今度は、少々時間を巻き戻し。
南海での激戦が幕を下ろしてから、まだ数刻しか経過していなかった頃合い。
『……梁島提督。今回の戦い、どう思われますか』
『どう、とは?』
完全に日が昇った海に、南下する艦隊があった。
長良型軽巡洋艦、
阿賀野型軽巡洋艦、
これら、二つの戦隊が組み合わされた艦隊である。
偵察機をあげる大鯨を中心として、周囲を重巡・軽巡が固め、潜水艦と駆逐艦が大きく先行する陣形を取っている。
『決まってるじゃありませんか。キスカ・タイプの事ですよ』
『……なんとも言えん。まだ情報が足りなさ過ぎる』
その十二隻を使役する能力者たちは、順調な航海にも気を抜くことなく、しかし、慣れた様子で通信していた。
調整士を使用せず、単独で増幅機器の操作などを行いながら、である。
双璧とも称される彼らにとって、今回の任務――撃破されたキスカ・タイプの残骸調査も、気負わずにこなせる任務だった。
当人からすれば心外かもしれないが、未来の日本海軍を支えるのはこの二人である、と目されてもいる。
性格などの相性を度外視しても、能力的な相性は最高なのだ。
高い傀儡艦の練度。調整士無しで同調可能な思考制御能力。
“桐”のような特殊技能を持たずして、戦場で組めば比類なき戦果をもたらすことで有名であった。これも心外であろうが。
『桐谷提督と同様に、桐ヶ森提督が侵食を受けたようですけど』
『問題ないだろう。彼女は強い。肉体的にも、精神的にも。天才というのは、あの娘のような存在を言うのだろうな』
『ですねぇ。オマケに若くてピッチピチ。羨ましいったらありゃしない。ケッ』
『若さへの嫉妬か。見苦しいな』
『喧嘩売ってますぅ? 言い値で買いまっせ、この鉄仮面提督』
そんな二人のうち、悪名で名が売れている方である兵藤――原因は察して頂きたい――が話題にあげるのは、数少ない女性能力者の同僚である、“飛燕”のこと。
密かに暖機を切り上げて出航しようする、桐林の長門型を護衛したりと忙しかったため、余計な口を挟みはしなかったが、あの戦い、兵藤と梁島もリアルタイムで見ていた。
対抗作戦のことごとくを打ち破る巨大双胴船や、“桐”の連合艦隊。可視化した敵 統制人格と、それを原因とする混乱も。
梁島にとっては三文芝居以下の、滑稽な問答であったが、収穫も多い。
キスカ・タイプが持つ捕食・模倣機構。記録されない“歌”。土壇場で行われる精神汚染。行動パターンを導き出すには少ないけれど、サンプルとして非常に貴重なものばかり。
これから行う調査で、残骸の一片か、敵 統制人格が纏っていた粘液を一部でも回収できれば、尚のこと研究は進むだろう。
『奴が気にかかるか』
『はい?』
『桐林だ。あの様子では、奴も桐ヶ森同様、侵食を受けたように思える』
しかし、兵藤の気掛かりは別にあると、梁島はみていた。
桐ヶ森が意識を沈ませる直前、彼のバイタルは異常な乱れを刻んだ。
言動を加味すれば、同様に精神汚染を受けたと考えるのが道理である。おそらく、吉田中将も気づいているはず。
戦闘が終わってから、兵藤の口数も増えている。
梁島へ話しかけないといけないくらいに、気が動転しているという証拠であった。
嫌われている自覚のある本人がそう思うのだ。間違いない。
『そりゃあ心配ですよ。愛弟子ですからね。許されるなら、取るものも置いて駆けつけたいです』
兵藤も否定しなかった。
師弟の情。梁島自身、恩義を感じる師を持つゆえ、馬鹿にはしない。
捨てようとしても、捨てられないものはある。
むしろ、捨てたくないと思ってしまうものの方が、よほど。皮肉な笑みが浮かぶ。
『それだけ、か?』
『……どういう意味でしょう』
『兵藤。お前が奴を気にかけるのは、終わりの見えない戦いへ巻き込んだからか』
今度は、息を飲む音が聞こえた。
馬鹿にはしないが、それだけだとも信じられない程度に、梁島の心は素直さを失っている。
兵藤のセクハラも、男性へと向けられたのは彼が初めて。
それまでは女性限定であり、周囲の男を喜ばせるためにやっているような、そんな節があった。
周囲の人間は、「ようやく男に興味を持ったか」と安堵のため息を漏らしていたが、違う。
本当の理由はそこにないと、梁島は直感している。
『それもあります。でも、それだけじゃありません』
『だろうな』
これも兵藤は否定せず、梁島も平然と受け止める。
引き換えとして、会話は途切れてしまった。これ以上は聞き出せないだろう。
無理に聞こうとしたところで、「乙女心は複雑なんですー。そんなんだから四十近くなっても独身なんですよーだ」などと、はぐらかされるのが想像できた。
藪をつつく事もないだろうと考え、沈黙が続く。
そんな時、秘匿回線からの雑音に、梁島の鼓膜が揺れた。
『――ッ――ちら、――です。聞こえますか?』
「聞こえている。どうした、通信が乱れているぞ」
『申し訳ありません、現在、移動中でして……』
『ぅあ……。う……』
途切れ途切れな少女の声と混ざり、若い男性のうめき声。
先ほどから話題に上がっていた彼である。
通信を切りかえる梁島の顔が、露骨に歪んだ。
「そいつの側から連絡するなと、きつく言っておいたはずだが」
『は、はい。覚えています。しかし、急を要する場合は除く、との事でしたので……。
桐林提督の体調が、おもわしくありません。
突然睡魔に襲われたとのことで、こちらからの呼びかけにも反応が鈍くなっています。この会話も聞こえていない様子で……』
「ふん……」
どうやら肩でも貸しているらしく、少女の息は荒い。
精神汚染後の容態急変。普通であれば慌てようものだが、しかし、そのために講じている策もあった。
「“アレ”に変化は見られるか」
『……いいえ、特には』
「ならば大した事ではない。疲労しただけだろう、放っておけ」
『それは……はい……』
試しに問いかけてみれば、案の定。“まだ”早過ぎるのだ。
違うのなら、彼の体調などはどうでも良く、倦厭を言葉に乗せる梁島。
だが、少女は随分と心配性になってしまったようで、更に食い下がった。
『一つ、よろしいでしょうか』
「手短にな」
『……“これ”は一体、なんなのでしょうか。本当に問題はないのでしょうか。どう見ても、ただの……』
「お前が気にすることではない。説明したところで理解もできん。お前はただそれを持ち、その男に仕える事だけを考えていればいい」
梁島に持たされた“ある物”を、信じきれないのだろう。
不安そうな少女だったが、無慈悲に切って捨てる梁島の言葉で、何も言えなくなってしまった。
彼女の行っていることは大半が次善策であり、真に重大な事柄は、梁島が自分で行うと決めている。
事が動くとしたら、それは時代のうねりを伴う。いざという時は即座に肉薄。自ら手を下す覚悟だ。
その気概が伝わったか、期待するだけ無駄だと悟ったのか。気落ちしたような声で、少女が通信を切ろうとする。
『……はい。それでは、失礼いたし――』
『もう……ダメ、だ……我慢でき……』
『えっ。あ、提督――きゃ!?』
「おい。どうした」
『い、いいえっ、なんでもありませ――んぁっ。ちょっと、そこは駄目で……』
――けれど、再び彼の声が紛れ込み、何かがもつれあって倒れる音。最後に、艶を帯びた嬌声で締めくくる事になってしまう。
無音。
兵藤からの通信を示すアイコンが、どうしてだか、やけに不愉快だった。
『梁島提督。梁島提督? ……おーい、やなっしー? 聞こえてますー?』
『妙な呼び方をするな。貴様に馴れ馴れしくされると怖気が走る』
『……なんか急に怒ってません? 八つ当たりですか? パワハラですか? 中将に言っちゃいますよ?』
『知らん。もう話しかけるな』
『んなこと言われたって、もうすぐ作戦海域なんですけどー。ヤムニちゃんとかリーニちゃん、ルイちゃんも潜水しといた方がいいんでは?』
『………………ちっ』
『あっ、舌打ちとか酷っ。私だってたまには傷つくんだぞぉー!?』
わざと聞こえるように舌打ちをして、梁島は意識を切り替える。
確かに、先行する偵察機の視界は、海面で漂う船の残骸を見つけ始めていた。
潜水しておけば、沈み始めた断片を回収可能な場合もあるのだ。破廉恥な小僧のことは置いておこう。
ちなみに、兵藤の呼んだ名は、梁島が使役する潜水艦の別名である。
終戦間際に日本海軍が接収した、元外国籍潜水艦であり、五○二はドイツのU-862、五○三・五○四はイタリアのコマンダンテ・カッペリーニ、ルイージ・トレッリが元の名前だった。
それぞれ、数奇な運命を辿った船なのだが、ここでは省かせて頂く。
兵藤の朧、潮。梁島の五○二・五○三・五○四。
五角形を描いていた船のうち、三角に位置する潜水艦たちが急速潜行を開始した。
果てしない空とは趣の違う、どこまでも深い青の世界。波立つ水面を通して降る光は、雲間から差し込んでいるようだった。
残る駆逐艦も、回収用の
『こちら兵藤。交戦海域へ到達。キスカ・タイプの残骸回収を始め――うぉ眩しっ!?』
『なんだっ』
水底から昇る、光の奔流。
海も空も、まとめて白く染め上げた閃光に、梁島たちの視界が奪われる。
耐性があるはずの統制人格ですら、数秒間は目がくらむ。
視力を取り戻す頃には、状況は一変していた。
駆逐艦。軽巡。重巡。潜水艦。空母。
その他もろもろ、様々な種類の軍艦が、まばたきの間にひしめいていたのだ。
『……ど、どーしましょー、これ』
『どうもこうもあるか。連絡だけして、出来るだけ曳航するしかあるまい』
目算でも三十は越える数に、兵藤は声を引きつらせ、梁島が大きくため息をつく。
漂っていたはずの残骸が消えている。
おそらく、この海域にはもう何も残っていないだろう。ならせめて、戦利品くらいは確保しなければならない。
(最後まで先手を取られたか。あの二人の記憶に期待するしかないな……。忌々しい)
対外的には大勝利と公表されるだろう、この戦い。
しかし梁島に言わせると、翻弄され続けたうえで譲られた勝ちであった。
全くこの世界は、予定外のことばかりである。
《こぼれ話 神様が死んだ日》
『――だぁああっ! ちが、そうじゃない、違うだろ空気読めよぉおおぉぉおおおっ!!』
人気の少ない乾ドックで、壮絶な叫びが響き渡った。
あまりに唐突だったからだろう。目の前の少女――長門は繋いでいた手を離し、驚きに肩を跳ねさせる。
「な、なんだ、一体。わ、私は、その……。お呼びでは、なかったのだろうか……?」
「いやいやいや大丈夫だから! 今の自分じゃないから、安心してくれ」
「ちょっと、ダメじゃないですか間桐提督。驚いちゃってますよ、彼女」
『だって……。だってぇ……っ。だってよおおおぉぉおおぉ……』
声の主であるところの棒人間――間桐提督は、ハンカチを噛み締めながら、涙の海でラッコ状態。本っ当にパターン豊富でございますね。
しかし、んなこたぁどうでもいい。長門を落ち着かせないと。
「まぁ、アレは気にしないでおこう。改めまして、よく来てくれた。歓迎する」
「……良かった。てっきり邪魔者になってしまったかと。私が戦艦、長門の現し身だ。こちらこそ、よろしく頼むぞ」
ホッと胸をなで下ろす黒髪ロングな少女が、再び手を差し出してくれる。
握り返しつつ、改めて彼女を観察してみると、今までの例に漏れず、美少女なのがよく分かった。
身長は自分より少し低いくらいだから、百七十くらい。
腰まで届く長い黒髪が艶やかで、赤茶色の瞳は、柔らかくも凛々しい印象を与える。
スラッと伸びた脚は赤のハイソックスで包まれ、白いミニスカとの間に絶対領域を構築。
指抜きグローブと一体化した皮の防具が、細い腕を二の腕まで守っていた。
……ここまでは良いのだが。
(妙に露出度が高いな、この子。脇とかヘソとか丸見えなんですけど? 島風に通じるものを感じる……)
上半身を包む、白の和装。
一見、効率良く身体を守っているように……見えねぇわやっぱ。
なぜか男前――左の襟を前に合わせる着方になっているのだが、それは胸を覆っているだけ。
肩も脇も剥き出しであり、裾は胴回りで絞られているため、おヘソが丸見え。背中もほとんど出ちゃってるんじゃなかろうか。
武人然とした、落ち着きのある喋り口とのギャップが凄い。
「で、そちらの女性はどういった方だろう? 説明してもらえると助かるのだが……」
「あぁ、兵藤提督といって、自分の先達に当たる人だよ。立会人みたいなものかな」
「やぁやぁ初めまして。兵藤凛と申します。よろしく長門くん」
「そうでしたか。不躾な物言い、どうかご容赦を」
「ふふふ、堅苦しい言葉遣いをしないでおくれよ。私はそういうのに興味ないから、もっと気楽に、ね?」
「……では、お言葉に甘よう」
加えて、長門は疑うという事を知らないらしい。
ざっくばらんな上官っぽい対応をしている先輩だけど、黒目がちな瞳の奥が爛々と輝いている。
察するに、「なんと完璧にムダ毛処理された脇だろうかっ。舐めたい!」とか考えてるんだろう。
予想できてしまう自分もアレだが、外面だけは完璧に取り繕える先輩だって、相当ヒドい思います。
「さてさてさて。普段なら、このまま談笑にもつれ込んでも良いんだけど、ちょっと今は立て込んでいてね。次の励起に取り掛かろう」
「そうですね。というわけだ、すぐ妹に会えるぞ、長門」
「ほう? なるほど、よく見れば陸奥も隣に居たか。見かけ以上の器量持ちのようだな、私の提督は」
「ははは、どうなんだろうな。君に見合う自信は、あまりないんだけど」
「む。それは困るぞ? この長門を預かるのだ。相応の男でなければな」
自らの船体を振り返り、その隣……と言いつつ何十mも離れているが、そこで鎮座する姉妹艦、陸奥の姿を確認。長門は腕組みをし、横へ並ぶこちらを見上げた。
左右非対称の、不敵な笑み。侮られているというよりは、期待されているように感じる。
日本が世界に誇ったビッグセブン。色々なことが重なって主となったけれど、真に相応しい男なんて、この世に数えるほどしか居ないだろう。
例えば、すぐそこにも長門を使役する人物がいる訳だが……。
「ほら、間桐提督。そろそろ復活してくださいよ。次、陸奥の励起ですよ~」
『……おう。そうだな、まだ陸奥がいるもんな! 可能性は捨てちゃいけネェ、一%でも確率があるなら、諦めないのが男ってもんよ!』
「相応の男って、あんな感じに?」
「……う、う~ん? いや、何かが致命的に違うような……。というかアレは……?」
セリフは格好良いはずが、動機が不純すぎる棒人間さんとか。
なぜか断崖絶壁で「もう何も怖くない」的に立ち、砕ける波濤の飛沫を浴びていた。輝く十六条旭日が背景だ。
パパラパッパパーンという効果音を聞き、長門も首を傾げている。
……もう何も言うまい。
『ほれほれ、こっちの準備は整ってっぞ。早く呼べ。さっさと呼べ。速やかに呼べ。そして俺を喜ばせろ! お前の絶望でなぁ!!』
「あっはっは、間桐提督~、まるで悪役みたいな台詞~。しかも中ボス的な」
『いいんだよ! 世界のたゆんたゆんは全て俺のモンじゃああ!』
足取り軽い先輩に運ばれるPC画面は、原っぱでスキップする棒人間を映す。
仕方なくその後を追い、またカートに乗って移動するけれど、隣で座る長門はチラチラ様子を伺い続けている。もちろん棒人間を、である。
この場で説明することも可能だが、「君の同名艦を使役する、日本最強のおっぱい星人だよ」なんて言ったら、連携に支障をきたすかも知れない。困ったもんだ。とか考えている内に陸奥の側へ来ちゃうし。
カートを降りたら降りたで、画面内の棒人間が「巨乳だけは許さない」と書かれた馬鹿デカいフリップを掲げて催促している。
いちいち反応するのも面倒臭い。早いとこ励起しちゃおう。
「来い、陸奥!」
投げやりな気分を振り払い、気迫を込めて右手を差し出す。
長門の時と同じく、ゆったりとした足取りで光が集う。
胸、腰、頭、脚、腕。ヒトガタを構築する蛍光は、やがて、一人の少女を生み出した。
「初めまして、かしら。長門型戦艦二番艦、陸奥の現し身よ。よろしくね。私のナカでは、あまり火遊びはしないでね……。お願いよ?」
繋いだ右手に、彼女は――陸奥は柔らかく力を込める。浮かぶ微笑みも、同じ感触がした。
長門と対になる黒いミニスカートを履いていて、髪は茶髪。横髪が内巻きにカールし、後ろ髪はちょっと跳ねてるだろうか。
姉と違う部分は他にもあり、腕を覆う防具は白い手袋のみ。靴下の丈は膝ほどで、全体的に露出が多い。
喋り方の色っぽさと掛け合わさって、なんだかドギマギさせられてしまう。
「初めまして。よろしく頼むよ、陸奥」
「不思議な感覚だな。馴染みがあるはずなのに、こうして会うのは初めてとは」
「あら、あらあらっ? 久しぶりじゃな……くて、初めまして? ホントだわ、おかしい」
「だろう? しかし、それは良いとして……」
平然を装う自分と対照的に、自然な笑みの長門。陸奥の雰囲気も少し変わったような。
姉妹艦ゆえのシンパシー、ってやつか。二言三言のやりとりに、深い信頼関係が見えた。
けれど、不意に長門は背後へ視線を滑らせ――
『……神は死んだ。お前が殺した! 呪ってやるぞ桐林ぃいいっ!!』
――空気嫁と書かれたビニール人形を抱き、悲劇の主人公ぶる棒人間のせいで、半眼となる。
アレっすか。ヒロイン殺された的な状況ですか? 長門さん意味分かってないみたいだし、変な知識を吹き込まないでもらえませんかねー。
ファッションモデル顔負けのナイスバデーな子だけど、純真なんですよー。大事に育てたいんでー。
「なぁ、提督。先ほどから騒がしいアレは、一体なんだ?」
「言ってることは物騒だけど、どう聞いても声が泣いてるわよねぇ」
「はっはっは。気にすることないさ、きっと羨ましいだけだから。あっはっはっはっは!」
「ひどいドヤ顔だよ新人君。それにしても、二人そろってヘソだしルックとは……。どぅへへへへ……」
勝った。誰が見ても間違えようのない、S判定完全勝利だ。
勝利の高笑いに紛れ、先輩は涎を垂らしているけど。
真面目な姉と奔放な妹かぁ。妄想がはかどる定番の組み合わせだし、理解はできる。
電たちで美少女慣れしてなかったら、自分だって鼻の下を伸ばしてただろう。
だが、いつまでも遊んでいられる状況じゃない。
「これで役者は揃った。本当なら歓迎会でも開きたいとこだけど、さっき長門にも言ったように、事態は差し迫っている。すぐ通常暖機を始めて欲しい」
「あら、そうなの? 息つく暇もくれないなんて、せっかちな提督なのね?」
「うぇ? い、いや、こればっかりは、自分にはどうにも出来ないし……」
「こら、陸奥。からかってやるな。……とはいえ、事情くらいは説明してもらえるとありがたいのだがな」
陸奥に至近距離から見上げられ、思わず仰け反ってしまう。
ふわり。なんとも言えない香りが鼻をくすぐった。オマケに胸の谷間までドUP。満面の笑みを考慮すると、絶対ワザとだ。
間桐提督は『脇へそ太もも……』なんて言いながら、物欲しそうに様子を伺うアニメーション。
男共が役に立たないと判断したからか、背伸びして谷間を覗いていた先輩が咳払い。長門の問いへ答える。
「かいつまんで言うとだね。現在、本土へ向けて敵が進撃しているんだよ。
迎え撃つ準備はしてあるんだけれど、君たちにも援軍を頼みたい。念には念を、さ」
「ほう。さっそく出番を用意してくれたか」
「私たちの初舞台って事ね。念入りにお化粧しなくっちゃ」
短すぎる説明とも思えたが、長門・陸奥は的確に事態を把握してくれたらしい。互いの顔を確認し、力強く頷き合っている。頼もしい限りだ。
船というものは、ただ動かすだけにも時間が掛かってしまう。
重油を積むだけで数時間を必要とするし、積んだからってすぐに抜錨出来もしない。ボイラーやスチーム管をしっかり温めてからでないと。
今回は処女航海という事もあり、念入りな点検をしながらの暖機となる。かなり余裕を見て始めておくべきだ。こっちも気を引き締めないとな。
「いきなり呼び出しておいて、慣らしもせず実戦投入するんだ。不満に思うだろう。
だが、この難局を乗り越えるためには、力が必要だ。君たちが必要なんだ。頼む。力を貸して欲しい」
彼女たちの瞳を見つめ、自分は助力を求める。
立場的にも、能力的にも。強制することは可能だけれど、本当に大事なこと以外ではしたくない。
言葉が軽くなるっていうのもあるし、何より、己の意思で戦っているという自覚が大切だと、そう思うから。
「あらあらあらあらあら~。ねぇねぇ聞いた? 初対面なのにすっごく情熱的じゃない?」
「……ふ。確かに。一瞬、口説かれているのかと思ったぞ」
「へ? ち、違う違う! そういうつもりじゃなくてだなっ、純粋に手を貸して欲しくて……」
しかし、真面目な顔で決めたつもりが、笑みを深くした陸奥に茶化されてしまう。
長門までそれに乗っかって、小さく肩をすくませている。
慌てて弁明しようとしても、唐突に感じ取った柔らかさが中断させた。
「うっふふ。照れちゃって、もう。……ふぅん。ねぇ、出撃まで時間はあるんでしょう? それまでお姉さんと、二人っきりでお話ししない?」
隣へ回り込んだ彼女に、腕を組まれたのである。
しかもだ。男なら誰でも一度は憧れる、胸の谷間へと挟み込まれるスタイルで、なのだ。
心拍数と血圧と体温。三つが一気に上昇していく。
「ぁぁぁあの、陸奥さん。あのですね、に、二の腕に、なんだか幸せな弾力がですね」
「もう。女に言わせるつもり? ……当・て・て・る・の」
「ぁふんっ」
歯を食いしばって、緩みそうになる顔をなんとか保とうとする自分。
んが、そんな物は砂上の楼閣だったらしく、耳に息を吹きかけられ、気持ち悪い喘ぎ声を出してしまった。
マズいぞこれ。天龍に食らったラッキースケベとは違う、完全にイタズラ目的な逆セクハラじゃないかっ!?
なんだかんだで先輩は触らせてくんなかったし、対処に困るっ。
『ちょいエロお姉さん、だと……? 最高じゃねえかチクショウ……! あああ物陰に連れ込まれて押し倒されてぇぇぇ……』
「良いですねぇ、悪くないシチュですよ間桐提督。
だがしかしっ、新人君の童貞は、電ちゃんか金剛ちゃんか私の物でねっ。
奪うというなら参加させてもらおうかぁー!」
「ひ、兵藤殿? そのような物言い、如何なものだろう? 貞淑にとは言わないが、もう少し落ち着いた方が……」
狼狽える自分の背景では、棒人間と先輩がフィーバータイム。驚く長門の声が聞こえてきた。
助け舟を出したいところだけど、陸奥に引っ張られてジリジリ距離は開いていく。
(どうしようこれ……。抵抗した方がいいんだよなぁ? でも、ちょっとくらい息抜きしたって……)
戦いはもうすぐ始まる。
どんな経過になるのか、想像なんて出来るはずもないけど、必要以上に緊張しては、戦果を上げられないだろう。
なら、少しばかり羽目を外して、英気を養うという選択肢も許される。きっと。
あとちょっとだけ、至福のマシュマロ感を味わったって……良いよな?
そう自分を納得させている間に、四つの足音は鎮守府へと向かう。
まだ見ぬ敵への不安を、賑やかな声に紛らわせながら。
……たまには大きいのも良いよね!
「さぁってと……。ねぇアンタ。ムチと低音ロウソクとトゲトゲ土下座板、選ぶとしたらどれがいい?」
「そうですねぇ。私だったらムチとロウソクの合わせ技が……ってなんの質問ですか桐ヶ森提督!?」
「ふむふむ、合わせ技か。いっそ全部乗せってのもアリよね。ふふふ、楽しみにしてなさいよ……」
「わーい超楽しそう。逃げてー! 桐林さんマジで逃げてー!!」