新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と第六駆逐隊の朝

 

 

 

 

 

「――官さん、朝――よ」

 

 

 まどろみの中、ふと、柔らかい感触が鼓膜をくすぐった。

 聞き慣れた少女の声。

 含まれる優しさは、しかし、逆に精神を覚醒から遠ざける。

 

 

「もう――飯、作り――よ? このま――とみ――、暴動を起こしちゃうのです」

 

 

 怒っている……ようにも聞こえる子守唄は、身体をゆする心地よい振動が加えられたせいで、まさしく夢見心地。

 ああ、あと五分。いや十分。いやいや、むしろずっと眠っていたい。

 心の底からそう思えてしまう。

 

 

「……えい」

 

「んご」

 

 

 鼻に奇妙な感触。同時に呼吸も苦しくなった。

 またたく間に眠気が収まっていき、ゔあぁ、なんて呻きながら口で呼吸。

 仕方ないのでまぶたも開ける。

 

 

「おはようございます、司令官さん」

 

「……おはよう、電」

 

 

 にっこり。春の日差しを思わせる笑みを浮かべて鼻をつまむ少女と、挨拶を交わす。

 そこにいたのはもちろん、自分が初めて魂を分けた存在――電だ。

 

 

「あれ……何時……?」

 

「八時ですよ。今日はお寝坊さんなのです」

 

 

 布団を抜け出しながら大きく背伸び。

 言われて壁の時計を確かめてみると、確かに八時。いつもより一時間ほど遅い。

 ……のわりに、妙な気だるさが残っているというか……。

 

 

「大丈夫ですか? なんだか、まだお疲れみたいなのです……」

 

「ん……。いや、平気。もう起きるよ」

 

「はい。それじゃあ、電は台所に戻っているのです。みんな待ってますから、早く来てくださいね?」

 

 

 パタパタ、と忙しそうに割烹着をひるがえし、電がふすまの向こうへ戻って行く。

 その背に「ああ」と返事をしながら立ち上がり、もう一度背伸び。

 息を吐いて視線を窓に向ければ、海へ面した軍港が遠目に入る。

 横須賀鎮守府。

 第二次世界大戦時にも旧日本軍が軍港を置いたこの場所は、今また、最前線の基地となっていた。

 自分のいるここは、その中に作られた提督専用の宿舎である。ほぼ一軒家に近く、前に住んでいたアパートよりだいぶ広い。快適だ。

 

 

「さて、早く顔洗って着替えなくちゃな」

 

 

 寝巻きからシャツへ着替え、廊下に出て洗面所へ。

 顔を洗って口をゆすぎ、あとはちょいっとヒゲを剃って髪をとかせば、男の身だしなみは完成だ。さっさと居間に行こう。

 

 

「おはよう、みんな」

 

「あ、おっはよ~司令官! でも遅い~」

 

 

 居間へ続くふすまを開けると、さっそく元気のいい声が返る。

 ちゃぶ台を囲んでいるのは、電と同じデザインのセーラー服を着た、三人の少女達。

 

 

「ご機嫌ようです、司令官。レディーを待たせるなんて、いいご身分じゃない?」

 

「ごめんごめん、なんだかぐっすり眠っちゃってさ。疲れが抜け切ってないのかな」

 

доброе утро(おはよう)、司令官。仕方ないさ。実戦の疲れというものは意外に長引く。きちんと休むのも仕事のうちだよ」

 

「ま、暁は早く司令官の卵焼き食べたくてイライラしてるだけだよね~。気持ちはよ~く分かるわ。うんうん」

 

「んなっ!?  ち、ちが……!」

 

 

 ワタワタと顔を真っ赤にする黒髪の少女に、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる電とそっくりな少女。そして、静かに茶をすするロシア語で挨拶した白髪の少女。

 名を、(あかつき)(いかづち)(ひびき)という。

 この三人は、つい二日ほど前に励起したばかりの、新しい統制人格達だった。

 

 

「そこまで期待されちゃ、待たせるわけにもいかないか。すぐ作るからな、暁」

 

「べ、別に期待なんかしてないけど、作ってくれるなら……って、頭なでなでしないでって言ってるでしょ!?」

 

 

 行儀良く、ちょこんと正座する暁を一撫でし、台所へ。

 高さを調節する台に乗って、漬物らしきものを刻む電の後ろ姿は、幼妻という他にない。

 

 

「今日の献立は?」

 

「お豆腐とわかめのお味噌汁に、イワシのみりん干し、白瓜の味噌漬けなのです」

 

「美味そうだ。んで、あとは自分が卵焼き作る、と」

 

「はい。お願いできますか?」

 

 

 見上げる視線に「もちろん」と頷き、出汁の残された鍋を手に取る。

 そこへ多めの卵と、薄口醤油に砂糖を適量つっこみ、切るようにかき混ぜて……。

 

 

「電」

 

「はいです」

 

 

 すい、と差し出される菜箸に四角いフライパン。

 以心伝心、二人そろって(電は台ごと)コンロの前へ。

 じゅううう、という音と一緒に、香ばしい匂いが広がった。

 

 

「はぁ~、いい匂い~。電ったら、よくこんなのを何日も我慢できたわよね、ほんと」

 

「なに言ってるのよ。暁達は別に食べる必要なんか無いんだから、食欲なんてそもそも――」

 

「暁、よだれ」

 

「ウソ!? ……あれ、着いてない」

 

「うん。嘘だからね」

 

「ひーびーきー」

 

「ご~はん~、ご~はん~♪」

 

 

 素知らぬ顔の響を睨みつける暁に、頬杖をついて歌を口ずさむ雷。

 背中に目なんてついてないはずだが、その光景がありありと浮かぶ。

 少しは手伝おうとしてくれてもいいんじゃないか? まぁ、二人でこうしてるのも乙だから良いんだけどさ。

 

 

「全く、ずいぶんと賑やかになったなぁ」

 

「あはは……。騒がしくて、ごめんなさいなのです……」

 

「ううん。実家にいた頃みたいで、楽しいよ」

 

 

 イワシの身をひっくり返しながら、電は恐縮しきり。

 けれど、困ったような顔は、言葉にしなくても伝わってしまう嬉しさをにじませていた。

 こうしていると、本当に家族になったみたいだ。あぁ、電みたいな子が嫁になってくれたなら、いったいどれだけ幸せか。

 可愛いし、健気に尽くしてくれるし、気が利いて、ちょっと見栄っ張りで、可愛くて(二回目)、料理もうまいし、頑張り屋で、慌てんぼうなところもあるけど、やっぱ可愛いし(三回目)。

 あれ? なんだこの妄想と願望を具現したみたいな完璧女子。結婚したい。

 

 

「ほっ。よし、一本完成」

 

 

 ――と、煩悩を全開にしている間も、長年繰り返した動作は淀みなく。

 焼きあがった卵焼きを皿に移し、油を引き直して残った半分の卵を流し込む。

 

 

「……司令官さん。ありがとうございます」

 

「ん? なんだ、どうした急に」

 

 

 唐突に、お礼を言われてしまった。

 やましいことを考えている最中だったから内心ビクってしたけど、なんとか顔には出さずにすんだ。あっぶねぇ……。

 

 

「みんなのことを呼んでくれて、なのです」

 

「ああ……。どういたしまして。けど、もう何回も言ってもらったし、そんな気にしないでいいんだぞ」

 

「何回でも言いたいのです。

 こうしてみんなと再会して一緒にご飯を食べられるだなんて、想像もしてなかったから……だから。

 電達を呼んでくれて、ありがとうございました」

 

 

 ほんわか。心が満たされていくような、そんな笑顔。

 実戦訓練からは、すでに三日が経過している。

 あの日、整備主任の少女に「気が散るからあっち行ってて下さい!」と蹴り出されて断念せざるを得なかった励起は、その翌日、以前から発注していた暁型の駆逐艦二隻と同時に行われることになった。

 曳航してきた艦が同じく同型艦であり、しかもそれ等と被らなかったのは、もはや運命だったとも思える。

 そして二日前。戦場で散ってしまった姉妹艦が――第六駆逐隊が邂逅を果たしたのだ。ちなみに、建造しているのが暁型なのは電に内緒にしていたため、三隻を目の前にした彼女に泣かれてしまい、超焦ったのだが。

 気の遠くなる時間を越えて姉妹が揃ったのだから、当然だろう。

 

 

「あぅ」

 

 

 くしゃ、と頭を撫でる。

 ただそれだけで、自分は何も言わない。言う必要はないと思えた。

 

 

「さて、出来た。そっちは?」

 

「こちらも焼けました。先に行って、色々よそっておきますね」

 

「おう、頼むよ」

 

 

 五人分の焼き魚の皿を盆に乗せ、電が居間へ。

 その間に熱々の卵焼きを切り分けて、こっちは一つの皿に盛り付ける。

 ちゃぶ台へ戻ると、すでに炊きたてのご飯や味噌汁が並べられていた。その中央に卵焼きの長皿を置き、昨日と同じ位置――電と雷の間に。

 

 

「では……。いただきます」

 

『いただきます』

 

 

 自分が手を合わせると、皆もそれぞれに挨拶を。響だけは何やらロシア語っぽいのだが、またしても聞き取れなかった。

 晩年はロシアに――じゃなくてソ連に、か。賠償艦として引き渡されたそうだけど、それが影響しているらしく、彼女の口からはよくロシア語の単語が出る。

 おかげで簡単な挨拶を覚えてしまった。ちなみに、おはようの挨拶は「どーぶらえうーとら」、である。……だよな?

 

 

「はむっ……ん~、美味しい~! やっぱ司令官の卵焼きと電のご飯は最っ高だわ!」

 

「……っん。Хорошо(素晴らしい)。食事がこんなに良いものだとは露にも思わなかったよ。いつか、ロシアの料理も食べてみたいな……」

 

「ロシア料理、ですか。分かりました、今度調べてみるのです」

 

「あ、すまない。催促したわけじゃなかったんだけど……でも、嬉しいな」

 

「はいは~い、私も手伝う! 電に出来たんだもの、きっと出来るはずだわ!」

 

 

 思うように箸を伸ばしつつ、少女達は団欒する。

 唯一無言な暁だが、響の言葉には「こくこく」頷き、雷の宣言には「えー」的なジト目だ。

 なんでも、「口にものを入れたまましゃべるなんて、はしたないじゃない」だとか。

 否定はしないけど、それならリスみたいになるまで頬張らなければ良いのに。

 

 

「それにしてもさ、司令官って料理上手だよね。電が上手なのはイメージ通りなんだけど、どこで習ったの?」

 

「ん? いや、上手ったって、卵料理限定だぞ自分は。卵が入ってないと普通の野菜炒めですら失敗するし」

 

「そうなんだ。それはまた珍しい。何か理由でも?」

 

「理由ってほど大したもんじゃないよ。実家が養鶏場やってただけ。そのせいで卵だけは小さい頃からいっぱい食べててさ。

 いつの間にか、美味しく食べられるようにって自分で作るようになったんだ。懐かしいなー。久しぶりにプリンでも作るかな」

 

 

 雷、響の疑問によって、昔の記憶が掘り起こされる。

 男女が逆転したような父と母。姉が二人に弟二人の五人兄弟で、自分はその中間だった。

 弟の世話を焼いたり、姉の世話を焼かされたりで大変だったが、そのおかげでこの子達に喜んでもらえるのだから、苦労はしておくべきってことか。

 今度から卵焼きだけじゃなくて他にも作ろう。チャーハンとか、オムライスとか、煮卵、カニ玉、ニラ玉、茶碗蒸しに親子丼に他人丼……。うん、今の給料ならなんでも作れそうだ。

 

 

「あの、司令官さん。プリンって何ですか?」

 

「……え? あれ、知らない? 酒保にも置いてなかったっけ」

 

「棚に札はあるんですけど、いつも売り切れで……。どんな食べ物なのか、よく分からないのです」

 

「あ~……」

 

 

 こういったお菓子などはかなりの高級嗜好品だ。しかも、艦艇戦というのはかなり頭を使う。

 疲れた脳を癒すため、買い占めに走る女性提督とかが居てもおかしくはない。にしたってちょっと迷惑だけども。

 と、そんなことを思っていたら、自分の代わりに響が電へ答える。

 

 

「洋菓子の一種だね。向こうで作り方を聞いた覚えがあるけど、確か、茶碗蒸しにそっくりだったような」

 

「ということは、甘い茶碗蒸し? 本当に美味しいの~それ~?」

 

「……あちっ」

 

 

 いぶかしげな雷に暁が「うんうん」と同意するも、味噌汁が熱かったようで舌をべぇと出して冷ます。

 レディーという割に、いちいち動きが子供っぽい。ま、それはともかく。

 

 

「美味しいぞぉ? カラメルソースをかけたり、生クリームを乗っけたり。誕生日とかに無理やり作らされてたっけ……。

 ああ、ダメだ。思い出したら食べたくなってきた。どうせ今日も休養だし、作るか! バニラエッセンス、ここだといくらだろうな。高くないと良いんだけど」

 

「なら、電もお手伝いするのです。作り方、教えて欲しいです」

 

「ん、分かった。助かるよ」

 

 

 提督は、よほどの激戦でない限り、一回出撃した後に数日~一週間の休養を義務付けられている。

 その間も書類仕事などは出来るのだが、今回は初出撃ということで、いつもお世話になっている書記さんが片付けてくれるとのこと。まだ高校生くらいらしいが、いやはや、頭が上がらなくなりそうだ。

 

 

「……お?」

 

 

 ――と、そんな時、玄関の方から《ビー》とブザーの音が。

 誰だろう、こんな朝早くに。

 

 

「あ、電が……」

 

「いや、自分が出るよ。電はご飯食べてて」

 

「でも」

 

「いいからいいから。暁ー、一人三切れまでだからなー。レディーは欲張っちゃダメだぞー」

 

「へぅ!?」

 

 

 こっそり卵焼きを摘もうとしていた小さな淑女に釘を刺しつつ、自分は立ち上がって玄関へ。

 引き戸を開ける前にいちおう髪を撫でつけて、と……。

 

 

「どちら様ですか……って、書記さん?」

 

「あ、おはようございます、提督」

 

 

 噂をすればなんとやら。戸の向こうに立っていたのは、長い黒髪を緑のカチューシャでまとめる、メガネをかけた文学少女。

 つい先程まで、書類にうもれているとばかり思っていた少女だった。電達とはまた違ったセーラー服を着ている。

 どうしたんだろう、こんな場所に一人で……ん? あ、違った。よく見ればその背後にもう一人。

 長い赤毛に赤いリボンが特徴の、書記さんと同じ制服を着た少女。彼女は整備主任の……。

 

 

「申し訳ありません!!」

 

「うおっ」

 

「な、何ですかっ、司令官さんっ?」

 

「なになに~」

 

「何事だい」

 

「ふぁ?」

 

 

 ガバッと腰を九十度に曲げ、リボンを揺らす彼女。

 その声があまりにハキハキとし過ぎていて、書記さんは耳を両手でふさぎ、何事かと四人も顔をのぞかせる。

 あ、結局食いやがったな暁。

 

 

「高速建造剤をいただき、発注を受けていた二隻の軽巡なんですが……。う、うちの子達が荒ぶってしまいました!!」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 言葉が出ない。口をあんぐりと開き、ただただ唖然とするしかない。

 

 

「あの。自分が発注したの、天龍型の軽巡二隻、でしたよね」

 

「……はい。おっしゃる通りです」

 

 

 天龍型。

 水雷戦隊の旗艦を務めることを期待された艦であり、天龍、龍田の二隻が存在する。

 実践訓練を終え、名実ともに艦隊司令官としての任を拝命した自分は、正式に戦隊と呼べるだけの艦船を揃えることを優先した。

 戦隊とは、二隻以上の軍艦で編成された部隊のこと。駆逐艦は一隻だと軍艦とはみなされず、複数艦が集まって駆逐隊になると、初めて軍艦一隻と数えられる。

 そして、艦隊とは複数の戦隊を編成した部隊であり、実戦を通じて実力を確かめた今、はっきり言うなら、艦隊はまだ手に余ると思ったのだ。

 過ぎたるはなお及ばざるが如し。任官と共に配給された物質も、艦隊を組めるほどの艦船を揃えるには到底足りず、ある意味ではちょうど良かったのかも知れない。

 

 なぜ天龍型を選んだのか。

 名前が格好良かったからである。一ヶ月前まで養鶏家の長男だった奴にまともな軍艦知識を期待してはいけない。もちろんスペックとかは調べたけど。

 しかし、統制人格との同調などは、精神的な思い入れがあるほど強く繋がることができる(らしい)。傀儡能力者にとってバカに出来ない条項の一つなのだ。だから自分は悪くない。

 ともあれ、次の出撃までに数を揃える必要があったため、配給の中にあった高速建造剤を使い、短時間での軽巡二隻建造を発注したのである。

 ……が。

 

 

「じゃあ、自分の目の前に今あるのは何でしょう」

 

「重巡と駆逐艦、一隻ずつ、ですね」

 

「……どうしてこうなった」

 

 

 思わずドックの地面に膝を落とし、手をついてうな垂れる。

 何故に軽巡二隻が重巡と駆逐艦になるんだ。確かに戦隊は組めるけど、いろいろと予定が……。

 

 

「本当にすみませんっ! 時々あるんです……。機嫌が良いのか悪いのか、予定のものとは違う艦を勝手に作っちゃうことって」

 

 

 赤毛が視界をチラチラ上下しているあたり、主任さんは何度も頭を下げているらしい。

 実は、彼女も傀儡能力者だ。

 一概に能力者といっても、力の強度には大きな個人差があり、軍艦ほどの大きさ、複雑さを持つ器物を傀儡化できる能力者は稀だ。だからこそ徴兵されるのである。

 しかし、軍艦よりも比較的単純な器物――工作機械などなら魂を励起させらせる者もまた、存在する。

 現れるのは、統制人格のような受け答えのできる知性を持たない……靴を勝手に作ってくれる妖精さん、といった程度の存在なのだが、彼等は不眠不休で活動できるという特性を活かし、人間が作るよりもはるかに早いスピードでの建造を行うのだ。

 高速建造剤などは彼等をやる気にさせる霊的触媒であり、その速度といえば、暁達(建造したのは暁と響で、実戦訓練で解放したのが雷)が竣工してからたったの二日でこの通り、である。

 個人的には「ご覧の有様だよ」と言いたいけども。

 

 

「まぁ、出来ちゃったもんは仕方ないか……。で、どういう船なんですか?」

 

「それはですねー……」

 

「私からご説明しましょう」

 

 

 立ち上がった自分のそばに、スッと現れる書記さん。

 メガネがキラリと光った。

 

 

「まずは重巡洋艦の方から。妙高型三番艦、足柄。

 一九三七年のジョージ六世戴冠記念観艦式に、日本代表として参加した艦です。

 開戦後は主に東南アジアで活躍し、スラバヤ沖海戦では、姉妹艦とともに三隻の敵艦を撃沈せしめたんですよ。

 雷さん達が人命救助を行ったのもこの時ですね」

 

「はい。懐かしいのです」

 

「だね~。いやぁ、こうしてみると大っきいわ」

 

 

 背後にいた雷電姉妹は、感慨深そうに足柄を眺めていた。

 あれだけ玄関で騒いでいたら気になるのも当然。結局、大急ぎで朝食を片付け、みんな揃ってドックに来ているのだ。自分は白の詰襟に着替え済みである。

 

 

「あ、あの、書記さん。アタシにも説明させて……」

 

「これは竣工時のものですので、最大速は三十五・五ノット。航続距離は十四ノットで七○○○海里。

 二十・三cm連装砲五基十門、十二cm単装高角砲六基六門、七・七mm単装機銃二挺、魚雷発射管は六基です。

 本来、主砲は二十・三cmではなく二十cmなのですが、主砲のみ改装後仕様のようです。頼りになる火力ですね」

 

「く……。本当は水上偵察機も載せられるんだけどー! 今回は据え置きですよー!」

 

「はー、凄いな……」

 

 

 書記さんと、やや強引に参加した主任さんの解説を聞き、自分は改めて足柄を見つめる。

 想定外な経緯だが、これまた電に関連深い艦が現れてくれた。これが縁か。

 驚きはしたけど、かえっていい結果に落ち着いたな。

 

 

「ふっふっふ、なんのなんの。凄いのはここからですよ?」

 

 

 ――なんて思っていたら、主任さん達が駆逐艦の方へと向きなおる。

 つられて視線を移動すると、船体の中ほどに艦名らしき文字が描かれているのが分かった。

 これは……。

 

 

「ぜかまし?」

 

「し・ま・か・ぜ、です! うちの子達が勝手にペイントしちゃいました」

 

「女の子の名前を間違えちゃダメよ、司令官。結構そういうので傷付いちゃうんですから」

 

「う。ごめん、つい……」

 

「謝るなら暁にじゃなくて島風に、です」

 

「ん、了解。ごめんな島風」

 

「まぁ、そこまで気にすることはないさ。昔とは文字の読み書きが逆になっているんだし。仕方ない」

 

 

 響がそう言ってくれるけど、やはり失礼には違いない。

 自分は島風にキチンと身体を向かい合わせ、頭を下げる。

 

 

「で、どんな風に凄いんですか? この子は」

 

「凄い、というよりは珍しい、と言った方がいいかも知れませんね。もちろん、凄いのですけど」

 

 

 再びメガネがキラリ。

 クリップボードに挟まれた紙をめくり、スペックを読み上げてくれる。

 

 

「島風型一番艦、島風。最大船速四十ノットを記録する快速船です。

 大人の都合で一隻しか建造されませんでしたが、この速度は日本の艦船の中でも随一なんですよ」

 

「あんまり早すぎて他の艦と足並みが揃わないから、発注受けたこと無いんですけどね。アタシは」

 

「四十ノット……一ノットはざっと一・八kmだから、八十の引く八で、時速でも七十二km以上か」

 

 

 自分は電達のおかげで、細かい速度調整や砲塔の角度合わせなど、かなり楽をさせてもらっているが、普通の提督だとそうはいかない。

 全てをこなした上で島風のスピードを活かすのは、至難の技だろう。

 それが分かっているからこそ、手を出しにくいのかもしれない。

 

 

「だけど、速いだけが島風の特徴じゃありませんよ。なんといっても凄いのが、零式五連装魚雷発射管三基です!

 これは島風のために開発された物で、駆逐艦の魚雷装備としては最大なんですから! 次発装填装置が無いのが玉に瑕ですけど、傀儡艦なら関係なし!」

 

「他にも、十二・七cm連装砲三基、連装機銃が三基。今回は無いようですが、本来は爆雷投射基も備えており、水雷戦において真価を発揮する艦です」

 

「なるほど……」

 

 

 これは、本当にいい結果になったのかも……。

 二隻とも即戦力になってくれるだけの性能は有している。文句のつけようなどあるはずがない。

 問題は、自分が彼女達の力を引き出せるか、だ。

 

 

「どうですか? ちょっと予定は狂っちゃいましたけど、じゅーぶん実用に耐えるでしょ?」

 

「ええ。これなら次の出撃、いい戦果が期待できそうです」

 

「ですよね、ですよねっ!? だったらお願いします! 発注書のゴマカシ手伝って下さい!!」

 

「ぅおぁ」

 

 

 ぐゎばっ、と地べたにひれ伏す主任さん。

 それがあまりにも見事な動きで、変な声が出てしまった。

 四人姉妹もびっくりしてこちらを見ている。書記さんだけは「はぁ……」とため息だ。

 

 

「どうぞ、よろしくお願いいたしますー!! またやっちゃったって上に知られたら困るんです、これ以上お給料下がったら生活できません、なにとぞ、なにとぞぉーっ!!!!!!」

 

「えぇぇぇ」

 

 

 なに、この状況。もしかして主任さん、わりと高確率で妖精さんを荒ぶらせてるのか? でも、高速建造にかけては右に出るものが無いほど優秀だって……。

 チラ、と書記さんを見てみれば、困ったような、諦めているような顔つき。

 しまいにはクリップボードをめくり、あとは自分が判子を押すだけの発注書を示す。

 ……苦労してるんですね。

 

 

「分かった、分かりましたから、とにかく頭をあげて下さい。これからもお世話になるんですし、ちゃんと判子は押しますから、ね?」

 

「ホントですかっ? ありがとうございます、助かります提督さん!」

 

 

 安心した、という様子で主任さんは立ち上がり、朗らかな笑み。

 なんというか、憎めない人だ。

 見守ってくれていたみんなも同じ印象なのか、それぞれに苦笑いしている。

 

 

「さて。提督、このあとのご予定はありますか?」

 

「あ、いえ。特には。書記さんのおかげで時間がありますし、ちょっとお菓子でも作ろうとしてたくらいで」

 

「お菓子、ですか」

 

「ええ、カスタードプリンを」

 

「……ぷりん」

 

 

 彼女にしては珍しく、ぽけぇ、とした呟き。

 何かを思い返すようにしばらく天井を見上げ、かと思ったら、パアァと溶ける頬。

 ……やばい。ちょっと可愛いとか思っちゃった。

 

 

「食べたい、ですか?」

 

「……はっ。い、いえいえいえいえいえ、そういうわけでは……。おっほん」

 

 

 明らかに取り繕うための咳払い。

 好きだ。ぜったい好きなんだ、プリン。

 うん、おすそ分けしてあげよう。

 

 

「それはさておき。励起の方は如何します? こちらの準備はできていますので、なんでしたら今すぐにでも可能ですが」

 

 

 励起、か。

 どうせなら早いに越したことはない。造船用のドックも空くし、少しでも長く接する時間を取ることが、戦隊の練度を引き上げる事にもつながる。

 でも……。

 

 

「みんなはどうだ? 自分は、出来るだけ早く呼んであげたいんだけど……」

 

 

 自分一人で決めていいものかと、気にかかってしまう。

 ようやく四人姉妹がそろったのに、こちらの勝手な都合で水をさしてもいいんだろうか、と。

 

 

「ん~? なんでそんなこといちいち聞くの? 大歓迎に決まってるじゃない」

 

 

 しかし、返ってくるのは、楽しそうな雷の笑顔。

 

 

「暁も賑やかなのは嫌いじゃないし、いいと思うわ」

 

「戦力の増強という意味でも、するべきだと思う。司令官の思うままに」

 

 

 同じく、暁と響。

 そして――

 

 

「電もです、司令官さん。早く他のみんなにも、一緒にご飯を食べたり、お話する楽しさ、知って欲しいのです」

 

 

 ――いつの間にか、となりへ並んでいた電。

 どうやら、余計な気を回しすぎていたらしい。全く、自分にはもったいない子達だ。

 

 

「なら決まりだ。書記さん、お願いします」

 

「承りました。主任」

 

「了解です! みんなー、お仕事だよー!」

 

 

 たおやかに頷いた書記さんは、何処からともなく専用のノートパソコン(ICチップの材料などが貴重になってしまったため、今では安くても三桁万円)を取り出し、しゃがみ込んだひざの上へ置いてキーボードをタイプ。アンテナを立て、表示されているだろう情報を処理していく。

 同時に、主任さんは自らの傀儡に指示を飛ばし、クレーンで足柄と島風へ増震機を取り付ける。

 

 

「増震機、起動確認しました。霊子浸透圧、励起可能領域まで上昇中。提督」

 

 

 無言でうなずき返し、自分はちょうど二隻を視界に収められる場所へ移動。

 その存在をしっかと感じながら、まぶたを下ろす。

 大事なのはイマジネーション。

 魂とは、あらゆる物質が宿す存在し続けるための力。自分のすることは、まだ意思を宿すに至っていない魂の階梯を、人と同じレベルまで高めること。

 存在をつなぎ、魂を重ね、彼女達に人の形を真似させるのだ。

 

 

「可能領域到達まで、あと二十。十九、十八、十七――」

 

 

 目で見るな。肌で触るな。耳で聞くな。

 心をむき出しに、あるがままを晒し、受け入れろ。

 そうすれば、きっと応えてくれる……!

 

 

「――四、三、二、一。どうぞ」

 

「……っ。来い、足柄、島風!」

 

 

 双眸を見開き、両手を二隻へ――二人へと差し伸べる。

 空間の揺らめき。

 わずかな燐光を放つそれは、やがて、二つの人影へと変化し――

 

 

「固定波長の放射開始。増震機、正常に作動中……固着を確認。成功です、提督」

 

「やったね司令官! どんな子どんな子~?」

 

「落ち着きなさいよ、雷。先輩としての威厳を見せなきゃなんだから」

 

「笑顔で迎えてあげよう。電がそうしてくれたように」

 

「なのです! ……って、あれ……?」

 

 

 ――差し出す手の平へ、確かな重さが加わった。

 ふわり。

 まるで天女の舞い降りるが如く、彼女達は地面を優しく踏みしめる。

 

 

「……ふう。貴方が私を呼んだ人ね。私の名前は足柄。砲雷撃戦が得意な、重巡洋艦の現し身よ。ふふ、よろしくね?」

 

 

 右手を取るのは、体のラインがハッキリとする紫のスーツと、黒のタイトスカートで決めた妙齢の美女。

 手足は白のタイツと長手袋に包まれ、ゆるくウェーブのかかった黒髪をたなびかせている。

 そして、左手を取るのは――

 

 

「同じく、駆逐艦、島風の現し身です! スピードなら誰にも負けませんっ。速きこと、島風の如し、です!」

 

 

 ――ロリ痴女?

 

 

「は、はわわわわっ……。み、見ちゃダメなのですぅううっ!!」

 

「ぬわぁ!?」

 

 

 突然、首と背中へ重みが掛かり、小さな手がペチッと視界をふさぐ。

 な、なんだっ、重――くはないけど首が、首がもげる!

 

 

「……あら? もしかして貴方、電? やだっ、久しぶりじゃな――」

 

「ちょ、ちょっと島風っ、なんて格好をしてるの!? は、はしたないじゃない!」

 

「え? どこかおかしい? 動きやすいと思うんだけど……」

 

「やっ、み、見えてるでしょお尻!?」

 

 

 なにっ、見えてるのかっ?

 確か島風の格好は、脇が全開になるほどザックリえぐられて、ヘソが見えるくらい服の裾は短く、ローライズなスカートも「それ穿いてる意味ないのでは」と言いたい膝上ウン十センチだった気がする。

 くびれに引っかかったパンツの黒い紐も丸見えだったけど、見えてるのかお尻っ? まさかのTバックぅ!?

 というか、さっきから背中に感じるこのプニュプニュした柔らかさ。これって絶対……!?

 

 

「あ、あの、聞こえてる? ほら覚えてない? スラバヤ沖で――」

 

「い、電、離してくれっ、当たってる、当たってるからっ」

 

「ダメなのです、とにかくダメなのですぅううっ!!」

 

「そうよ、とにかく隠さなきゃダメなのっ。ほらこっちに!」

 

「えー。うむぅ……やだ。これ以上着たら遅くなっちゃう。どうしてもって言うなら、私のこと捕まえてみてよっ。それー!」

 

「あっ、待ちなさいったらぁ!」

 

「あらら、元気な子だこと……ってそっちはダメ!? あっ、工具箱ひっくり返さないでー!」

 

「書記さん。巻き込まれないうちに離れようか」

 

「……ですね。お茶でもいかがですか、響さん」

 

Спасибо(ありがとう)、頂くよ」

 

 

 ばびゅん、と横を通り過ぎて行く風圧。それを追いかけて行ったのだろう、暁の声も遠ざかる。

 が、すぐさまガッシャンゴットン騒がしい音がして、主任さんのこの叫び。

 書記さんと響はさっさか茶をしばきに行ってしまわれたようだ。

 なんというカオス。たった二人を仲間に迎えただけでこれか。先が思いやられるぞ……とか、思いつつも。

 背中に感じる暖かさと、耳へ届く明るい声は。

 慌ただしくも楽しい未来を、自分に予感させるのだった。

 

 

 

 

 

「……あ、足柄さんも居るわよぉおおっ!

 十門の主砲を備えたすっごい重巡なんだからねぇええっ!!

 ……何よっ、私なにか悪いことしたぁ!? うわぁぁあああああんっ!!!!!!」

 

「ま~、アレよ。タイミング悪かっただけだから、元気だして? ドンマイ、ドンマ~イ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こぼれ話 イカヅチとイナヅマ》

 

 

 

 

 

「それにしても、二人は本当にそっくりだな」

 

 

 ちゃぶ台に居を構え、湯飲みを傾ける自分は、少女二人を前にそんな感想を口走ってしまう。

 雷と電。

 彼女達は双子と言っても違和感がないくらい、顔立ちが似ているのだ。

 

 

「ま~、名前からして似てるもんね~。でも、竣工時期は微妙に違うから、私の方がお姉さんなのよ?」

 

「暁、響に続いて建造されました。電は末っ子なのです」

 

 

 えっへん。ドヤ顔でせんべいを咥えながら胸をはる雷と、茶のお代わりを淹れながら補足する電。

 雰囲気こそだいぶ違うが、やっぱそっくりだ。まぁ、可愛い女の子が増えてくれたのだから、純粋に嬉しいけど。

 

 

「あ、そうだ。ねぇねぇ電」

 

「何ですか?」

 

 

 ふと、コソコソ話を始める二人。

 何やら確かめるように頷き合ったあと、彼女達は立ち上がる。

 

 

「司令官さん、ちょっと後ろを向いてもらっていいですか?」

 

「ん? いいけど……」

 

 

 何だろう、と思ったが、とりあえず座ったまま身体を反転。

 すると、背後から畳の上をパタパタ歩く音が。

 

 

「もういいわよ、司令官」

 

 

 しばらくして、雷から振り向く許可がおりた。

 流石に聞かずにはおれず、「どうしたんだ?」と言いながら振り返ると――

 

 

『どっちが雷で、どっちが電でしょうか?』

 

 

 ――なんて、ハモる声。

 雷電姉妹は、こちらへ手を差し伸べるポーズで、全く同じ笑顔を浮かべている。

 ちゃぶ台の上に二人の付けていた髪留めとヘアピン、暁型であることを示すⅢの徽章(暁型は特Ⅲ型とも呼ばれるのだ)が置かれていた。

 なるほど、試そうというわけか。だが甘い。生クリームを乗っけてさくらんぼを飾ったプリンよりも甘い。

 

 

「左が電で、右が雷だな」

 

「あれっ、即答!?」

 

「しかも当たってるのです……!」

 

 

 よほど自信があったのか、二人は目をまん丸にしている。

 そんな驚くようなことだろうか。

 

 

「確かに似てはいるけど、二人とも特徴があるからな。雷は髪の色が明るいし、電は目尻が少し丸いんだ。他にも違うところ結構あるし、ちょっと見比べればすぐに分かるぞ?」

 

「………………電。司令官っていつもこうなの?」

 

「え? えっと、だいたいこんな感じ、ですけど……?」

 

「そうなんだ~……」

 

 

 あれ、なにさその微妙な顔つき。「ちょっとヤバイかも」ってなんだ。

 え、ここは引っかかって間違えるべきだったのか? いやでも間違いようがないし……。

 

 

「あの、なんか気に障ったか? ごめん、そういうつもりじゃ……」

 

「ううん、違うの。気にしないで? その、ね。嬉しかったというか……あはは、私なに言ってるんだろ」

 

 

 照れくさそうに、雷は苦笑い。

 けれどそれも一瞬。

 電の手を取り、彼女はまた大きく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

「ま~とにかく。電ともども、これからよろしく頼むわね? 司令官!」

 

 

 

 

 


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