「おむにばす!」   作:七音

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最終話「独断と偏見で公平に決めさせて貰います」

 

 

「ふぅ……」

 

 

 重たいダンボール箱をフローリングに置き、私は一息つく。

 中に入っているのは、色々な生活用品。学園艦から引越しをするためにまとめた荷物。

 といっても、私が今いるここも学園艦だったりします。

 大学選抜チームとの試合を終え、無事に県立大洗女子学園の廃艦を撤回させた私達は、勝手知ったる学生寮へと戻って来たのでした。

 

 

「まさか半年もしない内に、二回も大洗に引越しするなんて、想像してなかったなぁ」

 

 

 黒森峰から大洗女子へ引っ越して、大洗女子から一時的に旧上岡小学校へ引っ越しさせられて、また大洗女子へ戻って来て。

 物凄く目まぐるしい日々だったけど、大洗女子を襲ったかつてない危機すら、振り返ってみれば、いい思い出。

 新しくお友達もできたし、本当に万々歳かも。

 

 

「帰ってこられて良かった……」

 

 

 ダンボールだらけの部屋を見回し、ソファベットに腰掛けて、心からそう思う。

 この大洗女子で、仲間と一緒に、まだ戦車道を続けたかったから。

 つい半年前の私は、戦車道なんてしたくないって考えてたのに。

 少しおかしくて、一人で笑っちゃう。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 そんな時、ふとある事を思い出した。

 廃校になるかも知れない危機の中、仕方なく放置する事になってしまった、戦車道ポスターの事を。

 ……というよりかは、エリヤ君の事を、かな。

 あまりにも唐突で、話をする間もなく学園艦を降りちゃったから、長い間お話ししてないや……。

 携帯の電話番号は知ってるけど、どうしよう?

 今はちょうど、お昼前。

 廃校は撤回したし、慌ただしい状況からは解放されたけど、掛けたら迷惑にならないかな。でも、キチンと報告だってしたいし……。

 

 

「……ええい、掛けちゃえ!」

 

 

 少し悩んだけど、私は思い切って掛けてみる事にした。

 登録してあるエリヤ君の名前を選択して、そのまましばらく。

 発信音が続くにつれ、ちょっとドキドキしてしまう私でした。

 ……出て、くれるかな。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「大学選抜との試合、本当に勝てて良かったですよね。ダージリン様」

 

 

 現在時刻、午前十一時。空調の効いた談話室にて。

 英国式に則り、新しいモーニングティーを淹れながら、私──聖グロリアーナ女学院の生徒であるオレンジペコは、テーブルでそれを待つ人達に話しかけます。

 優雅な佇まいで頷いてくれるのは、美しい金髪を持つ二人でした。

 

 

「そうね。ただ負けるつもりはなかったけれど、厳しい戦いだったのは確か。いい結果を残せて、良かったわ」

 

「とても良い経験になりました。彼女達と一緒に居ると、退屈しません」

 

 

 後ろでシニヨンに編み込んでいるのが、我がチームの隊長であり、チャーチル歩兵戦車MK.Ⅶの車長を務めるダージリン様。

 ウェービーなロングストレートにしているのが、同じくチャーチルに乗り、砲手を務めるアッサムさん。

 ちなみに、私は装填手を担当させて頂いています。

 

 

「今後、大洗はどうなるでしょうか?」

 

「そうねぇ……。少なくとも、大人の事情で学生生活に横槍を入れられる事は、なくなるんじゃないかしら。あのお役人も懲りたでしょう」

 

「来年には倍率が凄い事になっていそうですね」

 

 

 大洗女子学園は、戦車道大会を初出場で優勝する快挙で、もともと日本全国に名を馳せていました。

 それに加えて、大学選抜チームを撃破。今度こそ廃校の危機を脱した彼女達の名声は、確固たるものとして轟いています。

 同じチームの一員として戦った身としては、誇らしいばかりです。

 戦いを終えた今、住民の皆さんも戻って来ていて、学園艦はかつての賑わいを取り戻し始めているとか。

 これからは大洗での戦車道も盛んになるでしょうし、今後が楽しみですね。

 

 

「ところで、ルクリリ?」

 

「………………」

 

 

 お茶を配り終えると、ダージリン様は、私と同じように側で控えていたもう一人──ルクリリさんへ声を掛けます。

 茶色の長い髪を、一本の三つ編みに纏めているのが特徴ですね。

 でも、普段ならすぐに返事をする彼女は、なぜかボウっと天井を見上げるだけ。

 アッサムさんが眉をひそめ、更に呼び掛けました。

 

 

「ルクリリ、ルクリリ! 呼んでいるわよ!」

 

「……はっ!? あ、はい、なんでしょうっ?」

 

 

 よほど驚いたのか、ルクリリさんは慌てて背筋を正します。

 どうしたんでしょう? 先ほど、私がお渡しした一杯目のモーニングティーにも、口をつけていないみたいです。

 ダージリン様の薀蓄にうんざりする事はよくありましたけど、こんな反応は珍しいです。

 

 

「随分と上の空だったわね」

 

「紅茶が冷めてしまいましたね……。淹れ直しますか?」

 

「ええと、あの……。すみません! 私、今日はこの辺りで失礼してよろしいでしょうか!?」

 

 

 本当に、どうしたんでしょう。

 アッサムさんにも、私の申し出にも答えず、ルクリリさんは酷く焦っている様子でした。

 少し心配になりましたが、それを見たダージリン様は、何か心当たりがあったらしく……。

 

 

「そういえば、今日だったわね。彼が帰ってくるのは」

 

「はい、そうなんです! 私、どうしても行かなくては……!」

 

 

 ダージリン様の言葉に、それはもう凄い勢いで頷くルクリリさん。

 二人の間では話が通じているようですが、その発言内容に、私とアッサムさんは驚愕してしまいました。

 

 

「か、彼って、ルクリリさん、恋人が居たんですかぁ!?」

 

「ははは初耳です事よっ!?」

 

「ペコ、落ち着いて。アッサム、言葉遣いが微妙におかしいわ」

 

「あの、恋人ではないんですけど……。とても、大切な人なので……」

 

「分かっているわよ。行っておあげなさいな。彼もきっと喜ぶでしょう」

 

「……はい! では、失礼致します!」

 

 

 色めき立つ私達を他所に、ダージリン様は快くルクリリさんを送り出し、満面の笑みが談話室を出て行きました。

 なんというか、ルンルン? 今にもスキップしそうな。

 本当に恋人とかじゃないんでしょうか?

 どうにも不思議で、思わずアッサムさんと顔を見合わせていたのですが、ルクリリさんが退出してしばらくすると、ダージリン様もやおら立ち上がり。

 

 

「さて。私達も行くわよ。二人共、準備なさい」

 

「えっ? の、覗きに行くって事ですか、ダージリン様!?」

 

「それは流石に不謹慎では……」

 

「なに言ってるの、興味津々な癖に。ローズヒップ」

 

「お呼びでございますかぁ! ダージリン様っ!!」

 

「出掛けるわよ。貴方も来る?」

 

「もっちろんでございますわ! ダージリン様の行く所なら、どこへなりともお供する所存でございます!」

 

 

 好奇心と後ろめたさ。

 その両方で戸惑う私達をまた置いて、ダージリン様はズンズン先に。

 どこからともなく第五の人物──赤毛のセミロング少女、ローズヒップさんまで現れ、収集がつかないまま話は進んでしまいます。

 

 これって、私も行くこと確定ですよね……。

 っていうか、行かないとダージリン様が何をしでかすやら……。

 またアッサムさんと顔を見合わせ、私達は仕方なく、ダージリン様の後を追うのでした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「というわけで、私達は港にやって来たのだけれど」

 

「ダージリン様。誰に向けて喋ってるんですか……?」

 

「あらあら、無粋な事は言いっこなしよオホホホホ」

 

 

 口元に手を添え、上品ぶって笑うダージリン様。

 一応はツッコミましたが、割といつもの事なので、本気でどうこうしようとは思っていません。

 それがダージリン様のチャームポイントでもありますし。

 

 私達の現在地は、聖グロリアーナ女学院の上甲板から艦内を下り、学園艦の舷側中層部に設けられたタラップから、少し艦内へ入った所……の、物陰です。

 一般の人々が乗り降りをしているので、周囲はとても賑わっており、私達の姿も紛れています。

 そんな中、追跡目標であるルクリリさんは、学園艦へと乗り込む方々を出迎える人混みに立っていて、誰かを待ち焦がれているみたいですね。

 

 

「でも、ダージリン様? お出かけは大変嬉しいんですが、わたくし、なんで呼ばれたんでしょう? あれってルクリリさんですよね?」

 

「いい質問ね、ローズヒップ。答えは簡単、大勢の方が楽しいからよ」

 

「なるほどっ! 確かに皆さんとのお出掛けは、とってもウキウキしますわ! 流石ですダージリン様っ!!」

 

 

 煙に巻くようなダージリン様の返答を、素直すぎるローズヒップさんはそのまま受け取ります。

 純粋というか、純朴といいますか、とにかく正直な人なんです。

 だからこそ、ダージリン様に弄ばれ……もとい、玩具にされ……でもなく、からかわれてしまうんですけど。

 

 

「それはともかく、遅いですね。ルクリリさんの大切な人」

 

「このタイミングでの帰郷、というのも珍しいような。学生ではないんでしょうか?」

 

「いいえ。学生よ、アッサム。私達の一つ下、ペコにとっては一つ上ね」

 

「という事は、ルクリリさんと同い年なんでございますねっ! ……って大切な人ぉ!? ルクリリさんに恋人──もがっ!?」

 

『しーっ!』

 

 

 唐突に叫ぶローズヒップさんの口を、私とアッサムさんが左右両方から塞ぎました。

 驚くのは無理もないんですけど、ここでバレたら気まずいので。

 エネルギッシュなローズヒップさんには難しいかも知れませんが、大人しくしていて下さいねー。

 と、そんな事をしている間に待ち人が来たのか、ルクリリさんが走り出す所を見つけ、私はその後ろ姿を皆さんに示します。

 

 

「あ、ルクリリさんが走って行きますよっ」

 

「どうやら来たみたいですわね」

 

「マジでございますかっ。これは目が離せませんですわぁ!!」

 

「……にしても、意外ね。ローズヒップが色恋沙汰に興味を示すなんて」

 

「そうですか? ダージリン様。わたくし、普通に結婚願望ありますですよ? 早く姉達みたいに幸せな家庭を築いて、最低でも三人は子供が欲しいです!」

 

「最低でも三人……」

 

「やけに具体的ですわ……」

 

「あら、いい事じゃない。将来設計がしっかりしているのは」

 

 

 物陰に隠れたまま、アッサムさん、ダージリン様、ローズヒップさん、私の順に、だんご四姉妹となって様子を伺います。

 結婚ですかぁ……。私はまだ十六歳ですし、まだまだ先の話でしょうけど、法的には結婚できる年齢なんですよね。

 そういう事を考える相手がいれば、もうちょっと現実感を覚えるんでしょうか?

 まぁ、今はそんな事より、ルクリリさんの大切な人の方が気になります。見逃さないようにしましょう!

 ……あ! それらしい男の人がルクリリさんに手を振って……。

 

 

「ただい──」

 

「エリヤ、お帰りなさいっ!!」

 

「ま゛っ!?」

 

 

 そのまま押し倒されました!?

 えっと、ルクリリさんが男の人の──エリヤさん? の胸に、勢いよく飛び込んだせいなんですが、あれ、絶対に後頭部を床に打ちつけてますよね。

 痛そう……。

 

 

「ああ、エリヤ。本当に久しぶり! 元気だった? 風邪とかひかなかった? どうして連絡してくれなかったのっ? メールすらほとんど返してくれなかったし!」

 

「ご、ごめ……でも、まずはどいて……そして離れて……」

 

「嫌っ。せっかく会えたんだから、エリヤ分を補給するの!」

 

 

 ルクリリさんはうっとりと、涙目になったエリヤさん(仮)の胸に頬ずりをしています。

 仲睦まじい様子に、周囲の人達も微笑ましく見守っていました。

 時々、舌打ちしながら恨めしそうに通り過ぎる人も居ましたが、その人達の事は忘れましょう。うん。

 

 

「だ、ダージリンさん! どうせコソコソと面白おかしく覗いてるんでしょう!? 助けて下さいよ!」

 

「あら。呼ばれてしまったわ。仕方ないし、行きましょうか」

 

『えっ?』

 

 

 ルクリリさんからの求愛行動に耐えかねたのか、エリヤさん(仮)は何故かダージリン様の名前を呼びました。

 どうして彼がダージリン様を?

 疑問に思ったのも束の間、ダージリン様は素知らぬ顔で物陰から出て行きます。

 

 

「お久しぶりですわね、エリヤさん」

 

「どうも、ダージリンさん……」

 

「ルクリリ。弟さんが困ってるわよ? そろそろ起きなさい」

 

「えぇぇ……。ダージリン様のお言いつけでも、それは……」

 

「ルクリリ?」

 

「はぁい……」

 

 

 ダージリン様に窘められ、ルクリリさんはようやくエリヤさん(仮)の上から移動します。

 そして、エリヤさん(仮)は差し出されたダージリン様の手を取り、立ち上がりました。

 

 

「どう? 実家に戻られた気分は」

 

「……あまり、いい気分じゃありません。強制されたようなものですし」

 

「そう……。でも、ルクリリは喜んでいるわ。それだけでは駄目なのかしら」

 

「いえ、そういう訳では、ないですけど」

 

 

 ダージリン様に続いて、私達もゾロゾロと出ていくのですが、話を聞いた限りでは、どうやらお知り合い? みたいですね。

 ……あ。もしかして、彼の名前って?

 

 

「あのぉ、エリヤってもしかして、紅茶のヌワラエリヤですか?」

 

「ええ。流石はオレンジペコ、鋭いわね」

 

「ですが、ダージリン? 彼は我が校の生徒では……」

 

「問題ないでしょう。聖グロリアーナの出身なのは確かだし、それに、この名前を使おうとするメンバーも居ないでしょうしね。響き的に」

 

 

 ヌワラエリヤというのは、紅茶の銘柄の一つ。

 主にスリランカで生産される高級品で、爽やかな味と香りが素晴らしい茶葉なんです。

 でも、確かにソウルネームとしては使い辛いかも……。

 ヌワラ、という前半部分が、乙女的にちょっと。

 

 

「改めて紹介するわ。彼の名前はエリヤ。コバンザメみたいに引っ付いているルクリリの、双子の弟さんよ」

 

「どうも……。姉さん、腕離して……。重い……」

 

「女の子に対して重いなんて言っちゃダメでしょ! 姉さん怒るからね!」

 

「なるほど、そういう御関係だったんですね。初めまして、オレンジペコです」

 

「アッサムですわ」

 

「ローズヒップと申します! お目にかかれて光栄ですわ!」

 

「初めまして。姉がお世話になっています」

 

 

 ダージリン様が場を仕切り直し、ちゃんとした挨拶を交わしてみれば、エリヤさんはその名に相応しい、爽やかな笑顔で微笑みます。

 男女の双子という事は、二卵性双生児ですか。

 確かに髪の色合いとか、眼とかはソックリさんですね。整った顔立ちをされているように思います。

 

 

「ねぇ、エリヤ? どうして大洗の廃校が決まった時、すぐにグロリアーナへ帰って来なかったの?

 というか、なんで今まで一度も帰って来なかったのっ!? 練習試合の時だって、忙しいからの一言だけで全然会ってくれなかったしっ!!」

 

「ほ、本当に忙しかったんだよ……。学費とかを捻出するには、常に成果を出していなきゃいけなかったし……」

 

「そもそも、それがおかしいの! どうしてお父様を頼らないの? 貴方の学費くらい、お父様なら」

 

「………………」

 

 

 あ、あれ?

 さっきまでは和やかだった雰囲気が、あっという間に重苦しく……。

 何か事情があるんでしょうか。エリヤさんは御両親から直接の援助を受けていないようです。

 初対面の私達が口を挟むのも憚られ、沈黙を保っていると、ダージリン様が二人の間へ進み出ました。

 

 

「ルクリリ。立ち話もなんだし、一度、校舎へ戻らない? 色々と準備していたんでしょう?」

 

「あ、そうでした! あのね、パイを焼いてあるのよ。エリヤの好きなミートパイ。いい茶葉も用意してあるし、だから……」

 

 

 お二人も、空気が重いのを自覚していたんでしょう。

 ダージリン様が話題を変えると、ルクリリさんもそれに追従し、弟さんを問いただすのではなく、歓迎したいのだと伝えます。

 すると、エリヤさんの沈痛な面持ちは、嬉しそうな笑顔に変わりました。

 

 

「うん。行くよ。姉さんのミートパイ、楽しみだ」

 

「……本当?」

 

「嘘ついてどうするのさ。本当だよ」

 

「良かった……。あとね、一緒に映画見たり、ヴァイオリン弾いたり……。あ、一緒にお風呂も入りましょう?」

 

「うん。うん。映画もヴァイオリンも良いけど、最後のだけは断固拒否します」

 

「ええっ、なんでっ!?」

 

「なんでじゃないよっ! 高校生にもなって男女の姉弟が一緒にお風呂とか、おかしいでしょう!?」

 

「でも、だって、中学生になるまでは一緒に入ってたのに!」

 

「姉さんが 無 理 矢 理 入って来たからね! 僕からは一度も入ろうって言ってないけどねっ!」

 

 

 きっかけさえ掴めば、お二人は仲良く掛け合いを始めます。

 それ自体は良い事だと思うんですけど、なんと言いますか……。

 目の前に居るルクリリさんと、私の知るルクリリさんとのギャップが激しくて、困惑してしまいます。

 

 

「あの……。ルクリリさんって、あんなキャラでしたっけ……?」

 

「……彼女はね、普段は大人しくて、ちょっと抜けた所がチャームポイントな淑女だけれど、弟さんへの愛情表現が少し過剰なのよ……」

 

「少しってレベルじゃない気がしますが」

 

「え、駄目なんで御座いますかっ!? わたくし、年の離れた弟をよくお風呂に入れてるのですけれど!?」

 

「いえ、その場合はまぁ、許容範囲といいますか……」

 

「年の近い男兄弟と、という意味ですわ。ローズヒップ」

 

「あ。なるほど。確かにそれは……」

 

 

 遠い目をするダージリン様。

 ツッコミを入れるアッサムさんに、動揺するローズヒップさん。

 まだまだ困惑し続けている私。

 どうにも奇妙な展開ですが、そんな私達の間に、唐突な携帯の着信音が水を差します。

 

 

「ごめん。電話。姉さん離れて」

 

「ええ~。別に良いじゃない、それとも聞かれると困るの?」

 

「うん困るからさっさと離れてお願い」

 

「ぶ~」

 

 

 ルクリリさんを邪険に追い払い、エリヤさんが遠ざかりました。

 立聞きするなんて失礼なので、私達はそのまま彼と距離を取ります。

 ……ルクリリさんを尾け回すのは失礼じゃないのか?

 それは、あれです。ダージリン様の発案なので、ノーカウントとという事で。

 そもそも、ダージリン様は英国淑女然とした佇まいは完璧なのに、お茶目が過ぎるというか、イタズラ好きなのが玉に瑕なんです。

 もう少し、試合中の冷静沈着さが日常でも見えれば、心の底から尊敬できるんですけど。

 でも、完璧なダージリン様というのもダージリン様らしくないというか……。ブツブツブツ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話を片手に少女達から離れ、少年は通話ボタンを押す。

 発信者の確認を忘れたが、姉から離れる良いタイミングだったので、感謝しつつ話し始める。

 

 

「はい、もしもし」

 

『あ、エリヤ君? えと、みほです。こ、こんにちは』

 

「……あっ! ああ、えっと、こんにちは」

 

『ごめんなさい。もしかして忙しかった、ですか?』

 

「いやいや、違うんだよ! ちょっと、確認もせずに取っちゃったから。……久しぶり、だね」

 

『……うん。久しぶり』

 

 

 耳に聞こえ始めたのは、予想外に心地よい声。

 西住みほ。

 少年にとっても貴重な異性の友人であり、連絡したいと思っていた相手だった。

 

 

「そっちはもう落ち着いた? ごめんね。試合、見に行けなくて。かなり遅れちゃったけど、おめでとう」

 

『ありがとう。これでもう学園艦、なくならないよ』

 

「うん。本当に凄いよ。自分がやった訳でもないのに、なんだか誇らしいくらいだ」

 

『そう言って貰えると、私も嬉しい。みんな、本気で頑張ってくれたから』

 

 

 みほの活躍は、少年の耳にも届いていた。

 セミプロの域にある大学選抜チームを、戦車道を始めて一年足らずの高校生が破ったのだから、それも当然だ。

 友人として祝福したかったのは勿論のこと、こうして言葉をかわしていると、意外なほどに心が安らぐのを感じた。

 

 

「……なんでだろう。電話で話してるだけなのに、ホッとする」

 

『え?』

 

「大洗を出なくちゃならなくなった時も、仮の住まいを探してる時も、ずっと慌ただしくて。話もしないまま、ここまで来ちゃったからさ。

 僕が何も出来ないうちに全部が終わってしまって、少し……その……。悔しかったというか、寂しかった……ああいや、何を言ってるんだか」

 

『………………』

 

 

 少年は、まとまらない気持ちをそのまま語り、みほが黙ってそれを聞く。

 ホッとすると言っておきながら、言葉を重ねていくうち、どこか気恥ずかしい気持ちも生まれ、照れくささに頭を搔きむしる。

 沈黙がしばらく続き、今度はみほが、誤魔化すようにして問いかけた。

 

 

『エリヤ君、今はどこに?』

 

「……実家。ギリギリまで逃げ回ってたから、本当についさっき来たばかりなんだけど」

 

『そっか……。大洗には、いつ帰ってくる予定なの?』

 

「……あ……」

 

『エリヤ君?』

 

 

 何気ない……。大した事のない質問だったはずなのに、少年は口をつぐんでしまう。

 先程とは違う、息苦しい沈黙。

 不安を煽るような、呼吸音。

 

 

「僕は……帰れないかも、知れない」

 

『……え』

 

 

 やがて、少年はみほにとって意外な、否定的な答えを返す。

 帰れない。

 大洗へ。

 何故?

 そう問いたげな、沈黙。

 

 

「エリヤ~。まだ~?」

 

「っ!? ご、ごめん、切るね。今度はこっちから掛けるから!」

 

『あっ、え、エリヤく──』

 

 

 ショックから立ち直り、みほがまた問いかけようとした瞬間、横合いから別の女性の声が入り、少年は反射的に通話を終えてしまう。

 やってしまったと、少年は切ってから後悔し、苛立ち紛れに声の主──自らの姉を注意する。

 

 

「姉さんっ! 電話中に背後から忍び寄るとか、マナー違反!」

 

「だってぇ、エリヤったら凄く楽しそうにお話してるんだもの。それに……女の匂いがしたし」

 

「ととと、友達だってば! ほら、もう済んだから、行こう?」

 

 

 思っていた以上に嫉妬深くなっていた姉に戦慄しながら、少年はその手を取って、ダージリン達の所へ戻っていく。

 みほさんには悪い事をしちゃったけど、今日の夜にでも、また電話して謝ろう。

 そう思い、後回しにしてしまった。

 この選択が、後の騒動の原因になるとは、全く予想だにしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「みっぽりーん! おっはよーってどうしたの、その顔っ!?」

 

「……はぇ?」

 

 

 久しぶりに投稿した学校。

 自分の机に着いていたら、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 振り返ると、どうしてだか驚いた顔をする沙織さんと華さんが立っていました。

 

 

「あ、沙織さん。華さんも、おはよう。学校で会うのは久しぶりだね」

 

「う、うん。そうだね。そうなんだけど、それよりも! 本当にどうしちゃったの、目から光が消えてるよ!?」

 

「……私、どこか変?」

 

「変だよぉ! まるで、生徒会に戦車道を強制された時みたいな顔してるもん! ね、華っ」

 

「はい。何か、お辛い事でもあったんですか? よければ話して下さい。わたくし達が力になりますから」

 

 

 二人はこちらへ駆け寄り、心配そうに手を取ってくれて。

 そんな顔をさせてしまったのが心苦しくて、私は笑顔を作って答えます。

 

 

「ありがとう。でも、特に何もないよ。朝ご飯もしっかり食べたし。ただ、最近少し眠れなくて……」

 

「寝不足? 気になる事でも……あ! もしかして、大学選抜との試合を見た誰かから、ラブレター貰っちゃったとかっ!」

 

「まぁ、そうなんですか?」

 

「ううん、全然違う……。というか、ラブレターなんて一度も貰った事ない……」

 

「あれ? そうなんだ。私は何通も貰った事あるよ? 全部ライカからだけど!」

 

「わたくしも、若さんから一度くらいは貰ってみたいですわ」

 

 

 沙織さんが自慢気に、華さんは羨ましそうに、ラブレターへの思いを語る。

 ラブレターかぁ。私もちょっとだけ羨ましいかも。

 いつかは貰えたりするのかな。

 私を好きだって言ってくれる人、現れるのかな……。

 

 

「って、ごめん。話が逸れちゃった。それで、何か悩み事なの? 私達で力になれる?」

 

「……別に、悩んでいる訳じゃ、ないんだけど。少し、気になるっていうか」

 

 

 惚気っぷりは相変わらずだけど、キチンと心配もしてくれる沙織さん。

 その気遣いが嬉しくて、私はつい、気掛かりな事を思い出してしまう。

 

 

「少し前、部屋に荷物を戻し終えて一息ついた時、ふと思い立って、エリヤ君に電話してみたの」

 

「まぁ! あの奥手なみほさんが!」

 

「きゃー! こういうのを待ってたのよー! で? で? どんな話したのっ?」

 

「えっと、実家に帰ってるみたいでね。普通に大学選抜との試合の事とか、おめでとうって言ってくれたり、とか。……でも……」

 

 

 途中まで、私は自然に笑顔を浮かべて、エリヤ君との電話の事を話します。

 けど、やっぱり途中で胸がモヤモヤするというか、嫌な気持ちが湧き出てしまって。

 どうしてこんな気持ちになるんだろう。

 どうしてこんなに、心がザワザワするんだろうと、不思議に思いながら言葉を続ける。

 

 

「途中で、エリヤ君を呼ぶ女の人の声が後ろから聞こえてきて、そのまま誤魔化すみたいに切られちゃって……」

 

「え。何それ!?」

 

「それに、エリヤ君の方からまたかけるって言ったのに、二~三日経っても、全然かけ来てくれなくて……」

 

「そんな……。エリヤさん、酷いです!」

 

 

 あの時は大丈夫だって言ってくれたけど、本当は忙しかったのかも知れない。

 久しぶりの里帰りなんだし、他を後回しにするのは普通のこと。

 そう考える私が居る。

 

 でも同時に、こう考える私も居るんです。

 どうして連絡をくれないの?

 あの時聞こえてきた女の人は?

 どこかで聞いた声のような気がするのはなぜ?

 

 こんなの、子供じみたワガママだって、自分でも分かるのに。

 どうして胸が苦しくなるのか、全く分かりませんでした。

 黒森峰を去った時とは少し違う、不安な気持ち。

 こんなのは、初めてでした。

 

 

「みぽりん。乗り込もう!」

 

「……へっ」

 

 

 一人で落ち込んでいると、唐突に、沙織さんが宣言しました。

 え? え? 乗り込む?

 乗り込むってまさか……エリヤ君の、実家に!?

 

 

「エリヤ君の態度は褒められたもんじゃないけど、まだ事実関係は確認してないんでしょ? だったらなし崩しみたいにしないで、ハッキリさせるべきだよ!」

 

「で、でも私達、まだ別にそういう関係じゃないし……」

 

「“まだ”って着けたって事は、いつかはそういう関係になりたいと無意識に思ってる証拠! 任せといて、ライカに聞いてみるから!」

 

「えええ!? あ、あのっ、沙織さんっ!?」

 

「安心して下さい、みほさん。こういう時の沙織さんは頼りになりますから」

 

「華さんも止めてよぉ!?」

 

 

 あれよあれよという間に、やる気になった沙織さんと華さんが話を進めていく。

 き、気持ちはありがたいんだけど、もうちょっと私のことも考えて欲しいかなぁ!?

 心の準備をさせて欲しいっていうか、あの、それ以前に私、エリヤ君と恋人になりたい、訳じゃ……。

 えっと……。ないような、ない訳じゃないような……?

 

 

「あ、ライカ? ……うん。うん、ありがと。私も愛してる。でね? ちょっと聞きたい事があって……。

 分校にさ、エリヤ君って呼ばれてる男子居るでしょ? うん、実家ってどこだか知ってる? ………………ええっ!?」

 

 

 モゴモゴしている私を無視するかのように、沙織さんはまた軽く惚気つつ、ライカ君と話す。

 あれかな。「いつも素敵な声ですね。愛してます!」とか言ってもらったのかな。簡単に予想できちゃう。

 でも、どうしてそんなに驚いてるんだろう? 会話の流れからすると、エリヤ君の実家は聞き出せたみたいだけど……?

 

 

「みぽりん、どうしよう……?」

 

「ど、どうかしたの? 沙織さん……」

 

「何か問題でも?」

 

「エリヤ君の実家……。聖グロなんだって」

 

「え。せ、聖グロリアーナっ!?」

 

「まぁ」

 

 

 微妙に冷や汗をかく沙織さんが告げたのは、吃驚するのも頷ける、意外な名称でした。

 大洗女子が、戦車道の試合でまだ勝てたことのない強豪校、聖グロリアーナ女学院。

 まさか、聖グロリアーナがエリヤ君の実家だったなんて……。

 ほ、本当にどうしよう……?

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「という訳で、遠路はるばる聖グロリアーナに乗り込んできた、我等あんこうチーム!

 果たして、これから先にどのような困難が待ち受けているのでありましょうか!? こうご期待であります!」

 

「優花里さん、撮影するのは構わないんだけど、声は控えめに……」

 

「あっ、申し訳ありません、西住殿……!」

 

 

 カメラで自撮り&実況をする優花里さんに、私は思わずツッコミました。

 時は過ぎ去り、エリヤ君の実家が判明してから数日後。

 優花里さんの言った通り、私達は週末を利用し、大洗女子の何倍も大きな学園艦、聖グロリアーナ女学院に居ます。しかも、なぜだかあんこうチーム全員で。

 無理やり連れて来られたらしい麻子さんなんか、まぶたを擦って眠そうな顔してます。

 

 

「なぜ私まで連れて来られたんだ……? せっかくの休みなのに。まだ昼過ぎだというのに」

 

「みぽりんの問題はチームの問題でしょ! それにどうせ昼まで寝てるだけなんだから、別にいいじゃない、麻子」

 

「失礼だな沙織。最近の私は忙しいんだ」

 

「何かお約束があったんですか? だったら申し訳ない事をしてしまいました……」

 

「いや、約束はしてないが、先輩の家に行ってイチャイチャする予定だった」

 

「あ、あらあら」

 

「最近の麻子さんって、色んな意味で沙織さんに似てきたよね……」

 

「みぽりん。それって褒めてる? 褒めてるんだよね? 傷つきたくないから褒められてると思っちゃうよ私」

 

「女の子らしくなったという意味でなら、褒め言葉なのではないでしょうか……?」

 

 

 みんな、思い思いの私服に身を包んで、お喋りをしつつ、聖グロリアーナ街並みを歩きます。

 英国の支援を受けているだけあって、レンガ造りの建物が整然と並び、本当に違う国に来たみたい。

 だけど、住人の人達は普通に日本人だし、お婆さんがもんぺを着て手押車を押してたりもするので、微妙に違和感が……。

 そんな中、めい一杯にお洒落した沙織さんが、先頭に立ってこちらを振り向く。

 

 

「で、これからどうする? 来たは良いけど、土地勘なんてこれっぽっちもないし。ダージリンさんとかに案内をお願いしてみよっか?」

 

「だ、ダメだよ沙織さん! 私達が勝手に来ただけなんだし、迷惑は掛けられないよ……」

 

 

 別に、他校の生徒が他の学園艦に来たって、特に問題にはならない……あ、戦車道とかの大会期間中は別だけど。最悪、捕まっちゃうし。

 とにかく、今回のお出かけは理由が理由なので、あまり人に知られたくない。

 だから、出来るだけ隠密行動に徹したいというか、許されるなら今すぐ帰りたいです。

 

 

「お任せ下さい、西住殿! こんな事もあろうかと、ダンチョー殿に秘密兵器を御用意して頂きました! なんとぉ……GPS信号追跡装置であります!」

 

「ゆかりん。法的に大丈夫なの、それ」

 

「大丈夫じゃないと思いますわ……」

 

「乙女の純情のピンチなんです! お巡りさんも分かってくれますよ! 多分!

 それに、悪用できないようにエリヤ殿の携帯の信号しか拾えないようになってますし、いざ詳しく調べられてもオモチャにしか見えない隠密仕様です!」

 

「無駄に凝ってるな」

 

「才能の無駄遣いだよ……」

 

 

 帰りたいんだけどなぁ、という私の気持ちを別方向から察したようで、優花里さんは得意げに謎の端末を取り出しました。

 ダンチョー君は本当に器用だよね……。その器用さが今だけは恨めしいよ……。

 

 そんなこんなで、エリヤ君の反応をキャッチするため、グロリアーナの街を巡る私達。

 途中、銘菓グロリアーナ煎餅とか、グロリアばななとか、鳩サブリアーナを買って食べたり。

 これだけなら小旅行しているみたいで、気分転換にぴったりかも。

 妙なネーミングのお菓子は気になるけど。いいのかな、版権的に。

 

 

「っていうかさ、ゆかりんはどうなのよ、最近」

 

「はい? 沙織殿、どうとは?」

 

「んもう、トボけちゃって~。ダンチョー君との関係はどうなのってハ・ナ・シ♪ でしょ!」

 

「フゴップ!?」

 

「あらあら、大丈夫ですか?」

 

「また奇妙な鳴き声を……」

 

 

 食べ歩いてしばらく。

 ふと、沙織さんが優花里さんへ話題を振り、優花里さんはジュースを吹き出した。うわぁ、見事なカルピスの霧が。

 自分の恋愛事情に突っ込まれるとは予想だにしていなかったみたいで、優花里さん、汚れた口元も拭わずに誤魔化し始めました。

 

 

「ぶべべべ、別に、何もないでありますよっ!? ええ、報告すべき事は、特段……」

 

「えー。ゆかりん嘘ついてないー? さおりんレーダーが“何かあった”って反応してるんだけどなー?」

 

「ううう……っ。……ほ、他の誰にも言わないって、約束して貰えますか……?」

 

「モチのロンだよ! で? で?」

 

 

 恋愛に関しての嗅覚は異様に鋭い沙織さん。

 したり顔で優花里さんの周囲をグルグル回り、指でつんつん攻撃を。

 やがて、耐えきれなくなった優花里さんは、顔を真っ赤にして俯きます。

 

 

「……ました……」

 

「え? なに、ゆかりん。聞こえない」

 

「で、ですからっ。……正式に、お付き合いする事に、なりました……」

 

「まぁまぁまぁ!」

 

「キャー! やったじゃない、ゆかりん!」

 

「ほう。ついにか」

 

「お、おめでとう。優花里さん」

 

 

 優花里さんとダンチョー君が、正式な恋人同士に。

 場の空気は一転して祝賀ムードになり、私も戸惑いつつ祝福します。

 い、いつの間にそんな事に……。

 おめでたいのは確かだけど、なんだろう、この置いてけぼり感……。

 

 

「いやー、そっかそっかー。ゆかりんとダンチョー君も、とうとうゴールインかぁー。んふふふ、ご感想は?」

 

「も、黙秘権を行使したいでありますぅ!」

 

「却下します。私のファーストキスを晒しものにした罪、忘れたとは言わせないわ!」

 

「うぐっ。そ、それを言われると……」

 

「あの、沙織さん? その罪を問われるべきなのは、麻子さんなのでは……?」

 

「細かい事は言いっこなし! 洗いざらい話してもらっちゃうんだから!」

 

「細くないと思うんだが、興味はある。聞かせてもらおう」

 

 

 一躍、主役の座に躍り出た優花里さんを、私を除くみんなが弄り回しています。

 可哀想な気もするけど、私もちょっとだけ気になるし、ここは様子を見ようっと。

 ……わくわく。

 

 

「本当に、報告するような事はなにもないんですよ……。特に恋人らしい事とかしてませんし。ただ……」

 

『ただ?』

 

「なんで皆さんハモるんですかっ?

 ……ただ、戦車の事を考えているときに、ふとダンチョー殿の顔が浮かんだり。

 戦車の薀蓄をどんな風に話そうかとか、どんな話なら楽しんでもらえるかとか、考える……ように……

 あああ! 私は何を言ってるんでありますかぁああっ!?」

 

「やだもー、ゆかりんったら照れない照れない♪」

 

「初々しいですわぁ」

 

「うん。少し前の私だったら、全く理解できなかったんだろうな……」

 

 

 癖っ毛をモシャモシャかき回しながら、その場に座り込んでしまう優花里さん。

 その姿は、華さんが言う通り、とっても初々しくて、同性の私から見ても可愛く思えました。

 好きな人が出来ると、女の子って可愛くなるのかな?

 沙織さんも、華さんも、麻子さんも、優花里さんも。

 みんな元から可愛かったのに、恋人が出来てから、もっともっと魅力的になった気がする。

 ……なんだか、寂しいな。私だけ、あんまり変わってない。

 

 

「わ、私のことなんかよりも皆さん、反応ありましたよ! こっちです!」

 

「あ。逃げた。まぁいっか、後で根掘り葉掘りすればいいんだもんね~。

 今はみぽりんとエリヤ君の問題が優先! みんな、パンツァーフォー!」

 

「沙織。誰も戦車には乗ってないぞ」

 

「えへへ、一回言ってみたかったんだも~ん」

 

 

 一人、馬鹿みたいな疎外感に気落ちしていると、優花里さんが急に立ち上がり、とある方向を指差して歩き出した。

 これ以上の追求は可哀想かな、と。無言のまま意見を一致させた私達は、本来の目的であるエリヤ君探しに戻ります。

 ダンチョー君お手製の追跡装置は精度が高かったみたいで、程なく、見知った後ろ姿を、噴水のある公園で見つけるのですが……。

 

 

「対象を発見。ですが、これは……」

 

 

 木陰にあるベンチに腰掛けるエリヤ君の隣には、彼と同い年くらいの女の子が、居ました。

 茶色の長い髪を一本のお下げ髪にして、まだ日差しに夏を感じる時期なのに、ベッタリとエリヤ君にもたれ掛かる、ワンピース姿の、見覚えのある女の子が。

 あの人は確か、聖グロリアーナでマチルダⅡの車長をしていた、ルクリリさんとかいう……。

 あ、そっか。あの聞き覚えのある声は、ルクリリさんの声だったんだ。

 そっか。そっか。

 そうなんだ。

 そっか。

 

 

「あああっ、西住殿の目からハイライトが消えてますぅ!?」

 

「なんなのよアレ!? 完っ璧に浮気じゃない! 文句言ってやるんだからっ!!」

 

「待って下さい、沙織さん。こういう場合は、まず証拠固めをしてからでないと。言い逃れられては面倒です」

 

「私はその冷静さが怖いぞ……」

 

 

 小さな藪に隠れながら、優花里さんと麻子さんが怯えたり、今にも飛び出して行きそうな沙織さんを、華さんが抑えたり。

 周囲で色んな反応が起きているけれど、なんだか頭が働かないや……。

 足元がフワフワしているような、グラグラしているような、不思議な感覚のせい?

 どうしよう。気分、悪いかも……。

 

 ところが、次の瞬間。スカートのポケットに入れていた私の携帯が、着信音を鳴らした。

 ハッとなって、とりあえず誰からの電話かを確認すると、なんとエリヤ君の名前が!

 慌てて遠くのベンチを確認すると、エリヤ君は一人で、携帯電話を耳に当てています。

 ルクリリさんは、何かをしに行った?

 よく分からないけど、今確かなのは、この電話には出た方が良いかも知れない、ということ。

 みんなに秘密にするのも悪いと思ったので、私は音をスピーカーにしてから、通話ボタンを押しました。

 

 

「……も、もしもし……?」

 

『あ、みほさん。ごめん! 連絡するのが遅くなって!』

 

 

 開口一番、エリヤ君は謝ってくれた。

 ベンチに居る本人も頭を下げていて、本気で謝っているように聞こえました。

 まだ暗い気持ちは晴れないけど、謝ってはくれたし、必要以上に怒ったら変に思われるから。

 だから私は、本当の気持ちを隠して、その場を取り繕う。

 

 

「う、ううん。気にしてないから。忙しかったんだよね?」

 

『そうなんだけど、放置しちゃったのは事実だから……。本当にごめん。久しぶりに帰ったからか、姉さんが張り切っちゃって、家の中じゃベッタリで……』

 

「え? お姉さん?」

 

『うん。本当に四六時中張り付かれちゃったから、離れた時に電話を掛けようにも、深夜だったり、充電が切れてたりで、どうにも間が……』

 

 

 ……取り繕う、のですが。

 申し訳なさそうなエリヤ君の発言に、思わずオウム返ししてしまいました。

 お姉、さん? そ、そういえば前に、そんな話を聞いたような?

 え? エリヤ君って、ルクリリさんの弟さんだったの!?

 

 

(ちょっとみぽりん! お姉さんって本当なの?)

 

(本当だと、思う。前に双子のお姉さんが居るって聞いた事あるから)

 

(つまり、また早合点していた訳だな)

 

(なら一安心、でしょうか?)

 

(良かったですね、西住殿!)

 

 

 携帯に声を拾われないよう、手で口を覆って話し合う私達。

 確かに、早合点しちゃってたのかも。ううん、しちゃってたんだ。

 久しぶりに会えた弟さん相手なら、あのくっつき具合いも………………な、納得はちょっとしづらいけど、気持ちは分かるような、分からないような……?

 ううう、なんだかスッキリしないよぉー!

 

 

『みほさん? もしかして、忙しかったかな。かけ直そうか?』

 

「えっ!? ううんっ、大丈夫っ。まだお話できるから!」

 

『そ、そっか。なら良かった』

 

「うん……。あ、あの、それじゃあ、あの時、帰れないって言ったのは……?」

 

『それは……まぁ、姉さんの事もあるんだけど。他にも、理由が……あるような、ないような……』

 

 

 もどかしい気持ちを抱えたまま、ふと思い出した疑問をぶつけてみると、今度はエリヤ君が、歯切れの悪い返事を。

 どうしたんだろう。そう思って次の言葉を待っていると、とても、とても真剣な声が返されました。

 

 

『このままじゃ、ダメだと思ったんだ。僕が大洗に居たのは……逃げるためだったから』

 

「逃げる?」

 

 

 エリヤ君らしくない、ネガティヴな言葉。

 その真意を測ることができず、私は問いかけてみようとするけれど。

 

 

『みほさんの絵を満足に描ききれないのは、きっと僕が過去を直視できていないから。

 だから、今まで向き合ってこなかったものと向き合えば、何かが変わると思って……』

 

「描ききれないって、そんな。今でも凄く上手に描けてるのに」

 

『ありがとう。でも、上手なだけじゃダメなんだ。僕自身が嫌なんだよ。

 だってあの絵じゃ、僕が見てるみほさんの半分も描けてない。

 僕が見てるみほさんは、もっと、ずっと魅力的なのに!』

 

「えっ」

 

『え? ……あ゛!? ち、違──くはないんですけど、あの、いや、あのっ』

 

 

 いきなり過ぎる褒め言葉に、タイミングを失ってしまいました。

 エリヤ君が見ている、私。

 今まで描いて貰った絵だけでも、十分以上に可愛く描いてくれてる気がするのに。

 彼の眼に映る私は、どんな顔をしてるのかな……。

 といいますかっ、沙織さん達がすぐ側で、物凄く良い顔でこっちを見てるのが、とっても恥ずかしいっ!

 

 

『と、とにかくそういう訳でして! 今はまだ帰るわけにはいかないと言いますか!』

 

「そ、そうなんだ。えと、が、頑張ってね! 私、応援してる、から……」

 

『うん……』

 

 

 意外な展開に頭がついて行かず、私とエリヤ君は口ごもってしまう。

 色々と話したいことがあったのに、全部忘れちゃった。

 ううん、忘れちゃったというより、どうでも良くなっちゃった、のかも。

 エリヤ君への誤解は解けたし、理由はよく分からないけど、帰れない事情があるのも話してもらえたし。

 これなら、わざわざ聖グロリアーナまで来なくても──

 

 

「ちょっと貴方達っ、そんな所に隠れて何してるの!」

 

「ひゃあっ!?」

 

『ん? みほさんっ? っていうか今の声(ピッ)』

 

 

 背後からの厳しい声に、私は、私達は飛び上がる。

 ビックリして思わず電話切っちゃった……。

 でも、それは正解だったかも知れません。

 何故なら、背後から声を掛けてきたのは、両手にジェラートを持つ、エリヤ君の双子のお姉さん──ルクリリさんだったのです。

 

 

「……あら。不審者かと思ったら、あんこうチームの。本当に何をしているの? 観光?」

 

「ぁぁあぁあの、そそそそうなんですっ」

 

「は、廃校も完全撤回されたし、い、いい機会かなぁーって。ね、華っ?」

 

「そ、そうなんです。いわゆる、その、御礼参りですわっ」

 

「ある意味では間違ってないが、やはり少し不適切だと思──むぐぅっ」

 

「冷泉殿っ」

 

「……んん? なんだか怪しい……」

 

「い、いえ、本当なんで──あっ」

 

 

 慌てふためき、私に続いて適当な言い訳を繰り返すみんな。

 しかし、やっぱり怪しかったのか、ルクリリさんの目付きは段々と険しくなり、次の瞬間、また私の携帯が着信音を鳴らしました。

 確認すると、発信者はエリヤ君。心配して掛け直してくれてるんだ。その優しさが今は困ります。

 だって、携帯に気を取られた隙に、ルクリリさんがずいっと私へ顔を寄せて、画面に映る名前を見られてしまったから。

 

 

「……ふぅん。そう。そうだったんだ」

 

「な、なんですか……?」

 

「まさか貴方が、“私のエリヤ”のストーカーだったなんてねぇ。西住さん?」

 

「……!? ち、違いますっ、私はっ」

 

「あらそう? なら、この状況をどう説明するつもりかしら」

 

「あ……う……それは……」

 

 

 ストーカー呼ばわりされて、流石に怒ろうと思ったけど、ぐうの音も出ません。

 エリヤ君に黙って、私が知らないはずの実家に乗り込んじゃってるんだから、そう勘違いされても仕方ないし……。

 でも、誤解されたままなのは困るっ。どうにかして弁明しなきゃ……!

 

 

「とにかく、これ以上エリヤに付きまとうのは止めてもらえる? どこの馬の骨とも分からない人に、大切なエリヤを任せられませんから」

 

「ぐぬぬぅ……。みぽりんの気持ちも知らないでぇ……っ。麻子、なんか言い返して!」

 

「人任せか。まぁ、ツッコミを入れるとしたら、顔も名前も家柄も分かっているのに、馬の骨はないだろうな」

 

「あ。確かにそうですわ」

 

「おおお、冷静なツッコミ。流石です冷泉殿っ」

 

「ちょっと! 外野は黙っててちょうだい!」

 

 

 あああ、言い訳を考えているうちに、みんなとルクリリさんが険悪なムードに。

 本当にどうにかしなきゃ、このままじゃマズいよぉ……!

 どうして試合中みたいに機転が利かないの私ぃ!?

 

 

「姉さん、何を怒鳴って………………みほさん?」

 

「ふぇ!? えええ、エリヤ君!?」

 

 

 更には横合いから、携帯片手にエリヤ君まで登場しました。

 まずルクリリさんを見て、それから私の方を見て、眼をパチクリ。

 

 

「どうしてみほさんがここに? それに、あんこうチームの皆さんまで……。っていうか、なんで姉さんはみほさん達を睨んでるのさ」

 

「私じゃなくて、西住さんに聞いてみたらどう? どうして睨まれてるのかって」

 

「えっ。えっと、えっと、あの、ううう、ええとぉ……」

 

 

 どうしよう、どうしよう、どうしようっ。

 どう答えれば良いの? この状況で、これ以上の誤解を避けるためには……。

 とりあえず、当たり障りがないように謝っておいて、それから話をしなきゃ!

 

 

「え……エリヤ君を、返して下さいっ!!」

 

 

 ……あれ。私、頭を下げながら何を言ってるの?

 え、違う、こんなこと言うつもりじゃなかったのにぃ!

 

 

「みぽりん言ったー!」

 

「この状況下で宣戦布告とは、凄いです西住殿!」

 

「女の戦いの予感がいたしますわぁ~」

 

「眼が輝いてるぞ、華」

 

 

 やめて、囃し立てないで、できればフォローしてみんな!?

 試合中みたいに助けてくれると嬉しいんだけどな私っ!

 

 

「そう……。そこまで言われたら、エリヤの姉として黙ってられないわね……。決闘よ!」

 

 

 ああもうっ、ルクリリさんまでヤる気になってるしぃ!

 こちらに指を突きつけるルクリリさんと、セコンド状態のみんなが、慌てふためく私を挟んで睨み合っています。

 まさに一触即発。もはや衝突は避けられない。

 

 そう思った、次の瞬間。

 

 

「話は聞かせて貰ったわ。その決闘、聖グロリアーナ女学院、ダージリンが預からせて頂きます!」

 

「ええっ、だ、ダージリンさん!? なんで藪の中から!?」

 

「お、お久しぶりです。あんこうチームの皆さん」

 

「御機嫌よう……」

 

「御機嫌ようでございますわ!!」

 

 

 ちょっと遠くの藪の中から、葉っぱ塗れのダージリンさんが現れました。

 しかも、やけに疲れた顔のオレンジペコさんとアッサムさん、元気一杯な……ローズヒップさんだったかな。三人を引き連れて。

 場所的には、エリヤ君が座っていたベンチを中心にして、ちょうど私達と反対側かな。

 あれ? という事は、ダージリンさん達も覗いてた、の?

 ルクリリさんも疑問に思ったのか、驚いた様子でダージリンさんに問いかけます。

 

 

「ダージリン様、どうして?」

 

「たまたま通りすがっただけなのだけど、何やら面白──こほん、重要そうな話をしているじゃない。ここは一肌脱ごうかしら、と思ったのよ」

 

「本当はルクリリさん達を尾け回してただけですけどね」

 

「ダメよオレンジペコ! そんな事が知られたら、我が校の品格に傷がつきますわ!」

 

「あれ。ダメだったんでございますか? わたくし、スパイ大作戦みたいで楽しかったのですが……」

 

 

 ルクリリさんとダージリンさん。

 二人が真剣な表情で向かい合う横で、オレンジペコは疲労感満載で呟き、アッサムさんが必死に声を潜めて、ローズヒップだけは妙にウキウキと。

 ……なんて言えば良いんだろう。そちらも大変なんですね。

 私も、頑張らなきゃ。せめて、必要のない戦いだけは避けなきゃ!

 

 

「あ、あの、ルクリリさん? いきなり決闘だなんて言われても……。ダージリンさんも止めてくださいっ」

 

「こうなった以上、言葉は無用よ。西住さん。

 ……どのみち、避けては通れないのだから。ね?

 決闘の内容は、立会人であるわたくしが、独断と偏見で公平に決めさせて貰います」

 

「それは本当に公平なのか……?」

 

「そうよそうよー! 勝手に決められたら、そっちが有利になるに決まってるじゃない!」

 

「沙織さん? こちらは挑んだ側なのですし、贅沢は言えませんわ」

 

「決闘の様式に則る、という事でしょうか。厳しい戦いになりそうであります……っ」

 

「あの、ちょっと待ってみんな。なんでもう戦うって決まって……」

 

「安心して頂戴。このメンバーを揃えてする勝負事の内容なんて、一つに決まっているわ」

 

「ダージリンさん、お願いだから話を聞いて下さいぃ!?」

 

「みほさん。無駄だよ。この人達、基本的に人の話聞かないから……」

 

「エリヤ君まで諦めモードっ!?」

 

 

 ……頑張ろうとしたんですが、なんだか無理っぽい。

 そう言えば途中から無視されてたエリヤ君は、ルクリリさんから受け取ったジェラートを食べつつ、遠くを見つめていました。

 自分の事なんだし、もうちょっと抵抗した方が良いんじゃないかなっ。

 オレンジペコさん達もなんとか言って……あ、駄目だ。いつの間にかローズヒップさんが買ってきたらしい、追加のジェラート食べて和んでる。

 聖グロリアーナって、こんなに自由な校風だったっけ? もう訳が分からないよぅ!

 

 

「勝敗を決する方法は、ズバリ……戦車による一騎打ちよ!」

 

 

 混乱する私を無視し、ダージリンさんはみんなの顔を見渡して、高らかに宣言します。

 戦車による、一騎打ち? でも、四号は持ってきてないのに。

 一体、どうなっちゃうんだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちゅどーん

 

 ぱかっ がしゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マチルダⅡ・ルクリリ指揮車、走行不能! よって、マチルダⅡ・西住みほ指揮車の勝利!』

 

「うわぁああんっ!! どうして勝てないのぉ~っ!! ちくしょーっ!!」

 

「なんとか、負けずにすんだ……」

 

 

 マイクを通じたダージリンさんによって、一騎打ちの結果が示されました。

 聖グロリアーナ女学院の訓練用フィールドには、ペイント弾で汚れた二台のマチルダⅡ歩兵戦車が停まっています。

 私達あんこうチームが乗る、ピンクのあんこうステッカー付きのマチルダと、判定装置が起動して動けなくなった、ルクリリさんチームが乗るもう一台が。

 

 一騎打ちの内容としては、マチルダの主砲だと、同じマチルダの装甲を抜くのはかなり難しいので、ペイント弾を使った模擬戦になりました。

 制限時間内を自由に戦い、お互いの総被弾数を競うという形で、最初はルクリリさんの指揮に翻弄されちゃってた。

 でも、麻子さんはあっという間にマチルダの操縦に慣れてくれて、華さんもすぐ2ポンド砲の挙動を掴み、優花里さんがいつも以上のテンションで高速装填してくれたおかげで、どうにか……。

 

 

『あんこうチームの皆さん、凄いです! まさか、今日初めて乗るマチルダで、同じマチルダに勝つなんて!』

 

『最初こそ、動きにぎこちなさが目立ちましたが、すぐに乗りこなしましたね。操縦手の冷泉さん、だったかしら。凄い才能だわ』

 

『ルクリリさぁーん! ドンマイでございますわぁー!! あと、言葉遣いが少々お下品でございますですぅー!!』

 

 

 自分でもビックリの結果だったんだけど、観戦していたオレンジペコさん達は、チームメイトに勝ってしまった私達を祝福してくれて。

 完全に安全が確認されると、同じく観戦していた沙織さんが、こちらへ手を振りつつ駆け寄ってきた。

 

 

「やったねみぽり~ん! 乗員四人だからあぶれちゃったけど、見ててハラハラしたよー! 勝てて良かった~」

 

「ありがとう、沙織さん」

 

「なかなか速度が出なくて難しかったが、なんとかなったな」

 

「その分、行進間射撃でも比較的安定していましたね。四号とは勝手が違いましたが、素晴らしい戦車ですわ」

 

「はぁ~……。初めて乗るイギリス戦車……。最高でしたぁ~……。ダンチョー殿への土産話ができましたぁ~……」

 

 

 マチルダの側ではしゃぐ沙織さんに、私はキューポラから上半身を出して手を振り返す。

 麻子さんは車体前面上部の操縦手ハッチから。華さんはキューポラのサブハッチから顔を出していて、先に降りた優花里さんは、まだ乾いていないペイントで汚れるのも構わず、マチルダに頬ずりしています。

 ちなみに、華さんが顔を出しているのは、本来なら優花里さんが居るはずの場所だったり。場所が空いたから、外を見るために移動したんだね。

 完全に非公式な試合なので、観客は他に居ません。後はエリヤ君くらいなんだけど……。

 

 

「あの、沙織さん。エリヤ君は……?」

 

「エリヤ君? エリヤ君だったら、みぽりん達の試合を食い入るように見てたよ。

 すぐにこっちへ来るかと思ってたんだけど……来ないね。どうしたんだろう?」

 

 

 気になって尋ねてみると、沙織さんも不思議そうに後ろを振り返る。

 試合は監視塔から見ていたはず。

 私が勝ったということは、ルクリリさんが、エリヤ君のお姉さんが負けてしまったということ。

 気分を害して帰っちゃったのかな……。それとも急用が出来たとか……?

 

 

「西住さん……」

 

「っ!? る、ルクリリさん!? なな、なんですかっ!?」

 

 

 背後からの恨めしい声。

 飛び上がりながら後ろを確認すると、そこには暗い表情をしたルクリリさんが。

 

 

「ちょっと、顔貸してくれない……?」

 

 

 あまりの迫力に、私は言葉もなくブンブン頷きました。

 な、なんだか物凄く怖い雰囲気だけど、酷いことされない、よね?

 一応は勝ったんだし、大丈夫だよね!?

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 かこ~ん。

 

 

「はぁ~。やっぱりお風呂は落ち着くわね〜」

 

「そ、そうですね……」

 

 

 広々とした大浴場に、二人分の声が反響する。

 試合を終えて私達が来たのは、スパリゾート・グレートグロリアーナ。いわゆるスーパー銭湯です。

 あ、最初の「かこ~ん」は手桶を置いた時の音で、八九式の砲弾が重戦車に弾かれた音でも、中戦車に弾かれた音でも、軽戦車に弾かれた音でもありません。

 ……なんだか、バレー部のみんなが「はっきゅんを馬鹿にするなー!」とか「ラングの背面装甲ならギリギリ抜けるんだぞー!」とか「100m以内でならですけどねー!」とか「今度は当ててやりますよー!」とか言ってそうな。

 後でそれとなく謝ろう……。

 

 

「悪かったわね、無理やり付き合わせたみたいで」

 

「いえいえ、そんな事は。試合の後は汗をかいてますし、気持ちいいです」

 

 

 もちろん、銭湯にはみんなで一緒に来たんですが、沙織さんと華さんは美肌の湯に。

 ダージリンさんとオレンジペコさんはジャグジー、アッサムさんはワイン風呂。

 麻子さんとローズヒップさんはサウナに行ってしまったので、普通の湯船に浸かっているのは私と、タオルで髪を纏めるルクリリさんだけ。

 気まずい……のとは、違うかな。少しだけ緊張させられるような、なんとも言えない雰囲気が漂っています。

 黙っているのはそれこそ気まずくなってしまうし、コミュニケーションを図ろうとするんだけど、どうやって話しかけようか悩んでしまって。

 でも、悩んでいるうちに、幸いにもルクリリさんの方から話しかけてきてくれた。

 

 

「私、戦車道を始めたのは、エリヤがきっかけだったのよ」

 

「え? そうなんですか」

 

 

 内容は、やっぱりエリヤ君のこと。

 湯船のふちに寄りかかり、ルクリリさんは天井を見上げる。

 

 

「エリヤが昔、騎士道をやっていたのは知ってる? 精神的な心構えじゃなくって、スポーツの方の」

 

「あ、分かります。実際に見た事はないですけど」

 

 

 騎士道。

 男子の選択科目にも存在する、古式ゆかしい武術。

 確か、大洗の男子分校にはなかったはず。

 もしも科目が存在したら、エリヤ君も農業科じゃなくて、普通科で騎士道をやってたのかも。

 

 

「私ね。昔はエリヤの事、苦手だったの」

 

「えっ!?」

 

「才能があって、力も強くて、それを隠しもしない子だったから。大変だったのよ、小学生の頃は」

 

「……ちょっと、信じられないです」

 

「うん。私もそう思う。今では大好きだけど」

 

 

 意外にも程がある告白と、意外過ぎるエリヤ君の過去を聞き、私は湯船の中で膝を抱えた。

 礼儀正しくて、落ち着いていて、しっかり者なエリヤ君が、昔は自信満々のヤンチャさんだった?

 子供の頃は、仲が悪かったのかな……。

 

 

「私とエリヤは双子だったけど、いつもエリヤが前を歩いて、私が後ろに隠れながら着いて行ってた。

 そんな関係が変わったのは、中学に上がる直前の冬休みに起きた、事故が原因」

 

「事故……」

 

 

 重く響く単語に、自然と息を飲む。

 連想してしまうのは、去年の戦車道大会での、あの出来事。

 どんなスポーツでもそうだけど、どんなに細心の注意を払っても、事故の可能性を無くすことは不可能なんだって、あの時に思い知ったから。

 

 

「その日。私はエリヤに無理やり連れ出されて、馬で遠出したの。

 といっても学園艦の上だから、今思えば大した事ない距離だったんだけど、それは置いといて。

 エリヤの背中に抱きついて、海を横目に草原を走って、丘を越えて、人工林へ。ここまでは、いつも通りだったのよ」

 

 

 しかし、ルクリリさんはどこか、気楽そうにも感じられる語り口で。

 幼い姉弟が、馬に乗って草原を走る姿を想像すると、まるでおとぎ話の世界みたい。

 ちょっと、羨ましいかも。

 ……あっ。だ、抱きついてって所がじゃなくって、馬に乗ってっていう所が、ですけどっ。

 

 

「エリヤは、普段なら楽に飛び越せるような木の根っこを、馬に飛びこえさせようとして。

 でも、その日に限って、エリヤの馬は途中で暴れて、私達は落馬しちゃったの」

 

「落馬っ? だ、大丈夫だったんですか!?」

 

「大丈夫に決まってるじゃない。そうじゃなきゃ私、ここに居ないわ」

 

「あ。そ、それもそうです、よね。あはは」

 

「ふふ」

 

 

 誤魔化すように私が苦笑いすると、ルクリリさんも小さく笑ってくれた。

 そうだよね。もしも重大な事故だったら、こうしてルクリリさんとお話する事も出来なかった訳だし。

 慌て過ぎだよ、私ってば……。

 

 

「でもまぁ、怪我をしなかった訳じゃなくってね。

 特に私は、エリヤを守るみたいに下敷きになっちゃったから、背中をちょっと。

 運悪く、下に尖った石が埋まってたのよ。ほら、薄っすらとだけど、傷が残ってるでしょ?」

 

「……本当ですね。目を凝らさないと分からないくらいですけど」

 

 

 ルクリリさんが背中を向けたので、悪いかもと思いつつ確認させてもらうと、確かに。

 綺麗な背中の中心、背骨に沿って数cmほど、古傷みたいになっている所が。

 ……っていうか、ルクリリさんは事も無げに言ってるけど、これって結構な重傷だったんじゃ?

 でも、やっぱり彼女は、あっけらかんと話を続けて。

 

 

「エリヤが変わったのはそれから。

 僕のせいだ。僕がお姉ちゃんを傷つけた。

 そう言って凄く落ち込んだ後、とても過保護になったの」

 

「もしかして、それが今のエリヤ君の……?」

 

「たぶん、そう。あの事故がなかったら今頃、傍若無人な乱暴者になってたかも」

 

 

 当時のエリヤ君の落ち込む姿を思い出したのか、少し伏し目がちになるルクリリさん。

 自分のせいでお姉さんが怪我をしたら、落ち込まない訳がないよね。

 私だって、自分のせいでお姉ちゃんが怪我なんてしたら、その傷が治るまで……ううん、治ってもずっと気にしちゃうと思う。

 けれども、それが切っ掛けでエリヤ君は変わった?

 それくらい、当時のエリヤ君にとっても、ルクリリさんは大切な存在だったんだ……。

 

 

「だけど、私のリハビリの手伝いとか、世話をするために、エリヤは騎士道の全てを捨てた。それが私には……辛かった。

 凄く優しくなって、私のためになんでもしてくれるようになっても、自分を殺しているようにしか見えなくて。

 だから私、戦車道を始めたのよ。私はこんなに元気になった。もう私に縛られる必要はないって、教えたかったから。

 ここまで本気になるとは思ってなかったし、エリヤと離れている時間が逆に辛くなっちゃって、スキンシップ多めになっちゃったけど。

 あ、エリヤって名前は、戦車道を始めてから私がつけてあげたの。紅茶の銘柄なのよ?」

 

「へ、へぇー。そうだったんですかぁ」

 

 

 それは元の木阿弥って言うんじゃ……。

 というツッコミを、私は必死に飲み込みます。

 せっかく上機嫌に話してくれてるんだし、また変なこと言って怒らせたくないし。

 だって。

 

 

「しばらく、そんな楽しい日々が続いて。でも突然、エリヤが聖グロ以外の学園艦へ進学する事を決めて、終わりを告げたの」

 

「……エリヤ君は、どうして聖グロリアーナを出たんでしょうか」

 

「分からない。もしかしたら、エリヤも私と同じ風に思ったのかも。

 自分のせいで、私が変わってしまった。無理をしてる。だから、離れる事で元に戻そうとした……とか。

 顔とかぜんぜん似てないのに、こんな所ばっかり似てるのは、やっぱり双子だからかなぁ」

 

 

 そう言って苦笑するルクリリさんは、困っているようでいて、とても楽しそうだったから。

 多分、小さい頃は本当にエリヤ君の事が苦手で、でも、事故がきっかけで仲良くなり、本当に大好きになって。

 そんな今が、幸せだからだと思う。

 だから、リハビリが必要なほどの大怪我も、そのために必要なプロセスだったんだって、笑って話せるんだと思う。

 ルクリリさん、凄いな。

 ちょっと──かなり想定外な関わり方をしちゃったけど、こんなに強い人だと知る事が出来て、本当に良かった。聖グロリアーナに来て、良かった。

 

 

「ねぇ。大洗にはいつ帰る予定なの?」

 

「あ~……。日帰りのつもりだったので、本当は、もう帰ってる時間だったり……。帰りの船のチケット、無駄になっちゃいました」

 

「そう。だったらみんな、今日は私の家に泊まっていきなさいよ。大洗へのチケットも用意してもらうから」

 

「えっ? でも、そこまでして貰う訳には……」

 

「いいわ、そのくらい。私達が引き留めたようなものなんだし。ゆっくりして行って」

 

「……ありがとう。ルクリリさん」

 

「あら。お義姉さんって呼んでもいいのよ? 妹になるかも知れないんだし。ね、みほちゃん?」

 

「へっ!?」

 

 

 唐突なみほちゃん呼びにビックリしていると、ルクリリさんは「冗談よ」と、また笑います。

 それに釣られて私も笑ってしまい、少しの間、私達は楽しく笑い合っていました。

 こんなに素敵なお姉さんが居るエリヤ君が、羨ましいや。

 もちろん、私のお姉ちゃんだって素敵な女の人ですけど、ね?

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 エリヤ君を巡る決闘騒ぎから一夜明け、青空の広がる日曜の朝。

 聖グロリアーナ女学院から下船するためのデッキに立つ私は、しかし、空のように晴れ渡った気持ちではありませんでした。

 

 

「エリヤ君、来ませんね……」

 

「本当に、どうしたのかしら」

 

 

 不安を紛らわせるたに、隣のルクリリさんへと話しかけるけれど、私と同じように、不安を隠せない様子。

 試合のせいで滞在時間が長引き、帰りの足を失った私達あんこうチームは、急遽、ルクリリさんの家……。つまり、エリヤ君の家でもある邸宅に宿泊させて貰う事になりました。

 そうじゃないかと、うすうす勘付いてはいたけど、やっぱりエリヤ君の実家はかなり裕福で、本当にお城みたいな豪邸でした。

 案内された客室も、お姫様の部屋みたいに煌びやかで、沙織さんと一緒に目を輝かせちゃったほど。

 しかし、御両親と挨拶した時も、英国料理のフルコースをご馳走してもらった時も、エリヤ君本人は姿を見せてくれなかったんです。

 

 

「一応、十時の船で帰るって事だけは伝わってるはずなんだけど、母様のアトリエから出てこなくて。こういうの初めてだし、困ったわ……」

 

 

 ルクリリさんは何度かエリヤ君の元に赴き、声を掛けたらしいのですが、返事はなく。

 とりあえず、私達を港へ送り届けてはくれたけれど、このまま帰っては駄目だと、出港ギリギリまで待っていた訳です。

 でも……。

 

 

「みぽりん、もうすぐ出港の時間だって」

 

「これ以上は無理そうだな」

 

「うん……」

 

 

 乗務員さんと話していたはずの沙織さん、麻子さんが上甲板へ戻って来て、タイムリミットが近い事を教えてくれた。

 その後ろには優花里さんと華さんが続き、残念そうにしています。

 せっかくルクリリさんとも仲良くなれたのに。もう、会えないのかな。

 寂しい、な………………な? あれ? 何あれ?

 

 

「ん? ……西住殿っ、車が猛スピードでこっちに来ますよ!」

 

「特徴的な外見……。イギリス車でしょうか?」

 

 

 遠く、凄ぉーく遠くから、凄い勢いでこっちへ向かってくる、一台の車が見えました。

 あれは……ロールス・ロイスのファントムⅡ? しかも、コンティネンタルモデル!?

 物凄いプレミアカーは、その静粛性に似合わないドリフトを駆使し、私達の眼の前で止まる。

 運転してるのは……あ、ルクリリさんの家の執事さんだ。名前はセバスチャンさん。ちなみに、私達を送ってくれた車の運転手は、妹さんのクリスティンさんです。

 そして、コンティネンタルから大慌てで降りてくるのは。

 

 

「みほさん! 間に合って良かった……!」

 

 

 ……エリヤ君。

 片手にスケッチブックを抱え、目の下には薄くくまが。

 やっと現れた彼へと、まずルクリリさんが駆け寄ります。

 

 

「もうっ、今まで何してたのよ!」

 

「ごめん姉さん、どうしても描きたいものがあったから」

 

「描きたいもの……?」

 

 

 弁明を短く切り上げ、そのままエリヤ君は私の方へ。

 なんだか緊張する……。また変なこと言っちゃわないようにしないと。

 とか思っていたら、彼はすぐに頭を下げて。

 

 

「みほさん。試合の後、何も言わずに姿を消して、ごめんなさい。

 でも、どうしても我慢できなかったんだ。

 あの気持ちが消える前に、全部を紙にぶつけたくて」

 

「あ……。気にしないで? ちゃんと来てくれたし、私は平気だから」

 

「……ありがとう」

 

 

 私が笑いかけると、エリヤ君もホッとしたように息をつき、次に真剣な表情で、スケッチブックを渡してきます。

 

 

「あの時、電話で言ったよね。みほさんを描ききれてないって。

 色々な理由をつけてたけど、ようやく原因が分かった。簡単な事だったんだ」

 

「……?」

 

「ただ単に、みほさんが一番輝ける瞬間を、まだ見られていなかっただけ」

 

 

 言いながら、彼は開けてくれる? というような仕草を。

 素直に従って、スケッチブックをパラパラとめくってみる。

 いつか見た、困ったような顔をした私や、お腹が痛そうな私など、何人もの私がその中に居て。

 でも、最も新しく描かれたらしいページには、私の知らない自分が居ました。

 

 

「これって、試合後の私達?」

 

「仲間と一緒に、力を合わせて、戦って、笑い合って。

 そんな風にしている姿が、一番自然で、輝いて見えた。

 今なら確信を持って言えるよ。これが僕に描ける、みほさんの最高の笑顔だ」

 

 

 マチルダⅡの砲塔から上半身を出し、沙織さんに向けて手を振る、私の姿。

 すぐ近くには、操縦手ハッチから顔を出す麻子さんに、サブハッチで微笑む華さん。

 そして、駆け寄る沙織さんの横顔と、恍惚とマチルダに頬ずりする優花里さんまで。

 キャンバスに描かれていたのは、私達、あんこうチームの細密画でした。

 凄い……。写真みたいなんだけど、ただ描き写しただけとは違うような。

 今にも動き出しそうなほど生き生きして、これまでのエリヤ君の絵とは、違って見える。

 

 

「あ! ねぇねぇ、私達も描いてある! 麻子も見なよ!」

 

「おおお、確かに」

 

「これを一晩で描かれたんですか? エリヤさん、素晴らしいですわ!」

 

「本当ですよね! でも、皆さんはそっくりですけど、私だけ妙に美化されてません? こんな美少女じゃないと思うんですが……」

 

 

 後ろから覗き込むみんなも、新しい絵に眼を奪われていました。

 私だけじゃなく、みんなと一緒に描かれた一枚。

 それがなんだか、とても嬉しくて。溢れ出る気持ちを笑みに乗せます。

 

 

「ありがとう、エリヤ君っ。こんなに素敵な絵を描いてもらえて、私、凄く嬉しい!」

 

「こちらこそ。こんな気持ちで絵を描いたのは、生まれて初めてだったよ。いい経験になった。ありがとう、みほさん」

 

 

 笑顔でお礼を言い合う私とエリヤ君は、しばらくの間は笑顔を浮かべていられたけれど、それもやがて、沈黙に取って代わられてしまう。

 だって、この絵は。

 戦車道をする私達を描いたものとしては、最高の作品だと思えるから。

 ……エリヤ君が頼まれた、仕事の成果としても。

 

 

「これをポスターの下絵にすれば、会長から頼まれた仕事は、終わりになると思う」

 

「……うん」

 

 

 そもそも、私がエリヤ君と知り合ったのは、会長がポスターの原画を頼んだから。

 私がエリヤ君と一緒に居たのは、その仕事を進めるため。

 つまり、この絵を描き終えた今、エリヤ君が私と一緒に居る理由は、無くなった。

 スケッチブックを抱きしめる胸が、苦しい。

 鼻の奥がツンとして、眼はショボショボする。

 このままじゃ、涙まで出てきそう。

 

 ……でも。

 

 

「けどさ、この絵を描いているうちに、気がついた。

 僕がこんな風に絵を描けなかったのは、みほさんの一番の瞬間を、この眼で見られてなかったからだけじゃない。

 もっと、ずっと。……君を見ていたかったから。

 だから、無意識に先延ばしにしようとしてたのかも知れない」

 

「エリヤ君……? それ、って……」

 

 

 こちらを見つめるエリヤ君は、熱の宿った言葉で、私を驚かせます。

 見ていたかったって、私を?

 こんな事を言ってくれる、想ってくれる理由は、きっと。

 ううん、自惚れかも知れない。

 私がそう思いたいだけ、かも知れない。

 だって、そうじゃなかったら私、とても傷ついてしまうから。

 

 そんな風に、自分の気持ちを誤魔化す私の手へと、彼は躊躇いがちに手を重ね……。

 

 

「僕はこれからも、君を見ていたい。君の側に居たい。

 ……西住みほさん。好きです。

 至らない所ばかりの僕だけど、君の、恋人にして貰えませんか」

 

 

 真っ直ぐに、気持ちを伝えてくれた。

 手の震えから、彼の緊張も伝わってくる。

 触れた肌を伝う温度は、不思議と私の心を落ち着かせて。

 答えなんて、決まってる。

 さっきよりも胸が苦しくて、鼻がツンとして、涙が溢れて。

 でも、こんなにも嬉しく感じる理由なんて、一つしか思い浮かばないから。

 

 

「はい。喜んで」

 

 

 最初は、ただ前に立ち、話すだけで緊張していたけど。

 絵のモデルをしている内に、エリヤ君を真っ直ぐに見て、話すことにも慣れて。

 一緒に過ごす時間が長くなるにつれ、彼のことを深く知るにつれ、どんどん気になっていった。

 今ではもう、側に居てくれないと落ち着かない。私のことを見ていて欲しい。

 ……私も。貴方のことが、好きになってしまったから。

 

 触れた手を握り返すと、エリヤ君は一瞬、驚いたように眼を見開き。

 そして、強く握り返してくれた。

 

 

「み゛ぽり゛ん゛~。よ゛がっだね゛~」

 

「沙織さん!? な、なんで沙織さんも泣いてるの!?」

 

「だっでぇ~。すんっ、こんなロマンチックな告白見せられたら、胸キュンが止まらないよぅ~。なんかもう、ライカに今すぐ会いたい~」

 

「安心して下さい、西住殿! 録画はバッチリであります!」

 

「むしろ不安だよ優花里さん!」

 

 

 そ、そういえば、ここ人前だった! みんなの見てる前でした!?

 沙織さんはハンカチを握りしめて号泣、優花里さんはカメラ片手にサムズアップ。

 うわああああ、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいぃ……。

 

 

「す、すみません。僕、人前なのをすっかり忘れてて……」

 

「いえいえ。胸に響く、とても良い告白でしたよ? エリヤさん」

 

「男を見せたな。まぁ、私の先輩もいい男だが」

 

「それは、とても素晴らしい事で……」

 

 

 同じく衆人環視の中だったのを思い出したエリヤ君は、真っ赤な顔で華さんや麻子さんとお喋りを。

 さりげなく彼氏自慢するようにまでなって、本当に沙織さん化してるね、麻子さん……。若干エリヤ君も冷静になっちゃってるよ……。

 

 

「あーあ。取られちゃったかぁ~」

 

「ルクリリさん……」

 

「……西住さん。弟の事、よろしくね? こう見えて、色々と面倒な子だから」

 

「はい! でも、きっと大丈夫です。エリヤ君が私を見てくれるように、私もエリヤ君を見てますから」

 

「そっか」

 

 

 最後に声を掛けてくれるのは、ルクリリさん。

 寂しそうなのに、どこか嬉しそうにも見える表情で、私へ微笑みかけてくれて。

 色々あったけど、私のこと……私とエリヤ君のこと、認めてくれてるんだよね?

 だとしたら、本当に嬉しい。

 これを切っ掛けに、もっと仲良くなれたら、嬉しいな。

 

 ……とか、思っていたんですが。

 

 

「でも! エリヤの最愛の姉というポジションだけは譲りませんからね! あと、学生のうちは清い交際しか許さないんだから! 分かった!?」

 

「は、はいっ」

 

「ちょっと姉さん、今そんな事まで言わなくても……」

 

「私にはエリヤを心配する権利があるのっ。なんたってお姉さんなんだから!」

 

「……あはは」

 

「ったくもう……」

 

 

 ルクリリさんはエリヤ君と強引に腕を組み、私達に指を突きつけながら厳命します。

 そんな彼女を見て、私とエリヤ君は苦笑いを浮かべて。

 ちょっと、前途は多難かも知れないけど。

 でも、みんなと一緒に居る私なら。

 彼が見てくれているなら、きっと何があっても大丈夫。

 

 西住みほ。

 戦車道も、恋も、頑張ります!

 

 





 間に合ったー!
 クリスマスにはダメだったけど、大晦日には間に合ったんだから有言実行だーい!
 はい。という訳で、西住みほ編最終話でございました。
 諸事の合間につらつらと書き続けていたら、いつの間にか三万字近くなってしまいました。ぶっちゃけ二話分です。お待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

 さてさて、物語も終わり、みぽりんのお相手の正体も判明しました。
 聖グロリアーナ出身で、「バカめ二度も騙されるか!」で有名なルクリリさんの弟。名前は紅茶の銘柄です。
 ハイスペックなのに、微妙に抜けてるというかズレてるのは、やっぱり姉弟で似ているせいなんじゃないかなぁと。
 リアルが忙しかったので、完結編はまだ見れてません。というか見れないかも知れません。
 ネタバレが嫌で情報も絶っていますから、新情報による設定の齟齬があったら……見なかった事にして下さい(土下座)。

 これにて、本作は一応の完結となります。
 一応とつけたのは他にもネタだけはあるからなんですが、放置しちゃってる別作品もありますんで、筆者のガルパン創作はしばらく休業。
 色々と落ち着いたら、あんこうチーム以外のキャラの話を、不意打ちで更新しようかと思っています。その時はどうぞ読んでやって下さいませ。
 あ、エリヤ君とダージリン様の関係が微妙に怪しいと思った方。貴方は鋭い。いつかオマケの小話で明かします。
 拙作にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
 それでは、失礼致します。一日早いですが、良いお年を~!


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