新人提督と電の日々   作:七音

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本編だけで一万五千字を越えちゃったので、また分割投稿です。
北上さんの出番と予告は次話で。


新人提督と“桐”の集結・後編

 

 

 

 

 

 事情聴取に返ってくるのは、要領を得ない答えばかり。

 分かりません。なんとなく。そんな気がします……。不確かな言い回しだけだった。

 もしや、と他を確かめてみても、彼女と同じく受け答えができるようになったものは居ない。

 原因を探るため、様々な検査を受けさせられた。

 採血。脳波測定。CTスキャン。身体測定。果ては胃カメラや直腸検査。解剖一歩手前でなんとか助かったが、もう科学者共にはこりごりである。

 疲労困憊するわたしに、彼女は謝りどおしだ。自分のせいで、と。

 謝罪する声。申し訳なさそうな顔。不安に揺らぐ瞳。

 何もかもが瓜二つで、決定的に何かが違う。機械仕掛けの歯車へ、細かい砂利が挟まったような異物感。

 

 苛立ちを覚え始めていた。

 あまりに身勝手な、苛立ちを。

 

 

 桐竹随想録、第五部 雪に萌ゆるより抜粋。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 静寂が場を支配していた。

 誰一人として言葉を発さず、コツコツコツ、という音が小さく響いているだけ。

 発生源は、自分の隣におられる少女――桐ヶ森提督。苛立つ指が机を叩いているのだ。

 かすかな舌打ち。ひしひしと伝わってくる怒気。出来ることなら間に衝立が欲しい。

 

 

(……ねぇ。ねぇ司令。いつになったら会議始まるの? なんだか立ってるだけで肩身が狭いんだけど)

 

(我慢しなさい。自分だって胃が痛くなってきてるんだから)

 

 

 音に紛れるよう、背後の陽炎と囁きあう。

 吉田中将が自分たちに気づいてくれたのは、あれからすぐのこと。向けられた二対……じゃないな、棒人間に顔はないし。一対のドぎつい視線でビビってしまうも、そのまま喧嘩は中断。「これを吸い終えるまで待っとくれ」という中将の指す席へ。

 腰掛ける際に「失礼します」と声はかけたのだが、返ってきたのは「ふんっ」という鼻息のみ。相当怒っていらっしゃるようだ。

 何を言ったんだろう。今現在、分身してリンボーダンスしている棒人間――間桐提督は。桐谷提督もニコニコしているだけだし。

 あぁ、沈黙が気まずい……。

 

 

「ふぅ……。さて、待たせたの」

 

 

 ようやくといったタイミングで、短くなった葉巻が灰皿へ押しつけられた。

 それを合図に、全員が居住まいを正す。棒人間すら正座だ。こう表現すると真面目に聞こえないが。

 

 

「まずは、改めて紹介しよう。そこにいる若いのが期待の新人、桐林じゃ。二つ名はまだないが、いずれ相応しいのがつくじゃろう。気にかけてやっとくれ」

 

「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します!」

 

 

 中将の紹介に合わせ、立ち上がって敬礼を。気配から、陽炎も気をつけしているのが分かった。

 大佐二名は目立った反応をしなかったが、少将だけはにこやかに手を叩いてくれる。見た目の厳つさと反し、柔和な雰囲気が印象的だ。

 と、その巨体がやおら立ち上がった。

 

 

「お噂はかねがね。わたしは桐谷。“梵鐘”などと御大層な通称がありますけれど、気楽にお声掛け下さい、桐林殿」

 

「はっ。恐縮です」

 

 

 ……うーん。とりあえず当たり障りのない返事してるけど、違和感がすごいな……。

 “梵鐘”の桐谷提督。本名、千条寺(せんじょうじ)優介(ゆうすけ)。階級は少将。

 航空巡洋艦へと改造した最上型重巡四隻を旗艦とし、軽巡洋艦と駆逐艦で脇を固めた水雷戦隊を編成。通常出撃でも最低二十四隻以上を同時に使役してみせる、常軌を逸した並列思考能力の持ち主。ちなみに、本名が公開されているのは彼だけだ。

 身長二メートルはあろう大男だが、腰の低い温厚な人物であり、齢三十にして少将となったエリート。日本を代表する財閥、千条寺家の跡取りでもある。

 噂によれば、佐世保であげられる戦果の半分を一人で稼ぎ出すとか。真偽はともかく、ここまでは前評判通り。

 けども声が。声がすごい。

 目を閉じて聞けば、色白で病弱な美少年が喋ってるようにしか聞こえない。日の差し込むベッドで、カーテンを揺らす風に短い髪をそよがせているのが似合いそうだ。

 なのに目を開くと、素手で熊とやりあえそうな屈強な男がいる。遺伝子って不思議だ。そのうち慣れるのかな……なんて失礼なことを考えていたら、彼の視線が横へ滑る。

 

 

「ところで、桐林殿。それが?」

 

「……はい。自分の励起した統制人格であります。挨拶を」

 

 

 言い方は気になるが、少将の声に立ち位置を一歩ずらし、陽炎が進み出た。

 やや緊張した面持ちの彼女は、自分と同じく海軍式の敬礼で彼らに対する。

 

 

「陽炎型駆逐艦ネームシップ、陽炎改です! 以後、お見知りおきをっ」

 

 

 手の平を見せないよう額にかざして、肘を前へ突き出す。

 形式通りなそれに、しかし返されたのは訝る声だった。

 

 

『ケッ。信用できねぇな』

 

 

 あぐらをかき、膝に頬杖をつく棒人間。

 表情らしきものは何一つ表示されていないが、明らかに疑いが掛けられているのを感じた。

 

 

『励起した傀儡全部を感情持ちにしちまうとか、眉唾もいいとこだろ。第一、駆逐艦としちゃマシな型だろうが、感情持ちにしたところで(ピー)の役にも立ちゃしねぇ。役者に金でも握らせてんじゃねぇのか?』

 

「こら、やめなさい。申し訳ない、間桐殿は性根が曲がり切っている上に外弁慶でして。本人は今頃、佐世保で縮こまっているでしょう。長い付き合いですが、なかなか矯正できず……」

 

『ァあんっ!? テメェ余計なこと言ってんじゃねぇよこの(ピーーー)がっ。(ピー)を(ピーーー)て(ピーー)に(ピーーー)ぞ!』

 

 

 棒人間がいきり立ち、今度は出刃包丁を振り回す。もちろん映像なので実害はない。

 “千里”の間桐提督。階級は大佐。

 年は下だが桐谷提督と同期であり、「撃たれる前に撃てば良い」を信条に、個人的な技量のみでアウトレンジ砲撃を実現する、尋常ならざる集中力を持つ人物。

 大艦巨砲主義の権化で、戦艦大和の代名詞……駆逐艦一隻と同じ重さを持つ三連装主砲・四十五口径 四十六cm砲の単砲身バージョンを作り出し、使用している。戦艦以外には、着弾観測・対空戦闘特化の軽空母と、潜水艦対策の海防艦(最大でも九百tクラスの小型戦闘艦)しか使役しない徹底ぶりだ。

 気が向いた時にしか出撃しようとせず、その代わり、出れば必ず戦果をもたらす虎の子。表舞台に一切出ようとしないことでも有名だったが、こうまで口が悪くては周囲が止めたのかもしれない。実力があるから許されてるんだろうけど、よく出世できたもんだよ。

 ちなみに、先ほどからのピー音は彼自身がやっていることではないようだ。

 なぜ分かったかといえば、立体映像の隅っこに、以下のようなテロップが流れていたからである。

 

 

《只今、吉田中将の指示のもと、クラッキングにより不適切な発言を修正しています。本人は気づいておりませんので、皆様、どうか知らんぷりして差し上げてくださいませ。by凛ちゃん》

 

 

 他にやることがあるってこれすか先輩。ホント無駄なスキルばっか習得しよってからに。「ちゃん」て呼ばれる年か。

 と、別室でニヤニヤしているだろう先輩にうんざりしつつ、向けられた不信を拭うべく、陽炎と視線を重ねる。

 

 

「司令。いいわよね」

 

「ああ」

 

 

 どうやら同じ気持ちらしい。念のために吉田中将へも視線で問うが、頷きが返された。問題なしと判断、そのまま続けてもらう。

 気をつけの姿勢から、足を肩幅に。腕も少し広げ、彼女は目を閉じる。

 ――ィイイ、と高周波。締めきった室内に、弱い風と光が生じた。折りたたまれるそれらがフレームを構成。艤装を型取っていく。最後の瞬間、陽炎を中心として空気が凝縮、小さく爆ぜた。

 背中に機関部。アームで繋がるのは、近代化改装によって変更された六十五口径 九八式十cm高角砲と、四連装水上魚雷発射管。両腿には二十五mm三連装対空機銃があり、首からも、伸縮ハンドルのついた高角砲が提げられていた。

 ……なんだか、やけに気合い入ってるな。艤装の召喚ってこんな派手だっけ?

 

 

「ご覧なさい。無闇に疑うものではありません。駆逐艦と侮ってもいけませんよ。水雷戦や護衛任務にも最適で――」

 

『チッ、うるせぇんだよこの(ピーーー)が。オイ、砲をこっち向けさせんじゃねぇぞ。……あぁ、一応言っとくが、俺が間桐だ。覚えなくていい。俺も覚えるつもりはねぇ』

 

 

 ともあれ、効果的ではあったのか、捨て台詞とともに間桐提督(の棒人間アバター)がそっぽを向いた。

 代わって桐谷提督が頭を下げてくれる。でこぼこコンビとはこういう人たちを言うんだろう。

 

 

「ほれ、最後はおヌシじゃ」

 

「面倒ね……。桐ヶ森よ。よろしく」

 

「よろしくお願いしますっ」

 

 

 促された碧い瞳の少女が、足を組み替え簡潔に済ます。

 “飛燕”の桐ヶ森提督。階級は大佐。

 昔はここ、舞鶴に属していたが、今は呉鎮守府に籍を置く、うら若き傀儡能力者。見た目通り(髪は染めていたみたいだが)欧州の血を受け継いでいる。

 その端麗な容姿は広く知られており、一般・軍を問わず、一部において偶像――アイドル的存在として祭り上げられていた。だからと言って実力は侮れず、空母を運用させれば間違いなく日本一。

 特に艦爆の扱いに秀で、大戦中の熟練パイロットでも命中率は二割五分がせいぜいのところ、彼女は九割五分を超えるとされる。残る五分も、予想より早く敵が沈んでしまい、無駄になっただけだという。

 桐生提督と並び、最も未来を嘱望されている、十七の才媛である。

 ……が、素っ気ない口ぶりと裏腹に、碧の宝石はじぃっとこちらを射抜いていた。

 桐谷提督の柔らかいそれとは違い、間桐提督の嘲りとも違う。何かを探り、確かめるような。……値踏みされているのか?

 

 

「あの、何でしょう?」

 

「いいえ。何も」

 

 

 居心地が悪くて問いかけてみても、呆気なく視線は外される。

 明確な拒絶を告げる横顔に、何も言えなくなってしまった自分は、そのまま椅子へ。

 すかさず「フられちゃったわね」と耳打ちする陽炎にはデコピンをかます。艤装を召喚しているおかげで効いてないっぽいのが悔しい。

 

 

「では、個人的な交流はそれぞれに任せるとして、始めるか。皆、卓の中央に注目せよ」

 

 

 中将が机を軽くタップ。埋め込み式のコンソールが出現し、更に操作。

 くり抜かれた卓の中央部から大掛かりな装置がせり上がる。間桐提督も使っている立体映像投射機である。

 照明がわずかに暗く、四方へ画面が浮かんだ。

 

 

「おのおの情報収集をしておろうが、数週間ほど前、フィリピン海に新しく島が隆起した。

 本来こういった島は、海底火山の噴火などにより隆起するものじゃが、それに伴うはずの地震、津波などは観測されんかった。

 キスカ島強行上陸作戦で判明した事実を鑑みるに、これは敵性勢力――深海棲艦が発生させたものだと推測されておる」

 

『現在、面積は約八千平方キロメートル。

 拡大は今のところ停滞しているな。が、普通であればこの短期間でこれほど大きくならねぇ。

 なったとしても大きな自然災害を伴う。間違いねぇでしょうよ』

 

 

 映写機が動作。間桐提督の補足とともに、日付を書き加えられた写真が複数、並列して映された。

 最初は何もなかったところへ、小さく隆起する陸地。数日後には島と呼べる大きさに変じ、成長は一週間ほどで停止。

 これだけでも十分異常だが、さらにもう一つ、付け加えられる特徴があった。それを桐谷提督が提示する。

 

 

「この島は、南アジアにある実際の島、スリランカの首都を抱くセイロン島と酷似していることから、セイロン偽島と呼称されています。驚くべきことに、写真を拡大して重ね合わせると、寸分違わず重なり合うようですね。今の所は」

 

「住んでおる人々からすれば不愉快じゃろうから、あくまで仮に、だがの。また変化するかもしれんし、正式名称は公開する必要性が出た時に決めるそうじゃ。とりあえず、偽島と覚えておいとくれ」

 

 

 インド亞大陸南東、ポーク海峡を隔てた海に浮かぶ本物は、インド安全領域に存在する。

 過去には旧日本軍と英国軍がセイロン島沖で相対し、善戦。通商遮断などの成果をあげている。この時、戦闘序列には赤城や利根・筑摩、陽炎に不知火も並んでおり、桐生提督の使役する金剛型戦艦全てが参加している作戦でもあった。

 もっとも、悪い影響も少なからず発生した。なまじ戦果をあげてしまったが故に、暗号を解読されてしまったことや、索敵の不徹底による被害という教訓を活かせず、後のミッドウェー大敗北へ繋がり……。

 まぁ、議題とはあまり関係ない。復習するのは後にしよう。

 

 

「大雑把ねぇ。……けど、島の形をわざわざ実物と似せるなんて、いかにもって感じじゃない。理解できないわ」

 

「確かにのぅ」

 

 

 頬杖をついて毛先をいじる桐ヶ森提督に対し、中将は己の顎をなでた。

 出現スピードなどで必ず看破できただろうが、似てさえいなければ、観測機器の不調や、衛星の位置がズレたという理由をつけさせ、断定までの時間稼ぎが可能なはずだ。自分に都合の悪い情報ほど、人は注意深く、慎重に検討するのだから。

 それに、この衛星写真だって疑問だ。キスカ島では影一つ映さなかったくせに、今回は詳細を報告してくれる。この差はなんだ。何か理由があるのか……それすらも分からない。分からないことだらけだ。

 

 

「“彼女たち”と対話できれば、なにがしかの糸口も掴めるかも知れんが……。無い物ねだりをしても仕方ないしの。話を戻そう。

 位置関係を考慮した結果、敵の狙いはフィリピンか台湾、もしくはパプアニューギニアである可能性が高い。そして、衛星中継での首脳会議により、日本も対抗手段を講じることとなった」

 

 

 フィリピン海の海図が映される。

 中央に偽島の赤印。さらにリアルタイムで赤い線と数字が書き加えられていく。

 北西、台湾との距離は約千八百km。西のフィリピンが千二百~千四百、南にあるパプアニューギニアが二千程度だ。

 しかし、外国か……。

 

 

「あの、よろしいでしょうか?」

 

「どうした、桐林。疑問があるなら、遠慮なく聞いとくれ」

 

「ありがとうございます。他の国にも傀儡能力者は居るはずですが、その方たちと協働作戦を展開することになるのでしょうか」

 

「いいや。この三カ国は能力者も、実戦に耐えうる船の保有数も少ない。おそらく協力はできん」

 

「……まさか、日本の軍だけで作戦を?」

 

 

 軽い気持ちで発した質問には、重々しい肯定が返された。

 

 

「傀儡能力発現率は、中国・アメリカでおおよそ一千万分の一。百万分の一という日本がおかしいんじゃよ。

 それに、作戦行動中の物資だけではなく、ベースメタルや銅、ニッケル、原油に天然ガスなどを融通してもらえる。

 あちらとしては守ってもらえ、こちらとしては軍備拡張を図りつつ、深海棲艦への対処法などを模索できる。見返りは大きい」

 

 

 海が封鎖されてから、世界中での資源消費は緩やかに減少傾向をたどっている。人口と、輸出による国外提供が低下したためだ。

 多くの労働者は職を失い、デモも頻発したが、おかげで採掘可能年数は格段に延び、化石燃料なども枯渇せずに済んでいた。

 今まで、主にロシアと中国がそれらをもたらしてくれていたが、輸入できる相手は多いほど良い。特に、パプアニューギニアの首都・ポートモレスビーは、自国で消費しきれない液化天然ガスなどの貯蔵に困っている(雇用問題でプラントは完全停止できず、輸出しようにもやはり輸送船団が足りない)と聞いたことがあるし、渡りに船か。

 けど、上記両国との関係悪化も心配だ。いや、静観して日本を矢面に立たせ、まずは情報を得ようとする可能性もあるか。そういえば、近くにある珊瑚海でのMO作戦――ポートモレスビー攻略中、昔の祥鳳が沈んじゃったんだっけか……。ダメだ、思考が横道にそれるな……。

 

 

「腹が減っては戦はできぬ、ってとこね。油や弾薬がなければ戦えないんだし、持ちつ持たれつ、かしら」

 

『どうだかなぁ。単に厄介ごと押し付けられただけじゃねぇの? 昔っから貧乏くじばっかじゃねぇかよこの国は。あ~あ~、やだやだ。働きたくねぇ……』

 

「さっきはニートじゃないと言っておいてコレですからね。全く、桐ヶ森さんの爪の垢でも飲ませたいですよ」

 

「お断りするわ。たとえ垢でもそいつの体内に吸収されるなんて絶対イヤ」

 

『おうおうこっちだってお断りだ。

 てめぇみてえな乳臭いガキじゃなくて、ボンキュッボンなネェちゃんのなら、喜んで汗だろうがなんだろうが舐めまわすがな。

 チックショウ、なんで俺の陸奥は貧乳なんだよ! 揺れない乳は乳じゃねぇ!!』

 

 

 むせび泣き、地面を殴りつける棒人間。桐谷提督と桐ヶ森提督は、それぞれ肩を竦め、ため息をつくだけ。

 どうやら、間桐提督は性的嗜好も大艦巨砲主義らしい。気持ちはまぁまぁ分かるが、突っ込まれないところを見ると、この嘆き様も恒例のようだ。

 余談になるが、統制人格と“そういう行為”は出来ない。軍規で決められているだけでなく、無理強いしようとしても彼女たちの肉体が消滅退避してしまうからである。

 何らかの理由で統制人格のみがダメージを受けた場合、一時的に構成霊子を分散させる回避行動であり、行為はそのダメージ範疇に含まれるのだ。

 なんでこんなことが判明しているのかは、察するしかない。陽炎がこっそり呟く「男って……」という一言が、全てを表しているだろう。

 

 

「間桐、無駄口を叩くな。手段を講じるとは言ったが、具体的な対策はまだ決まっておらん。先のキスカ島同様、まずは調査を優先する」

 

「今回は衛星が使えるようですし、航空偵察も可能でしょう。桐ヶ森さんの出番ですか」

 

「ま、増槽を使った彩雲(さいうん)なら、呉からでも往復できるわね。一機でも余裕よ。とりあえず、私が一回見てきてあげるわ」

 

「うむ。話が早くて助かる。詳細はこのあと話すが、頼むぞ」

 

 

 彩雲とは、旧日本海軍が発注した艦上偵察機である。

 当時としては珍しい、偵察を専門にこなすこれは、最高時速六百km、増槽(追加燃料タンク)を装備した場合の航続距離が五千三百kmにもおよぶ、傀儡制御可能な偵察機の最高峰だ。

 深海棲艦との戦いにおいても、この扱いにくい機体は非常に有効であり、かつての搭乗員が打った電文、「我ニ追イツク敵機無シ」を、彼女なら再現できるかもしれない。

 頼もしい発言で場が引き締まる中、しかし、間桐提督は嫌味な態度で口を挟む。

 

 

『それは良いんですがね、実際キスカん時と同じになったらどうするんで? 言っときますけど、桐生の二の舞はゴメンですぜ。

 ようやく人様の言葉を借りなきゃ喋れねえ野郎が居なくなって、これからやり易くなるってのに』

 

「間桐……! あんた……っ!」

 

 

 桐ヶ森提督が机に身を乗り出す。怒り心頭に発する、といった様子だ。自分も同じ気持ちで、投射機の向こう――佐世保にいる男を睨みつけた。

 今までは、口は悪くともどこか憎めない印象だったが、命がけで戦った人物を侮辱するなど、許せない。許してはいけない。

 

 

『ァんだよ、事実だろ。てめぇだって御高説にはウンザリだったろうが。

 ログを漁って相手は見た。四十六cm砲なら間違いなく一発でぶっ殺せる。なんせ射程は四十二km。俺なら、あの渦が発生しても関係ないアウトレンジから当ててやる。

 だが絶対じゃあねぇ。アレ以上の天災を引き起こす可能性もあるしな。

 陸奥は特注品なんだぜ? 万が一にも沈んだらもったいねぇし、野郎みたく人形なんぞと心中するのもまっぴらだ。俺は――』

 

「間桐よ」

 

 

 空気の密度が高まる。

 たった六人しかいない部屋が、窮屈に感じるほど。

 二人分の敵意を向けられても止まらなかった舌は、棒人間のアニメーションと共に停止。

 声の主――中将を見やると、そこにはただ、無表情があった。

 

 

「キサマは二度言わんと理解できぬ愚か者か」

 

 

 思わず、呼吸を忘れてしまう。

 自分へ向けられてはいないのに、震えることすらできない。陽炎の手が肘に縋りついてくれなかったら、悲鳴でも上げているところだ。一体どれほどの修羅場をくぐり抜ければ、わずか数秒の言葉で人を威圧できるのか。

 物理的な距離も無意味だったのだろう、間桐提督は『申し訳ありません』と一言つぶやき、投射される映像が《Sound Only》という表示に。

 もはや、冗談を交えられる雰囲気は消え去った。元々会議なのだからそれが当然なのだが、こんな状況でも桐谷提督はニコニコ笑っている。ノミの心臓には羨ましい。

 

 

「よろしい。続けるぞ。偵察を桐ヶ森に任せるのはすでに決まっておる。だが、いちいち呉から飛ばすのでは効率が悪すぎる。加えて、上層部は本土から離れた場所での展開を望んでおるようじゃ」

 

 

 また別の地図が映される。今度は見覚えがあった。

 南西から北東へ向けて伸びるその島は、深海棲艦の出現によって放棄するしかなかった領土。

 ――沖縄。

 

 

「今回、ワシらは陸軍と協力し、沖縄へと再上陸。嘉手納(かでな)基地再建計画を実行する。

 桐ヶ森にはここへ居を移してもらう。距離を稼げるうえ、台湾・フィリピンを経由する輸送船団も手早く送り込めよう。

 もう一つ。南西諸島にある製油所への支援も、今まで以上にやり易くなるはずじゃ」

 

 

 沖縄のサイズがスケールダウン。尖閣諸島を含む、南西諸島海域が表示された。

 確かに沖縄を拠点とできれば、中将の言うとおりの利点が得られる。苦労して海を突っ切っていた南一号作戦も、途中で補給や修理を受けられる場所があるなら、難易度は格段に下がるだろう。

 だが、何か引っかかる。

 嘉手納基地の再建は、おそらく施設の再利用が可能。一ヶ月と経たずに警備府並みの軍港へと生まれ変われるだろう。陸軍の保有する能力者――主任さんと同じく、工作機械や重機などを励起する者たちが活躍してくれるはずだ。

 

 

(でも、なぁ……?)

 

 

 やっぱり何かが気になる。具体的にはなんとも言えないのだが、採算が合わないというか、そんな感じがした。

 どう言葉にしようか悩んでいると、それより先に桐ヶ森提督が異議を唱える。

 

 

「ちょっと待ってくださいっ。それでは呉が空いて……」

 

「それも狙いなんじゃよ。桐ヶ森、おヌシは働きすぎる。強すぎるのじゃ。ハッキリ言おう。おヌシが呉に居ると、呉の能力者が育たぬ」

 

「……っ」

 

 

 苦い顔。小さな拳が握られた。

 彼女の才覚は本物である。一人で呉に属する能力者、全十数名を同時に相手取れるほどに。

 それを側で見せつけられるとしたら、どうだ。いくら努力を重ねても届かない高みに、圧倒され、諦めてしまうのではないか。

 どうせあいつが居るんだから。

 少し前の自分だったら、こんな言い訳をして、投げやりに日々を過ごしていたかもしれない。

 恵まれぬ者には恵まれぬ者の。恵まれた者には恵まれた者の。全く違った苦悩があるんだろう。

 そして、この場にいる恵まれた者のもう一人、桐谷提督も、口振りとは逆に晴れやかな笑顔で頭をかく。

 

 

「耳が痛いですね。わたしも常々、出撃しすぎだと言われていましたし。ですが、わざわざ沖縄で活動させるほどの理由とは思えません。この計画自体、調査だけを目的にしていないのでは?」

 

「ほう。ではなんと見る、桐谷」

 

「……桐林殿。貴殿は、どんな理由があると考えます?」

 

「へっ」

 

 

 唐突に話を振られ、声が裏返る。三対の瞳がこちらを見つめていた。

 いきなり質問を投げるとか酷くありません? 突っぱねたいが、もう自分が答えなきゃいけない空気になっている。どうにかして、中将たちを納得させなければ。

 考えろ、考えろ、考えろ。

 ついさっきまでその事を考えてたんだから、理由はこじつけられるはず……!

 

 

「し、強いてあげるなら……ガス抜きを兼ねた、反撃への布石、でしょうか」

 

「続けよ」

 

 

 的外れでもなかったか、中将は聞く態勢に。

 口に出したことで弾みもついた。勢いのまま、自分は率直な意見を述べる。

 

 

「嘉手納基地を再建するメリットは、無きに等しいかと。沖縄へ行くのにも手間が掛かりますし、基地の再建までするとなれば、そのための機材などを輸送する必要性も生じます。

 桐ヶ森提督の負担は大きくなりますが、屋久島辺りに泊地を作り、そこから彩雲を飛ばした方が効率的です。

 輸送船団も、地理的に考えて、石垣島を経由して台湾へ向かわせるのでしょうが、イマイチです。中国大陸沿岸を辿らない分、燃料と時間は節約できますけれど、途中、深海棲艦に襲われる危険は増えます。多少目減りしても、佐世保から対馬海峡を通った方が確実でしょう。

 南一号作戦に関しては仰る通りです。が、偵察任務のついでにしては大掛かり過ぎる。それに、陸軍の協力を得ずとも、海軍に属する技術屋だけで再建は可能です。ではなぜ、この計画が立案・実行されることになったのか」

 

 

 一旦そこで区切り、唾液で喉を湿らせる。

 わずかに間をおいて、中将への答えを口に。

 

 

「将来的に発生するかもしれない問題への対処ではないでしょうか。自分が思いつくのは……深海棲艦に陸上戦力があった場合の備え。

 今まで、敵は陸地へ接近することができないとされていました。けれど、キスカ島消滅やセイロン偽島の件を踏まえれば、干渉可能だったのは明白です。

 もしも本土へ上陸されたりしたら。または、敵側の根拠地などを発見できたなら。陸軍に主役となってもらう必要が出てきます。そのための準備が、嘉手納基地再建計画の本質ではないかと、愚考します。

 国民に知られないよう沖縄の訓練場などを使って、桐ヶ森提督を教導官に、傀儡艦ならぬ傀儡戦車などの調整を行うのでは? 加えて、更なる脅威が判明しつつある今、来るべき決戦に備え、軍全体の意識を統合する目的もあるのでは……?」

 

 

 深海棲艦は海からやって来る。であれば、戦力を海軍に集中するのは必定。その代償として、陸軍は海軍のオマケ扱いを受けている。国内を能力者が移動する際の護衛や、脚の手配など、ほぼ雑用と言える事柄を一手に引き受けているのだ。正直、よく我慢できると思う。

 だが、ここへ来て膠着状態は打破された。陸が安全でないと分かった以上、これまで無用とされた陸上戦力も準備せねばならない。

 能力開発の初期段階で試験的に発注され、埃をかぶったままの旧型戦車たち。艦船と比べて小さいこれらは、能力強度が足らず、仕方なく技術職へ就いた能力者でも励起可能と聞いた覚えがある。

 統制人格は現れないだろうが、複数人が呼吸を合わす必要がある通常戦車と、能力者単独で動かせる傀儡戦車の差は歴然だ。傀儡艦の砲撃・航空支援と合わせれば、国すら容易く攻め落とせるだろう。

 かねてから犬猿の仲とされてきた陸軍と海軍。受け継いでしまった悪しき習慣を改善する、一歩となるやも。陸軍内にまで彼女のファンは居るようだし。

 

 ……悪し様な考えなので言わなかったが、これは他国への抑止力にも繋がる。

 深海棲艦との戦いがいつか終わったとして。人間同士の争いが始まる可能性は、否定できない。

 話し合いで全ては解決できないし、相手の事情を無視することで利益が発生するなら、人は簡単に、差し伸べられた手を弾くのだから。

 

 ともあれ、第一目的はあくまでセイロン偽島の調査。それを進めつつ、第二目的である傀儡戦車部隊も育成する。

 効率良く、また、国民に気どられぬため、秘密裏に行える場所が必要だった。そこで沖縄へ白羽の矢が立った。

 偵察・戦備増強・内紛防止。三つを兼ね備えた計画が、嘉手納基地再建計画なのだ。……と、思う。

 

 

「うむ。色々と足らぬが、及第点かの」

 

「わたしも同じ意見です。国民感情への影響もあるでしょうね。沖縄を取り戻す。実にいい響きです」

 

「あ、なるほど……」

 

 

 全くもって自信はなかったけれど、吉田中将は満足気に頷いてくれた。安心したせいか、付け加えられた補足には素の反応を返してしまう。

 何も知らない国民から見た場合、この行動は失われた国土を取り戻す作戦に映る。長く停滞した戦況へ、少なからず不満を抱いている彼らにとって、大きな前進だ。

 すっかり軍人としての見方しか出来なくなってるなぁ。もっと多角的な見解を導けるようにならなきゃ……。

 

 

「さて、ことの段取りじゃが。まずは桐谷、おヌシに働いてもらいたい」

 

「わたしの艦隊を使った大規模輸送ですね。心得ていますよ、中将殿。間桐殿と違って、働くのは大好きですから」

 

『うるせぇ(ピー)が。ワーカホリックは立派な病気だ。治療しやがれ(ピーーー)』

 

「やれやれ。復活した途端にこれか。もうどうにもならんかのう」

 

 

 鷹揚に構える桐谷提督から、絶対の自信が伝わってくる。

 航路としては、屋久島・奄美大島を経由。沖縄本島へ向かうのだろう。

 途中に小島も点在し、戦闘を回避できれば楽な航海だ。

 

 

「ということは……。いよいよ、私たちの出番ねっ、司令!」

 

「そうだな。自分も、物資輸送の助力をするのですね」

 

「いいや。おヌシは嘉手納基地再建計画には直接参加させぬ」

 

「……はい?」

 

「え、なんで?」

 

 

 陽炎と二人、唖然とする。

 こういった輸送なら、自分の艦隊が何より有効なはず。

 桐谷提督には敵わないかもしれないけど、集中的に運用してさっさか終わらせる方がいいんじゃ……?

 

 

「どういうことなの、中将。コイツの傀儡艦、輸送や護衛任務での実績はかなりあるはずじゃない」

 

「確かに。しかしな、他にもやってもらいたい事があるんじゃよ」

 

『ってぇことたぁ、偽島並みに厄介なことが他にも起きてるってことですかい』

 

「いいや。だが重要ではあるの」

 

 

 そんな気持ちを桐ヶ森提督が代弁してくれるが、意外な返答に、間桐提督の棒人間は腕組む。

 嘉手納基地再建だけでもかなり大掛かりな計画。それを置かせる別件とは……なんだろう。

 

 

「桐林よ。おヌシには、ここへ向かってもらう予定じゃ」

 

 

 浮かんでいた海域図が切り替わる。

 見慣れた横須賀周辺。そこから航路を示すのだろう赤い線が伸び、南へ。

 伊豆諸島、小笠原諸島を下り、今なお隆起現象の続く活火山島――硫黄島を指す。

 ……やばい。空いた口がふさがらない。

 

 

『悪いが言わせてもらうぜ。脳みそ(ピー)たんじゃねえか?』

 

「今回ばかりは同意するわ。正気ですか、中将」

 

 

 胡散臭い視線と声(間桐提督は声のみ)を向ける二人。どこか、心配しているような感すら伺える。

 

 

「なんじゃなんじゃ、まだ耄碌はしとらんぞ」

 

「では、納得のいく説明が欲しいところですね。流石に無謀……というより、無意味に思えます。そうでしょう、桐林殿?」

 

「……はい」

 

 

 同意を求める声には、頷くしかなかった。現在の海を知っている者であれば、きっと誰でも。

 硫黄島。

 東京都、小笠原諸島南部に位置するこの島は、義務教育を受けた日本人なら必ず聞いたことがあるだろう、大戦中の激戦地。戦後は航空自衛隊の分屯基地が敷かれ、ここを舞台とした戦争映画も多く残っている。

 しかし、目的が見えない。とにかく場所が最悪なのだ。自分もコンソールの子機で詳細情報を引き出してみたが、やはり。

 

 横須賀から南に約千二百km。これは、桐生提督の進んだウスク・カムチャツクからキスカ島の距離に匹敵した。深海棲艦の海底採掘・磁鉄鉱脈露出などを原因とする、局所的な海流変化・磁場の乱れも問題である。

 大型船すら押し流し、コンパスを狂わせるこれらは、遠海を行く上で大きな障害となるだろう。

 キスカ島強行上陸作戦では、ロシアのリレー装置や、定期的に発せられる“繭”の信号を辿れば良かった。沖縄の場合、間に散らばる島々を偵察機で観測すれば。同様に、八丈島、青ヶ島まではたどり着けるはず。

 

 だが、青ヶ島・鳥島間、鳥島・(むこ)島間は、頼りとなる大きな島が少なく、不可能に近い。

 セイロン偽島との距離は沖縄とさして変わらないし、基地も残っているが小規模。しかも隆起現象のせいで港が作れないため、小型船でしか上陸できない。行ってどうするのか。

 どうしても意味を見出せずにいると、吉田中将は不敵に笑い、話を一転させた。

 

 

「皆、桐生の残した映像は見ておるな。では、その中に妙な点があったのを覚えておるか」

 

『妙な点? ワリぃっすけど、俺は一回しか見てねぇんで』

 

「……あれでしょ。ノイズうんぬん。確かに映像は乱れたけど、あんな反応するほどのことじゃなかった気がするわ」

 

「あ、自分も気になっていました。でも、どういう関係が……?」

 

「例の調整士に話を聞いたところ、悲鳴のような雑音が響いたそうじゃ。腕らしき物が飛び出た時と、桐生がアレを仕留めた時。二度に渡ってな。それを再現したのが……」

 

 

 ――哭泣(こっきゅう)

 

 嫌な予感に身構えた途端、女性の断末魔にも聞こえる、耳障りな音が響いた。

 隣と背後からは、かすかに聞こえる可愛いらしい悲鳴。対面の棒人間まで、一瞬置いて身悶える動作を繰り返す。よっぽど驚いたのだろう、陽炎は艤装を消滅させ涙目だ。

 なのに桐谷提督は笑顔のまま微動だにしない。どんだけ根性据わってんだよあの人……っ。

 

 

「……気持ちの良いものではありませんね。しかし読めました。この音を発生させる機械を硫黄島に設置し、敵の出方を見るおつもりですか」

 

「その通り。例の暗号通信と複合させ、半永久的に稼働するよう設計させておる。アレが重要な存在であるならば、何がしかの反応は得られるはず」

 

 

 音響兵器から解放され、自分たちは大きく肩を揺らす。クラクラする頭に、熱のこもった言葉が畳みかけた。

 つまり、キスカ島で起こった現象を、似たような周辺環境にある島で部分的に再現する、ということか。

 人類も深海棲艦を調査しようとはしているのだが、そのアプローチ方法は未だ見つけられないでいる。拿捕は一回も成功しておらず、敵 統制人格はやっと確認されたばかり。自分の知る限りでは、深海棲艦の行動に対応したことはあっても、こちらから働きかけたことはない。

 だが、今までにない行動をとられた事で糸口がつかめた。深海棲艦の生態調査。それが硫黄島へ乗り込む理由か。それならまぁ……。

 

 

『だがよう、肝心要な問題がまだ残ってるんですがね、中将』

 

 

 ――と、納得しかけたところへ水が差される。

 棒人間はふてぶてしいのに、声だけ疲れきっているのが滑稽だが、吉田中将は気にも留めず先をうながす。

 

 

「なんじゃ。言ってみよ」

 

『ヘッ。分かってるくせに俺に言わせる気ですかい。まぁ言いますが……。そこの雑魚が硫黄島までたどり着けるはずがねぇってんですよ。俺だって無理だ。控えの長門を賭けてもいい』

 

 

 鼻で笑うような言い方。不快感を覚えたけれど、しかし、反論できなかった。

 既にあげた理由もあって、硫黄島への航海は至難の技。大航海時代に航路開拓をするような、危険すぎる旅だ。

 それに、桐生提督ですら途中で艦を落後させざるを得なかった強行軍と、ほぼ変わらない道程でもある。

 ……自分は……。

 

 

「またアンタに同意しなきゃいけないのはムカつくけど、異論を挟む余地はないわね。コイツは弱い。“桐”に値するかどうか以前の問題よ。そこいらの無名能力者の方がまだ信用できるわ」

 

「なっ、そんな言い方ヒドイですっ! そりゃあ、皆様方に比べたらまだアレかもしれませんけど、司令だって!」

 

「陽炎、やめるんだ」

 

「でもっ」

 

 

 あくまで冷静に、事実だけを述べて、桐ヶ森提督が同意を示す。

 陽炎は怒ってくれるが、間違っていないのだ。こればっかりは誤魔化しようがない。

 けれど、そんな自分たちを見て、彼女は意外な――羨むような表情を浮かべた。

 

 

「……本当に感情持ちなのね。やり辛い。一応、貴方のせいでもあるのよ」

 

 

 一瞬。見間違いとしか思えない、本当に一瞬だけだったそれは、冷たい眼差しに消えてしまう。

 次声を発したのは、やはり笑みを浮かべる桐谷提督。

 

 

「もっともですね。桐林殿、あなたはそれらの機能に頼り、成長できないでいる。頼らなければまともに戦うことすら不可能。違いますか」

 

 

 言葉を失う陽炎を見ていながら、“陽炎”のことは決して見ていない。

 シニカルにも感じ始めた笑顔の主が突きつける、真実。

 歯が軋む。

 

 

「私の、せい? 私たちが、司令を弱くしてる……?」

 

 

 操舵。出力調整。索敵。砲塔・発射管回転。照準。装填。発射。ダメージコントロール。これ以外にも様々なことを、通常の能力者は一人で、最大六隻分こなす。

 自分は、やったことがない。やる必要がなかったからだ。指示を出すくらいはしたが、他は統制人格に任せられた。みんなのサポートがなければ、三隻……いいや、二隻の同時出撃が限界だろう。

 そこいらにいる新米提督と変わらない。半年近く戦い続けてなお、一人で戦えないのだ。先輩が褒めてくれたのは心構えの問題。技量という観点において、自分はまだ新人のまま。

 ……情けない。

 

 

「仰る通りです。自分は弱い。本来ならこの場にいないどころか……もう死んでいるだろう、非才の身です」

 

「司令……っ」

 

「ですが」

 

 

 けど、そんな事はとうに自覚しているのだ。

 背筋を伸ばし、大きく呼吸。

 手を見つめる。あの病院で。あの子が握ってくれた手。

 それを、あの人が叩きつけた熱へ、重ねる。

 

 

「自分はこう考えています。他に目立つものがない代わり、優秀な教師との縁に恵まれたのだと。

 彼女たちは、能力者が長い年月をかけて磨き上げる技術を、惜しげもなく披露してくれます。それを間近で見て、魂で感じたからこそ、こんな若造が生き残れた。

 弱いままでいるつもりはありません。自分には目指すべき上がある。弱いままでなんか、いられない。だから――」

 

 

 ――うかうかしてると追い抜かれるぞ。

 

 身の程知らずな決意を、目で語る。

 技術を盗むのに時間はかかるかも知れない。ひょっとしたら、とっくに限界なのかも知れない。

 それでも、気持ちだけは負けないよう。共に戦ってくれる仲間に、恥じぬよう。

 肩へ手が置かれる。

 あえて振り向きはしないが、間違いなく陽炎のものだ。わずかに握られたそれから、彼女の想いを感じ取れる気がした。

 

 

『ヒッヒッヒッ、生意気だな。だがおもしれぇ。……野郎ソックリだ。よし、行けたらマジで長門くれてやるよ。絶対無理だろうがな』

 

「……足りません」

 

『は?』

 

「間桐提督のいう雑魚が、ご自分で無理だと仰ったことをやってのけた景品ですよ? もっと豪華にしていただかないと。

 陸奥も新造してください。キッチリキッカリ改修して、ついでに四十六cm単装砲もください。そのくらいの懐の広さは見せて貰えますよねぇ?」

 

「うわぁ……。司令、もしかしてメチャクチャ怒ってる……?」

 

 

 怒る? とんでもない、自分を怒らせたら大したもんだ。

 ちょっとムカついてるだけっすよ陽炎さん。

 

 

「はっはっは! 言うようになった。おヌシも“桐”じゃ。そのくらいの気概がなくてはのう」

 

「確かに。ああまで言われたからには、ご褒美がないとやってられませんね? 間桐殿、器の大きさを見せるところですっ」

 

『……はぁ!? なに笑ってんだ(ピーーー)ども! なんで俺がそこまでしなきゃ――」

 

「別にいいじゃない。励起もしてないんでしょ、長門。人気者が嫌い、なんて歪んだ理由で肥やしになってるよりは、よっぽどマシよ。陸奥だって未励起の予備持ってるみたいだし」

 

『な――お――っ――』

 

 

 中将や桐谷提督、桐ヶ森提督にまで追撃され、揶揄するようだった棒人間が焦り出す。

 案外流されやすいタイプなのか、彼は急に黙り込んだ後、あからさまな舌打ちをした。

 

 

『わぁった、分かったよっ! くれてやりゃ良いんだろくれてやりゃあ!? その代わり、やっぱり無理でしたぁなんて事になったら……ち、鎮守府を全裸逆立ち一周だかんな!!』

 

「お安い御用です。どうせやらずに済むんですから、動画撮影して実家へ送ることにしましょうか」

 

『てんめぇ……。記録したからな……。マジでやらすからな……。覚えとけよこのロリコンが……っ!』

 

 

 絞り出すような恨み言が、今の自分には心地良い。やる気が漲っている。桐谷提督も「わたしからも用意しておきましょう」と言ってくれた。何が何でも、この無礼な男に吠え面かかせてやろうではないか。

 ところで、どうしてピー音入れなかったんですか先輩。自分はロリコンじゃありませんよ。電のせいでストライクゾーンが下にちょこっと広がっただけです。

 などと心の中で文句をつけていたら、桐ヶ森提督が横顔を覗き込んでいることに気づく。視線が合うと、途端、彼女は眉をひそめてしまった。

 

 

「何よ。私はなんにもあげないわよ。撤回もしないから。アンタのこと、個人的に嫌いだし」

 

「結構です。今は無理でも、いつか肩を並べた時、背中を預けてくだされば」

 

「……ふん、だ。とりあえず、今回は信用してあげる。せいぜい頑張んなさい」

 

 

 面と向かった「嫌い」宣言には傷ついたが、なんだか拗ねているだけにも……。

 ひとまず、これにて一件落着のようだ。

 それを見計らい……いや、こうなるのを見通していたんだろう中将は、「さてさて」と手を叩く。

 

 

「桐林よ。硫黄島へ向かってもらうにあたり、ワシからも渡しておくものがある」

 

「あ、はい。……え」

 

 

 慌てて居住まいを正すが、手元のコンソール画面にポップアップしたものがあり、目を奪われる。

 辞令書類の写し。書かれていた内容は――

 

 

「略式ではあるが、本日只今を持って、おヌシを大佐に任官する。

 そして、キスカ島強行上陸作戦の成功を評価し、第二中継器の使用を許可する。

 桐生が霧島に載せておった物じゃ。……この意味が分かるな」

 

 

 ――唐突な、昇進の知らせだった。

 驚きと共に、言葉では言い尽くせない、複雑な感情がこみ上げる。

 上陸作戦。あんな結果に終わっても、確かに成果は出た。そのおこぼれ。

 桐生提督の中継器。形見。違う、これは借りるだけだ。いつか返すべき物だ。

 託された意味。遺された価値。

 

 

(……受け継ぐ、意思)

 

 

 また立ち上がり、同僚の顔を確かめる。

 間桐提督……は棒人間にフラダンスさせて興味なさそうだから置いといて。

 相変わらずなアルカイックスマイルの桐谷提督。掴みどころのない人だが、複数艦隊の運用法など、彼から学ぶべきことは多い。

 机の上で悠然と指を組む吉田中将。その姿から、期待されているのを感じた。どうしてそこまで……と気にはなるけど、応えなければ。

 こちらを見上げる桐ヶ森提督。碧い瞳に、様々な感情が渦巻いて見える。この作戦を成功させれば、少しは信頼してくれるだろうか。

 最後に、陽炎。実に嬉しそうな顔をして、ウィンクまで飛ばす彼女は、無言のまま一歩下がり、かかとを鳴らした。

 

 

「謹んで、拝命致します」

 

 

 この中で一番地位の高い中将へ向かい、最初に挨拶をした時と同じく敬礼を。

 わずかな拍手が、ささやかに祝ってくれた。

 ここからだ。

 本当の戦いは、ここから始まる。

 そんな確信を抱きつつ、自分は精一杯、胸を張るのだった。

 

 

 

 

 


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