新人提督と電の日々   作:七音

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微睡みの代償

 

 

 

「提督さん……」

 

 

 舞鶴鎮守府は、桐林艦隊庁舎の地下にある、能力者専用の広い医務室。

 ベッドに横たわる桐林の寝顔を眺め、今日一日の服務を終えた鹿島が、寂しげな声で名を呼ぶ。

 安らかなそれと反比例するように、ベッド脇の椅子に座る彼女の心は、不安で溢れかえっていた。

 

 舞鶴鎮守府沖で大規模励起実験が行われてから、およそ一日半後。

 艦隊を混乱させぬため、桐林の昏睡は最重要機密とされ、予定外の励起に対し説明を求める上層部は元より、ほとんどの統制人格たちにも知らされていない。

 大規模励起による疲労。大事をとっての強制休養とだけ伝えてあった。

 もちろん軍部が納得する訳もないのだが、それを抑え込むために香取が奔走している。

 

 魂魄レベルで同期する統制人格が活動できている事から、桐林の精神、および肉体への重大な影響はないと思われたが、これまでにない形での意識喪失は、最悪の事態すらを予想させた。

 そんな事ありえない、と首を振っても、簡単には拭い去れない暗い影が、細い肩に押し掛かる。

 

 

「少し、お休みになってはいかがですか? 鹿島秘書官」

 

「リットリオさん……。でも……」

 

 

 健気に耐え続ける鹿島へと、優しく声を掛ける女性。

 リットリオと呼ばれた彼女は、つい先日、桐林が励起したイタリア国籍艦の一隻。ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の二番艦である。

 白いセパレートスリーブのシャツと赤いスカートに、腹部を締め付けるコルセットなど、全体的に引き締まった印象ながら、緩やかに纏め上げられた茶色の長い髪と、何より本人の浮かべる穏やかな表情が、柔らかい雰囲気を醸し出していた。

 そして、リットリオとほぼ同じ衣装を着る、もう一人のイタリア戦艦──ヴィットリオ・ヴェネト級四番艦 ローマが、姉に続くようにして眼鏡を光らせる。

 

 

「貴方、寝てないんでしょう。提督が目を覚まさない今、艦隊を纏めるべき立場にあるのだから、無理は禁物よ」

 

「……そう、ですよね。ごめんなさい、ローマさん。ご心配をおかけして」

 

 

 切れ長な、焦げ茶色の目に見つめられ、鹿島は力なく微笑む。

 桐林の昏睡を知るのは、励起された七隻の統制人格と、秘書官である香取、鹿島。体調管理を担う間宮だけ。性格的に嘘をつけないであろう伊良湖には伏せてあった。

 これらの内、香取は上で挙げた通りに奔走しているし、間宮は皆に事態を悟られぬよう、料理の大盤振る舞いで気をそらしているため、実質的に艦隊運用を任されているのは鹿島である。

 そんな鹿島が、いわば新人と言ってもいいリットリオたちに心配を掛けさせるなど、情けない事この上ない。

 

 

(本当は側に居たい。でも、そんな理由で仕事を疎かにしたら、それこそ見損なわれちゃうよね)

 

 

 正直なところ、今日は全く仕事に集中できなかった。

 暇があれば桐林の事を考え、報告に来た誰かに呼び掛けられて、やっと彼の空席を見つめている事に気付くほどだった。

 いつも通りの通常業務ですらこうだったのに、今後、桐林を害するために動き出すであろう、様々な“敵”への対処を考えれば、本当に無理などできない。

 慕情に浸るよりも、今は現実を見据えるべきと判断した鹿島は、椅子から立ち上がり、自分以外の“三人”へ頭を下げる。

 

 

「では、今日はもう部屋で休みます。リットリオさん、ローマさん、アクィラさん。後をお願いします」

 

「はい」

 

「ま、やれる事はやるわ」

 

「アクィラにお任せあれー。大丈夫、明日にはきっと目を覚ましてるから。ね?」

 

 

 リットリオ、ローマに続いて鹿島を励ましたのは、ウェービーな赤毛をポニーテールにした女性。

 かつて、地中海はジェノヴァで建造されていた、イタリア国籍の未成空母──アクィラである。

 大型の貨客船を改装した空母であり、その時代の名前はローマだったり、グラーフとは色んな意味で浅からぬ縁を持っていたりもするのだが、それは後日に語ろう。

 白を基調とするリットリオたちと違い、彼女は赤を基調とするフリルで飾られたドレスで身を包んでいた。首元を飾る羽飾りと緑のリボンが、白いインナーシャツに映えている。

 リットリオを慈愛、ローマを冷静と表現するなら、アクィラには陽気という言葉が相応しく、その明るさに幾分か救われた鹿島が、しかし、やはり力ない笑みを浮かべて、医務室の自動ドアをくぐる。

 

 

「彼女、よっぽど提督に気があるのね。あの時はとても冷静だったのに、意外だわ」

 

「伊達に秘書官はやってない、って事かしらねー? よしよし、って褒めてあげたいくらいだけど、そんな状況じゃないのが残念」

 

 

 ローマとアクィラが、消えていった背中を思い出しながら語り合う。

 彼女たちの励起直後。

 唐突に意識を失った桐林を前にして、大発を操縦していた瑞穂と七人は慌てふためくばかりだったのだが、連絡を受けた鹿島がそれを念話で一喝し、人目につかないよう医務室へ運ばせたのだ。

 その後も冷静さを保ち、香取と共に今後の対応までを決定する姿は、まさしく秘書官の鑑と評すべきだったのだが、一段落つくと、まるで恋人が事故にでも遭ったような表情を浮かべ、桐林の側を離れようとせず……。

 桐林に対し、鹿島が一方ならぬ想いを抱いているのは、火を見るよりも明らかであった。

 香取に言及されていないのは、鹿島と比べて感情の制御が上手く、己の気持ちを隠せているためである。

 表面上は冷静でも、心中は穏やかでなく、鹿島のように看病をしたいと思っているであろう彼女だが、それを抑えて職務を遂行しなければならないのが、第一秘書官の辛い所か。

 ともあれ、本来ならば要らぬ気苦労に違いない。

 責任感の強いリットリオは、自らが現在の状況を引き起こしたのではないかと、伏し目がちに自問する。

 

 

「やっぱり、私たちの励起が原因なのかしら……。精神の根幹。国と戦史を違える軍艦の励起が、提督の魂に負担を……」

 

「姉さん。考え過ぎよ。可能性は捨てきれないけれど、確証もないし。今は」

 

「……そうね。早く、目を覚まして下さると良いわね」

 

 

 口調はキツめだが、確かな気遣いの宿るローマの言葉に、リットリオが微笑む。

 戦艦としての意識を目覚めさせ、まだ一日と少し。

 人間であれば赤子に等しいけれど、遥かなる過去を──戦史を宿して生まれる桐林の統制人格に、心を成熟させる時間は必要ない。

 その心が言う。

 早く言葉を交わしてみたいと。

 顔に傷を持つ男性。日本人。提督。鹿島の想い人。眠り続ける人。

 どんな声なのだろう。どう挨拶をしよう。どんな風に語りかけてくれるだろう。

 尽きない問いを胸に抱え、リットリオは鹿島の座っていた席へ腰掛ける。

 すると、面会謝絶であるはずの医務室の自動ドアが、唐突にスライドした。

 三人がそちらへ視線を向ければ、日焼けしたローティーンの少女が、元気良く駆け込んで来ていた。

 

 

「みんなー! リベ、戻って来たよー!」

 

 

 赤毛のツインテールを弾ませ、白地に赤と緑のラインが入ったセーラー服を着る彼女の名は、リベッチオ。イタリア海軍、マエストラーレ級駆逐艦の三番艦だ。

 マエストラーレ級は風級とも呼ばれ、イタリアに向けて吹く風の名を与えられていた。リベッチオの場合、南西からの湿った風──リビアの風という意味になる。

 余談として、リベッチオの着ているセーラー服だが、サイドファスナーであるべき部分が完全に分かれており、紐で一箇所を結ぶだけとなっている。

 故に色々と無防備だった。

 桐林は眠っているので問題ないけれど、ちょっと屈めば見えてしまいそうで、とてもハラハラする風体なのだった。

 話を戻そう。

 名前の通り、風のように駆け込んだリベッチオだが、ゆっくりとその後ろに続く影が二つほど、重なり合って存在している。

 とても似通った容姿を持つ彼女たちもまた、かつてイタリア海軍に属した重巡洋艦であった。

 

 

「た、ただいま戻りましたぁ……。もう、ポーラ? 自分で歩いてったらぁ」

 

「んにゅふふ……♪ い~じゃないで~すかぁ~、ザラ姉様ぁ~。うぃっく。こぉ~んなに美味しいお酒ぇ、楽しまない方がぁ、罰当たりでぇすよぉ~?」

 

 

 波打つ金髪の少女が、同じ髪質の銀髪の少女を支え、ヨロヨロと医務室へ。

 ザラ級重巡洋艦。一番艦のザラが、妹を支える金髪の少女で、両手にワインボトルを持つ銀髪の少女が、三番艦のポーラである。

 身に纏うのはリットリオたちの衣装と似ていながら、姉妹それぞれでも細かい差異が見て取れるドレスだ。

 二人とも愛らしい少女であるのだが、ポーラは赤ら顔に酒気を漂わせており、完全に酔っ払っているのが分かった。

 統制人格はアルコールを自由に分解できるため、彼女は自分の意思で酩酊状態を選択しているようである。

 外見だけで判断するなら、まず飲酒をしてはいけない年齢層でもあるし、ザラの困り顔も致し方ない有様だ。

 

 

「あらあら、すっかり出来上がっちゃって。よっぽど楽しかったのねー」

 

「うん! 歓迎パーティー、楽しかったー! 日本の人たち、みんな良い人ね!」

 

「うふふ。良かったですね、リベッチオちゃん。ザラさん、お疲れ様でした」

 

「はい……。疲れました……。あ、楽しかった事は楽しかったんですけど、主にポーラが……」

 

「でしょうね。見れば分かるわ」

 

 

 迎えるアクィラに、笑顔でリベッチオが飛びつく。

 リットリオとローマから労われ、ザラもやっと一心地ついたようである。

 この三人は、一日遅れで、甘味処 間宮にて開催されていた歓迎会へ、主賓として参加していた。

 励起当日でなく翌日に開かれたのは、せっかく新しい船を迎えたのに桐林が出席しないのは、と皆が紛糾したからである。

 気を失っていては参加のしようもないのだが、それを伝えれば、きっと通夜のような雰囲気になってしまうと香取たちは判断。

 桐林はリットリオやローマ、アクィラと、今後の運用などを話し合っている事にし、遅れ気味ではあるが歓迎会を催したのだ。

 欠席してしまった事が気になるのか、リットリオがザラに問いかけた。

 

 

「それで、皆さんの様子はどうでしたか?」

 

「はい。ケガの、ミョウコー? と言いますか、ポーラが大騒ぎしてくれたおかげで、提督が眠り続けているのはバレてないみたいです」

 

「なるほど。不幸中の幸い、ってやつね」

 

「……んんん? どこか間違っているような気がするんだけど、何かしら……?」

 

 

 遠方で誰かがクシャミをしていそうな、微妙な日本語の間違いにアクィラだけが首をかしげるも、けっきょく正解は得られなかった。

 今回の歓迎会、元から付き合いの悪い桐林はさて置き、主役の半数を欠く事を気に掛ける者も少なくなかったが、そこは「あ、空らぁ」と地べたでボトルを揺するポーラのおかげか、うやむやになっている。

 その代わり完璧に出来上がってしまい、ボロを出す前に引き上げてきた訳だが、今も事情を知る大鳳は残っているので、きっと彼女が上手くやっている事だろう。

 厄介ごとを押し付けただけにも思えるが、まぁ、頑張っているであろう。きっと。

 

 

「提督さん、まだ寝てるのー? リベ、早くご挨拶したいのに……」

 

「そうね……。まるで、眠れる森の美女みたい」

 

「男なんだから美男子──って言うには迫力あり過ぎか。ゴクードーとか、ヤクーザっていうんじゃないの?」

 

「ローマ? 提督に失礼よ」

 

「本当の事じゃない」

 

 

 アクィラから離れ、桐林の眠るベッドによじ登るリベッチオ。間近に顔を近づけても、一切目覚める気配がない。

 まるで魔法でも掛けられたよう。

 リットリオはそう思うのだが、ローマが言うには、眠れる医務室のヤクザ。

 裏社会の匂いがプンプンする例えに、流石のリットリオも眉を釣り上がる。

 しかし、そこへポーラの気の抜けた声が割り込み……。

 

 

「眠れる森の美女ですかぁ~。じゃあ~、キスすれば目を覚ますかも知れないですねぇ~」

 

「あはは、まさかー。流石にそれは──」

 

「ほんとー? だったらリベ、やってみる!」

 

「──ってリベちゃん!? それはマズいと思うわ!?」

 

「あにゃっ」

 

 

 早速、自分と桐林の唇を重ねようとするリベッチオを、アクィラが大慌てで抱きすくめる。

 ギリギリだった。あとコンマ五秒遅れていたら、多方面に問題が発生する所だ。

 まだ桐林の女性事情に疎いと言えども、ポーラのうかつな発言をザラは咎める。

 

 

「もう、駄目でしょポーラ。リベちゃんは純粋なんだから!」

 

「え~? でもぉ、他に目を覚まさせる方法なんてぇ~、ひっく、あります~?」

 

「それは……。思いつかないけど……。けどキスなんて……」

 

 

 ぷはぁ、とボトルから口を離しつつ反論するポーラに、尻すぼみとなってしまうザラ。

 そもそもキスをすれば目を覚ます保証など、どこにもありはしないのだが、この場に居る六人の中では選択肢の一つとなっているようで、その前提で話が進んでいく。

 

 

「ね、眠っている殿方に、キス、ですか……」

 

「悪いけど、私は遠慮するわ。そんな安い女じゃないもの」

 

「うーん……。私は、どうかしら……。うーん……」

 

「リベはいいよー? した方がいい? する?」

 

 

 リットリオ、ローマ、アクィラ、リベッチオが、顔を赤らめたり、きっぱり拒否したり、抱っこしたまま悩んだり、抱っこされたまま目をキラキラさせたり。

 ポーラの何気ない発言は、思いもよらぬ形で皆に波及していた。

 大人組は本人の意思を尊重するとして、興味津々なリベッチオが特に危険である。同意があっても見た目が条例に引っかかる。

 なんとも居た堪れない空気に包まれる医務室であったが、またしてもポーラが、全く空気を読まずに挙手した。

 

 

「あ。ポーラ、いい事を思いつきましたぁ~。あんまり変わらないですけどぉ、ポーラだったら、ぜぇ~ったいに目を覚ます方法ですよぉ~。試してみますぅ~?」

 

「……ポーラだったらっていう部分が凄く不安だわ」

 

「うふふ~。ザラ姉様ひど~いですぅ~。地味に傷つきまぁ~す……」

 

「あ、ごめん」

 

 

 今度は真面目に発言したつもりらしく、懐疑的な反応に落ち込むポーラ。

 見た目的には、酔っ払いが適当な思いつきを否定されただけなのだが、ザラは素直に謝った。純朴な心根が伺える。

 

 

「では、せっかくですし、ポーラさんにお願いしましょうか?」

 

「無駄な気がするけど、何もしないのもアレだし、自己責任なら良いんじゃない」

 

「アクィラさんもお任せでー」

 

「うー、リベはダメなの……? してみたいのに……」

 

「と、とりあえずポーラに任せてみましょ? ね?」

 

 

 まだ内容を聞いていない状態だが、リットリオが音頭を取り、ポーラの案に賭ける事となった。

 藁にもすがる思いだったけれど、万が一にも桐林が目覚めてくれるなら、それこそ万々歳なのだから。

 皆の賛同を得られたからか、ポーラは赤ら顔を得意満面に、地べたから重い腰を上げる。

 

 

「じゃあ~、ポーラ、行っきまっすよぉ~。……んっく、んっく」

 

 

 そして、右手のワインボトルを呷りつつ、ベットに近づいたかと思いきや。

 

 

「んちゅう」

 

『あ』

 

 

 ぶちゅーっと、桐林にキスをしていた。

 いや。正確に言うならば、口移しでワインを飲ませていた。

 あまりにも突拍子のない行動を起こされ、ポーラ以外の全員が声を重ね、硬直している。

 たっぷりじっくり。

 二十秒以上の時間をかけて、彼女はワインを流し込む。

 恐らく、自分だったら眠っていても、お酒を口にすればたちまち目覚め、酒宴を楽しめるから……という自信があっての行動であろう。

 なんにせよ、常識外れには違いないが。

 

 

「──ゔっ!? っぐほ、ごほっ!?」

 

「んぷぁっ!? ……うう~、ビックリしましたぁ……。あ、でも、目を覚ましましたよぉ! ザラ姉様ぁ、褒めて下さぁ~い!」

 

 

 しばらくすると、ワインが気管に入ったのか、唐突に桐林がむせ返る。

 身体が跳ね、ポーラは驚いて唇を離してしまうものの、朧気ながら開いた桐林の右眼を確認し、無邪気に喜んだ。本当に意識が覚醒し始めているようだ。

 ところが、呼び掛けられたザラは俯き、肩を震わせるばかりで。

 

 

「な、な、な、な、な………」

 

「はい? ザラ姉様、どうかしましたぁ~?」

 

 

 姉の反応を不思議に思ったのだろう。ピョンピョンと跳ねるように戻ったポーラがザラの顔を覗き込む。

 すると、彼女は綺麗に整った眉を十時十分の角度に上げ、艤装を召喚する際に発生する、微かな燐光を伴いながら──

 

 

「何をしてるの貴方はぁああっ!?」

 

「へにゃ!?」

 

『あっ』

 

 

 ──巨大なハリセンを、ポーラの後頭部へ振り抜いた。

 しぱぁん、と小気味良い音が響き、重巡姉妹を除く四人がまた声を重ねる。

 ポーラは後頭部を押さえてベッドにもたれ、遠慮のないツッコミに涙を浮かべた。

 

 

「ザ、ザラ姉様……。それ、明らかにザラ級重巡の仕様外の艤装だと思うんですけどぉ……?」

 

「自分でもよく分からないけど、なんか出せた! というか、寝ている提督に対して何しちゃってるの!? くく、口移しとかもう、ホントに、もうー!」

 

「え~……。ポーラ、ちゃんと言ったですよぉ~? “あんまり変わらない”って。それにぃ、口移しじゃないと窒息しちゃうかもですし~。ねぇ、リットリオさん?」

 

「そ、それは、確かにそう、ですけど……」

 

「まさか、口移しでワインを飲ませるだなんて。想像できる方がおかしいと思うわ」

 

「むー! ずーるーいー! リベもしてみたいって言ってるのにー!」

 

「うーん。リベちゃんにはまだ早いような気がするから、とにかく落ち着きましょうかー。よーしよしよし」

 

 

 真っ赤な顔でハリセンを振り回すザラ。

 タンコブをさすりつつ言い訳するポーラ。

 いきなり話を振られ、口ごもってしまうリットリオ。

 額に手を当てて呆れるローマ。

 抜け駆けされて悔しいリベッチオと、頭を撫でて動物のように宥めるアクィラ。

 決して狭くない医務室は今、混沌の極みにあった。

 そんな中……というか、そのせいで桐林の意識は、確実に覚醒へと向かう。

 

 

「──し……は……。自分、は……?」

 

「提督っ!? ぁわわわわ……っ。ごごご、ごめんなさいっ! ポーラがごめんなさいっ! 私の妹がごめんなさいっ! こんなイタリア重巡でごめんなさいーっ!」

 

「ぶー。ポーラ、お役に立ったのに……。こうなったらヤケです、飲むしかないでぇす……」

 

「ねーねー。お酒ってそんなに美味しいの? 提督さん、どう? 美味しかった?」

 

「……は?」

 

 

 寝惚けているような桐林の声を聞きつけ、ザラは反射的に土下座。位置的に彼には見えていないのだが、とにかく必死に頭を下げる。

 一方でポーラは不貞腐れ、どこに隠し持っていたのか、缶チューハイらしき物のプルタブを開けていた。

 その横から、アクィラの腕の中を抜け出したリベッチオが身を乗り出し、質問をたたみかけて。

 目覚めたばかりの頭で理解するには、相当に酷な状況ではあったが、視界に居る五人の衣装に使われる象徴的な配色──緑・白・赤と、人類の平均レベルを優に超える美貌から、彼女たちが統制人格である事に思い至る。

 

 

「君たち、は……。イタリアの……」

 

「……わ、私、香取秘書官にお伝えして来ますね? あの、今は何も考えず、一先ずゆっくりなさって下さい」

 

「姉さん、私も行くわ。正直、説明しきる自信がないし。アクィラ、この場は頼むわね」

 

「ちょ!? ず、ズルいですよっ、私だってこんなの治めるの無理……ちょっとー!?」

 

 

 ……が、この場で最も頼りになりそうな、落ち着いた雰囲気の二人が退場してしまう。

 残されたのは、「ごめんなざいー!」とひたすら土下座を続けるザラ、「これも美味し~ですねぇ~」と缶チューハイを傾けるポーラ、「ねーねー」と桐林のシャツを引っ張るリベッチオに、冷や汗を無言の笑顔で誤魔化すアクィラ。

 それと、喉奥でかすかに感じるアルコールや、頭から消えていく夢の残滓のみ。

 何か、とても大切な夢を、繰り返し見ている気がするのに、ろくに思い出す事も出来ず、酷くもどかしい。

 

 

「なんなんだ、この状況……」

 

 

 知らず、桐林の呟いていた言葉には、隠しきれない疲労感が宿る。

 これからもっと疲れる出来事が、ごまんと待ち構えているのを、彼は知る由もないのであった。

 

 

 

 

 

「あっ、提督! 通りすがりにGuten Tag! ちょっとお話いいですかっ?」

 

「……どうした。オイゲン」

 

「最近、提督がイタリア重巡のノンダークレな方を、お酒の勢いで押し倒して、無理やりキスしたっていう噂が流れてるんですけど、本当の所はどうなんですか!?」

 

「なんでそうなる……。自分がポーラを押し倒した事実はないし、無理強いした事実もない。発生源は誰だ」

 

「いえ、それは私もよく分からないんですけど、谷風と秋雲が面白そうに話してて。でも良かったぁー、誤解だった………………あれ? キスしたって部分だけは否定してないような……」

 

「……話がそれだけなら、もう行く」

 

「え、あっ、待って下さい提督っ! なんで肝心な所を否定してくれないのぉー!?」

 

 

 

 

 






 デスマーチ 終わった端から ヘルマーチ

 はい。更新遅れて申し訳御座いません。いつの間にか夏イベ目前で手が震えるぜぃ……。イベント開始数日後にはヘルマーチも終わるはずだけど、しんどいから素直に丙で行きますかねぇ……。
 さてさて、今回は大鯨ちゃんたちのお遣い話と、呑んだくれ重巡無双な話でした。
 ようやく名前だけだった潜水艦隊と、ついでに巻雲風雲朝霜も登場です。
 夕(Y)雲(G)型駆逐艦(k)19は実現不可でしょうけど、なんとなく長波様がセンターやりそうな印象。強力なライバル出現やで那珂ちゃん……。
 んでもって、こっちもようやく本登場のイタリア組。
 誰も彼もが遠慮して出来なかった事を、ノリと勢いだけでやってのける。これがポーラちゃんの一番の強みであると考えます。弱みはもちろんザラ姉様です。
 寝ている間にセカンドキッスまで奪われてしまった主人公の反応は、また別の機会に。
 そして、一瞬で追い抜かれてしまった鹿島さんは、ここから卍解──違う挽回できるのか。乞うご期待!

 えー、今後の予定ですが、あと二~三回ほど緩ーい話を更新したら、過去編のちょいシリアス話。浜風との信頼関係を築くまでを描きたいと思っています。
 例によって不定期更新になってしまうと思われますが、お付き合い頂ければ幸いです。
 それでは、失礼致します。


(ふう……。提督が目を覚ましたのは吉報だけど、やっぱり昨日の歓迎会、一人で凌ぐのは骨が折れたわね……)
「……どうしようか……」
「……どうしましょうか……」
「あら? 貴方たちは確か、睦月型と吹雪型の……。どうかしたの? 二人で顔を突き合わせて。悩みごと?」
「えっ!? う、ううんっ、なんでもないよ!? 僕たち、悩んでなんかいないよっ?」
「そそ、そうですともっ。元気一杯、快眠快食です! ……そ、それでは、ちょっと用があるので……。これで失礼しますっ!」
「あ、ちょっと! ……怪しいわね。後を追ってみましょう」


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