新人提督と電の日々   作:七音

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こぼれ話 俺、夏イベが終わったら重婚するんだ

 

 

 

 

 

「――で写るのか? ふぅむ。どういう原理なのか、やはり俺にはよく分からんな……」

 

 

 四角く切り抜かれた屋内の映像に、少女の顔が映り込む。

 白い軍帽をかぶり、右目に眼帯をつけたその少女は、とても興味深そうな顔をしていた。

 

 

「あのー、木曾さん。もう録画始めちゃってますよ?」

 

「何っ? ああいや、すまん白露。ええっと、これを鳴らせばいいんだな」

 

「そうですそうです。じゃあ本番、張り切って行きましょー! よーい、スタート!」

 

 

 映像の外側から発せられる声に、少女――木曾がフレームアウト。

 彼女に代わって映し出されたのは、映画の撮影などでよく使われる、カチンコだった。

 それが小気味良い音を鳴らすと、開けた場所に立つ二人の少女が姿を見せる。

 

 

「お初にお目にかかるであります。自分は……」

「は、初めましてっ。わ、わたしの名前は……」

 

 

 左に立つ灰色の軍服少女は、緊張しながらもハキハキと。右に立つ真っ白なスクール水着姿の少女は、ひどく焦りつつ。

 どう考えても取り合わせのおかしい二人は、これまた相対する様子で声を重ねてしまう。

 

 

「はいはいストーップ。二人いっぺんに喋っちゃダメじゃない。まずはあきつ丸ちゃんからって段取りでしょ、まるゆちゃん」

 

「はうぅ、ご、ごめんなさい、村雨さん……。緊張しちゃって、つい……」

 

 

 パンパンパン、と手を叩きながら、また別の少女がフレームイン。

 村雨と呼ばれた黒いセーラー服の彼女に、木曾も続く。

 謝った人物から察するに、軍服少女の名があきつ丸、水着少女の名がまるゆのようだ。

 よく見れば、水着のお腹には赤丸に“ゆ”とひらがなが入れられている。

 

 

「いっそのこと、一人ずつ撮った方が良いんじゃないか? まずあきつ丸のを撮り終えて、お前はそれを参考にすればいいだろう」

 

「……はい。そうします。ごめんなさい、あきつ丸さん」

 

「気にせずとも良いでありますよ。同じ陸軍艦同士、支え合うのは当然であります」

 

「まぁ、予定外の仲間入りだったがな。後出し書類のおかげで、俺がどれだけ苦労したか……」

 

「そんなこと言わないでください、木曾さん……。隊長にも同じようなこと言われて、ちょっと傷ついてるのに……」

 

「艦隊初の潜水艦……じゃなくて、潜水できる輸送艦だものねぇ~。『どう運用すりゃいいんだ……』って、提督も悩んでたわ」

 

「あうっ。ま、まるゆだって、出来ることはたくさんあるもん! えっと、えっと……。も、もぐら輸送、とかですけど……」

 

 

 意気込んで反論しようとするも、華々しさを感じさせない内容に、言った本人が落ち込みかけてしまう。

 もぐら輸送とは、大戦末期、駆逐艦による鼠輸送が困難となった際、潜水艦によって行われるようになった輸送作戦の俗称である。

 文字通り、もぐらの如く水面下へ潜ることから、この俗称がつけられた。また、鼠輸送の語源は、夜闇に紛れてコソコソ動き回るからであり、大発動艇などを使う場合は、蟻輸送と呼ばれることもあった。

 それはさておき。わずかばかり肩を落とすまるゆに対し、画面外から声が掛かる。先ほど、木曾に白露と呼ばれた少女の声である。

 

 

「まぁまぁ、細かいことは置いとこうよ。まるゆちゃん、自信もとう! 少なくとも今は、艦隊唯一の潜水可能な船なんだから!」

 

「白露さん……! ま、まるゆ、嬉しいです! ありがとうございますっ」

 

 

 にゅっと入り込むサムズアップに、よほど嬉しいのか、まるゆは勢い良く頭を下げた。

 和やかな雰囲気の中、静かに見守っていたあきつ丸が一つ咳払い。

 

 

「おっほん。あー、そろそろ撮影を再開したいのでありますが……」

 

「あっ、ゴメンなさいね。じゃあもう一回最初から、みんな、準備はいい?」

 

 

 そそくさと村雨、木曾がその場を離れ、数秒遅れて、まるゆが木曾に引っ張られフレームアウト。

 村雨の「よぉい、スタート!」という掛け声で、またカチンコが鳴らされた。

 映るのは、キリリと姿勢を正したあきつ丸である。

 

 

「陸軍将校の皆様方、お初にお目にかかるであります。自分の名はあきつ丸。特種船丙型の現し身であります。

 なんの因果か、こうして語らうことのできる身となった自分でありますが、生み出して下さった方々へご挨拶をと、“びでおれたー”なるものを撮っております。

 もし宜しければ、今しばらくお時間を頂けるよう、お願い申し上げるであります」

 

「やけに堅苦しいな……」

 

「木曾さんシーッ。声入っちゃうから!」

 

「おっと、すまん」

 

 

 肩肘張った言葉遣いに木曾が思わずつぶやき、ささやき声で注意する白露。

 距離が近いせいで音声を拾われてしまっているのだが、気づいていないらしい。

 そんな横槍を物ともせず、あきつ丸は一人語りを続けた。

 

 

「目に見るもの、耳に聞くもの。全てが驚きで満ちているのは当然、こちらに来てから様々なことも学んだのであります。

 例えば、“しぼうふらぐ”なる言葉でありますが、出撃を控えたものがやってしまうと縁起の悪いことがあるそうなのです。

 この戦いが終わったら云々を語ったり、帰ってくるまでに好物を用意してもらったり。

 帰還を約束するための願いが不幸を呼び寄せるとは、このあきつ丸、衝撃でありました」

 

「まぁ、様式美よね~。ここは任せて先に行け! とか、ちょっと憧れちゃうわ~」

 

「む、ら、さ、め、ちゃん!」

 

「ああっと、ごめんなさぁい」

 

 

 硬く目を閉じ、拳を握って衝撃の度合いを表すあきつ丸。

 言動から、昔気質な性格が伺える彼女だ。かなり驚いたに違いない。

 画面外の音声には触れない方が良さそうである。

 

 

「しかし世の中には、あえて“しぼうふらぐ”を立てることで、逆に身を守るという考え方もあるそうなのです。

 実は自分、明後日に初の任務を控えている身であります。こうして“びでおれたー”を撮っているのも、験を担ぐ意味があるのであります。

 自分は初任務を完璧にこなし、必ず無事に帰ってきます。そして、二日目の辛味入り汁かけ飯を食べるのです! もう何も怖くない、であります!」

 

「辛味……なんだって?」

 

「辛味入り汁かけ飯、でありますよ木曾殿。戦時中は“かれーらいす”のことをこう呼んだ時期があるのであります」

 

「美味しかったですよねー。まるゆ、感動しちゃいました!」

 

「それはいいんだが、初任務の頃には空になってないか……?」

 

 

 辛味入り汁かけ飯という呼び方は、敵性語の言い換えの一つである。

 戦争によって国家間の対立が根深くなっていた頃、諸外国からの影響を排除するために、敵国の言葉を排除しようと起こった社会運動で、法的な強制力は無い。

 この他にも、コロッケは油揚げ肉饅頭、キャラメルは軍粮精(ぐんろうせい)、サイダーは噴出水などと表記される場合があった。

 とはいえ、すでに馴染んでしまった外国語を解除することも難しく、よほど厳格な場面でない限り、英語も日常的に使用されていた。

 閑話休題。

 言いたいことを言い終えたのか、どこか満足げなあきつ丸は、中央からわずかに立ち位置をずらし、画面外へ呼びかける。

 

 

「さて。ちょうど良く名前も出たことですし、自分と一緒にこの艦隊へ送られた、もう一人の統制人格にも、話をしてもらうであります」

 

「えっ、も、もうですかっ!? あの、でもっ、心の準備がっ」

 

「デモもストもないだろう。案ずるより産むが易し、だ!」

 

「ひぁあっ!?」

 

 

 ジタバタする腕が端に映り、ややあって、まるゆが押し出されるように飛び込んできた。

 正面へ向き直った彼女は、しきりに短めの髪をいじってうつむき加減。

 

 

「あ、あぁぁあ、あのっ、ま、まりゅゆ――じゃなくて、まるゆでありましゅ! ……あうぅ……」

 

「まるゆちゃん頑張れっ」

 

「大丈夫大丈夫、落ち着いてー」

 

「深呼吸するでありますよ」

 

 

 緊張のあまり、自己紹介を噛んでしまうまるゆだが、白露と村雨の励ましと、肩へ乗せられる同輩の手で、なんとか落ち着きを取り戻す。

 深呼吸を二回。表情の硬さも取れ、自然と語り始める。

 

 

「三式潜航輸送艇、まるゆ。無事に横須賀鎮守府へ着任しました。

 隊長には、『そんなの聞いてなかったぞ』って、ビックリされちゃったんですけど。

 でも、海軍のみなさんには仲良くしてもらってます。最初、怖がってたのがバカみたいです」

 

 

 照れた様子のはにかみに、嘘は感じられず、むしろ嬉しさがにじむ。

 周囲で聞いている者は、きっと微笑ましさを誘われているだろう。

 

 

「わたしは輸送艇で、戦いにはろくに参加できませんけど、ちょっとだけ改装してもらったりしてます。運貨筒(うんかつつ)も曳けるようになったんですよ」

 

「自分も初任務を終えれば、本格的にカ号や三式を運用する準備へと入る予定なのです。ありがたい、であります」

 

 

 潜航輸送艇とは、陸軍が独自開発した潜水艦である。正式名称に三式は付かない。

 過去、改良を重ねながら三十八隻が建造され、ほとんどが終戦時にも生存している。米に換算すると、実に二十四tもの物資を輸送可能だった。

 それに加え、ここに居るまるゆは、海軍の装備である運貨筒――曳航式の物資輸送用タンクを使用できるよう、曳航能力を付与されていた。

 大型で三百七十五t、中型でも百八十五t、小型ですら五十八tの搭載量を誇るこれらを使えば、輸送任務で大いに活躍してくれることだろう。

 

 あきつ丸にも改装の余地が残されており、それが、オートジャイロであるカ号観測機、固定翼機である三式指揮連絡機の運用である。

 性能の違いはあれど、着弾観測や対潜警戒に使用され、なんと言っても特徴的なのが、STOL(エストール)機能――短距離離着陸機能だ。

 それぞれ、無風状態でも五十~六十メートルで離陸可能であり、向かい風があればさらに距離は短縮される。

 史実では、搭載数の問題などでカ号は採用されず、三式の運用実績しかないのだが、どちらにせよ、海を見張る目として役立つに違いない。

 

 

「でも、ちょっとだけ気になることもあるんです……」

 

「どうしたでありますか?」

 

 

 前途は明るい……かと思いきや、急に表情を暗くするまるゆ。

 あきつ丸に促された彼女は、居心地が悪そうにつぶやく。

 

 

「……みなさん、わたしの事を気にかけて、よく話しかけてくれるんですけど。そうじゃない時は、なんか遠巻きに見られる感じなんですよね……。なんでかなぁ?」

 

「それは……なぁ?」

 

「えっと……ねぇ?」

 

「うん……。私、岡っ引きとしての本能が、提督に反応しかけちゃったよ……」

 

 

 声だけなのに、木曾たちが腕を組んで、首も傾げているのが伝わってくる。

 ここで、あきつ丸とまるゆの服装を細かく見てみよう。

 

 まずはあきつ丸。

 灰色を基調とした詰襟で、本来はズボンのところ、プリーツスカートに変更されていた。

 太ももまでのオーバーニーソックスが絶対領域を形成しており、そのまま女性用の軍服として採用されてもおかしくないデザインだ。黒髪は襟丈で綺麗に切り揃えられている。

 対してまるゆ。

 スクール水着である。……他になんと言えば良いのか。

 足には辛うじてサンダルっぽいものを履いているが、微妙にサイズがあっていないところを見ると、統制人格の正規衣装ではなさそうだ。

 

 ようするに、寒そうなのである。

 潜水艦というだけで水着を連想した、桐林提督の業は深い。

 

 

「まぁ、それだけ注目を浴びているということだ。気にしないことだな」

 

「そうそう。近いうちに、提督が普段着も用意してくれると思うから。ね?」

 

「えっ。お洋服もらえるんですか? でも、良いのかな。わたしだけそんな……」

 

「せっかくのご好意、受けねば失礼でありますよ。それにこの時期、見ていてとても寒々しいのであります。可及的速やかに、衣服を着用するが良ろしいかと」

 

「うわー。みんなが口を濁していたこと言い切っちゃった。……あ。二人ともごめーん、バッテリー残り少なくなってきたから、そろそろ締めてー」

 

 

 もはや、画面外との掛け合いが主となってきたビデオレターだが、どうやら制限時間が近いらしく、白露がそれを伝える。

 どうしたものかと、二人は顔を見合わせ、「では自分から」とあきつ丸が進み出た。

 

 

「先ほども言いましたが、自分は初の任務を待つ身。

 不安がないと言えば嘘になりますが、僭越ながら、陸軍の看板を背負って立つ覚悟で臨むであります。

 どうか、無事の帰還をお祈り頂けるよう、このあきつ丸を何とぞ、お願いするのであります!」

 

 

 かかとを鳴らし、腕を肩と直線にする、陸軍式の敬礼。

 思わず見惚れてしまうそれに続き、今度はまるゆが。

 

 

「わたしはたぶん、艦隊戦とかには参加できないし、荷物を運ぶことくらいでしか、お役に立てないと思います。

 でも、輸送任務だって立派な作戦ですっ。補給がなくちゃ戦えないんですから、むしろ同じくらい重要だって思うようにします!

 まるゆ、最後までちゃんと運ぶから。だから、わたしのことも応援してくださいね?」

 

 

 あきつ丸を真似ているのだろうが、初々しさが抜け切らない敬礼。

 対照的なこの二人も、任務にかける情熱は同じ。

 並び立つ姿から、誇らしさが感じ取れた。

 

 

「それでは。本日はこれにて失礼するであります!」

 

「お手紙とか、お土産も送りますから、楽しみにしててくださいねっ」

 

 

 最後まで敬礼を解かないあきつ丸と、両手を小さく振るまるゆが締めくくり、数秒の間。

 ニュッとカチンコが視界を塞ぎ、音を鳴らした。

 同時に、拍手しながら木曾や村雨が二人に歩み寄る。

 

 

「はいカーット! 良い感じに決まったんじゃない?」

 

「うん、バッチリ。なんとか収まってよかったぁ」

 

「本当ですか? 木曾さんはどうでした?」

 

「ん? まぁ、悪くないんじゃないか。きっと喜んでくれるだろう」

 

「えへへ、良かったぁ。ちょっと自信なかったから……」

 

「木曾殿が言うなら確かですな。安心したであります。にしても、海軍で働くのですから、敬礼も海軍式にした方が良いでありましょうか?」

 

「わたしはどっちでもいいと思うけど、とりあえず両方覚えておいたら?」

 

「ですね。えっと……。こ、こうですか?」

 

「少し違うな。もっと脇を締めて、肘を前に突き出すように」

 

「ねぇ、動画だけじゃなくって写真も撮ろうよ、記念写真! ビデオレターと一緒に送――おっと、録画止めなきゃ」

 

 

 最後に、今まで一度も映っていなかった、白露の背中がフレームイン。急停止して振り返り、ビデオを覗きこむ。

 停止ボタンが押されるその瞬間、いたずらっ子のようなウィンクと、三本指のピースサインを残して、映像は途切れた。

 

 

「……以上が、横須賀から送られてきた映像、その未編集バージョンです。

 こちらの方が面白かったので、編集済みバージョンは後ほど。データのコピーもお渡しします。

 加えて、これが最後に言っていた写真であります」

 

 

 声とともに、窓を覆っていた暗幕が自動的に畳まれる。

 差し込む光が映し出すのは、五人の男。端正な顔立ちをした眼鏡の男――仮にE島と呼称――が配る、焼き増しされた写真を手にする彼らは、全員がカーキ色の夏衣をまとっていた。

 ここ、沖縄は嘉手納基地の気候に合わせた軍服である。

 

 

「皆、言いたいことはあろう。分かっている。分かっているが、あえてこの私が代表して言わせてもらう」

 

 

 そして、五人の中でもっとも階級の高い初老の男――O田が、ピースサインをする少女たちの写真を恭しく置き、重く声を発する。

 長机の左右に並ぶ三人――S藤、U野、I坂と、プロジェクターの隣に立つE島が息を飲む。

 針を落とす音すら響くだろう沈黙は、数秒の時間をおいて、カッと目を見開くO田に破られた。

 

 

「……我々は間違っていなかった! 陸軍艦娘のなんと美しく愛らしいことかっ!! 桐林提督、万歳!!!!!!」

 

「ばんざぁああい!」

 

「軍人娘ばんざぁああい!」

 

「ハァハァ……。まるゆたん……。白スク幼女……。うっ」

 

 

 立ち上がった勢いでパイプ椅子を吹っ飛ばし、O田、S藤、U野が万歳三唱。

 I坂だけは椅子に座り、何故だか前かがみになっている。あまり近寄りたくない雰囲気だ。

 

 

「いやはやなんとも、想像以上に可愛らしく顕現してくれた。これは念入りにサポートせねばなるまいて」

 

「ですね。あの様子なら、今後も問題なく活躍してくれることでしょう」

 

「いやー、ホントに。いきなり二分の一スケールな木彫りの球磨ちゃんを送りつけられて、家庭内別居に発展したんで恨んでましたが、チャラにできそうです」

 

「え。マジで送られてきたんか。お前どんだけ運が良いんだ。つーか、二分の一スケールな熊ってデカくないか」

 

「ふぅ……。邪魔ってレベルじゃないっすね」

 

 

 ガタガタと椅子に座り直しつつ、やけにテンションの高い三人が自由気ままに話し出す。

 実はこの場にいる五人のうち、O田の秘書官であるE島を除いた四人全てが、上級士官だった。賢者のような顔をしているI坂すら、である。

 具体的な階級は、後の騒動を鑑み、伏せさせていただく。

 どうでもいいことだが、U野の発言中にある熊は誤字ではなく、彼は二分の一スケールのリアルな熊が送られてきたのだと、勘違いしてしまっていた。

 I坂は脳内変換の間違いに気づいていたが、どっちにしても邪魔だと思っている。悪しからず。

 

 

「ところで、送られてきたのはビデオレターと写真の二つだけか?」

 

「いえ。一緒にクール便が届きました。まるゆさん手作りのカレーです。なんでも、木曾殿に教えてもらいながら作ったそうで」

 

「お、いいですねぇ。もうコンビニ飯には飽き飽きだったんで、助かりますよ」

 

「女の子の手料理なんて、俺、生まれて初めてかもしれない……」

 

「侘しい人生っすね。僕もそうなんすけど。で、肝心のカレーはどこに?」

 

 

 人生に潤いを求める男たちが、婦女子の手料理に沸き立つものの、E島は至って冷静に返す。

 

 

「ええ。実に美味しかったですよ」

 

「なんだと!? 抜け駆けしおって……! まぁいい。気持ちは分からんでもない。で、どこだ」

 

「ですから。美味しかった、ですよ」

 

「……うん? どういうことです?」

 

「あ。まさか、全部食ったんかあんた?」

 

「いや、流石にそんなこと……。ないっすよね?」

 

 

 立て続けの問いかけに、E島は「ふっ」とニヒルな笑み。

 全てを悟ったO田以下四名は、鍛え上げられた肉体を怒りに震わせる。

 

 

「……貴様ぁ、せっかくの、せっかくの陸軍艦娘お手製カレーを、独り占めだとぉ!?」

 

「なんということをしてくれたんですか!? こんな機会滅多に無いっていうのにっ」

 

「そうだそうだ! 俺の初体験を返せ!」

 

「嘘だろぉ……。まるゆたんの色んなものが入ったカレーがぁ……」

 

「うるさい黙れ! 私がどれだけあなた方の尻拭いをしたと思ってるんですか!

 最初は強襲揚陸艦だけを贈る予定が、いきなり潜水輸送艇までねじ込みやがって……っ。

 このくらいの役得がなければやってられんのですっ。文句があるならかかって来いやぁ!!」

 

 

 ――が、よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。

 手にしていたクリップボードを床に叩きつけ、E島はボクシングスタイルのファイティングポーズをとる。

 そんな態度を取られては、血気盛んな男たちも黙っていられるわけがなく。

 

 

「こ奴、開き直りおった! もう許せん、行くぞぉおおっ」

 

「お供しますっ。よくも、よくもぉ!」

 

「同じくっ。その綺麗な顔をぶっ飛ばしてやる!」

 

「うおぉぉおおおんっ、まるゆたん、まるゆたぁああんっ」

 

「文官だからって舐めんな! しゃーんなろー!!」

 

 

 売り言葉に買い言葉が、肉体言語による話し合いへと発展してしまった。

 長机をひっくり返し、プロジェクターをぶん投げ、しかしそれでも、送られてきた写真だけはシワにならないよう、細心の注意を払いながら殴り合う。

 血で血を洗う話し合い・物理を聞きつけた兵士たちも駆けつけるが、巻き添えを食っては苛立ちが伝播。嘉手納基地全体を巻き込んだ大乱闘に。

 傍からそれを見ていた従軍の女性職員は、「やっぱこいつら馬鹿だわ」と、揃ってため息をついたそうな。

 退屈な傀儡戦車訓練の合間に起きた、心温まる? 一幕であった。

 

 厳戒態勢が敷かれるまで、残り三時間――。

 

 

 

 

 




「……あら、茶柱。今日は良いことがありそうだわ」
「良かったですね、姉さまっ。……でも、そろそろ洗濯や掃除以外の仕事がしたいです……」
「それもそうね……。なら、夕飯は私たちも一品作りましょうか?」
「いえ、そういうことじゃなくてですね。もちろんお手伝いしますけど」

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