雪が溶け始め、もうじき春が訪れようとしていた。
そんなある日、ジンは寺子屋の帰り、奇妙な少女を見掛ける。
(ん? なんだろうあの子・・・・・・)
帽子にフリルをあしらった可愛らしい洋服。一言で言うと少女らしい服装である。そして胸の辺りには、目らしき物がついていた。それは以前出会った、地霊殿の主であるさとりにあった物と同じ物である気が付く。ただ、その瞳は閉じられていた。
(もしかして、さとりの関係者か? でも、なんで人里なんか――――)
そんな事を考えていると、少女は小石につまづいて転んでしまった。それを見たジンは放っておけず、彼女の元に歩み寄る。
「いたた・・・・・・擦りむいちゃった・・・・・・」
「おい大丈夫か?」
「え!?」
「ん?」
少女に声を掛けると、少女は心底驚いている様子で、ジンに問い返した。
「私の事見えるの?」
「見えるって、見えなきゃ声を掛けないだろ」
「それはそうだけど・・・・・・」
「ほら、擦りむいた所を見せな」
「う、うん・・・・・・」
少女は戸惑いながらも、ジンに傷の場所を見せる。
「先ずは砂を洗い落とさないとな。水獸」
ジンは水獸を呼び出し、少女の傷口を洗い落とし、持っていたハンカチを破りそれを傷口に巻く。
「取り敢えず、応急処置だ。近くに寺子屋があるから、そこでちゃんと手当てをしよう。歩けるか?」
「う、うん・・・・・・」
ジンは少女に手を差し出し、助け起こす。そしてそのまま寺子屋へ向かった。
―――――――――――
寺子屋に到着したジンと少女。放課後のせいもあるのか、生徒の数は少なかった。
ジンは少女を教室で待たせ、寺子屋にある薬箱を持って、少女の元に戻って来た。
「待たせたな」
ジンはハンカチを取ると、傷口に消毒液を塗り始める。
「痛っ!」
「悪いが、少し我慢してくれ」
そう言ってジンは治療を続けた。
傷の治療を終えると、少女は満面の笑顔でジンに御礼を言った。
「ありがとう! え~と・・・・・・」
「俺はジンだ」
「ありがとうジン! 私はこいし。古明地こいしだよ」
「古明地って・・・さとりの親類縁者か?」
「うん、さとりは私のお姉ちゃん。ジンはお姉ちゃんの事を知っているの?」
「まあ、何度か会ってはいるな」
「そうなんだ。ところで、気になる事があるんだけど・・・・・・」
「気になる事?」
「どうしてジンは、“私を認識出来たの”?」
そう言ったこいしの様子は、何処かジンを警戒しているようであった。対するジンは、彼女の質問の意図がまったく読めていなかった。
「すまん、質問の意味がわからないのだが」
「ああごめん、その前に私の能力の事を説明するね。
私の能力は、“無意識を操る”能力なの」
「無意識を?」
「そう、それを使って周囲の人に“認識されない”ようにしていたから、ジンが私を認識出来ているのが不思議だったの。まあ、多少は例外があるんだけどね」
彼女の話によると、無意識を操る事で、意識にある認識を阻害しているとの事である。それ故に、視界に映っていても、認識出来ないので姿を見る事が出来ないのである。
「なるほど、だから俺がこいしの事を認識出来た事が不思議だった訳か」
「そうだよ。境界を操る妖怪や、小さい子供なら多少認識出来るけど、ジンはそのどっちでも無いよね?」
「ああ、そんな能力は無いし、子供って歳でもない。まあ、“軌跡を視る”事は出来るが」
「軌跡?」
「そう、この世界で動くものには、例外なく軌跡が刻まれる。俺はその過去に刻まれたの軌跡と、未来へと進む軌跡を視る事が出来るんだ」
「つまり・・・どういう事?」
「まあ、簡単に言うと、限定的な過去視と未来視が出来るって事だ」
「なるほど、それならわかりやすい♪ もしかしたら、私を認識出来たのはその能力のおかげかも知れないね」
「そうかも知れないな」
「さてと、疑問も解けた事だし、私はもう行くね」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。だって、誰も私を“認識出来ない”から」
その言葉に、ジンの胸が深く刺さった。誰も認識出来ないというのは、いないのと同じである。それはとても辛いものであると、ジンは考えていた。
「・・・・・・辛くは無いのか?」
そうこいしに尋ねると、彼女は屈託の無い笑顔で答えた。
「全然♪ 心を読むよりはマシだよ」
「心を読む?」
「うん。私も前は、お姉ちゃんと同じに心を読めたけど、読んでも落ち込むだけだから、第三の目を閉じちゃった」
そう言って、胸にある閉じた目を見せる。以前聞いた話によると、この目で対象の心を読む事が出来るらしい。つまり、彼女は目を閉じ程の事を体験したという事である。そう思うと、ジンの胸は張り裂けそうになった。
「さあてと、私はそろそろ行くね。傷を手当てしてくれてありがとう♪」
こいしはそう言うと、そのまま教室を出ていった。ジンはただそれを見送る事しか出来なかった。
―――――――――――
こいしと別れたジンは、買い物を済ませてから、人里を出て、神社に続く野道を歩いていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
誰かにつけられている気配がする。それもかなり近くである。ジンは直ぐ様後ろを振り返る。
「うわ!?」
「・・・・・・」
そこにいたのはこいしであった。彼女はジンが振り返った事に驚いたが、直ぐ様いつもの笑みを浮かべる。どうやら、彼女は自分が見つかっていないと思っているようである。ジンは、彼女に声を掛ける事にした。
「何をしているんだこいし?」
「うわ!?」
声を掛けられた事に驚くこいし。どうやら能力を使っていたらしい。
「あー、ビックリした。もう、声を掛ける時、一言声を掛けてよ」
「だからこうして、声を掛けたんだろ」
「あ、それもそうか」
「まあ良い。それよりも、俺に何か用か?」
そう尋ねると、こいしは笑顔で答えた。
「ううん、特に無いよ」
「無いのに俺をつけたのか?」
「まあそうなんだけど、少し試したくなって」
「試す?」
「ジンが本当に私を認識出来るのかを。あの時はまぐれだったかどうかを」
こいしはジン程、自分を認識してくれた人物に出会った事は無かった。それ故に、彼が本当に自分を認識してくれているのか試したくなったという。それは期待と不安から来た行動であった。
「それで、今回はどうだ?」
ジンがそう尋ねると、こいしは満面の笑顔で答える。
「合格だよ♪ 本当、ここまで私を認識出来る人は初めてだよ」
「それは光栄だな」
そんな時、こいしのお腹の音が鳴り響く。彼女は恥ずかしそう笑う。
「あはは・・・・・・」
「お腹空いているのか?」
「う、うん・・・・・・」
「それならうちで食べるか? 霊夢に頼めば食べさせてくれるかも知れない」
「え? ジンって、博麗神社に住んでいたの?」
「まあな、住み込みで働いている」
「そうなんだ、それじゃお邪魔しようかな」
「ああ、歓迎するよ」
ジンはそう言って手を差し出すと、こいしは笑顔でその手を取った。
―――――――――――
こいしを連れて神社に戻って来たジンは、霊夢に事情を説明しようとするのだが――――。
「――――そんな訳で、こいしを連れて来たんだが・・・・・・」
「こんにちはー♪」
こいしはいつも通りの笑顔で言うが、霊夢は特に気にしている様ではなかった。
「別に構わないわよ」
「へ?」
「ほら、さっさと上がりなさい。すぐ用意するから」
そう言って、ジンから食材を受け取ると、霊夢は台所にさっさと行ってしまった。しかしジンは、そんな霊夢に違和感を感じていた。
「おかしいな・・・いつもならタメ息の一つや、呆れてくるんだが・・・・・・」
「ああ、多分私の能力のせいだと思う。多分霊夢には、私が小石みたいに気にならなくなっている状態だから」
「小石みたいって・・・いくら例えでも、そんな事を言うんじゃない」
「え?」
「こいしはちゃんとここにいる。そんな自分がいない風な事は言わないで欲しい」
ジンはとても悲しそうに言った。その表情を見たこいしは、戸惑いながら頷いた。
「う、うん、ごめんねジン・・・・・・」
「いや、謝る事は無いさ。ただ、そんな悲しい事は言わないで欲しい」
「うん、もう言わない。約束するね」
「ああ、約束だ」
二人は指切りをして、約束を交わすのであった。
その後、こいしを交えて晩御飯を食べていた。
いつものような団欒としてはいるのだが、やはりこいしの存在は認識されていないような感じであった。
(このままじゃいけないな・・・・・・)
そう思ったジンは、こいしに話題を振る事にした。
「ところでこいし、地霊殿で見かけなかったけど、いつも何処にいるんだ?」
「何処って・・・わかんない♪」
「わからないって・・・・・・」
「私自身も、無意識で動くから、気づいたら知らない場所にいたりするのが、しょっちゅうだから」
「・・・・・・大丈夫なのかそれ?」
「大丈夫大丈夫♪」
こいしは相変わらず、笑顔を絶やさず答えた。
その後もジンは、こいしをどうにか会話に入れさせようとしたが、あまり認識されなかった。
―――――――――――
日は完全に沈み、夜が訪れた。
いくら妖怪であっても、少女を夜に放り出す事に抵抗を感じたジンは、こいしを一晩泊まらす事にした。
因みに霊夢達は気にも止めてはいなかったので、あっさりと承諾した。
そして、皆が寝静まった深夜。ジンの襖が開く音がした。
(ん? またか・・・・・・)
襖の音で目を冷ましたジンは、また正邪が悪戯しに来たと考え、迎え撃つ事にした。
(今回は手荒くさせて貰うからな)
足音がゆっくりと近づく。侵入者の足が、ジンの布団を踏んだ瞬間、ジンは動いた。
(今だ!)
ジンは素早く侵入者を足払いを放ち、声を出す暇も与えず口と体を抑え込む。
「いい加減に―――」
「むごご・・・・・・」
「こ、こいし? 何でここに?」
抑え込んだ相手は正邪ではなく、こいしであった。
「むごー!」
「あ、悪い」
ジンは慌てて拘束を解くと、案の定こいしは不機嫌そうであった。
「もう! いきなり酷いよジン!」
「わ、悪い、てっきり正邪の奴が悪戯を仕掛けて来たかと思って・・・・・・」
「正邪って、あの天邪鬼?」
「ああ、時々部屋に入って来て悪戯するんだよ。おかげでおちおち寝れやしない」
「ふーん・・・・・・」
「ところで、こいしはどうしてここに?」
「ん? 私? 私はね、ジンの布団に潜り込みにきたの♪」
「お前もか・・・・・・」
目的が正邪と同じだった事に、ジンは少しため息つく。
「もしかして、迷惑だった?」
「いや。何もしないのなら、添い寝ぐらいなら構わない。さっきの御詫びもあるからな」
「やったー♪」
こいしは嬉しそうにジンの布団に潜り込み、ジンに抱きついた。
「あったかーい♪」
「そうか」
「それに、なんだか安心するね♪」
「人肌の体温は、割りと安心を感じるからな。俺も、怖い夢を見た時や、不安な時はよく、こうして母親と一緒に寝たもんだ」
「ジンも、こういう事をしたの?」
「子供の頃の話だよ。まあ、その母親はもういないけどな」
そう言ったジンの表情は、とても悲しそうであった。
するとこいしは、抱きつくのをやめ。体の位置を変えて、ジンの頭を自分の胸に寄せた。
「こいし?」
「よくわからないけど、ジンの悲しそう顔を見たら、こうしたくなった」
「そうか・・・優しいんだなこいしは」
「そうなのかな?」
「そうだよ。例えそれが無意識の行動であっても、こいしの心が、本能がそうしたいと思ったんだから。それは間違いなく、こいしの優しいさだ」
「そっか、そう言われると嬉しい♪」
こいしは嬉しそうに微笑んだ。
そして二人は、しばらく他愛の無い話をするが、やがて眠りに落ちて行った。
―――――――――――
翌朝。ジンはこいしを見送る為に、境内にいた。
「大丈夫か一人で?」
「うん♪ 心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから」
こいしは笑顔で答える。その笑顔に、ジンもつられて微笑む。
「そうか。じゃあ気をつけてな」
「うん。じゃあねジン」
そう言って、こいしは石段を降り始めた。その様子を見ながら、ジンは大声でこいしに叫んだ。
「また来いよー! いつでも歓迎するからなー!」
それを聞いたこいしは、手を振って応えた。
こいしの姿が見えなくなるまで境内にいると、霊夢がやって来た。
「ちょっとジン。何か叫んでいたけど、誰か来たの?」
「・・・・・・ああ、友達が来てたんだよ」
そう呟くと、ジンは空を見上げた。
快晴の空、もうじき春が芽吹く。
この青空の下、こいしはこの幻想郷の何処かをさすらっているのだろうと、ジンは思うのであった。
ジンの能力ですが、例えを用いて説明します。
先ずは、未来の軌跡を視る方ですが、コードギアスR2のビスマルクのギアスと同じ、極近未来を読む力です。これによって、相手の動きや攻撃を読めるのですが、あまり本作では使っていません・・・・。
次に、過去の軌跡を視る方ですが、これはジョジョのアバッキオのムーディーブルースみたいな感じに、その場で起きた事を見ることが出来ます。ただし、あくまで視れるのは一日分と音声は聞き取れないので、会話を知りたい場合は読唇術が必須です。
他にも、わかりづらかった事があれば、感想に書いてください。出来るだけ答えます。