「おむにばす!」   作:七音

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第二話「こんなの良くないです」

 

 夕暮れのグラウンドを、無限軌道の摩擦音とエンジン音が轟く。

 普通の人なら騒々しく思うだけだろうが、私にとって軽快に聞こえるそれは、独特なシルエット──アヒルにも見える軽戦車、八九式軽戦車の放つものだ。

 赤いプラスチックのコーンの間を、掠めるようにスラロームする車体。

 設定されたコースを走り終えた八九式は、ストップウォッチを持つ私の前で止まる。

 カウントを止めて間もなく、車体前方のハッチからポニーテールの後輩──アヒルさんチームの操縦手である河西 忍が顔を出した。

 

 

「冷泉先輩、どうでしたかっ?」

 

「……ん。良い感じだ。前より確実にタイムが短くなっている」

 

「やったな河西! 冷泉さんに褒められるなんて、成長した証だ!」

 

「はい、キャプテン!」

 

 

 キューポラから顔を出した車長、磯辺 典子さんに褒められ、河西は喜色満面に頷く。

 私は今、放課後をアヒルさんチームの自主練に費やしている。

 決勝戦でも見事な囮を務めた彼女たちだが、根がスポーツウーマンであるからか、ほぼ毎日のように自主練を繰り返しているのだ。

 流石に動かし過ぎると燃料費が馬鹿にならないため、監督役として私が居るのだが。

 別に頼まれた訳ではないのだけれど、これからも戦車道を続けるなら、こういう事だって必要だしな。

 

 

「今日はここまでにしよう。戦車、片付けておけ」

 

「あれ? もー帰っちゃうんですか?」

 

「いつもだったら、むしろこれから元気になるのに?」

 

 

 時計を確かめ、練習の終了を告げると、河西の横から赤ハチマキ少女の近藤 妙子が。磯辺さんの背後から、ヘアバンド少女の佐々木あけびが出てきた。通信手と砲手だ。

 確かに夜は私の時間。日が落ちるに連れ、眼と頭が冴え渡り、体のキレも段違いになる。そんな私が早めに上がるのを不思議がっているのだろう。

 戦車道の試合が全部夜間だったなら、素晴らしいポテンシャルを発揮できるという自負があった。まぁ、一人が絶好調でも、チームワークを乱したら意味無いのだが。

 

 

「約束がある。悪いな」

 

「約束……。冷泉さん、もしかしてデート!?」

 

 

 磯辺さんの声に、立ち去ろうとした脚がもつれる。

 バレーに生きバレーに死す、とまで言いそうな彼女の口から、色恋の話題が出たのも驚きだが、当たらずとも遠からずだったからだ。

 けれど、それをこの場で肯定するわけにはいかず、私は平静を装って振り向く。

 

 

「ただ早く帰ろうとしただけで、どうしてそうなるんだ」

 

「だってぇ、最近のあんこうチームの先輩方、ビックリするほどリア充じゃないですか」

 

「武部先輩にはライカさん。五十鈴先輩には若さん。それに西住隊長も、最近はよく男子と一緒に居ますよね」

 

「こーなったら、冷泉先輩もそーなんじゃないか、って思っちゃいますよ! やっぱり!」

 

 

 代わりに返事をしたのは、佐々木、河西、近藤の三人。

 ……反論できん。どうしたものか。

 沙織と華はさて置き、西住隊長は来年の戦車道履修者を増やすため、無理やりポスターモデルをやらされているだけなのだが、描き手が男子生徒だから、興味津々なのだろう。

 秋山さんは名前が挙がっていないので問題無いけれど、私は……。

 

 

「黙秘する。さらば」

 

「あっ、冷泉さんが逃げた!」

 

「怪しい、やっぱり怪しいですよぉ、キャプテン!」

 

「どうしましょう。八九式で追います?」

 

「たぶん先輩たちに怒られるだろーし、止めといた方がいーと思うなー」

 

 

 言い訳するのも面倒で、私は脱兎の如くその場から逃げ出す。

 河西とかが危うい発言をしていたようだが、近藤がストッパーになってくれているなら大丈夫だと思われる。

 グラウンドの隅に、バレー部のと纏めて置いておいた鞄などを回収し、急ぎ足で向かうのは、ついこの間も待ち合わせに使った公園。

 見慣れたオレンジ色の景色の中、まだ見慣れない大きな背中が、ベンチに腰掛けているのが見えた。

 

 

「待ったか、先輩」

 

「……少し」

 

 

 回り込むようにして声をかけると、その人──辻助け先輩は、不承不承といった表情で返す。

 

 

「一応彼氏なんだ。こういう時は、嘘でも“今来た所”とか言うべきじゃないか?」

 

「抵抗のつもり、なんだけど」

 

「諦めが悪いな」

 

「おかげさまで」

 

 

 立ち上がった先輩と並び歩きつつ、喧嘩のようにも聞こえるだろう、遠慮の無いやり取りをする私達。

 先輩にお婆を助けてもらってから、一週間と少し。私達は世間で言う所の、恋人関係になっていた。

 と言っても、本気で付き合っている訳ではなく、ある目的のために恋人関係を装っているだけなのだが。

 そう。全ては一昨日の日曜日。連絡船で大洗へと舞い戻った日に始まったのだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 晴れ渡る空。

 燦々と、陽光が一直線に降り注ぎ、人々が昼食を摂り始める頃合い。

 水色のワンピースと麦わら帽子姿の私は、欠伸を噛み殺しつつ、実家へと向かっていた。

 歩き慣れた道のりは、しかし先輩という同伴者の存在で、妙に新鮮さを感じる。

 が、洒落てはいても似合わない日傘を差す彼は、どこか不安そうな表情を浮かべていて。

 

 

「……冷泉さん。本当に行くんですか」

 

「麻子と呼べ、先輩。お婆は疑り深いからな、少しでもボロが出たらバレる」

 

「むしろバレた方が、自分は助かるんですが」

 

「男なら覚悟を決めろ。あの時“はい”と言っただろうに」

 

「あれは、正気ですかという意味合いを込めた“はい?”で……」

 

「正気の本気でマジだ。敬語も駄目だからな。頼んだぞ」

 

「……はぁ」

 

 

 溜め息とも、嫌々ながらの了承とも取れる返事をし、先輩は私の半歩後ろを歩く。

 少しだけ近い距離感は、私の体を日傘の下へ収めようとしているからだろう。

 帽子を被ってるんだから、そこまでしてくれなくても良いのだが、正直に言うと助かる。海辺の町だから少しはマシだが、本当に今年は暑いからな……。

 

 そうこうしている内に、目的地である実家が見えてきた。

 背の低い生け垣の向こう。木造一階建ての平屋は、風が上手く通り抜けるように設計されていて、クーラー無しでも涼むことが出来のが自慢だ。

 いよいよ、か。

 先輩へはああ言ったが、私もお婆に嘘をつくのは初めてに近い。ちょっと緊張する。

 

 

「やっぱり、やめませんか。こんなの良くないです」

 

 

 斜め後ろを見上げれば、ぬぼーっとしていながら、わずかに強張った先輩の顔。

 気が引けて当然かも知れない。

 お婆に信頼してもらう為に、恋人が出来たと嘘をつく。そんな、バカみたいな事の片棒を担がされるのだから。

 だがもう、後戻りは出来ないのだ。

 ……いやいや。戻ろうと思えば幾らでも戻れるけれど、それでは何時になったらお婆の世話を任せて貰えるか。

 将来的な介護を考えれば、早めに慣れておくに越した事はないのである。

 

 

「私は覚悟を決めてある。どうしても無理なら、先輩はここまでで良いぞ。後で口裏さえ合わせて貰えれば大丈夫だ」

 

「………………」

 

 

 私は、あえて前を向いたまま言った。

 帰られたって、別に恨んだりしない。もともと無茶な頼みだったし、諦めもつく。

 が、後ろに立ち続ける大きな気配は、着かず離れず、変わらない距離を保っている。

 どうやら、先輩の方が先に説得を諦めたらしい。

 その気配を頼もしく感じながら、二人、連れ立って玄関へ向かい、昔ながらの引き戸を開ける。

 ただいま、と声を掛ければ、待っていてくれたのだろう、お婆がすぐに顔を出した。

 

 

「ん、お帰り。……うん? そっちの子は……」

 

「お久しぶりです」

 

 

 いつも通りに出迎えてくれるお婆だったが、先輩の姿を確認し、首をかしげる。

 そして、段々と眉毛の角度を上げ……。

 

 

「麻子! 連れてくるなら連れてくるって、どうして先に連絡よこさないんだい!? これじゃあ持て成しも何も出来ないじゃないか!」

 

「ごめん、悪かったから、玄関で怒鳴らないで。血圧上がる」

 

「誰のせいだと思ってんだい! ……とにかく入りなっ。麦茶でも淹れるからっ」

 

 

 これまたいつも通りに、元気の良い怒鳴り声を上げた。

 驚かせて判断力を鈍らせる作戦とはいえ、やっぱりお婆の声は頭に響く。

 先輩もちょっと……かなりビックリしたようで、目を大きく見開いている。

 とりあえず、奥の台所へ引っ込んでしまったお婆の代わりに、先輩を先導して居間に。

 ちゃぶ台の定位置へ座ると、先輩は挙動不審となりつつ、微妙な距離を置いて私の隣へ。

 そのタイミングでお婆が舞い戻り、麦茶の入ったコップが三人分、ちゃぶ台に置かれる。

 意外にも、会話の口火を切ったのは先輩だった。

 

 

「煮物、ありがとうございました。美味しかったです」

 

「そうかい? 最近の若い子は、ああいうの嫌いなんじゃないのかい?」

 

「いえ。自分は好きです」

 

「……物好きだねぇ」

 

 

 冷えた麦茶を一口含み、お婆がそっぽを向いてしまう。照れているのだ。

 先輩も分かっているらしく、穏やかな笑みを浮かべていた。

 爽やかな風が居間を通り抜け、風鈴の音が更なる涼をもたらす。

 うん。実家はいい。落ち着くな……。

 

 

「あんた、今日は時間あるのかい。あるなら夕飯食べて行きな。一応は礼をしとかないと、据わりが悪いしね」

 

「お婆……。もう少し言い方って物が」

 

「自分は気にしてない、から。ご馳走になります」

 

「ん。そうしな」

 

 

 先輩の返事を聞くと、お婆は目に見えて上機嫌となり、「冷蔵庫に何があったかねぇ」なんて呟く。さっそく献立を考え始めたようだ。

 困っているようで、しかし楽しそうに見えるのも、間違いではないだろう。

 ところが、そんな表情を引き出した張本人である先輩は、喉に魚の骨でも刺さったような顔をして。

 

 

(麻子、さん。やっぱり心苦しいんだけど)

 

(さん付けも禁止だ。仕方ないだろう、お婆に安心して貰う為だ。本人が言った事だからな。私に恋人が出来たら、信頼してくれると)

 

(信頼は、嘘で勝ち取るものではない、と思う)

 

(うぐ。……正論だが、世の中は正論だけでは成り立たないんだ。時には邪道が正道になる場合もある)

 

(それは単なる論点のすり替えじゃ……?)

 

(男の癖に細かいな)

 

(男女平等。ただし性差は考慮すべき……というのが、持論です)

 

 

 ススス、と距離を詰めた先輩が、お婆には聞こえない程度の声で苦情を申し立ててくる。

 分かっていた事だけれど、先輩もかなり頭が回るな。沙織くらいならこれで誤魔化せるのに、厄介だ。

 

 

「あんた達、さっきから何やってんだい。なんか言いたい事でもあるのかい?」

 

「え、ええ。まぁ……」

 

 

 内緒話していた私達を、お婆が訝しんでいる。

 しまった。いつの間にか集中してしまっていた。ここで怪しまれるのはマズいな。

 ……こうなったら、さっさと本題に入ろう。

 

 

「お婆。私は先輩と付き合う事にした」

 

「は……?」

 

 

 ぽかん、とお婆の口が開かれた。

 先輩は「なんて事をっ」的な眼で私を見るが、お婆の視線がそちらへ滑ると、慌てて表情を整える。

 そして、深く深く呼吸した彼は、ちゃぶ台から少し離れ……。

 

 

「……今日は、ご挨拶に伺いました。どうか、麻子……ちゃんと、正式にお付き合い、させて下さい」

 

 

 畳に手ををつき、深々と頭を下げたのだった。

 お婆の口が、顎が外れるんじゃないかと思うほどに、開かれた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 いやはや。あの時のお婆の顔は見物だったな。写真に撮っておきたかったくらいだ……と、過去を振り返りつつ、私は先輩を先導して歩き続けている。

 まぁ、本当に大変だったのは、その後だったのだが。

 何を血迷ったのか、父と母の仏壇に手を合わせに行ったり、追加の買い物に行こうと財布を持ち出したり。

 引きとめようとしても、お婆は「赤飯を、赤飯を炊かないと!」なんて暴走しっ放しで。

 結局、三人で買い物に行く事になって、帰って来てからも三人で夕飯を作り。

 久々に忙しいというか、騒がしい帰省になった。赤飯を取りやめて作った散らし寿司は絶品だったので、それは良かったが。

 と言いながら、新たな問題も発生してしまったし、悩ましい。

 

 

「全く、お婆は本当に疑り深い……。OKする代わりに、恋人っぽい事してる写メを要求されるとは」

 

「あの時点で、謝っておけば良かったのに」

 

「そんなこと出来るわけないだろう! 嘘だってバレたらお尻叩かれる……」

 

 

 付き合いを認めてくれはしたお婆だが、私がキチンと恋人らしく振る舞えるか不安なようで、デートなりなんなりをしている時に、写メを送るよう義務付けられてしまったのである。

 もしかしたら、私の考えなんて全部お見通しで、さっさと根を上げるように仕向けられた可能性も……万に一つであり得る、か?

 なんにせよ、この関係が偽物であるとバレた場合、尻を二十~三十回くらい叩かれるだろう。百叩きじゃない所が現実的だ。

 子供の頃、両親が居ない事を馬鹿にしてきた男子へと、口では言えないあんな事やそんな事をして、トラウマを植え付けた時に仕置きとしてやられたきりだが、あれは、痛い。そして恥ずかしい。二度とゴメンだ。

 

 

「とにかく、もう先輩も共犯者だ。付き合って貰わないと困る」

 

「……はぁ」

 

 

 微妙に疼くお尻を庇いつつ先輩を見上げれば、ボンヤリとした顔が曖昧に頷き返す。

 納得なんてしてないけれど、尻叩きは可哀想だから付き合います──といった所だろう。

 先に言った通り、私達は共犯者。場合によっては先輩にだって累が及ぶ可能性だってあるんだから、もうちょっと危機感を覚えて欲しいものだが、協力してくれるなら良いか。

 

 

「で、何をすれば……?」

 

「具体的な事は、沙織を参考にしようと思う」

 

「……ああ。ライカの」

 

「ん」

 

 

 先輩からの問いに、私は自信満々で頷く。彼も納得したようだ。

 いまや、校内でも知らぬ者は居ないバカップルであるあの二人。

 聞きたくもないのに沙織の方から、今日はどうする、明日は何をしよう、昨日はこうだった……と話してくるので、カップルの行いそうな事は把握できている。

 というか、本当に男子分校内部にまで浸透しているんだな、ライカという呼び方。そのうち、蛇道のコールサインとかにも使われそうだ。

 それはさて置き。目下の行動方針が定まったと同時に、繁華街へと足を進めた私達だったが、しかし、納得顏だった先輩は、眉を不安そうに歪めた。

 

 

「……難易度、高くない?」

 

「私もそう思ったが、何も完全再現する必要はない。私達でも可能な、低難度の行動をクリアしていこう」

 

「具体的には……?」

 

「あれだ」

 

 

 訝しげな先輩に、私は行きつけの店──74アイスクリームを指差した。

 偽カップルが、他所でやれと言いたくなるバカップルの行動を真似る。

 確かに難易度が高いし、トレースしようとしたら、全身を掻き毟りたくなること請け合いだ。

 けれども、この世に同じ人間が二人と居ないように、恋人関係にだって個人差は出て当然。

 ほどほどに恋人っぽい行動を取り、ほどほどに仲良くしている写真を撮りさえすれば良いのだ。ハードルはむしろ低い。

 

 

「私は無類のスイーツ好きなんだが、先輩は甘い物、苦手か?」

 

「好きです。大好きです」

 

「二度言うほどか……。なら丁度良い。行こう」

 

 

 念のために確認してみたのだが、返事は食い気味だった。

 心無しか、瞳の奥がキラキラと輝いているようにも……?

 まぁ、好きだというなら問題無し。私達は早速、ほんのり甘いフレーバーの漂う店内へと踏み入る。

 相変わらず、女子高生やカップルで賑わっているな。

 

 

「先輩は何にする?」

 

「……初めてなので、お勧めがあれば」

 

「甘い物好きなのに、初めてなのか?」

 

「入り辛くて……」

 

 

 いつものようにメニューを品定めする私と違い、先輩は妙に縮こまっているというか、肩身が狭そうだった。

 ……それもそうか。女子高生やカップルが常時たむろしている店に、男一人で入るのは、ある意味、銃弾に身を晒すよりも勇気が必要だろう。

 ライカなら平然と入りそうだが、先輩はどう見てもそういうタイプじゃないし。仕方ないか。

 とりあえず、無難かつオーソドックスなバニラ、ストロベリー、チョコチップのトリプルを先輩に勧め、私はメープル、ラムレーズン、スイートポテトのトリプルをカップで注文した。

 そして、二人並んで窓際の席に陣取る。

 

 

「まずは普通に食べよう」

 

「……頂きます」

 

「頂きます」

 

 

 せせこましく先輩が手を合わせ、私も同じように。

 やけに小さく見えるスプーンでアイスをすくった彼は、なんとも幸せそうにそれを頬張った。といっても、傍目にはそう見えないが。

 なにせ、2m近い身長の男が、窮屈そうに背中を丸めつつ、無言で目を細めているのだ。多少なりとも付き合いがないと、すこぶる不機嫌そうに見えてしまうだろう。

 良い人なのだけれど、少し外見で損をしているな。

 

 さて。人物観察はこの位にしよう。

 本当なら何も考えず、一心不乱にアイスを堪能したいが、そうもいかないのだから。

 

 

「で、恋人っぽい行動だが。沙織いわく、買い食いでシェアするのは基本だそうだ」

 

「シェア……。半分こ?」

 

「ん」

 

 

 えー、沙織曰く。

 

 好きな人と違う物を注文してシェアするのって、すっごく楽しいよ?

 相手の好きな物が分かるし、自分の好きな物も分かって貰えるし、何より、さり気なく……か、間接キッスとか出来ちゃうし!

 きゃー麻子ったら何言わせるのよーやだもー!

 

 ……だ、そうな。

 お前が勝手に喋り始めたんだろう、と言いたかったが、言ったところで何も変わらなさそうだったので、止めておいた。

 以前の妄想系残念少女だった頃なら疑わしかったが、ライカという恋人をゲットした今ならば、一応は信用に足る情報であろう。

 そうでなければ、私の苦労が水の泡という事になる。

 

 

「という訳で、一口貰うぞ。私のも食べて良いから」

 

「……はぁ」

 

 

 合点がいったようでいて、どこか腑に落ちていなさそうな先輩だったが、私はあえてそれを無視。やや強引にアイスを貰った。間接キスとか気にしないしな。

 うむ。やはり定番だけあって安定した美味しさだ。

 というか、こうすることを見越して、私の食べたいフレーバーをお勧めしたのだ。流石に六つも食べるとお腹が冷えるけれど、半分ずつなら平気だろう。騙して悪いが、このくらいの役得はあっていいと思う。

 もちろん、貰いっ放しではない。先輩のトリプルを堪能した後は、私も自分のカップを差し出す。

 いくらか戸惑っている様子だったけれど、甘い物好きなのは本当らしく、やがてメープルにスプーンが突き立てられた。

 

 

「うん、こっちも美味い」

 

「だろう? 他にも期間限定のとかがあるから、気後れせずに来るといい」

 

「……頑張って、みるよ」

 

 

 続いてラムレーズン、スイートポテトのフレーバーを頬張りながら、先輩は再びの来店を決意したようだ。

 それからは、ごく普通に感想を話しながらアイスを食べ、あっという間に時間が過ぎた。やはり、幸せな時間は短く感じるな。

 もっと味わいたい所だが、追加注文するには財布が厳しい。自分で稼いだお金じゃないんだから、無駄遣いは厳禁である。

 バイトするにも夜間じゃないと失敗するだろうし、そもそも高校生に夜間の仕事は無理。ままならないものだ。

 と、名残惜しく最後の一口を頬張った私へ、先輩が話を振ってきた。

 

 

「所で、麻子ちゃん」

 

「なんだ、先輩」

 

「……写メは? うっかり、食べ終えてしまったんだけど」

 

「あ」

 

 

 言われて、空っぽになったカップを見つめる。見れば、先輩のカップも同様で。

 なんという事だ。美味しくて普通に完食してしまったぞ……。

 おのれ74アイスクリーム! いや、普通に私が悪いんだけども。

 こうなったら追加注文を……と思ったが、先ほど言ったように財布が厳しいし、甘い物に関係すると私の思考はちょっとばかり緩む。

 ひょっとすると二の轍を踏むかも知れないから、場所を変えた方が良さそうだ。

 

 

「仕方がない……。どこか、ゲーセンでプリクラでも撮るか」

 

「げ、ゲーセン……!?」

 

 

 空きカップ片手に、私は重い腰を上げたのだが、何故だか先輩は、驚愕の眼差しでこちらを見上げ──て、ないな。見下ろしていた。

 立ってるのに座った人よりも背が低いとか、少し悲しくなってくる。

 けれど、問題点はそこじゃない。ゲームセンターへ行くだけだというのに、先輩が躊躇している事だ。

 色んな意味で豪胆な彼が、たかがゲーセンごときに及び腰になるとは。

 ここと違って、男子学生が居てもおかしくない場所だろうし。予想外の反応だな。

 

 

「どうかしたか。何か不都合でも?」

 

「ゲーセンって、不良の行く場所じゃ……」

 

「いつの時代の話だ。今はそんな事ない。誰でも普通に行く場所だぞ。まぁ、厳しい学校なら校則で禁止しているだろうが、うちは違うしな」

 

「……そう、なんだ」

 

 

 何か重大な理由でもあるのかと思えば、なんの事はない。ただ単に、変な固定観念があるだけだった。

 つくづく、変わった人だ。

 見知らぬ他人のため、いとも容易く身を投げ出し、甘い物が好物で、ゲーセンに苦手意識を持つ。

 古風、というのとは違う気がする。お婆は硬派と評したけれど、実際にはスイーツ男子だし。掴み所がない。

 勢いで偽の恋人役を頼んだだけだったが、少しだけ、興味深く思えてきた。

 

 74アイスクリームから出て、今度はゲームセンターへと足を向ける私達。

 確かこの前、新しい筐体が入ったとクラスメイトが話していた。

 携帯にもテザリング機能で直接画像を保存できるみたいだから、お婆への証明写真として使えるだろう。

 未だに先輩は及び腰……というより、気が引けているっぽいが、一応付き合ってくれるらしい。

 と、そんな時、不意に携帯の着信音が聞こえてきた。

 デフォルトから変更していないのだろうそれは、先輩の方から発せられた物だ。

 

 

「電話か?」

 

「……メール。妹から」

 

 

 なんの気無しに尋ね、先輩も当たり障りのない返答を。

 ふむ。妹さんが居たのか。どんな人だろう。

 年子なら私と同い年。もっと下の可能性もあるが、ひょっとすると、私の知り合いの中に居たりしてな。

 ……いや。先輩の家系ならきっと背が高いだろうし、知り合いの身長は平均値が殆どだ。流石に無いか。

 即返信派ではないようで、内容を確認した先輩は携帯をしまい込む。

 それでこの話題は終了かと思われたが……。

 

 

「麻子ちゃん。君は……モテるのか」

 

「っ、ど、どうした先輩、いきなり」

 

 

 藪から棒に、先輩が変な質問を投げかけてきた。驚きで息が詰まる。

 

 

「さっきのメール。妹が、戦車道をやったら本当にモテるのかと、気にしているみたいで」

 

「なんだ、そういう事か」

 

 

 質問の意図を聞き、私は胸を撫で下ろす。はぁ、焦った……。

 ん……? なんで私は焦っているんだ?

 仮初めとはいえ恋人同士なんだから、そういう話をしたって不思議じゃないのに。

 ……とりあえず、後にしよう。質問されてるんだから、それに答える方が先だ。

 

 

「近場に戦車道で男を作った例は二つあるが、戦車道はあくまで切っ掛け。

 そこから先は二人が行動した結果だ。一概には言えない。

 先輩はどうなんだ。戦車に乗っている女は、嫌いなのか」

 

「………………」

 

 

 言わずもがな、例というのは沙織&華の事である。

 二人とも、戦車道を切っ掛けとして異性と知り合い、色んな事が積み重なって、恋人を得た。

 しかし、戦車道が切っ掛けであるのは間違いないけれど、戦車道をしていたから結ばれた訳ではない……と、思う。

 彼らが、たまたま戦車道をしている女の子を好きになっただけであり、仮に戦車道をしていなくても、出会う事さえ叶ったならば、恋人同士になっていたかも知れない。

 要するに、“たとえ”は“たとえ”でしかない、という事だ。

 

 先ほどのメール。おそらく、妹さんが戦車道を始めようとしているのだろうと考えられる。

 が、男目当てに戦車道をやっても長続きしないだろうし、モテると確約なんて出来るはずもない。

 そういった意味を含め、逆に先輩へ問いかけてみると、彼はピタッと立ち止まり、顎に手を当てて熟考し始めた。

 思っていた以上に真剣に受け止められてしまい、ちょっとばかり困ってしまう私だったが。

 

 

「乗っているから好きとか、嫌いとかは、思わないかな。

 ちゃんとお互いを知った上で、好きになるものだと、思う。

 ……少なくとも。自分は、そうしたい」

 

 

 こちらへと視線を向けた先輩は、とても真剣な表情を浮かべている。

 真っ直ぐに、私を見つめている。

 不意に、脈が乱れた。

 なんだろう。単なる不整脈? ……そういう事にしておこう。

 思考の奥底で、「そんな訳ないだろう」と言っている自分が居るけれど、今はまだ、確証が持てないから。

 私は無言で再び歩き始め、先輩も同じように続く。

 目的地のゲームセンターが見えてくる頃には、いつもの私に戻れていた。

 

 

「さ、着いたぞ。行こう、先輩」

 

「うん」

 

 

 振り向かず、背後の大きな気配へと呼び掛ける。

 聞き慣れてきた低音を確かめ、私は──私達は、自動ドアをくぐるのだった。

 

 




 お二人さーん。挨拶するのはいいけど、結婚を前提としたお付き合いの挨拶になってるのはいいのかーい?
 てな訳で、遅くなって申し訳ない! 冷泉麻子編、第二話でございました。
 久々に登場した妙子ちゃんと、初登場なバレー部の面々。実は次回も妙子ちゃん+一名が登場します。というか、ほぼ出ずっぱり?
 どんな絡み方をするのかは、まだ秘密という事で。来年をお待ち下さいませ。
 では、失礼します。かなり早いですが、2017年が良い年でありますように。
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