旧作は今では入手が困難ですが、もっと知名度が上がってほしいと思っています。
春が過ぎ去り、もうすぐ夏が近づいて来る幻想郷。そんなある日、珍しくプリズムリバー三姉妹がジンの元に訪れていた。
「え? 音楽を教えて欲しい?」
「うん、ジンが適任だと思うから」
「いや、どう考えても俺が三人に教えられる事なんて――――」
「私達じゃなくて、カナっていう同じ騒霊に教えて欲しいの」
メルランの話によると、彼女達が暮らしている屋敷に、自分達以外の騒霊――――カナ・アナベラルという少女が最近住み着いたということである。と言っても、住み着いた事に特に問題は無く、普通に仲良く暮らしている。
そんなある日、カナは三人の演奏を聞いて―――。
『私も演奏をしてみたい!』
そう言ったのである。
「それなら、別に俺じゃなくて――――って、何か似たようなやり取りがあったような・・・・・・」
「私達の場合は、能力で演奏をしているから、教えるのが非常に難しいのよ。だから、ジンにお願いしたい」
そう言って、ルナサは真剣な眼差しでジンを見つめた。するとジンは、こう返事をした。
「・・・・・・わかった。出来る限りの事はやってみよう」
困った人を見逃せないジンは、ルナサ達の頼みを引き受けるのであった。
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ここはプリズムリバー三姉妹の屋敷。その一室で、ジンとカナは対面していた。
「今日から俺が、君に音楽を教えるジンだ。よろしくな」
「私、カナ・アナベラル。よろしくね♪」
「それじゃあ早速だけど、カナは音楽についてどれだけ知っている?」
「よくわからないけど、楽器で音を出すんでしょ?」
「まあ遠からずだけど、大体合ってはいるな。だけど、音を出すだけじゃない。様々な音を組み合わせて、音色を生み出し、人々を楽しませる。それが音楽だ。試しにやってみるぞ」
そう言って、ジンは持って来た数個のハンドベルを駆使し、単純な音色を出して見せた。
「凄い凄い! それが音色なんのね!」
「ああ、単体だと音にしかならないけど、複数種類の音を組み合わせれば、ベルだけでも音色は生み出せるんだ」
「ねぇ、やってみても良い?」
「ああ、良いぞ」
そう言って、ジンはハンドベルをカナに貸してあげた。カナは楽しそうに、ハンドベルを鳴らす。
「結構楽しいね♪」
「これで満足するのはまだ早い。次はこれだ」
そう言って、ジンが次に出したのは、鍵盤ハーモニカであった。カナは興味津々で、それを眺めた。
「それって、リリカのキーボードに似てるね」
「まあそうだが、正式には鍵盤ハーモニカと呼ばれる物だ」
「ハーモニカって、あのハーモニカ?」
「ああそうだ。ハーモニカの演奏が難しいから、それを手軽に出来るように考案された楽器で、とても扱いやすく、初心者うってつけだ。俺も最初に扱ったのが、これなんだ」
「そうなんだ。それじゃあ頑張れば、ルナサ達見たいな音色を出せるようになる?」
「それはカナの頑張り次第だ。頑張れば、皆と一緒に演奏が出来るかもしれないな」
「本当!? 私頑張る!」
カナはとてもやる気をみせ、鍵盤ハーモニカの練習を始めた。
―――――――――――
それから数週間が過ぎ去った。ジンの指導のもと、カナは上達していき、簡単な物なら演奏が出来るようになっていた。
「よし、上手くなったなカナ」
「えへへ♪」
ジンに誉められた事に、カナは嬉しそうに微笑む。そんな彼女に、ジンはある提案を出した。
「なあカナ、今度発表会をしてみないか?」
「発表会?」
「そうだ。ルナサ達と演奏をしたいのなら、人前でも演奏が出来るようにならないとな」
それは決して、避けては通れない課題であった。
演奏だけなら誰でも出来る。しかし、人前で演奏をするというプレッシャーに勝てなければ、本当の演奏者にはなれないのである。
「無理にとは言わない、自信が無ければ次の機会に――――」
「私やる! 発表会やってみたい!」
カナは迷いを一切みせず、無邪気な声でそう言った。
カナの言葉を真摯に受け止めたジンは―――――。
「わかった。それじゃ二人で頑張って、発表会を成功させような」
「うん!」
こうして二人は、発表会に向けてひたすら練習をするのであった。
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それからカナは、発表会に向けてひたすら練習をした。ジンも、彼女の指導をしながらも、発表会の準備に奔走していた。
「ありがとうな幽香、ここを会場として使わせてくれて」
ジンが会場として選んだのは、幽香の向日葵畑であった。紅魔舘のホールも一応候補としてあったのだが、諸事情で改装中で使えず、人里の広場も、雷鼓達が先に予約していたのである。
紅魔舘、人里が駄目だったので、次の候補である太陽の畑に赴き、幽香と交渉の末、無事に場所を使わせて貰える事が出来た。
「いつもルナサ達に使わせているから、これぐらい御安い御用よ。それよりも大丈夫なの?」
「何が?」
「もうすぐ梅雨入りよ。雨が降ったら、ライブは中止になっちゃうけど」
「・・・・・・そうだな。それが一番の心配だ」
そう言って、ジンは空を見上げた。今日は快晴、この日が続くのを、ジンは祈るのであった。
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それから数日後。運悪く雨が続いた。このまま雨が降り続けば、明日の発表会は中止になってしまうだろう。
「まいったなこれは・・・・・・」
ジンは部屋で雨が降る外を眺めていた。てるてる坊主も一応下げてはいるのだが、それでも止む気配は無かった。
(明日一日で良いんだ。晴れてくれないか・・・・・・)
そう願うジンであったが、それをあざけ笑うように雨は強くなる。そんなとき、ジンはある考えが浮かぶ。
「そうだ! 会場を結界で覆えば、雨が降ってもやれるかも知れない!」
そう思ったジンは、強い雨の中。太陽の畑へと向かった。
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太陽の畑に到着したジンは、幽香に結界を張る許可をもらっていた。
「え? 会場に雨避けの結界を張りたいですって?」
「ああ。そうすれば、雨が降っても演奏出来るだろ? だから――――」
「悪いけどジン、そんな事をしても無駄だと思うわ。会場に雨避けの結界を張ったとしても、雨の中ここまで来る人がいるかしら?」
それは幽香の言う通りである。有名ならともかく、無名のカナの演奏を、雨の中を歩いても来てくれる人がいるかどうか、わからないからである。それでもジンは―――――。
「そうだとしても、何もしないままでは居られないんだ。無駄でも構わない、やらせて欲しい」
そう迷い無く、はっきりと答えた。それに対して、幽香は溜め息をついた。
「言っても無駄のようね・・・わかったわ。気がすむまでやりなさい」
「ありがとう幽香!」
ジンは礼を言って、会場に雨避けの結界を張る作業を始めた。その様子を、幽香は遠くから見守った。
ジンが結界を張る作業を始めてから、しばらく経つと、鈴仙とてゐがたまたま通り掛かった。
「あれ? こんな所で何しているの幽香?」
「あら、鈴仙じゃない。ここは私のテリトリーなのよ。居てもおかしく無いわ」
「いや、そういう事じゃなくて、この雨の中、何をしているのかなって思っただけで・・・・・・」
「きっとあれを見ているんだよ鈴仙」
そう言って、てゐが指をさした方向には、雨の中作業をしているジンの姿があった。
「え? ジン? 何しているの彼?」
「明日の演奏会の為の、雨避けの結界を張っているところなのよ」
「ええ!? でも、そんな事をしても・・・・・・」
「お客さんは来ないだろうね。こんな雨の中来るやつなんて、よほど奇特だよ」
「私もそう言ったわ。でも彼は、“何もしないままでは居られないんだ。無駄でも構わない、やらせて欲しい”って言ったわ」
「ジン・・・・・・」
「馬鹿だねぇ。よくそんな無駄な労力をするのか、私には理解出来ないよ」
「ちょっとてゐ!」
「だって本当の事でしょ? こんな事をしても所詮付け焼き刃、お客さんだって来ないさ」
「それはそうだけど・・・・・・」
「でもね、嫌いでは無いよ私は、誰かの為に幸せを願い、その為に行動するのは」
そう言って、てゐは指を振った。
「そんじゃ行こうか鈴仙」
「てい、貴女今何かした?」
「それは明日になればわかるよ」
「あっ、ちょっと待ちなさい」
てゐはその場を走って去り、鈴仙はそのあとを急いで追った。
そんな二人を見送った幽香は―――――。
「幸せを呼ぶ兎は、誰かを幸せにする人が好きなのかしら?」
そう言って、小さく微笑むのであった。
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翌日。昨日までの雨が嘘かのように快晴になった。雨避けの結界は無駄となってしまったが、ジンにとってそれは些細な事である。
会場にはそれなりに人が集まっており、カナの演奏を待っていた。
「さて、準備はいいかカナ?」
「う、うん。だ、大丈夫・・・・・・」
「そんな緊張しなくて大丈夫。カナならちゃんとやれる」
「そうそう、楽しんでやれば良いんだから♪」
「頑張ってねカナ」
ジン、ルナサ、メルラン、リリカの励ましの言葉を受け、カナはステージの上に立つ。
今この時、彼女は新たな一歩を踏み出したのである。