夕暮れのグラウンドを、無限軌道の摩擦音とエンジン音が轟く。
普通の人なら騒々しく思うだけだろうが、私にとって軽快に聞こえるそれは、独特なシルエット──アヒルにも見える軽戦車、八九式軽戦車の放つものだ。
赤いプラスチックのコーンの間を、掠めるようにスラロームする車体。
設定されたコースを走り終えた八九式は、ストップウォッチを持つ私の前で止まる。
カウントを止めて間もなく、車体前方のハッチからポニーテールの後輩──アヒルさんチームの操縦手である河西 忍が顔を出した。
「冷泉先輩、どうでしたかっ?」
「……ん。良い感じだ。前より確実にタイムが短くなっている」
「やったな河西! 冷泉さんに褒められるなんて、成長した証だ!」
「はい、キャプテン!」
キューポラから顔を出した車長、磯辺 典子さんに褒められ、河西は喜色満面に頷く。
私は今、放課後をアヒルさんチームの自主練に費やしている。
決勝戦でも見事な囮を務めた彼女たちだが、根がスポーツウーマンであるからか、ほぼ毎日のように自主練を繰り返しているのだ。
流石に動かし過ぎると燃料費が馬鹿にならないため、監督役として私が居るのだが。
別に頼まれた訳ではないのだけれど、これからも戦車道を続けるなら、こういう事だって必要だしな。
「今日はここまでにしよう。戦車、片付けておけ」
「あれ? もー帰っちゃうんですか?」
「いつもだったら、むしろこれから元気になるのに?」
時計を確かめ、練習の終了を告げると、河西の横から赤ハチマキ少女の近藤 妙子が。磯辺さんの背後から、ヘアバンド少女の佐々木あけびが出てきた。通信手と砲手だ。
確かに夜は私の時間。日が落ちるに連れ、眼と頭が冴え渡り、体のキレも段違いになる。そんな私が早めに上がるのを不思議がっているのだろう。
戦車道の試合が全部夜間だったなら、素晴らしいポテンシャルを発揮できるという自負があった。まぁ、一人が絶好調でも、チームワークを乱したら意味無いのだが。
「約束がある。悪いな」
「約束……。冷泉さん、もしかしてデート!?」
磯辺さんの声に、立ち去ろうとした脚がもつれる。
バレーに生きバレーに死す、とまで言いそうな彼女の口から、色恋の話題が出たのも驚きだが、当たらずとも遠からずだったからだ。
けれど、それをこの場で肯定するわけにはいかず、私は平静を装って振り向く。
「ただ早く帰ろうとしただけで、どうしてそうなるんだ」
「だってぇ、最近のあんこうチームの先輩方、ビックリするほどリア充じゃないですか」
「武部先輩にはライカさん。五十鈴先輩には若さん。それに西住隊長も、最近はよく男子と一緒に居ますよね」
「こーなったら、冷泉先輩もそーなんじゃないか、って思っちゃいますよ! やっぱり!」
代わりに返事をしたのは、佐々木、河西、近藤の三人。
……反論できん。どうしたものか。
沙織と華はさて置き、西住隊長は来年の戦車道履修者を増やすため、無理やりポスターモデルをやらされているだけなのだが、描き手が男子生徒だから、興味津々なのだろう。
秋山さんは名前が挙がっていないので問題無いけれど、私は……。
「黙秘する。さらば」
「あっ、冷泉さんが逃げた!」
「怪しい、やっぱり怪しいですよぉ、キャプテン!」
「どうしましょう。八九式で追います?」
「たぶん先輩たちに怒られるだろーし、止めといた方がいーと思うなー」
言い訳するのも面倒で、私は脱兎の如くその場から逃げ出す。
河西とかが危うい発言をしていたようだが、近藤がストッパーになってくれているなら大丈夫だと思われる。
グラウンドの隅に、バレー部のと纏めて置いておいた鞄などを回収し、急ぎ足で向かうのは、ついこの間も待ち合わせに使った公園。
見慣れたオレンジ色の景色の中、まだ見慣れない大きな背中が、ベンチに腰掛けているのが見えた。
「待ったか、先輩」
「……少し」
回り込むようにして声をかけると、その人──辻助け先輩は、不承不承といった表情で返す。
「一応彼氏なんだ。こういう時は、嘘でも“今来た所”とか言うべきじゃないか?」
「抵抗のつもり、なんだけど」
「諦めが悪いな」
「おかげさまで」
立ち上がった先輩と並び歩きつつ、喧嘩のようにも聞こえるだろう、遠慮の無いやり取りをする私達。
先輩にお婆を助けてもらってから、一週間と少し。私達は世間で言う所の、恋人関係になっていた。
と言っても、本気で付き合っている訳ではなく、ある目的のために恋人関係を装っているだけなのだが。
そう。全ては一昨日の日曜日。連絡船で大洗へと舞い戻った日に始まったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
晴れ渡る空。
燦々と、陽光が一直線に降り注ぎ、人々が昼食を摂り始める頃合い。
水色のワンピースと麦わら帽子姿の私は、欠伸を噛み殺しつつ、実家へと向かっていた。
歩き慣れた道のりは、しかし先輩という同伴者の存在で、妙に新鮮さを感じる。
が、洒落てはいても似合わない日傘を差す彼は、どこか不安そうな表情を浮かべていて。
「……冷泉さん。本当に行くんですか」
「麻子と呼べ、先輩。お婆は疑り深いからな、少しでもボロが出たらバレる」
「むしろバレた方が、自分は助かるんですが」
「男なら覚悟を決めろ。あの時“はい”と言っただろうに」
「あれは、正気ですかという意味合いを込めた“はい?”で……」
「正気の本気でマジだ。敬語も駄目だからな。頼んだぞ」
「……はぁ」
溜め息とも、嫌々ながらの了承とも取れる返事をし、先輩は私の半歩後ろを歩く。
少しだけ近い距離感は、私の体を日傘の下へ収めようとしているからだろう。
帽子を被ってるんだから、そこまでしてくれなくても良いのだが、正直に言うと助かる。海辺の町だから少しはマシだが、本当に今年は暑いからな……。
そうこうしている内に、目的地である実家が見えてきた。
背の低い生け垣の向こう。木造一階建ての平屋は、風が上手く通り抜けるように設計されていて、クーラー無しでも涼むことが出来のが自慢だ。
いよいよ、か。
先輩へはああ言ったが、私もお婆に嘘をつくのは初めてに近い。ちょっと緊張する。
「やっぱり、やめませんか。こんなの良くないです」
斜め後ろを見上げれば、ぬぼーっとしていながら、わずかに強張った先輩の顔。
気が引けて当然かも知れない。
お婆に信頼してもらう為に、恋人が出来たと嘘をつく。そんな、バカみたいな事の片棒を担がされるのだから。
だがもう、後戻りは出来ないのだ。
……いやいや。戻ろうと思えば幾らでも戻れるけれど、それでは何時になったらお婆の世話を任せて貰えるか。
将来的な介護を考えれば、早めに慣れておくに越した事はないのである。
「私は覚悟を決めてある。どうしても無理なら、先輩はここまでで良いぞ。後で口裏さえ合わせて貰えれば大丈夫だ」
「………………」
私は、あえて前を向いたまま言った。
帰られたって、別に恨んだりしない。もともと無茶な頼みだったし、諦めもつく。
が、後ろに立ち続ける大きな気配は、着かず離れず、変わらない距離を保っている。
どうやら、先輩の方が先に説得を諦めたらしい。
その気配を頼もしく感じながら、二人、連れ立って玄関へ向かい、昔ながらの引き戸を開ける。
ただいま、と声を掛ければ、待っていてくれたのだろう、お婆がすぐに顔を出した。
「ん、お帰り。……うん? そっちの子は……」
「お久しぶりです」
いつも通りに出迎えてくれるお婆だったが、先輩の姿を確認し、首をかしげる。
そして、段々と眉毛の角度を上げ……。
「麻子! 連れてくるなら連れてくるって、どうして先に連絡よこさないんだい!? これじゃあ持て成しも何も出来ないじゃないか!」
「ごめん、悪かったから、玄関で怒鳴らないで。血圧上がる」
「誰のせいだと思ってんだい! ……とにかく入りなっ。麦茶でも淹れるからっ」
これまたいつも通りに、元気の良い怒鳴り声を上げた。
驚かせて判断力を鈍らせる作戦とはいえ、やっぱりお婆の声は頭に響く。
先輩もちょっと……かなりビックリしたようで、目を大きく見開いている。
とりあえず、奥の台所へ引っ込んでしまったお婆の代わりに、先輩を先導して居間に。
ちゃぶ台の定位置へ座ると、先輩は挙動不審となりつつ、微妙な距離を置いて私の隣へ。
そのタイミングでお婆が舞い戻り、麦茶の入ったコップが三人分、ちゃぶ台に置かれる。
意外にも、会話の口火を切ったのは先輩だった。
「煮物、ありがとうございました。美味しかったです」
「そうかい? 最近の若い子は、ああいうの嫌いなんじゃないのかい?」
「いえ。自分は好きです」
「……物好きだねぇ」
冷えた麦茶を一口含み、お婆がそっぽを向いてしまう。照れているのだ。
先輩も分かっているらしく、穏やかな笑みを浮かべていた。
爽やかな風が居間を通り抜け、風鈴の音が更なる涼をもたらす。
うん。実家はいい。落ち着くな……。
「あんた、今日は時間あるのかい。あるなら夕飯食べて行きな。一応は礼をしとかないと、据わりが悪いしね」
「お婆……。もう少し言い方って物が」
「自分は気にしてない、から。ご馳走になります」
「ん。そうしな」
先輩の返事を聞くと、お婆は目に見えて上機嫌となり、「冷蔵庫に何があったかねぇ」なんて呟く。さっそく献立を考え始めたようだ。
困っているようで、しかし楽しそうに見えるのも、間違いではないだろう。
ところが、そんな表情を引き出した張本人である先輩は、喉に魚の骨でも刺さったような顔をして。
(麻子、さん。やっぱり心苦しいんだけど)
(さん付けも禁止だ。仕方ないだろう、お婆に安心して貰う為だ。本人が言った事だからな。私に恋人が出来たら、信頼してくれると)
(信頼は、嘘で勝ち取るものではない、と思う)
(うぐ。……正論だが、世の中は正論だけでは成り立たないんだ。時には邪道が正道になる場合もある)
(それは単なる論点のすり替えじゃ……?)
(男の癖に細かいな)
(男女平等。ただし性差は考慮すべき……というのが、持論です)
ススス、と距離を詰めた先輩が、お婆には聞こえない程度の声で苦情を申し立ててくる。
分かっていた事だけれど、先輩もかなり頭が回るな。沙織くらいならこれで誤魔化せるのに、厄介だ。
「あんた達、さっきから何やってんだい。なんか言いたい事でもあるのかい?」
「え、ええ。まぁ……」
内緒話していた私達を、お婆が訝しんでいる。
しまった。いつの間にか集中してしまっていた。ここで怪しまれるのはマズいな。
……こうなったら、さっさと本題に入ろう。
「お婆。私は先輩と付き合う事にした」
「は……?」
ぽかん、とお婆の口が開かれた。
先輩は「なんて事をっ」的な眼で私を見るが、お婆の視線がそちらへ滑ると、慌てて表情を整える。
そして、深く深く呼吸した彼は、ちゃぶ台から少し離れ……。
「……今日は、ご挨拶に伺いました。どうか、麻子……ちゃんと、正式にお付き合い、させて下さい」
畳に手ををつき、深々と頭を下げたのだった。
お婆の口が、顎が外れるんじゃないかと思うほどに、開かれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いやはや。あの時のお婆の顔は見物だったな。写真に撮っておきたかったくらいだ……と、過去を振り返りつつ、私は先輩を先導して歩き続けている。
まぁ、本当に大変だったのは、その後だったのだが。
何を血迷ったのか、父と母の仏壇に手を合わせに行ったり、追加の買い物に行こうと財布を持ち出したり。
引きとめようとしても、お婆は「赤飯を、赤飯を炊かないと!」なんて暴走しっ放しで。
結局、三人で買い物に行く事になって、帰って来てからも三人で夕飯を作り。
久々に忙しいというか、騒がしい帰省になった。赤飯を取りやめて作った散らし寿司は絶品だったので、それは良かったが。
と言いながら、新たな問題も発生してしまったし、悩ましい。
「全く、お婆は本当に疑り深い……。OKする代わりに、恋人っぽい事してる写メを要求されるとは」
「あの時点で、謝っておけば良かったのに」
「そんなこと出来るわけないだろう! 嘘だってバレたらお尻叩かれる……」
付き合いを認めてくれはしたお婆だが、私がキチンと恋人らしく振る舞えるか不安なようで、デートなりなんなりをしている時に、写メを送るよう義務付けられてしまったのである。
もしかしたら、私の考えなんて全部お見通しで、さっさと根を上げるように仕向けられた可能性も……万に一つであり得る、か?
なんにせよ、この関係が偽物であるとバレた場合、尻を二十~三十回くらい叩かれるだろう。百叩きじゃない所が現実的だ。
子供の頃、両親が居ない事を馬鹿にしてきた男子へと、口では言えないあんな事やそんな事をして、トラウマを植え付けた時に仕置きとしてやられたきりだが、あれは、痛い。そして恥ずかしい。二度とゴメンだ。
「とにかく、もう先輩も共犯者だ。付き合って貰わないと困る」
「……はぁ」
微妙に疼くお尻を庇いつつ先輩を見上げれば、ボンヤリとした顔が曖昧に頷き返す。
納得なんてしてないけれど、尻叩きは可哀想だから付き合います──といった所だろう。
先に言った通り、私達は共犯者。場合によっては先輩にだって累が及ぶ可能性だってあるんだから、もうちょっと危機感を覚えて欲しいものだが、協力してくれるなら良いか。
「で、何をすれば……?」
「具体的な事は、沙織を参考にしようと思う」
「……ああ。ライカの」
「ん」
先輩からの問いに、私は自信満々で頷く。彼も納得したようだ。
いまや、校内でも知らぬ者は居ないバカップルであるあの二人。
聞きたくもないのに沙織の方から、今日はどうする、明日は何をしよう、昨日はこうだった……と話してくるので、カップルの行いそうな事は把握できている。
というか、本当に男子分校内部にまで浸透しているんだな、ライカという呼び方。そのうち、蛇道のコールサインとかにも使われそうだ。
それはさて置き。目下の行動方針が定まったと同時に、繁華街へと足を進めた私達だったが、しかし、納得顏だった先輩は、眉を不安そうに歪めた。
「……難易度、高くない?」
「私もそう思ったが、何も完全再現する必要はない。私達でも可能な、低難度の行動をクリアしていこう」
「具体的には……?」
「あれだ」
訝しげな先輩に、私は行きつけの店──74アイスクリームを指差した。
偽カップルが、他所でやれと言いたくなるバカップルの行動を真似る。
確かに難易度が高いし、トレースしようとしたら、全身を掻き毟りたくなること請け合いだ。
けれども、この世に同じ人間が二人と居ないように、恋人関係にだって個人差は出て当然。
ほどほどに恋人っぽい行動を取り、ほどほどに仲良くしている写真を撮りさえすれば良いのだ。ハードルはむしろ低い。
「私は無類のスイーツ好きなんだが、先輩は甘い物、苦手か?」
「好きです。大好きです」
「二度言うほどか……。なら丁度良い。行こう」
念のために確認してみたのだが、返事は食い気味だった。
心無しか、瞳の奥がキラキラと輝いているようにも……?
まぁ、好きだというなら問題無し。私達は早速、ほんのり甘いフレーバーの漂う店内へと踏み入る。
相変わらず、女子高生やカップルで賑わっているな。
「先輩は何にする?」
「……初めてなので、お勧めがあれば」
「甘い物好きなのに、初めてなのか?」
「入り辛くて……」
いつものようにメニューを品定めする私と違い、先輩は妙に縮こまっているというか、肩身が狭そうだった。
……それもそうか。女子高生やカップルが常時たむろしている店に、男一人で入るのは、ある意味、銃弾に身を晒すよりも勇気が必要だろう。
ライカなら平然と入りそうだが、先輩はどう見てもそういうタイプじゃないし。仕方ないか。
とりあえず、無難かつオーソドックスなバニラ、ストロベリー、チョコチップのトリプルを先輩に勧め、私はメープル、ラムレーズン、スイートポテトのトリプルをカップで注文した。
そして、二人並んで窓際の席に陣取る。
「まずは普通に食べよう」
「……頂きます」
「頂きます」
せせこましく先輩が手を合わせ、私も同じように。
やけに小さく見えるスプーンでアイスをすくった彼は、なんとも幸せそうにそれを頬張った。といっても、傍目にはそう見えないが。
なにせ、2m近い身長の男が、窮屈そうに背中を丸めつつ、無言で目を細めているのだ。多少なりとも付き合いがないと、すこぶる不機嫌そうに見えてしまうだろう。
良い人なのだけれど、少し外見で損をしているな。
さて。人物観察はこの位にしよう。
本当なら何も考えず、一心不乱にアイスを堪能したいが、そうもいかないのだから。
「で、恋人っぽい行動だが。沙織いわく、買い食いでシェアするのは基本だそうだ」
「シェア……。半分こ?」
「ん」
えー、沙織曰く。
好きな人と違う物を注文してシェアするのって、すっごく楽しいよ?
相手の好きな物が分かるし、自分の好きな物も分かって貰えるし、何より、さり気なく……か、間接キッスとか出来ちゃうし!
きゃー麻子ったら何言わせるのよーやだもー!
……だ、そうな。
お前が勝手に喋り始めたんだろう、と言いたかったが、言ったところで何も変わらなさそうだったので、止めておいた。
以前の妄想系残念少女だった頃なら疑わしかったが、ライカという恋人をゲットした今ならば、一応は信用に足る情報であろう。
そうでなければ、私の苦労が水の泡という事になる。
「という訳で、一口貰うぞ。私のも食べて良いから」
「……はぁ」
合点がいったようでいて、どこか腑に落ちていなさそうな先輩だったが、私はあえてそれを無視。やや強引にアイスを貰った。間接キスとか気にしないしな。
うむ。やはり定番だけあって安定した美味しさだ。
というか、こうすることを見越して、私の食べたいフレーバーをお勧めしたのだ。流石に六つも食べるとお腹が冷えるけれど、半分ずつなら平気だろう。騙して悪いが、このくらいの役得はあっていいと思う。
もちろん、貰いっ放しではない。先輩のトリプルを堪能した後は、私も自分のカップを差し出す。
いくらか戸惑っている様子だったけれど、甘い物好きなのは本当らしく、やがてメープルにスプーンが突き立てられた。
「うん、こっちも美味い」
「だろう? 他にも期間限定のとかがあるから、気後れせずに来るといい」
「……頑張って、みるよ」
続いてラムレーズン、スイートポテトのフレーバーを頬張りながら、先輩は再びの来店を決意したようだ。
それからは、ごく普通に感想を話しながらアイスを食べ、あっという間に時間が過ぎた。やはり、幸せな時間は短く感じるな。
もっと味わいたい所だが、追加注文するには財布が厳しい。自分で稼いだお金じゃないんだから、無駄遣いは厳禁である。
バイトするにも夜間じゃないと失敗するだろうし、そもそも高校生に夜間の仕事は無理。ままならないものだ。
と、名残惜しく最後の一口を頬張った私へ、先輩が話を振ってきた。
「所で、麻子ちゃん」
「なんだ、先輩」
「……写メは? うっかり、食べ終えてしまったんだけど」
「あ」
言われて、空っぽになったカップを見つめる。見れば、先輩のカップも同様で。
なんという事だ。美味しくて普通に完食してしまったぞ……。
おのれ74アイスクリーム! いや、普通に私が悪いんだけども。
こうなったら追加注文を……と思ったが、先ほど言ったように財布が厳しいし、甘い物に関係すると私の思考はちょっとばかり緩む。
ひょっとすると二の轍を踏むかも知れないから、場所を変えた方が良さそうだ。
「仕方がない……。どこか、ゲーセンでプリクラでも撮るか」
「げ、ゲーセン……!?」
空きカップ片手に、私は重い腰を上げたのだが、何故だか先輩は、驚愕の眼差しでこちらを見上げ──て、ないな。見下ろしていた。
立ってるのに座った人よりも背が低いとか、少し悲しくなってくる。
けれど、問題点はそこじゃない。ゲームセンターへ行くだけだというのに、先輩が躊躇している事だ。
色んな意味で豪胆な彼が、たかがゲーセンごときに及び腰になるとは。
ここと違って、男子学生が居てもおかしくない場所だろうし。予想外の反応だな。
「どうかしたか。何か不都合でも?」
「ゲーセンって、不良の行く場所じゃ……」
「いつの時代の話だ。今はそんな事ない。誰でも普通に行く場所だぞ。まぁ、厳しい学校なら校則で禁止しているだろうが、うちは違うしな」
「……そう、なんだ」
何か重大な理由でもあるのかと思えば、なんの事はない。ただ単に、変な固定観念があるだけだった。
つくづく、変わった人だ。
見知らぬ他人のため、いとも容易く身を投げ出し、甘い物が好物で、ゲーセンに苦手意識を持つ。
古風、というのとは違う気がする。お婆は硬派と評したけれど、実際にはスイーツ男子だし。掴み所がない。
勢いで偽の恋人役を頼んだだけだったが、少しだけ、興味深く思えてきた。
74アイスクリームから出て、今度はゲームセンターへと足を向ける私達。
確かこの前、新しい筐体が入ったとクラスメイトが話していた。
携帯にもテザリング機能で直接画像を保存できるみたいだから、お婆への証明写真として使えるだろう。
未だに先輩は及び腰……というより、気が引けているっぽいが、一応付き合ってくれるらしい。
と、そんな時、不意に携帯の着信音が聞こえてきた。
デフォルトから変更していないのだろうそれは、先輩の方から発せられた物だ。
「電話か?」
「……メール。妹から」
なんの気無しに尋ね、先輩も当たり障りのない返答を。
ふむ。妹さんが居たのか。どんな人だろう。
年子なら私と同い年。もっと下の可能性もあるが、ひょっとすると、私の知り合いの中に居たりしてな。
……いや。先輩の家系ならきっと背が高いだろうし、知り合いの身長は平均値が殆どだ。流石に無いか。
即返信派ではないようで、内容を確認した先輩は携帯をしまい込む。
それでこの話題は終了かと思われたが……。
「麻子ちゃん。君は……モテるのか」
「っ、ど、どうした先輩、いきなり」
藪から棒に、先輩が変な質問を投げかけてきた。驚きで息が詰まる。
「さっきのメール。妹が、戦車道をやったら本当にモテるのかと、気にしているみたいで」
「なんだ、そういう事か」
質問の意図を聞き、私は胸を撫で下ろす。はぁ、焦った……。
ん……? なんで私は焦っているんだ?
仮初めとはいえ恋人同士なんだから、そういう話をしたって不思議じゃないのに。
……とりあえず、後にしよう。質問されてるんだから、それに答える方が先だ。
「近場に戦車道で男を作った例は二つあるが、戦車道はあくまで切っ掛け。
そこから先は二人が行動した結果だ。一概には言えない。
先輩はどうなんだ。戦車に乗っている女は、嫌いなのか」
「………………」
言わずもがな、例というのは沙織&華の事である。
二人とも、戦車道を切っ掛けとして異性と知り合い、色んな事が積み重なって、恋人を得た。
しかし、戦車道が切っ掛けであるのは間違いないけれど、戦車道をしていたから結ばれた訳ではない……と、思う。
彼らが、たまたま戦車道をしている女の子を好きになっただけであり、仮に戦車道をしていなくても、出会う事さえ叶ったならば、恋人同士になっていたかも知れない。
要するに、“たとえ”は“たとえ”でしかない、という事だ。
先ほどのメール。おそらく、妹さんが戦車道を始めようとしているのだろうと考えられる。
が、男目当てに戦車道をやっても長続きしないだろうし、モテると確約なんて出来るはずもない。
そういった意味を含め、逆に先輩へ問いかけてみると、彼はピタッと立ち止まり、顎に手を当てて熟考し始めた。
思っていた以上に真剣に受け止められてしまい、ちょっとばかり困ってしまう私だったが。
「乗っているから好きとか、嫌いとかは、思わないかな。
ちゃんとお互いを知った上で、好きになるものだと、思う。
……少なくとも。自分は、そうしたい」
こちらへと視線を向けた先輩は、とても真剣な表情を浮かべている。
真っ直ぐに、私を見つめている。
不意に、脈が乱れた。
なんだろう。単なる不整脈? ……そういう事にしておこう。
思考の奥底で、「そんな訳ないだろう」と言っている自分が居るけれど、今はまだ、確証が持てないから。
私は無言で再び歩き始め、先輩も同じように続く。
目的地のゲームセンターが見えてくる頃には、いつもの私に戻れていた。
「さ、着いたぞ。行こう、先輩」
「うん」
振り向かず、背後の大きな気配へと呼び掛ける。
聞き慣れてきた低音を確かめ、私は──私達は、自動ドアをくぐるのだった。
お二人さーん。挨拶するのはいいけど、結婚を前提としたお付き合いの挨拶になってるのはいいのかーい?
てな訳で、遅くなって申し訳ない! 冷泉麻子編、第二話でございました。
久々に登場した妙子ちゃんと、初登場なバレー部の面々。実は次回も妙子ちゃん+一名が登場します。というか、ほぼ出ずっぱり?
どんな絡み方をするのかは、まだ秘密という事で。来年をお待ち下さいませ。
では、失礼します。かなり早いですが、2017年が良い年でありますように。