たことのない型だ。ボーダーのデータベースにもないだろう。いや、あるのかもしれないが、訓練などで使用されたのかどうか把握していない。少なくとも自分がボーダーに所属してからは見ていない。杜王町で何を学んだ、【スタンド】なんて新型どころではなかったじゃあないか――和沙は内心で自分を責めた。もちろん露伴に伝えた通り、『いつも出てくるトリオン兵』なら即座に片付けられる自信はあった――しかし、完全に不意を突かれた形になってしまった。はっきり言って、目視した『あれ』は想定外だったのだ。それはトリオン兵を見上げていた露伴も同じだったらしい。
「おい……あれはなんだ? あの『魚』の腹にあるものは……」
巨体のトリオン兵の影が上空に差し掛かる。ここはマンションやアパートの多い住宅地だ。つまりはそれだけ人が集まる地帯でもある。事実、付近の住民たちは、圧倒されているのかぽかんと空を見上げたまま立ち止まり、密集地帯が出来てしまっていた。ゴグン、と音を立てて、トリオン兵が腹部を開く。そこから出てくるものは、投下に適しているだろう落下傘付きの――――
「あれ、あれはまさかッ! あの『魚』、『爆撃』をしかけるつもりかァーーーーッ!!」
To Be Continued…
ああ! 空が! 空が!