新人提督と電の日々   作:七音

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アニメ放送開始記念、突発こぼれ話 全力で雪合戦する女の子とか可愛いよね

 

 

 

 

 

 その少女は、窓辺に立って空を見上げていた。

 チラチラと舞い落ちる白い綿菓子を、飽きもせずに、何分も、何分も。

 

 

「こら。まだ仕事中だぞ?」

 

「あ……。すみません、司令官。つい見惚れちゃって」

 

 

 しかし、仕事中にそれでは困る。

 背後に立って声をかけると、本日の第二秘書官である彼女――吹雪型駆逐艦ネームシップ・吹雪は、慌てて頭を下げた。

 この時期には寒そうに見える半袖セーラー服。後ろでくくったセミロングほどの髪がピョコンと跳ねる。

 

 

「そんなに雪が珍しいか?」

 

「はいっ。あ、知識としてはもちろん知ってるんですけど、こうして見るのは初めてですから」

 

 

 今日は朝から曇っていたが、宿舎を出る時にはまだ降っていなかった。

 降り始めたのは、仕事を開始してすぐ。もう一六○○だから、六時間近くになるか。

 昔は関東で雪が降るなんて珍しかったみたいだが、近頃では毎年、かなりの量が降る。今降っているのも大粒で、けっこう積もっているようだ。

 つい数週間前に励起したばかりの彼女はもちろん、宿舎に居るみんなも、初めての雪に興奮していることだろう。

 

 

「でも、だからってお仕事をサボっちゃダメですよね? さ、続きを終わらせちゃいましょう!」

 

 

 胸の前で両手をグッと握り、笑顔を見せる吹雪。

 大いに賛成したい所なのだが……。

 実は自分としても、雪が気になってしょうがなかったりする。

 

 

「それなんだけどさ。集中力を維持するためには、適度な息抜きが必要だと思わないか?」

 

「え? もう、なに言ってるんですか。まだこんなに書類が残って……」

 

「だから、フレッシュな気持ちで仕事をこなすためにも、ちょおっとだけ身体を動かしたり」

 

「……あ」

 

 

 なので、少しばかり遠回しに、散歩へ行こうと吹雪を誘ってみた。

 意味に気付いたようで、彼女は一瞬目を輝かせるのだが、しかしすぐに表情を曇らせて。

 

 

「で、でも、良いんでしょうか。サボったりなんかしたら、みんなに迷惑が……」

 

「真面目だなぁ、吹雪は。……仕方ない。これより極秘任務を与える! 心して聞くように!」

 

「は、はいっ」

 

 

 吹雪から続く特型駆逐艦シリーズ。

 その長女だけあって、真面目で頑張り屋なのが特徴だが、こうして融通が利かない所もあった。

 彼女を動かすには、強引な手段が必要らしい。

 

 

「特型駆逐艦一番艦・吹雪は、これより鎮守府視察へと出向く提督の、護衛任務につくこと。防御装備もしっかり準備するように! いいな?」

 

「……はい! 了解しました!」

 

 

 今度こそ満面の笑みで、吹雪は敬礼を。

 大げさな命令……というか、命令にもならないお願いなんだけど、効果はあったもよう。

 執務室の隅にあるコート掛けへと走り寄り、宿舎から着てきた防御装備――ダッフルコート、マフラー、手袋の三種を装着し始めた。

 自分もその間に、椅子の背に掛けっぱなしのロングコートやマフラーを身につける。

 

 

「お待たせしました、司令官っ。いつでも行けます!」

 

「うん。じゃあ行こうか」

 

「はいっ」

 

 

 元気一杯な吹雪と頷き合い、二人並んで廊下へ。

 暖房器具完備な執務室と違って、空気はひんやりしている。

 幾人もの職員さんとすれ違いつつ、目立たないよう裏口から外に出ると、足跡一つない、真っ白な絨毯が広がっていた。

 

 

「わぁ……!」

 

 

 感動しているのか、戸惑っているのか。

 おそらく両方なのだろう。

 降りしきる雪を見つめ続ける少女に、自分は手を差し伸べる。

 

 

「さぁ。吹雪」

 

「は、はいっ。……わ、わ、わ。あはは、これが雪なんだぁ」

 

 

 ギュッと手を握り返し、彼女は恐る恐る一歩を踏み出す。

 サク、サク、サク――と軽い音。

 何度も雪靴を沈みこませるうち、緊張が高揚感に取って代わるのが、見ているだけで伝わってきた。

 

 

「どうだ? 初めて雪を踏みしめる感覚は」

 

「面白いです! ふかふかなのに、冷たくて、シャリシャリってして、楽しいです!」

 

 

 繋いでいた手は離れ、吹雪は跳ねるように走り回る。

 雪降る庭で息を弾ませる、雪の名前を持つ少女。絵になるなぁ。

 青葉がここに居たら、間違いなくシャッター音が止まらないだろう。

 この間の猫娘騒動も激写してたみたいだし。焼き増し? 当然。

 

 

「はしゃぎ過ぎると転ぶぞー? スカートなんだから気をつけろー」

 

「ふっふふーん、平気ですよー。シケた海の上に比べたら、このくらい――ふぎゃ!?」

 

「あ」

 

 

 保護者として一応注意はしても、心配ないだろうと微笑んでいたら、庁舎の影を飛び出したあたりで急に倒れこんだ。

 横合いから、吹雪の頭めがけて雪玉が飛んできたのである。

 錐揉み回転しつつ、前のめりに倒れたせいか、お尻が高く突き上がり、雪より白いパンツが丸見え。

 あー、えー、うーん……。あ、安産型だねっ?

 近寄るわけにもいかないし、自分はここで見守ってるよっ! 目を皿のようにして!!

 

 

「いよぉっし、深雪スペシャル命中ぅ! ……って、ありゃ。吹雪じゃんか」

 

「だ、大丈夫!? しっかりして吹雪っ」

 

「うぐぐ……。な、何ぃ……?」

 

 

 そこへ駆けつける二人の少女。

 この天気なのに、半袖セーラーのまま力こぶを作る、加害者と思しきショートカットな吹雪型四番艦・深雪。

 吹雪と同じダッフルコートを着て、大慌てでめくり返ったスカートを戻す、茶髪を襟足で二つくくりにした、二番艦の白雪だ。

 問題なくなったので近づいてみると、L字になった建物の向こう側に、黒いカーディガンを羽織る叢雲と、ダッフルの磯波も居た。

 ちなみに、これら追加装備は普通の服。自分がお金を出して用意した。女の子向けの服って、やっぱ高いわ……。

 あ。よく見たらヨシフも背景で走り回ってるな。メッチャ楽しそう。

 

 

「とんだノーコンね。さっきから一発も当たってないわよ?」

 

「うっさい、これからだっての! その澄ました顔を雪まみれにしてやるからなっ!!」

 

「あ、あの、司令官が来ましたし、そろそろやめた方が……。きゃっ」

 

 

 叢雲の挑発に、深雪はさらなる雪玉を固め、思いっきり投げつける。

 しかしそれも回避されてしまい、危うく磯波をかすめて行った。

 雪の上ではしゃぐ少女たち。なんとも微笑ましい光景だ。

 ……いい加減、轟沈したままの吹雪を助け起こすか。

 

 

「だから言ったのに……ってのは流石に酷だな。ほら」

 

「ううう。ありがとうございます、司令官……」

 

「すみません、ご迷惑をおかけして」

 

 

 再び手を差し伸ばすと、顔を雪まみれにした吹雪が、鼻を赤くしながらも立ち上がった。ふらつく身体は白雪が支える。

 でも、なんでここに居るんだろう? 宿舎からはだいぶ離れてるはずなのに。

 

 

「雪合戦か、白雪?」

 

「はい。随分と降りましたから、ヨシフちゃんの散歩ついでに、ちょっと表へ出てみようという話になって。そうしたら……」

 

「深雪が暴走したわけだ」

 

「なんです……」

 

 

 はしゃぎまくる姉妹が恥ずかしいのか、白雪は肩を小さくしながらそう説明した。

 なるほどねぇ。扶桑や鳳翔さんたちが来たばっかりの頃みたく、大遠征祭りを実施しているので、代わりに……という事だろう。

 暁型の四人も資材運搬任務に就いてるし、鎮守府に残ってる子は少ない。賑やかさは変わらないけども。

 そして、その一翼を担う吹雪が、雪玉をぶつけられた恨みで眉毛を釣り上げる。

 

 

「むぅぅ……。ちょっと深雪! いきなり雪玉ぶつけておいて、何か言うことないの!?」

 

「へっへーんだ、避けられない吹雪が悪いんだろー。ほぅら、あったれぇい!」

 

「ふふ、無駄よっ。磯波バリアー!」

 

「ひゃあぁああっ。だ、誰か、助けてぇぇ」

 

「ちぃ、叢雲の卑怯者ー! ……んぎゃっ」

 

 

 姉を敬う気がないらしい天の邪鬼娘は、磯波を盾に取る叢雲に釘付けだ。

 何気にヒデェ。っていうか、普段とキャラが違って子供っぽいな。無邪気で可愛い。

 対して、悔しげな顔の深雪。新しく雪玉を固めようとしていた所に、予想外の方向から奇襲を食らった。

 投げたのは吹雪である。

 

 

「お姉ちゃんに悪さして、なおかつ妹までイジメる悪い子は……。私がやっつけちゃうんだから!」

 

「うわヤバいっ、吹雪ングが降臨だぁー、逃げろー!」

 

「ちょっと、こっちに来ないでっ。服が汚れるじゃないっ」

 

「ぁうぅぅ……。ブラウスまで濡れちゃいましたぁ……」

 

 

 雪玉を抱えた吹雪が参戦し、ただでさえ騒がしかった雪合戦は、大騒ぎへ発展した。

 こうしていると、本当に普通の女の子だ。まだ戦いが続いているのを、忘れてしまう。

 

 

「全く……。元気だなぁ、みんな」

 

「ふふふっ、ですね」

 

 

 でも、たまには良いと思った。

 息で手を温める白雪と、一緒に並んで眺める騒がしさは、平和の象徴だと思えたから。

 

 

「寒いか」

 

「……ちょっとだけ」

 

「なら、これ使いな。自分はコート着てるし」

 

「あっ。でも……。嬉しい、です。ありがとう、ございます」

 

「どういたしまして」

 

 

 雪合戦中の四人は大丈夫だろうけど、動いていない分、白雪は寒いはず。

 紳士としてマフラーを巻きつけてあげれば、彼女はそれに顔をうずめ、ゆったりと目を細める。

 目の前の騒ぎと切り離されて、二人だけの世界が広がったように感じた。

 ふふふふふ。自分だってやれば出来るのだよ。

 紳士ぶれば女の子と良い雰囲気にもなれるのですよっ。

 イメトレ完了! 電が帰ってきたら、この手を使っていい感じにイチャつこう!

 

 

「……んぉ!? な、なんだぁ!?」

 

「し、司令官っ? どうかなさいましたかっ?」

 

 

 ――と、不埒な計画を立てていたら、ヒンヤリとした二本の手が、背中からコートに潜り込んできた。

 それだけじゃなく、小柄な人間一人分の体積が這い回り、身体の正面で動きを止める。

 細い指が、器用に内側からボタンを外し、闖入者の正体があらわに。

 

 

「……ぷは。司令官の中、あったかい……」

 

「初雪か……。先輩かと思った……」

 

「もう、ダメじゃない。そんなイタズラしたら」

 

「だって……。深雪に無理やり連れてこられて、寒かった……」

 

「だからって、もう」

 

 

 前髪パッツンのダウナー系艦娘、初雪だ。

 てっきり宿舎でコタツむりしてるかと思ってたけど、深雪パワーは侮れない。

 でもさ。司令官の中って言い方はやめて? 掘られてる気分になるから。

 

 

「まぁ、たまには良いよ。こんな天気なんだ。少しぐらいはさ」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「司令官、太っ腹……。そういうとこ、好き……」

 

「ははは。ありがとう」

 

 

 初雪は体重を完全に預け、白雪も柔らかく微笑む。

 なんというか、元気過ぎる娘を見守っている気分だ。

 それに、コート二人羽織というのも、なかなかグッドアイディア。

 電とこう出来たら最高だなぁ。いや、初雪がダメってんじゃないけど、やっぱりね。

 

 

「チックショウ、こうなったら……。艤装召喚&雪詰め!」

 

「んなっ、それは反則よ深雪!」

 

「あわわわわ、冷たいのは、冷たいのはもう嫌ですぅぅぅ」

 

「磯波、こっちに……あっ!? 司令官、避けてぇ!?」

 

「ん?」

 

 

 夢想しつつ空を見上げる自分へ、何やら切羽詰まった吹雪の声が。

 顔を戻すと、手前から順に五つの影。

 背を向け、逃げる準備万端な叢雲。すでにへっぴり腰で逃げている磯波。焦った顔でこちらに手を伸ばす吹雪。

 そして、艤装を召喚し、魚雷発射管へと雪を詰めた深雪に、彼女の背後で「わぅん」と鳴き、前足で目を覆いながら伏せるヨシフ。

 あ、これヤバい。

 

 

「深雪スペシャル第二號、行っけぇええっ!!」

 

「ぎゃぼっ!?」

 

「うっ」

 

「きゃあぁぁあああっ!? 司令官と初雪がぁ!?」

 

 

 そう思った次の瞬間にはもう、顔面と腹部に強烈な衝撃が。腹の方はちょうど初雪の顔辺りである。

 当たり前だが耐え切れる訳もなく、白雪の悲鳴を耳に、自分と初雪は雪原へ突っ伏した。

 

 

「ヤッベ……。やり過ぎちった……」

 

「わ、私は知らないわよ。深雪が調子に乗るから」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないですよぅ」

 

「大丈夫ですか、司令官っ。しっかりして下さい!」

 

 

 闇に閉ざされた世界で響く、四人の声。

 自分は微動だにせぬまま、心で初雪へ問いかける。

 

 

(……初雪。分かってるな)

 

(んっ……)

 

 

 返事は短く、明瞭な意思が込められていた。

 むくりと上体を起こし、四つん這いになるようにして一旦停止。準備を整える。

 そして――

 

 

「よくもやってくれたな、お子様ども!? 反撃開始だぁああ!!」

 

「ホントは得意だし、こういうの。……当たれ」

 

「うきゃあぁああっ!?」

 

 

 ――敵へと翻したコートの中には、雪玉を満載にした艤装を構える、初雪が居た。

 一斉掃射は直近の吹雪に殺到。彼女はまたもや雪まみれとなり、尻餅をつく。

 パンツ丸見えアゲイン。絶景かな、絶景かな!

 

 

「ひ、酷いです司令官!? ビチョビチョじゃないですかぁっ」

 

「ふっはっはっはっはぁ! 一連托生なのだぁ! 次、標的は叢雲ぉ!!」

 

「ん。頑張る」

 

「ちょ、待っ、冷たっ!?」

 

「なっははは、やーいザマァ見ろぉ――んぼぁっ」

 

 

 次弾装填を手伝い、次なる標的は無傷の叢雲。さすがに身を躱すのにも限界があったようで、数発ほど命中弾を出せた。

 それを見て大笑いしていた深雪だが、彼女もまた別方向から雪玉を食らう。

 今度の投手は磯波である。

 

 

「油断大敵、です。私だって、やられっ放しじゃないんです!」

 

「く……。やるな磯波ぃ。アタシも負けないかんなぁ!」

 

 

 今まで泣きそうだった顔には小さく笑顔が浮かんでいた。

 やられたはずの深雪も、大きく口角を上げて相対する。

 

 

「あ、あのっ、みんな、落ち着いて? あの、服が……。うぅ……わ、私も混ぜてくださいぃ!」

 

 

 ただ一人、抑えに回ろうとした白雪までもが、楽しそうな雰囲気に負けて走り出す。

 こうして、吹雪型駆逐艦+αによる、雪合戦大会が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「……さて。はばかりは済ませましたか? うがい手洗いは? 冷たい板の間へ正座して、ガタガタ震えながら書類を片付ける準備はよろしいですか?」

 

「すみませんごめんなさい妙高さん! 自分のせいじゃないんです、全部深雪が悪いんです!」

 

「そうなんですっ、ちょっとお散歩するだけのつもりだったのに、深雪が雪玉なんてぶつけて来るから!」

 

「ちょ、あ、アタシのせいにすんなよなぁ!? 司令官たちだって思いっきし遊んでたろぉ!?」

 

「言い訳ご無用っ。皆さん反省なさいませ!」

 

 

 数十分後。

 執務室には、紫色のスーツを着た、太眉魔王が御降臨なされていました。

 日が暮れるまで雪合戦に全力を投じ、互いの健闘を称えながら執務室へ戻った自分たち。

 それを出迎えたのが、おデコに青筋を、口元に微笑みを浮かべる魔王――もとい、第一秘書官である妙高様だったのです。

 

 

「っ、この私が、ゲンコツを受けるだなんて……屈辱……!」

 

「もうやだ。帰りたい……」

 

「私は巻き込まれただけなのに……ぁ、いえなんでもないです……」

 

「私だって、まだちょっとしか遊んでなかったのに……」

 

 

 彼女は的確に、かつ容赦なく鉄槌を下しました。自分、吹雪、深雪、叢雲、初雪、磯波、白雪の順に、拳で。と言っても軽~くであります。

 痛いけれど、タンコブにはならない絶妙な加減で、次々に腕を振りぬくその姿は、鬼気迫るものがありました。

 自分たちは今現在、薪ストーブが焚かれ、白いモコモコ絨毯が敷かれた一角を避け、深々と冷えるフローリングへ正座させられています。寒いし痛いし痺れます。

 なんで敬語か? 怖いからですよ察して?

 

 

「わたくしたちの仕事が遅れれば、鎮守府の方々にも迷惑を掛けてしまいます。当然お分かりですね、吹雪さん」

 

「は、はいぃ。もちろんれすぅ」

 

 

 なにせ、隣に座っている吹雪まで、恐怖にガタガタ震えながら、涙を堪えているのだから。しかも噛んでるし。

 相手は先任の統制人格であり、仕事の鬼と呼ばれる妙高。仕方ないよ……。

 

 

「服務規程において、故意に仕事を放棄し、業務に遅延を発生させた場合には罰則が課せられます。

 それはどんな地位でも変わりませんし、どんな立場でも変わりません。これもお分かりですね。特に提督」

 

「承知しておりましたっ。……ほら、みんなも」

 

『すみませんでした……』

 

 

 その矛先がこっちへ向いた途端、自分は土下座体勢に。深雪たちもしぶしぶ謝る。

 こうなったら謝るしかないのだ。謝り倒して罰を軽減してもらうしかない。罰を受けさせられるのは確定だけど。

 情けない姿に呆れたのだろう。頭上からは「全く……」というため息。

 視線だけで様子を伺えば、じゃっかん怒りは薄らいでいるように見えた。これなら、もしかして許してもらえるかも……?

 

 

「しかし、事の発端は提督の御命令で、深雪さんたちは遠征終わりの休暇中です。よって、責めは提督にのみ負って頂きます」

 

「え゛ぇぇ!? なんでですか妙高様ぁ!?」

 

「マジで? 妙高さん話が分かるー!」

 

 

 期待した自分がバカでしたぁ!

 絶望に顔を歪める自分と引き換え、恩赦を賜った少女たちは一気に元気を取り戻す。

 深雪なんか、ワザとらしい決め顏で片膝をつき、肩へ手を置きやがった。

 

 

「ごめん……。先に、行くわ……。ぷっくく、まったなーしれーかーん!」

 

「あ、おい深雪ぃ!?」

 

「帰って引きこもる……」

 

「私も、ちょっと疲れました……。お風呂に入って温まりたいです」

 

「せっかくのカーディガン、染みにならないうちに洗わないとね」

 

「ごめんない、司令官。私では、お役に立てそうにもありません。マフラー、嬉しかったです。さようなら……っ」

 

「えっ、えっ、白雪も行っちゃうの!?」

 

 

 笑いを堪えきれず、途中で吹き出しつつ走り去る深雪。

 初雪と磯波、叢雲に、なぜかラブロマンスのヒロイン的な白雪まで背を向け、残ったのは秘書官としての責任感を持つ吹雪のみ。

 薄情者どもめぇぇぇ……。

 

 

「提督。今夜は寝かせませんよ?」

 

「わーい。妙高さんからお誘いなんて、嬉しくて涙が止まらないやー」

 

 

 ズダン。

 笑顔で木製みかん箱を置く第一秘書官様に、涙をちょちょぎれさせる自分。

 今夜は缶詰かぁ……。生活費捻出のために始めた鳳翔さんのお店に、ちょっくら顔を出すつもりだったんだけどなぁ……。

 しくしくしく………。

 

 

「……私もお付き合いしますっ。何をすればよろしいですか? 司令官!」

 

 

 ――と、泣き濡れるダメ男の隣に、再び腰を下ろす少女が。

 どこからともなく、もう一つみかん箱まで用意している。

 

 

「え。い、いいのか、吹雪」

 

「当然です。秘書官ですからっ」

 

「……ありがとう。なら、こっちの書類を頼む」

 

「はい! 頑張りましょうね、司令官!」

 

 

 書類の一部を渡すと、彼女は両手をグッと握り、見るものを元気付ける、暖かい笑顔を浮かべた。

 今度は感動に涙が溢れそうになるけれど、それを必死に押さえ込み、胸に差していた万年筆を取る。

 こんな良い子を、終日仕事詰めにする訳にはいかない。頑張って、日付が変わる前には終わらそう。

 そう心に決め、自分はみかん箱へと向かうのだった。

 

 

 

 

「すぅー。くひゅー。……や、しれーかん……そこは……そんな、らめれすぅ……。ぐー」

 

「手伝ってくれるんじゃなかったのかよ……。っていうか、どんな夢を見てるんだ……」

 

「提督? 手が休んでいますよ」

 

「はいすいません」

 

 

 

 

 


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