新人提督と電の日々   作:七音

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閑話 勝敗の天秤

 

 

 今度は、少々時間を巻き戻し。

 南海での激戦が幕を下ろしてから、まだ数刻しか経過していなかった頃合い。

 

 

『……梁島提督。今回の戦い、どう思われますか』

 

『どう、とは?』

 

 

 完全に日が昇った海に、南下する艦隊があった。

 長良型軽巡洋艦、鬼怒(きぬ)阿武隈(あぶくま)。綾波型駆逐艦、(おぼろ)(うしお)。利根型重巡洋艦、利根・筑摩で構成された、兵藤戦隊。

 阿賀野型軽巡洋艦、矢矧(やはぎ)酒匂(さかわ)。潜水艦、伊号五○二・五○三・五○四。潜水母艦、大鯨(たいげい)で構成される、梁島戦隊。

 これら、二つの戦隊が組み合わされた艦隊である。

 偵察機をあげる大鯨を中心として、周囲を重巡・軽巡が固め、潜水艦と駆逐艦が大きく先行する陣形を取っている。

 

 

『決まってるじゃありませんか。キスカ・タイプの事ですよ』

 

『……なんとも言えん。まだ情報が足りなさ過ぎる』

 

 

 その十二隻を使役する能力者たちは、順調な航海にも気を抜くことなく、しかし、慣れた様子で通信していた。

 調整士を使用せず、単独で増幅機器の操作などを行いながら、である。

 双璧とも称される彼らにとって、今回の任務――撃破されたキスカ・タイプの残骸調査も、気負わずにこなせる任務だった。

 当人からすれば心外かもしれないが、未来の日本海軍を支えるのはこの二人である、と目されてもいる。

 性格などの相性を度外視しても、能力的な相性は最高なのだ。

 高い傀儡艦の練度。調整士無しで同調可能な思考制御能力。

 “桐”のような特殊技能を持たずして、戦場で組めば比類なき戦果をもたらすことで有名であった。これも心外であろうが。

 

 

『桐谷提督と同様に、桐ヶ森提督が侵食を受けたようですけど』

 

『問題ないだろう。彼女は強い。肉体的にも、精神的にも。天才というのは、あの娘のような存在を言うのだろうな』

 

『ですねぇ。オマケに若くてピッチピチ。羨ましいったらありゃしない。ケッ』

 

『若さへの嫉妬か。見苦しいな』

 

『喧嘩売ってますぅ? 言い値で買いまっせ、この鉄仮面提督』

 

 

 そんな二人のうち、悪名で名が売れている方である兵藤――原因は察して頂きたい――が話題にあげるのは、数少ない女性能力者の同僚である、“飛燕”のこと。

 密かに暖機を切り上げて出航しようする、桐林の長門型を護衛したりと忙しかったため、余計な口を挟みはしなかったが、あの戦い、兵藤と梁島もリアルタイムで見ていた。

 対抗作戦のことごとくを打ち破る巨大双胴船や、“桐”の連合艦隊。可視化した敵 統制人格と、それを原因とする混乱も。

 梁島にとっては三文芝居以下の、滑稽な問答であったが、収穫も多い。

 キスカ・タイプが持つ捕食・模倣機構。記録されない“歌”。土壇場で行われる精神汚染。行動パターンを導き出すには少ないけれど、サンプルとして非常に貴重なものばかり。

 これから行う調査で、残骸の一片か、敵 統制人格が纏っていた粘液を一部でも回収できれば、尚のこと研究は進むだろう。

 

 

『奴が気にかかるか』

 

『はい?』

 

『桐林だ。あの様子では、奴も桐ヶ森同様、侵食を受けたように思える』

 

 

 しかし、兵藤の気掛かりは別にあると、梁島はみていた。

 桐ヶ森が意識を沈ませる直前、彼のバイタルは異常な乱れを刻んだ。

 言動を加味すれば、同様に精神汚染を受けたと考えるのが道理である。おそらく、吉田中将も気づいているはず。

 戦闘が終わってから、兵藤の口数も増えている。

 梁島へ話しかけないといけないくらいに、気が動転しているという証拠であった。

 嫌われている自覚のある本人がそう思うのだ。間違いない。

 

 

『そりゃあ心配ですよ。愛弟子ですからね。許されるなら、取るものも置いて駆けつけたいです』

 

 

 兵藤も否定しなかった。

 師弟の情。梁島自身、恩義を感じる師を持つゆえ、馬鹿にはしない。

 捨てようとしても、捨てられないものはある。

 むしろ、捨てたくないと思ってしまうものの方が、よほど。皮肉な笑みが浮かぶ。

 

 

『それだけ、か?』

 

『……どういう意味でしょう』

 

『兵藤。お前が奴を気にかけるのは、終わりの見えない戦いへ巻き込んだからか』

 

 

 今度は、息を飲む音が聞こえた。

 馬鹿にはしないが、それだけだとも信じられない程度に、梁島の心は素直さを失っている。

 兵藤のセクハラも、男性へと向けられたのは彼が初めて。

 それまでは女性限定であり、周囲の男を喜ばせるためにやっているような、そんな節があった。

 周囲の人間は、「ようやく男に興味を持ったか」と安堵のため息を漏らしていたが、違う。

 本当の理由はそこにないと、梁島は直感している。

 

 

『それもあります。でも、それだけじゃありません』

 

『だろうな』

 

 

 これも兵藤は否定せず、梁島も平然と受け止める。

 引き換えとして、会話は途切れてしまった。これ以上は聞き出せないだろう。

 無理に聞こうとしたところで、「乙女心は複雑なんですー。そんなんだから四十近くなっても独身なんですよーだ」などと、はぐらかされるのが想像できた。

 藪をつつく事もないだろうと考え、沈黙が続く。

 そんな時、秘匿回線からの雑音に、梁島の鼓膜が揺れた。

 

 

『――ッ――ちら、――です。聞こえますか?』

 

「聞こえている。どうした、通信が乱れているぞ」

 

『申し訳ありません、現在、移動中でして……』

 

『ぅあ……。う……』

 

 

 途切れ途切れな少女の声と混ざり、若い男性のうめき声。

 先ほどから話題に上がっていた彼である。

 通信を切りかえる梁島の顔が、露骨に歪んだ。

 

 

「そいつの側から連絡するなと、きつく言っておいたはずだが」

 

『は、はい。覚えています。しかし、急を要する場合は除く、との事でしたので……。

 桐林提督の体調が、おもわしくありません。

 突然睡魔に襲われたとのことで、こちらからの呼びかけにも反応が鈍くなっています。この会話も聞こえていない様子で……』

 

「ふん……」

 

 

 どうやら肩でも貸しているらしく、少女の息は荒い。

 精神汚染後の容態急変。普通であれば慌てようものだが、しかし、そのために講じている策もあった。

 

 

「“アレ”に変化は見られるか」

 

『……いいえ、特には』

 

「ならば大した事ではない。疲労しただけだろう、放っておけ」

 

『それは……はい……』

 

 

 試しに問いかけてみれば、案の定。“まだ”早過ぎるのだ。

 違うのなら、彼の体調などはどうでも良く、倦厭を言葉に乗せる梁島。

 だが、少女は随分と心配性になってしまったようで、更に食い下がった。

 

 

『一つ、よろしいでしょうか』

 

「手短にな」

 

『……“これ”は一体、なんなのでしょうか。本当に問題はないのでしょうか。どう見ても、ただの……』

 

「お前が気にすることではない。説明したところで理解もできん。お前はただそれを持ち、その男に仕える事だけを考えていればいい」

 

 

 梁島に持たされた“ある物”を、信じきれないのだろう。

 不安そうな少女だったが、無慈悲に切って捨てる梁島の言葉で、何も言えなくなってしまった。

 彼女の行っていることは大半が次善策であり、真に重大な事柄は、梁島が自分で行うと決めている。

 事が動くとしたら、それは時代のうねりを伴う。いざという時は即座に肉薄。自ら手を下す覚悟だ。

 その気概が伝わったか、期待するだけ無駄だと悟ったのか。気落ちしたような声で、少女が通信を切ろうとする。

 

 

『……はい。それでは、失礼いたし――』

 

『もう……ダメ、だ……我慢でき……』

 

『えっ。あ、提督――きゃ!?』

 

「おい。どうした」

 

『い、いいえっ、なんでもありませ――んぁっ。ちょっと、そこは駄目で……』

 

 

 ――けれど、再び彼の声が紛れ込み、何かがもつれあって倒れる音。最後に、艶を帯びた嬌声で締めくくる事になってしまう。

 無音。

 兵藤からの通信を示すアイコンが、どうしてだか、やけに不愉快だった。

 

 

『梁島提督。梁島提督? ……おーい、やなっしー? 聞こえてますー?』

 

『妙な呼び方をするな。貴様に馴れ馴れしくされると怖気が走る』

 

『……なんか急に怒ってません? 八つ当たりですか? パワハラですか? 中将に言っちゃいますよ?』

 

『知らん。もう話しかけるな』

 

『んなこと言われたって、もうすぐ作戦海域なんですけどー。ヤムニちゃんとかリーニちゃん、ルイちゃんも潜水しといた方がいいんでは?』

 

『………………ちっ』

 

『あっ、舌打ちとか酷っ。私だってたまには傷つくんだぞぉー!?』

 

 

 わざと聞こえるように舌打ちをして、梁島は意識を切り替える。

 確かに、先行する偵察機の視界は、海面で漂う船の残骸を見つけ始めていた。

 潜水しておけば、沈み始めた断片を回収可能な場合もあるのだ。破廉恥な小僧のことは置いておこう。

 ちなみに、兵藤の呼んだ名は、梁島が使役する潜水艦の別名である。

 終戦間際に日本海軍が接収した、元外国籍潜水艦であり、五○二はドイツのU-862、五○三・五○四はイタリアのコマンダンテ・カッペリーニ、ルイージ・トレッリが元の名前だった。

 それぞれ、数奇な運命を辿った船なのだが、ここでは省かせて頂く。

 

 兵藤の朧、潮。梁島の五○二・五○三・五○四。

 五角形を描いていた船のうち、三角に位置する潜水艦たちが急速潜行を開始した。

 果てしない空とは趣の違う、どこまでも深い青の世界。波立つ水面を通して降る光は、雲間から差し込んでいるようだった。

 残る駆逐艦も、回収用の内火艇(うちびてい)を降ろす準備を進める。

 

 

『こちら兵藤。交戦海域へ到達。キスカ・タイプの残骸回収を始め――うぉ眩しっ!?』

 

『なんだっ』

 

 

 水底から昇る、光の奔流。

 海も空も、まとめて白く染め上げた閃光に、梁島たちの視界が奪われる。

 耐性があるはずの統制人格ですら、数秒間は目がくらむ。

 視力を取り戻す頃には、状況は一変していた。

 駆逐艦。軽巡。重巡。潜水艦。空母。

 その他もろもろ、様々な種類の軍艦が、まばたきの間にひしめいていたのだ。

 

 

『……ど、どーしましょー、これ』

 

『どうもこうもあるか。連絡だけして、出来るだけ曳航するしかあるまい』

 

 

 目算でも三十は越える数に、兵藤は声を引きつらせ、梁島が大きくため息をつく。

 漂っていたはずの残骸が消えている。

 おそらく、この海域にはもう何も残っていないだろう。ならせめて、戦利品くらいは確保しなければならない。

 

 

(最後まで先手を取られたか。あの二人の記憶に期待するしかないな……。忌々しい)

 

 

 対外的には大勝利と公表されるだろう、この戦い。

 しかし梁島に言わせると、翻弄され続けたうえで譲られた勝ちであった。

 全くこの世界は、予定外のことばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こぼれ話 神様が死んだ日》

 

 

 

 

 

『――だぁああっ! ちが、そうじゃない、違うだろ空気読めよぉおおぉぉおおおっ!!』

 

 

 人気の少ない乾ドックで、壮絶な叫びが響き渡った。

 あまりに唐突だったからだろう。目の前の少女――長門は繋いでいた手を離し、驚きに肩を跳ねさせる。

 

 

「な、なんだ、一体。わ、私は、その……。お呼びでは、なかったのだろうか……?」

 

「いやいやいや大丈夫だから! 今の自分じゃないから、安心してくれ」

 

「ちょっと、ダメじゃないですか間桐提督。驚いちゃってますよ、彼女」

 

『だって……。だってぇ……っ。だってよおおおぉぉおおぉ……』

 

 

 声の主であるところの棒人間――間桐提督は、ハンカチを噛み締めながら、涙の海でラッコ状態。本っ当にパターン豊富でございますね。

 しかし、んなこたぁどうでもいい。長門を落ち着かせないと。

 

 

「まぁ、アレは気にしないでおこう。改めまして、よく来てくれた。歓迎する」

 

「……良かった。てっきり邪魔者になってしまったかと。私が戦艦、長門の現し身だ。こちらこそ、よろしく頼むぞ」

 

 

 ホッと胸をなで下ろす黒髪ロングな少女が、再び手を差し出してくれる。

 握り返しつつ、改めて彼女を観察してみると、今までの例に漏れず、美少女なのがよく分かった。

 身長は自分より少し低いくらいだから、百七十くらい。

 腰まで届く長い黒髪が艶やかで、赤茶色の瞳は、柔らかくも凛々しい印象を与える。

 スラッと伸びた脚は赤のハイソックスで包まれ、白いミニスカとの間に絶対領域を構築。

 指抜きグローブと一体化した皮の防具が、細い腕を二の腕まで守っていた。

 ……ここまでは良いのだが。

 

 

(妙に露出度が高いな、この子。脇とかヘソとか丸見えなんですけど? 島風に通じるものを感じる……)

 

 

 上半身を包む、白の和装。

 一見、効率良く身体を守っているように……見えねぇわやっぱ。

 なぜか男前――左の襟を前に合わせる着方になっているのだが、それは胸を覆っているだけ。

 肩も脇も剥き出しであり、裾は胴回りで絞られているため、おヘソが丸見え。背中もほとんど出ちゃってるんじゃなかろうか。

 武人然とした、落ち着きのある喋り口とのギャップが凄い。

 

 

「で、そちらの女性はどういった方だろう? 説明してもらえると助かるのだが……」

 

「あぁ、兵藤提督といって、自分の先達に当たる人だよ。立会人みたいなものかな」

 

「やぁやぁ初めまして。兵藤凛と申します。よろしく長門くん」

 

「そうでしたか。不躾な物言い、どうかご容赦を」

 

「ふふふ、堅苦しい言葉遣いをしないでおくれよ。私はそういうのに興味ないから、もっと気楽に、ね?」

 

「……では、お言葉に甘よう」

 

 

 加えて、長門は疑うという事を知らないらしい。

 ざっくばらんな上官っぽい対応をしている先輩だけど、黒目がちな瞳の奥が爛々と輝いている。

 察するに、「なんと完璧にムダ毛処理された脇だろうかっ。舐めたい!」とか考えてるんだろう。

 予想できてしまう自分もアレだが、外面だけは完璧に取り繕える先輩だって、相当ヒドい思います。

 

 

「さてさてさて。普段なら、このまま談笑にもつれ込んでも良いんだけど、ちょっと今は立て込んでいてね。次の励起に取り掛かろう」

 

「そうですね。というわけだ、すぐ妹に会えるぞ、長門」

 

「ほう? なるほど、よく見れば陸奥も隣に居たか。見かけ以上の器量持ちのようだな、私の提督は」

 

「ははは、どうなんだろうな。君に見合う自信は、あまりないんだけど」

 

「む。それは困るぞ? この長門を預かるのだ。相応の男でなければな」

 

 

 自らの船体を振り返り、その隣……と言いつつ何十mも離れているが、そこで鎮座する姉妹艦、陸奥の姿を確認。長門は腕組みをし、横へ並ぶこちらを見上げた。

 左右非対称の、不敵な笑み。侮られているというよりは、期待されているように感じる。

 日本が世界に誇ったビッグセブン。色々なことが重なって主となったけれど、真に相応しい男なんて、この世に数えるほどしか居ないだろう。

 例えば、すぐそこにも長門を使役する人物がいる訳だが……。

 

 

「ほら、間桐提督。そろそろ復活してくださいよ。次、陸奥の励起ですよ~」

 

『……おう。そうだな、まだ陸奥がいるもんな! 可能性は捨てちゃいけネェ、一%でも確率があるなら、諦めないのが男ってもんよ!』

 

「相応の男って、あんな感じに?」

 

「……う、う~ん? いや、何かが致命的に違うような……。というかアレは……?」

 

 

 セリフは格好良いはずが、動機が不純すぎる棒人間さんとか。

 なぜか断崖絶壁で「もう何も怖くない」的に立ち、砕ける波濤の飛沫を浴びていた。輝く十六条旭日が背景だ。

 パパラパッパパーンという効果音を聞き、長門も首を傾げている。

 ……もう何も言うまい。

 

 

『ほれほれ、こっちの準備は整ってっぞ。早く呼べ。さっさと呼べ。速やかに呼べ。そして俺を喜ばせろ! お前の絶望でなぁ!!』

 

「あっはっは、間桐提督~、まるで悪役みたいな台詞~。しかも中ボス的な」

 

『いいんだよ! 世界のたゆんたゆんは全て俺のモンじゃああ!』

 

 

 足取り軽い先輩に運ばれるPC画面は、原っぱでスキップする棒人間を映す。

 仕方なくその後を追い、またカートに乗って移動するけれど、隣で座る長門はチラチラ様子を伺い続けている。もちろん棒人間を、である。

 この場で説明することも可能だが、「君の同名艦を使役する、日本最強のおっぱい星人だよ」なんて言ったら、連携に支障をきたすかも知れない。困ったもんだ。とか考えている内に陸奥の側へ来ちゃうし。

 カートを降りたら降りたで、画面内の棒人間が「巨乳だけは許さない」と書かれた馬鹿デカいフリップを掲げて催促している。

 いちいち反応するのも面倒臭い。早いとこ励起しちゃおう。

 

 

「来い、陸奥!」

 

 

 投げやりな気分を振り払い、気迫を込めて右手を差し出す。

 長門の時と同じく、ゆったりとした足取りで光が集う。

 胸、腰、頭、脚、腕。ヒトガタを構築する蛍光は、やがて、一人の少女を生み出した。

 

 

「初めまして、かしら。長門型戦艦二番艦、陸奥の現し身よ。よろしくね。私のナカでは、あまり火遊びはしないでね……。お願いよ?」

 

 

 繋いだ右手に、彼女は――陸奥は柔らかく力を込める。浮かぶ微笑みも、同じ感触がした。

 長門と対になる黒いミニスカートを履いていて、髪は茶髪。横髪が内巻きにカールし、後ろ髪はちょっと跳ねてるだろうか。

 姉と違う部分は他にもあり、腕を覆う防具は白い手袋のみ。靴下の丈は膝ほどで、全体的に露出が多い。

 喋り方の色っぽさと掛け合わさって、なんだかドギマギさせられてしまう。

 

 

「初めまして。よろしく頼むよ、陸奥」

 

「不思議な感覚だな。馴染みがあるはずなのに、こうして会うのは初めてとは」

 

「あら、あらあらっ? 久しぶりじゃな……くて、初めまして? ホントだわ、おかしい」

 

「だろう? しかし、それは良いとして……」

 

 

 平然を装う自分と対照的に、自然な笑みの長門。陸奥の雰囲気も少し変わったような。

 姉妹艦ゆえのシンパシー、ってやつか。二言三言のやりとりに、深い信頼関係が見えた。

 けれど、不意に長門は背後へ視線を滑らせ――

 

 

『……神は死んだ。お前が殺した! 呪ってやるぞ桐林ぃいいっ!!』

 

 

 ――空気嫁と書かれたビニール人形を抱き、悲劇の主人公ぶる棒人間のせいで、半眼となる。

 アレっすか。ヒロイン殺された的な状況ですか? 長門さん意味分かってないみたいだし、変な知識を吹き込まないでもらえませんかねー。

 ファッションモデル顔負けのナイスバデーな子だけど、純真なんですよー。大事に育てたいんでー。

 

 

「なぁ、提督。先ほどから騒がしいアレは、一体なんだ?」

 

「言ってることは物騒だけど、どう聞いても声が泣いてるわよねぇ」

 

「はっはっは。気にすることないさ、きっと羨ましいだけだから。あっはっはっはっは!」

 

「ひどいドヤ顔だよ新人君。それにしても、二人そろってヘソだしルックとは……。どぅへへへへ……」

 

 

 勝った。誰が見ても間違えようのない、S判定完全勝利だ。

 勝利の高笑いに紛れ、先輩は涎を垂らしているけど。

 真面目な姉と奔放な妹かぁ。妄想がはかどる定番の組み合わせだし、理解はできる。

 電たちで美少女慣れしてなかったら、自分だって鼻の下を伸ばしてただろう。

 だが、いつまでも遊んでいられる状況じゃない。

 

 

「これで役者は揃った。本当なら歓迎会でも開きたいとこだけど、さっき長門にも言ったように、事態は差し迫っている。すぐ通常暖機を始めて欲しい」

 

「あら、そうなの? 息つく暇もくれないなんて、せっかちな提督なのね?」

 

「うぇ? い、いや、こればっかりは、自分にはどうにも出来ないし……」

 

「こら、陸奥。からかってやるな。……とはいえ、事情くらいは説明してもらえるとありがたいのだがな」

 

 

 陸奥に至近距離から見上げられ、思わず仰け反ってしまう。

 ふわり。なんとも言えない香りが鼻をくすぐった。オマケに胸の谷間までドUP。満面の笑みを考慮すると、絶対ワザとだ。

 間桐提督は『脇へそ太もも……』なんて言いながら、物欲しそうに様子を伺うアニメーション。

 男共が役に立たないと判断したからか、背伸びして谷間を覗いていた先輩が咳払い。長門の問いへ答える。

 

 

「かいつまんで言うとだね。現在、本土へ向けて敵が進撃しているんだよ。

 迎え撃つ準備はしてあるんだけれど、君たちにも援軍を頼みたい。念には念を、さ」

 

「ほう。さっそく出番を用意してくれたか」

 

「私たちの初舞台って事ね。念入りにお化粧しなくっちゃ」

 

 

 短すぎる説明とも思えたが、長門・陸奥は的確に事態を把握してくれたらしい。互いの顔を確認し、力強く頷き合っている。頼もしい限りだ。

 船というものは、ただ動かすだけにも時間が掛かってしまう。

 重油を積むだけで数時間を必要とするし、積んだからってすぐに抜錨出来もしない。ボイラーやスチーム管をしっかり温めてからでないと。

 今回は処女航海という事もあり、念入りな点検をしながらの暖機となる。かなり余裕を見て始めておくべきだ。こっちも気を引き締めないとな。

 

 

「いきなり呼び出しておいて、慣らしもせず実戦投入するんだ。不満に思うだろう。

 だが、この難局を乗り越えるためには、力が必要だ。君たちが必要なんだ。頼む。力を貸して欲しい」

 

 

 彼女たちの瞳を見つめ、自分は助力を求める。

 立場的にも、能力的にも。強制することは可能だけれど、本当に大事なこと以外ではしたくない。

 言葉が軽くなるっていうのもあるし、何より、己の意思で戦っているという自覚が大切だと、そう思うから。

 

 

「あらあらあらあらあら~。ねぇねぇ聞いた? 初対面なのにすっごく情熱的じゃない?」

 

「……ふ。確かに。一瞬、口説かれているのかと思ったぞ」

 

「へ? ち、違う違う! そういうつもりじゃなくてだなっ、純粋に手を貸して欲しくて……」

 

 

 しかし、真面目な顔で決めたつもりが、笑みを深くした陸奥に茶化されてしまう。

 長門までそれに乗っかって、小さく肩をすくませている。

 慌てて弁明しようとしても、唐突に感じ取った柔らかさが中断させた。

 

 

「うっふふ。照れちゃって、もう。……ふぅん。ねぇ、出撃まで時間はあるんでしょう? それまでお姉さんと、二人っきりでお話ししない?」

 

 

 隣へ回り込んだ彼女に、腕を組まれたのである。

 しかもだ。男なら誰でも一度は憧れる、胸の谷間へと挟み込まれるスタイルで、なのだ。

 心拍数と血圧と体温。三つが一気に上昇していく。

 

 

「ぁぁぁあの、陸奥さん。あのですね、に、二の腕に、なんだか幸せな弾力がですね」

 

「もう。女に言わせるつもり? ……当・て・て・る・の」

 

「ぁふんっ」

 

 

 歯を食いしばって、緩みそうになる顔をなんとか保とうとする自分。

 んが、そんな物は砂上の楼閣だったらしく、耳に息を吹きかけられ、気持ち悪い喘ぎ声を出してしまった。

 マズいぞこれ。天龍に食らったラッキースケベとは違う、完全にイタズラ目的な逆セクハラじゃないかっ!?

 なんだかんだで先輩は触らせてくんなかったし、対処に困るっ。

 

 

『ちょいエロお姉さん、だと……? 最高じゃねえかチクショウ……! あああ物陰に連れ込まれて押し倒されてぇぇぇ……』

 

「良いですねぇ、悪くないシチュですよ間桐提督。

 だがしかしっ、新人君の童貞は、電ちゃんか金剛ちゃんか私の物でねっ。

 奪うというなら参加させてもらおうかぁー!」

 

「ひ、兵藤殿? そのような物言い、如何なものだろう? 貞淑にとは言わないが、もう少し落ち着いた方が……」

 

 

 狼狽える自分の背景では、棒人間と先輩がフィーバータイム。驚く長門の声が聞こえてきた。

 助け舟を出したいところだけど、陸奥に引っ張られてジリジリ距離は開いていく。

 

 

(どうしようこれ……。抵抗した方がいいんだよなぁ? でも、ちょっとくらい息抜きしたって……)

 

 

 戦いはもうすぐ始まる。

 どんな経過になるのか、想像なんて出来るはずもないけど、必要以上に緊張しては、戦果を上げられないだろう。

 なら、少しばかり羽目を外して、英気を養うという選択肢も許される。きっと。

 あとちょっとだけ、至福のマシュマロ感を味わったって……良いよな?

 そう自分を納得させている間に、四つの足音は鎮守府へと向かう。

 まだ見ぬ敵への不安を、賑やかな声に紛らわせながら。

 

 ……たまには大きいのも良いよね!

 

 




「さぁってと……。ねぇアンタ。ムチと低音ロウソクとトゲトゲ土下座板、選ぶとしたらどれがいい?」
「そうですねぇ。私だったらムチとロウソクの合わせ技が……ってなんの質問ですか桐ヶ森提督!?」
「ふむふむ、合わせ技か。いっそ全部乗せってのもアリよね。ふふふ、楽しみにしてなさいよ……」
「わーい超楽しそう。逃げてー! 桐林さんマジで逃げてー!!」

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