新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と仮面舞踏会・中編

 

 

 

 以上が、桐竹源十郎氏が遺した手記の、最後の頁に書かれた文章である。

 翌日。彼は日本海を最後の舞台とし、数ヶ月後、MIA認定を受けた。

 

 これを随想録として纏めたのは、偏に、天涯孤独だった彼を、人々の記憶に留めたいからだ。

 彼の周りには多くの人がいた。

 けれど、真に彼を愛していたと言えるのは、ほんの一握り。

 そんな彼をして、私は恥知らずにも、自分を幸福だと思ってしまう。

 最期を迎えようという時、手を握る誰かが居てくれるのを、幸せだと。

 

 彼は、どうだったのだろうか。

 あの戦いを、私は覚えていない。

 間に合ったのに救えなかったのか。

 間に合わずに救えなかったのかすら。

 

 尋ねるだけの勇気はなく、受け止める気力も同様。

 私の行為は、許されたいがための、身勝手な行為なのかも知れない。

 だがそれでも、どうかこの本が、わずかでも彼の慰めとならんことを。

 

 

 桐竹随想録、後書きの初稿より抜粋。

 著者は、護国五本指の一人である梁島提督。これを書き上げた直後、亡くなっている。

 死因は一般に公開されておらず、また、著書が軍の検閲を受けているのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 フェルモ・ダンテ・マルシッチ作曲、ボヘミアのワルツ。

 今にも落ちてきそうなシャンデリアの下、誰もが一度は聞いたことのあるクラシック音楽が、生演奏で響いている。

 新しく設けられたという、地下の多目的ホールでは、幾人もの男女が手を取り合い、優雅にステップを踏み、一夜限りの出会いで胸を躍らせるのだ。

 そんな、華やかな社交界において、自分は――

 

 

「紹介するわ。こちら、在日ドイツ大使のスヴェン・ジグモンディさん。

 そしてこちらが、三崎重工業のCEO、御厨(みくり)俊明さん。ご挨拶して」

 

「は、初めまして。桐林と申しますっ」

 

「ハハハ。Nett, dich zu treffen(はじめまして),お会いできて光栄です」

 

「そう緊張なさらず。御厨です、この腹で覚えて下さい」

 

「はは、は……」

 

 

 ――ただただ、恐縮しまくっている。

 桐谷提督の挨拶や、自分の所信表明など、つまらないプログラムを時間と共にすっ飛ばし、仮面舞踏会が始まって一時間。

 政財界のお偉方を巡り、自分と桐ヶ森提督は腕を組んで練り歩いているのだ。

 が、仮面舞踏会という性質上、名刺交換などはタブー。

 桐ヶ森提督から紹介された人物を、身体的特徴――髪の薄れ具合いや、腹の大きさなどで覚えなければならず、とにかく大変だった。

 

 

(もう少し愛想良くしなさいよ。口元が引きつってるわ)

 

(ならまず、腕を離してもらえません? なんかこう……。凄く居心地が悪いんですけど)

 

(贅沢言うんじゃないの。そうしないと虫が寄ってくるんだから仕方ないでしょ)

 

 

 肩と背中を大きく開け、ネックと胸元が繋がったデザインの、レースをふんだんに使った白いドレス。

 細い腕は長手袋で包まれ、シニヨンに編み上げた金髪と、ドレスに合わせた白い仮面が、彼女の魅力を高次元に纏め上げている。

 そんな少女と腕を組むなんて、普段の自分なら緊張しつつ喜んでいただろうけど、この状況では楽しむ余裕なんてありゃしない。

 数歩の距離に佇む、灰色の髪を持つ紳士と、腹がでっぷりした中年男性の笑みが辛い……。周囲のゲストからも視線を感じるし……。

 ちなみに、自分が着けてる仮面は、眉間辺りから小鼻までを覆う物で、桐ヶ森提督も着けているポピュラーなタイプだ。

 

 

「いやはや、こうして並ぶとお似合いですなぁ。桐生提督との仲も噂されていましたが、どちらが本命ですかな?」

 

「御厨さん、下世話な話は困ります。私はまだ誰ともお付き合いするつもりはありませんし、コレは後輩が粗相しないよう監視しているだけです」

 

「フフフ。でしたら、ワタシと踊るのも問題ない、という事ですね。一曲いかがですか?」

 

「申し訳ありません。それもお断りさせて頂きます。奥様に刺されたくはないので。……約束もありますし」

 

「これは残念。振られてしまいましたか」

 

「いやはやなんとも、羨ましい限りですなぁ?」

 

「……身に余る、栄誉であります」

 

 

 ぎゅーっと、左腕に密着する暖かさ。

 どうやらパーティーの参列者からは、政治慣れしていない若者と、それを守るうら若き乙女、という構図に捉えられている模様。いい迷惑である。

 もちろん、本気でカップルになった訳じゃないし、望んで偽装工作をしている訳でもない。

 先ほど言った視線の中には、獲物を狙うような目つきで見つめてくる、御嬢様方や御曹司方も居た。目当ては玉の輿or逆玉の輿。

 幸い、約束があると言うだけで、大抵の人は察してくれるのだが、そうなると「さっさと踊れや」的な圧力も感じ……。もう溜め息しか出ない。

 あ~あ……。自分、なんの為に提督やってるんだっけ……?

 

 

「さて、この分では息子とも無理でしょうな。覚えが悪くなるのも避けたい、早々に退散するとしますよ。先の戦い、お見事でした」

 

「ワタシも、妻に見つかると怖いですからね。失礼しましょう。……ああ、Mr.桐林」

 

「はい、なんでありますか」

 

 

 御厨氏が腹を揺らしながら背を向け、ジグモンディ氏もそれに続く。

 かと思いきや、彼は思い出したように振り返った。

 

 

「本国は、アナタに高い関心を持っているようです」

 

「関心、ですか……」

 

「はい。おそらく、ワタシの国だけではないでしょうけれど。

 近々、なんらかのご連絡をさせて頂くことになるかと思います。

 ご心配なく。きっと良い話ですよ。では」

 

 

 豊麗線を優美に丸め、灰髪の紳士は今度こそ立ち去る。

 自分の頭に残されたのは、不可解な疑問ばかりだ。顎に手を当ててしまう。

 

 

「良い話、ねぇ……? なんだろ、何かくれるとか……」

 

「なんにせよ、気を付けなさい。軍人にとっての良い話っていうのは、とどのつまり、戦いに関することなんだから」

 

「……ですね」

 

「ま、たぶん船関係でしょ。ハーレム要因が増えるわよ。やったわね」

 

「公共の場でそういうこと言うのやめてもらえません? ハーレムなんて築いてませんから」

 

 

 一瞬、シリアスな雰囲気をまとう桐ヶ森提督だったが、全力で拒否したい言い回しに自分は半眼である。

 鬱フラグが立ったら如何してくれる。マジで勘弁して下さい。

 

 

「……にしても、アンタって仮面付けてると、本当にイケメンだわ。ビックリ」

 

「褒めてませんよね。間違いなくバカにしてますよね」

 

「そんな事ないわよ。きっと私が居なかったら、モテてモテて仕方なかったんじゃない?」

 

 

 所在無く歩き続け、会釈をしまくりながらカーペットに吐息をぶつけていると、桐ヶ森提督が小さく微笑んだ。

 普通は褒められて喜ぶべきなんだろうけど、仮面を付けてイケメンってことは、元の顔に特徴が無いということ。嬉しいはずもない。

 ……実は、他のみんなにも同じような感想言われてヘコんでる、なんてこたぁありませんよ。ええ。

 

 

(あ。ビックリと言えば、桐谷提督もビックリでした)

 

(え? ……あぁ、そうね。アンタは知らなかったものね)

 

 

 ふと思い出し、小声で話題を振ってみる。

 すっ飛ばしはしたが、パーティー開始を告げる桐谷提督の挨拶は、とても印象深いものだったのだ。

 なにせ、聞いて驚くボーイソプラノが、見た目に相応しい重低音へ変わっていたんだから。

 喉に貼り付けるタイプのボイスチェンジャーを使ったそうで、襟の高い礼装を着ていたのを考えれば、気付かれなかっただろう。

 桐谷提督自身、地声で話すのは限られた場所――ホームである佐世保や、“桐”の会合のみらしく、一部の人間だけが事実を知っている。

 彼の地声を知っているかが、千条寺家との繋がりを持てるかどうかの判断基準……という噂もあるようだ。どんだけ?

 

 

(でも、当然と言えば当然でしょ。今や中将に次ぐ古株である千条寺家の当主が、公の場でボーイソプラノを披露だなんて、悪目立ちしかしないわよ)

 

(ですねぇ……。お? あの後ろ姿は)

 

 

 体質といえばそれまでだけど、あれだけガタイの良い人が声帯だけ未成長とかあり得るんだろうか。なーんか怪しいんだよなぁ……。

 とか思いつつ、どこぞの社長夫婦らしい人物たちにまた会釈していると、軽食が並べられたテーブルの側に立つ、見知った背中が。

 丁度良い、気分転換に声を掛けてみよう。

 

 

「吹雪、綾波。楽しんでるか?」

 

「ひゃい!? ……ぁ、司令官ですかぁ。脅かさないで下さいよぉ……」

 

「御機嫌よう、司令官。桐ヶ森提督」

 

 

 ビクン! と飛び跳ね、大急ぎで振り返るセミロングの少女と、優雅に一礼するサイドポニー少女。

 可愛らしいドレスに着飾る、特型駆逐艦の二人だった。うっすらとメイクが施され、吹雪は髪型まで変えるオシャレ振りだ。

 ……まぁ、綾波は普通に可愛いから良いとして、問題は吹雪。安堵し過ぎて顔が残念なことになってるぞー。

 

 

「随分と緊張してるわね。大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないです……。私、まだ艦隊に来て間もないド新人ですよ?

 赤城先輩みたいな目覚ましい戦果があるわけでもないし、場違いにもほどが……うぅ……」

 

「さっきから、ずっとこんな調子で……。私も、居心地がちょっと」

 

 

 桐ヶ森提督の言葉に、吹雪はテーブルへ手をつきながら、綾波は髪を弄りながらの返答。楽しんでいるとは言い難い表情だ。

 特型駆逐艦のネームシップとして参加してもらったけど、やっぱ実務経験が無いと苦痛になっちゃうか……。

 でも、この二人を選んだのにはキチンとした理由だってあるのだ。

 

 

「そんな風に考えないでくれ、吹雪。君がこの場に居てくれるだけで、自分は凄く心強いんだから」

 

「えっ。……し、司令官、そこまで私の事を……?」

 

「ああ。よく言うだろう? 周りに自分より慌ててる人が居ると、かえって落ち着けるって。

 君がしどろもどろしてくれてると思うだけで、なんか安心するんだよ。フォローは綾波がしてくれそうだし」

 

「ちょっとでもドキッとした私がおバカでしたぁ!」

 

「仲良いわね、アンタたち」

 

 

 肩を叩きながらそう励ますのだが、吹雪は喜びながら泣き出すという、なんとも面白い顔に。

 うんうん、期待通りの反応。この弄られキャラ具合が、自分の精神衛生的に重要なのである。

 彼女を支える綾波はジト目になってるけど。

 

 

「司令官? 吹雪ちゃんをイジメないでください。ただでさえ緊張しちゃってるんですから」

 

「ごめんごめん。つい、な。しかし、緊張するのは分かるが、せっかく着飾ってるのに俯いてたら、勿体ないぞ」

 

「そう、でしょうか? 普段着と違って、少し気恥ずかしいです」

 

 

 叱られたのもあり、今度は持ち上げモードで弄ってみると、ちょっと照れながら髪をもてあそぶ吹雪。

 弄ってみるとは言ったが、勿体無いと思ったのは本心だ。

 まだ浅い付き合いだけど、明るく頑張り屋な吹雪が恥じらう姿は、お世辞抜きに可愛らしい。

 

 

「前にも言ったけど、本当に似合ってるよ。髪を下ろしてると女の子らしさが増して、悪い男に引っ掛からないか、心配になるくらいだ」

 

「あ、ありがとうございます。でも、流石に褒め過ぎじゃありませんか? 声とか全然かけられませんし」

 

「ですね。遠巻きに観察されてるような……」

 

 

 ……が、当の本人はお世辞と受け取ってしまったらしく、綾波と一緒に周囲を見回す。

 タキシードやドレスに身を包む人間と、彼女たち統制人格を見分けるのは容易い。仮面の有無だ。

 客人であるゲストが仮面をつけ、裏方であるスタッフは素顔なのが、この仮面舞踏会の決まり。

 護衛任務の一環で参加しているという形の皆は、ドレスで着飾っていても素顔を晒しているのだった。

 なので、ダンスを申し込もうとすれば簡単に声を掛けられるはず……なのだが、どうも見る目がない男ばかりらしい。

 桐ヶ森提督は別意見のようで、「ま、そこら辺は良し悪しよ」と目を細める。

 

 

「有象無象にベタベタされるよりマシ、って思っときなさい。声を掛けられたら掛けられたで面倒だから、下心満載の男を切って捨てるのは」

 

「……かも知れませんね。けど大丈夫です! そういう時には、司令官の名前を出せばどうにか。ですよね?」

 

「うん。面と向かって口説いたり、売り込みする輩は居ないはずだけど、いざという時には遠慮するな。

 それに、自分たちには“繋がり”がある。必要なら何時でも呼んでくれ。すぐにでも駆けつけるから」

 

「ありがとうございます。綾波たちのこと、守って下さるんですね」

 

 

 両手をグッと握る吹雪に頷くと、綾波は柔らかく笑みを浮かべた。

 あまり考えたくない事だが、彼女たちに法的な人権は存在しない。現状は善意の上に成り立っている。

 衆目に晒した以上、悪意を持った人間が、色んなものと引き換えにロクでもない要求をしてくる可能性だって……。

 そんなの、絶対に許すわけにはいかないのだ。何が何でも守らなければ。

 と、密かに決意の炎を燃やしていたら、背後に覚えのある気配が。

 

 

「ふふふ。良かったですね、お二人とも」

 

「提督のお墨付きがあれば安心です」

 

「あっ、赤城先輩っ。お疲れ様です!」

 

「加賀さんも、御機嫌よう」

 

 

 振り返った先には、赤と青。色違いの和服美女が佇んでいた。赤城と加賀さんである。

 上から下までをじっくり観察し、桐ヶ森提督が頷く。

 

 

「へぇ。こういう場に和装なんてどうかと思ったけど、なかなかじゃない」

 

「でしょう? ドレスも似合ってたんですが、この二人なら。赤城も加賀さんも、一層に映えてるよ」

 

「光栄です。……その、お誘いを断る理由にもなりますし」

 

「はい。目立ちはしますけれど、本当に助かっています。それと、さんは要りません。加賀です」

 

 

 髪をかんざしに結う赤城が、いつにも増して上品に、しかし申し訳なさそうな苦笑い。

 仮面舞踏会だというのに、なぜ和装なのか。

 それは、この二人が自分以上のダメダメ・ダンサーなのが原因だ。

 

 

「にしても、まさかダンスに限って運動神経が断裂してるとはなぁ。戦闘中の動きとかは凄く綺麗なのに」

 

「射法は、基本的に静の動作ですから。どんな状況でも、落ち着いて身体と機体を制御するのが肝要です。けれど……」

 

「ワルツは動きっ放しだものね。人間以上の身体能力があったって、得手不得手に寄るでしょ」

 

「舞踏の心得など、空母には不要です。私たちはただ、敵を討つための存在なのですから。絶対、一生、もう二度と踊りません」

 

「加賀、気持ちは分かるけどさ。そこまで言わなくたって……」

 

 

 舞踏会への参加を打診した際、赤城たちは正直に踊れない事を教えてくれた。

 既に舞風のダンス講習を終えていた自分は、得意げに「なら、基本だけ教えてあげよう」などと、教師役を買って出る。

 けれど、実際にステップを踏み始めた直後。なぜだか赤城に小外刈りを掛け、押し倒してしまっていた。

 何度繰り返しても、三歩とステップを踏む前に押し倒す結果に終わり、この二人に限っては、ダンスに誘われなくなる和服で行こう、という事になったのである。

 加賀? 小外刈りを掛けられました。思っていたより軽くて、なのにボリューム感が凄ゲッフゲッフ。

 

 

「そ、そういえば、電たちとは一緒じゃないんだな。あの二人は?」

 

「電さんですか。あいにく、赤城さんと挨拶廻りで忙しかったので、存じませんが」

 

「吹雪さんはどうですか?」

 

「う。ごめんなさい、赤城先輩。私もちょっと……」

 

「そっか。綾波は?」

 

「ええと……。少し前に、足柄さんとスラバヤ沖での話をしていたような……」

 

 

 ニヤけそうになる顔を誤魔化すため、姿の見えない雷電姉妹の行方を尋ねてみるのだが、ハッキリした答えは返ってこなかった。

 考えてみれば当然か。仮面を付けていないとはいえ、数百を越える参列者の中、すぐに把握するのは難しい。

 自分の能力で探せば良いんだろうけど、この人混みじゃ集中できないしなぁ……。

 

 

「なら、少し歩いてみましょう。他のお偉方とも話さなきゃいけないわ」

 

「ですかねぇ。じゃ、自分たちは行くよ。また後で」

 

「はい。司令官も楽しんでくださいね!」

 

 

 最終的に、桐ヶ森提督の提案を受け入れることにし、手を振る吹雪たちと別れる。

 尊敬してるらしい赤城と一緒だからか、表情も明るく。大丈夫そうだ。

 さて、電は――

 

 

「あ! アイ――じゃなかった、桐ヶ森提督ー!」

 

 

 ――と、周囲を見渡しながら歩くこと数分。またもや正面に見覚えのある少女が。

 こちらへ駆け寄ってくる、不思議の国のアリスチックな彼女は、島風である。

 

 

「あら、島風さん。こんばんは。へぇ、可愛いドレスじゃない。似合ってるわ」

 

「えへへー、そうでしょー。提督が選んでくれたんだよ!」

 

「……ふーん。審美眼は確かみたいね、アンタ」

 

「お褒め頂き恐悦至極でございます……」

 

 

 両手ハイタッチから手を握り合い、島風と桐ヶ森提督がクルクル回る。

 微笑ましいはずなのに、やけに鋭いアイリたん(警戒)の視線が痛い。

 べ、別にやましい考えなんてありませんよ。純粋に似合いそうだから選んだだけで……。

 ……女の子に囲まれて暮らしてんだ、少女趣味が入ってきたってしょうがないじゃん!? Cute is Justice!!

 

 

「でも、こういう服ってやっぱり動きにくい……。ねぇ提督、いつもの服に着替えちゃ――」

 

「絶対ダメ」

 

「えーなんでー」

 

 

 脳内弁明の間にメリーゴーランドは終了したが、フリフリスカートの端をつまんでブーたれる島風。速攻でダメ出しするも、やっぱり不服そう。

 お願いだからやめて! 公共の場であんな格好されたら、本当に人生終わっちゃうから!

 

 

「な・ん・で・も! とにかくそのままでいてくれ。……あ~。今の島風を、もっと見ていたいし。いいだろ?」

 

「……そ、そっか。うん、分かった。仕方ないから、この格好でいてあげますっ! にへへ」

 

「アンタ、そのうち刺されるわよ」

 

「なんですか物騒な」

 

 

 拝み倒していると、アイリたん(不審)の目がさらに細く。

 変なこと言わないで下さいよ。さっきから割と殺気を感じてるんですから。駄洒落じゃなくて。

 ともあれ、自分は上機嫌となった島風に、組んで行動している子の様子を尋ねる。

 

 

「どんな調子だ、二人は」

 

「うん、頑張ってるよ? けっこう人が集まって来ちゃって大変だけど」

 

 

 そう言って歩き出す島風に続けば、少し先に黒山の人だかりがあった。

 雪風、時雨と並ぶゲストたちと、それを撮る古めかしいポラロイドのシャッター音。

 会場スタッフの予想通り、記念撮影組みは盛況なようだ。

 

 

「写真撮影? よく桐谷が許したわね。テレビカメラのクルーだって入れてないのに」

 

「いえ、その桐谷提督からの提案なんですよ、これ」

 

「……えぇぇ?」

 

 

 訝しげな桐ヶ森提督だが、本当のことである。

 曰く、「貴方の統制人格は一般受けが良いでしょうから」、とのこと。ようするに、イメージアップ作戦という事だ。

 横須賀では、かなり自分の艦隊の雰囲気が浸透しているため、みんなの過ごしやすい環境が整っている。

 しかし、世間一般からしてみれば、まだ統制人格という存在は畏怖される存在だ。……その上、“良くて”と付け加えなければならない。

 軍とは恐れられるべき物。けれど、必要以上に恐れられては意味がない。

 広報官たちが隔月刊・艦娘なんて雑誌を作ったのも、半分は真面目な理由からなのだ。もう半分? お察し下さい。

 それはさておき。戦争が始まって四半世紀が過ぎた今、些細なきっかけで後援者たちの感情が悪い方へ傾く……という可能性だって。

 これもまた、戦争なのだ。

 

 

「提督、来てくれたんだ」

 

「お疲れ。大変じゃないか、時雨」

 

 

 心苦しいような、そんな気持ちを隠し、撮影の済んだタイミングで時雨へ歩み寄る。

 膝丈のふんわりスカートが、彼女の心持ちに合わせてソワソワしていた。

 

 

「正直、恥ずかしいかな。こんなドレスで写真撮影だなんて。改二ごっこを思い出すよ……」

 

「改二ごっこ? なんだそれ」

 

「あ。う、ううんっ。なんでもないからっ。気にしないで」

 

 

 耳慣れない単語に首をひねると、時雨は大慌て。黒い長手袋に包まれた両手をブンブン振る。

 ついでとばかりに、桐ヶ森提督へ「初めまして」と挨拶を。

 ……まだ子供っぽい所もあるみたいだな。ちょっと意外かも。

 

 

「なるほどね。この子がアンタの時雨ってわけ。可愛い子じゃない」

 

「ありがとう、ございます。桐ヶ森提督も、凄くお綺麗で……」

 

「あら、どうもありがと。悪い気はしないわね」

 

「自分の、って訳じゃありませんけど、可愛いのは否定しません」

 

「……もう。本当に恥ずかしいから。そういうの、やめてよ」

 

「あはは、時雨ってば照れてるー」

 

「む。しーまーかーぜー」

 

 

 二人掛かりで誉め殺され、時雨の顔は真っ赤である。ぺち、と叩いてくる手にも力がない。

 島風までもがからかい始めると、怒ったふりで逃げる島風を追いかけて行った。

 笑顔で彼女たちを見送りつつ、今度は雪風の方へ。ちょうど、老夫婦との撮影が終わったようだ。

 

 

「……はい、ありがとうございました! お身体に気を付けてくださいね!」

 

「や。忙しそうだな、雪風」

 

「司令っ、お疲れ様です!」

 

 

 気楽に声を掛けてみるが、返ってくるのは最敬礼のお辞儀。

 周囲の視線が集まって、少々息苦しさも感じるが……。

 いや、今は無視しとこう。気にしたってしょうがない。

 

 

「結構な行列になってるなぁ。雪風の名前は伊達じゃない、ってことか」

 

「なんだか、変な感じがしますけどね? 活躍したのは今の雪風じゃなくて、沢山の方々が乗っていた雪風ですし」

 

「そう言うな。みんなに期待されていて、応えるチャンスがあると思えば良いさ。その機会は自分が作ろう。頼むぞ」

 

「……はいっ! 頑張りますっ!!」

 

 

 今度は海軍式の敬礼が返り、自分も答礼を。

 カシャリ。というシャッター音が聞こえて来たって事は、撮られたみたいだ。

 あとで貰えるかな。

 

 

「さて、と。邪魔になってもアレだし、自分たちは行くよ」

 

「えー? もう行っちゃうのー? ちょっと早いー」

 

「珍しいです、島風ちゃんが自分以外を早いって言うなんて」

 

「うん。明日は雨かな」

 

「ふふふ、ごめんなさいね? しばらくコイツのこと貸してもらうわ。また後で」

 

 

 そろそろ、ゲストたちが痺れを切らす頃合いと判断。

 電探しも再開したいので、記念撮影組に別れを告げる。

 すかさず左腕には桐ヶ森提督の腕が絡み、背後からまたシャッター音がカシャリ。

 ……こっちを撮ったよな、今の。あとで回収しなければ。絶対に。

 電とか金剛に見られたら、青葉に撮られた混浴写真並みにヤバい。

 

 

「ねぇ、アレじゃないの」

 

 

 背中で冷や汗をかいていると、左腕がクイクイ引かれた。

 左前方を指す桐ヶ森提督の指先を辿った先には、スリットがイケイケな紫色のドレスを着こなす女性と、サフランイエローのワンショルダーを着る、クリップで後ろに髪をまとめる少女が一人。

 近寄るこちらに気付いたか、二人は笑顔で迎えてくれる。

 

 

「あら、司令じゃない。どうしたの?」

 

「電たちに、何か御用なのですか?」

 

「ああ、少しみんなの様子を見て回ってるんだ。……けど、なんで電の真似をしてるんだ? 雷」

 

「にゅえ!? なんで!?」

 

 

 ――が、何故だか雷はビックリ仰天してしまった。

 確かにあのドレス、肩紐が前後のボタンで取り外し出来るから、あとは髪型さえ変えれば入れ替われるけど……。

 さてはゲスト相手にイタズラしてたな? 足柄も「あら」とか言って驚いてるし。

 

 

「凄いわね。他の人たちは全然分からなかったのに、一瞬で見破っちゃった」

 

「うぅぅ、どうしてぇ……? 今度はちゃんとエクステも用意したのに……」

 

「どうしても何も、分かるだろ普通に。ねぇ?」

 

「分かんないわよ。普通は」

 

「司令だけよ、きっと」

 

 

 あまりにも分かり易すぎる間違い探しに、周囲へ同意を求めるのだが、足柄と桐ヶ森提督は呆れた顔。ついでに、間違えたらしいゲストたちも。

 そんな難しいか……? 流石に目をつむって声真似されたら怪しいけど、直接顔を見れるなら間違えようがないのにな……。

 

 

「まぁいいや。で、電はどうしたんだ? 一緒にいるかと思ってたのに」

 

「飲み物を取ってきてくれてるの。お喋りし過ぎて喉が渇いちゃって」

 

「全く、大変よ。最終的にみんな雷と電の方へ行っちゃうんだもの。どうしてかしら?」

 

「それは、敵艦に対する砲の射角とか、魚雷の発射速度とかばっかり話すからだと思うわ、足柄さん」

 

『あぁ……』

 

 

 ため息に疲れを乗せる雷。思わず、桐ヶ森提督と納得してしまった。

 どれだけ色気のあるドレスに身を飾っても、本質がバトルジャンキーじゃあ、寄り付いてくる人は少ないよねぇ……。

 選んだ理由だって、「これならいざという時に走れるし、蹴りも問題ないわね!」だったしなぁ……。脚の付け根辺りまで見えてるのに……。

 んで、そのしわ寄せが雷電姉妹に来た……と。黙っていれば誰もが振り返る美人なんだから、自重しようよ。自重したら足柄じゃない気もするけどさ。

 

 

「にしても、遅いわね電。けっこう時間経ってるはずなのに」

 

「うん……。もしかして、迷っちゃってるのかも。ねぇ司令官、探してあげてくれない? 私は足柄さんのサポートしなきゃいけないし」

 

「ちょっと、どういう意味よ雷」

 

「分かった。気にかけておくから、くれぐれも足柄のこと、頼んだぞ」

 

「だからどういう……こら、待ちなさいよ司令!」

 

 

 雷の頼みを受け、自分と桐ヶ森提督はまた歩き出す。足柄は……まぁ平気だろうからスルーして。

 途中、政治家の先生方やら何やらと挨拶を交わし、ウンザリしつつ見知った背中を探していると、目的とは違う背中を遠目に発見した。

 ホール中央。曲目を変えて続く演奏が終わり、一礼してペアを解消する男女――ではなく、女性二人。

 片方は仮面を付けた見知らぬ女性だが、溜め息をつきながら歩いてくるもう片方は……。

 

 

「凄いじゃないか、長門。モテモテだな」

 

「ん、提督……。その様な言い方は止めてくれないか……」

 

 

 黒いドレスが物憂気な表情を引き立てる彼女は、もちろん長門である。

 露出度的には普段と変わらない――いや、ヘソが出てない分控えめなはずなのに、生地は薄手で、艶めかしい雰囲気を醸し出している。

 どうやら、次のダンスを申し込もうとする女性ゲスト陣に割り込んだようで、無言の圧力が凄い。

 

 

「確かに踊りの心得はあるが、まさか女性とばかり踊る事になろうとは……」

 

「あらあら、落ち込んじゃって。そんなに男の人と踊りたいなら、わたしと代わる?」

 

「いや、どちらも勘弁して欲しい……。はぁ……。私は戦艦だというのに……」

 

 

 それを物ともせず、同じく踊り終えたらしい陸奥もこちらへ。

 こちらも当然のようにドレスを着こなし、眺める男性は元より、着られているドレスすらもが嬉しそうである。

 通常、ダンスというものは男女がペアを組むものだが、女性同士がペアを組むのは問題ないのだそうだ。舞風から教わった。

 ただし! 男性同士はどうひっくり返してもNG。大ヒンシュクを買うとのこと。見た目的にもアレだし、ホモ臭いし。

 でも、陸奥は普通に男性ゲストと踊ってた、みたいだな……。

 

 

「大変だな、美人なのも。陸奥、無理してないか?」

 

「あら、ありがとう。心配してくれて。今のところ問題ないわ。桐谷提督が厳選しただけあって、紳士ばかりみたい」

 

「だったら良いんだ。余計なお世話だった」

 

 

 ちょっと心配になり、それとなーく尋ねてみるが、陸奥は普段通りのニコやか笑顔。

 踊ったらしい男性に、手袋で包まれた手を振っている。男性ゲストも会釈を返し、満更ではない様子である。

 ……うん。まぁ、本人が問題ないって言ってるんだから、どうこうする必要もないんだけど。なんか、変な気分だな……。

 微妙にモヤっとする気持ちを、自分はとりあえず愛想笑いで隠す。

 しかし――

 

 

「ね~ぇ? もしかして、嫉妬してくれてたりするのかしら?」

 

「へっ。べ、別にそんな……」

 

「うふふふふ、照れないの。安心して? わたしが一番楽しみにしてるのは、提督と踊る事なんだから。ね?」

 

 

 ――こちらの顔を下から覗き込んだ彼女は、クスリと楽しそうに微笑み、ウィンクを一つ。

 人差し指に、頬から顎のラインをなぞられる。

 シルクの肌触りがくすぐったく、匂い立つような妖艶さが、体温を上昇させた。

 参ったな……。完っ璧に、手玉に取られてる。勝てそうにないや……んぐぃ!?

 

 

「いっだ!? ちょ、何を……!?」

 

「いえ、なんとなく。お仕置きしといた方が良い気がして」

 

 

 唐突な手の甲の痛み。

 左を見れば、やや無表情になった桐ヶ森提督が、思いっきり抓っていた。

 なんとなくってどんな理由だ!? 偽カップルなんだからって、嫉妬するふりまでしなくても……。痛ぇ……。

 

 

「そうだ。提督よ、少し前だが、電が貴方を探していたぞ」

 

「あれ、そうなのか。何か用事だったのかな……。理由は?」

 

「桐谷提督に呼ばれたらしく、そちらへ行くと。どんな用向きで呼ばれたのかは、聞く暇がなかった」

 

「……“あの”桐谷に? 妙ね……」

 

 

 心の中で涙を流していたら、長門が思い出したように手を打つ。

 ここで聞くとは想像していなかったのだろう。桐谷という名前に、桐ヶ森提督は首をかしげた。

 怒られそうだが、真っ先に感じたのは、不安。

 桐谷提督が電に用事。あの、統制人格を文字通りの道具として認識している人物が。

 何か、面倒なことになりそうな予感がする……。

 

 

「把握した。ありがとう、長門。少し歩いてみるよ」

 

「うむ。……そ、それはそうと、だな……」

 

「ん? どうした」

 

「あ……いや、なんでも……」

 

「うふふ。もう、照れ屋なのはそっくりなんだから。ねぇ提督。後でわたし“たち”とも、ちゃんと踊ってね? 約束よ?」

 

「お、おい陸奥!? 違うぞ、私は踊りたいのでは……!」

 

「……? ああ。君たちが嫌でなければ、喜んで。じゃ、後でな」

 

「アンタ、そのうち絶対に刺されるわよ」

 

「なんですか、さっきから物騒な」

 

 

 急ぎ足にその場を離れ、陸奥からのお願いにも普通に頷いた自分だが、またもやジト目になる桐ヶ森提督。

 なんなんですか本当に。ただ約束しただけでしょうが。

 それよりも、早く電を探し出さないと――

 

 

『あ、あの、お止め下さいっ。どうか冷静に……っ』

 

 

 ……ん? 今の……。

 脳内に響く緊迫した声は、榛名のものだ。

 鼓膜を揺らさない音。“繋がり”を辿って伝わる、ごく限定的なテレパシーの一種である。

 有効射程は二十m程度だから……ううむ、こっちが優先か。

 

 

「すみません、少し寄り道します」

 

「きゃっ。ちょ、ちょっと、いきなり何よ?」

 

「SOSです。榛名に何かあったみたいで」

 

「……仕方ないわね」

 

 

 やや強引に、桐ヶ森提督を引っ張って歩き出す。

 迷惑そうな表情を浮かべる彼女だったが、事情を説明するとすぐに納得してくれた。

 “声”を感じた方向へ向かうと、まばらだったゲストたちが、人垣となって行方を遮り始める。

 失礼、と声を掛ければ、海が割れるように道が開き、その先では――

 

 

「いい加減に弁えたまえよ。彼女は私と踊るのだからな」

 

「そちらこそ、分相応という言葉の意味を知らないのか」

 

「で、ですから、落ち着いて下さいっ。榛名は、あの……っ」

 

 

 ――二人の男性ゲストが、榛名を間に火花を散らしていた。

 榛名を意に介さず、と言った方が正確かも知れない。事実、彼女の言葉は耳に届いていない。

 周囲の野次馬も無視するほどヒートアップしているようだ。

 

 

「……あー。榛名?」

 

「どういう事よ、これ」

 

「あ、提督っ。桐ヶ森様も。それが、その……」

 

「まぁ、ご覧の通りです。榛名と踊る権利を巡って、諍いが起きているんですよ」

 

 

 スチャッとメガネの位置を直し、かい摘んだ説明をしてくれる霧島。

 半ば見世物となっていた榛名は、ただただ肩身を狭くしている。

 

 

「最初は、お断りをしていたんです。私なんかよりも、もっと相応しい方がいらっしゃる、と……」

 

「しかし、なかなか諦めて貰えず、そこへ別の人物が割り込み、話が変わっていって……という具合ですね」

 

 

 つまり、声を掛けた手前、引っ込みの付かなくなった男性と、それを止めようとしつつ、榛名に目が眩んだ男性とが、意地を張り合っている訳か。

 ……正直、理解できなくもない。

 金剛の引き立て役に徹するため、彼女たちは地味な、白のワンピースドレスを着ていた。

 飾りといえば、こぶし大のコサージュくらい。比叡は右肩。榛名と霧島は腰の左右に一つずつのみ。質素な印象である。

 だが、それが良いのだ。

 煌びやかに身を飾った女性がゴロゴロしている中に、まるで化粧っ気のない可憐な少女が、控えめに佇む。男心をくすぐろうもんである。

 桐ヶ森提督も共感できるのか、榛名を見て感心しきりだ。

 

 

「でも、こうなるのも頷けるわね。こんな美人、滅多にお目に掛かれないんだし」

 

「び、美人だなんて、そんな……。榛名には、勿体無いです……」

 

「そんな榛名と同じ様な顔しているはずの私には、なぜか声が掛からないんですけどね」

 

「……き、きっとメガネ属性が無いだけさ。気にするな霧島っ。今日も良い拡大具合じゃないか、メガネ」

 

「メガネを褒められても全くもって嬉しくないのですが、その辺はどうお考えで?」

 

「ごめん。適当過ぎた」

 

 

 キランと輝く霧島のメガネ。反射的に腰が九十度を描いた。

 うん、いや、ホントごめんなさい。

 メガネは顔の一部ですって、昔からよく言うじゃないですか。だから喜んでくれるかもって……。

 という言い訳を口に出すか否か、悩み始めた瞬間だった。

 睨み合いを続けていた男性たちが、急に榛名へ振り返る。

 

 

「このままでは埒が明かないな……」

 

「こうなったら本人に選んでもらうしか」

 

「え」

 

 

 解決を見ない問題に、鶴の一声が欲しいようだ。榛名は驚いて後ずさっている。

 ……全く。陸奥は紳士ばかりって言ってたけど、あれは彼女のあしらい方が上手かったんだろうな。

 さっさか事態を収拾するためにも、ここは自分が出るべきだろう。

 そう思い、近くにいたボーイからシャンパンを貰って、口を湿らせ――

 

 

「……申し訳ありません! 榛名は……。榛名は、提督のものなんです! ですから、貴方たちとは踊れません!」

 

「なん……」「だと……」

 

「ぶふぉあ!?」

 

 

 ――ていたのに、思いっきり吹き出してしまった。

 野次馬の皆さんもザワザワ騒がしく、興味津々にこちらを見ている。

 な、なんという、なんという言い方をするんだ! この衆人環視の中で!?

 

 

「ごふっ、えふっ……っ。榛名っ、榛名っ! ワザとか? ワザとなんだよなそれは!?」

 

「間違ってもいませんよね。法律上、私たちの身柄は軍の預かりであり、提督の所有物ですから」

 

「追い討ちをかける位なら黙っていてくれないか霧島!?」

 

「……っぷ。ふ、ふふふっ、や、やるわねアンタ……っ」

 

 

 なに腹を抱えて笑ってるんです桐ヶ森提督!?

 あなたの同僚の社会的地位が、今まさに直滑降してるんですけどぉ!?

 

 

「……そういった理由ならば、致し方ない。引き下がるとしましょう」

 

「桐林様。何事もほどほどに……」

 

「いや、待って下さい、そこの名も知らぬ御二方! 間違いなく誤解してますから、榛名の言い方が間違ってるだけですから! ちょっとー!?」

 

 

 なんとも言えない微笑みと共に、男性たちは背を向けて歩き出す。

 思わず手を差し伸ばすも、彼らはそのまま人混みに姿を消してしまう。

 野次馬からの視線が、絡みつく。

 

 

「おかしい。侮られないよう、実直な軍人キャラでいくはずだったのに、主に身内のせいで化けの皮が剥がれていくぞ」

 

「ま、諦めなさい。親しみやすいキャラって得難いものよ」

 

「変に片意地を張るより、素の提督の方が受け入れて貰えるだろうというのが、霧島の分析結果です。問題ありませんよ」

 

「えっと……。榛名もそう思います! そのままの提督が、榛名は一番だと思います!」

 

「そりゃどうも……」

 

 

 桐ヶ森提督に背中を叩かれ、霧島・榛名からは励まされるものの、ドッと押し寄せる疲労感がキツい。

 確かにさっき、恐れられ過ぎては意味がないって言ったよ? でもさ、これはなんか違わない?

 もうちょっと尊敬を集めるような、そんな親しみやすさって無かったんですか? これじゃあ「“桐”にもあんなのが居るんだ」って感じになっちゃうよ……。

 

 

「っかぁ~! 全く、こぉんなに細っこい女に負けるなんて、だらしない男ばかりだね~ですわ~!」

 

 

 全力で逃げ出したい衝動に駆られたところに、わりと近くから歓声が聞こえてくる。野次馬の視線もそちらへ。

 このデカい声は、隼鷹か。

 でも、負ける? だらしない男って……何してるんだ!? これ以上うちの艦隊に悪い印象を持たれちゃかなわん! 早急に確かめねば!

 榛名・霧島・桐ヶ森提督と頷き合い、自分は競歩が如き速度で現場に歩き出す。

 

 

「ぷっはぁ~。さぁてぇ、あたしと飲み比べしようって気概のある男は居ないのかぁ~いですわ~?

 もし勝てれば、翔鶴だけじゃなくって、あたしも情熱的に踊ってやるよ~ですわ~!」

 

「隼鷹……。語尾に『ですわ』を付ければ良いってもんじゃないのよ……」

 

「ホントよ。見た目だけは翔鶴姉並みの美人になったのに」

 

「申し訳ありません、申し訳ありませんっ。お騒がせして本当に申し訳ありません!」

 

「大丈夫ですか? はい、お水を……」

 

 

 程なく到着したそこには、名状しがたい混沌が広がっていた。

 シャンパンをラッパ飲みする隼鷹と、呆れる飛鷹に瑞鶴。

 ゲストたちへ頭を下げまくる翔鶴の脇で、由良が真っ赤な顔の男性を介抱している。

 

 ……変だな。ここ、赤坂迎賓館だよね? 仮面舞踏会の真っ最中だよね? なしてこないな事になっとるん?

 もう取り繕うとかそういう段階じゃなくなってる……。キャラ作ろうとしたのは無駄だったか……。

 随分前から素だとか言わないで。

 

 

「何をしてるんだ、君らは……」

 

「お? おぉぉ提督~。いや~このパーティー最高だぜ~ですわ~!

 高い酒が飲み放題ときたもんだ~ですわ~。飲んどかなきゃ損だよ損~ですわ~。

 提督も一緒にヒャッハーしようぜ~ですわ~」

 

「だから……はぁ。駄目だわ、この呑ん兵衛。早くなんとかしないと……」

 

「はは……。まぁ、どんな場所でも自分を見失わないのは尊敬できるよ、ある意味」

 

「駄目よ、なんでも良い方へ考えたら。調子に乗っちゃうもの、この呑んだくれ」

 

 

 諦め気分で問いかければ、妙な口調になった隼鷹がボトルを振りかざす。

 ヒャッハーって動詞だったのか。アルコールだから消毒はできそうだけどさ。

 肩を落とす飛鷹も、疲労困憊しているようだ。

 

 

「なに言ってんのさぁ~ですわ~。

 あたしみたいなのが一人は居ないと、パーティーだって盛り上がんないっしょ~ですわ~。

 にっへっへ、こう見えても全部、考えあっての行動なんだぜ~ですわ~」

 

「だからって、普通の人にお酒を勧め過ぎたらダメですよ、隼鷹さん? 急性アルコール中毒とかになったら大変」

 

「お、由良」

 

 

 呆れた言い訳に割り込むのは、介抱を終えたらしい由良。

 困ったような笑顔だが、わりと見慣れちゃってる気がしないでもない。

 ついでに鶴姉妹もやってくる。

 

 

「さっきの人はどうした?」

 

「大丈夫そう。今、同僚の方に付き添われて行ったから」

 

「そうか。ご苦労様」

 

「本当に、なんと言っていいか……。私がキチンとお誘いを断れていれば、こんな事には……」

 

「うーん。なんで翔鶴姉には頭の軽い男が寄って来るのかな。

 多少は仕方ないとしても、ちゃんとした人なら……百万歩譲って、お話くらいはさせてあげても良いのに」

 

 

 肩を狭める翔鶴に対し、瑞鶴は腕を組みながら嘆息。保護者か。

 ツインテールを下ろしているからだろう。普段とは雰囲気が違っている。翔鶴もポニテに変わっているし、姉妹が逆転しているような感じだ。

 二人揃って、首筋のラインが、こう……エロい、だと語弊があるな。うん、色っぽくて良ござんす。飛鷹・隼鷹も谷間が眼福でございます。

 そんな脳内品評会がバレているのか、由良はこちらの耳を軽く引っ張りつつ、仕方ない、といった苦笑い。

 

 

「ううん。気にしないで、翔鶴さん。こんなこと位でしか、役に立てそうもないから」

 

「あら、なんだか暗いわね。どうかしたの?」

 

「………………」

 

 

 周囲の騒がしい空気とは、一段下がったように感じる声だった。

 桐ヶ森提督から気遣いを受けると、彼女は逡巡したのち、わずかに目を伏せる。

 

 

「提督さん。本当に、私で――由良で良かったのかな。私なんかより、二水戦の旗艦だった神通ちゃんや、他の子の方が適任だったんじゃ……」

 

 

 他のみんなには聞こえないよう、由良は小声で言う。

 なるほど。この場に立っている事そのものが、この子にとってはプレッシャーになってるのか。

 控えめな彼女らしい。……けれど。

 

 

「史実に重きを置いた考えなら、それもアリだろう。けど、自分が君に期待したのは違う事だ。

 気弱な神通じゃ、言いたいことも言えずに流されそうだろ? その点、由良なら空気を読みつつ、やんわり意思を通せるだろうからさ。

 確かに君は軍艦だけど、軍艦というだけじゃない。鳳翔さんみたく、戦い以外でも活躍できるのを忘れないように。いいな?」

 

 

 ただの“軍艦”には出来なかったことが、今の“彼女”になら可能なのだ。

 人としての気配りや心遣い。他にも色々なことが。

 それを伝えたくて、ボレロに包まれた肩へ手を置く。

 ぼう、と見上げるばかりの由良だったが、やがて、小さな微笑みを浮かべてくれた。

 

 

「……なんだか、励まされているような、いないような。不思議な感じ」

 

「え? い、言い方が悪かったかな。あ~……」

 

「ふふ、冗談。ありがとう、提督さん。そうよね。今の“由良”も、“由良”の一部になっていくんだから、恥じたりしちゃ駄目よね? ……頑張るっ」

 

 

 両手を胸の前で握り、可愛らしいガッツポーズ。沈み込んでいた声も、言葉尻が弾む。

 心なしか、周囲の「これが提督かよ」的な雰囲気まで柔らかくなったように感じる。

 そんな気は無かったけど、怪我の功名、マッチポンプ効果ってやつか?

 ここに呼ばれるくらいだから穏健派が揃ってるんだろうけど、助かった。

 

 

「そ~そ~、せっかくこの世に生まれたんだぁら、楽しまにゃきゃねっ。よぉしそこの兄さん、あたしと飲み比べしようぜ! ですわ!」

 

「……けど、急病人を増やされるのは勘弁、かな?」

 

「あぁあ……。私も飲んじゃおっかなぁ……」

 

 

 また一本、シャンパンを飲み干した隼鷹は、手近にいた男性を指名。困惑のまま拍手に押し出される。

 騒ぎの予感を察知した由良が、投げやりとなった飛鷹と共に救助へ向かう。

 ……すみません、「え? いや私は飲めない……」とか言ってる、名前も知らない紳士さん。

 軍人じゃなさそうだし、毒素分解できるの知らないだろうけど、犠牲になって下さい。

 さて。後は翔鶴たちと話して、そろそろ電を探しに戻――

 

 

「申し訳、ありません……。五航戦として呼ばれておきながら、一人でお誘いを断ることもできなくて、申し訳ありません……」

 

「うぉっ。な、なんで落ち込んでるんだ翔鶴?」

 

 

 ズゥーン……。

 なんて効果音が聞こえてきそうな、ドンヨリした空気をまとい、翔鶴はうな垂れていた。

 えぇぇ。そんなに落ち込むことか?

 

 

「いえ……。もう不甲斐なくて、居た堪れなくて……。どうして、もっと強気な翔鶴として顕現できなかったのでしょうか……?」

 

「う~ん。強気な翔鶴っていうのも、今となっては変な気がするけど。とにかく大丈夫!

 断れないのは優し過ぎる証拠で、誘いを受けるのも美人な証拠さ。自信持て! 今日の翔鶴は凄く綺麗だ」

 

「……は、はい。ありがとう、ございます……。綺麗……私が……」

 

 

 ちょっと面倒臭くなってきたので、やや強引に誉めそやしてみたが、あんがい効果はあったようだ。

 頬に手を当ててモジモジしている姿なんか、こういう状況じゃなければクリティカルである。

 

 

「本当にコイツ性質が悪いわね」

 

「そうなんですよ、何度言っても自覚無しで。困っちゃいます」

 

「っぷはぁ~。ありゃ~ある種の自己防衛じゃないのかね~ですわ~」

 

「なるほど。そういう考え方もありますか。単なる八方美人じゃなさそうですしね」

 

「霧島、そんな言い方……。提督はお優しいだけで……」

 

 

 アイリたんウルサイ。飛鷹も隼鷹も黙っとれ。良いじゃん喜んでるんだから。

 どうせ自分なんか、好意は持って貰えても、最終的に良いお友達で終わるんだし。嫌われるよりゃマシだっての。

 それに引き換え榛名はいい子だねー。さっきの失言チャラだよ、うん。

 

 

「っていうかさ。翔鶴姉の性格を考えたら、むしろ留守番してた方が良かったと思うんだけど。駄men's誘引体質もあるし」

 

「自分の姉をそんな風に評価していいのか。仕方ないんだよ、翔鶴型――翔鶴も君も、指名組みだからな」

 

 

 腕をツンツン突っついてくる瑞鶴に、自分はそう説明する。

 総勢二十一名。当初の予定よりもかなり多くなった出席数だが、そのうち、指名された数は少ない。

 長門、陸奥、赤城、加賀、瑞鶴、翔鶴。

 この六名が、桐谷提督から連れてくるよう厳命された、最低限の指名組みである。

 昔から人気があり、なおかつ現代においても艦隊の定番とされる六隻を選んだ、という訳だ。

 推奨は十隻程で、それ以外は自由にして下さい――との事だったので、結局こんな数になってしまったが。言われた通りにするのもなんか悔しかったし。

 ともあれ、自身が出席を請われた身であるというのが嬉しかったのか、瑞鶴は身長のわりに薄い胸を張る。

 

 

「そうなの? ま、なんと言っても翔鶴型だもんねー? 期待されちゃうのも理解できるわ! どこぞの頭デッカチな元戦艦とは違うんだから!」

 

「あら。赤城さん、あちらに見事な七面鳥の丸焼きが。平らげに行きましょう」

 

「ちょっとそこの一航戦! 通りすがりにおちょくってんじゃないわよ!?」

 

 

 んが、最高のタイミングで通りかかった加賀の一言に、ドレスのおかげで大人びた雰囲気も木っ端微塵だ。

 赤城と翔鶴が「申し訳ありません……」とお辞儀しあっているのが、なんとも。時期的にターキーはあってもおかしくないけど。

 聞かれたら爆撃されそうな表現もしちゃったし、ここは黙っておこう。

 

 

「あの……。ところで、提督? お気づきでしょうか?」

 

「ん? 何をだ、翔鶴」

 

「はぁ、ふぅ……。アレでしょ、アレ。あそこの柱の影」

 

 

 しかし、翔鶴は何やら言い辛そうに言葉を続け、「キィーッ!」と鶴なのに猿っぽくなっていた瑞鶴が、とある方向を指し示す。

 ホール中央から反対側。

 一段高くなり、腰を落ち着けられる歓談席の一角には――

 

 

「ングギギギギギィ……ッ。ワタシの、ワタシのテートクと腕を組んでHallを練り歩くだなんてぇぇ……。EnvyのFlameがメェラメェラとぉおぉおぉぉ……」

 

「お姉さま、止めましょうよぉ……。こんなこと言いたくありませんけど、周囲の皆さんの目が痛いです、辛いです、恥ずかしいですぅ……。あ、柱にヒビが」

 

 

 ――文字通り、柱にかじり付く金剛と、その後ろでアワアワする比叡が居た。

 うわーい。まるで双胴棲姫みたいなドス黒いオーラですねー。

 近くに座ってる中将とか、ちとちよ姉妹がドン引きしてるよー。

 

 

「……飛鷹。由良。自分は向こうへ行ってくるから。隼鷹を抑えといてくれ……」

 

「無理だと思うけど、了解したわ」

 

「提督さん、気をつけて……」

 

「面倒なことになりそうね……」

 

「一応、お供させて頂きます」

 

「榛名も参ります」

 

 

 飛鷹たちに見送られ、自分たちは四人で歓談席へ向かう。

 響いてくるクラシックが段々と小さくなり、代わりにズモモモモ……と圧迫感が強まってきた。

 柱から半分だけ覗く顔は、暗がりで光る猫の瞳のようだ。

 ここまで来たらどうしようもない。

 覚悟を決めろ。男になれ。いざ、戦いの時は来たれり!

 

 

「あ~………………中将っ、みんなのエスコートありがとうございました!」

 

「ほ? う、うむ。気にすることはないぞ。うむ……」

 

「ってこっちに来るの!? アレは、金剛さんは!?」

 

「いやだって千代田……」

 

 

 ゴメンやっぱ無理。ワンクッション挟ませて。

 金剛の方に向かうと見せかけ、自分は直角に身体の向きを変える。座って葉巻を楽しんでいた中将に、だ。

 ズッコケたらしい金剛&比叡が柱から飛び出し、千代田が凄い勢いで突っ込んでくる。背後の同行者三名からも、思いっきり睨まれている気配。

 だって、取って食われそうな雰囲気なんだもん……。もうちょい心の準備がしたくてさ……。

 

 

「だってじゃありませんよ? 提督。ほら、今にも泣き出しそうな顔に」

 

「う。行かなきゃ駄目……だよな……」

 

「当たり前じゃろうて。おなごを焦らすのは色男の特権じゃが、泣かせるのは頂けん。のう?」

 

 

 千歳に叱られてションボリしていると、中将が、両隣に控えていた女性たちへ話を振る。

 揃いの礼装でビシッと決めた彼女たちは、その言葉に迷いなく肯定を返した。

 

 

「はい、豪志様。伊勢もそのように思います」

 

「桐林様。戯れも程々になさいますよう」

 

 

 伊勢、と自らを指す女性は、たおやかに長い黒髪を揺らしつつ。

 ざんばら頭の様でいて、実は切り揃えられているらしい、短い髪の女性が窘める口調で。

 双胴棲姫戦でも見かけたが、間違いない。この二人が、中将の。

 

 

「あの、貴方たちが……?」

 

「申し遅れました。豪志様にお仕えさせて頂いております、航空戦艦・伊勢と申します」

 

「同じく、日向と。どうぞお見知り置きを」

 

「ああ、これは御丁寧に。桐林です。よろしく」

 

 

 立ち上がり、伊勢さんと日向さんが敬礼を。

 慌ててこちらも敬礼で返すと、脇から桐ヶ森提督が入ってきた。

 

 

「相変わらず堅っ苦しいわね。服もいつものままだし」

 

「はい。わたくし共は、豪志様の従士に過ぎませんから」

 

「華美な装飾など不要かと。桐ヶ森様は、ますますお美しくなられて」

 

「はいはい、お世辞をどうも」

 

 

 気心が知れているのか、三人のやり取りには遠慮がないように思える。

 少なくとも桐ヶ森提督は、今まで話してきたお偉方への対応とまるで違う。砕けた表情が仮面越しにも分かった。

 千歳・千代田にとっても意外なのか、二人は顔を見合わせる。

 

 

「私、他の方の感情持ちを初めて見ました」

 

「うん。そうじゃない子とは何度もすれ違ってるけど。でも、ワタシたちとあんまり変わらないよね?」

 

「そうね。お話ししていて楽しいし、中将への気配りが凄くて。負けてられません!」

 

「そこで張り合うのか……」

 

「純粋な経験値の違い、でしょうか。情報によれば、伊勢さんがほぼ十年。日向さんは八年ほど前に“目覚めた”らしいです。実働期間は更に長いとか」

 

「榛名たちよりも、ずっと先輩なんですね」

 

 

 変なところに闘志を燃やしている千歳はさておき、霧島が細かい情報を補足。榛名も尊敬の眼差しで航空戦艦二人を見つめる。

 十数年間の長きに渡って戦い続け、数多の戦果を上げてきた、歴戦の古強者。敬意を抱いてしまうのも自然なことだ。

 ところが、そんな二人の主である中将は、「はっはっは」と大らかに笑ってみせる。

 

 

「十年近くもすれば、人に似て当然じゃ。特別な事でもなかろう。ワシにとっては……親戚の娘みたいなもんじゃよ」

 

「自分の娘とは言って下さらない、微妙な距離感がミソです」

 

「手を出して下さらないのは悩みの種ですが」

 

「ふふっ、愛されてますね。法的に問題なんてないんですから、御自分に正直になっては?」

 

「やめんか、桐ヶ森まで。そういう事はおぼこ娘を卒業してから言うんじゃな」

 

「やだ。中将? セクハラですよ」

 

「豪志様、いけません」

 

「そういう事はわたくしたちにして下さらないと」

 

 

 ……なんだか、本当に普通の女の子だなぁ。

 伊勢さんなんて、「ミソです」で人差し指を立ててウィンクしてるし、日向さんは真剣に悩んでそうだし。

 桐ヶ森提督とジェットストリームアタックを決める姿とか、実に楽しそうである。

 同じ感想を抱いたのか、千代田もクスクス笑っていた。

 

 

「みんな楽しそう。提督が伊勢型を励起したら、どんな子になるかな」

 

「どうなるかなぁ。扶桑や金剛、長門たちも個性的だし、予想がつかないよ」

 

「いっそ、旧軍の船をぜーんぶ励起しちゃえば? ハーレムとか作れちゃうかも?」

 

「だから無理だって。横須賀も一杯一杯で、場所の確保が難しくなって来てるんだから。というか、自分の励起上限もまだ見えてこないし」

 

 

 両手を広げてアピールする千代田だが、こればっかりは、自分一人でどうにかするのは難しい。

 場所の確保は拡張工事が追いついていないだけだけど、特に励起上限の方が問題だ。

 傀儡艦も無限に増やせる訳じゃなく、上限が存在する。

 個人差が大きすぎて測ることは出来ないのだが、一定数まで励起を重ねた能力者は、ある日を境に、突然励起することが不可能になる場合があった。

 励起障害と呼ばれるこれが理由で、能力者は励起になんらかの代償を払っているのではないか……という説もあるのだが、やっぱり詳しいことは不明。

 現在の最大励起数は、桐谷提督の一○八隻。“梵鐘”の二つ名はここから来ているとされている。

 自分も最初期に肝を冷やされただけあって、二度と味わいたくない症状なのだが、船を増やし続けるとしたら、いずれまた……。

 不安が顔に出ていたか、千歳が腕に手を添えてくれる。

 

 

「難しい問題ですね……。けど、提督? それ以上の難題がすぐそこに。ほら」

 

「あ」

 

 

 そのまま身体の向きが強制的に変更され、向き直った方向には、膝を抱えて暗黒星雲を頂く金剛が。

 やっべ。すっかり忘れてた。比叡がメッチャ睨んでる……。

 

 

「司令。ヒドいです、最低です、外道です! 少しはお姉さまの気持ちを考えてあげて下さい!」

 

「ご、ごめん。あの、無視するつもりとかじゃなくて……」

 

「つもりもイモリもヤモリもありません!

 見てください、お姉さまったら紙ナプキンにへのへのもへじをボディ付きで書いてるんですよ!?

 無駄にクオリティが高くておいたわしい……っ」

 

「提督。意外と大丈夫そうとか思っちゃいけませんよ? 金剛さんは真剣に落ち込んでるんですから」

 

「まだ何も言ってないぞー千歳ー」

 

 

 差し出された紙切れを受け取りながら、釘を刺そうとする千歳にジト目を。顔そむけられた。

 

 

「良いんデス……。

 たとえ邪険にされようト、面倒臭そうな顔をされようト、ワタシはテートクを愛していられればSatisfactionデース……。

 いっそ放置Playだと考えれば……。フヒ、フヒヒヒヒッ……」

 

 

 一方、金剛は不審な笑い方で周囲の注目を集めている。

 ただでさえドレスに気合が入り過ぎて声掛けにくかったのに、拍車が掛かって触れたくない。

 こんな表現かわいそうだけど、結婚式当日に、花婿に逃げられた花嫁的な雰囲気である。

 マズいよなぁ、このままじゃ……。自分のせいなんだし、どうにかしなきゃ……。

 

 

「……こ、金剛」

 

「スンッ……。なんですか、テートク……。ワタシは今、テートクの絵を描くのに忙しいんデス。放っといてくだサイ」

 

「人物画だったのかそれ」

 

 

 そうっと手元を覗き込んでみると、彼女は膝の上に置いた紙ナプキンへ、筆ペンで絵を描いていた。へのへのもへじ@ボディ付き、だ。

 なんだよそれ。もしかして君にはそう見えてるの? だとしたら真剣に落ち込むんですが……。

 

 

(……ん? この曲……)

 

 

 どうしたもんかと考え込んでいたら、耳に微かな音楽が届いた。

 またしても曲目を変え、演奏を始めたそれは、疎い自分でも知っている定番曲。

 チャイコフスキーのくるみ割り人形、第二幕。花のワルツの前奏である。ダンス練習でも使ったし、直ぐに分かった。

 ……そうだ!

 

 

「金剛。手を」

 

「手……? あっ」

 

 

 金剛の前に回り込み、ちょっと芝居掛かった感じで手を差し出す。

 反射的に伸ばしたのだろう、彼女の手を掴んだ自分は、有無を言わさず歩き出した。

 無数の視線を引き連れ、立ち止まったのはダンスホールの中心。

 前奏が終わりそうなタイミングで、自然とペアを組む。

 

 

「な、ちょ、え? テートク? What Happen?」

 

「説明する必要は無いと思うんだけど、この状況」

 

 

 ゆったりとした滑り出しに合わせ、二人でステップを刻むが、金剛の顔は面白いほどテンパっていた。

 自分としても衝動的な行動を取っちゃったけど……。やってしまったんだから仕方ない。ダンスに集中しよう。

 

 

「えっと、デモ……。テートクが最初に踊るのは、Miss桐ヶ森だって周りのPeopleも……」

 

「そんなの、みんなが勝手にそう思ってるだけで、従う義理なんてないさ。自分は今、金剛と踊りたい。……この理由だけじゃ、ダメか?」

 

 

 大きく円を描きつつ、動揺を隠せない彼女へ、少し強引な攻めをしてみる。

 こういうのは理屈じゃない。

 案ずるより産むが易し。兵は拙速を尊ぶ。行動しなかった後悔より、行動した後悔の方が経験になる、とも言うのだ。

 

 

「なんだか、いい様にゴマかされてる気がしマース……」

 

「違うって! 自分は……純粋な下心からだな?」

 

「フフッ、なんデスかそれ~」

 

 

 腕の中でクルリと一回転し、表情は困惑から笑顔へと。

 盛り上がる旋律に導かれ、ステップも大胆に。

 いつの間にか、周りの事など気にならなくなっていた。

 

 

「仕方ないデスね~。今回は騙されてあげマース。その代わり、Dance中はワタシだけを見てくださいネ?」

 

「承りました、お姫様」

 

 

 手に手を取り合い、微笑み合い。

 自分と金剛は、束の間の非日常に、心と身体を躍らせる。

 広大なダンスホールを、二人だけの舞台として。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「あー、シンドい、疲れる……」

 

 

 バシャリ、と水音。

 やたら広いトイレの鏡に映る素顔は、水も滴る三枚目、といった所か。

 金剛とのダンスから、約二時間。パーティーの開始からは四時間ほどが経過した頃。

 自分はホールを抜け出して、深い溜め息をついていた。

 

 

「金剛のヤツめ、二回もダンスお代わりとか……。まぁ、みんなとも踊れたし、それは良いんだけど」

 

 

 理由は単純。疲れたからである。

 ダンスを一頻り楽しんだ自分と金剛は、ゲストたちの注目の的となっていた。

 美しい純白のドレスに身を飾る、華やかな笑顔の似合う少女と、桐ヶ森提督いわく、仮面を付ければ二枚目な“桐”の一人。嫌が応にも視線を攫ってしまう。

 演奏と演奏の間にある静寂が、緊張感を孕んでいた。玉の輿やら何やらを狙う女性たちは、互いを牽制しあって動けず……。

 そんな場を制したのは、島風の「金剛さんズル~い!」という声。

 彼女を切っ掛けとして皆が集まり、兼ねてからの作戦を実行する機会が巡ってくる。

 簡単に言うと、艦隊のみんなと踊りまくっていたら、他の女性と踊る時間がなくなっちゃったよ! 作戦だ。

 

 島風から始まって、雪風や時雨の駆逐艦組み、足柄や由良、二度目の金剛を含む四姉妹に、空母の姉妹たち。長門型の二人を最後とし――たかったのに、金剛三度目のおねだり。

 途中、ダンスの中で相手を変える……なんだっけか。

 とにかく、そういう手法も取り入れたと言えども、一曲七分弱かけるの十数回。

 赤城や加賀を抜いた分が、金剛の「one more set!」のせいで無駄となり、二時間近くを踊りまくったのである。あんなのお姫様じゃなくて軍曹だよ。

 加えて、吹雪には足を踏まれまくったし、足柄は踊りつつ戦術談義始めようとするし、隼鷹はメチャクチャ酒臭かったし、翔鶴と楽しく踊った後の瑞鶴は妙に不機嫌だったし、長門はやけに緊張して何度も転びそうになるし。

 これで疲れない方がおかしいだろう。

 ……しかし、真に気を重く、疲れさせるのは別の事柄だった。

 

 

「んぁあ゛あ゛、面倒臭いぃぃ。桐ヶ森提督だけならまだしも、見知らぬ女性と何回も踊るとか、胃がおかしくなるっつーのぉ!」

 

 

 時計の針は、そろそろ長針と短針が天辺で重なり合おうというのに、パーティーは終わらないのである。

 主賓である自分が帰るわけにもいかず、桐ヶ森提督や女性ゲストとも踊らなきゃいけないし、オマケに桐谷提督はかなり前から姿が見えない。そして、電も。

 ストレスと不安。苛立ち任せに、トイレの中心で鬱憤を叫ぶ。

 すると、背後の個室ドアが音を立てて開き始めた。

 うそ!? 誰か居た!?

 

 

「……ぶぉっ、や、梁島提督?」

 

 

 なんとか仮面で顔を隠し振り向くと、そこには“あの”梁島提督が居た。

 ムスッとした強面でズンズン歩き、隣の洗面台で手を洗ってから、彼はこちらに向き直る。

 

 

「お初にお目にかかる。噂は予々」

 

「それは、どうも……。あの、自分も梁島提督のお噂は……」

 

 

 慇懃な挨拶に、自分はしどろもどろになりつつ、なんとか返す。

 初顔合わせがトイレってどうよ! なんか薔薇の匂いが漂ってるぞ!? あ、芳香剤か。

 ええいまずは落ち着け自分っ。

 ……思い出した、この人も海軍の双璧なんだし、あの人のことを聞いてみよう。

 

 

「あ~、え~……。そ、そういえば、先輩――兵藤提督を見かけませんでしたか? 出席してるはずなのに、姿が見えなくて……」

 

 

 そう。こういった場でも、ハッチャケて周囲を掻き回しそうなトリックスター、先輩を見かけていないのだ。

 出席者名簿には載っているはずだし、あの人なら我先にちょっかいを掛けてきそうなのに。

 先輩の人となりを知っているなら、誰もが抱きそうな疑問をぶつけると、梁島提督はムッツリ顔のまま答える。

 

 

「あれは、例によって隠れているのでしょう。こういう場では、真っ先に標的とされるゆえ」

 

「標的?」

 

「縁談話の他に何か?」

 

「あ、あぁ……なるほど……」

 

 

 言われてみれば、思い当たる節があった。

 桐ヶ森提督とホールを練り歩いていた時、先輩の居場所を尋ねられることが数回あったのだ。

 自分と先輩の師弟関係は周知の事実だし、その関係かと思ってたけど……。

 変態成分をフィルターすれば、油の乗った妙齢の美女。天が二物と言わず、三つも四つも与えた才媛ぶりは、一般にも知られている。

 能力者は能力者と結ばれるのを推奨されているが、あわよくば……と思う人物も少なくないだろう。

 ……どうしよ。電もだけど、先輩のことも心配になってきたな……。

 

 

「ええと、あの……」

 

「失礼。人を待たせているので、続きはまたの機会に。では……あぁ、肩にゴミが」

 

「え。は、はい。ありがとうございます」

 

 

 嫌な沈黙に、どう二の句を継ごうか思案していたら、梁島提督がそれをブった切る。

 仮面を着け直し、すれ違いざまにこちらの肩を払った彼は、振り向きもせずトイレを出て行った。

 ドッと、途方も無い精神的疲労感が襲ってくる。

 

 

「もうヤダ。なんなんだよこのパーティー。お家帰りたい。どこ行ったんだよ電ぁ……」

 

 

 きゅー。

 

 

「うんうん、分かってくれるのは君だけだよ――って、フェレット?」

 

 

 思わず頭を抱える自分を慰めてくれたのは、なんとも場違いな小動物だった。

 きゅい? と可愛らしく鳴き、首をピョコピョコさせている。

 

 

「なんでトイレにフェレットが……。来客のペットか?」

 

 

 腰をかがめ、視線の高さを合わせてみると、フェレット君は素早っこく洗面台を歩き回る。

 灰色の毛並みが光沢を放ち、首元には小洒落た首輪まで。少なくとも、野生って事はないだろう。

 警戒……はしてるみたいだけど、興味もありそうな。小さい頃のヨシフや、オスカーと同じ感じだ。

 

 

「とりあえず、警備の人にでも預ければ良いか。ほーれ、おいでー」

 

 

 いい加減、ホールにも戻らなくちゃいけない。その時にスタッフへ頼めば、飼い主を探してくれるはず。

 そう考えた自分は、フェレットに向かって手を差し出す。

 何度か指先の匂いを嗅いだ彼は――ひょっとしたら彼女かも知れないが――そのまま腕を駆け上り、肩の上を定位置とした。

 人間に慣れてる。賢い子だ。飼い主さんは心配してるだろうなぁ。

 

 

「さて。戻る前に預けられる人を探し――」

 

「あ」

 

「ん?」

 

 

 フェレット君の顎先をくすぐり、男性用トイレを出た、まさにその瞬間。

 通り掛かったらしい見知らぬ少女が声を発した。

 十一か十二くらい、だろうか。明るい茶髪を短めに切り揃え、整った顔立ちと大きな瞳が、将来有望なのを思わせる美少女だった。電には劣るけどな! 

 ビックリしただけかと思いきや、その視線は自分の肩に向けられ……。

 

 

「もしかして、この子は君の友達――うぉあ」

 

 

 しゃがみ込み、フェレット君を抱いて差し出すと、その少女はひったくるような勢いで奪い去り、廊下の曲がり角に消える。

 な、なんだよ。失礼な子……あ、自分が攫ったと勘違いされたか?

 マズいなぁ……。弁明しようにも、少女を追いかける仮面の男とか、不審者 兼 変質者だし……。

 

 

「あ、の。あり、がとう……ございます。見つけて、くれて」

 

 

 ――と、頭を掻いている自分に対し、また小さな声が。

 角からヒョッコリと顔を出すのは、先ほど逃げ出した少女。胸にフェレット君を抱えている。

 やっぱり、この子が飼い主で間違いなさそうだ。

 随分と上等なドレスを着てる。フリフリだけどケバくない、絶妙なバランス。軍関係者の家族か、社長令嬢かも。

 

 

「どういたしまして。お父さんかお母さんと一緒に来たんだよね。送っていこうか」

 

「んーん。平気、です。ありがとうございます、桐林、てーとく」

 

「へ。なんで……」

 

「お父様から、よく聞いてたから」

 

「お父様……。君は、一体……」

 

 

 膝をつき、出来るだけ優しい声音で話しかけてみると、意外にも名前を呼ばれた。

 それだけなら、最初の挨拶を聞いていたんだろうと考えられるが、しかし少女は「お父様から」と。

 あり得ない。他人に言葉で説明して理解させるほど、自分とよく接触する人物が居たか? ましてやその娘さんだなんて……。

 

 

「わたしは、眞理。千条寺、眞理……です。初めまして」

 

 

 困惑に眉をひそめれば、答えもまた、可憐に一礼する少女から与えられた。

 千条寺。桐谷提督の本名。ってぇ事は、桐谷提督の娘? この子が!?

 

 

「眞理ちゃん、エイちゃんは見つかったので……司令官さん?」

 

「うん。エイブラハム、見つかった。桐林てーとくが、見つけてくれて」

 

「電?」

 

 

 横合いからの、聞き覚えのある声がした。反射的に振り向くと、探し求めていた電が、少女に駆け寄る所だった。

 その背後には、悠然と歩く熊男――もとい、桐谷提督。

 ……失礼だから脳内に留めるけど、全っ然似てねぇ!! どこをどうすれば、こんなちっちゃくて可愛い子が!? っていうかフェレット君の名前が渋すぎない!?

 い、いやいや、まずは電だ。適応されないメンデルの法則なんか置いとこう。

 

 

「ずっと探してたんだぞ。今までどこに居たんだ?」

 

「あぅ、ごめんなさいなのです。電は……」

 

「怒らないで下さい、桐林殿。私が頼んだのですから」

 

「へっ。あ、あぁ。確かに長門がそんな事を言ってました。でも、どうして……」

 

 

 シュンとする電を庇うのは、意外にもほどがある桐谷提督・低音バージョンだった。

 そういえば、電は桐谷提督に呼ばれたんだっけか。

 でも、なんだって電を呼ぶ必要が……?

 

 

「実は今日のパーティー、この子のお披露目というか、社交界デビューも兼ねていたんですが。

 ご覧の通り、引っ込み思案な性格でしてね。土壇場で人前に出たくないと駄々を……」

 

「あ~、なるほど。桐谷提督は出ないわけには行けませんから、彼女の相手が必要だった、と」

 

「そういう事です。立場上、絶対に信用できる相手にしか預けられませんしね。

 電さんは見た目の歳も近く、伝え聞く性格、能力からして適任でした。

 一声掛けてから、とも思ったのですが、お忙しそうでしたもので。私も急に雑務が……」

 

「う」

 

 

 桐谷提督からの説明に、チクっと痛む胸。

 うん。まぁ。忙しかったんですけど。電を探すの、実は忘れがちだったんですけども。

 仕方ないじゃないですかっ、次から次に騒ぎが起きるんだから! 自分のせいじゃないやい!

 

 

「しかし、その様子では一段落ついたようですね。どうですか? 今度は女性の相手ではなく、わたしの相手でも」

 

「……えっ。ままままさか、そっちの趣味も……?」

 

「ははははは。娘の前で滅多なことを言わないで貰えますか。怒りますよ」

 

「すみませんでした」

 

 

 またもや予想外なお誘いに、思わず素で返してしまうが、笑顔の裏には青筋が見えた。速攻で頭を下げる。

 眞理ちゃんがクスクス笑って、電も苦笑い。

 和やかな雰囲気のまま、桐谷提督は背中を向けつつ趣旨を語った。

 

 

「貴方とは一度、腹を割って話をしたいと思っていたんですよ。さ、行きましょう。上に貴賓室があります。そこなら邪魔されません」

 

 

 言うが早いか、大きな背中が遠ざかる。

 それをピョコピョコと小さな少女が追い、自分と電は顔を見合わせた。

 断れそうもない? なのです。

 言葉も無しに意思を通わせ、二人、チグハグな大きさの親子に着いて行く。

 

 一体、どんな話をするつもりなんだろう……?

 

 

 


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