新人提督と電の日々   作:七音

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(略)那珂ちゃん(略)巡業記! その四「そんな事よりやきうをしよう」・後編

 

 

 

 ……何度目かのCMが開け、映像は解説席へ戻る。

 変わらず笑顔の青葉がアップに、今までの試合内容を語り出す。

 

 

「さてさて。旧暦 対 ST 戦、早くも五イニングを終了し、得点は四 対 三。一点ビハインドでチーム・STが追いかける展開となっています。霧島さん、ここまでを振り返って、いかがですか?」

 

「両雄一歩も譲らない試合運びですね。球威で勝負する吹雪さんと、緩急に富んだ変化球の睦月さんが見せる投手勝負。打線の援護も強く、リードしているチーム・旧暦も油断できません」

 

「ソフトボールと同じで七回までやから、チーム・旧暦がこのまま逃げ切れるか、それともチーム・STが追いつくか。注目やね! ……ところで、那珂はんどこ行ったん? さっきから姿が見えへんのやけど」

 

 

 青葉から話を振られ、やや前のめりに解説する霧島、すっかりご意見番な黒潮がコメントするのだが、四人いたはずの解説席には三人の姿しかなかった。

 隙あらばカメラ目線をかましていた那珂が、影も形もないのである。

 しかし、それを指摘された青葉の顔は、「待ってました!」と言わんばかりに輝く。

 

 

「いい所に気が付きますねぇ、黒潮ちゃん。試合も半ばを過ぎ、選手の皆様も、画面の前の皆様も疲れが出てくる頃合いでしょう。

 と! いう訳で! 大きい方が好きな大きなお友達! お待たせ致しました! ここで、有志による応援合戦の時間でごっざいまぁああすっ!!!!!!」

 

 

 バンッと机を叩きながら、マイク片手に熱弁する青葉。

 彼女が大きく手を振りかぶると、カメラはその方向へと向かう。

 誰も居ないグラウンド。榛名のアナウンスが聞こえてきた。

 

 

《ご案内します。只今より、グラウンドにて、両チームへの応援合戦を行います。始めは、チーム・STへの応援です。マウンド奥に御注目下さい》

 

 

 一見なんの変哲も無い、人工芝が広がっている外野。

 しかし、突如として舞台のような奈落が開き、せり上がってくる人影が。

 なんと総勢十三名の、チアガール軍団である。

 

 

「ぱぁんぱかぱぁーん! みんなー、いっくわよぉー!」

 

『おぉーっ!』

 

 

 その先頭でジャンプする女性――高雄型重巡洋艦二番艦・愛宕のテロップを背負う彼女を皮切りに、グラウンドが色鮮やかな紅白に彩られた。

 軽妙なBGMと共に、鼻息荒い青葉の実況が轟く。

 

 

『ご覧下さい! 可愛らしいチア・コスチュームに身を包んだ美少女が、所狭しと整列です!

 メンバーをご紹介しますと、重巡枠の高雄さん・愛宕さん・衣笠ちゃん。軽巡の川内ちゃん・神通ちゃん・那珂ちゃん・多摩ちゃん。

 軽空母枠の千歳さん・千代田さん・龍驤さん・瑞鳳さん。最後に駆逐艦の曙ちゃんと潮ちゃんだぁあああっ!』

 

『ちなみに、全員にアンダースコートが配られていますので、悪しからず』

 

『あ。那珂はん、あんなとこに……。めっちゃ表情が活き活きしとるわ……』

 

 

 ポンポンを両手で構え、二列に並ぶチアガールたち。

 名前の紹介に合わせ、それぞれの顔が短くアップに。

 ときどき不機嫌そうな顔を交えつつ、那珂の掛け声でダンスが始まった。

 

 

「フレー! フレー! ふ・ぶ・き!」

 

『フレー、フレー、特型! フレー、フレー、エス・ティー!』

 

 

 基本のポンポン振り回しから、場を入れ替わり立ち替わり。

 様々な形で少女たちが可愛らしさをアピールし、上下運動もつつがなく。

 どこがどうとは言わないが、オスの本能を狙撃する多重攻撃を見舞う。

 

 

『いやぁ、それにしても見事な揺れっぷり――もとい! 見事なチアリーディングですねー!

 あ、開始直前にチャプターを入れておきますので、いつでも何度でもご堪能下さいませー!』

 

『これでますます売り上げは伸びるでしょうね……。さらに、彼女たちのブロマイドをラミネート加工でもして売り出せば……。フッフッフッフッフ』

 

『く、黒い。霧島はんの笑顔がトンでもなく黒いぃぃ』

 

 

 概ね、キラキラと眩しい笑顔を振りまくチアガールたちに被り、ハイテンションな青葉、ヤのつく職業が如き気配の霧島、引く黒潮のカットインが入った。

 売る為ならどんな犠牲をも厭わない。見上げた商売根性であり、見下げ果てたお下劣さである。なぜ霧島にまで感染したのかと、黒潮は本気で戦慄している。

 そんな事と知ってか知らずか、はたまた純粋に楽しんでいるのか。前列の高雄や愛宕、衣笠が、男の目に嬉しいモノを揺らす。

 

 

「はっ、ほっ。でも、やっぱり、揺れると、痛いわっ」

 

「スポーツブラ、だけじゃ、支え切れないのよ、ねー」

 

「っていうか、このチアコス、なんでサイズピッタリなの? 私、青葉にスリーサイズなんて、教えてないのにっ」

 

 

 ばいん。ぼいん。ゆっさゆっさ。

 擬音だけで表現しても、その弾け具合が伺えるであろう、実に楽しげな光景だ。ほぼ男性向けではあるけれど。

 彼女たちもマイクを着けているらしく、漏れ聞こえる愚痴すら御愛嬌か。

 一方、暗澹とした様子でポンポンを揺らしているのが、川内型の内二名と多摩である。

 

 

「……何故、ワタシは昼間にこんな事を……」

 

「恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい」

 

「もぉう二人とも? センターは外れちゃったけど、俯いちゃダァーメ! もっと足を上げてー、那珂ちゃーんスマイルぅ!」

 

「多摩のアイデンティティーを脅かすヤツなんて、コテンパンにしてやるがいいにゃ……!」

 

 

 夜行性の動物を無理やり叩き起こしたように、精彩を欠く川内。

 羞恥心に負けて、全く腕も脚も伸びない神通。

 キレッキレなポージングで二人を後押しする那珂に、チーム・旧暦ベンチを――特に睦月を威嚇する多摩。

 見事なほど統一感の無い四名だった。一人だけ無駄に楽しそうなのが違和感を強くしている。

 

 そして最後。悲喜こもごもが入り混じる、バックダンサー陣も見てみよう。

 以下の発言は順不同だが、予め説明させて頂くと、千歳、龍驤、千代田、瑞鳳、潮、曙の順に並んでいる。

 

 

「潮もっ、皆さんをっ、応援っ、しますっ」

 

「悔いのないよう、頑張って下さいねー!」

 

「試合が終わったら、鳳翔さんから差し入れあるよー! ワタシとお姉も手伝うから、期待してねー!」

 

「ちょっち待たんかーい! この並びに悪意を感じるんはうちだけかぁ!?」

 

「気にしてない、私は胸の大きさなんて気にしてない。なのに、どうしてこんなに心が痛いの?」

 

「……何もかも(ピー)提督と、こんな本買う奴らのせいよ! (ピー)ねヘンタイ共がー!!」

 

 

 山、谷、山、渓谷、山、断崖絶壁。

 心からの応援を送る豊かな三名と、慟哭の貧しき三名。なんの例えかは伏せるとして、恐ろしく高低差が激しい。

 強引に救いを見つけるとしたら、世の中にはまな板を好む男性もおり、罵倒されて喜ぶ男性もいるという事だろうか。

 後者三名にとって、この事実は救いにならないだろうが。いと憐れ。

 

 

《以上、チーム・STへの応援でした。続きまして、チーム・旧暦への応援です。マウンド奥にご注目下さい》

 

 

 BGM終了と同時に、チアガールたちが一斉にポージング。アナウンスでチーム・ST側ベンチにはけて行く。

 しばしの静寂。

 やがて、再び奈落から姿を見せる人影があった。

 今度は黒と白。学ランとハチマキ、そしてサラシを巻いた男装女子たちだ。

 

 

「っし! いくぜお前ら! 抜錨だぁ!」

 

『おぉぉおっ!!』

 

 

 先頭に立つは、ギュッとハチマキを締め直す少女。背負うテロップに、高雄型重巡洋艦三番艦・摩耶の名が。

 こちらも計十三名の応援団が、凛々しく仁王立ちを決める。

 

 

『さぁさぁ次なるはチーム・旧暦の応援団! 可愛らしいチアリーディングから打って変わり、男装女子たちによるカッコイイ応援です!

 リーダーを務めるのは新人重巡の摩耶ちゃん! 彼女の後を追い、メンバーが整列です。

 鳥海ちゃん、木曾ちゃん、由良ちゃん、夕張ちゃん、あきつ丸ちゃん、朝潮ちゃん、満潮ちゃん、舞風ちゃん、初風ちゃん、祥鳳さん。最後に長門さんと陸奥さん。豪華ですねー!』

 

『数は少なくとも、確実にいる女性購買層へ向けたプランです。こういうのに弱い女性は多いですから。もちろん男性もですが……。フッハッハッハッハ……』

 

『悪役や……。もう霧島はんが悪役にしか見えへん……』

 

 

 もはや売上のことしか考えていない青葉&霧島はさて置き。

 チア軍団と違い、男装応援団は大きなドラムとホイッスルが共演。

 生演奏の迫力に負けじと、摩耶が声を張り上げる。

 

 

「行っけー、行け行け行け行け睦月ぃ!」

 

『行っけー、行け行け行け行け睦月っ!』

 

「押っせー、押せ押せ押せ押せ旧暦!」

 

『押っせー、押せ押せ押せ押せ旧暦!』

 

 

 正拳突きを交互に繰り出し、豪快な声援を送る男装女子たち。

 いわゆる長ランと白手袋で身を固め、ボタンは留めていない。

 程よく引き締まった腹筋が躍動していた。

 

 

『男らしい掛け声と裏腹に、喉を震わせるのはうら若き乙女たち! チア軍団とは別の意味でお喜び頂けるでしょう! 揺れない代わりに常時ヘソ出しですよ!』

 

『サラシも重要なポイントだと愚考します。実は私たち金剛型も、日頃から巻いています……』

 

『霧島はん!? なんのアピールやのそれ!?』

 

 

 得意満面の青葉と、なぜか頬を染める霧島、ツッコむ黒潮のカットイン。

 それらを摩耶の拳が殴り飛ばし、快活な笑みがアップになった。

 

 

「お前らぁ! この摩耶様が応援してやってんだっ、勝たないと承知しねぇぞっ!」

 

「私の計算通りなら、皆さんの勝つ確率は高いはずです」

 

「鳥海殿の仰る通りっ。持てる力を全て発揮し、勝利を掴むのであります! 自分も全力を尽くすであります!」

 

 

 同じく長ラン姿の姉妹艦、鳥海。実はあまり普段と変わらないあきつ丸の支援を受け、ボルテージが上がっていく。

 続いて声を発したのは、長身の戦艦、長門・陸奥姉妹と、眼帯とハチマキが番長風味を醸し出す木曾。格好は勇ましいながら、女性らしい華を忘れない祥鳳、由良である。

 

 

「手強い相手だろう。きっと苦戦もするだろう。しかし恐れるな! 真の敗北とは、己が恐怖に屈することだ!」

 

「あらあら、血気盛んなんだから。でも、ヤるからには勝たなくっちゃダメよ?」

 

「俺が許可する、本当の戦闘って奴を教えてやれ!」

 

「とはいえ、あんまり気合を入れ過ぎると危険です」

 

「怪我だけはしないようにね。ね?」

 

 

 やたらと重々しい口上は、まるで実戦前の新兵への訓辞である。

 戦意高揚には相応しいかも知れないが、禍根を残しては元も子もない。選手への気遣いで第二声は締められた。

 そして、こちらの最後は音楽担当。

 二台のドラムへ配された舞風・初風と、両腕を前後左右に振り下ろす満潮。ホイッスルが妙に似合う朝潮に、モヤっとした顔の夕張だ。

 

 

「あ~あぁ、私はあっちでチア踊りたかったなぁ~」

 

「ちょっと舞風。グチってないでドラム。音ズレちゃうでしょ」

 

「嫌がってた癖に、初風も意外と張り切ってるわよね……。はぁ……」

 

「満潮、無駄口は駄目! 朝潮型の代表として、全力で応援しなくてはっ!」

 

「……なぁーんでかなぁー。特に問題ないはずなのに、良からぬ意志を感じる私が居るのよね、この配置に……」

 

 

 ダンスが趣味という簡易テロップが示す通り、舞風は身体をソワソワと。

 嫌々ながら参加していたらしい初風がそれを叱り、やる気のなさそうな満潮も溜め息をつく。

 唯一、元気ハツラツなのが朝潮で、《ピー!》とホイッスルを鳴らしつつ、腕を上げては振り下ろす。木曾を番長と言ったが、こちらはさながら風紀委員といった所か。

 残る夕張の気掛かりは、彼女の視線の行く末……。サラシで圧迫され、ストーンと地面までを見下ろさせてくれる“何か”が原因であろう。

 軽巡なのに駆逐艦並み。哀しきは、如何ともし難い個体差である。

 そうこうしている内に、男装女子が「押忍!」と最後の気合を入れ、チーム・旧暦への応援も終了した。

 

 

《以上、チーム・旧暦への応援でした。試合再開は、十分後を予定しています。しばらくお待ち下さい》

 

 

 はけて行く二組目をアナウンスが見送り、映像は解説席へ。

 満足気な表情をした青葉が、鷹揚に頷いている。

 

 

「いやぁ~、良い目の保養が出来ましたね~。ここで、試合再開までの間、これまでの好プレー・珍プレー集をご覧頂こうと思います。素晴らしいプレーの数々を、どうぞ!」

 

「那珂ちゃん戻りましたぁー! ねぇねぇ、どうだったどうだった?」

 

「お、お帰り~。けっこう良かったで~。ウチ見直したわぁ」

 

「今のうちにメガネの掃除を、と……」

 

 

 カメラへ手を差し伸べる青葉の隣では、着替えを終えた那珂と黒潮がハイタッチしたり、霧島が高級クロスで眼鏡を拭いたり。

 実況中に編集したらしい映像が再生されるまで、微妙な間。

 まず映し出されたのは、第一イニングである。

 睦月のライナーヒットから始まり、如月のバント、叢雲の艤装キャッチ、ビビられる不知火、長月と弥生のダブルプレーと続く。

 その後の映像は、諸事情により初出の情報となるはずだが、かい摘んで説明させて頂く。

 

 フライを追う綾波と磯波。落球予測地点へ向かうも、譲り合ってフェアヒットに。二人揃ってアワアワしている。

 バットを構える漣。しかし、ボールカウントが増えるたびにバットヌンチャクを繰り広げ、最終的にはふざけ過ぎでアウト。内容はともかく、やり切った表情は清々しかった。

 チーム・ST側ベンチで、大アクビをする初雪。ボリボリ頭を掻いたり、立ち上がったかと思えばブルマの食い込みを直したり、一列を占領して本気寝したり。とにかくだらしない。

 今度こそバッターボックスに入った深雪。全力でバットを振るい、ツーストライクからのホームラン。両手Vサインを掲げ、満面の笑みで深雪が走る。

 

 ファールフライを追いかけて、夕立たちの居る報道席に突っ込む弥生。周囲が心配する中、捕球したグラブを掲げる姿が勇ましい。

  敷波の打った打球がチーム・旧暦のベンチへ。居眠りしていた望月に直撃する。バットを脇に挟み、ひたすら手を合わせる敷波と、困惑しつつ額を擦る望月が対照的だ。

 ワンアウト三塁の場面。外野フライのアウトを待ってホームに駆け込む叢雲を、如月が迎えうつ。バックホームされる球をしっかり受け止め、倒れこみながらも叢雲をアウトに。その姿が何故かエロい

 

 ……と、このような映像が他にも流れ、約十分。

 定刻通りに試合再開のサイレンが鳴り、選手たちがポジションにつく。

 榛名のアナウンスが球場へと響いた。

 

 

《お待たせ致しました。試合を再開します。六回の表、チーム・旧暦の攻撃は、五番、皐月さん。五番、皐月さん。背番号、五》

 

 

 最初に進み出た打者は、金髪……というより黄色に近い髪を二つに縛る少女。

 これが初打席なら一時停止と略歴紹介が入るのだが、今回は二巡目なので入らない。

 しかしながら、忘れてしまった視聴者の為に小さなアイコンが端で光っており、それを選択すると改めて紹介が見られるようだ。諸々の事情を鑑み、ここでそれを開かせて頂こう。

 

 曰く、睦月型駆逐艦五番艦・皐月。

 水無月、文月、長月と第二十二駆逐隊に所属する。

 とある輸送作戦中には、文月と共に九十七の敵機から攻撃を受けるものの、全ての爆弾と魚雷を回避してみせる。この功績を讃えられ、感謝状の授与が全軍に布告される栄誉も受けた。

 特記事項、くすぐりに弱いが、くすぐられるのは嫌いじゃない――とのこと。

 

 

「またまた、ボクの出番だねっ。かっ飛ばすぞー!」

 

 

 やや不安になる紹介ではあったが、この場でくすぐられる訳もなく、無邪気にバットを構えている。

 対する投手・吹雪の顔には緊張が色濃く、少々余裕をなくして見えた。

 けれど、彼女はそれを無視するよう、投球を準備。腰にボールを構えた。

 

 

『さぁ試合再開です! 打順は巡って再び皐月ちゃん。真正面からの勝負が多い吹雪ちゃんはどう攻略するのか。第一球を……投げたっ』

 

 

 指を離れた球が、一直線にミットへ向かう。

 外角、速球のストレート。初見では対応の難しい球だが、先に言った通り二巡目の打席。

 皐月は瞳を輝かす。

 

 

「もーらいっ」

 

「しまった!?」

 

 

 バットの先端で、すくい上げるような一打。

 低い弾道は右中間へ。ライト・漣のかなり手前でバウンドする。

 気を抜いていたらしい漣が慌てて捕球に向かうが、皐月も艤装状態で疾走。間一髪、セーフをもぎ取った。

 

 

『皐月ちゃん初球から打ちに行ったー! 打球は伸びてライト方面へ、漣ちゃん真面目に送球するもセーフです! 皐月ちゃん強気ですねー』

 

『いえ、今のは球が甘かったように見えました。吹雪さん、どうやら調子を戻せていないようですね』

 

『睦月ちゃんもそうだけど、ずぅっと一人で投げてるもんねー。疲れちゃって当然だよー』

 

『でも、そのためのインターバルやしなぁ。悪い流れを変えれへんかったんは痛いでぇ』

 

 

 悔しさに顔を歪める吹雪と、カメラに向かって「やったね!」とサムズアップの皐月。

 慣れないスポーツをしているという事もあるが、明暗はハッキリと分かれていた。

 追いかける展開はいつまで続くのか。また新たなバッターをアナウンスが呼ぶ。

 

 

《六番、自由守備・文月さん。自由守備・文月さん。背番号、七》

 

 

 茶髪のポニーテールを解き、ヘルメットを被りながら進み出る少女。ここでも改めて略歴紹介を。

 曰く、睦月型駆逐艦七番艦・文月。

 皐月の項に活躍が記されているが、船団護衛中、勝鬨丸という名の大型船……元アメリカ貨客船「プレジデント・ハリソン」と衝突。大破したという苦い経験も持つ。

 特記事項、意外としたたかな性格――とのこと。

 

 

「出撃ですっ。本領発揮するよぉ~」

 

 

 したたかさと言うより、のんびりさを感じさせる言葉遣いで、文月が左のバッターボックスに。

 とても長打を放てそうもない、へっぴり腰な構えだが、吹雪は厳しい表情のまま。

 

 

『ランナーを一塁に置いてノーアウト。続くバッターは、雰囲気的にスポーツが似合わない文月ちゃん。前回の打席では見逃し三振でしたが、今回は如何に!』

 

 

 両ベンチからの声援が届く中、まぶたを閉じて深呼吸を繰り返し、落ち着こうと努力する吹雪。

 やがて、しっかと目を見開いた彼女は、右腕を回転させながら一歩を踏み出す。

 

 

「……ふっ!」

 

「わぁ~、やっぱり早いね~」

 

 

 豪速球。大きな音を立てるミットに、文月が感嘆の声を発した。

 素直な感想なのか、余裕の表れか。屈託のない笑顔からは判断がつかない。

 

 

『初球ストレートは見逃し。続いて第二球……ボール。文月ちゃん一向に手を出しません』

 

『様子見……いえ、手を出せないんでしょうか。いまいち読めませんね……』

 

『あっ、またボールになっちゃった。吹雪ちゃん、大丈夫かなぁ』

 

『根が生真面目やからなぁ。気張り過ぎて余計な力が入っとるんや、きっと。こらマズいわ……』

 

 

 解説陣の難しい顔がカットイン。また焦りを見せ始める吹雪に被った。

 追いかける展開からのノーアウト一塁、ツーボール・ワンストライク。プレッシャーは如何程だろうか。

 それを振り払うよう、大きく頭を振った吹雪は、裂帛の気合いと共に全力に投じる。

 

 

「今度こ、そっ……あっ!?」

 

 

 けれど。その矛先は狙いを外れ、文月の方へ寄ってしまう。

 内角を抉るどころではなく、確実に直撃コース。高く逸れる球は、頭部を目掛けて。

 誰もが息を飲み、ただ文月だけが笑顔を浮かべ――

 

 

「ふぇ~いっ」

 

「ひぃいっ!?」

 

 

 ――次の瞬間、軟球が吹雪の立つマウンドへ突き刺さった。

 土煙の向こうを見れば、文月は背中に機関部を背負い、腰に爆雷、両足首にも魚雷発射管が。艤装を召喚していたのだ。

 青い顔で吹雪が腰を抜かし、球場に文月のポテポテという走塁音のみが響く。

 いち早く正気に戻ったのは青葉だった。

 

 

『……ぉ、おおっとぉ!? あわやデッドボールかと思われた矢先、文月ちゃんが艤装を召喚、縦にバットを振り抜いたぁ!』

 

「えっ、ちょ!? め、めり込んでて取れないんですけどぉー!?」

 

 

 色んな場所から、色んな意味で驚愕の歓声が上がり、なんとか吹雪も持ち直す。

 しかし捕球しようにも、隕石が落下したかの如く地面は抉れ、いくら掘っても出てきそうにない。

 文月だけでなく皐月も進塁し、ついには本塁へ戻ってしまった。

 

 

『これは、なんとも……。よく回避したと褒めるべき、なんでしょうが……。どうやら防御行動の一部として認められたようです。インプレイ、ランナーは進めます』

 

『皐月ちゃんと文月ちゃんが戻ってきたから、これで二点追加だねっ』

 

『……もしかして文月はん、これ狙ったんちゃう? 侮れんわ……』

 

「文月、おつかれっ」

 

「えへへ~。やったぁ~」

 

 

 ポカンと見つめる白雪の横を通り、皐月・文月がハイタッチ。

 そのままベンチに戻り、皆とも手を合わせて喜びを分かち合う。

 ややあって、主審・長良がタイムを宣告。プレイは一時中断となった。

 

 

《ご案内します。ただいま、グラウンドの修復中です。プレイ再開まで、少々お待ち下さい》

 

 

 グランドレーキ……いわゆるトンボ掛けの道具などを持った少女が二人、マウンドへ駆け寄っていく。

 ツインテールのスパッツ少女が、陽炎型駆逐艦一番艦・陽炎。体操服の裾をブルマの上に出すショートカット少女が、同八番艦・雪風のテロップを背負っていた。

 飛び散った土を均したり、抉れたマウンドを盛り直したり。埋まった球をほじくり出すのにも苦労しているようだ。

 カメラは一旦、解説席へと戻る。

 

 

「えー、アナウンスでお聞きのように、現在、グラウンドに空いた穴を、陽炎ちゃんと雪風ちゃんが埋めております。ちょっとお茶でも……」

 

「かなり深く突き刺さりましたから、時間が掛かりそうですね。茶菓子はマドレーヌで宜しいですか?」

 

「だねー。あれだけ深かったら埋めちゃった方が早いかも……あれ? 白雪ちゃんが吹雪ちゃんの方に歩いてくよ? むぐむぐ」

 

「これは……。ちょい、音拾えるー? ズズズッ……あ、こっちちゃうで。あっちやあっち」

 

 

 どこからともなく急須を取り出す青葉に、なぜか洋菓子を持っている霧島が習い、那珂と黒潮が相伴に預かる。

 すると、小休止ムードが漂う球場で、ベンチ側に退避していた吹雪へと白雪が歩み寄った。

 傍目にも酷く落ち込んでいるのが見て取れ、カメラなどもそちらに。

 

 

「吹雪、一体どうしたの? もしかして、どこか痛めていたり……」

 

「ううん、そうじゃないの。……ごめんね、不甲斐ないキャプテンで。後で文月ちゃんにも謝らなくちゃ」

 

 

 あわやデッドボール、という危険な投球をしてしまったからだろう。苦笑にも力がない。

 どう声を掛けていいか、白雪は悩んでいるようだった。

 が、慰めるよりも先に拳を握り、吹雪はガッツポーズして見せる。

 

 

「私のせいで負けたりなんかしたらダメだよねっ。絶対に勝とう! すぐ調子戻すから――へふっ?」

 

 

 ――の、だけれど。

 白雪が唐突に、吹雪の鼻を摘んだ。

 言葉も途中で遮られてしまい、困惑する目がパチクリと。

 

 

「し、白雪……?」

 

「ねぇ、吹雪。私たち、『勝たなきゃいけない』とか、『勝たなきゃダメ』なんて言い方した?」

 

「え? ……してない、と思うけど……」

 

「だったら、もっと肩の力を抜きましょう? 責任感があるのは良いことだけど、重く背負い過ぎるのは、貴方の悪い癖。これは戦争じゃなくて、スポーツなんだから」

 

「……あ」

 

 

 指を離し、白雪は吹雪をある方向に向き直させる。

 そこに居たのは、彼女の姉妹艦たち。

 ニカっと笑う深雪、微笑みと流し目の叢雲、少し自信なさ気な磯波。静かにうなずき返す綾波、心配そうなのに口には出せない敷波、拳でグラブを鳴らす朧、バットヌンチャクに失敗して後頭部を抱える漣。

 何も言わずとも、吹雪を支えようという気持ちが見える、仲間たち(一部を除く)。

 

 

「絶対に勝たなきゃ、なんて気負わないで。一緒に頑張りましょう」

 

「……うん! 頑張ろーっ、おー!」

 

『おー!』

 

 

 円陣を組み、手と手を重ねて、一斉に空へ。

 失敗に澱む表情はもう無かった。

 真っ直ぐ勝利を見つめる少女が、朗らかに笑い合っている。

 それに釣られたのか、戻ってきた映像が写すのは、穏やかな笑みを浮かべる青葉たちだった。

 

 

「どうやら、吹雪ちゃんは立ち直ったみたいですね~」

 

「はい。チーム・旧暦、ここで追加点を得られたのは僥倖だったかも知れません。手強い相手が戻ってきました」

 

「うぅ……っ。どうしよう、那珂ちゃん感動しちゃった~……。メイク落ちちゃうよぅ~」

 

「……っすん。あはは、なんやウチ、涙もろくてイカンわ~。おっ、陽炎の作業も丁度終わったみたいやでっ」

 

 

 那珂はハンカチを片手に、黒潮まで鼻をすすっているが、どこか暖かい空気が流れていた。

 どうやらそれが照れくさいようで、グラウンド整備の方にカメラを向けさせている。

 丁度、顔を土で汚した雪風がボールを掲げ、陽炎がレーキを杖に一息ついたところで、すぐにアナウンスが。

 

 

《お待たせ致しました。試合を再開します。六回の表、チーム・旧暦の攻撃は、七番、レフト・長月さん。背番号、八》

 

 

 団結を深めたチーム・STがポジションへと足早に戻り、バッターボックスにも次なる打者が現れる。

 瑞々しい緑色をしたロングヘアが特徴の少女だ。

 略歴紹介。曰く、睦月型駆逐艦八番艦・長月。

 特に輸送作戦での活躍が目立つが、コロンバンガラ島への輸送任務中、新鋭の米駆逐艦・ストロングが属する作戦群を発見、雷撃。彼の船を撃破せしめた武勲でも有名である。

 特記事項、何気に歌が上手い――とのこと。

 

 

「こいつは、今まで以上に頑張らないとな。さぁ、行くぞ!」

 

 

 吹雪の気迫を感じ取ったか、長月も表情を引き締め、油断なくバットを構えている。

 息の詰まるような緊張感ではなく、心を躍らせる緊張感が漂っていた。

 

 

『今度こそ試合再開です! 仲間の声に自らを奮い立たせた吹雪ちゃん。相対するは、これまで堅実なプレーを見せてくれた長月ちゃんです。注目の第一投は……』

 

 

 白雪からのサインに応じ、吹雪が頷く。

 一呼吸の間を置き、動作を停止。

 そして。

 

 

「行っけぇ!」

 

「……何っ」

 

 

 今まで通りのウィンドミル投法で放たれた球は、今まで以上の球速でミットを叩いた。

 長月が思わず身を引いてしまう程の、凄まじい圧が見て取れる。

 判定は当然ストライクであり、双方のベンチと、解説席がどよめく。

 

 

『これは凄い! 凄まじいスピードのストレートです! 球速は……島風ちゃん二人分です!』

 

『時速一百四十km……。もはや本物の選手以上ですね。感情持ちの統制人格は、精神的なコンディションに大きく能力を左右されますが、ここまでとは……』

 

『おぉー! 吹雪ちゃんカッコイイー!』

 

『逆転、あり得るかも知れへんでぇ。面白くなってきたわぁ』

 

 

 投げた本人も手応えを感じているらしく、返球を受ける顔に迷いはない。

 対する長月にまで笑みが浮かび、投手との勝負を楽しんでいるようだった。これこそスポーツの醍醐味なのだろう。

 吹雪はそのまま次の投球に入り、また緊張の一瞬。

 

 

「……ふっ!」

 

「くっ……そ! やるなぁ……!」

 

 

 振りかぶられるバット。迫る速球。風切り音とミットの音が、ほぼ同時に。

 上手く奥へ潜り抜けられ、長月は悔しさを隠そうともしない。

 

 

『続く第二球もストレート。カウントはノーボール・ツーストライク。第三球……チェンジアップ! 意表を突かれた長月ちゃん、残念ながら空振り三振です!』

 

 

 最後は変化球がバットをすり抜け、束の間、呆気にとられる長月。

 自身が凡退したと悟るや、彼女は歯噛みして打席を去り、代わりに進み出る姉妹艦へ未来を託す。

 

 

「すまない、みんな。私はここまでのようだ……。後を頼む、菊月」

 

「ふ……。また戦場に身を投じる時が来たか……」

 

 

 長月と同じく長髪だが、純白に近い髪色を持つ少女。

 略歴紹介曰く、睦月型駆逐艦九番艦・菊月。

 開戦時は第二航空戦隊に所属し、数々の緒戦に参加。船団護衛に従事した。

 二日にかけて二度の爆撃を受け大破。放棄されるが、米軍によって引き上げられ、その残骸をフロリダ島に残していた事で有名である。

 特記事項、実はよくヘタレる――とのこと。

 逆手にバットを持ち、悠然と打席へ向かう姿からは、信じられない情報だ。

 

 

《八番、センター・菊月さん。センター・菊月さん。背番号、九》

 

 

 右ボックスへ入ると、今度は順手。恐ろしく堂に入った構えを見せる。

 バットの構えというより、剣術における逆八相の構えに見えるのが、若干の不安を匂わせるのだけれども。

 

 

『続いてのバッターは菊月ちゃん。私生活では、寡黙な割に厨二的な言動が目立つ彼女ですが、成績はフォアボールでの出塁のみ。実力は未知数です。果たして、その言動に見合う活躍はできるのか?』

 

 

 ともあれ、試合は続いている。実況も冷めやらず、戦いを加熱させていく。

 滑り止めのロジンバッグを掴み、ボールの感触を確かめる吹雪。重心を低くし、今か今かと待ち受ける菊月。

 主審・長良まで息を飲む中、吹雪が投球姿勢を取り――

 

 

「菊月、出るっ」

 

「ストライク!」

 

「……運が悪かったな! 次こそは」

 

「ストラーイク!」

 

「…………わ、悪いが、ここが貴様の墓場」

 

「スリーストライク! バッターアウト!」

 

「………………こんな事は、威張れる事じゃないがな。……ううっ、なんなのさぁ……」

 

 

 ――流れるように三連投。

 スパァン、スパァン、スパァンと気持ちの良い音が響き、目尻にうっすら涙を浮かべた菊月は、雲を背負ってベンチに帰る。

 抑え込んだはずの吹雪が、妙に気不味そうな顔で背中を見送り、盛り上がっていいはずのチーム・STベンチも静かなまま。

 重い沈黙を誤魔化そうと、青葉は声を張った。

 

 

「……えぇーと。吹雪ちゃんまたしても奪三振! 速度の緩急を上手く使い分けていますねっ」

 

「そ、そのようですねっ。実に見事です。この落差は睦月さんのスローカーブと同等に思えます」

 

「あ、あのー、吹雪ちゃんも凄いとは思うんだけど、菊月ちゃん、すっごく落ち込んじゃってる……」

 

「やめて! ホンマに威張れる事じゃなくなってしもうたから、触れんといてあげて!」

 

 

 空気を読んだ霧島が後に続くも、あまりの落ち込みっぷりに、菊月を気遣ってしまう那珂。

 身を切るような黒潮の叫びすら、傷口に本ワサビを擦り込むが如く。ベンチの座席にちょこんと座り込み、膝を抱える菊月であった。

 彼女に付けられたマイクが、「この菊月に気遣いなど無用だ……。無用だから、しばらくそっとしておいてぇ……」という呟きを拾う。然もありなん。

 

 

《き、九番、ライト・三日月さん。ライト・三日月さん。背番号、十》

 

 

 ウグイス嬢・榛名すら噛ませる、珍妙な雰囲気が漂う球場へと、また新たなバッターが。

 もはや罰ゲーム的な印象を受けるも、当の黒髪少女――文月と同じようにポニーテールを解き、ヘルメットでピョンと立ったアホ毛を押さえつける彼女は、実に落ち着いた表情だった。

 

 

「そろそろですか?」

 

 

 略歴紹介曰く、睦月型駆逐艦十番艦・三日月。

 睦月型の中で唯一ミッドウェー海戦に参加し、ソロモン諸島では強行輸送任務……俗に言う鼠輸送に従事した。

 華の二水戦旗艦・神通、最後の活躍となったコロンバンガラ島沖海戦にも参加したが、同作戦中に姉妹艦である長月を失った経験を持つ。

 特記事項、本物のネズミはあまり好きじゃない――とのこと。

 

 

『気を取り直して次に行きましょうっ。打者は九番の三日月ちゃん。キャラが濃い睦月型の中では控えめな性格ですが、それ故に落ち着きのあるプレーが見所です』

 

 

 三日月が左打席でバットを構え、吹雪は眉を険しく、警戒心を露わにする。

 菊月が噛ませ犬……と言うと可哀想だが、まぁ御しやすかったのに対して、そう簡単には打ち取れない気配を感じたのだろう。

 事実、それは正しかった。

 

 

「……これでっ」

 

「当たって!」

 

 

 様子見にしては力の込められたストレートを、三日月は辛うじて捉える。

 打球が後方へ飛び、バックネットを大きく揺らした。

 

 

『三日月ちゃん、初球をファウル! 豪速球に合わせてきました』

 

『良く見えているみたいですね。初回の白雪さんと同じく、長期戦になりそうな雰囲気です』

 

「負けたくはありません。スポーツとはいえ、戦いなんですから!」

 

 

 自らの立ち位置を確かめ、バットを持ち直す三日月。

 控えめではあっても、心根に熱い気持ちを宿しているらしく、構えにも気迫が乗る。

 第二球、外に低め。手を出さずにボール。

 第三球、内を抉るチェンジアップ。振りかけたバットを戻してツーボール。

 第四球、全力のストレートに振り遅れてツーストライク。

 第五球、高めにゾーンを逸れてスリーボール。

 手に汗握る攻防が続いていく。

 

 

『えっと……。ツーアウト、ランナー無し、フルカウント、だよね? 次で決まるかなぁ……』

 

『どうやろ。吹雪はんが流れを引き戻したっちゅうても、まだどっちに転んだっておかしない。これからや……ん? 今更やけど、ウチも普通のコメンテーターになってへん?』

 

 

 指折り数える那珂と、疑問顏の黒潮がカットイン。場の空気をわずかに和らげる。

 吹雪、三日月も小さく笑い、しかし次の瞬間には、アスリートの顔に戻っていた。

 バッターは脚の置く位置を確かめ、ピッチャーが緩やかな投球姿勢を。六度目の勝負である。

 

 

「……ふっ」

 

「っえーい!」

 

 

 投げられたのはストレート。確実にストライクゾーンを貫く軌道だが、速度は低め。

 目敏くそれを見破った三日月は、すくい上げるようにバットを振り、打球を左方向へと運ぶ。

 吹雪が振り返るのと同時に、三日月が艤装状態で走り始めた。

 

 

『打ったぁああ! 低めのライナーがショートを抜け――ない!?』

 

 

 打球はピッチャーである吹雪と、ショートを守る磯波の間を縫い、ワンバウンドでレフトに抜けるかと思われた。

 が、ここで磯波が見事な反応をして見せ、飛び込むようにグラブを伸ばす。

 パン、と捕球する音。ボールは左手にしっかり収まっている。

 

 

「と、取れたっ……ていっ!」

 

 

 取った本人も予想外だったようだが、続く送球にも無駄はない。

 低い姿勢からの球は少し軌道をズラしていた。けれど、ファースト・深雪が身体をめい一杯に伸ばしてキャッチ。一拍遅れて三日月が塁を駆け抜ける。

 塁審・五十鈴が「アウト!」と宣告し、スリーアウト。チェンジとなった。

 

 

『これは磯波ちゃんのファインプレーです! ワンバウンドで抜けるかと思われたヒットをダイビングキャッチ、迷わず一塁へ送ってアウトに変えました!』

 

『仲間の援護を受けて、この回は二失点に留めましたね。見事なチームプレーです』

 

『吹雪ちゃんも磯波ちゃんもカッコイイよー! 三日月ちゃんはドンマイ! まだ勝敗は決まってないよっ』

 

『裏の攻撃で追いつけるかが鍵やな。……ツッコミ所が無いんは寂しいけど』

 

 

 落胆する旧暦側ベンチと、湧き上がるST側ベンチ。

 体操服の前面を土で汚した磯波に、サードの叢雲、レフトの敷波が飛びつき、褒め称えている。

 恥ずかし気な磯波をアップに、略歴紹介のアイコンが光った。

 曰く、吹雪型駆逐艦九番艦・磯波。

 十番艦の浦波は改Ⅰ型と呼ばれる事もあり、純粋な特Ⅰ型は彼女が最後となる。

 その浦波と衝突して傷を負い、五年後のミッドウェー海戦を生き延びた直後、またもや浦波と衝突するという不運に見舞われた。

 特記事項、磯辺と付く料理が得意――とのこと。

 

 お祭りムードのチーム・STだが、一方で、チーム・旧暦の雰囲気も悪くはない。

 肩を落とす三日月に皆が駆け寄り、守備への気勢を高めている。

 

 

「私の努力が足りなくて、ごめんなさい……」

 

「そんな事ないって! みんなで頑張れば良いんだから、ボクらの得点はみんなの得点っ。さぁ、今度は守備に出撃だー!」

 

「そうそうー。あたしも、これからどんどん本領発揮するよぉー!」

 

「うむ、頼むぞ皐月、文月。……だから、いい加減に機嫌を直せ? 菊月」

 

「ふっ。長月よ、誰に物を言っている。ワタシは別に落ち込んでなどいない。いないんだ。……ないからなっ」

 

 

 肩を組み、拳を突き上げ。時には拗ねる者もいるが、九人全員が一丸となり、勝利を手にしようとグラウンドを駆けていく。

 もっとも、補欠の望月だけは、相変わらずベンチでダレている。追い出されないのは、働き蟻に必ず一定数存在するという、怠け者的な役割を果たしているから……であろうか? 実情は不明である。

 

 

《六回の表、チーム・旧暦、得点、二》

 

 

 攻守が切り替わり、ピッチャーマウンドには睦月、キャッチャーに如月を置いて、裏の攻撃が始まる。

 右打席へと進み出たのは、同じく右にサイドテールを流す少女。柔和な笑みが似合いそうな顔を、キリリと引き締めていた。

 

 

「この場面は、譲れません!」

 

 

 略歴紹介曰く、綾波型駆逐艦一番艦・綾波。

 言わずと知れた、第三次ソロモン海戦の“鬼神”。

 敵発見の知らせが届かなかったり、別れて行動していた隊が撤退を始めていたりと不運が重なった結果、戦艦・二、駆逐艦・四の主力部隊に単独で挑むことになる。

 ところが、綾波の放った魚雷は二隻の駆逐艦を轟沈・大破せしめ、味方の増援を得て残る駆逐艦も撃破。最後に、米戦艦サウスダコタにも直撃弾を与えるという大戦果を挙げて、その艦生を終えた。

 特記事項、世話を任されている子猫・オスカーの観察日記が趣味――とのこと。

 

 

《六回の裏、チーム・STの攻撃は、六番、自由守備・綾波さん。自由守備・綾波さん。背番号、十一》

 

 

 かつて“鬼神”の称号を与えられた少女が、今は体操服にブルマでバットを構える。

 過去、涙を飲んで爆散する彼女を看取った人々が知れば、「どうしてこうなった」と嘆き悲しむか、あるいは狂喜乱舞するであろう光景だ。

 しかし、以前が軍艦だろうとも、対峙するは可憐な少女たち。とやかく言うのは野暮というもの。試合へ戻ろう。

 

 

『ここでバッターは綾波ちゃん。追加点を許し、三点差に広げられたチーム・ST。かつてソロモン海で挙げたような武勲を立てたい所です。しかし、それを阻もうと睦月ちゃんが第一投……投げた!』

 

 

 じっくりとサインを擦り合わせ、睦月が構える。

 一秒に満たない静止。放たれるのはスローカーブ。ゆっくり、弧を描く球がミットへ向かった。

 

 

「ボール!」

 

 

 しかしストライクゾーンは外していたようで、主審・長良がボールのカウントを増やす。

 綾波は微動だにしなかった。迫る軟球をキッチリ見定めたらしい。

 睦月も特に慌てた様子はなく、返球を受けて次の投球へ移った。

 

 

『一球目はボール。続けて第二球は……またしてもボールです』

 

『二球続けてのスローカーブですか。手を出しませんね』

 

『打ち辛そうだもんねー。那珂ちゃんだったら最初から諦めちゃいそう』

 

『……なるほど、それや。綾波はん、打ち球を絞ったんとちゃう?』

 

 

 二投目も同じようなやり取りが行われ、解説席の映像が短くカットインした。

 黒潮がポンと手を打ったのと同じタイミングで、睦月の三投目。

 三度目の正直……には期待しなかったらしい。真っ直ぐミットに向かうストレートが、スローカーブと比べ物にならない速度で進む。

 綾波が動いた。

 

 

「てぇえええ~い!」

 

「にゃっ!?」

 

 

 コンパクトに振られたバットは、見事ボールを掬い上げ、打球がマウンド上を越える。

 睦月が飛び上がるも僅かに及ばず、センター前ヒットに。

 長打を予想していたらしい菊月、打席とは打って変わってキレのある送球をして見せたが、こちらも一歩及ばず。すでに綾波は塁を駆け抜けていた。

 

 

『綾波ちゃん打ちました! 内角高めのストレートをセンターに運び、一塁へ進みました!』

 

「や~りま~したぁ~!」

 

「うぅ、こ、この程度なら、まだ……っ」

 

 

 ベンチに向けて、綾波がピョンピョン跳ねつつ両手を振り回す。愛らしい鬼神が居たものである。

 一方、打たれてしまった睦月の顔に、初めての焦りが浮かぶ。流れが傾き始めているのを、身をもって感じ取ったようだ。

 

 

《七番、レフト・敷波さん。レフト・敷波さん。背番号、十二》

 

「結局、あたしの出番かぁ~」

 

 

 チーム・STベンチがまたしても湧き上がる中、漲る気合いを口元に秘めた少女が、静かに、悠然と歩み出る。

 ポニーテールの結ぶ位置を変え、ヘルメットを被り直す彼女は、略歴紹介曰く、綾波型駆逐艦二番艦・敷波。

 磯波・浦波・綾波と第十九駆逐隊を編成、二水戦に属した。

 ミッドウェー、ソロモン諸島、ニューギニアなどの諸作戦に参加し、三度に渡るソロモン海戦も生き延びたが、その過程で多くの姉妹艦を失い、最後の時まで船団護衛に従事する。

 特記事項、許せないのは唐揚げに無断でレモン汁――とのこと。

 

 

『無死一塁でバッターは敷波ちゃん。ヒットをもぎ取った綾波ちゃんに続けるかで、今後の流れが明確になるでしょう。注目の打席です!』

 

 

 打線が爆発するか、それとも変化球で煙に巻くか。青葉の実況通り、ここが分水嶺と言えるだろう。

 今までひょうひょうとしていた睦月も、プレッシャーからか表情が硬い。

 余裕たっぷりな敷波を見据え、まずは第一投を。

 

 

「敵艦見ゆ、ってか? ……ふんっ!」

 

「あにゃ!?」

 

 

 ――と、様子見で放たれたストレートが悪手だった。

 投球フォームを見た時点で不敵に笑った敷波は、綾波に習いバットをコンパクトに振る。

 出塁するにはあまり良くない右方向へと伸びていくが、その隙に綾波が三塁へ疾走し、ライト・三日月はアウトカウントを優先して一塁へ好送球。

 敷波も艤装状態で走るが、今度は間に合わずアウトに。

 

 

『おおっと初球打ち! これは読んでいたか!?』

 

『ライト前ヒット、敷波さんは間に合いそうもありませんが、十分に役目は果たしましたね』

 

『まずは追いつくことが大事、だもんね? 敷波ちゃんグッジョブ! 三日月ちゃんもグッジョブ!』

 

『睦月はん、連打されたんは初めてやね。付け入るチャンスやけど、踏み止まれるやろか』

 

 

 だが、自らのアウトも計算のうちだったようで、三塁の綾波とアイコンタクトした敷波が、満足げにベンチへ去る。

 その途中、彼女は次なるバッターに素っ気なく、けれど確かなエールを送った。

 

 

「へへ、まぁまぁじゃない? じゃ、後よろしくねー」

 

「頑張るっ。朧、行きます!」

 

 

 大きく頷いた次打者――朧がバットを軸に立ち上がり、待機場所からバッターボックスへ。

 今にも走り出しそうな溌剌さが伝わってくる。

 それに引き換え、これまで絶対に許さなかった連打を浴び、睦月の渋い顔は一層深く。

 背後の守備陣――皐月や文月が「打たせて行こー!」「これからこれから~」と声をかけ、やっと笑顔を見せるほど。切羽詰まっているようだ。

 

 

《八番、センター・朧さん。センター・朧さん。背番号、十七》

 

『打撃が好調なチーム・ST、バッターの朧ちゃんがボックスに入ります』

 

『選択肢としては、バントで確実に一塁を狙うか、長打で得点と出塁を狙うか。どちらもあり得ますね』

 

 

 温度と明暗の違う緊張感が、選手たちを包み込んでいる。

 ワンアウト走者三塁。打者を凡退させるか、打ち上げさせてフライを狙うか。どちらにしても、走者の存在が重い。

 睦月はロジンバッグを手に取り、余分についた滑り止めを体操服で拭う。一つ一つの動作に時間をかけ、 自分のリズムを取り戻す作戦なのだろう。

 そうして放たれる第一投目は――

 

 

「これなら、どうかにゃっと!」

 

「……やらせは、しません!」

 

 

 ――バットの目前で浮き上がるライズボール。

 僅かにかすった打球が後方へ飛び、観客席前のフェンスを鳴らした。

 

 

『第一球はファウル、ノーボール・ワンストライクです。いやぁ、当たるようになりましたね。どうしてなんでしょう、霧島さん?』

 

『今までは変化球に翻弄されているような印象でしたが、先ほど那珂さんが言ったように、安定しないスローカーブを捨ててしまえば、自ずと球は限られてきます。

 速度を変化で補っていた分、読めるようになれば打ちやすいんでしょう。手の内を見せ過ぎた、のかも知れません』

 

 

 的確な霧島の解説をバックに、第二投、第三投、第四投、第五投……と攻防が続く。

 ライズボール、スローカーブ、チェンジアップ。

 ストレート以外を巧みに織り交ぜているが、ボール球には決して手を出さず、甘い球は積極的に打つ。

 スローカーブとチェンジアップがツーボールになった以外、全てをファウルにされている。

 一球を投じるがごとに、睦月の制球力は乱れていくようだった。そして、彼女の心も。

 

 

「負けない……。まだ、負けるわけには……ってぇえっ!」

 

「だから――」

 

 

 おそらく、睦月からすれば渾身の一投。

 全精力を注ぎ込んだストレートに見えたが、これこそが朧の待ち望んでいたもの。

 投手に向けた脚を軽く浮かせ、こちらも全力でバットが振られる。

 

 

「――やらせないって言ったでしょ!」

 

 

 ジャストミート。確実に芯を捉えた打球がライト奥へ。

 硬球ならホームランでもおかしくないが、しかし軟球ゆえに飛距離は伸びずフェアヒットに。

 三日月が捕球しようと後ろに下がる。

 

 

『右中間、これは大きい! が、ライトの三日月ちゃん即応っ、朧ちゃんは一塁に……セーフ! その間に綾波ちゃんホームへ! ホームランにこそなりませんでしたが、確実に点差を縮めました!』

 

『きゃー! 朧ちゃーん!』

 

『行ったと思うたけどなぁ。しかし、これはいよいよ追い詰められたで、睦月はん』

 

 

 鋭い送球は惜しくも間に合わず。

 受けた弥生が返す刀でバックホームを狙うが、綾波は余裕でホームイン。チーム・STに一点を追加した。

 歓声に湧くST側ベンチと、驚愕に己が手を見つめる睦月。フェイスガード越しの如月の顔が、心配そうに揺らいでいる。

 そんな中、新たな打者がスキップしながらバッターボックスへ。

 ピンク色のツインテールを崩さぬよう、スリットが刻まれた特注ヘルメットを被る彼女は。

 

 

《九番、ライト・漣さん。ライト・漣さん。背番号、四六四九》

 

「ふっ。乗るしかない、このビッグウェーブに! 駆逐艦・漣、出る!」

 

《……あ、失礼しました。選手の交代をお知らせします。九番、漣さんに代わりまして、島風さん。バッターは島風さん。背番号、四十》

 

「島風、出撃しまぁ~す!」

 

「ファッ!?」

 

 

 唐突な選手交代の知らせに、思いっきり目をひん剥いた。

「なんじゃそりゃあ!?」と言いたげなドUPにダブる略歴紹介曰く、綾波型駆逐艦九番艦・漣。

 トボけた言動に反し、数多の攻略作戦に参加した。真珠湾攻撃ではミッドウェー島への艦砲射撃も行っている。

 また、続く暁型のための新型ボイラーを、試験的に載せた船でもあった。

 特記事項、とてもオタい――とのこと。誰の目にも明らかだ。

 話を戻し、彼女に変わって進み出る少女がまた一人。

 皆と同じく体操服にブルマを履き、紅白のオーバーニーソックスと大きな黒リボンが特徴の彼女は、アナウンスが紹介した通り、島風である。

 

 

『ここで選手交代です! 満を持して、体操着なのに何故か露出度が下がっている島風ちゃんの登場だぁ!』

 

「いやいやいや待っておくんなまし!? あやなみんからの連打が続いてるんだから、ここは綾波型である漣が出ないと締まらないでしょキャプテン・ブッキー!?」

 

「ご、ごめんね漣ちゃん。ここは確実に行きたいし、それに……」

 

「さっきの打席、ふざけ過ぎてアウト貰ってたじゃない。ここで同じ事されたら大惨事だもん。諦めた方が早いよ?」

 

「うっくぅ~、なんも言えねぇ~」

 

 

 迎えに来た吹雪と呆れ顔の島風に窘められ、漣は大仰に天を仰いだ。遠く、如月が「やっぱり漣ちゃんのネタは古いと思うわぁ」とボヤいている。

 それはさておき、一時停止付きの略歴紹介を見てみよう。

 曰く、島風型駆逐艦一番艦・島風。

 次世代型駆逐艦として計十六隻の建造を予定されていた島風型だが、生産性の低さと諸々の事情により、彼女一隻のみとなってしまった。

 なお、最速の船として名を馳せる島風ではあるが、航続距離を引き換えに、四十ノット以上の速力を持つ船は割と存在する。

 彼女が評価される所以は、速度・航続性能・攻撃力が高水準でまとまっているから、なのである。

 特記事項、連装砲ちゃん(♀)というお供が三匹(?)居る――とのこと。

 

 

『実は楽しんでる漣ちゃんを無視して、実況を続けましょう。スイングで風を巻き起こす島風ちゃん、ここは長打が欲しいですねー』

 

『ゴロでなければランニングホームラン確実ですからね。狙っていきたい……んですが、これは、どうなんでしょう……?』

 

『あれ? なんかダメなの?』

 

『いや、なんもおかしく……あぁ~、そういう事かぁ~……。島風はん、ルール理解してるとええんやけど……』

 

『ほえ? な、なに? 那珂ちゃんを仲間外れにしないでよ~!』

 

 

 一時停止が解除。凄まじい速度で素振りする島風に、胡乱げな霧島・黒潮の顔がカットイン。涙目の那珂に追いかけられて消えていく。

 どうやらこれがヒントになったらしく、睦月がニタァと悪い微笑み。

 

 

「……にゅふ。これをどう、ぞ!」

 

「ふふん、おっそ~い!」

 

 

 島風に対する第一球は、およそ本気と思えない球だった。

 腕を一回転させるウィンドミル投法ではない、振り子のようにして投げるスリングショット投法。狙いは安定するが、変化球を投げるには難しく、速度も出ない投げ方なのだ。

 つまりは打ってくれと言わんばかりの球であり、当然、島風は高速スイングで打球をセンターに運ぶ。

 同時に、艤装状態となった彼女が、時速七十kmで爆走を始めた。

 

 

『島風ちゃん、スリングショット投法によるストレートを、当然の如くセンターへ! 菊月ちゃんがしっかりキャッチ、三塁へ送りますが……!?』

 

「私には誰も追いつけないよー!」

 

「……えっ、ちょっと、島か――わっ」

 

 

 綾波に対した時と同じく、菊月が切れ味鋭い送球を。一塁へ送らなかったのはすでに通り過ぎようとしていたからである。

 三塁に向かっていた朧と、土煙を上げる島風が交錯。ほぼ同時に塁へ飛び込む。

 しかし、あまりの勢いに卯月は「轢かれるぴょん!?」と避けていたため、せっかくの好送球も無駄になってしまう……はずだったのだが。

 

 

「えっと……。ごめんね、島風ちゃん。……アウトです」

 

「うえぇ!? なんでぇ!?」

 

 

 卯月と同様、遠めに退避していた三塁審・名取は、無情にも島風のアウトを宣告した。

 その理由は、ため息と共にカットインする黒潮たちが説明する。

 

 

『あぁ、やっぱりや……。前のランナー追い越したらアウトんなるっちゅうに……』

 

『一つの塁には一人の走者しか留まれないのを、知らなかったんですね……』

 

『あー、そういう事だったんだぁ。那珂ちゃん勉強になりました!』

 

『……という訳でして、辛うじて三塁に滑り込んだ島風ちゃんと朧ちゃんでしたが、走者追い越しにより島風ちゃんはアウト。朧ちゃんはなんとかセーフです』

 

「速いだけじゃ、ダメなのね……」

 

 

 アウトになったのがショックだったようで、島風はペタンと座り込んでしまった。

 どこからか、砲塔に似た頭部を持つ寸胴の……生物(?)が現れ、彼女を慰めている。

 まぁ、色々な意味で勿体無いプレイではあったものの、アウトカウントは二。まだまだ試合は続く。

 

 

『アウトを一つ増やしただけでしたが、朧ちゃんを確実に進塁させたという意味ではいい結果です。島風ちゃん、お疲れ様でしたー。

 ……さぁさぁ、因縁の対決です! 仲間に助けられピンチを脱した吹雪ちゃんと、変幻自在の投球を見せてくれた睦月ちゃん。

 これまでは睦月ちゃんが勝ち越していますが、果たして?』

 

 

 連装砲ちゃんに連れられ、トボトボ帰っていく島風と入れ替わりに、吹雪が……五人目のバッターが進み出る。

 正念場での打席。瞳には闘志が燃えて、戦い抜こうという気概が見えた。

 

 

《一番、ピッチャー・吹雪さん。ピッチャー・吹雪さん。背番号、二十二》

 

「みんなのために……。私、頑張ります!」

 

 

 右バッターボックスに入り、しっかと睦月を見据え、吹雪はバットを握りを鳴らす。

 対する睦月は無言。ただ静かに、如月のサインを確かめ、目前のライバルに集中しているようだ。

 両ベンチから声援が押し寄せる。

 幾重にも名を呼ばれた少女たちの想いが、投げられたボールを通してぶつかり合う。

 

 

『息の詰まる攻防が続きます。ツーボール・ワンストライク、できればこの回で追いつきたいでしょうけれど、ツーアウト故か手が出ません』

 

『ホームランが出れば同点。さらに追加点を得られる可能性もあります。双方にとって踏ん張り所です』

 

『どっちも応援したいけど、勝つのは一チームだけ……。とにかく頑張れー! 全力全開だよー!』

 

『……次、動くな。これで決まるで』

 

 

 初球・スローカーブでストライク。第二球、第三球はライズボールが隅に散ってツーボール。

 バットを振ろうとする気配は見せる吹雪だが、なかなか思い切ることが出来ない。

 けれど黒潮の予言通り、ここで睦月の行動に変化が見えた。

 

 

「これが、今の睦月の全力。……吹雪ちゃん、行くよっ!」

 

 

 埒があかないと思ったのか、それともネームシップ同士、真っ正面から向き合いたいと思ったのだろうか。握ったボールを吹雪に突きつけ、勝負を宣言した。

 吹雪もそれに応えようと、一度構えを解き、バットの先端を空へ。ホームラン予告である。

 視線を重ね、二人は小さく笑い合う。

 いつの間にか、球場は静寂に包まれていた。投手板を両足で踏み、投球姿勢を取る睦月の足音が、やけに響いている。

 

 

「――っせぃ!」

 

 

 異様に長く感じる停止の後、睦月は大きな一歩を踏み出し、腕を一回転させた。

 ボールから指が離れ、回転しながら吹雪へ迫る。

 ストレート。これまでで最速と思える、真っ直ぐな軌道だった。

 しかし、タイミングを見計らっていた吹雪は“何か”を感じ取ったらしく、僅かに打撃姿勢が変化。ほんの少しだけ後ろに傾き、同時に映像もスローモーションに。

 

 

「――と」

 

 

 真っ直ぐミットへ向かっていたボールが、吹雪の手前で浮いた。

 

 

「――ど」

 

 

 バットは振り始まっている。そのまま行けば、ボールの下をくぐってしまう。

 

 

「――けぇえええっ!!」

 

 

 けれど。すれ違う直前でバットが跳ね上がった。

 斜めに打ち上げる、芯を捉え切った一撃が、一条の白線を描いた。

 

 

『吹雪ちゃん打ったぁ! 打球は左中間を突き破り、確実にホームランコースです! 睦月ちゃん膝から崩れ落ちるー!』

 

「そん、にゃ……」

 

 

 飛んでいく打球を目で追い、ホームに背を向けた睦月が、ピッチャーサークル内に膝をつく。

 チーム・STの歓声が轟く中、朧がホームイン。続けて吹雪がしっかりと塁を踏みしめ、また戻ってくる。

 六回の裏、ツーアウトからの同点ツーランホームラン。エースナンバーの面目躍如であろう。

 朧と二人、出迎える仲間たちと抱き合っていた。

 

 

『いやぁー、霧島さん、吹雪ちゃんは期待に応えてくれましたねー』

 

『そうですね。周囲の想いを自らの力に変える。これが彼女の特性なのかも知れません』

 

『うんうん、吹雪ちゃんカッコイイ! でも、睦月ちゃんも頑張ったよ! 両方カッコイイ!』

 

『せやね。二人とも良いプレーヤーや……ん? なんやの、この紙切れ。連絡?』

 

 

 観客の統制人格や解説席も、ゲーム展開と同様に盛り上がりを見せる。

 が、そこへ水を差すような黒潮の声。どうやら連絡事項があったらしく、カメラが解説席へ移った。

 

 

「ちょ、ちょい、ちょい青葉はん!? これ、これっ!?」

 

「はい? どうかしました?」

 

「……会場の運営委員からですね」

 

「どうしたのー? 那珂ちゃんにも見ーせてー?」

 

 

 なにやらメモを読み、青い顔をした黒潮が立ち上がる。

 霧島、那珂、青葉にメモは回し読みされ、次々と顔色は悪く。

 かと思えば、まだ落ち込んでいた島風が呼ばれ、新たに青葉が書き起こしたメモを持って、どこかへ走り去った。

 

 

《……え? こ、これを読むんですか?》

 

 

 球場のスピーカーから、榛名の戸惑った声が漏れ聞こえた。

 選手たちも何かが起こったのを悟り、ザワザワと落ち着かない様子である。

 ややあって、榛名が読み上げたアナウンスは――

 

 

《お……お知らせ、します。会場貸し出し時間の期限となりました。よって、試合はここで終了……引き分けとなります》

 

 

 えぇええっ!?

 

 ――と、会場を一体化させる叫びを上げさせた。

 もちろん納得など出来るはずがなく、怒った選手と応援団……とりわけ、摩耶が率先して解説席へとなだれ込む。

 

 

「フッざけるなぁ! おい青葉、これはどういう事だぁ!?」

 

「お、落ち着いて下さい摩耶さんっ、あのですね、会場を午後三時まで借りてるはずだったんですけど、なぜか書類には一三○○まで、ってなってまして……」

 

「この後も予約があるそうで、時間を超過すると、莫大な延長料金が発生するようです。

 推測ですが、電話口で『じゃあ三時まで』と予約したつもりが、『十三時まで』と聞き間違えられたのではないかと……」

 

「青葉のポケットマネーで賄ってるんです、ただでさえギリギリでしたし、延長したら借金しなくちゃいけなくなっちゃうんです! だからここはノーゲーム……いえっ、引き分け、引き分けという事で一つ!」

 

「青葉ちゃん……」

 

「これはヒドい。引き分けっちゅう結果自体はええけど、それに至る過程が最悪やわ」

 

 

 掴み掛かられ揺すられて、青葉がなんとも締まらない言い訳を繰り広げる。

 処置無しと霧島は諦めムード。那珂・黒潮の目が厳しく、青葉に味方は居なかった。

 最早、逃げ場もない。

 

 

「え、えー、こういう訳なので! 第一回 艦娘対抗、冬のスポーツ大会、三角ベース編の結果は、引き分けです! 映像特典をご覧の皆様っ、ご視聴ありがとうございましたぁー! スタコラサッサー!」

 

「あっ、オイ待ちやがれぇ!!」

 

 

 ――が、諦めの悪い青葉は、なんと掴まれているセーラー服をスポンと脱ぎ去り、下に着ていたらしい体操服姿となって群衆を脱出。カメラ目線に挨拶と敬礼をしてから、脱兎の如く逃げ出した。

 後を追う摩耶たちが映像に入り込み、そのままブラックアウト。伴奏のみの軍艦マーチをBGMに、スタッフロールが流れ始める。

 

 お重を持った着物姿の女性……鳳翔とテロップを付けられた統制人格や、握手する吹雪と睦月。

 双方のチームメンバーが入り混じり、握り飯を食べている風景などが、写真として上に流れていく。

 やがて、古い映画のような「終」の一文字を置き、特典映像は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はずが、黒い画面にニュッと穴が開き、エプロンをつけた青葉が顔を見せる。

 

 

「この番組は、横須賀鎮守府の提供で、お送りしました! 次回、近海警備 密着二十四時に、ご期待下さい!」

 

「青葉さ~ん、オムスビ足りないぴょ~ん」

 

「はいはいただいまぁー! あっつ、ご飯が熱いっ!?」

 

 

 映像の外から卯月の声が届き、青葉は湯気を立てるご飯に悪戦苦闘。

 その後頭部を最後に、穴は閉じていった。

 

 今度こそ、終幕。

 

 

 


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