新人提督と電の日々   作:七音

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新人提督と約束された痛み・前編

 

 

 

 月明かりの眩しい夜。

 よくある一軒家の、庭とリビングとを繋ぐ開放窓の内側では、パジャマ姿の親子が難しい顔を突き合わせていた。

 

 

「ねー、お父さん。ラジオまだ直んないのー? 私、眠くなってきちゃったー」

 

「うーん、なんで急に壊れちまったかなぁ……」

 

 

 父はどてらの腕を組み、薄桃色のパジャマにカーディガンの娘は、クッションを抱えて大あくび。

 ちゃぶ台に乗せられたランプの優しい灯りが、古臭いラジオチューナーを照らしていた。

 京都府、舞鶴市に属する海辺の街は、小さな混乱に見舞われている。長時間の停電である。

 もうすぐ真夜中という頃合いに、突如として襲い掛かったこの現象。

 しかしながら、多くの人は単なる停電であると判断し、放っておけば直るだろうと、さして焦ったりはしていない。

 親子の頭を悩ませているのは別の事柄……。受験勉強のお供であるラジオが、御臨終してしまった事なのだ。

 

 

「電気も戻らんし、こりゃあ発電所で事故でも起きたか?」

 

「え。それってマジでヤバいんじゃ……」

 

「あー、困ったなぁ……っと、女の子がそういう言葉を使っちゃいかんぞ」

 

「はーい」

 

 

 もうすぐ中学生となる娘に、父親が口酸っぱく、乱れた言葉遣いを指摘する。

 聞き飽きている娘は、カーディガンを羽織り直しつつ窓辺に行き、ガラスが曇る距離で海を眺めていた。二人きりの家族とはいえ、堅苦しいのは御免である。

 一階だが、景色はよく見えた。空に浮かぶ真ん丸の月と、海に浮かぶ波々の月。お気に入りの景色だ。

 けれど、いつもと同じようで、少し違っても見える。光が少ないからだろうか。オマケに、潮騒と混じって何やら変な音が……。

 

 

「……ん? お、お父さん。アレ」

 

「どうした。……んん?」

 

 

 流石におかしいだろうと、娘が奇妙な音――物凄い勢いで人が走る音のような――の聞こえる方向を見れば、こちらに近づいてくる土煙が見えた。

 思わず、父を伴って窓を開け、身を乗り出す。

 親子共々二・○の視力が捕らえたのは、奇妙な格好をした二人。猛スピードで我が家の庭へ飛び込んで来た、やけに露出が高い少女と、その子に背負われたセーラー服の少女。

 親子には分からないが、この二人、艤装状態の島風と電であった。

 

 

「し、島風ちゃんっ、も、もう少しゆっくり……!」

 

「ゆっくりなんて無理! 全速力で、一直線に行くよー!」

 

「ひゃわぁああっ!? 落ちる、落ちちゃうのですぅううぅぅうううっ!?」

 

 

 生垣を飛び越え、そのまま庭を疾走する島風。電の声がドップラー効果で高さを変え、取り残された涙が芝を濡らす。

 親子は口をあんぐりと開き、「今の何?」「夢?」と眼で語り合っている。

 しかし、惚けていられたのも束の間。また新たな闖入者が姿を現した。

 これまた親子には分からないのだが、順に、艤装状態の雷、弥生、吹雪、球磨、多摩、木曾である。

 

 

「こらー! 一人で先走っちゃダメでしょー!」

 

「……聞こえてない、みたいです」

 

「すみません、ちょっとお庭を通りまーす!」

 

「お邪魔しますクマー」

 

「そしてそのままサヨナラにゃー」

 

「挨拶が雑だぞ、姉たちよ」

 

 

 雷は拳を振り上げながら走り抜け、溜め息混じりの弥生と、親子に向けて頭を下げる吹雪がそれを追う。

 続く球磨、多摩も親子に挨拶し、木曾の敬礼には父親が「あ、どうも……」と会釈を返していた。

 ここまでであれば、寝ぼけていたんだと自分を誤魔化せたであろう親子だが、闖入者はまだ続く。

 第三陣の先頭を走っていたのは、重巡・鳥海。後ろには川内型の三名と、朝潮型二名の姿があった。

 

 

「不審者として通報されないといいんですが……」

 

「ふっふっふ、やっぱり夜の空気は良いね! 身を切る寒さが最っ高ー!」

 

「あの……近所迷惑、ですから……お静かに……」

 

「夜だけどおはよーございまーす! この事は秘密にしてねー?」

 

「ったく、あのスピード狂! ちょっとは後続のこと考えなさいったら!」

 

「追い駆けるの……大変……」

 

 

 不安そうな顔。テンションMAXな笑顔。とても申し訳なさそうな顔。ウィンクを飛ばすアイドルスマイル。怒っているが気合いに満ちた顔。困り果てた顔。

 バラエティーに富み過ぎた少女たちが、親子の視界を目まぐるしく、鮮やかに染める。もう、どんな反応をすれば良いのか分からない。

 だがしかし。騒動はまだまだ続くのである。

 第四陣のメンバーは、陽炎、雪風、三隈、最上、摩耶だ。もちろん親子は誰が誰だか全く知らないのだが。

 

 

「はぁ、ふぅ、海の上なら、こんな疲れない、のにーっ」

 

「頑張りましょう、陽炎ちゃん! 目的地はすぐそこです!」

 

「あぁ……。三隈のスーパーウルトラゴールデンハイパーデラックスエレガント単車ちゃん'sが全滅なんて……。酷過ぎますわ……」

 

「そんなに落ち込まないで、ね? っていうかそんな名前だったの? あのバイク。長くない?」

 

「あ、あたしのせいじゃないかんな! あの変な風のせいだし、あたしが壊したわけじゃないかんな!」

 

 

 息を切らせる陽炎を励まして、雪風がワンピースの裾をはためかせる。

 ハンカチで目元を拭いつつ、妙に早口で悲しみを吐露する三隈を、最上がツッコミながら支え、少しばかり気不味そうな口振りの摩耶が、雪風と同じく短いスカートを揺らす。

 父親の鼻の下が若干伸び、娘は全力で二の腕をつねった。「痛い痛いごめんなさい!」という情けない声が聞こえる中、闖入者の第五陣が到着した。

 村雨、天龍、龍田、金剛の四名である。

 

 

「はいはーい! みんな、こっちよー! 遅れないでー!」

 

「くっそぉ、機関部は換装したはずなのに、全然追いつけねぇっ。オレは世界水準のはずなのに……っ」

 

「生身の方にはあまり影響しないのかもね~。汗かいちゃうわ~」

 

「うう~! こういう時ばかりは、駆逐艦たちのSlimなBodyが羨ましいデース!」

 

 

 村雨が後方へ呼びかけつつ手を振り、その横を悔しげな天龍と、手で顔を扇ぐ龍田が通り過ぎる。

 金剛に至っては一旦立ち止まり、どこからどう見ても完璧なバランスの身体をしてボヤく。

 走り去る後ろ姿を見送りながら、お前それAカップでブラも着けられない私への当て付けか? と娘は思った。

 と、そこへ最後となる第六陣がやって来た。長門、陸奥、扶桑、山城の四名だ。

 

 

「夜分遅くに、大変失礼した」

 

「何か不都合が起きましたら、鎮守府の方まで御一報下さいね?」

 

「やっぱり、私たちが一番、遅いのね……」

 

「これでも、秒速十二mくらいで、走ってるのにぃ……」

 

 

 長門と陸奥は足を止め、親子に向けて頭を下げる。

 陸奥の差し出した名刺を受け取り、父親は「あ、これはご丁寧に」と恐縮しきりだ。

 娘の方は長門を見て「格好良い……」と惚れ惚れ。彼女たちの背後を走り抜けた扶桑型姉妹には、気付かなかったようである。

 

 

「今の、艦娘さん、だよね」

 

「……だなぁ。多分、桐林提督の、だろうなぁ」

 

 

 嵐の如く過ぎ去っていった美女・美少女の正体に思い至り、親子は唖然と呟く。

 月明かりとランプだけが頼りの、停電の夜。颯爽と庭を駆け抜けていく、軍艦の現し身たち。

 こんな出鱈目、一体誰が予想できようか。知人に話したとして、誰が信じてくれようか。

 

 

「凄い、美人ばっかだったね」

 

「……だなぁ」

 

「写真、撮っておけば良かった」

 

「……だなぁ」

 

「玄界」

 

「……灘ぁ」

 

「寒いね」

 

「……寒いな」

 

「寝よっか」

 

「……寝よう」

 

 

 驚きが一周回ってテンションを下げたらしく、つまらないジョークを飛ばし、親子は寒風の入り込む窓を閉めた。

 のちに、親子が受け取った陸奥の名刺は家宝となり、この時代を知る貴重な歴史資料にもなるのだが、それは遠い未来の話である。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「う……。うぐ、イタタ……ッ」

 

 

 かつて小林 倫太郎と名乗っていた“それ”は、激しい頭痛によって意識を取り戻した。

 壁一面にコンピューターが据えられた研究室。

 リノリウムの床へ手をつき、やっとの思いで立ち上がる。

 

 

「な、なんなのさ、今の……。爆発……?」

 

 

 フラつく頭でまず思い出せたのは、唐突な衝撃波だ。

 データ取りを終えた桐林を監禁部屋へ押し込め、得た情報を整理しようとここへ戻り、しばらくして……。

 

 

「ん……!? あ、あれっ? なんだよコレ、で、データがっ」

 

 

 ふと、壁のディスプレイを見て、“それ”は愕然とする。

 勝手な処理が走り、今まで蓄積してきたデータが全て、消され始めていたのだ。

 慌ててコンソールを叩くも、操作は受け付けない。

 五分と経たないうちに、研究データは完全に消え去った。

 

 

「クソッ! 何がどうなってるんだ!?」

 

 

 振り下ろされた拳が、デスクを粉砕する。

 この館は完全なスタンドアローン。ウィルスの類はあり得ない。

 ならば侵入者の破壊工作? 二重三重に張り巡らされた、赤外線・加圧検知システムや無人兵器群を越えて? それこそ不可能だ。

 しかし現実に、こうして情報は破壊されている。訳が分からなかった。

 近くの無人島にバックアップを取ってあるが、最後の更新は数日前。一番肝心な桐林のデータを失ったのは痛過ぎる。

 

 ――自動ドアの開閉音。

 

 

「誰だ――って、なんだ、ガン・ターレットか……」

 

 

 振り返ると、部屋の入り口には、高さ一m程の円柱から銃身とセンサーカメラを生やす、自動兵器が鎮座していた。

 先ほど言った無人兵器群の一部である。コンソールが破壊されたのを検知してやって来たのだろう。

 赤外線と紫外線、二種類の特殊カメラを内蔵しており、顔認識システムも搭載され、高級官僚の私宅などで使わ――悪寒。

 

 

「うぉ!? ちょ、なんでっ」

 

 

 ターレットの放った銃弾を、“それ”は慌てて回避する。

 七・六二mm硬芯徹甲弾がディスプレイを、床を、天井を穿つ。

 自らを侵入者と想定して構築した防衛兵器。当たれば皮膚を抉られる、回避し続けるしかない。

 ついには三階の窓の外へと身を躍らせるが、一息つく間も無く、今度は戦闘用に改造した四脚運搬機が姿を現わす。

 アンカー付き脚部を持ち、中央に運転席とペイロードがある物で、今は六砲身二十三mmガトリング砲が二基と、直結された弾薬庫、高感度カメラが備わっている。

 流石にガトリング砲には歯が立たない。“それ”は脱兎のごとく、己が居城から逃げざるを得なかった。

 

 

(なんで、どうして僕が襲われる。カメラの顔認識が死んでるのか? いいや、そんなレベルじゃ)

 

 

 五mはある煉瓦造りの塀を一気に飛び越え、館から南西にある高台へと向かいながら、必死に考え続ける。

 ハッキング、プログラム改竄の可能性は限りなく低い。

 となれば、ソフトにバグが生じた? 毎月の更新で不具合が……。しかし今まで一度も事故は無かったのに。

 あの衝撃波もなんだったのか。この身体は人間と比べ物にならないほど耐性が高い。

 時速八十kmの十tトラックに轢かれたとしても気を失わなかったのに、せいぜい十分かそこらだろうが、意識を刈り取るとは……。

 

 そうこうしている内に、高台へ辿り着いた。

 周囲に人影が無い――こんな辺鄙な所に居る方がおかしいが――のを確認した後、艤装である太い尻尾を生やす。

 先端の口が大きく開き、「行け」と命令が呟かれると、多量の何かが空へ向けて吐き出された。

 尖った楕円をしていた射出物は、しばらくすると飛び魚のように翼を広げる。深海棲艦が使う艦載機を独自に改良し、反跳爆撃に相応する動きを得意とさせた爆撃機の、縮小版だ。

 三機毎のグループに分かれた爆撃機が、“それ”の居る位置から四方へ向けて偵察を始める。

 異変はすぐに見つかった。

 

 

「なっ、あ、ぁいつらぁ……!」

 

 

 足並みを揃え、真っ直ぐ成生岬に向かう影。桐林の、ヒトカタども。

 あのスピードなら、数分と掛からず館を目視するだろう。

 “それ”は全てを察した。

 この騒動、引き起こしたのはあいつ――桐林に違いない。

 

 

(あぁ、そうか。あの投薬がいけなかったんだ。

 トランス状態が発せられる励起振動を強化して、普通じゃあり得ない、高テクノロジーな機械を傀儡にしたんだ。

 ああ、きっとそうだ。そうに違いない。そうでなくちゃ僕が負けるわけない。僕が強化したんでもない限り、地力で負けるはずが無いんだ!)

 

 

 真偽なんかどうでも良い。

 この場に奴らが居て、運か何かが奴らに味方して、この状況が作り出された。

 つまりは奴らのせいなのだ。そうに決まっている。そう決めた。

 

 

「どいつも、こいつも……。僕の邪魔ばっかり、しやがってぇ……っ。そんなに僕のことが嫌いかよぉおぉぉ……」

 

 

 奥歯が砕けるほどに歯を食いしばり、血が出るほどに爪を立てて、“それ”は髪を掻き毟る。

 奴らはまだこちらに気付いていない。不意打ちをするなら今しかないが、あれだけの数。

 見覚えのある顔もあった。手の内を知られていては、無傷で制圧なんで無理だろう。

 せっかく手に入れた実験成果も、奪われる。また、奪われる。

 奪われる。奪われる。奪われる。

 奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪

 われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪わ

 れる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる奪われる……。

 

 

「ふ、ふふふふふ、くは、アハハハハ、あ、あっヒヒ」

 

 

 ――そんな事、させてたまるか。

 

 細い肩が小刻みに揺れ、青い血と、白い髪のこびり付いた手が、ダランと落ちる。

 たった一人。孤独に空を見上げる“それ”の眼は、狂人と呼ぶ他にない、異常の塊となっていた。

 

 

「あ~あ……。なんだか面倒臭くなっちゃった……」

 

 

 先程までの狂乱はどこへやら。ニタニタと軽薄に笑いながら、“それ”は高台を降り始める。

 発見されないよう、奴らとは反対側に。

 その先には海がある。

 呪われし、母なる海が。

 

 

「いいや、もう。もう手心なんて加えない。僕を怒らせたらどうなるか、お前らに――世界に思い知らせてやる」

 

 

 吐き捨てるよう、“それ”が呟いた言葉は。

 黒く眼に映るほど濃厚な、悪意を醸す宣戦布告だった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「……見えましたっ! 前方五百mに不審な建物です!」

 

 

 森の中。集団よりも先行して足を止める雪風が、双眼鏡に映る三階建ての洋館を示した。

 間を置かず、その横を統制人格たちが走り抜け、雪風もまた合流する。

 金剛、島風、島風から降りた電、雪風を先頭とし、駆逐艦・軽巡たちの周囲を戦艦・重巡たちが固めている。

 街中を駆け抜けていた時とは違い、足並みは扶桑型の二名に合わせていた。それでもオリンピック選手に劣らない速度があるのだから恐ろしい。

 程なく洋館を視認した金剛が、振り返らずに行動指針を叫ぶ。

 

 

「おそらく敵もChaosな状態のハズ。そこを突きまショー! 霧島Styleで言うなら、カチコミを掛けるデース!」

 

「霧島さん、そんなこと言うかしら……?」

 

 

 グッと握った拳を突き出す金剛。その背後で村雨が首を捻っていた。

 どうにも、金剛の認識している霧島像と、村雨の中にある霧島像とが一致しない。本人がこの場に居たらどう思うだろうか。

 それはさておき。正面にある洋館の周囲は、高い塀で囲まれていた。重厚な鉄門も固く閉じられている。

 飛び越えるにしては少し高い。門は砲撃でならどうにか破れそうだが、限りある砲弾。使い道を誤る訳にはいかない。ならば……。

 すぐさま案を見出した鳥海が、摩耶、雷と共に前へ。

 

 

「雷さん、碇をっ」

 

「分かったわ!」

 

「行くぜぇ、鳥海!」

 

 

 鳥海の案を察した雷が、艤装背部に吊るされていた錨を前方に投擲する。

 摩耶が掛け声でタイミングを合わせ、二人の脚は、全く同時に錨をボレーした。

 単純計算で二倍。実際にはそれ以上の凄まじい加速を伴って、錨は破城槌と化す。

 鋼鉄のひしゃげる音。

 吹き飛んだ鉄門を追うように、少女たちが敷地内へ雪崩れ込む。

 待ち構えていたのか、四本のアンカー付き脚部を持つ自動機械、四機が迎える。

 

 

「旧式の四脚運搬機……。戦闘用に改造してあるみたいね」

 

「敵部隊を確認した。各員、戦闘開始!」

 

 

 陸奥、長門が高らかに戦を宣言。統制人格たちは散開し、銃弾が大地を耕し始める。

 土煙の舞い上がる戦場で、真っ先に突出したのは那珂だ。

 

 

「那珂ちゃんセンター! 一番の見せ場ですっ。ド派手にいっくよぉ~☆」

 

 

 四機全てのカメラを己に引きつけ、その中央で那珂が両腕を広げる。

 と同時に、周囲へと転がっていく小さな筒――閃光手榴弾。

 炸裂する直前、彼女は耳を塞いでしゃがみ込み、一秒に満たない昼が訪れた。

 終わったかなぁ……と、恐る恐る目を開く那珂。向けられた、八基十六門のガトリング砲。

 

 

「……あれ? 効いてない?」

 

「対策してあるに決まってるクマー!」

 

「早く伏せる――にゃ!」

 

「ぎゃふん!?」

 

 

 危うく球磨と多摩が飛び込み、那珂の頭を顔面から地面へ。浮いた冷や汗の雫を銃弾が掻き消す。

 上下の射角は狭いらしく、どうにか回避はできたようだ。生きた心地はしないだろうが。

 そんな三人を救おうと、龍田が水平に跳躍。掬い上げるように一基の砲身を切断。返す刃でもう一基と脚を一本、まとめて落とそうとする。

 が、薙刀は脚部の装甲板に食い込むだけだった。

 

 

「流石に、ちょっと硬いかしら~? 天龍ちゃ~ん?」

 

「オウ! ま、そういう時に狙う場所なんて決まってるけどな!」

 

 

 薙刀の柄を軸にまた跳躍。四脚たちの上を、逆さまの笑顔で通り過ぎる龍田。

 入れ替わりに天龍が低い体勢で潜り込み、装甲板の隙間を狙って長剣を滑らせていく。

 一機の四脚に対して、振るう回数は二度。隣り合った脚をもぎ取る。

 バランスを崩した所を狙い、長門・陸奥が遠距離から。最上・三隈は操縦席へ取り付き、それぞれ榴弾、散弾を叩き込んだ。

 制御系を破壊された四脚は、見事に沈黙した。けれど、高所に佇む最上たちの視界へ、館の影から新たな四脚の姿が。

 

 

「第二波、来ますわ!」

 

「これは……ちょっと大変そうだね……」

 

 

 距離的には四脚の間合い。三隈たちを狙って六つ束ねられた砲身が回転を始めた。

 出来るだけ引きつけてから躱そうと、長門や那珂も身構える。

 

 ――砲音。

 

 突如、四脚の巨体が横にブレた。一方のガトリング砲も吹き飛ぶ。

 音の発生源には、扶桑と山城の姿。

 

 

「これの相手は私たちが!」

 

「皆さん中へ! 提督をお願いしますっ」

 

「ここは球磨たちに任せるクマ!」

 

「闘争本能バリバリにゃ!」

 

 

 二人に注意を引かれ、ペイロード部を旋回させる四脚。

 そこへ球磨と多摩が飛びつき、照準の邪魔をしている間に天龍・龍田がまた移動力を削ぐ。

 最上・三隈は無言で続き、さらには長門・陸奥も応戦に向かおうとするが、ふと脚が止まる。

 視線の先には、屋敷へと突入を開始する電たち駆逐艦と、球磨・多摩を除いた軽巡、摩耶・鳥海たちを見送る、金剛が居た。

 どうやら表に残るつもりらしい。本当は自分も行きたいだろうに。

 その意思を汲んだ長門が、金剛の背を押す。

 

 

「金剛もだ。提督を迎えに行ってこい」

 

「エッ? でも……」

 

「良いから良いから。中にだって隔壁とかあるかも知れないでしょ? 行って」

 

「……thanks!」

 

 

 たたらを踏む金剛だったが、陸奥の笑顔に後押しされ、感謝の言葉を残して両開きの大扉を潜る。

 絨毯や花瓶、絵画などが並ぶ一見華やかな内装は、月明かりだけを頼りとするせいか、妙な凄みを放っていた。

 電たちに合流すると、ちょうど隊を分ける所だったようだ。

 

 第一班:吹雪、弥生、霞、霰、陽炎、川内、神通、那珂、鳥海。

 第二班:雷、電、村雨、雪風、島風、摩耶、金剛、木曾。

 

 内訳は以上の通りとなり、吹雪、鳥海が敬礼で別れを告げる。

 

 

「それでは、私たちは二階を探してきます」

 

「皆さん、お気を付けて」

 

「……じゃ、私たちも行きましょ」

 

(intuition)ですガ、おそらく地下もあるでショー。慎重に行くデス」

 

 

 村雨が答礼を解くのと同時に、二つの班が一斉に動き出す。

 まずは二階へ向かった第一班。

 中二階の踊り場に陣取り、川内型の三名が、右腕に備わったカタパルトから小型の水偵を飛ばす。そこに鳥海の水偵も加わり、計四機が左右へ伸びる階段を行く。

 当座の安全を確保したのち、班をさらに二つへ分け、右の吹雪・弥生・川内・那珂組み、左の陽炎・霰・霞・神通・鳥海組みが絨毯を踏みしめる。

 しばらく進むと、神通が曲がり角を行く陽炎たちを引き止めた。

 

 

「ダメ……! 止まって下さい……っ!」

 

「へ? ――ぅわわわっ!?」

 

 

 刹那、襲い掛かる横殴りの雨。鉛で出来たそれは、易々と曲がり角の内角を削っていく。

 先行していた神通の水偵も落とされた。最後に確認できたのは、円柱型の機械が数台。

 棒付きの手鏡を使い、陽炎と霞も眼で確かめる。

 

 

「あっぶな……。な、何よアレェ……」

 

「移動式の自動砲台? 随分と厳重ね」

 

「でも……。当たり、みたい……」

 

 

 表の重機もそうだが、屋内にまでこのような自動砲台を配置する徹底振り。

 霰が言った通り、ここが重要な拠点であることの証左であろう。

 

 一方、吹雪組も似たような足止めを食らっていた。

 自動砲台は交互に銃を乱射しながら、距離を詰めている。

 このままでは後退するしかないが、しかし、川内は攻勢に出ることを選ぶ。

 

 

「那珂、タイミング合わせて」

 

「う、うんっ。今度はだいじょぶ……!」

 

 

 先の失敗を気にしているのか、那珂の表情は少し硬い。

 が、詳しい説明を受けるまでもなく、己のやるべき事は理解しているようだ。

 両手には新たな手榴弾――スモーク・グレネードとケミカル・チャフ・グレネードが握られていた。

 示し合わせたように、陽炎組の霰・陽炎も同じ手榴弾を構える。

 

 数秒後。銃撃の一瞬の隙を突き、手榴弾が放られた。

 黒煙による視覚妨害を受け、自動砲台のカメラは赤外線探知モードに移行するが、同時に撒き散らされた無害化化学物質がそれを拡散。紫外線も同様に拡散され、砲台のFCSは待機状態へ。

 けれど、その刹那。黒煙を突き抜け、神通と霞が。川内と那珂が疾走する。

 

 

「機械相手なら、遠慮は致しません……!」

 

 

 砲台と肉薄した神通は、上段に構えた左の手刀を振り下ろす。

 前腕に並んだ十四cm単装砲四門が、標的とは逆向きに発砲。それを瞬間的に加速させ、砲台の半ばまで食い込ませる。

 

 

「沈みな――さい……っ」

 

 

 同じく肉薄する霞が、大きく左脚を踏み込みながら、右手の連装砲を自分向きに、百八十度回頭させた。

 そして、こちらもインパクトの瞬間に合わせて発砲。加速された連装砲そのものが、自動砲台を吹き飛ばす。

 

 場所を変え、川内。

 

 

「例え単なる飾りでも、物は使いようってね!」

 

 

 カメラがその姿を捉えるまでの一瞬に、胴の両脇にある発射管から魚雷を引き抜き、自動砲台へ投擲。突出したレンズ部分を的確に潰していく。

 照準を付けられなくなったFCSは完全なビジー状態となり、砲台はただの鉄塊と化した。

 それに恐る恐る那珂が近づき、魚雷でコンコン。反応が無いのを確認してから、移動できないように「えーい」とひっくり返し、吹雪たちに向けて勝利のポーズを。

 

 

「やったーっ☆ 那珂ちゃんたちの大勝利ぃ! 吹雪ちゃーん、もう来て良いよ~!」

 

 

 那珂の呼びかけに、削られた曲がり角から吹雪、弥生が顔を出す。

 自分自身でも安全をしつつ、川内たちと合流する二人だったが、ミニチュア魚雷を生やし、悲しく砲塔を動かす自動砲台を見て、思わずトランシーバーのスイッチを入れる。

 相手は陽炎だ。

 

 

「あの……。陽炎ちゃん」

 

『なぁに、吹雪。お話ししたいの? 任務中よ?』

 

「ううん、そういう訳じゃないんだけど。……私たちって、艦娘――統制人格だよね。なんて言うか……兵装の使い方が間違ってない?」

 

「やっぱり、そうですよね……。川内さん、まるで忍者みたいでした。魚雷手裏剣……」

 

 

 どこか腑に落ちない顔の吹雪に同意し、弥生が己の魚雷発射管を確かめる。

 圧縮空気の放出を利用した、加速手刀と連装砲ナックル。統制人格の膂力を以ってして、時速二百km越えで叩きつけられるミニチュア魚雷。

 正しいか間違っているかで問われれば、確実に間違っているだろう。魚雷はある意味で正しいかも知れないが、手で投げるものではない。

 艦船の現し身として、在るべき姿を問いたくなる現状なのは確かだけれども、トランシーバーからの音声を聞いていた霰は、陽炎の腕をつついて割り込む。

 

 

「ダメ……。それ以上は、考えちゃダメ、だと思う……」

 

「霰さんの言う通りです。今は戦いに集中しましょう」

 

「いや鳥海さん? 霰はそういう意味で言ったんじゃないんじゃ……って、遅れてるわっ。みんな、走るわよ!」

 

 

 鳥海もが霰を肯定し、話は一旦棚上げに。

 遅れを取り戻そうと、陽炎たち三人が神通・霞を追いかける。

 通路の安全を確保した面々の次なる行動は、部屋を虱潰しにすること。

 陽炎隊は鳥海、吹雪隊は川内が先頭に立ち、木製のドアを蹴破っては、桐林の姿を探す。

 

 ごく普通の客間。何もないガランとした部屋。汚れたシーツだけがある部屋。

 いくつもの“外れ”を引きながら、誰一人、諦めようとはしない。

 そして、十を越える強行突入を繰り返し、ようやく吹雪組が“当たり”を引き当てた。

 

 今までと違い、月明かりを取り込む窓のない、薄暗い部屋。

 壁一面に機械類が並んでおり、中央にあるのは、シールドされた医療用ポッドらしき機材。隙間から光が溢れていた。

 それ以外の光源は、ディスプレイやスイッチの表示灯だろう。

 鳥海、弥生が警戒しつつ部屋を調べる。

 

 

「なんでしょう、この部屋。これは、心電図?」

 

「雰囲気からすると、実験室……というより、集中治療室でしょうか」

 

 

 よくよく見れば、ポッドの周囲は様々なデータを表示、または記録する機械で埋め尽くされていた。

 積み重なった記録用紙などから、読み取れる情報は少ない。そこまでの知識は彼女たちになかった。

 しかし、この状況で考えられる可能性は一つ。

 それを確認しようと、吹雪が中央のポッドへ近づき、設けられた小窓を覗く。

 

 

「……嘘っ!? これって……!」

 

「どーしたの、吹雪ちゃ――ええっ」

 

 

 驚愕に声を上げる吹雪と、釣られて覗き込み、同じく目を見開く那珂。

 清潔な光に満ちたポッドの中で、裸体を晒し横たわっていたのは……。

 

 

 


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