新人提督と電の日々   作:七音

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こぼれ話 世に争いの種は尽きまじ

 

 

 

「はあぁ……。なんであんなこと言っちゃったんだろ、私……」

 

 

 珍しく人のいない脱衣場。

 備えられた姿見の前で、服を脱ぎかけの私は――夕張型軽巡洋艦一番艦・夕張は、大きな溜め息をつく。

 ごく普通の白いブラとショーツに、黒いパンスト。凹凸は少ないかも知れないけど、へっ込んでる所はしっかりメリハリついてるし、見れない身体じゃないと思う。

 顔にだってそれなりの自信はある……んだけど、表情も、ポニテを解いてセミロングになった灰色の髪も、なんだかクタッとしちゃってる。

 原因は分かってる。

 ほんの数時間前に起きた、些細な。本当に些細な出来事が、私の心を重くしていた。

 

 

「……とにかく、お風呂入っちゃわなきゃ」

 

 

 大きく頭を振り、思い出しそうになった記憶を追い払う。

 考えても考えても気が重くなるから、気分転換しにお風呂へ来たんだもん。サッパリしなくちゃね。

 ストッキング、ショーツ、ブラを外し、キチンと畳んでから籠に。よくある銭湯みたいな感じだけど、他にも籠が幾つか埋まっていた。先客が居るみたい。

 タオルで前を隠しつつ、私は浴室への引き戸を開けた。

 

 

「ん? おお、夕張ではないか! お主も湯浴みか?」

 

「利根さん。うん、ご飯の前に済ませちゃおうと思って」

 

「夕食の後だと、ごった返してしまいますものね。あ、姉さん、動いちゃ駄目です」

 

 

 さっそく声をかけてくれたのは、洗い場に腰掛ける重巡の利根さん、筑摩さん。

 普段はツインテールな利根さんだけど、流石にお風呂では髪を下ろしていて、後ろ姿が筑摩さんとそっくりになってる。筑摩さんは髪を結い上げ、今はシャンプー中。

 見極める点は、声や喋り方の他にもあるんだけど……。う~ん、相変わらず局所的に湯気が濃いなぁ、このお風呂……。

 気分的にタオルで隠してるけど、フルオープンにしても見えなさそう。っていうか、お股閉じましょうよ、乙女として。

 

 

「なにやら浮かぬ顔じゃな。気掛かりなことでもあるのか? 夕張」

 

「えっ。……そ、そんな事ないわよ。いつも通り、元気な夕張さんですって!」

 

「じぃ~……」

 

「あはは、あは……」

 

 

 まずは身体を洗おうと、利根さんの隣に腰を下ろす私。

 でも、覗き込んでくる泡まみれの表情は、疑うようにしかめっ面で。とりあえず力こぶを作ってみても、それは変わらない。

 どうしよう。私ってそんなに分かりやすいのかな。それとも、一目で分かるくらい顔に出てる?

 タオルを濡らして、ボディソープを泡立てながら言い訳を考えるけど、何も浮かんでこなかった。

 ううう、どうしよ……?

 

 

「隠し事は良くないぞ、夕張よ。よいか? 吾輩はな――」

 

「はい姉さん、目を瞑って下さい」

 

「――ぬぉ? わぷっ。おい筑摩――ぷわっ」

 

 

 唐突に、筑摩さんは利根さんへとお湯を被せる。

 濯ぎながらもう一回、また一回と掛け、詰問と一緒にシャンプーを終わらせてしまった。

 もしかして、気を遣ってくれた、のかな。

 

 

「さ、終わりましたよ。湯船に浸かりましょう、姉さん」

 

「いや、待たんか筑摩っ、まだ話の途中で……!」

 

「無理強いはいけません。夕張さん? 話したくなったらで構いませんから、いつでも頼って下さいね」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 

 立ち上がり、逆転姉妹は湯船に歩いていく。

 ……うん。利根さんと比べなくても、やっぱ大人だわ、筑摩さんって。艦齢的には彼女たちの方が若いんだけど。

 それに引き換え、私は……。

 

 

『なんで分かってくれないのよ!? 提督の分からず屋!』

 

『分からず屋はどっちだ! もういい、放っておいてくれ!』

 

 

 フラッシュバックする、あの一場面。怒鳴り声と、去っていく背中。

 ゴシゴシ身体を洗っても、ワシャワシャと髪を乱暴にシャンプーしても、まぶたと耳にこびり付いたみたいで、落ちやしない。

 泡を濯ぎ、曇ったガラスを手で拭ってみると、見慣れた顔が不貞腐れて。

 

 

「子供みたい」

 

 

 自分の事なのに、思わずそう呟いてしまった。

 実際、子供だよね。些細な意見の違いから、あんな、怒鳴り合うような真似をしちゃうなんてさ。

 見た目的には水も滴るいい女、なのに。……とか言っちゃったり。

 髪を適度に絞って、頭の上でお団子に。私も湯船に向かう。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

「うむ、存分に湯を楽しむが良い!」

 

「姉さん? ここは共同浴場ですよ」

 

 

 挨拶しながら、薄い乳白色の湯に足を浸けると、まるでお風呂の主みたく胸を張る利根さん。

 あ、見えませんよもちろん。髪はタオルで纏めてある。筑摩さんがやってあげたんだろうな。

 ん~……。意地張っても仕方ないし、相談してみようかな。提督とのこと。

 

 

「あの。早速なんですけど、話しちゃっても良いですか?」

 

「ええ、もちろん。お役に立てるかは分かりませんけれど……」

 

「吾輩も聞くぞ! なにせ筑摩の姉だからな、頼り甲斐があろう!」

 

「はいはい、利根さんってば、もう」

 

 

 しっとりと頷いてくれる筑摩さんに、さっき以上に胸を張りまくる利根さん。

 私的には筑摩さんだけで十分なんですけど、仲間外れにするとスネちゃいますもんね。

 

 

「実は……んん?」

 

 

 肩まで湯船に浸かって、さぁ話そう、と思った瞬間。

 ちょっと離れた場所で「コポコポ……」と泡が弾けだした。

 な、なんだろ、あれ。沸騰してるような勢いだけど……?

 

 

「どうしたのだ、夕張」

 

「あ、いえ。あそこ……」

 

「おかしいですね。ジャグジー機能があるのは他の湯船のはず……」

 

 

 三人で顔を見合わせ、恐る恐る近づいてみる。

 泡の勢いはさらに激しくなり、やがて、何事もなかったみたく静かに。

 けど、その下に何か、緑色のものが見えたような気がして、よくよく目を凝らしてみると――

 

 

「――ぶぁ!?」

 

「きゃああっ!?」

 

 

 ――ズァッパーン! と、緊急浮上してくる人影が二つ。

 緑色の長い髪を持つ駆逐艦、長月ちゃんと、裸じゃないと男の子にも見えちゃう駆逐艦、深雪ちゃんだ。

 両方とも、真っ赤な顔で息を切らしてる。せ、潜水艦かと思って油断してたっ。

 

 

「はぁ、はぁ、ひ、卑怯だぞ深雪っ!? 湯船の中で変顔なぞ……!?」

 

「へっへーんだ、勝負の世界は非情なんだよ。むしろ褒め言葉だぜ!」

 

 

 二人の駆逐艦は、仁王立ちで睨み合いを続けている。隠す気なんて更々無いみたい。

 まぁ、隠さなくても不思議な光が乱舞してるから、問題ないんですけどね。残念でした~………………って、誰に向けて言ってんだろ、私。

 そんな事より、お風呂で遊んでるお子様を叱らなくちゃ!

 

 

「び、ビックリしたぁ……。もう、何やってるのよ二人とも!」

 

「何って、潜水対決? なんか話の流れでこうなっちゃってさー」

 

「くっ……。これで今日のプリンはお預けか……っ」

 

 

 いけしゃあしゃあと鼻の下をかく深雪ちゃんに、悔しそうな顔で顔を半分お湯に隠す長月ちゃん。

 察するに、デザートのプリンを賭けた勝負だったらしい。

 気持ちは分かるけど、お風呂の時は髪を結ばないと駄目よー? クラゲみたいになってるし。

 

 

「ゴーヤたちだけ潜水禁止とか、なーんか不公平感を感じるでちー」

 

「ホントなのね。最近、資源回収任務しかしてないから欲求不満なのね」

 

「イクが欲求不満って言うと、イヤらしく聞こえるのはなんでだろ……」

 

「あの、お風呂で泳ぐのもダメですよぅ、また怒られちゃいますぅ」

 

 

 あ、居たんだ。伊号のみんなにまるゆちゃん。

 声のした方を振り返れば、梯形陣で平泳ぎ、背泳ぎ、バタ足をするスク水が三人ほど。

 その後ろを、泣きそうな顔のまるゆちゃんが追いかけてた。うん、可哀想だけどいつもの光景だね。

 頑張れ、潜水艦唯一の常識人! 水着でお風呂に入る時点でなんかおかしいけど!

 

 

「ま、潜水艦は運用方法が限られるしなー」

 

「通商破壊も、この戦いではあまり意味がない。そもそも、敵に海上輸送が必要なのかが疑問だ」

 

「そーなのよねー。拿捕も出来ないから、沈んで行く間に積んでる物回収しなきゃいけないし、大変なんだから」

 

「イムヤも大変じゃのう。よもや、潜水艦がこのような使い方をされるとは、過去のお歴々も想像できんかったじゃろうな」

 

「戦い方そのものが変化してしまいましたし、これも時代の流れでしょうか?」

 

 

 話は変わり、ちょっと真面目な雰囲気でみんなは語る。

 通商破壊。戦争中、敵国の輸送ルートや商船などを攻撃する任務には、多くの潜水艦が活躍してた。特に有名なのはドイツのU-ボートよね。

 けど、深海棲艦との戦いで行われるのは、通商破壊というより資源回収……攫い? みたいな感じ。

 敵にも輸送艦という艦種があるのは知られてるけど、普通の船と違って拿捕が不可能だから、潜水艦に潜ってもらって、水上艦が輸送艦を撃沈。沈んでいく残骸の中から、積まれていた資源を可能な限り掬い上げなきゃならない。

 船の外に目を持てる、傀儡制御の潜水艦だけが可能なウルトラC。場合によっては、魚雷で残骸を細かく寸断する必要もあるんだとか。すんごく面倒。

 

 とまぁ、伊号のみんなはこんなお仕事に就いていたんだけど、深海棲艦には地上施設なんてないはず。

 海上輸送なんてする必要もないのに、人類側にいくら撃沈されても、敵の輸送は行われてる。

 なんていうか……不気味。敵に利するだけの行為を続けているなんて、どういう事なんだろう?

 地下資源のないこの国では止めることも出来ないし、ちょっと不安かも……。

 

 

「ま、難しい話なんかやめやめ。

 そんで、微妙に話が聞こえてたんだけど、夕張さんは何を悩んでんのさ。

 なんなら、この深雪様が聞いてやってもいいぜ!」

 

「えぇ……。深雪ちゃんがぁ……?」

 

「なんだよその反応!? せっかく相談に乗ってやろうとしてんのに!」

 

「深雪、押し付けがましいぞ。彼女は軽巡。きっと私たち駆逐艦とは違う、重い悩みがあるんだろう。無理に聞いてやるな」

 

「うっ。そんな風に受け止められると、なんだか気が引けちゃうなぁ……」

 

 

 バシャバシャと喚き立てる深雪ちゃんのせいで、真面目な雰囲気は一転しちゃう。

 しかも、噂をすればなんとやら。騒ぎを聞きつけて、残りの潜水艦のみんなが寄ってきた。

 

 

「どうしたでちか? 夕張さん、悩んでるでち?」

 

「あぁ! イク、分かっちゃったのねっ。そんな気にする事ないのね~。

 たとえ名前負けしていても、色と形と感度さえ良ければ大丈夫って、どっかの誰かも言ってる気がするのね!」

 

「ねぇ。喧嘩売ってる? 対潜装備ガン積みしてあげよっか?」

 

 

 たぷん、と胸についた水風船を揺らし、ケラケラ笑うイクちゃん。私はけっこう本気で笑い返す。

 まるゆちゃんが「怖いですぅぅ……」って震えてるけど、触れられたくない乙女の聖域に踏み込んでくるのが悪い。

 悪かったですねぇー。夕張なのにメロンサイズじゃなくってぇー。私はどっちかって言えばスイカ派なのよーだ。

 ……どっちにしろ相応しくないとか思っている奴がいたら○す。

 

 

「はぁ……。別に、大した事じゃないわよ。ちょっと、下らない事で提督と喧嘩しちゃっただけで……」

 

「ほう、喧嘩か。それはそれで珍しいではないか」

 

「そうですか?」

 

「ええ。一方的に提督が叱られるのはよく目にしますけど、提督と喧嘩できる子は限られてますから」

 

「……ですかぁ」

 

 

 利根さん、筑摩さんの言葉に、なんとも奇妙な心持ちで頷いてしまう。

 提督と喧嘩できる子、かぁ。

 ええっと、満潮ちゃんとか霞ちゃんは違うよね。理不尽に難癖つけてる訳じゃないから、提督もすぐ謝っちゃうし。

 深雪ちゃんとは、半分男友達みたいな感じなのかな。曙ちゃんともよく口喧嘩してるし、漣ちゃんやイクちゃんはむしろ提督が怒る側で、後は……。

 あれ? 六十人以上居るはずなのに、思っていたより少ない。私もそこに入るの?

 ……ふ、ふーん。そうなんだー。……そうなんだ。

 

 

「んなこと無くねぇ? あたしは結構な確率でひっぱたかれるけど」

 

「それは深雪ちゃんが悪いでちよ。この前もてーとくの部屋をひっくり返して。怒られて当然でち」

 

「あれはそれでか……。何をしていたんだ、一体?」

 

「や、エロ本とか持ってんのかなぁーって家捜ししてた」

 

「ほほう! して、結果はどうだったのじゃ?」

 

「ぜひ参考にしたいのね!」

 

「姉さんったら……」

 

「なんの参考にするのよ……」

 

 

 一人うなずく私を他所に、深雪ちゃんは筑摩さんたちに反論。

 そこへ長月ちゃんが食いついたり、利根さん・イクちゃんが目を輝かせたり。イムヤちゃんは疲れた顔してる。

 ホント、参考にしてどうするんだろうね……。予想はできるけど考えたくありません。

 

 

「それがさー。出てくるモンっつったら、あたしたちと撮った記念写真くらいでやんの。ったくつまんねぇー、男ならエロ本とかエロビデオの十や二十持ってろっつーの」

 

「持ってたら持ってたで、全力でおちょくるんでしょう? 上手く隠してるんじゃない、提督も」

 

「え? オリョクル?」

 

「なんだか労基に駆け込みたくなる単語でち」

 

「微妙に損傷したまま、翌日まで放っとかれそうなのね」

 

「あのぉ、皆さん、なんの話を……?」

 

 

 湯船の端へ向かい、ふちに寄りかかって色んなものを全開する深雪ちゃん。

 私は「はしたない……」とか思いつつ窘めるんだけど、潜水艦のみんなが別の意味で邪魔だった。

 おちょくるをオリョクルって、どんな聞き間違いよ? まるゆちゃん置いてけぼりじゃない、全くもう。

 

 そんなこんなで、湯けむりガールズトークは弾み……。

 

 

 

 

「はぁー、サッパリ。お風呂はやっぱり良いわー」

 

 

 だいたい三十分後。

 身も心も清々しくなった私は、いつものセーラー服に身を包もうとしていた。やっぱり女子は、お喋り&お風呂で気分転換するのが一番よ!

 オレンジ色のリボンと、袖口の大きなボタンが特徴な半袖上着にプリーツスカート。色は上が藍色で下が緑色。

 後は、スカートよりちょっと明るい緑のリボンで髪をまとめて、個人的に買ったピンクのリストバンドを左手首に付ければ、いつもの私が完成っ。

 なんでこの寒い時期に呼ばれたのに半袖なの? っていう疑問はあるけど、割と可愛いから気に入ってます。寒ければちょっと気合い入れて、長袖を構築すれば良いだけだし。

 

 

「うむ! 汗も流した、次は夕餉じゃな!」

 

「今日の献立はなんでしょう。楽しみですね、姉さん」

 

「その前に喉乾いたって。なんか飲もうぜー」

 

「ああ。私はやはりフルーツ牛乳だ」

 

 

 着心地の良さそうな甚平を、揃いで着てる利根さん・筑摩さん。

 やっぱり男の子に見えちゃう深雪ちゃんは、半袖シャツに半ズボンのジャージ。

 長月ちゃんは意外にも、金木犀の花がプリントされた可愛いパジャマ姿。口調は勇ましいのに、やっぱり女の子よね。

 でも、駆逐艦とはいえ、ブラつけた方が良いんじゃないかなぁ? うっかり濡れると透けちゃう。

 なんて事を駄弁りながら、普通のセーラー服姿になった、伊号のみんなとまるゆちゃんも引き連れ、全員で食堂へ。

 

 

「えっ。て、提督?」

 

「え、あ、夕張……」

 

 

 ――向かおうとしていた、足が止まる。

 な、なんでそんな所に……?

 廊下に続く二枚目の引き戸を開けてみれば、ちょうど真向かいの壁――無料の自販機に寄りかかっている、軍服姿の人物が居た。……提督。

 手には飲みかけの牛乳瓶が。誰かを、待ってた? もしかして……。

 硬直する私に代わって、イムヤちゃんが問いかけた。

 

 

「どうしたの? お風呂場の前で……まさか……」

 

「いやっ、違う違う! 覗きとかじゃなくて、自分は……」

 

「ふっふ~、照れなくてもいいのね~。一緒にお風呂入りたいなら、言ってくれればいつでも“また”一緒にぃ――」

 

「君は黙ってこれでも飲んでろ」

 

「ふむぐ!? ――っけほ、提督のミルク、溢れちゃう、のね~」

 

「言い方が無駄に卑猥でち」

 

 

 慌てて手を振る提督の周囲に、さっそく伊号のみんなが纏わりつく。

 イクちゃんなんか、口へ牛乳瓶を突っ込まれてご満悦みたい。

 ……聞き捨てならない単語があったような気もするけど、普段通りな彼が、なんだか……。

 少し前まで、あんなに怒ってたはずなのに。提督にとってはその程度のこと?

 気にしてた私が、馬鹿みたいじゃない。

 

 

「で、覗きじゃないならなんの用です? 私、ご飯食べに行きたいんですけど」

 

 

 そんな気持ちが、提督への態度をツンケンさせる。

 流石に腹立たしかったのか、彼はムッとした顔で一歩前へ。

 数秒睨み合い、そして――

 

 

「ごめん、夕張。あの時は、自分が悪かった」

 

「……へ?」

 

 

 ――いきなり頭を下げられちゃった。

 虚を突かれ、変な顔をしてるだろう私に、提督は照れ笑いを浮かべて。

 

 

「まぁ、あれだ。自分も、大人気なかったというか。君の意見もちゃんと聞くべきだったな、と思ってさ。済まなかった」

 

「そ、そんなっ。あれは、私が意見を押し付けちゃうような感じだったから、提督が怒るのも当たり前で……ごめんなさい……」

 

 

 改めて頭を下げられると、私も自然に謝れていた。

 みんなが固唾を飲んで見守ってくれる中、また提督と見つめ合い。

 どちらからともなく、フッと笑う。

 

 

「じゃあ、お相子だな?」

 

「……うんっ」

 

 

 手と手を合わせ、軽くハイタッチ。これでもう、気まずいのも喧嘩も終わり。

 あーあ、安心したらお腹空いた! 私って単純だ。

 でも良いよね? 女の子なんてこういうもんなんだからっ。

 

 

「ね、一緒にご飯食べません? 仲直りも兼ねて」

 

「もちろん。みんなも来るだろ?」

 

「うむ、そうさせて貰おう」

 

「雨降って地固まる、ですね」

 

 

 気楽に誘ってみれば、小気味良い返事が幾つも。

 ぞろぞろと連れ立って、「お腹空いたでち~」「三大欲求を満たすのね〜」とか、談笑しながら食堂に入っていく。

 うわー、カウンターには並んでないけど、ごった返してる。これが一気に押し寄せるんだから、先にお風呂入っちゃって正解ね。

 

 

「ところで、隊長と夕張さんは、何が原因で喧嘩してたんですか?」

 

「それはだな……。ん、今日は白雪が当番か」

 

「はい。本日の献立はこちらです。どれになさいますか?」

 

「おぉ、御誂え向きだな。じゃあこれ、よろしく」

 

「畏まりました。少々お待ち下さいね」

 

 

 提督を先頭に、私たちは一列に並んで配膳を待つ。提督、私、まるゆちゃんに深雪ちゃんと長月ちゃん。利根さんたち、伊号のみんな、という順番。

 すると、まるゆちゃんが頭だけをヒョッコリ横に、事の発端を尋ねてきた。

 私が答えても良いんだろうけど、割烹着+三角巾な白雪ちゃんが示したのは、正しく説明に御誂え向きのメニュー。

 間を置かずに注文を受け取った彼は、かぐわしい出汁の香り立つそれを、愛おしげに掲げた。

 

 

「寒い時に食べるうどんは美味しいけど、蕎麦だって美味しいよな!」

 

「そうよね! 分かってくれて嬉しいです、提督! あ、白雪ちゃん、私はキツネ蕎麦お願ーい!」

 

「はい、夕張さんはキツネ蕎麦ですね。畏まりました」

 

 

 満面の笑みで頷き合う、私と提督。その間にあったのは、天ぷら蕎麦。

 サックサクの衣をまとった海老、那須、蓮根、南瓜が、お出汁を吸って柔らか食感に。

 刻んだネギとカマボコも乗せた、とっても豪華な天ぷら蕎麦! おうどんだって好きだけど、やっぱり冬は、温かいお蕎麦よね!

 まぁ、「寒い時に食べる麺類といえば」で喧嘩しちゃうなんて子供っぽいけど、だってお蕎麦だもん。しょうがない!

 

 

「……もしかしなくても、うどん派と蕎麦派で対立してただけなのか?」

 

「くっだらねぇー。あ、白雪ー。あたしは肉うどんねー。ほら、まるゆも注文」

 

「あ、はい。えっと、えっと……」

 

 

 なんだか呆れているような声も背中に聞こえるけど、そんな事は気にしません。

 だって私の手には、甘辛く煮上げたお揚げの乗った、美味しい美味しいお蕎麦様があるのだから!

 間違ってもひっくり返さないよう、しっかりとお盆を持ち。

 スキップしそうなルンルン気分で、私はテーブルへと向かうのだった。

 おっ蕎麦~、おっ蕎麦~♪

 

 

 

 

 

「さぁて、じゃあ食べるか!」

 

「うん、頂きますっ。そして、上にかける薬味といえば……」

 

「やっぱり、七味だろ――ん?」

「当然、ゆず胡椒よね――え?」

 

 

 




「おーい、鍋持ってきたわよ……って、誰も居ないわね」
「やっぱり、さっきの叫び声……。ごめんなさいお母さん、私も行ってきます!」
「あ、霞ちゃん? ……行っちゃった。しかもフライパン放ったらかしじゃないの。仕方ない、ここは一家の大黒柱も腕を振るいましょうか! 愛情・アレンジ・スパイシー♪」

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