新人提督と電の日々   作:七音

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陰に咲く花

 

 

 

 

 

 

「う……ぐ……」

 

 

 暗がりに、呻き声が木霊していた。

 発生源らしき人影は、身体を横たえ、背中を丸めて蹲っている。

 フード付きの黒いコートに、有蹄類のような脚。

 戦艦 レ級だった。

 

 

「ふぅ……っく、ぅ……」

 

 

 歯を食いしばって、レ級は耐えている。

 腹部から広がり、精神を蝕む焦燥感を、必死に。

 

 

「食べ、たい……」

 

 

 その正体は、(かつ)え。

 レ級という個体の発生起源に刻まれた原始の衝動が、かつて人だった心を苛む。

 

 

「食べたい……。食べたい、食べたい、食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい……」

 

 

 ヨロヨロと、立ち上がりながらレ級が呟き続ける。

 あまりに弱々しく、しかし病的な響きを含む声は、漣の如く闇を震わせた。

 やがて、レ級はカッと目を見開き──

 

 

「野菜が食べたい。お肉が食べたい。カレーが、ラーメンが、ハンバーグが、アイスが、チョコレートが、もうとにかく、人間らしい食事がしたいいいいっ!!!!!!」

 

 

 天を仰ぎ、なんとも生活感あふれる叫びを上げるのだった。

 かと思えば、今度は突き上げた拳を落とし、「ううう………」と啜り泣き始める。

 明らかに情緒不安定なレ級。

 側で様子を伺っていた重巡棲姫が、髪型をサイドテールに変えようとしている空母水鬼へ問う。

 

 

「レ級姉サマ、一体ドウナサレタノデ ショウカ……?」

 

「気ニシナイ方ガ良イ。定期的ニ、アアナル」

 

 

 心配そうな重巡棲姫と対照的に、空母水鬼の反応は適当だった。サイドテールのバランス調整の方に気が向いているらしい。

 実際、レ級の発作はそう珍しくないのである。

 人間として培ってきた文化的生活の経験が、深海棲艦としての日々を憂鬱にしていた。

 

 

「もうお魚飽きた……。というか、お魚じゃなくって謎の深海生物なのが嫌だ……。こんな水底じゃ海藻も生えないし……」

 

 

 床(?)に仰向けとなり、レ級がシクシクシクと悲しみを吐露する。

 基本、深海棲艦という存在は食欲を持たず、栄養素を経口摂取する必要もない。

 ゆえに空腹感とは無縁なのだが、染み付いた生活習慣というものは恐ろしく、最低でも三日に一回は食事を摂らないと精神的コンディションを保てないのだ。

 しかし、深度数千mで入手できる食材は非常に限られ、文字どおり、エイリアンチックな深海生物しか入手できなかった。

 調理を試みたり、尻尾の口で丸かじりしてみたり、これまで色々と試行錯誤を繰り返してきたレ級だが、それも限界。

 かつての恵まれた食生活に思いを馳せ、鬱々と過ごしている。

 

 

「レ級姉サマ……。食欲ノ無イ私ニハ分カリマセンガ、空腹ナノデシタラ、コレデ ドウデスカ?」

 

「それケイ素植物じゃないですかヤダー! 僕が欲しいのはジャリジャリ・ゴリゴリな食感じゃなくて、シャキシャキな歯触りなんですー!」

 

 

 そんなレ級が可哀想になったか、どこからか鈴蘭に似た植物を差し出す重巡棲姫だったが、癇癪は治らない。

 先程、入手できる食材は限られると言ったが、この“領域”にだけは、辛うじて植物らしき物が自生する。

 けれども、咽び泣くレ級の言う通り、それは人知の及ぶ範囲には当てはまらない植物だった。

 不可思議な光を放ち、土ではなく鋼に根を下ろす。その生態は勿論のこと、味や食感など言わずもがなである。

 たとえ、深海棲艦にとって非常に役立つ薬効を備えた物であっても、肥えた舌には罰ゲームな食べ物なのだ。

 

 

「……姉サマ。教エテ下サイ。ナゼ、ソウマデシテ 動物ノ死骸ヤ、植物ヲ摂取シタガル ノ デスカ?」

 

 

 重巡棲姫の口から、ふと素朴な疑問が出る。

 情緒もへったくれもない言い方ではあるが、その問いには真剣さが感じられた。

 不貞腐れていたレ級は、やおら立ち上がって姿勢を正し、投げ掛けられた言葉へ向き直る。

 

 

「人間だった頃の習慣、いえ、本能の名残なんでしょうね。人は他の動植物を摂取、食べる事で栄養を吸収し、生き延びる訳ですから。時には、同族すらも餌食として」

 

「デスガ、今ハモウ ソノ必要ハナイ筈。我等ハ、タダ呼吸スルダケデ生キテイケル。命ヲ奪ウ トイウ事ハ、人間ノ間デハ罪ダト学ビマシタ」

 

「……確かに。人間の負う原罪から逃れても尚、僕は罪の中に囚われようとしている。あなた方には、奇妙に見えるかも知れませんね」

 

 

 原罪。

 キリスト教において、人間の祖であるアダムが犯した最初の罪──言い付けに背いて知恵の実を食べた事に由来する言葉。

 神はその事に怒り、アダムとイヴを楽園から追放したとされるが、もう一つの果実──生命の実を食べ、アダム達が神に等しい“力”を得る事を恐れて追放したという説も存在する。

 レ級としては、この本来の意味ではなく、他の生命を害する事でしか生きられない人間の在り方を、特に罪深いものとして評したつもりだった。

 

 が、しかし。

 

 

「でもそんなの関係ないんです! 僕は今、溢れ出る肉汁で、新鮮なお野菜で、添加物と合成着色料がたっぷり入った甘味でっ、味蕾を刺激したいんですよ!

 あえて断言します! たとえ“こちら側”が生命体として人間より遥かに進歩していたとしても、文化面については未熟であるとっ!!」

 

「姉サマ ガ燃エテイル……」

 

 

 小難しい哲学論争など、食欲の前では馬耳東風。

 真面目な雰囲気も一瞬で消え、拳を握るレ級の瞳に、重巡棲姫は熱く燃える炎を見た。

 いい加減にうるさく思ったのか、今度はツインテールに挑戦した空母水鬼が、レ級に提案する。

 

 

「ソレホド人間ノ食事ヲ求メル ノ ナラバ、マタ陸ヘ行ッタラ ドウダ? 変装スレバ イイ」

 

「それはそうなんですけど、あれはあれで苦労するんですよ……。

 ズボンで見た目は隠せたって、どうしても歩き方が人と違ってしまいますし。

 ああ、このカモシカのように引き締まった美脚が憎い……っ」

 

「自虐風自慢、鬱陶シイ」

 

「すみません。つい」

 

「姉サマ。一ツ、イイデスカ?」

 

「はい、なんでしょう」

 

「前ニ聞イタ時カラ思ッテイタノデスガ、下半身ヲ丸ゴト隠セル、ロングスカート ヲ 履ケバ良イノデハ ナイデショウカ」

 

「……あ」

 

 

 その発想は無かった、という表情。

 重巡棲姫が指摘したとおり、前回同様わざわざ緩いズボンなんて履かず、スカートで丸ごと隠してしまった方が楽だし、万全である。

 どうして簡単な事に自分で気づけなかったのか。レ級は顔を覆う。

 

 

「なんたる盲点……! 食欲だけに留まらず、過去の性別にまで囚われていたとは、不覚、不覚です……!」

 

「時々、姉サマ トイウ方ガ、分カラナク ナリマス」

 

「楽シソウ ニモ、見エルガ」

 

 

 首をかしげる重巡棲姫と、髪型変更を諦めた空母水鬼が、騒がしいレ級を不思議そうに、そして羨ましそうに見つめる。

 かつては人間でありながら、今では“こちら側”で最も忙しく動き回る個体。

 時が来れば最前線へ赴き、旧友相手に砲を向けるのを強いられるというのに、彼≒彼女は全力で人生を謳歌しているように見える。

 それが重巡棲姫には不思議であり、空母水鬼には羨ましかった。

 

 

「とにかく、これで解決策が見つかりました! 早速、適当な布地を構成して行ってきます! お二方は、何か欲しい物とかあります?」

 

「イヤ、特ニハ」

 

「私モ……。楽シンデ来テ下サイ」

 

「はい! では、行ってきま──」

 

 

 そんな二人をさて置き、天真爛漫な笑みを浮かべるレ級が、颯爽とその場を立ち去ろうとした瞬間。

 ドクン、と。世界そのものが脈動した。

 正確には違うのだが、そう感じさせるほど大きな“力”の波が、どこからか発せられたのである。

 

 

「今のは……」

 

「ドウヤラ、形ヲ成シタヨウダ」

 

「……新シイ躯体の誕生、デスカ。姉サマ ノ 様ナ」

 

 

 波の中心点の方を見やり、三人が顔を見合わせる。

 波動を感じた方角にあるのは、やはり闇。

 何も見通す事は叶わないのだが、その向こうに、深海棲艦にとっての聖域がある。

 いや、深海棲艦だけでなく、地球上に存在する、ありとあらゆる生命にとっての、聖域が。

 

 

「適性はやはり……?」

 

「オソラク、駆逐艦ダロウ」

 

「意外ですよね。僕的に、航空戦艦のイメージが強いんですけど」

 

「連レ帰ッテ来タノハ、ソノ“部分”デハナイ。昇華サレズニ残ッタ“モノ”ガ、躯体ヲ構成シテイル」

 

「なるほど」

 

「……?」

 

 

 誕生した躯体の由来を知っているレ級と空母水鬼は、先程までと打って変わり、真剣な顔で語り合う。

 重巡棲姫だけはイマイチ理解していないようだが、さしたる興味も無かったようで、口は挟まない。

 

 

「では、そちらはお任せしても?」

 

「問題ナイ」

 

「行ッテラッシャイマセ、姉サマ」

 

「はい。行ってきます」

 

 

 レ級にとって旧知の存在。

 出迎えたい気持ちはあったのだが、空母水鬼の言うところが正しいのなら、新しく生まれ直した躯体に、記憶は宿っていないだろう。

 寂しい思いもあったけれど、詮無い事だと諦め、二人に背を向ける。

 

 

(ついでに、“彼女”の所にも顔を出しますか。“彼”も近づいているようですし、ね。また埋もれてないといいんですが)

 

 

 レ級の足取りは軽く、表情も明るい。

 しかし、身に纏う気配は重く、暗い。

 隠し切れない波乱の予兆が、溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “それ”は安堵していた。

 終わりゆく命の灯火を感じながら、己を振り返り、諦めようとしていた。

 

 

(──────)

 

 

 決して、満足のいく結末ではなかった。

 ああしていれば、こうしていればと、ひっきりなしに心残りが湧き出るけれど、もう終わった事だ。

 不甲斐ないなりに、けじめだけは着けられた。後を任せられる存在も居る。

 だから、自分はもういいのだ。もう頑張らなくてよいのだと、安堵していた。

 安堵したまま、“それ”は存在そのものを解こうとしていた。

 

 

(───、さま)

 

 

 だというのに。

 更紗から生糸へと解けていく心に、何かが、引っかかる。

 

 

(ごう──さ─)

 

 

 この手で討った、倫太郎の事では、ない。

 道連れとしてしまった、伊勢、日向の事でも、ない。

 

 

(──し、さま)

 

 

 懐かしい声がする。

 記憶の奥底に封じた、後悔の陰りを感じる。

 血を分けた息子を喪うという、耐え難い失意の中で出会った、最初の統制人格。

 

 

(ごうし、さま)

 

 

 ──ああ。秋月。

 

 どうして忘れていた。

 あれ程まで付き従ってくれた“彼女”を。

 どうして忘れていられた。

 伊勢たちのために自らを投げ打った、最初で最後の、あの笑顔を。

 どうして。どうして。どうして。どうして。どうして……。

 

 

 

 

 

「本当ノ後悔トイウモノハ……。例エ忘レ去ラレヨウトモ、幾度トナク蘇リ、心ヲ抉ル」

 

「許して下さい、なんて言いませんよ。先生。その情念、利用させて頂きます」

 

 

 

 

 

 “それ”は確かに、安堵していた。

 安堵していたが故に、思い出してしまった心残りが、濃厚な陰りとなって、消えゆく魂から零れ落ちる。

 “それ”は知る由もない。

 最後まで拭えなかった罪悪感が、胚子のように受肉してしまった事を。

 その胚子が、後世を託した若者たちの、大いなる災いとなる事を。

 けれど、輪廻の輪へと戻っていった“それ”には、もう、関わりのない事だった。

 どんなに望もうとも、関われない事だった。

 

 

 

 

 

 

 








 二回連続の戦果報告! 我、甲乙甲乙にてスリガオ海峡を突破せり!
 いやー、一言で現すと面倒臭いイベントでしたね。
 最初からボスに直行できるマップが一つもない上に、E-3・E-4では防空無傷が必要とか、もう本当に面倒臭い。
 最終海域は紫電改四に釣られて乙を選んでしまったのですが、Z6とかは全く苦戦しなかったのに、ゲージ一本目がなかなか割れず。
 潜水デコイやら戦艦六隻やら色々と迷走しまくった挙句、普通に西村艦隊で突破しました。
 これでダメなら丙に落とそうと、ストレスフリーな精神状態になった途端クリアするこの現象。なんなのだろうか。
 しかも、駄々をこねる闇城さんを扶桑が、だっちゅーの(死語)姉サマを山城が殴り倒し、ドロップはそれぞれ扶桑型姉妹という芸の細かさ。思わずロックして二隻目の育成を始めちゃいましたよ。

 まぁ、エンジョイ勢にしては頑張ったと思います。
 なんだかんだと言いつつ、しまむら艦隊戦略が発見される頃にはイベント終えられたし、支援艦隊の重要性と給糧艦の有り難さも再確認しました。
 限定艦が両方とも呼べないままクリアしちゃったんですが、掘り始めたらすんなりお迎え。
 狙ってた雲龍二隻目や、特に狙ってなかった二隻目以降のレア艦も出撃不可になるくらい掘れたしで、戦果は上々です。まるゆは掘れなかったけども!(一番狙ってた)
 ところで、涼月のウィスパーボイスとロケット乙πが股間に来るのは仕様なんでしょうか?
 今更ながら秋月型の駆逐艦らしからぬシルエットが悩ましい。薄い本はよ。
 あ、シオンちゃんも佐渡っちも対馬んも可愛いっす。薄い本はよ(大事なことなのでry

 ……なんでこんなに遅くなったか? 色々あったんです。色々。
 そして、これから先も色々あるんです。色々……。the surgeの二週目とか完全版バイオ7とか。
 MGジャッジv2.0でブレード光波出すの楽しいっす。赤原さん家のクリス兄も早く使いたい。
 本編に触れないのもアレなのでサラッと補足しますが、最後のモノローグっぽいものは、某提督の今際の際です。
 桐竹随想録でチラッと秋月の名前が出てきたのを覚えてた人。貴方の記憶力は素晴らしい。
 古強者、秋月型、駆逐艦。この組み合わせから導き出される深海棲艦……。普通に相手したくないですわ。ボーキ的な意味で。



 さてさて。更新できていない間に色々と考えたんですが、以前ご感想で提案して頂いた小話用の別作品。来年から始めようと思います。
 書き溜めが出来るまでは限定公開で。ある程度の話数が溜まったらチラ裏に移動させる予定です。
 これからは本編と全く関係ない、旬を逃した小話やらタイミングを逃したこぼれ話を、時系列ガン無視で好き勝手に更新しようかなーと。
 仕方ないから付き合ってやんよ、という方。今後ともどうぞよろしく。
 それでは、失礼致します。


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