新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と最良の敵・後編

 

 

 

 

 ……と、そんな風に意気込んでいた時期が自分にもありました。

 

 

「えー、それでは。第一回桐林艦隊内対抗演習、提督チームの略式反省会を行いたいと思います」

 

『はぁ~い……』

 

 

 バアァァァ、と、水で高圧洗浄されている艦――北上の本体を背景に、自分の指揮したメンバーがドックで整列していた。一部を除いてペイント弾で薄汚れ、疲れ果てた様子だ。

 ちなみに、彼女たちの対面にいる自分も返事をした側。開会の宣言をしたのは、隣に控える本日の第一秘書官、妙高である。

 クリップボードを手に佇むその姿は、まさしく秘書の理想形だった。

 

 

「最終結果としては、電さんチームのS判定勝利。提督チームも損害を与えましたが、全艦大破判定を受けてD判定敗北です。残念な戦果ですね……」

 

「うーん。やっぱ難しいよねー、この船。主砲も載せ替えてもらわなきゃダメかなー」

 

「作戦が悪いのよ……」

 

「本当にすまん、大井。完全に読み負けた。返す言葉もない」

 

「あ。いえ、そ、の……。そんな素直に謝らないでくださいよ。わたしも至らなくて、ごめんなさい」

 

「でも、あの場面で雷撃を成功させていたなら、演習結果は逆になっていたと思います。お二人とも、精進あるのみ、ですわ」

 

「ですかねー。頑張ろーね、大井っち」

 

「はい、北上さん」

 

 

 妙高の励ましを受けて、二人は頷きあう。

 半目でつぶやかれた言葉にはグサっときたが、あんな風にきちんと意見を言ってくれるのはありがたい。

 この痛みを教訓として、自分も精進しよう。

 

 

「服も飛行甲板もべちょべちょ……。まだ近代化改修してないのに、迷彩柄になっちゃったよぉ……。空母としての稼働年数なら負けてないはずなのにぃ……」

 

「悔しいわ……。せっかく改装してもらったのに、全然兵装を使いこなせてなかった気がする。長良じゃないけど、もっと鍛えておけば……っ」

 

「そんな事ありませんわ。瑞鳳さんは初陣なのに彗星を物にしていましたし、五十鈴さんも、敵機の撃墜数は十三を越えたではないですか。新記録ですよ、誇ってください」

 

「妙高の言う通りだ。千歳たちを中破判定に追い込んだのは見事だったぞ、瑞鳳。

 五十鈴、エンガノ岬の借りは十分に返せたさ。この調子で練度を上げ、防空巡洋艦として完成してほしい。二人とも、期待してる」

 

『はいっ』

 

 

 若干肩を落としながらも、確かに返される声。手応えは掴んでいるようだ。

 あの後の戦闘経過だが、まず、祥鳳への一次攻撃は失敗したものの、瑞鳳はちとちよ姉妹に爆撃を成功。艦橋、後部カタパルトに命中し、新しく瑞雲や甲標的を発艦させる能力を封じた。

 実際に甲標的が発進するのは船尾にあるハッチなので関係ないのだが、演習では一括してそういう事になっている。

 一方、祥鳳は被弾を恐れてなかなか爆撃を敢行できず、焦れたように接近してきた敵機を、五十鈴たちは見事に撃ち落としてくれた。

 実にその数、十四機。これは、前述したエンガノ岬沖海戦で、自身が放った高角砲の砲弾に機銃弾が命中、至近弾を発生させるという苛烈な弾幕を張った時よりも、多い戦果である。

 このままいけば、被害を未然に防ぎつつ、対空兵装の少ない祥鳳へ天山による雷撃を加えられる……はずだった。

 

 突然、五十鈴と五月雨から被雷を示す発光。中破前に発艦を終えていた甲標的が、いつの間にか接近していたのだ。

 この雷撃により、二人は大破判定。戦線を離脱してしまう。その後はもう踏んだり蹴ったり。

 瑞鳳は飛行甲板を迷彩色に染められ、天山での雷撃に大破判定。最後まで粘った不知火も祥鳳へ突撃。なんとか相討ちに持ち込んだものの、魚雷を放った直後、瑞雲の爆撃で。

 完敗と言っていい結果だった。

 しかし、まだ経験の浅いこの二人が、立派に己の役目を果たしてくれたのも事実。きっとみるみる成長していくことだろう。

 

 余談だが、瑞鳳のいう稼働年数とは、昔の実働期間を含めてのことである。

 ロンドン海軍軍縮条約の抜け道として、戦時に空母へと改造できる高速給油艦という形で起工した彼女たちだが、途中で条約を脱退した事などにより、祥鳳はまず潜水母艦として竣工、後に空母へ改造された。

 珊瑚海海戦に出撃し、敵に沈められた最初の空母となるまでの実働期間は、わずか四ヶ月ほど。

 対する瑞鳳は空母での竣工となり、あのスリガオ海峡海戦と繋がった戦い、エンガノ岬沖海戦までの四年間を駆け抜けた。敵機動部隊を引き付ける囮として出撃した最後の戦いでは、船体へ島に見せかけるための迷彩を施した過去もある(瑞鶴、ちとちよ姉妹も同じく迷彩された)。

 姉妹艦ではあるのだが、軍艦としては祥鳳が、空母としては瑞鳳が姉という、複雑な関係だった。

 

 

「うわあぁん、私、やっぱりダメでしたあぁ。甲標的の潜望鏡には気づいてたのに、ぜんぜん避けれなくて……。もっとお役に立ちたかったのにいぃ、魚雷嫌いですうぅぅ……」

 

 

 ――と、そんな事を思い出していたら、滂沱と涙を流していそうな声。五十鈴とただ二人、ペイント弾の洗礼をまぬがれた五月雨である。

 彼女は過去、輸送任務中に座礁し、そこを敵潜水艦から雷撃されるという形で沈没してしまった。それもあって、雷撃に対し軽いトラウマを抱いているようだ。

 今日の演習では座礁しようがなかったけど、雷撃を受けたことで刺激されてしまったらしい。他にも魚雷で沈んだ子は一杯いるのだが、彼女は特に繊細そうだし、気を配ってあげないと。

 

 

「ほらほら、落ち込むな。避けれなかったんじゃなくて、予測射線に不知火がいるのが分かってたから避けなかったんだろう? なかなかできることじゃないさ」

 

「あ……。違うんです。それも分かってはいたんですけど、見間違いかもしれないし、機銃は撃たないといけないし、伝えようか迷っているうちにああなっちゃって……。ごめんなさい……」

 

「確かに、伝えられていれば、五十鈴さんを庇うなどして、対処のしようがあったでしょう。が、たらればの話をしても仕方ありませんし、助かったのも事実です。この借りはいつか」

 

「……はい。今度は勝ちましょうねっ、不知火さん!」

 

「ええ。必ず」

 

 

 頭を撫で、できるだけ優しく慰めるのだが、五月雨はさらにシュンとなってしまう。

 しかし、意外にも不知火からフォローがはいり、普段通りの朗らかな笑顔に戻った。

 単に事実を告げただけなんだろうけど、それ故に誤解なく伝わった、というところか。

 

 

「不知火も最後まで諦めず、よく戦ってくれたな。電たちが後ろに迫って、しかも彗星が上を飛んでいる中、正確な雷撃だった」

 

「判定によると、全てが命中しているようですね。主砲も八割近く至近弾となっていますし、素晴らしい精度ですわ」

 

「しかし、一隻しか道連れにできませんでした。不甲斐ないばかりで、申し訳ありません」

 

「そんなこと言ったら自分はどうなる。状況を把握して、指示を出すのが精一杯だったんだぞ? これからも頼りにさせてくれ……ってごめんなさいっ」

 

「は?」

 

 

 褒め称えつつ、五月雨が嫌がらなかったので無意識に頭を撫でてしまったのだが、その瞬間、ただでさえ切れ長な目付きが刃物のように鋭く。

 やっべぇ、怒らせたか? 大井の時あれだけヘコんだのに、自分はどうしてこう考え無しに……。

 

 

「何故お止めになるのでしょう。撫でたいのでしたら、どうぞ御遠慮なく。髪も汚れていませんので。甲標的に気づけなかったのは不知火の落ち度です。どのような罰でも、お受けします」

 

「あれ。罰ゲーム的な扱いなの? ただ頭を撫でるだけなのに?」

 

「ほぉら、そういう子もやっぱり居るんですよ提督。わたしの言っていること、正しかったでしょう? 安易なボディタッチはセクハラなんですから」

 

「いいなー。あたしも慰めて欲しい……けど、そしたら手が汚れちゃうし、また今度だねー」

 

「って北上さん!? お、お風呂でわたしが撫でてあげますから、提督の前でそんなこと言っちゃ駄目ですってば!? 本気にされちゃいますからっ」

 

「そろそろ怒っていいですかね自分」

 

 

 どんだけ敵視……つーか警戒されてんだよ。自分から見れば君の方がよっぽど倫理的に危ないと思うんですが。

 まぁいいや。本人も望んでることだし、北上はあとで思いっきり撫でてあげよう。ヨシフみたいにワシワシと。

 しっかし、言いながら不知火のことも撫でてるんだけど……。

 

 

「な、なぁ。やっぱ嫌がってない? なんかこう、迫力が増しているというか」

 

「え? 不知火さん、すっごく喜んでますよ。ね?」

 

「……特には。これは司令が望んでいることですので」

 

「えええ。だって目がどんどん細くなってて、もうカミソリみたいに……」

 

「はい。不知火さんって嬉しいことがあると、それを隠そうとムッツリしちゃうんだそうです。陽炎さんから聞きました!」

 

「……そうなのか?」

 

「知りません」

 

 

 元気よく挙手する五月雨からの情報に不知火を見つめるも、射殺す眼光は変わらない。

 だが、なぜか威圧感は感じなくなり、人懐っこい虎でもをいじっている気分だ。髪質も細くて柔らかいし、これは、癖になるかも……。

 

 

「おほん。提督、鳳翔さんが見えられましたよ」

 

「はっ!? あ、はい自重しますっ。ごめんな不知火、この辺で」

 

「……了解しました……」

 

 

 斜め後ろから聞こえる妙高の「いい加減にしてくださいね」的な咳払いに、思わず手を引っ込める。

 解放された不知火はといえば、いつもの無表情。うーん、本当に喜んでたんだか分かりづらい。

 とりあえず、後で考えよう。今度は、静々と歩み寄ってくる影の立役者を労わなければ。

 

 

「鳳翔さん。演習支援、ご苦労様です」

 

「ありがとうございます、提督。みなさんも、お疲れ様でした」

 

「あの、鳳翔さん。大変じゃなかったかしら? 私、けっこう遠慮なく撃墜判定出しちゃってたんだけど……」

 

「少し前に近代化改修を施してもらいましたから、大丈夫よ、五十鈴ちゃん。

 わたしなんかを強化すると言われた時は、少し大げさかとも思いましたが、小さかった船体や格納庫を大きくしてもらって、とてもやり易くなりました。

 遠洋に出辛くなったのは残念ですけど、お役に立てることには変わりありませんし」

 

「羨ましいなぁ、鳳翔さん。ねぇ提督、私も早く強くなりたいな~」

 

「ん? 瑞鳳はもう済んでるじゃないか、見た目的に」

 

「あっ、ヒドい! そんなこと言うと抱きついてベタベタにしちゃうんだからねぇ?」

 

「お洗濯ものが増えるから駄目よ、瑞鳳ちゃん。まずは確実に練度をあげましょう」

 

「はぁ~い。提督、その時は艦載機もしっかり頼むわねっ。同じ彗星でも一二型甲とか、烈風とか、流星改とか載せてみたいなぁ~」

 

「分かった分かった。準備が整ったら、必ずだ」

 

 

 心配そうな五十鈴や、改修をねだる瑞鳳に、鳳翔さんは安心させるような微笑みを浮かべる。

 彼女の言う通り、鳳翔型航空母艦はとても小さかった。常用の艦載機は十五で、補用(分解されていたり、すぐには使えない状態の物)も六機分しか載せられないほどである。

 大きさ的には龍驤や瑞鳳たちより一回り小型なだけなのだが、航空機が大型化されていく前に設計・建造された艦なので、飛行甲板も短く、内部構造的な問題だった。

 しかしつい先日。日頃からの感謝をこめて、大規模な改修を施させてもらった。格納庫を大きくしたり、繋止装置・方法を改善したり。甲板も延長して、運用能力は格段に上昇。露天繋止を併用すれば、なんと四十二機も載せられるようになったのである。

 その分、艦としてのバランスはアレなことになり、波の荒い遠洋には出られなくなってしまった。実戦で活躍させてあげられないのは、自分も残念だ。

 ……考えようによっては、常に鳳翔さんが家で待ってくれている、ということにもなるのだが。誰にも言えないな、こんな風に思ってるなんて。甘え過ぎちゃいかん。

 

 

「キリも良いようですので、提督。総括をお願いできますか」

 

「ん、そうだな。身体が汚れた子たちは風呂に入りたいだろうし……」

 

 

 妙高に促され、自分は改めて六人へ向き直る。

 どこか楽し気でもあった空気が引き締まり、皆が背筋を伸ばす。

 

 

「結果は敗北だったが、ここにいる誰もが全力を尽くしてくれたこと、自分は一番よく知っている。

 君たちの力をどう引き出すのか、どうすれば活かせるのか。それを考えるのが楽しみになった。

 共に一層の努力を重ね、強くなろう。諸君らの今後に期待する! 以上、解散っ」

 

『はっ!』

 

 

 六人分のかかとが鳴り響き、返される敬礼。

 負けたくせに何を、という気もするけど、演習で負けるのは慣れっこである。

 敗北から経験を拾い上げ、それを磨き上げるのが、己を高める一番の近道だ。頑張ろう。

 

 

「それじゃあ、自分は向こうの方へ行ってくるから。妙高、後のことは頼む」

 

「承りました。あ、カートはそちらに用意してありますので、使ってください。私たちは別のカートで帰りますので」

 

「おぉ、気が利くな。助かる。みんな、また後でなー!」

 

 

 ゴルフ場などで見かけるアレを大きくしたような物に乗り込み、自分は一番ドックを後にする。広大な鎮守府内の移動には、しばしばこういった乗り物が使われるのである。

 背後からはそれぞれの返事が聞こえてきて、「帰ったらお湯を張らないと」とか、「お腹すいたねー」という雑談も。遠くなっていく声につられ、自然と笑みが浮かんだ。

 

 通り過ぎていく風景。資材を運ぶ運搬車や、作業員たちとすれ違いつつ、数分で二番ドックへたどり着く。

 北上と同じく洗浄を受ける艦(こっちは千代田)の側で、七人が並んでいた。

 足柄、羽黒、ちとちよ姉妹、祥鳳、そして電。最後に、六人の前に立つ本日の第二秘書官、那智さんだ。

 なんで秘書官まで増やしちゃったのかといえば、書類仕事が面倒臭いからである。文字書くの遅いし、やっぱ苦手です。

 

 

「ごめん、那智さん。待たせました?」

 

「む。貴様か。いいや、ちょうど訓示を終えたところだ」

 

 

 近くへ乗り付けると、妙高と同じくボードを手に、彼女は颯爽と振り返った。

 テキパキとした身のこなしで、秘書官というよりも教導官という呼び名が似合うかもしれない。

 

 

「訓示って、一体何を言ったんですか?」

 

「なに。勝って兜のなんとやら、と言うだろう。特に足柄が浮かれていたようでな、少し灸を据えたまでさ」

 

「ちょっと聞いてよ司令っ。那智姉さんったら、『砲撃の腕は認めるが、ただ撃つだけで勝てる戦はない』とか何とか言って、せっかくの勝利に水を差すのよ!? 酷いと思わないっ?」

 

「あ、あの、足柄姉さん。落ち着いて……? 那智姉さんも、そんなつもりで言ったはずじゃないから……」

 

 

 那智さんの隣へ並んだ途端、足柄がこちらへ詰め寄り、あとを追うように羽黒が仲介に入る。

 姉妹喧嘩……じゃなくて、仲が良い証拠だろうなぁ、これは。足柄も、那智さんの前では妙に子供っぽいというか。

 

 

「那智さんの言うことも分かるけど、本当に凄かったよ。……あの砲撃、前半はワザと外してただろう?」

 

「あら、バレてたのね」

 

「後になって気付いたんだ。あの距離とはいえ、君と羽黒が至近弾すら無しなんて、おかしいってな。

 東郷ターンで確実に仕留めるため、この程度なら対処できると思わせておき、事前に退避しようという考えを封じた。違うか?」

 

「す、凄いです司令官さん。当たってます……」

 

「まぁ、それも前半まで。後半は弾に焦りが乗っていた。近づくに連れて当たらなくなったんだろうさ。正確すぎる砲撃は逆に読みやすい」

 

「う……。わ、分かってたわよ、そんな事くらいっ。姉さんに言われなくたって、私が一番……」

 

 

 自身の肘を抱えて、足柄は悔しそうに顔を歪めた。

 戦いにおいて、正確無比な砲撃は優れた武器となる。けれども、読み合いが前提となる戦術では、那智さんの言うとおりになってしまう。

 腕が確かだと分かっているなら、それを逆手に取ることだって可能。特に足柄は、愚直なまでに直撃弾を狙う傾向がある。どこに弾が落ちてくるのか、予測は容易かった。

 しかし、褒めるべき点は他にもあるのだ。

 目配せをしてみると、「分かっているさ」という返事の見える流し目。そのまま、那智さんは足柄の肩を叩く。

 

 

「だが、頭を抑えてからの斉射は見事という他にない。最大戦速で六割の命中弾を出すセンスは、お前だけのものだろうさ。もちろん羽黒も負けてはいなかったぞ。姉として誇らしい」

 

「……だそうですよ、足柄姉さん?」

 

「むぅ……。褒めるなら最初から褒めて欲しいわ……。でもっ、今度は文句なんか挟めないくらいに決めてやるわ! ね、羽黒!」

 

「はい。司令官さん、那智姉さん。こんな私ですが、今後も精一杯頑張りますね。あっ。あの子たち、怪我とかは……?」

 

「大丈夫、ちょっと汚れただけだ。心配ない」

 

「そうですか。良かった……」

 

 

 復活を遂げた足柄の隣で、両手を胸元におく羽黒。

 ペイント弾なのに心配してしまうあたり、優しい性格が良く分かる。

 

 

「自分としても嬉しいよ。君たちが間違いなく強くなっているのを実感できたからな。帰ったら祝杯をあげよう」

 

「ふむ、悪くないな。今夜ばかりは、私も飲ませてもらおう。妹の祝勝会だ」

 

「いいですね~。ワタシもお付き合いさせてもらいます。とっておきのを開けちゃいましょう!」

 

「もう、お姉また? それより一緒にお風呂入ろうよ~。服は一度消せば大丈夫だけど、肌についたのがネトネトで気持ち悪いぃ」

 

 

 ――と、今度はちとちよ姉妹が、正反対の顔つきで歩み寄る。

 彼女たちも瑞鳳のように迷彩柄となっていて、それなのに笑顔な千歳と、疲れきった千代田の差がちょっとおかしい。

 お風呂入ろうって誘う千代田に、大井と似た不安も感じるのだが。最近、晩酌しようとすると必ず一回は妨害に入るし、飲めないのに参加して真っ先に酔って寝るし。

 潰れた二人を毎回部屋へ運ぶ身にもなってくれ。これで送り狼にならないって結構すごいと思うんですよ?

 ……って、それよりも先に確認すべきことがあるだろ自分。

 

 

「お疲れ、二人とも。甲標的の具合はどうだった? 使えそうか?」

 

「正直言うと、扱いづらいにもほどがあるわ。実用速度は遅いし、旋回半径も大型艦並みだし……」

 

「でも、奇襲攻撃の有効性はご覧の通りです。提督のお考えになった作戦も実行可能かと」

 

「そうか。これで目処が立ったな」

 

 

 本来は人間が乗り込み、決死兵器と変わらない扱いを受けた甲標的。大戦での成果も芳しくなく、あの悪名高き人間魚雷――回天(かいてん)の開発にも繋がってしまった不遇の兵器だが、しかし自分は、全く違う形でそれを使おうとしていた。

 遠洋へ出れば出るほど複雑になっていく、乱海流を乗り切るための切り札として、である。

 具体的には、甲標的を千歳、もしくは千代田から発進させ、ある程度の間隔をおいて先行させるだけ。乱れに引っ掛かったら、その位置を考慮に入れて転針を繰り返すのだ。

 電池を最新の物に載せ替えることで、足の遅さにも対応する。この程度なら同調率にも影響を及ぼさない。偵察機も飛ばし、敵艦隊を発見した場合には先制攻撃も。まさに一石二鳥の作戦だった。

 

 

(傀儡艦だからこそ出来る運用方法を使い、この特務を乗り切る。これならやれる……!)

 

 

 確信を得て、思わず拳に力が入った。

 それを見取ったのか、那智さんが妹たちから離れ、ちとちよ姉妹へ話しかける。

 

 

「編成には、甲標的母艦であるお前たちのどちらかに、必ず入ってもらう事となる。ただ、一度でたどり着けるほど硫黄島への航路は容易くなかろう。

 そこで、出撃は一艦隊ずつ。途中撤退が決まった時点で後続を出撃させるという形になる。ある程度の成果が得られるまではこれの繰り返しだ。覚えておけ」

 

「え。なにそれ。それじゃあお姉と離ればなれになっちゃうじゃないっ! 提督!?」

 

「ずおっ!? ご、ごめんな千代田。君たち二人を同時出撃させても、あんまり効率も変わらなさそうだからさ。

 何度も出撃する可能性を考えると、十二隻を送り出すより、六隻に分けたのがいいかなぁ……って」

 

 

 足柄以上の圧迫感(原因は胸部装甲である)に迫られ、仰け反りつつもかいつまんだ理由を言って聞かせるのだが、納得いかないのだろう、彼女は目を釣り上げて異議を申し立てる。

 

 

「そんなことないっ。お姉がいればワタシ、普段の何倍も力を出せるもん! というか、お姉がいないとやる気でないー!」

 

「はぁ……。千代田、姉思いなのは君の美点だけど、同時に欠点でもあるぞ? 実際、千歳の被弾に気を取られて、対空砲火がおそろかになっただろう」

 

「うむ、確かにそう見えた。史実で先に沈まれ、気にかけてしまうのは分かるが、過ぎる感もあるな。己自身すら守れぬようでは、他者を守れるわけがない」

 

「だって、だっ、て……うぁああんっ! お姉ぇ、提督と那智さんがいじめるー!」

 

「はいはい、泣かないの。お仕事なんだから、頑張らないと。今日は一緒のベッドで寝てあげるから。ね? 少しずつお姉ちゃん離れしましょう?」

 

「それは絶対無理いぃ」

 

 

 ヒシッと泣きつく千代田の背中を、千歳があやすようにポンポンする。

 うーん。なんだろうこの姉妹間の温度差。千歳にその気がないっぽいのがまたなぁ。

 仕方ない。ちとちよはもう放っといて次行こう。

 

 

「祥鳳……祥鳳? だ、大丈夫か、雰囲気が暗いんだけど」

 

「……提督。私……」

 

 

 てっきり勝利を喜んでいるかと思っていたが、左肩をはだけたまま、ズーンと重い空気をまとう彼女。物憂げな顔からは、そこはかとない色気まで感じた。

 

 

「あれだけの新鋭機を用意してもらったのに、まるで蚊トンボみたく……。もう情けなくて、申し訳なくて……。瑞鳳に先を越されるわけですよね……」

 

「いや、瑞鳳をこっちの旗艦にしたのは、練度が低くて直接指揮する必要があったからでな? 落とされたのも五十鈴相手じゃ……あ~……」

 

 

 じわり。祥鳳は薄く涙まで浮かべ、励ましの言葉もあまり効果がない。

 前述したとおり、複雑な姉妹関係にある瑞鳳と彼女。元水母たちとは違い、張り合うことも多かった(他愛ないレベルでだが)。

 けれど、ここへ来て溜め込んでいたものが溢れそうになっているようだ。主に、遠征番長となりつつあった現状への不安、という意味で。

 ……ちょっと気合いを入れるべきか。

 

 

「確かに、内容としては不満が残る戦闘結果だった。しかし、この程度で落ち込まれちゃあ困る。そんなんじゃ、次の出撃で旗艦は務められないぞ」

 

「はい……。本当にごめんなさ――い? 次の、出撃? え? 旗艦?」

 

 

 叱責と思ったんだろう。頭を下げてしまった祥鳳だが、言葉の示すところに気づくと、目をクリンとさせて首を傾げる。珍しい表情だ。

 そんな彼女へ苦笑いを一つ零した那智さんは、話の続きを諳んじた。

 

 

「次回からは例の特務に取り組む予定だが、編成は甲標的母艦・軽空母を基本とし、残り四枠は駆逐・重巡・軽巡から輪番を組む。そして、一度目の軽空母枠はお前さ、祥鳳」

 

「加えて、大規模な近代化改修も施すから、そのつもりでいてくれ」

 

「………………」

 

 

 史実において、艦戦・十八、艦攻・九、補用艦戦・三の計三十機を搭載していた彼女も、鳳翔さんと似た改修をすることで、運用能力向上が見込めていた。

 推定だが、四十八にまで搭載数を増やし、対空機銃は三連装十基に増設。また、新装備として十二cm二十八連装噴進砲――いわゆる対空ロケットランチャーも六基追加する。これにより、赤城に次ぐ多さの艦載機を保有しつつ、防空火力を増大させられるはずだ。

 きっと喜んでくれ……ると思ったのに、なぜか祥鳳は大きく口を開けたまま固まり、やがて、顔を俯かせプルプル震え出した。

 えぇ、どうしてそんな反応? もしかして嫌なの? 

 

 

「急だった、か? ごめんな、前々から決めていた事なんだけど、言うタイミングが……」

 

「――や」

 

「……や?」

 

 

 慌てて言い訳すると、ポツリ、聞こえる声が。

 それを確かめたくて、覗き込むように近づいた瞬間――

 

 

「やったぁー! やりましたぁーっ!!」

 

「ぉう゛!? お、おいっ? 祥鳳っ!?」

 

 

 ――襲いかかる弾力。首っ玉にかじりつかれていた。

 

 

「嬉しい! 私、本当に嬉しいです! やっとご一緒に出撃できるだけじゃなくて、強化までしてくれるなんて!! これからも、もっともっと頑張りますね? 正規空母にだって負けないくらい、活躍して見せますからっ!!」

 

「ゎ、分かった、分かったから落ち、落ち着いて!? 近い、近いから、くっつき過ぎだからぁ!?」

 

「……あっ、ごめんなさい。私、はしたない真似を……。重かったですか?」

 

「い、ぃいぃぃいや、いやいや、重くなかったけど、威力は凄かったねぇぇ……」

 

「威力……?」

 

 

 はぁ、はぁ――と、自分は大きく息をしながら、細い肩を押しやる。

 危なかった。もう本当に色んな意味で危なかった。

 汗とシャンプーが混じったような匂い。ピョンピョン飛び跳ねるせいでこすれる柔らかさ。心臓に悪いほど間近で輝く笑顔。危うく抱き返すところだ。

 大井に見られてたらなんて言われるか……。

 

 

「おい貴様、それは流石に不味いだろう」

 

「こんなこと言いたくないけど、空気は読まなきゃ駄目よ? 司令」

 

「……はい。もう少し、考えてあげて欲しいです……」

 

「ええっと、祥鳳さんの気持ちも分かりますし、ワタシはノーコメントで」

 

「うっく、ひっく、提督のすけべぇー」

 

「は? な、なんだよみんなして。自分は――あ゛」

 

 

 横からヤイヤイ言われて反論しようとするも、すぐに思い至った。

 見られてはいけない人物がもう一人、側にいる。それはもちろん、こちらのチームを指揮したあの子で。

 恐る恐る、彼女の姿があった場所を確かめれば、ぷくーっと頬を膨らませ、睨むにしては迫力の足りない視線を向ける、電が立っていた。

 

 

「………………」

 

「い、電さん? ……怒ってます?」

 

「怒ってないのです」

 

「だけど、ほっぺたが凄く膨らんでますし」

 

「なんとなくやってるだけなのです。別に意味はないのです」

 

「でも、言葉が刺々しいといいますか、顔が不機嫌といいますか」

 

「気のせいなのです。とにかく怒ってないのです!

 目の前で祥鳳さんと抱き合ったりされても、頑張ったのに話しかけられるのが一番最後でも、全然気にしてないのですっ!

 す、拗ねてなんかないのですっっっ!!!!!!」

 

 

 やっぱ怒ってるじゃないですか。ふてくされた反応が暁とそっくりだよ……。

 ああもう、どうしよう。いつの間にか祥鳳は逃げちゃってるし、他のみんなは生暖かく見守ってるだけだし。

 ……と、とりあえず謝ろう! 謝り倒して話を聞いてもらえる態勢に持っていかないと!

 

 

「ごめんっ。その、祥鳳は、あれだよ。感極まっちゃって暴走しただけだろうし、お互いそんな気持ちないしさ?」

 

「………………」

 

「ダメか……。君が頑張ってくれてたのは、戦ってる間から伝わってた。最後に回すつもりなんてなかったんだけど……とにかくごめん!」

 

「………………」

 

「あ~っと……。お、怒った顔も可愛いな電は!」

 

「っ。だ、だから、怒ってないって言ってるのです……。それを褒められたって嬉しくない、のです……」

 

 

 ぷいっとそっぽを向かれたものの、動きのなかったジト目に変化が見られる。

 よし、反応してもらえたっ。突破口さえ見つかればこっちのもんだ!

 

 

「そんな事ない。いつもの優しい笑顔も好きだけど、拗ねた顔も新鮮だ。電は可愛い。すっごく可愛い。世界一可愛いぞ!」

 

「ぁう……。わ、分かりました、分かりましたから……。うぅぅ、恥ずかしいよぅ……」

 

 

 肩をがっしり掴み、真っ正面から言い放つと、彼女は頬を紅潮させ、照れた様子で顔を隠してしまう。

 ふぅ、なんとかなった。テレ顏も見れたし万々歳だ。

 

 

「傍から見ていると、かどわかしの現場だな」

 

「よねぇ。憲兵隊を呼んだ方がいいかしら」

 

「えと、あの……。すみません、司令官さん。ちょっと庇えないです……」

 

「うーん。あんな風に言われてみたいとは、少しだけ思いますけどね?」

 

「お姉にはワタシが言ってあげるのにぃ。あ、もっと頭撫でて」

 

「近代化改修。旗艦出撃。うふふ」

 

 

 うるさい黙れ外野。

 可愛いと思った女の子を褒めちぎって何が悪いのさ。憲兵隊がナンボのもんじゃい。

 あと祥鳳。ウットリしてないでいい加減にちゃんと服を着なよ。風邪ひくぞ。

 

 

「……にしても、見事にやられたよ。戦術の勉強なんていつしたんだ?」

 

「あ、違うのです。特に勉強とかは」

 

「え? いくらなんでもそんなはず……」

 

「本当なのです。今日のことは全部、司令官さんが教えてくれたことですから」

 

「自分が、教えた」

 

「はい」

 

 

 恥ずかしさの峠は越したのか、素直にうなずく電。

 しかし、まるで覚えがない。戦術を組み立てる相談はしたし、実戦から学んだという意味でならあり得るけど、それにしたって大胆が過ぎる。

 首をひねっていると、彼女はくすり、小さく笑って続けた。

 

 

「司令官さんって、実戦では堅実な戦い方をするのに、演習だと奇抜な戦法を試したがる癖がありますから。それを真似てみたのです。こうすればきっと、司令官さんも対抗して隊を分けるに違いない、って」

 

「うっ」

 

 

 よ、よく分かってらっしゃる。

 そのせいで勝率も低いんだけど、沈まないって分かってるから、どうしても試したいことが出てきちゃうんだよなぁ。

 

 

「けど、四十射線の魚雷に突っ込むとか、奇抜を通り越して無謀だぞ?」

 

「そんな事ありません。三隻を同時に狙うと、どうしても発射角度は拡がっちゃいますし、

それを足柄さんと羽黒さんが確認してくれていましたから、抜けられる可能性は高かったのです」

 

 

 振り返ってみると、ドヤ顔で髪をかき上げる飢えた狼に、会釈しながら微笑む末っ子。

 やっぱり、あの時感じた通りだったのか。

 犠牲の上に確実性を求めるんじゃなくて、仲間と協力しあうことで、リスクを乗り越える道を選ぶ。自分が理想とする戦術論は、間違いなく受け継がれていた。

 それは嬉しいんだけれども、負けた側としてはやっぱり悔しくもあり、「もしも」の戦術確認で彼女を試してみる。

 

 

「じゃあ、もしも北上たちを祥鳳の方へ向かわせてたら?」

 

「その時は、甲標的さんの出番なのです。司令官さんの用意した資料を読んで、運用方法は知っていましたし、基本通りに。でも、きっと電の方に来る気がしてました」

 

「根拠は?」

 

「えっと……なんと、なく? 司令官さんなら、そうすると思ったのです」

 

 

 電は小首をかしげ、自身でも理解できていない、というような顔を見せた。

 うーん? 急に理由が曖昧になったな。本来なら勘になんか頼るべきじゃないけど、理論を超越した直感もないわけじゃないし、難しいところである。

 

 

「まぁ、あれだ。結局そうなったんだから、今は何も言わないさ。で、別働隊になった瑞鳳たちにも、甲標的は有効に使われたわけだ」

 

「はい。司令官さんなら、二十四隻を複数に分けて奇襲を敢行。波状攻撃で対空砲火を鈍らせて、その隙に爆撃するんじゃないかな、って。

 これは予想されちゃいましたけど。あんなに早く見つかるなんて思わなかったのです。まとめてやられちゃわないようにするのが精一杯でした」

 

「自分が想定した使い方と全く同じだったし、流石にな。

 人間を乗せる場合と違って、傀儡制御なら完璧な連携ができるし、史実とは逆に、かなり役立ってくれると思う。実際、やられたよ。

 ……というか、電。判断基準がおかしい気がするんですけど?」

 

 

 話を聞いているうちに、妙なことに気づく。

 電の立てた戦術。一応理屈は通っているが、その根底にあるのは理論ではなく感情――司令官である自分だったらどうするか、という物差しで図られている気がしたのだ。

 作戦立案能力を示すものとしては、かなり怪しい。いや、限定的すぎて役立たないだろう。

 彼女自身、気づいていたのかもしれない。気恥ずかしそうに、上目遣いで語りだす。

 

 

「こんな風に指揮をするのは、初めてでしたから。すごく緊張して、なんにも作戦を思いつけないでいたのです。

 でも、司令官さんならどうするのかな、って考えたら、不思議とたくさん思いつけて……。

 どんな風に皆さんを動かすのか。どんな状況なら戦うのか。どんな事はしないのか。手に取るように。

 だから、電が勝っちゃったのは、司令官さんのおかげというか、司令官さんのせい、というか……。その……」

 

 

 ……要するに。電を相手にした時点で、勝ち目がなかったって事ですか?

 思考パターンを把握され、戦術理論も解析されて、行動選択のことごとくを予想されていたと。

 そりゃまぁ、食べ物の好みやら何やらは知られてると思ってたけど、まさか頭の中身まで熟知されてるとは。

 

 

「はぁ……。参ったよ、完敗だ」

 

「司令官さん? ……ひゃわっ」

 

「これは、今回の総合MVPは君に決まりだな。意義のある人?」

 

 

 白い軍帽を電にかぶせ、そのままグシグシ。見守っていた那智さんたちへ問いかけてみれば、「異議なし」と六人分の返事があった。

 

 

「で、でも、電は撃破判定とかは出せてなくて……」

 

「いいからいいから。みんなもああ言ってくれてるんだし、受け取ってくれ。ご褒美は何がいい? なんでもいいぞ、欲しいものとか、やりたい事とか」

 

「ご褒美……」

 

 

 辞退しようとする電へ微笑みかけ、断らせないために勢いで押す。

 まごついていた彼女だが、やはりご褒美の単語には惹かれるものがあったのか、はたと動きを止めた。

 そして、乗せていた帽子で顔の下半分を隠し、どうしようかと考え始める。

 

 

「ほ、本当に、なんでもいい、ですか?」

 

「ああ、もちろん。恒例だしな。新しい兵装でも、服でも食べ物でも、遊びに行きたいとかでも。あ、流石に最後のは近場じゃないと無理だけどな」

 

「……だったら……」

 

 

 念を押すような確認の後、電は顔を俯かせた。

 モジモジと膝頭をこすり合わせ、帽子をギュッと抱え込んで、耳も真っ赤に。

 ただならぬ雰囲気を感じ、もしや愛の告白か? なんてあり得ない想像をしてしまうが――

 

 

「……あの。あ、あのっ。……ひ、膝枕、して欲しいのですっ!」

 

「へ。……膝枕?」

 

 

 ――そんな自分の鼓膜を揺らしたのは、なんとも可愛らしいお願いだった。

 

 

「陽炎さんに舞鶴のお土産話を聞いてから、ずっと、羨ましかったのです。……だめ、ですか」

 

「なんで膝枕のことまで話すんだあいつは……。まぁ、そんなことでいいなら、一日中だって構わないけど。……本当にそれでいいのか?」

 

 

 こくん。小さな頷き。

 よっぽど恥ずかしいのだろう、電は帽子に顔をうずめる。

 足元から、むず痒さが上がってくる。太ももから腹を通り、胸をくすぐったそれは、口元まで勝手に緩ませていく。

 ……どうしよう。なんかこっちまで恥ずかしくなってきたっ。陽炎の時と比べ物にならないぞこれ!? ヤバい、まともに顔を見られないっ!

 

 

「やれやれ、見せつけてくれるものだな。見ての通りだ。司令官からの総括は無し、解散! 二人は放って宿舎へ戻るぞ、皆、カートに乗れ」

 

「了解よ。さぁって、羽黒。帰ったらおやつ食べて、砲撃のシミュレーションしましょ!」

 

「うん、今日は何味のプリンに……え。ま、まだ訓練するの?」

 

「鳳翔さん、お風呂沸かしてくれてるかしら。たまには、湯船に浸かりながら一杯っていうのも良いわよねぇ」

 

「本当にお酒好きだよね、お姉。……ワタシとどっちが――やっぱりなんでもないっ。負けたら立ち直れなさそう……」

 

「提督、お先に失礼します。身を清めて、近代化改修の日をお待ちしてますねー!」

 

 

 もどかしい空気に戸惑う自分たちを捨て置き、那智さんたちがさっさと走り去る。

 変わらず、背後では高圧洗浄の水音。

 たっぷりと、水がお湯へ変わるくらいに時間をかけて、自分は電と顔を見合わせた。

 

 

「ええと、だな……。帰ったら、自分の部屋――はやめとこう。うん。食堂の座敷で、いいかな」

 

「は、はい。よろしく、お願いします、です……」

 

 

 ぎこちない動きで、二人、カートの運転席と助手席に並ぶ。

 エンジンをかける。

 飛ばせば十分もしないで帰れる道のりだが。

 なんとなく、ゆっくりと走らせたい気分だった。

 

 

 

 

 

「あっ、電ズル~い! 私まだ膝枕してもらったことないのに~! ねぇ司令官、私も~」

 

「ダメなのです。今日一日、司令官さんのお膝は電のものなのです。えへへ……」

 

「むぅ~……。じゃあいいもん。私は電に膝枕してもらうから。よいしょっ」

 

「なら、ワタシは雷の膝を借りようかな。暁もどうだい」

 

「へっ? ……ひ、響がどうしてもって言うなら、膝枕されてあげてもいいけど?」

 

(おい。なんだこの連結膝枕。萌え殺す気か)

 

 

 

 

 


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