新人提督と電の日々   作:七音

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 今回の更新は二万、三万、二万の計七万字です。
 筆者的にも想定外の長さになってしまいました。
 時間のご都合に合わせてお読み下さいませ。


異聞 新人提督たちのとある一日 艦隊これくしょん - Alter Nova - 前編

 

 

 夢よ夢よと、ヒトは乞う。覚めない夢よと、望んでしまう。

 求めるものは久遠の絆か。それとも枯れえぬ彼岸の華か。

 

 夢よ夢よと、ヒトは追う。終わらぬ夢よと、託してしまう。

 想いは凍り、願いも忘れ。それでも(かつ)えが癒えぬから。

 

 夢よ夢よと、ヒトは舞う。現も夢よと、騙してしまう。

 夢か現か幻か。どれになるかは見る者次第。

 

 たとえいずれになろうとも。

 最後は消える、泡沫と。

 

 

 作者不明。

 とある解体待ち傀儡艦の、内側に彫られた詩。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「――、起き――。もう――よ?」

 

「……ん、ぁ゛?」

 

 

 優しく身体を揺する、親しげな呼びかけ。

 その音色は、疲労困憊で眠る自分の頭に、聞き覚えのない物として響いた。

 

 

「ん~……。もうちょっと寝かせてくださいよ書記さん……。まだ帰ってくるまで時間あるでしょ……」

 

 

 疲労の原因はもちろん、昨日行われた大規模作戦――対双胴棲姫戦である。

 総数三十八隻にも及ぶ大艦隊との同調は、思いのほか体力を削っていた。

 みんなを安全領域へと導き、増幅機器から降りて一息つくと、自分は強烈な眠気に襲われたのだ。

 フラついて、うっかり書記さんを押し倒してしまうような状態では、帰ってくる仲間を満足に迎えることも難しく、彼女の勧めで仮眠をとることに。

 しかし、感覚では寝入って一時間も経っていない気がする。まだまだ眠り続けていたい心持ちだった。

 

 

「……? もう、また変なこと言って! そんなんじゃ僕は誤魔化されないから、ねっ!」

 

「うぉわ!?」

 

 

 ――が、声の主は容赦なく掛け布団を引っぺがす。

 勢いに負けてベッドから転げ落ち……はせず、何故か畳の上で仰向けになり、自分は謂れなき暴虐を尽くした人物を見上げる事となった。

 

 

Guten Morgen(おはようございます),提督。いい朝だね?」

 

 

 白いラインの入った、黒に近い紺色のワンピースセーラー。

 丈が短いせいか、スラリと伸びた太ももが朝日に眩しく、「Z1」と刺繍された軍帽からは、短いアッシュブロンドの髪が溢れている。

 笑顔に細くなる、薄い水色の瞳を持つ少女。彼女の名は――なんだっけ。

 いやちょっと待てよ。そもそもこの部屋は……。

 

 

「……お、はよう? え、誰? ここ、どこだ」

 

 

 ろくに家具もない四畳半の洋間で寝てたのに、ここ日本間だぞ?

 まさか、寝てる間にどこかへ拉致られたんじゃ……。

 嘘だろ? 一眠りしたら、食堂でも借りてプリンとか作るつもりだったのにっ。

 

 

「誰って……。はぁ、また隠れてお酒飲んだの? それとも、知らないうちに頭でも打った?」

 

 

 そんな困惑が、言葉になって転げ出てしまうのだが、少女は掛け布団を放り出すと、上半身だけを起こすこちらへ近づき、膝立ちに。

 伸ばされた指は遠慮無く髪を梳かし、心配そうな眼差しが様子を探る。

 見知らぬ少女にそうされているというのに、奇妙な安心感と、心地よさがあった。

 

 

「い、いや、頭を打ったとかは、ないと思うんだけど」

 

「そう。良かった。朝ごはん、もうすぐ出来るって。食べられる?」

 

「……うん。食べ、る」

 

「じゃ、身支度しないとね。早く早く」

 

 

 ニッコリ微笑む少女に手を引かれ、なんとか立ち上がる。

 離れる温もりをちょっとだけ寂しく思いつつ、部屋を観察してみるのだが、やはり見覚えが……ないんだけど、据わりが良い。

 机や床の間。飾られている「ばーしぱす」とだけ書かれた掛け軸は、おそらく響が書いた物だろう。

 そうか。家具自体は見覚えがないけど、趣味が自分と全く同じなんだ。

 

 

「はい着替え。僕は外で待ってるから。お水は片付けちゃうね」

 

「……ありがとう」

 

 

 ボウっとする自分へ軍服を押し付け、枕元にあった水のグラスを手に、少女が部屋を出る。

 なんだったんだろ、あの水。飲み忘れ……? まぁいっか。とにかく着替えよう。

 着慣れた黒い詰襟に袖を通し、廊下へ続くドアを開ける。次は顔洗って歯を磨かないと。

 板の間が続くそこにも、やっぱり見覚えがないのだが、迷うことはない。

 背伸びをし、「これでよし」と、軍服の襟を正す少女が先導してくれた。

 顔を洗った後もタオルを差し出してくれたり、甲斐甲斐しく世話してくれる。

 

 

(なんだろ、この感覚。覚えがあるような、懐かしいような……)

 

 

 胸辺りをぴょこぴょこする、小さな頭。

 ガラスの引き戸を開け、これまた見覚えのない洋風ダイニングルームに向かう、細い背中。

 十数人が卓についても余裕がある、広々としたそこで適当に腰を下ろすと、当たり前のように左隣へ座る。

 少女の行動は、まるで……。

 

 

「あ、あの、さ。……聞いても、良いかな」

 

「なに?」

 

「あ~……と、そうだな。なんて言えばいいのか……」

 

 

 どうにも気になって聞いてみようとするのだが、どう言えばいいのかで悩んでしまう。

 記憶にはないけれど、この子は間違いなく自分が励起した傀儡艦の、統制人格だ。それだけはなんとなく分かる。

 しかし、無邪気に首をかしげる彼女に、「君のことが分からない」なんて言ったら。

 

 

「どうしたの? なんだか、今朝は様子が変だよ。やっぱりまだお酒が抜けてないんじゃ……」

 

 

 ジュージューと、背中を向けたキッチンから、何かを炒める音が聞こえてくる。

 肉の焼ける香ばしい匂いも、今は空腹を刺激するというよりか、場違いさの方を大きく感じた。

 ……いけない。ちゃんと話さなくちゃ。下手に誤魔化したり、嘘をついたりとかはダメだ。

 

 

「こんな事を言うのは気が引けるし、きっと君も不愉快に思ったり、傷つけてしまうかも知れない。

 でも、後になればなるほど聞き辛くなると思うから、この場で聞く」

 

「……な、なんだか真面目だね。分かった、ちゃんと聞くよ」

 

 

 身体の向きを変え、二人、椅子に座ったまま見つめ合う。

 ピシッと背筋を伸ばす姿が、重なる視線に罪悪感をもたらした。

 目を閉じ、ゆっくり大きく息を吸い込んで、またゆっくり吐き出す。

 そして、再び目を開け。全く同じ姿勢で、より緊張した表情を浮かべる少女に、問いかける。

 

 

「自分は、君に見覚えがない。君は、誰だ」

 

「……え?」

 

 

 こてん、と首をかしげる少女。

 意味をはかりかねているのか、腕組みをして考え込んでしまう。

 居心地の悪さを感じながら返事を待っていると、彼女はようやく破顔する。

 

 

「もう、提督? そういう冗談、僕は嫌いだよ? 悪戯のつもりなら……」

 

「……すまない。君の名前を、教えてくれ」

 

「だからっ、いい加減にしないと怒るよっ。笑えないってば」

 

「………………」

 

 

 最初は仕方ない、といった風の笑顔。

 言葉を重ねると眉毛は吊りあがり、少女が勢いよく立ち上がる。

 だが、見上げつつ沈黙で返す頃には、今にも卒倒しそうな顔色に。

 

 

「冗談、じゃ、ないの?」

 

「……ごめん。自分でも、今の状況を計りかねてるんだ。

 君が自分の励起した傀儡艦なのは分かるけど、その記憶がない。

 この家も、この椅子も、初めてだ。何もかもに、見覚えがないんだ」

 

 

 広々としたダイニングルーム。異国情緒の溢れる家具。

 飾られた写真立てに写る自分の隣には、見覚えのない少女ばかりがいた。

 かろうじて分かるのは、白い軍帽を被った響と、バストアップの雪風くらいだ。さっきの部屋と違い、他所の家に居るみたいで落ち着かない。

 そんな様子を見て、嘘じゃないと分かったのだろう。少女は苦笑いを浮かべる。

 

 

「そ、そっか。嘘、ついてるわけじゃなさそうだね。困ったな。

 えっと、お酒の飲み過ぎ? それともやっぱり、どこかに頭を……あれ」

 

 

 ――が、それも一瞬。

 大きな瞳からは、涙が一筋こぼれ落ちた。

 ……やべぇ、泣かせちゃった!?

 

 

「あ、あははっ、ごめん、なんで僕、泣いてるんだろ。

 っ、ごめん、ね? すぐ、にっ、泣き止、む、から、ぁ……ひっく」

 

 

 必死に袖で拭おうとしても、まるでダムが決壊したように、それはとめどなく溢れてくる。

 痛ましい少女の泣き顔に、思わず立ち上がって歩み寄れば、彼女は自然と身体を預けてくきた。衝撃で軍帽が床に落ちてしまう。

 みぞおちへ収まる小さな大きさを感じ、「どうすりゃ良いんだよ……」と、落ちた軍帽を眺めながら、指通りの滑らかな髪を梳かす。

 どうしよう、これ……。女の子を泣かせたのなんて、こないだのフィードバックの時くらいだぞ。

 軍に入るって知らせた時、母さんと姉さん'sにも泣かれたけど、“女の子”じゃないから除外するとして……。いやホントにどうすりゃいいんだ?

 

 

「お待たせしました。今朝はロッケンブロートとチーズに、レーベが作ったニュルンベルガーソーセージを……」

 

 

 そんな時、また新たな少女が姿を現した。

 両手にパンとチーズ、ソーセージが乗った皿を持つ、腕の中の少女と同じ格好をしていた。

 驚いているのか、赤茶色の瞳を見開く彼女は、切り揃えられた赤毛のショートカットの上に、「Z3」と刺繍された帽子を載せている。横髪が少し長い。

 彼女は数秒硬直したのち、テーブルへ皿を置くと、ツカツカ急ぎ足でこちらへ。

 そして――

 

 

「提督。一体どういうつもり?」

 

「ぬわぁ!? ちょっ、ちょっと待った! ご、誤解なんだ! ……たぶん?」

 

 

 ――怒りのままに艤装を召喚。銃床の付いた小型単装砲を突きつけてきた。

 背中の機関部、身体の両脇へせり出す艦首と魚雷発射管のデザインは……やはり見覚えがない。

 ともかく、慌てて両手を上げ、ホールドアップ体勢を示すも、彼女は無表情に怒りを爆発させる。

 

 

「何が誤解ですか。朝一番からレーベを泣かせるだなんて、どんな性質の悪いセクハラを――」

 

「レー、ベ? それが、この子の名前なのか」

 

「は?」

 

 

 眼前の黒い黒点が恐怖を誘うが、彼女の言葉に名前らしき単語を聞きつけ、逆に質問を投げる。

 すると、銃口が訝しげに揺らいだ。同じく、赤茶色の瞳も。

 

 

「貴方、冗談も大概に……」

 

「ま、待って、マックス。そうじゃないんだ。マックスの思ってるようなことは、されてないから」

 

「だけど……」

 

「え、マックス? 男の子……いや、そんなはず……」

 

「さっきから何を馬鹿なこと……。提督?」

 

 

 今度は「Z1」の少女――レーベ(?)から名前が飛び出し、似たようなやりとりが繰り返された。

 違う点は、「Z3」の少女――マックス(?)が、迷いつつも単装砲を下ろしたこと。

 

 

「あの。状況がよく分からないのだけれど」

 

「マックス、落ち着いて聞いて? 提督は……その……。僕たちのことが分からないみたいなんだ。記憶を失ってる、みたいで……」

 

「記憶を……」

 

 

 ようやく涙の止まったレーベ(?)に説明を受けると、マックス(?)は顎に手を当て、言葉を吟味する。

 長いけれど、一分まではいかない沈黙が過ぎ、時計の音が気になり始めた頃。彼女は矢継ぎ早に質問を始めた。

 

 

「マース。シュルツ。ツェアシュテーラー。聞き覚えは?」

 

「……ない」

 

「この帽子の文字、どう読みますか」

 

「づ、づぃーすりー? ゼットスリー?」

 

「……クーゲル」

 

「シュライバー」

 

「………………は、ぁ」

 

「お、おいっ、大丈夫かっ?」

 

 

 三度の質疑応答を繰り返すと、今度はマックス(?)が色を失い、フラフラ後ろの椅子へと座り込む。

 床に落ちた単装砲が、ガシャリと音を立てて霞に消えた。

 っていうか最後の何? 合言葉か何か? ボールペンだよ意味?

 

 

「……分からない。覚えていない? わたしのことはともかく、レーベのことも?」

 

「それは、どういう意味だ?」

 

「……重症、ね」

 

 

 呆然と呟くマックス(?)に聞き返すも、彼女は顔を隠すように額へ手をつき、大きなため息をつくばかり。

 その気まずさを解消しようと、軍帽を拾い上げたレーベ(?)が笑顔を作り、明るい声で沈黙を押しのける。

 

 

「そうだ、さっきの質問に答えなきゃね。僕の名前はレーベ。レーベレヒト・マース。ドイツ生まれの大型駆逐艦、その一番艦だよ」

 

「同じく、マックス・シュルツ。一九三四年計画型駆逐艦、三番艦です」

 

「ドイツ? 君たちはドイツの船なのか……」

 

 

 傀儡能力者は世界に分布し、彼等が使役する船もまた、国ごとに分けることができる。しかし、他国の船を励起することは非常に少ない。

 外国製兵装を使う時と同じように、ライセンス契約、データ提供だけに及ばず、様々な条約・制限があるのだ。

 能力者は、自分が生まれた国の船であれば、欠番艦以外は特に制限無く励起可能だ。が、それが外国籍の船となると、途端に励起率が下がってしまう。

 本人の持つ性質や霊子波長――ようするに、相性が良くないと使役できないのである。

 

 これを突破したとしても、今度は兵器輸出・使用に関する規制条約――通称「エレネンツィオ条約」が待ち構えている。

 過去、第三世界で頻発していた内戦や紛争の根絶・制御を目的とし、諸外国への武器輸出禁止や、すでに輸出された物の使用を制限するために定められたそれは、ジェネリック・ウェポン――共通規格兵装開発の元締めである、時の急進派による強烈な後押しを受け、半ば強引に成立した。

 もちろん大きな反発もあり、十年に及ぶ紆余曲折の結果、想定より縮小した規模で実施されるに至った。

 

 ……が、深海棲艦が出現した際、この条約は大きな足枷となってしまう。

 条約締結の際、急進派が苦し紛れに追加した、「軍艦の海外派遣、及びライセンス契約に基づく新規建造と兵装開発、その使用に関する規制」という項目に、海外艦の使役が引っかかったのだ。

 簡単に言うと、「他国が特許を所有する兵装の使用は、当該国へ使用計画を提出しなければならない」「排他的経済水域での外国籍軍艦の活動は、すべからく監視すべし」、ということである。

 面倒この上ない条約。ならば脱退すれば良い……と考える者も多かったが、そうすると、この戦争が終わった後の具合が悪かった。理由は言うまでもない。

 結果として、その国における外国籍軍艦は、励起するだけでも当該国へ申請を行わねばならず、戦闘へ参加しようにも、いちいち発砲許可が下りるまで待たなくてはいけない、雁字搦めな欠陥兵器となってしまった。

 ドイツへ渡った雪風・時津風も、軍艦としては不遇な余生を強いられている。

 

 

(そんな制限下でしか活動を許されない海外艦を励起する許可なんて、出された覚えがない。どうなってるんだ?)

 

 

 朝、目が覚めたら見覚えのない部屋に居て、見知らぬ少女に世話を焼かれ、慕われてもいる。まるでパラレルワールドにでも飛ばされたみたいだった。

 けど、つい先日にも、自分は似たような経験をしている。……十万億土だ。

 まさかこれは、双胴棲姫と対話した影響、なんだろうか。最悪、あの子たちによる時間差精神攻撃……ということもあり得る。この子たちには悪いけど、警戒しなくちゃ。

 ……まぁ、あの涙を嘘とは思えないし、それと比べればどうでもいい事も、ちょっと気になるんだけど。

 

 

「女の子……だよ、ね?」

 

 

 失礼だと分かっているが、思わずその疑問が口をついてしまった。

 レーベの一人称と、マックスの名前。どちらとも、普通は男性が使い、男性に与えられるもの。

 統制人格は女の子としてしか顕現しないし、もちろん見た目は麗しい少女……だと思いたいんだけど、世の中には男の娘なる危篤なジャンルがあるしなぁ……。個人的に勘弁してほしい、本気で。

 

 という訳で胡乱な眼差しを向けてしまうのだが、二人はキョトンと顔を見合わせ、一つ頷く。

 そして、こちらの両手をガッシと掴み、自身の胸へと押し当てた。

 あ、おっぱいだ。やっけぇ。

 サイズは控えめ……AかB? 二人とも同じくらいだけど、若干マックスの方が大きいような。

 というかこの感触、ブラ付けてないな。イカン、年頃の女子がそれではイカンぞしかし。

 

 

「………………ぬぉおおぉ!? な、なにするだぁ!?」

 

「これで分かったでしょ。次は本気で怒るからね」

 

「この名はドイツ軍人が由来ですから、男性名でも納得して下さい。というか、随分と堪能してからの反応ですね。揉み心地はいかが?」

 

「それはもう最高でイヤイヤイヤそういう事でなくて! ぉぉお、女の子が気安くそういう事しちゃイケません!!」

 

 

 ちょびっと漏れた本音をセルフビンタ三発で誤魔化し、温もりの残る指を突きつける。

 あ、危なかった。

 引き剥がす時に磁力のような抵抗を感じたけど、なんとかなった。

 あのままだったら、どこからともなく現れる憲兵隊に引っ立てられてたところだ。

 

 

「記憶喪失、だね。やっぱり」

 

「確定ね。普段なら殴るまで触り続けそうだもの」

 

「え。何それ。自分そんな事しないよ?」

 

 

 揉まれていた被害者はと言えば、呆れた顔で頷き合っている。

 どういうことだ。そんな羨まけしからん環境に居た覚えなんか無いぞ。

 手を出して許されるならとっくに出してるところを、お薬で必死に我慢してるっちゅうのに。

 リア充は爆散しろ。

 

 

「ええい、さっきから喧しい! 朝から何を騒いでいるのだ貴様らは!」

 

「ほぅらよぉー。早ふ食へないほ冷めひゃうよー?」

 

 

 ――と、頭の中で呪詛を吐いていたら、キッチンの方からまた新キャラが出現した。

 黒いドレスを着て、金髪を頭の上で二つにくくっている女性と、黒髪ロングストレートなゴスロリ少女。

 後者は口にゴンぶとソーセージを咥えている。が、エロくはない。むしろ無邪気に思える。

 まぁた知らない子が……。彼女たちも統制人格――海外艦なのか? ……ん~。にしては、なんか違うような……。

 

 

「マヤ……。貴方はまた勝手に食べて」

 

「ごめんねコンゴウ。ちょっと立て込んでるんだ……」

 

「えっ!? 金剛!?」

 

「ん? なんだ。どうしたというのだ、一体」

 

 

 意外な方向から答えが聞こえ、ビックリしてしまった。

 金剛って、英語混じりの怪しい日本語しゃべる、あの?

 いや、自分の励起した金剛が特別なのはわかってるけど、それにしても全っ然……。

 

 

「提督、もしかしてコンゴウのことは覚えてるの?」

 

「……いや。覚えてはいるんだけど、全く違うというか……」

 

「だから、何を言っている。説明をしないか、説明を」

 

「実はですね……。かくかくしかじか」

 

「まるまるうまうま~……えー!? 大佐くん記憶喪失になっちゃったのー!?」

 

 

 マックスのかいつまんだ説明に、マヤと呼ばれた少女は、ソーセージを完食してから驚いて見せる。

 おそらく、彼女は高雄型重巡洋艦三番艦・摩耶の統制人格なんだろう。

 階級で呼ばれるのって新鮮だなぁ。今までは「新人君」とか「桐林」とか「新入り」だったし。本名で呼ばれたことないや。

 それはそれとして、この宿舎にいるってことは、自分の使役艦のはず。忘れられて傷ついてなきゃ良いんだけど……。

 

 

「と、いうわけなんだ。だから、君たちのこともよく分からなくて。本当にごめん」

 

「ふむ……。驚きはしたが、しかし、謝ることはないだろう。私はお前の船というわけでもない」

 

「あれ、そうなのか? ……えっ!? じゃあ誰の? っていうかなんでここに?」

 

「うっ」

 

 

 端整な顔立ちを引きつらせ、金剛――コンゴウは視線をそらす。

 自分が励起した船じゃないってことは、誰か他の能力者の傀儡艦。しかも感情持ちという事になる。

 だが今の日本に、感情持ちの金剛を有している人物は居なかったはず。やっぱりここは、自分が知っている日本じゃないのか……。

 いや、それも気になるが、他所の統制人格がなんでここに? 普通は自身の本体か、使役者の側を離れないだろうに。

 

 

「えっとねー。コンゴウは――ふむぐっ」

 

「余計なことを言うな、マヤ! ……まぁ、とにかくだ。私がここに居るのはさして珍しいことでもない。気にしないことだ」

 

「はぁ……? レーベ?」

 

「本当だよ。コンゴウはほとんど毎日、この宿舎に来てるかな」

 

「より正確に言うなら、マヤと一緒に食事を摂りに来る、だけれど」

 

「細かいことを。食費は入れているし、紅茶に関してはお前たちも好きに飲んでいいと言っているだろう」

 

「その割りに、マナーに物凄く厳しいんだよね……」

 

「むぅー! むぉーうー! ……っぷは、もうっ! 酷いよコンゴウー!? ぶー!」

 

 

 何か、説明をしてくれようとしたマヤだったが、コンゴウに口を塞がれ、妨害されてしまった。

 レーベたちがああ言うなら本当なんだろうけど……。やっぱ気になるよ。どうしてそこまで隠そうとするんだ?

 あーでも、大した理由じゃ無さそうな気もするなぁ、雰囲気的に。どうしたもんか。

 と、しっちゃかめっちゃかになりかけたダイニングへ「ピンポーン」とチャイム音が響く。

 これは聞き覚えがある。確か、改築前の宿舎で使ってた玄関の呼び鈴だ。

 

 

「ちっ、もう来たか。おい貴様。私は居ないと言え、良いな。行くぞマヤ」

 

「はぁ~い」

 

「あ、コンゴウ……。なんなんだ……?」

 

 

 それを聞きつけたコンゴウは、マヤを伴ってそそくさとキッチンの方へ隠れてしまう。

 レーベも「僕が行くね」って玄関に行っちゃったし、考えるに、これもいつもの事らしい。

 ……どうしよ。急にマックスと二人きりになっちゃった。……とりあえず座って待ってるか。誰が来たんだろ。

 

 

「提督、お客さんだよ」

 

「失礼します。おはようございます、大佐」

 

「お邪魔、します」

 

「あ、おはよう、ございます?」

 

 

 わりとすぐ、レーベは件の人物を連れて戻ってくる。

 彼女の隣に居たのは、黒い軍服を着る、まだ年若い美青年――いや、美少年だった。勘だが、まだ成人していないだろう。

 整えられた長めの黒髪。鼻梁はスッと通り、目元には揺るぎない意思が滲んでいる。しかし、全体的に見ると線が細く、中性的な印象だ。

 

 そしてもう一人。三歩後ろで控える少女。

 艶やかな青白い髪を流し、青を基調としたセーラー服をまとう美少女だ。陽炎型の三人みたく、スカートからはスパッツの裾が覗いている。

 無表情だが、完全な無感情ではないような印象を受けた。まだ見たことはなかったが、普通の感情持ちとは、こんな感じなんだろうと思う。

 しっかし誰だ? 名前が全く出てこない。

 

 

(……マックス)

 

千早 群像(ちはや ぐんぞう)提督。階級は中佐です。隣はイオナ。潜水艦 、伊号 四〇一(いごう よんまるいち)の統制人格。お二方とも、貴方とは親しい間柄でした)

 

(嘘だろあんなイケメンと? 引き立て役にしかならないじゃん自分。それに潜水艦なのに水着じゃない……)

 

(……本当に記憶喪失なんですか。言ってることが全く変わってないのだけど)

 

 

 小声で助けを求めると、すぐさまマックスが耳打ちしてくれた。

 親しい間柄……って言われても、覚えがないしな。さっさと覚えてないって伝えた方が良いんだろうか?

 なんて悩み出す前に、彼――千早中佐は、軍帽を取りながら前へ進み出る。

 

 

「……あの、お話中もうし訳ないのですが、コンゴウ、来ていますよね?」

 

「え? あ、あぁ。来てない……と言えって言われた」

 

「おい貴様! それでは居ると言っているようなもの――」

 

「やっぱり居た」

 

「しまった……」

 

 

 律儀な突っ込みで、つい姿を見せてしまったコンゴウ。

 イオナちゃんの呆れた声に、ほぞを噛むような顔でテーブルへ手をついた。

 この安定感のあるコント。確かに親しい間柄らしい。

 というか、彼女ってまさか千早中佐の……?

 

 

「いつもすみません、ご迷惑をお掛けして。コンゴウ、帰るぞ」

 

「断る。私はお前の船になった覚えなどない」

 

「だが、事実として君は、俺が励起した傀儡艦だ。そのことは否定できないはず」

 

「……ふん。だから仕方なく、命令には従っている。が、他のことまで指図される謂れはない。馴れ合いたければ四○一が居るだろう」

 

「コンゴウ。群像が言いたいのは、そういう事じゃなくて……」

 

「くどい。任務でないのなら、私はここを動かんぞ」

 

 

 ドカッと椅子に腰掛け、踏ん反り返りつつコンゴウは足を組む。

 あのー。多分ですけどー、家主は自分なんですよー。居座るなら許可取ってもらえませーん?

 にしても予想は当たってたか。……なんだろうな、この微妙な悔しさ。

 

 

「……はぁ、全く。本当に申し訳ありません、大佐。コンゴウの我儘に付き合わせてしまって」

 

「え? あ、いや、そんな。自分は、別に……」

 

「大佐くんは気にしてないもんねー。むしろー、かっわいい女の子に囲まれてハッピーだもんねー?」

 

「マヤ、君もだぞ。奥の部屋にあるグランドピアノは、一体誰が用意したんだ? 少なくとも、俺は金を出した覚えがないぞ」

 

「あ、あ~っとぉ……。それは~……大佐くんが使っていいって言うから、ありがた~く、楽し~く使わせてもらっているわけでごぜぇまして~……」

 

「口調が崩れてる」

 

 

 こちらの肩へ手を置き、額に汗かくマヤも、自分が励起した船ではないようだ。まぁ、呼び方からしてそんな気はしてたけども。

 しかしこれでハッキリした。ここは自分が知る日本――自分が居た“世界”じゃない。

 ここは、能力者が当たり前に感情持ちを励起する世界。もしくは、最初から感情持ちを励起する特異能力者が、複数存在する世界。

 何が原因か知らないけど、自分は今、違う可能性をたどった世界を垣間見ているんだ。……たぶん。

 

 

「……ねぇ、群像。何か変」

 

「ん……。言われてみれば……」

 

「やっぱり気がついた? 二人は提督のことをよく見てるから」

 

「どういうことだい、レーベ」

 

 

 そう結論づけていると、イオナちゃんが小さく首をかしげ、千早中佐の袖を引く。

 問いかけられたレーベが「実はね……」と事情を説明すれば、彼は無言で腕組み。

 しばらく考え込んでから、こちらへ向き直る。

 

 

「イケメンは?」

 

「死ね。……あれ、なんだ今の。口が勝手に……」

 

「いつも通りじゃないか」

 

「え? 普段からあんな言動してんの?」

 

 

 投げかけられたイケメンヴォイスへ、流れるように口をつく暴言。

 なのに千早中佐は、むしろ安心したような顔を見せた。マジでどういう事さ。

 イケメンは死ねって……まぁそう思ってるけど、口には出さないよ、普通?

 

 

「仕方ないわね。イオナ、失礼を」

 

「……? マックス、何を――あっ」

 

 

 ドン引きされているような、呆れられているような。

 微妙としか言いようがない空気が広がる中、いつの間にか朝食の支度を済ませていたマックスが、イオナちゃんへと歩み寄る。

 そして、彼女の背後に回り込み、上着をガバッとめくり上げた。透き通った肌と、綺麗なおヘソがあらわに。

 けど、それだけ。コンゴウが使う茶器の音と、「おいひぃー」というマヤの食事音だけが響く。

 

 

「……なぁ、何がしたいんだ? というか、他所様の子にそんなことしちゃダメだろ、マックス。やめなさい」

 

「なん……だと……?」

 

「ウソ……なんで……」

 

「え」

 

 

 はしたないマックスの行動を、使役者として当然たしなめるのだが、それに対する反応がおかしい。

 千早中佐は愕然と軍帽を取り落とし、イオナちゃんは目を丸くして唇をわななかせている。

 常識的に行動して驚かれるなんて、めっちゃ心外なんですが。

 

 

「イオナの肌に反応しないだなんて、いつもの大佐じゃない……っ。一体、何がどうなって……」

 

「大佐、病気? 気分が悪い? どこか痛い?」

 

「身体はどこも悪くないと思うんだけど、さっきからセクハラ野郎扱いされて胸が痛いかな」

 

「あはは……。ごめん提督。僕、庇えない……」

 

「日頃の行い、ね」

 

「間違ってもいないしな」

 

「うんうん。マヤちゃんも何度お風呂を覗かれたことか~。困った困った」

 

 

 先ほどのマックスよろしく、椅子にへたり込む千早中佐。オロオロと手を彷徨わせながら、周囲をぐるぐる回るイオナちゃん。その他の面々まで、“こっちの自分”の所業を物語る。

 どういう事っすか。なに? 綺麗だなぁとか、指突っ込んでみたいなぁとは思ったけどさ。だから普通しないよ、普通。

 つーかやってた設定なのか“こっちの自分”。なんて羨ましい――じゃなく、なんて下劣な野郎なんだ! 妬ましい!!

 

 

「おっほん。とにかく、医務室へ行きましょう。記憶喪失にせよ、他に原因があるにせよ、まずは一度検査をした方が」

 

「……確かに。その方が良さそうだ。けど、その前に」

 

 

 密かに憤慨する自分をさておき。咳払いを一つ、立ち上がってそう言う千早中佐だったが、問題があった。

 これを解決する前に医務室へ行っては、ちょっと困ってしまう。

 

 

「朝ごはん、食べてもいいかな。お腹空いちゃって」

 

「あ。し、失礼しました。朝早くに、申し訳ない」

 

「いつもの事だから、気にしないでよ。二人の分も用意してあるし」

 

「冷める前に食べて頂けると助かります」

 

「うん。頂きます」

 

「……重ね重ね、申し訳ない」

 

 

 いつもの定位置……ぽい椅子へ腰掛けると、その隣にレーベ、対面に中佐たちが座り、朝食が始まった。

 鼻をくすぐる香ばしいソーセージの匂いで、もう我慢がきかないのだ。

 診察の最中にグーグー腹が鳴っては、きっと医者も集中できない。

 可及的速やかに、この空腹を満たさねば。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

『逆向性全健忘。いわゆる、記憶喪失と呼ばれる状態に、間違い無いようですね』

 

 

 テレビなどでよく見かける診察室にて。

 椅子に座り、軍服を羽織り直す自分へ、軍医の男性は回転椅子を回しながらそう言った。

 

 

『珍しいのは、エピソード記憶の一部に変化している形跡が見られることです。心因性のものならば、防衛機制の影響もあるのでしょうが……』

 

「具体的なことは分からない?」

 

『残念ながら』

 

 

 右隣りに立つ千早中佐が嘆息し、重苦しい空気が漂った。

 白く清潔な室内には、自分と中佐、軍医の男性に三人の統制人格――レーベ、マックス、イオナちゃんが居る。

 皮がパリッと弾けるソーセージを堪能したのち、コンゴウたちに留守を任せた自分たちは、すぐ医療施設へと赴いた。

 遠目に海を眺め、なぜか全く人通りのない舗道を進むこと十数分。

 昔ながらの診療所といった門構えの建物に着いたのだが、その中は近代的な設備がごまんと配され、チグハグな感じだ。

 

 

『ちなみに、私も大佐とは懇意にさせて頂いているのですが、覚えはありますか?』

 

「いやぁ……。しかし、一回見たら忘れないんじゃないですかね……」

 

『あっはっは。でしょうねぇ』

 

 

 その主たる男性の格好も、それに一役買っている。

 白衣をまとう彼の頭部は、怪しい防護ヘルメットで覆われているのだ。

 アレルギー避けですからお気になさらず……と説明されたものの、あまりに特徴的すぎて、会えば絶対忘れられないこと請け合いである。

 

 

「でも、これからどうしよう。提督が記憶喪失だなんて、これからの任務に支障が出ちゃうよ」

 

「今は待機中だから大丈夫だけれど、これが続くとなると問題ね」

 

 

 背中側からは二人分のため息が。

 困った事態だ……。ダイニングに飾ってあった写真から考察するに、レーベとマックス、響に雪風の四人。加えて、見覚えのない少女たちが十数名ほど生活していると見た。

 あの全員が統制人格だとしたら、結構な規模の艦隊を有していたことになる。少なくない死線をくぐり抜け、練度も高かったはず。

 でも、自分にその記憶がないという事は、そんな彼女たちを上手く運用してあげられないという事。宝の持ち腐れだ。

 いつまでこのトリップ体験が続くか分かんないけど、もし戦う必要が出てきてしまった場合、これではマズい。

 

 

「なぁ。確か、投薬で海馬を刺激する方法があったと思うんだが……」

 

『とんでもない。あれは重篤なアルツハイマー患者への末期治療です。健常な人に使うのは逆効果ですよ』

 

「そうなのか? うぅん、何か手立てを考えなければ」

 

 

 千早中佐もそう思ったのか、軍医さんと鼻を突っつき合わせている。

 にしても、中佐の口調に遠慮がないな。自分へはしっかり敬語使ってくれるのに。

 

 

「質問。千早中佐と軍医さんは、どういったご関係で? やけに親しげだけど」

 

「群像で構いませんよ、大佐。そう呼ばれていましたから。(そう)とは幼馴染なんです」

 

『改めてご挨拶を。織部(おりべ) 僧と申します。織姫の部屋で僧侶がくつろいでいた、と覚えてください』

 

「修羅場に発展しそうじゃないですか、その例え」

 

「織姫、浮気?」

 

 

 首をかしげるイオナちゃんに、織部軍医以外は全員苦笑いだ。

 まぁ、年に一回しか会えないんだから、魔が差すのも分かる……というか、年に一回しか会えないのって恋人って言えるんだろうか?

 彼女いない歴=年齢なんで、とやかくは言わないけどさ。

 

 

『さて。記憶喪失への対処法は色々ありますが、今回は古典的な方法で行きましょう』

 

「というと?」

 

『エピソード巡り。過去の出来事に基づいて、各地を巡るんですよ。加えて、貴方の知人も尋ねれば、なんらかの刺激があるはずです。先に連絡しておきましょうか』

 

 

 言うが早いか、織部軍医は受話器を取り上げ、ボタンをプッシュ。誰かと話し始める。

 エピソード巡りねぇ。ここが横須賀なら、入口の門から庁舎にドック、宿舎って回るんだろうけど……。

 

 

「あ。そういや聞いてなかった。ここってどの鎮守府なんだ? 少なくとも横須賀じゃないよな」

 

「え? 鎮守府じゃないよ?」

 

「ここは南海の絶島。高速航路を使った鼠・土竜輸送が生命線の、特異能力者隔離用ハーフ・アーコロジー」

 

 

 問いかけに対し、レーベが頭上に疑問符を浮かべ、マックスは窓際に向かった。

 はためくカーテンと窓を開け放ち、彼女は振り返りながら言う。

 

 

「硫黄島基地です」

 

 

 吸い込まれるように窓辺へ近づき、自分はそこからの景色を眺める。

 左上に向かって伸びていく海岸。海を挟んだ右上には細長い島――じゃなくて、大岩だろうか。それがあった。マックスの言が正しければ、あれは監獄岩だろう。

 揚陸作戦を練る時に、何十回も航空写真を見たから分かる。ここは、米軍の沿岸警備隊の施設を改築したんだ。

 ……なんだか、ますます夢っぽくなってきたな。自分の経験が反映されてるような気がしてくるぞ……。

 

 

『お待たせしました。第三慰霊碑で大佐をお待ちしている、とのことです。

 私は職務上、ここを離れることは出来ないのですが、何か変化があればご一報を。すぐに駆けつけますので』

 

「了解。僧、助かった」

 

『お気になさらず』

 

 

 言葉少なに、中佐――群像くんは織部軍医と頷きあう。

 彼の先導に従い、自分たちも頭を下げて医務室を立ち去る。

 施設から出て地面をよく見ると、舗装も近代アスファルトが使われていて真新しい。

 という事は、少なくとも工事を行えるくらいに、高速航路が見つかってから時間が経過してる訳だ。

 赤道付近なのに気温を高く感じないのは、全世界的な環境変化の影響だろう。

 特異能力者隔離用の、ハーフ・アーコロジー。……飼い殺されてる、んだろうか。

 できれば問いただしたいところだが、まだやめておこう。もっと状況を把握してからだ。

 

 

「あ~……。群像、くん?」

 

「はい。……なんだか、気味が悪いですね。大佐に君付けされると」

 

「違和感があるのは勘弁してくれ。自分もまだ戸惑ってるんだ。

 それで、さっき織部軍医が言ってたけど、エピソード記憶が変化してるって、どういう事なんだ?」

 

 

 診察の時に説明したのは、ここ――硫黄島基地や、周囲の人物に見覚えがなく、自分は横須賀鎮守府所属の軍人であること。

 そして、キスカ島強行上陸作戦の、少し前までの行動だ。桐林の渾名も伝えてある。

 一々みんなが驚いていたし、全然違うのは予想できるけど。

 

 

「大佐の記憶では、初励起した艦は特Ⅲ型駆逐艦・電。一時期、励起障害に苦しむものの、電の姉妹艦や重巡などを感情持ちとして順次呼び出し、その特異性ゆえに“桐”を冠した。間違いありませんか?」

 

「……と、思うんだけど」

 

 

 群像くんの左側を歩きながら、彼がそらんじる内容にうなずく。

 すると、三歩後ろに控えるレーベたちは、訝しげに顔を見合わせた。

 

 

「僕たちの知っている提督の来歴とは、かなり違ってるよね」

 

「ええ。私の知る限り、貴方が初めて励起した艦は、電ではなくヴェールヌイです」

 

「ヴェールヌイ? それって確か、響の……」

 

 

 戦後、ロシアへ賠償艦として引き渡された響は、その性能から“信頼できる”という意味の名を与えられた。それがヴェールヌイだ。

 だったら普通に響って言えばいいはずなのに、わざわざ言い変えるなんて、どういう事だろう?

 その疑問に答えるのは、思い返すように空を見つめる群像くんだった。

 

 

「そう。貴方に用意されたのは、特Ⅲ型駆逐艦二番艦・響のはずだった。しかし、現れた統制人格は自らをヴェールヌイだと称した。

 そしてその後、何故か原因不明の励起障害を引き起こし、長く二人だけの艦隊を率いていたと聞いています」

 

「今では、日本最強の駆逐艦として有名」

 

「最強? 嘘だぁ、自分なんかがそんな……」

 

「勘違いしない方が良いかと。最強なのはあくまでヴェールヌイであって、貴方はオマケ扱いですから」

 

「マックス、そんな言い方しなくても……。事実、提督は日本最強の駆逐艦乗りだよ。二つ名だって持ってるじゃないか。魔改造提督って」

 

「何それ。名誉なんだか不名誉なんだか、よく分かんないんですが?」

 

 

 イオナちゃんの付け加えた最強という単語に、思わず足を止めてしまうのだが、続くマックスたちの言い分で顔が引きつる。魔改造って褒め言葉に入らんだろ?

 唸っていたら、「端末に現在のスペックがあるはずです」と教えられたので、さっそく携帯端末を操作してみる。

 中身はまさしく、自分が使っているそれと同じで、迷うことなくデータのフォルダーも見つけられた。

 そして、目に付いたВерный три(ヴェールヌイ・トゥリー)……トゥリーはロシア語で三だから、改三? の項目を開いてみるのだが――

 

 

「魔改造ってレベルじゃない……。

 高射装置付き長十cm高角砲、二十五mm三連装機銃、十二cm二十八連装噴進砲、五連装水上魚雷発射管、三式水中探信儀・聴音機。

 一三号対空電探改二、三三号対水上電探改。改良型艦本式(かんほんしき)タービン末期式、強化型艦本式缶改三。合わせて機関もシフト配置に変えてある。とんでもないけど、ここまではまだ良いよ。

 でもさ。三つ目の魚雷発射管を外して、代わりに十五・五cm連装砲を載せるってどうなの? 駆逐艦だよ? そもそも誰が作ったんだ、こんな微妙な兵装!?」

 

 

 ――もはや駆逐艦と呼んで良いのかすら疑わしい、文字通りの魔改造艦のスペックが、そこに書かれていた。

 なんだよコレ。島風並みのスピードと軽巡クラスの攻撃力に、下がった雷撃力を五連装酸素魚雷で補うとか。

 バカじゃねぇの。バカじゃねぇの。信じられないからもう一回言うよ。バッカじゃねぇの!?

 

 

「ご友人の間桐提督からプレゼントされたんじゃありませんか。普段からよく……まぁ、その。通信で熱い談義を交わしてらっしゃるようですし」

 

「あー、あの人か。納得したわ……」

 

 

 誰かと思ったらあの棒人間かよ……。本当に好きっすね、狙撃マニアめ。

 んで、熱い談義ってのは当然おっぱいについてですか。うん、絶対そうだ。

 いくらも価値ないだろうけど、童貞賭けて良いくらい当たってる自信あるぞ。

 あと群像くん。おっぱい談義を恥ずかしがるとか、見た目と違って純情なのね。

 

 

「そういえば、他の子は? レーベやマックスが居るって事は、もう励起障害は解決してるんだよな。姿が見えないけど」

 

「あいにく――いえ。幸いね。ほとんどが出払っています。先ほど言ったけれど、ここはハーフ・アーコロジー。太陽光発電や潮流発電でエネルギーは賄えても、完全な自立は出来ません」

 

「それを補うために、みんなで大遠征を行ってるんだ。

 ヴェールヌイも、丹陽も、ヴァンパイアにココロ、タイコンデロガも。

 ミズーリやシャルンにウェールズ、レキシントン、ヘレナにジュノー。中佐の艦隊も護衛で出てるし。

 あ、改装中のビスマルクとオイゲンはドックに居るよ」

 

「大根テロが?」

 

「タイコンデロガです。また蹴られますよ」

 

 

 気を取り直して、再び歩きながら、写真の少女たちのことを聞いてみると、またマックスが答えてくれる。レーベは補足だ。

 しっかし、どうしよう。ほとんど分かんねぇ。ミズーリやレキシントンがアメリカの戦艦・空母で、他のも聞き覚えはあるような気はするが……。

 ビスマルク、ウェールズも戦艦か? シャルンっていうのがシャルンホルストの事なら、彼女も戦艦だ。

 丹陽は雪風の別名だよな。でもココロって誰のことだ? 物凄く可愛いイメージ湧いたけども。逆にオイゲンとかタイコンデロガとかって、凄くイカつそう……。

 

 

「待てよ? ここ、隔離施設だって言ってたよな。って事はだ、やっぱり群像くんも……?」

 

「ええ、まぁ。海洋技術総合学院の士官候補生だったんですが、講義の一環で軍艦を――伊号四○一を見学する事になり、その際、能力が発現しました。歳は十八です」

 

「大変だった。いろいろ」

 

「桐竹源十郎氏の再来って呼ばれてるんだよね。学院での総合成績も凄かったんだって」

 

「親子二代で能力者という、極めて稀な側面も持っています。今、世界で一番注目されている能力者と言えるでしょう」

 

 

 ふと、隣を歩く同僚が気になり、イオナちゃんの仲間たちのことを尋ねてみるのだが、予想以上の答えが返ってきた。

 海洋技術……。名前から察するにエリート養成学校だろう。そこでのトップクラスが能力者として覚醒した上、いきなり感情持ちを励起する特異性。

 加えて、世界でも片手で数えられるくらいしか例のない、能力者の家系かも知れないと。

 こりゃあ注目されるわけだ。

 

 

「しかし、ならどうして隔離なんか……」

 

「……お偉方の都合、ですよ。俺と大佐は、ほぼ同時に初の励起を行いました。しかし、時系列はハッキリしています。

 能力が発現する直前。俺は貴方と会っています。物理的な接触……というか、急いでいる大佐と通路でぶつかったんです。その直後、俺がイオナを励起し、大佐がヴェールヌイを。

 この接触自体には何の意味もなく、ただの偶然なのでしょうが、全ての人がそうだとは思わなかった。

 どちらが元かは不明なまでも、この特性が他の能力者へ伝播し、複製されていく物だとしたら」

 

「なるほど。そういう事か」

 

 

 感情持ちを量産する能力者を、さらに量産できる可能性。

 それはこの国にとって素晴らしい宝となるだろう。同時に、他国にとっては脅威となる。

 強大すぎる力は、抑止力として働かない場合もあるということだ。

 未だ、生活基盤を輸入に頼る部分が大きいというのに、それでは困る。

 だから常時監視下に置けて、いつでも見捨てることが可能な硫黄島へ追いやられた、という訳か。

 ……本当に、戦争なんてろくなもんじゃない。

 

 

「着いた。ここが第三慰霊碑」

 

 

 いつの間にか、イオナちゃんが前に立っていた。

 広場のようになっているそこには、白く真新しい慰霊碑が建てられている。

 時代が移り変わると共に、新しく立派なものへと替えられ、これで三代目だったはず。

 枕元に置かれた水。あれは、ここで眠る人々の為だったんだ。

 今では浄水設備でどうとでもなるが、戦時中は、雨水か塩辛い井戸水にしか頼れず、とても、とても苦しい戦いを強いられた。

 どれだけ時間が経っても、彼らはここを守ろうとしてくれているらしく、それを少しでも慰めるために……と、古くから伝わる習慣だった。

 自然と厳かな気持ちにさせられて、手を合わせたり、軍帽を胸に黙祷したり。それぞれのやり方で祈りを捧げる。

 

 

「ごめん! ちょっと遅れちゃった……。待たせたかな?」

 

 

 ――と、背後から、聞き覚えのある女性の声が。振り向いた先にいるのも、やはり。

 ノートPCを抱え、膝へ手をつきながら息を整える彼女は、普段と違ってタイトスカートを履き、一本に括られていた長い黒髪も、二本に分けて結んでいた。

 この人の女性らしい格好を………………コスプレ以外で見るの、久しぶりな気がするなぁ。

 

 

「先輩、おはようございます。珍しいですね、髪型まで変えちゃって」

 

「……え。先輩って……なに言ってるの? キミ」

 

「へ」

 

 

 ……あれ? なんですかその反応?

 キョトンと小首を傾げる女性――兵藤提督は、事務方の人員が着る制服姿ではあるが、間違いなく“あのヘンタイ”……もとい。先輩に見える。

 けれど、彼女が戸惑いを顔に浮かべているように、自分もかすかな違和感を覚えていた。

 なんだろうこの、喉に小骨が刺さったみたいな感覚。う~ん?

 

 

「もしかして、僧から何も聞いていないんですか?」

 

「うん。軍務にとても大きな影響を及ぼす事態が起きているから、とにかく第三慰霊碑で彼に会って欲しい……って、言われただけで。どうしたの?」

 

「あのね、凛さん。落ち着いて聞いて欲しいんですけど……」

 

「実は提督は……。かくかくしかじか」

 

「まるまるうまう――まー!? えぇ!? き、記憶喪失ぅ!?」

 

 

 悩んでいるうちに、群像くん、レーベ、マックスから事情が説明され、先輩……と呼んでいいのか?

 まぁ脳内なんだしいいや。とにかく先輩は前のめりに驚きを隠さない。

 キョロキョロと全員の顔を見回しては、各々からうなずきを返されている。

 数秒ほど唖然とし、ようやく信じられたのか、今度は慌ててこっちへ向き直った。

 

 

「じゃ、じゃあ、私のことも覚え……て、たよね。けどなんで先輩なんて……先輩……せんぱい……ふふふ……」

 

 

 ……かと思いきや、実に嬉しそうな顔で頬に手を当て、クネクネ身をよじっている。

 ああ、そっか。分かった。先輩のキャラが、ナチュラル・ボーン・セクハラウーマンから、おっとり系お姉さんに変わってるんだ。口調も微妙に違うし、違和感もあるはず……。

 直感だけど、今の先輩を苛めれば物凄くSっ気が満たされそう。

 なんて場違いな感想を抱いていたら、レーベが「おっほん」と咳払い。紹介でもするように、ハッとする先輩との間へ立つ。

 

 

「提督の中ではどうなってるのか分からないけど、彼女は――兵藤凛さんは、提督の調整士さんだよ?」

 

「調整士? え? 能力者じゃ、ない……ん、ですか」

 

「う、うん。残念だけど……」

 

「逆に聞きたいのですけど、提督の記憶では彼女は能力者……しかも、貴方の先輩に当たる、ということなの?」

 

「……そうなる」

 

 

 こちらからの問いかけに、先輩は申し訳なさそうな顔でうなずき、マックスからの問いかけには、自分が複雑な表情を浮かべてしまう。

 先輩が、先輩じゃない? そんな事あり得るのか? だって、自分が今の自分になれたのも、この人からの影響が少なからずあるはずなのに。

 ……くそ。なんでこんなに胸がザワつくんだ。

 

 

「あの」

 

「な、何っ?」

 

 

 胸の内に生じた、意味不明な感情を確かめたくて。

 自分は先輩へと一歩あゆみ寄るのだが、彼女はギクリと身体を硬直させ、ノートPCを盾にする。

 ……この警戒しまくりな有様。マジか“こっちの自分”……。

 

 

「もしかしなくても、自分は先ぱ――兵藤、さんにまで、セクハラしてたんですね……」

 

「えっ。そそそそそんなこと……あるけど。あの、でも……本当に、覚えてないんだ……」

 

 

 少し、寂しいな……と付け加え、警戒を解くのと同時に、肩まで落とす彼女。

 ひょっとしたら。自分が知っている先輩も、本当はこういう性格で。無理してあんな性格を演じているんだろうか。

 いや、違う。そんな事ない。あの騒がしくて、楽しい時間は、嘘なんかじゃない。

 そもそも、これは夢かも知れないんだ。別人だと思え。しっかりしろ、自分っ。

 

 

「……で、質問、良いでしょうか」

 

「もちろん。なんでも答えるよ。……っ! し、下着の色とかはダメだからね!? もう三セットで二千五百円の安物なんか着けてないんだからっ!!」

 

「まだ何も聞いてないんですけど」

 

「ぁう」

 

 

 きゅー、と首から真っ赤になる兵藤さん。聞こえてないふりの群像くんに、ため息をつく残り三名。

 ……でもやっぱ、この先走り具合はそのまんまなんだよな……。

 うっかり属性付きお姉さんかぁ。今まで身近にいなかったタイプだし、新鮮だ。ちょっと可愛いとか思った自分が信じらんない。

 ま、それはそれとして。

 

 

「自分とは、どうやって出会ったんでしょう。記憶との差異を確認したいので、教えて頂けると助かるんですが……」

 

「私との出会い、かぁ……。うん、分かった。ちょっと待ってね」

 

 

 キリリとした顔に戻り、兵藤さんがノートPCを開いた。

 カタカタ音が聞こえる中、群像くんの「そろそろ移動しましょうか」という提案に従い、海岸方面への道を歩く。

 途中、ガード付きの自動スロープを下って、何度も転びそうになる兵藤さんをみんなで支えながら、何かの建物に入った頃。「よしっ」と一声発した彼女は、やっと顔を上げる。

 

 

「お待たせ。私とキミが出会ったのは、キミが“千里”の間桐を破った、あの演習の直後。その特異性に目をつけた上層部が、本格的に――」

 

「……ん!? 待った、待ってください。間桐提督を破ったぁ!?」

 

 

 兵藤さんのさり気ない一言が信じられず、ストップをかけてしまった。

 う、嘘だ、嘘に決まってる。

 あのヘンタイ杯乙スナイパーに勝つなんて、どんなまぐれだ!?

 

 

「そうだよ。キミはたった一隻の駆逐艦で、間桐提督の陸奥・鵜来・沖縄からなる戦隊を打ち破った。戦術的勝利ではあるけれど」

 

「今でも海軍の語り草だよね」

 

「“千里”の十敗目。提督の立ち位置を確立した一戦と記憶しているわ」

 

「うへぇ……。マジか……」

 

 

 愕然とする自分を尻目に、兵藤さんと駆逐艦'sは楽しげだ。得意げにも見える。

 戦艦 対 駆逐艦。一対一なら、近寄って雷撃に賭けるとか、今の自分でもやりようはある。

 しかし、相手が間桐提督じゃ無理だ。近寄る前に潰されてしまう。一体どうやって勝ったんだ?

 

 

「はいこれ。その時の戦闘記録だよ」

 

 

 不思議に思っていると、目の前でノートPCの画面が切り替わり、動画の再生が始まった。

 いつの間にやら、自分と群像くんの前には、背の低いレーベやイオナちゃんたちが割り込み、かぶり付きで鑑賞する形に。

 

 

『チョコマカとウゼェったらありゃしネェ……! テメェ! 真面目に戦う気あんのかァ!?』

 

『あるわけないでぷー。ほれほれ、くーやーしかったーら当っててっみろーい。ヴェールヌイ、右三。三秒後に減速二、直後左へ五。機関一杯』

 

Да(了解)。正確過ぎて読み易いね』

 

『………………絶対、泣かすっ!!!!!!』

 

 

 絶え間なく砲撃を繰り返す戦艦と、縦横無尽に水面を駆ける駆逐艦。

 二分割された画面の上側に間桐提督の、下側には自分の情報が細かく表示されていた。

 会話も文に起こされている……んだけど、なんだこれ? 自分、こんな声してるのか? えええ。なんか思ってたよりも、なんか……。とにかくショックだ。

 それに、気になることは他にもある。

 あからさまな挑発は、対人戦略の一つとしてアリだろうから目を瞑るとして、“こっちの自分”が出した指示に従う少女の姿。

 白い軍帽にバッヂを二つ着け、白髪を潮風に揺らす、青い瞳の彼女は、まごうことなく響だ。少し背が高くなっている……だろうか。そのくらいしか違いを見つけられない。

 これが、響の行き着く先。練度が高くなったら、自分の知る響もこうなるという選択肢を得られる。不思議な気分だった。

 

 ダイジェスト版なのか、夢想している間に戦況は早送りされ、もう終盤に。

 こちらは砲撃を回避しながら雷撃を試みるも、海防艦二隻が陸奥を庇い、無傷に終わった。

 対して間桐提督は、距離が近づくにつれて更に精度を上げ、至近弾が頻発。ついには船尾へ着弾を許し、大破判定を受けてしまう。

 嘲りの声が聞こえる。

 

 

『ヒハハッ。結局、俺様からは逃げられなかったなぁ? 演習前にゃ随分フカしてたくせしやがってよぉ。首を取るんじゃなかったのか、あぁん?』

 

『……ふ、くくくっ』

 

『なに笑ってやがる、気でも違ったか』

 

『だったら、もう一回言ってあげましょう。……その首』

 

『――貰ったよ』

 

 

 閃光。

 セーラー服を染料で汚された響――ヴェールヌイが呟いた瞬間、陸奥から擬似被雷の発光が迸る。

 

 

『バカな、雷撃だと!? 一体いつ……っ! そうか、遅延魚雷混ぜてやがったな!?』

 

『そういう事です。……っしゃあっ!! やったぞヴェールヌイ! 自分と君ならどんな相手とでも戦える! “桐”がナンボのもんじゃあぁああぁぁあああいっ!!』

 

『司令官、間桐提督に失礼だよ。……全く、仕方ない人だ』

 

 

 命中した部位、魚雷に設定された炸薬量などを考慮した上での判定は――戦艦・陸奥、大破。

 参加した艦の全てが大破で終わった演習は、その戦果……与えた損害の割合によって勝者が決まる。

 この場合、明らかにヴェールヌイの与えた分が大きい。よって、勝者はこちら側。映像の中で自分は歓声を上げ、ヴェールヌイもかすかに笑う。

 おそらく、五連装の酸素魚雷のうち、一本か二本の雷速をあえて低下。航跡が見えない事を利用し、一人時間差雷撃をやって見せたのだ。

 面白い。この戦法、今度やってみようかな。

 

 

『……っ。く、クソ、クソクソクソクソクソクソォオオ! 覚えたぞ……テメェと、テメェの駆逐艦っ。次こそ必ず潰す!』

 

『あ、敗戦マーク増えるのヤなんでお断りします』

 

ヤ トゥカゾヴェス(Я отказываюсь)。……あ、お断りします』

 

『お前らフザけんなよこのくぁwせdrftgyふじこlp』

 

 

 一方、間桐提督は怒りに任せて捨て台詞を吐くのだが、にべもなくブった切られて、言葉にならないほど大暴れ。

 気持ちは分かります、うん。すんません間桐提督。ていうか案外ノリが良いっすねヴェールヌイさん。

 

 

「勝ったは良いけど、全力でふざけてるじゃん。これでどうやったら友人になれんのさ」

 

「あはは……。なんでも間桐提督は、自分に勝った相手には褒賞を贈るという決まりを作っているらしくてね?

 それでキミに十五・五cm連装砲と、装備するための改装設計図が贈られて、やりとりが始まったんだよ」

 

「何度見ても神掛かってるな……」

 

「うん。相手にしたくない」

 

 

 PCを畳みつつ、兵藤さんが補足。それでようやく納得できた。

 あの人、あれで凄く律儀だもんなぁ。違う出会い方でもしてれば、きっと友達になれてたのかも。

 動画鑑賞も終わったので、感想をつぶやく群像くんたちと連れ立ち、また歩き出す。

 

 

「……で。この演習結果を得て、上層部はキミの潜在能力に着目したんだ。

 今までは『励起障害の能力者なんか放っとけ』というスタンスだったんだけど、もしかしたら……って」

 

「それから、大佐の能力に関する精密な調査が行われました」

 

「でも、応える船はいなかった。……この国には」

 

 

 建物内を進み、エレベーターで地下へ。

 次は移動用のレールキャリアーに乗り込み、少し薄暗いトンネルを行く。

 前の席に群像くんとイオナちゃん。その後ろに自分たちが続き、兵藤さんは運転手だ。

 

 

「しかし。数十回の失敗を経てただ一隻、ようやく新たに応えてくれる船が現れたんだよ。それが……」

 

「雪風――丹陽ですか、ひょっとして。響と同じで、外国名を持つ日本艦ですし」

 

「正解。この結果から、キミの能力は日本国籍の船には反応せず、外国籍艦にのみ反応すると仮説立てられた。

 その時、未励起の雪風を手配、励起調整したのが私。それが縁で、毎回別の調整士を使ってたキミの、専属調整士に着任したんだよ」

 

「次に呼ばれたのは僕で、その次がマックスなんだ。能力研究の躍進を期待されて、ドイツ本国がわざわざ用意してくれた、本物のドイツ艦さ」

 

「励起結果は諸外国へと公表され、今や、我先にと船が送り込まれています。ドックは励起許可待ちの外国籍艦で一杯です」

 

「はぁ~……。とんでもない経歴だなぁ〜……」

 

 

 感心すればいいんだか、呆れればいいんだか。

 どっちつかずなため息を漏らす自分の両隣で、レーベは誇らしげに無い胸を張り、マックスが困った顔で呟いた。

 ドイツ――かつての大戦時、枢軸国として同盟を結んでいた彼の国とは、密な情報交換を行っていると聞いていたが、船まで送ってくれるとは……。さしずめ、遣日艦隊任務といったところか。

 兵藤さんとの出会い、案外普通だったな。悪い事ではないんだろうけど、どうして“こっち”では能力者じゃないんだろう。わけ分からん。

 

 

「ところで、自分たちはどこに向かってるんだい、群像くん」

 

「ドックですよ。ご自分の励起した船を目の当たりにすれば、きっと良い刺激になるはずですから。

 ……といっても、今いる大佐の船は二隻とも改装中ですし、まずは俺の艦隊が居る第一ドックですが」

 

「大佐もよく来てたから、みんなと面識がある」

 

 

 尋ねてみると、彼らは振り返りながらそう答えた。

 群像くんの艦隊、か。コンゴウを見るに、自分が励起した事のある船も、違う姿となってそこに居るだろう。

 どんな子たちなのか、少しだけ……。いや、かなり楽しみだった。

 

 

 


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