桜が散り間際、博麗神社では最後の花見が行われていた。
「あーあ、桜ももう終わりね」
「なぁに、また来年やればいいだろ?」
「それはそうだけど・・・何か寂しい気がするのよね」
「それは良いけど、あれは止めないのか?」
そう言った魔理沙の視線の先には萃香、勇義、華仙、それにジンの四人が一升の枡で酒盛りをしていた。
「ジンはよくあの中に混ざれるよな」
「酒に弱いけど、酔ったら物凄い量を飲むもの。流石は鬼の血を引いているだけの事はあるわ」
「そうだな、これで華仙も鬼だったら、まさに鬼の四天王だな」
「違いないわね」
霊夢と魔理沙は、笑いながら言うのであった。
一方、霊夢と魔理沙がそんな談笑をしているとも知らず、華仙は酒盛りを楽しんでいた。
「いや~、私達三人が再び揃うとはねぇ」
「まったくだよ、何百年振りだろう?」
「そうね、こうして集まる事なんて無いと思っていたから」
「後はあいつが居れば、山の四天王が揃うんだが・・・・・・」
「まあ、居ないやつの事を言っても仕方ない。今は楽しもう! なあジン?」
「うぃ~・・・ひっく」
萃香はジンにそう言ったが、すでにジンは酔い潰れていて、あまり話を聞いていない様子であった。
「既に酔い潰れているのに、よく呑めるわよね」
「こいつも鬼の血が流れているからねぇ、酔い潰れてもこれぐらいで駄目になる奴じゃないよ」
「それは―――ん?」
するとジンが、華仙の枡をじっと見つめている事に気が付く。
「どうしたのジン?」
「むぅー、かちぇんのまちゅだけしがう~」
「え? 私の枡?」
「そう言えばジンは知らなかったな、華仙の枡は“茨木の百枡”と言ってな、鬼の秘宝の一つなんだよ」
それを聞いたジンは、だんだんと不満な表情をしていった。
「むぅ~、かちぇんだけするい! しょんなましゅをつかって~」
「え? 別にこれで注いでも美味しくはならないわよ?」
「まあ別に良いじゃないか、呑ませて上げなよ華仙」
「うーん・・・まあ、ちょっとだけなら」
「わーい♪」
そう言って、華仙は茨木の百枡をジンに手渡した。
ジンは嬉しそうにそれを受け取り、それを酒に注いでも呑み始める。
その様子を見て、萃香と勇義はニヤニヤと笑っていた。
「ん? 何よ?」
「いや~、だってねぇ?」
「ああ、そうだよねぇ?」
「ん?」
「気づかないのかい? これって、間接キスだよ」
「なあ!?」
ようやく気づいた華仙は、顔を真っ赤にして、萃香と勇義に抗議をする。
「あ、貴女達! 知っていてて!」
「まあまあ、そんな怒らない怒らない♪」
「そうだよ、間接じゃないか。私なんて、口移しをやっんだから」
「く、口移しですって!?」
「あははは♪ また顔が赤くなっているよ華仙」
「いやあ、懐かしいねぇ。こうして華仙を弄っていると、何だか昔に戻った気分だよ」
「あ、貴女達ねぇ・・・・・・」
からかわれた事に、華仙は怒りで益々顔を真っ赤にしていった。
すると突然、華仙の体が持ち上がる。
「キャア!? ジ、ジン!?」
「おお! ゆびでかちぇんがもちあがった!」
何とジンが、指一本で華仙の体を持ち上げていた。
華仙は直ぐに降ろすようにジンに言う。
「ジ、ジン! 今すぐ下ろしなさい!」
「はーい」
ジンは素直に華仙を下ろすと、子供のように無邪気に話始めた。
「これをのんでぃら、げんきがでたー♪」
「まあ鬼の秘宝だからね、呑めば一時的に怪力になるし、傷も癒えるんだよ」
「おおー! しょれはしゅごい! みんなにものまそー♪」
そう言って、ジンは枡を持って他の皆に酒を配りに行ってしまう。
それを見た華仙は、慌てて止めようとする。
「待ちなさいジン! それには副作用が―――」
「大丈夫だって、大量に呑まなければ大した副作用しか出ないよ」
「それはそうだけど・・・・・・」
「華仙は相変わらず心配性だねぇ」
「貴女達がが大雑把なのよ!」
その後、華仙はジンから枡を取り返すのだが、既に多数の人が呑んでしまった後であった。
そして、華仙の心配が的中してしまう事件が起きてしまうのであった。
―――――――――――
それから一週間後、華仙は久々に博麗神社に訪れていた。
(最後はここね、他の所も様子を見たけど、大した事は起きていなかったようだし、ここも大丈夫でしょ)
茨木の百枡で酒を呑めば、一時的な怪力と傷を癒せるのだが、副作用として性格が鬼のようになってしまう事があるのだ。
案の定、茨木の百枡で酒を呑んだ人達はしばらく、性格が凶暴になっていたらしい。
(今後は、枡を貸さないようにすれば、二度とあんな事は――――)
華仙は石段を登りきり、境内を見て唖然とした。
いつもなら参拝客がいる筈の境内には、一人も見当たらなかったからである。
そう、それはまるで一昔の神社に戻ったような感じである。
「こ、これは一体―――」
驚いていると、妖狐がやって来た。しかし、その顔に生気は無く、まるで死者のように青ざめていた。
「あ、華仙さん・・・・・・」
「貴女大丈夫? 一体何があったの?」
「ううっ・・・ジンさんが、ジンさんが・・・・・・」
「ジンがどうかしたの?」
「博麗神社を・・・出ていっちゃったんです~!」
妖狐は泣き叫ぶように、ジンが博麗神社を出て行った事を告げた。
話によると、花見の後、酒の副作用が案の定霊夢と妖狐に出てしまった事がわかった。
ジンは鬼の血を引いていた為か、副作用はまったく無かった。針妙丸はその酒を呑まなかった為、難を逃れていたようだ。
その後、安全の為に針妙丸をサニー達の家に預け、ジンは性格が豹変した二人の看護をしたらしい。
妖狐は数日後に元に戻ったが、霊夢はそれなりの量を呑んでいた為か、性格はしばらく戻らなかった。
「そして・・・悲劇が起きたんです」
その運命の日、その日は偶々妖狐が私用で出掛けており、家にはジンと霊夢の二人しかいなかった。
『悪いな霊夢、今日はお粥で我慢してくれ』
お粥しか作れないジンだが、霊夢に満足して貰おうと、最高傑作のお粥を霊夢に出した。しかし――――。
『こんなけったいなもん! 食えるか!』
霊夢はそう言って、お粥をジンに目掛けて投げつけてしまったのである。
「何てことを・・・・・・」
「私が駆けつけて来た時には既に、そのような状態に・・・・・・」
「ジンは大丈夫なの?」
「多分大丈夫だと思うんですが、その時のジンさんの顔―――――鬼になっていたんです」
妖狐の話によると、その時のジンは、酒も呑んでいない筈なのに、鬼の角を生やしていた。それも普段とは一回り大きい角を。そして、今まで見たこと無い程の怒りをあらわにしていた。
「その後、二人は今まで見たことの無い程口論し始めて、最終的にジンさんが出て行ってしまったんです・・・・・・」
「・・・・・・」
華仙は絶句してしまった。まさかこのような事になるとは、夢にまで思っていなかったからである。
「そ、それで? 霊夢はどうしているの?」
「正気に戻った後、自分の部屋から一歩も出ていません」
「わかったわ。後は私に任せて」
華仙はそう言って、霊夢の部屋へと向かい出した。
霊夢の部屋に到着すると、華仙は戸を叩き始める。
「霊夢いる?」
そう聞くが返事は無い、しかし部屋の中から確かに気配を感じる。
「霊夢、入るわ―――うっ」
部屋に入ると、中から酒の匂いが漂う。
部屋を見てみると、幾つもの空の酒瓶と酔い潰れていた霊夢の姿があった。
「なんだ・・・かしぇんしゃないの・・・・・・」
「何だって・・・貴女こそどうしたのよ? こんなに酒呑んで」
「べつにいいりゃない・・・・・・」
「良くないわ、そんな飲み方じゃ、体を壊すわよ」
「もう、ほうってりょいてよ・・・・・・」
「はあ・・・・・・喝!」
華仙がそう叫ぶと、先程まで堕落していた霊夢がピシッと正座をした。
「あのね霊夢、そんな事をしていても、ジンは戻って来ないわよ?」
「だって・・・どうせ戻って来ないわよ。私、あんな酷い事をしたんだもの・・・・・・」
霊夢は今まで見たことが無いくらいに、ションボリとしていた。そんな姿を見た華仙は、彼女にこう言った。
「安心なさい、ジンは私が連れ戻すわ。だから、貴女もしっかりしなさい」
「・・・・・・本当?」
「ええ本当よ、鬼――――いえ、仙人は嘘はつかないわ」
「・・・・・・ありがとう華仙」
霊夢は華仙の手を取りながら、彼女に深く感謝をするのであった。
霊夢を立ち直らせた華仙は、早速ジンを探そうとするのだが。
(さて、何処から探しにいこうかしら?)
ジンが行きそうな場所に、まったく心当たりがなかったのである。
(取り合えず、人里で聞き込みをしよう。もしかしたらジンを見ている人がいるのかも知れないし)
いきなり捜査に行き詰まった華仙だが、取り合えず人里に向かうことにした。
―――――――――――
人里に到着した華仙は早速聞き込みを開始するのだったが、いきなり有力情報を掴むのであった。
「え? 稗田の屋敷で働いている?」
「そうなんだよ。何でも博麗の巫女と喧嘩して、神社を追い出されたとかでな」
「は、はあ・・・ありがとうございます」
華仙は情報提供者に礼を言ってから、稗田の屋敷に向かう事にした。
屋敷に到着した華仙は、早速ジンについて聞いてみると、すんなりと会わせてくれた。
これなら早くジンを連れ戻す事が出来る。そう華仙は思った、しかし――――。
「悪いが、神社に戻るつもりは無い」
「え?」
予想外の返答に、華仙は戸惑いを隠せなかった。
「確かに、霊夢は貴方に酷い事をしたけど、それは枡のせいであって、彼女の本心ではないのよ」
「それは華仙の話でわかった。だからこそ、俺は神社に戻らない。いや、戻れない」
「それはどういう事?」
「・・・・・・発端を考えれば、俺が酔っぱらって華仙の枡を悪戯に使ってしまったのが原因なんだ。だから、霊夢に合わす顔が無い」
「・・・・・・」
自分の非を認めたジンに対して、華仙は何も言えなかった。
「教えてくれてありがとう華仙。霊夢にすまなかったと伝えてくれ」
「あ、まっ―――」
立ち去るジンを呼び止めようとしたが、何と言えばいいか分からず、華仙の言葉は止まり、そのまま見送ってしまった。
稗田の屋敷を後にした華仙は、どうすれば良いか悩みながら人里の中を歩いていた。
(どうしょう・・・まさかこんな事になるなんて・・・・・・)
真相を伝えれば、この件は丸く収まると思ったが、まったく収まらず、寧ろ事態が悪化したような感じである。
(彼の真面目さが、まさか裏目に出るなんて・・・一体どうせれば――――)
「おや? これはこれは、山の仙人じゃないか」
ふと、声を掛けられた。
声の方を見ると、そこには天邪鬼の正邪が立っていた。
華仙は直ぐ様警戒をする。
「・・・何の用かしら?」
「そんなに警戒しなくても良いじゃない。あんたにとっても損な話じゃないよ」
「生憎だけど、天邪鬼の話は聞かない主義なの。それじゃ」
そう言って、華仙は正邪を横切ろうとする。その時、正邪はボソッと呟いた。
「ジンを神社に連れ戻したいんだろう?」
その言葉に、華仙は思わず足を止めてしまう。すると正邪はニヤリと笑う。
「私に良い考えがあるんだけど・・・聞きたいか?」
「・・・何を企んでいるの?」
「さあね? それよりも、私の話を聞く気になった?」
挑発的な正邪の言葉に、華仙は益々睨みを効かせる。
「悪いけど、私は貴女が信用出来ないわ」
「まあ、信用出来ないのは百も承知だけど―――あんたじゃ無理だよ」
「なんですって?」
「こんな時、どうすれば良いか分からない。そうだろ?」
「貴女は分かるというの?」
華仙のその言葉に、正邪はニヤリと笑う。
「あんたよりは・・・ね」
「そこまで言うなら、貴女の口車に乗って上げるわ」
「そうこなくちゃ♪ それじゃ―――」
正邪は、自分の作戦を華仙に伝えるのであった。
―――――――――――
華仙が屋敷に訪れて数日後、ジンは買い物に市場にやって来ていた。
「えーと、確か・・・・・・」
ジンはメモを見ながら、頼まれた物を次々と買っていった。そんな時、正邪がニヤニヤとやって来た。
「おや? これはこれは、神社から逃げ出した腰抜けジンじゃないか」
「・・・・・・正邪か」
「反応わるいなぁ、もっと突っ掛かって来いよ」
「そんな気分じゃない」
「ふーん・・・そう言えば知っているか?」
「何が?」
「博麗の巫女が過労で倒れたって」
その言葉を聞いたジンは、頭が真っ白になった。
そんなジンにお構いなしに、正邪は言葉を続ける。
「誰かさんが逃げたせいで、負担が増えてしまったんだねぇ。まったく、薄情な奴だよなぁ?」
「霊夢・・・・・・」
「・・・・・・行ってやりな、行かないで後悔するのはお前なんだからな」
その言葉を聞いたジンは、一目散に走り出した。それを見た正邪は、頭をかきながら呟く。
「やれやれ、柄じゃない事をしたもんだよ・・・」
そう言って正邪は、何処かへと行ってしまった。
―――――――――――
ジンは全速力で神社に向かって走っていた。
その表情はとても必死で、止まったら死ぬとでもいう程であった。
(霊夢、すまない。俺の身勝手で・・・・・・)
後悔の念が、ジンをより一層神社へ急がした。
石段を登り、境内についたジンが見た光景は――――。
「え!? ジ、ジン!?」
普通に境内を掃除している霊夢の姿があった。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ!? そんな息を切らせて・・・・・・」
「はあ・・・はあ・・・そっちこそ・・・過労で倒れたって・・・・・・」
「は? 何のこと?」
「何だって・・・・・・確か正邪が――――」
そこでジンはようやく、正邪に騙された事に気づくのであった。
「あの・・・天邪鬼が・・・・・・」
ジンはヘタリと座り込んでしまうのであった。
そんなジンに、霊夢はこう言った。
「まったく、今まで何処に行っていたのよ?」
「え? えっと・・・・・・」
「散々心配したのよ。もう帰って来ないかと思ったし・・・・・・」
「・・・・・・悪い」
「・・・・・・私の方こそ、変になっていたとは言え、折角作って貰ったお粥を駄目にしちゃって・・・・・・ごめん」
「霊夢・・・・・・」
「お願いがあるんだけど・・・今夜の夕飯、お粥を作ってくれないかしら?」
「・・・・・・ああ、お安いご用だ」
ジンはそう言って笑い、霊夢も釣られて笑うのであった。
その様子を、物陰から見守る二つの影があった。
「な、上手くいっただろ?」
「ええ・・・意外とすんなりといけたわね・・・・・・」
「ああゆう輩は、何か切っ掛けがあれば、後はすんなりと行くもんだよ」
正邪はそう得意気に言った。
彼女の作戦とは、ジンに不安を煽らせ、自ら神社に向かわせる物であった。
案の定ジンは、正邪の言葉を信じ、神社に戻って来たのである。
「だけど、霊夢にあんな事を言う必要があったの? “ジンが戻って来たら、いつも通りに振る舞え”なんて」
華仙が正邪に頼まれたのは、霊夢の振る舞いについてであった。
正邪自身が言っても、警戒されるだけなので、華仙にそう言って貰うように頼んだのである。
「大有りさ、下手に謝罪とかすれば、ジンが余計な罪悪感を感じてしまうだろう? それで話が拗れたら最悪だよ」
「・・・・・・そこまで考えていたの?」
「まあね、失敗したら余計に面倒になるからねぇ」
そう言う正邪に、華仙は不信感を抱かずにいられなかった。
「・・・どうして、天邪鬼である貴女が人助けを?」
「別に人助けじゃないよ。ジンだから、今回だけ助け船を出しただけ」
「どういう事?」
華仙がそう聞くと、正邪は遠くを見ながら話始めた。
「自己嫌悪を抱いている時のアイツが、一番ムカついたからだよ」
「え?」
「自己嫌悪を抱いているジンは、色んな悪意を自分の内に抱えてしまうんだよ。
どんな悪態も、どんな悪意も肯定して内に仕舞う。まるで“全てにおいて自分が悪い”とでも思っているかのようにさ」
「確かに、時々そのような感じがあるわね」
「だからむかつくんだよ。私以上に自分を嫌っているアイツが。
だからひっくり返してやるんだよ。“お前が一番嫌っているのは、この鬼人正邪”だって」
「そんな理由で・・・・・・」
「私にとって一番重要なんだよ。
まあ、助けるのは今回だけだけどね」
そう言って、正邪は何処かへと去って行ってしまった。
そんな正邪に、華仙はこう呟く。
「“可愛さ余って憎さ百倍”という言葉があるけど、彼女の場合、“憎い憎いは可愛いの裏”みたいね」
誰に聞かせる訳でも無く、華仙は正邪の後ろ姿を見て、そう呟いた。
本作の華仙と萃香と勇儀の関係ですが、華仙は山の四天王の中では末っ子で、萃香と勇儀にいつもからかわれているイメージで書いています。
ところで、山の四天王の最後の一人はいつでるんでしょうね?