新人提督と電の日々   作:七音

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異端の提督と舞鶴での日々 “キガン”の渾名・その二

 

 

 

 耳に馴染みの声が届く、ほんの数秒前。

 仮眠室で横になっていた桐林は、なんの前触れもなく意識を覚醒させた。

 

 

『提督。間も無く、艦隊が目標の海域へ到達します』

 

 

 スピーカー越しの調整士――疋田 栞奈の声を聞きながら、ベッドから降りる桐林。

 眼帯を着けたまま寝ていたらしく、黒髪もボサボサ。だらしないと感じられないのは、異様に鋭く細められた右眼が原因だろう。

 加えて、最適化でも行われたように鍛えられた筋肉が、黒いインナースーツに陰影を作り上げている。

 その上から白い詰襟を羽織り、ズボンを履いて、上着のボタンは留めず部屋を出る。

 横須賀と違い、自動ドアを一つ隔てた先に、調整室があった。

 

 無数のディスプレイと、コンクリートを這うケーブル類。

 壁際にあるコンソールでは栞奈が。部屋の中央、不自然に何もない場所には、香取が控えている。

 上着と眼帯を彼女に預け、桐林がそこに立つと、太いアームが床から伸び、腰や背中、大腿部、脹脛、手首などを掴んで持ち上げる。ちょうど真下に、新型増幅機器(ブースター・ベッド)のセットが埋め込まれているのだ。

 彼の身体はやや斜めに、SFロボットの搭乗員のような、浮かんだ状態で固定。

 アームの接触部分が、情報収集用プラグで増幅機器と機械的に繋いだ。痛みがあるのか、顔がわずかに歪む。

 次いで、専用に誂えられた上半身装具が天井から降りてくるのだが、その間に彼は栞奈へ声を掛けた。

 

 

「疋田調整士、報告を」

 

「はっ。十分ほど前に、梁島提督の艦隊は護衛を終え、当該海域から離脱しました。

 現在、我が艦隊は高速航路を降り、巡航速度で方位二二○○へと航行中。

 これまで敵影を確認できず、戦闘はありません。雲龍型の彩雲などが引き続き哨戒を行っています」

 

 

 淀みない報告を聞きながら、スムーズに装具を着けられるよう、桐林は身体を静止させる。

 通常の物より大きくなったそれは、胸部から二の腕、肘、そして頭部を完全に覆い尽くす。

 眼孔も無く流麗なデザインが、まるで西洋式甲冑のような印象だ。

 視覚と聴覚、呼吸をも妨げそうな装具は、しかし機械的補助でそれを補い、かつ、完全に戦闘へ没入も出来るよう設計されていた。

 

 

「不気味ですね。嵐の前の静けさ、でしょうか」

 

『……荒れてもらわねば困るがな』

 

 

 ディスプレイを遠目に、不穏な気配を感じる香取の声が、装具を通して桐林に届く。

 対する桐林の声はくぐもり、言葉に宿る温度と同じように、感情の隔たりを現している。

 

 

『艦隊旗艦、現状を報告せよ』

 

 

 桐林が意識を細めると、彼の視界は遥か彼方の海――安全領域最端である日本海泊地から、更に百五十海里の地点を捉えた。

 北西へ進む、十二隻と六隻。

 五角形の頂点と中央に、六隻を配する水雷戦隊。離れず随行する、二隻ずつが三角形となった打撃部隊。その後方数kmを進む、輪形陣の航空支援部隊の艦隊だ。

 それらのうち、中継器を積んだ旗艦の統制人格へ呼び掛ければ、彼女たちは直ぐさま応答する。

 一番手は、阿賀野型と夕雲型で編成された、水雷戦隊を率いる阿賀野。

 

 

「提督さぁーん! こちら、水雷戦隊旗艦の阿賀野でぇーす!」

 

『何か気掛かりはあったか』

 

「ううん、何にもっ!」

 

『………………』

 

 

 やたらと元気良く、第二砲塔の天板で飛び跳ねながらの返事に、幾分か期待を込めた桐林だったが、それだけに肩透かしを食らう。

 沈黙から落胆を悟った、しっかり者という名のフォロー担当。艦橋上部に立つ能代が付け加える。

 

 

《え、えと。能代、補足します。周囲に艦影はありません》

 

《続けて矢矧、報告します。零式水上観測機、視界良好。しかし、敵の気配はやはり無いわ。妙ね……》

 

「いつもだったら、もう食いついて来てそうなんだけどねー? どうしてだろ?」

 

 

 頬に人差し指を添え、阿賀野は身体ごと傾く。それに伴い、背負った艤装の電探部分も斜めに。後部フライングデッキで仁王立つ矢矧も、難しい顔だ。

 阿賀野型軽巡洋艦とは、水雷戦隊の旗艦を務めるために建造された、乙型巡洋艦――その最終モデルである。

 公式排水量七七一○トン。それまでの軽巡より船体は一回り大きく、十五・二cm連装砲三基六門、八cm連装高角砲二基四門、六十一cm四連装魚雷発射管二基、フライングデッキ一基を配備しており、彼女たちの背負う艤装も、それらが忠実に再現されていた。

 身体の右半身を艦首、左半身を艦尾とし、煙突と機関部、艦橋を融合させた構造物からアームが伸び、主砲を右に四門、左に二門。スティックレバーで操作する形だ。

 また、左足首にはフライングデッキが設置され、四隻それぞれに違う形状となっており、阿賀野の場合、木目調の甲板に航空機運搬軌条が刻まれている。

 言動は少々トボけているが、生まれる時代を間違えなければ、確実に大戦果を挙げられた軍艦の現し身。隙は見当たらない。

 

 

《探信儀にも感はありません。潜水艦は居ないようですね》

 

《けど、油断も出来ないしね。見かけたらボッコボコにしてやっかんなーっ》

 

 

 そして、五角形の前両翼に位置し、艦内で三式水中音波探信儀のブラウン管を確認。対潜警戒を行っていた夕雲と長波もまた、艦隊決戦随行に適した甲型駆逐艦として、申し分ない性能を有している。

 陽炎型のマイナーチェンジと揶揄される事もあったが、その細かい変更点が積み重なり、確実な性能向上を果たしているのだ。

 日本軍においては軽視されがちだった電探はもちろん、精度的な問題があるものの、対潜兵装や対空機銃をしっかりと備えた、艦隊型駆逐艦の決定版である。

 制服がそうであったように、夕雲型は艤装もほぼデザインが統一されていた。

 背中に煙突と機関部を背負い、細いマニピュレーターで対空機銃が繋がり、腰と大腿部の両脇には、爆雷投射機と魚雷発射管が二基。手には十二・七cm連装砲D型を持つ。

 勇ましくも愛らしい彼女たちだが、過去から得た戦訓に基づき、厳しい眼差しで警戒を続けている。

 

 報告から得るものは無かったけれど、水雷戦隊の戦意は十分に高い事が伺え、桐林は次の部隊へ意識を向けようとした。

 が、魚雷発射管の近くで口を噤んでいた酒匂は、それを引き止める。

 

 

《あのぉ……。司令? あの……》

 

 

 艤装から手を離し、モジモジと人差し指同士を絡ませる酒匂。

 もどかしい口振りが、なんらかの懸念を抱いているのだと物語っていた。

 桐林は微かに嘆息する。

 

 

『分かっている。あまりこちらを気にするな。……無用な心配だ』

 

《……うんっ!》

 

 

 返されたのは、突き放すようにも聞こえる言葉。しかし、酒匂は頬を綻ばせ、嬉しそうに何度も頷く。

 詳しい事は誰も口にしないが、彼らの間に“何か”があったのは確かだろう。

 事情を知っている三人の姉と夕雲型二人も、口を挟まなかった。

 

 酒匂の笑顔を確認すると、桐林は今度こそ次の部隊へ意識を移す。

 三角形の上を進行方向とし、オイゲン、ビスマルク。左にレーベ、伊勢。右にマックス、日向が配された、打撃部隊。

 主力にして旗艦の、オイゲンが視界を占領した。

 

 

「こちら、主力打撃部隊のオイゲンです! 周囲に敵影無し。アラドも上げてますが、同じく視界は極めて良好っ。変化があればすぐに報告しますっ!」

 

 

 右手で敬礼。威勢良く報告を上げたオイゲンは、甲板上で四基の連装主砲を細かく稼働させ、いつでも戦闘態勢に移れる事をアピールする。

 アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦とは、機関の信頼性と防御力に難があるものの、その他は高い水準で纏まった艦であった。

 主砲に、戦艦の砲と並ぶ射程を持つSK C/34 20.3cm砲四基八門、対空兵装として、同じく長射程のSK C/33 10.5cm高角砲六基十二門と機関砲多数、魚雷発射管を両舷に二基ずつ。

 中・近距離における打撃力と精度の高い対空射撃、駆逐艦に匹敵する雷撃力を併せ持つのである。

 ここに居るオイゲンの場合、ドイツ製の53.3cm三連装魚雷発射管から、日本の六十一cm四連装魚雷発射管に載せ換えられるよう、改修を施されている。また、主砲塔の天板は赤く塗られていた。

 必要に応じて機雷敷設も可能な設計となっており、機関の信頼性を下げていた部品強度などの問題も解決しているため、現代日本で運用されている重巡の中でも、トップクラスの艦だった。

 

 アラドというのは、彼女とビスマルクが運用する水上機の通称で、アラド航空機製造工場(Arado Flugzeugwerke)の事だ。

 Ar196改と表記し、二十mm機関砲二門と五十kg爆弾二発を装備できる双フロート式の機体で、三機が零観と偵察を行っている。日本で改修を受けたため、改の一字が加えられていた。

 参考までに零式水上観測機――正式名称、零式観測機の性能と並べると、零観の武装は七・七mm機銃三門。内一門は後部旋回式で、翼下に三十kg爆弾を二発装備可能なだけであり、武装面では零観が見劣りする。

 しかし、最高速度の面では評価が逆転する上、格闘性能なども零観に軍配が上がる為、活躍するかは運用次第と言った所か。

 

 統制人格としてのオイゲンだが、背中の機関部から四本のフレームが伸びていて、背後でYの字に展開する二本と、腰の両脇に迫り出す二本の先端に、それぞれ主砲が据えられている。

 腰のフレーム上部には魚雷発射管が載せられ、手には高角砲を模した大型ハンドガン。

 技術大国らしい、洗練されたデザインが特徴だ。

 

 

《オイゲンちゃん、張り切ってるねー。あ、こちら伊勢。私たちも瑞雲を上げとく?》

 

『……いや、まだだ。指示があるまで待機させておけ』

 

《了解した。急いては事を仕損じる、とも言うしな》

 

 

 彼女に続いて発言するのは、航空甲板に座り込む、日本戦艦の二人。

 左手のミニチュア甲板をしきりに撫で、今か今かと本領発揮の時を待っている。

 現在はオイゲンを通じ、アラドの視界情報を得る事で周囲を把握しているが、その時が来れば、爆装した瑞雲をカタパルトから射出。爆撃と砲撃の二刀流で戦うのだろう。

 その一方で、航空機を扱えないレーベたちは、艦首の手摺りへ寄り掛かり、単装砲型ハンドガンを確かめながら、伊勢たちを羨む。

 

 

《こういう時、僕たち駆逐艦はもどかしいよ……。水上機は使えないし、単独だと有視界戦闘しか出来ないし》

 

《そうね。中継器から直接情報を得られるようになって、昔よりはマシになっているけれど、攻撃手段に乏しいのは変わらないわ》

 

《何を言ってるのよ。航空機が無くても、魚雷を積んでるんだから攻撃力はそう変わらないわ。そう言えば、提督。私もいつか積む予定なのよね?》

 

『ああ。まだ先の話だが、ビスマルクの第三次改装予定は組んでいる』

 

《そうなったら、本格的にオイゲンとの差異が見当たらなくなりますね。遠目で区別がつくかどうか……》

 

『配置まで同じになるとは限らん。詳しく知りたければ、帰って明石に聞け』

 

《僕たちも一度、改装を受けてるけど……。まだ強くなれたりするのかな。ちょっと楽しみだ》

 

 

 話の主題は航空機から改装へと移り変わり、レーベ、マックス、ビスマルクの三人が、やはり己の艤装を確かめて頷く。

 第一砲塔の真下で腕組むビスマルクの艤装は、オイゲンのそれと非常によく似ており、強いて言うと、魚雷発射管を載せていないのが違う点だった。

 主砲はSK C/34 38cm連装砲四基八門。副砲としてSK C/28 15cm連装速射砲六基十二門。オイゲンと同じSK C/33 10.5cm高角砲八基十六門などを備えている。

 レーベ、マックスの艤装については、オイゲンの物よりフレームがスリムで、腰回りの二本しかないのが特徴である。

 発射管はオイゲンと同じ改装が済んでいて、十二・七cm単装砲五門、SK C/30 3.7cm対空砲二基四門が主力兵装だ。

 

 彼女たちは、ドイツで建造済みだった予備戦力――悪い言い方をすれば払い下げ品であり、日本へやって来てから、明石の手による改装を受けている。

 艦首形状の変更による凌波性の改善、故障が頻繁した高圧缶の改良などが共通して行われ、ビスマルクは更に、姉妹艦のティルビッツが備えた魚雷発射管を、将来的に配備する予定だった。

 純粋な戦艦としての練度を上げ、それが極まった時、更なる攻撃力として搭載する予定なのだ。

 それも、まずは目前の戦いを無事に乗り越えてからなのだが、皆、当たり前のように帰った後の事を考えている。“帰岸”の渾名を信じている、のであろう。

 

 

「こちら航空支援部隊、旗艦グラーフ・ツェッペリン。現在、主力打撃部隊の後方、約五kmの安定海域を航行中。状況に変化は無し」

 

 

 ビスマルクたちの声が聞こえていたのか、支援部隊の旗艦として報告を上げるツェッペリンは、声色は厳しいものの、微笑みを浮かべている。

 輪形陣の最後列に位置し、前から順に雲龍、天城、葛城。その両翼を秋月型が固め、右を秋月、左を照月が守る形だ。

 右舷にある艦橋近くに立つ彼女の艤装は、形状自体はレーベたちの物と似ていたが、シルエットはより大きくなっていた。

 手にはレーダードームが加えられた高角砲ハンドガンを持ち、機関部と煙突があった場所からは太いアーム。そこに飛行甲板が接合され、必要時に展開するのだ。

 

 

《静か過ぎて、どうも落ち着かないわ》

 

《本当ですね、雲龍姉様……。平穏な海。喜ぶべき事なんでしょうけれど……》

 

《一応、発動機は回し始めてるし、いつでも発艦できるわ。正規空母の力を見せたげる!》

 

 

 ツェッペリンの前を行く三姉妹が、露天駐機された艦載機の傍らで空を見上げ、水平線を見つめ、薄い胸を張る。

 同型艦である彼女たちだが、その艤装は、共通項の多いドイツ勢と異なり、それぞれに差異が見られた。

 

 まず雲龍。腰を回り込むように、右へ大きく迫り出すフレームは、艦橋・高角砲・機銃が一体化していて、左右どちらにも向けられるようになっている。

 左手には巻き物と龍玉が飾られる旗竿を、右手には白い御札入れを持っており、式神術制御を行う事が分かる。

 次女の天城は、作戦会議の時と変わらず、およそ戦闘に不向きな着物姿だった。

 一応、雲龍と同様の艤装が展開され、背中には長い棒状の袋を背負っている。

 もちろん、このまま航空機制御を行う訳ではなく、まだ戦闘態勢に入っていない為だ。

 葛城も着物姿なのは天城と同じで、しかし袂や帯が微妙に緩まっており……。脱ぎ捨てるタイミングを見計らっているらしい。

 

 空母としての能力だが、改飛龍型という別名の通り、船体の寸法は飛龍とほぼ同じである。

 常用艦載機五十七、補用十二機。エレベーターも大型化しつつ数を三基から二基に減じ、正規空母の運用数としては少ないが、桐林舞鶴艦隊では十分過ぎるほどの攻撃力だった。

 それが証拠に、落ち着かないと言う雲龍も、切なく彼方を見やる天城も、不安に俯く事は無い。

 元より自信満々な葛城はさて置いて、そんな雲龍型姉妹の有り様が、照月の心に影を落とす。

 

 

(なんだろう。提督とみんなの間に、絆みたいなものを感じる……。信頼し合ってるんだ……)

 

 

 艦橋の更に上。高度な射撃指揮を行う為の、光学観測義の集まりである、九四式高射装置の前で、照月は目を伏せる。

 無愛想な桐林の言葉と、彼を信じているであろう少女たちの会話。

 取り立てて変わっているとは思えないそれが、照月には特別なものに感じられていた。

 声の抑揚。わずかな吐息。挟まれる間の間隔。

 とても小さい、気にする方がおかしいような事柄の裏に、しっかと込められる感情は。今の照月には、まだ抱けないもの。

 すぐ側に居るはずの仲間たちとの間に感じる、狭くて深い隔たり。

 照月は、疎外感を覚えているのだ。

 

 

(――月、照月! またボーッとしてる! しっかりして!)

 

(……あっ。う、うん。ごめん、秋月姉。ありがと)

 

 

 桐林に届かぬよう、直接照月へと向けられた秋月の声で、彼女はハッとする。

 また考え込んでいた。会議中ならいざ知らず、作戦行動中にこれではマズい。

 照月はペチペチと己の頬を叩き、気合いを入れ直す。

 その隙に、照月と同じ位置に立つ秋月が、桐林へ自身の現状を報告していた。

 

 

《司令、秋月です。

 長十cm砲四基八門、二十五mm三連装機銃四基、同単装十八基。全て完全に動作しています。

 高射装置二基も、もちろん稼働状態にあります。対空戦、いつでもお任せ下さい》

 

 

 海軍式の敬礼をする彼女の艤装は、腰から身体の両脇へと迫り出す艦首を模したフレームが、レーベたち、一九三四年計画型駆逐艦と似ている。

 しかし、共通点はこの一点だけで、そのフレームには長十cm砲のディフォルメ体が埋め込まれ、秋月に習って短い手をパタパタさせていた。

 背中には大型の魚雷発射管が据えられて、ポニーテールの上にミニチュア高射装置が加わり、右太腿のベルトには主砲の交換用砲身が差してあり、短い砲身寿命に対応が可能な事を表している。

 照月の場合、両太腿のドラム型弾倉とフレームが給弾ベルトで繋がっていて、高射装置は胸元に。ディフォルメ体は、何故だかダンディなのが特徴だ。

 葉巻をくゆらせ、右側の個体は左眼に相当する部分が塞がれ、左側の個体も、左右を反転させて同じように。照月本人も、どうしてそうなったのかは分からないらしい。

 

 

『照月。問題無いな』

 

《は、はいっ。長十cm砲ちゃんも絶好調です。やれます!》

 

 

 桐林に直接話し掛けられ、照月は思わず気をつけをしてしまう。

 対して、長十cm砲は余裕綽々。葉巻をピコピコさせているのが、どうしてか様になっていた。

 旧日本海軍が建造した駆逐艦の中でも、秋月型は最大級の大きさを誇り、公試排水量は三四七○トン。軽巡である夕張型にも迫り、統制人格としての身体つきでは軽く上回っている。

 その大きな船体に、十cm連装高角砲四基八門、三連装二十五mm機銃四基、単装十八基、一三号対空電探二基、二二号対水上電探一基を配し、まさしく防空駆逐艦と呼ぶに相応しい対空制圧力を持つ。

 また、史実では艦橋上部に一基しか装備しなかった高射装置を、第三砲塔艦首側にも正式に追加配備。人力で稼働していた頃は不可能だった、射撃の分火指揮を可能としていた。

 代償として魚雷発射管は一基しか持たないが、元来、秋月型とは直衛を主任務とする艦。些細な問題であろう。

 

 阿賀野型、夕雲型の混成水雷戦隊。

 ドイツ国籍水上艦と、伊勢型航空戦艦による主力打撃部隊。

 秋月型が守護する、改雲龍型とグラーフ・ツェッペリンの航空支援部隊。

 以上が、出し惜しみ無しの、新生桐林艦隊である。

 

 

「提督。もうじき、未踏領域が目視可能になります。このまま行ければ……?」

 

 

 報告の終わりを待っていた栞奈が、桐林へと期待の込もった声を投げる。

 これまでも、幾度となく出撃を繰り返して来た桐林たちだが、これほど順調に事が運んだケースは無かった。

 途中で梁島の護衛部隊が落伍したり、敵 潜水艦の奇襲雷撃や、新型深海棲艦との戦いで撤退を余儀なくされたりと、思うように版図を広げられずにいた。

 敵側に、とある“特殊能力”を有した個体が存在するせいでもあったが、とにかく、あと十数分も航海を続ければ、先行する偵察機が、今まで見ることの適わなかった日本海深部の現状を確かめる。

 前人未到の成果に、さぞや桐林も沸き立っている事だろうと、側で控える香取は、無言で彼を見守る。

 しかし……。

 

 

『全艦減速。微速前進しつつ、探信儀・聴音機でもう一度周囲を探れ』

 

「……? こちら阿賀野、よく分かんないけど了解でーす。みんなー、準備は良いー?」

 

 

 装具に顔を隠す桐林が、低い声で艦隊に指示を下す。

 受け取った阿賀野は、疑問を挟みながらも指示通りの行動を始め、対潜装備を備えた艦が続く。

 息を殺し、耳を澄ませること一~二分。

 能代の聴音機が異音を捉えた。

 

 

《こちら能代っ、微かな高速推進音を感知! 例の新型魚雷と思われます!》

 

『方位は』

 

《おそらく……全て○一○○からですっ》

 

『偵察機で航跡を確認。のちに回避行動、急げ』

 

《了解……っと、早速見つけたわ。全艦に位置を転送、お願い!》

 

 

 奇襲の報が、緊張感を一瞬で高める。

 運良く、偵察から戻りつつあった矢矧の零観が白波を見つけた。

 嫌に目立つそれは、巨大過ぎる敵の魚雷が残す航跡。舞鶴事変で小林 倫太郎が使用したような、必殺の威力を持つ代物だ。

 事前に航跡を見つけられれば回避は容易いけれど、駆逐艦なら直撃しなくとも大破確実。艦隊は、延長線上から一時的に散会する事でこれを凌ぐ。

 

 

《……あっ! し、司令あれ、あれっ!》

 

 

 そして、それを放った敵艦を探し始めるより先に、別の脅威が姿を現わす。

 矢矧の観測機とは別方向――艦隊の進行方向である北西に進んでいた、酒匂の観測機の遠目を埋め尽くす、航空機の点。海上には母艦であろう敵 空母の姿も。

 

 深海棲艦側空母に共通していた、両生類を思わせる外見から逸脱する、人類側空母を改造したようなシルエット。

 空母でありながら、舷側には戦艦級の大口径主砲が並び、全く発艦に適さない、岩肌の如き飛行甲板の中央からは、白い人影が這い出て来ていた。

 黒い硬質なリボンで括られた、白いポニーテール。同じく黒いノースリーブのセーラー服と、煤に汚れた白い肌。赤い瞳が弧を描き、砲と連動しているのだろう背部艤装は、巨人の(かいな)を生やす。

 上空に屯する艦載機は五十を越えるだろうが、数はまだまだ増え続ける。格納庫を空にしてから襲い掛かるつもりなのだろう。

 

 

「マイナーLQ、空母Ⅱ型。仮称、装甲空母鬼。この眼で見るのは初めてだな……。提督よ、どうする?」

 

 

 強敵の姿を中継器越しに確かめたツェッペリンが、不敵な笑みと共にその名を呼んだ。

 まだ日本国内でしか通じない、桐林と梁島の主観によるカテゴライズ。

 舞鶴事変以降に出現する、イロハ型を大きく凌駕する戦闘能力を持つ個体――おそらく量産型ではない敵艦への呼称は、道を阻む者として皆の意識に刻まれている。

 幾度も海へ漕ぎ出し、鉾を交え、なお討ち果たすことの叶わない、強敵だと。

 だが、桐林は怯む事なく、過度に奮起するでもなく。普段通りに号令を掛けた。

 

 

『全艦、戦闘用意。雲龍、天城、葛城。第一次攻撃隊、並びに烈風隊を発艦させよ。以降、第二、第三攻撃隊も順次発艦。防御の事は考えるな』

 

《了解。艦首を風上に。稼働全機、発艦始め》

 

 

 一番槍を任された雲龍が、白髪に緑の雷光を宿す。

 自艦の向きを西北西へと微調整。旗竿に吊るされた巻物――神社幟を解くと、中に描かれた飛行甲板が風に靡く。

 左手で竿を構え、先端を風上に向けたまま、彼女は右手の御札入れを額へ押し当てる。

 雷光が伝播し、ひとりでに宙に浮いたそれからは、式符がズラリと並び出て、神社幟の後端へ。

 同時に、露天駐機されていた流星改が発艦位置へ移動。十分に回転数を上げた所で、神社幟に描かれた甲板上に、二基の光の鳥居が建立する。

 滑り出す流星改と、鳥居を潜る式符の速度が同期。機体が飛び立つのと、式符が流星改を模るのも、全く同じタイミング。

 共に空へ飛翔した二つは、やがて影を重ね合わせ、雲龍の手足となった。

 

 

《続きますっ。天城航空隊、発艦始め、です!》

 

《同じく葛城、攻撃隊発進! 全力で行くわ!》

 

 

 続いて、攻撃命令を受けた天城、葛城が、鮮烈な光を纏う。

 紅と蒼。

 まばゆい閃光が治まると、二人は揃いの着物を脱ぎ捨てていた。

 

 雲龍のそれとよく似た、申し訳程度に胸と腰周りを覆う、開口部の多い衣装。

 天城は、背負っていた袋の中身――長柄の神楽鈴と、帯として偽装していた神社幟を組み合わせ、飛行甲板としている。

 シャラン、と涼やかな音が鳴れば、左手首に赤椿色の光が数珠繋ぎとなって現れ、神社幟の上にも同色の光の鳥居が。

 着物が転じた御札入れも光を宿し、長女とほぼ同じ制御スタイルなのが見て取れた。

 飛び立つ機体も流星改であり、一千kg航空魚雷一本、翼下六十kg爆弾四発の重武装は頼りに出来るだろう。

 

 一方、葛城は艤装からして趣が異なっていた。

 腰の艤装に銃火器の構造体は無く、甲板型の大きな木符が盾のように構えられ、裏には矢型の投擲武器・打根(うちね)が数本と、構造体の代わりであろう、小型の艦橋型銃器があった。

 甲板模様の手蓋(てがい)で包まれた左手に梓弓を持ち、手首には、三基の光の鳥居が輪で繋がり、ゆっくりと回転している。

 脱いだ着物は大きな、真四角の白い矢筒に転じ、十万四千度 御祈祷大幣(おおぬさ)という文字の上から、空母葛城神社の御朱印が。

 浮かび上がる矢も大幣を模り、宙にばら撒かれた式符と結合。葛城がその矢尻を鳥居に通し、弓を引いて一拍。放たれた大幣が艦載機へと姿を変える。

 風がはためかせる黒髪は、毛先に蒼い煌めきを宿していた。

 機体は烈風。史実ではついに戦闘配備されなかった名機が、念の為、翼下に二発の六十kg爆弾を爆装して編隊に加わる。

 

 旗竿、神楽鈴、梓弓。

 神道の祭具を駆使して艦載機を上げ続ける雲龍の三人を横目に、ツェッペリンも指示を待つ。

 程なく、それは秋月型の二人と一緒に与えられた。

 

 

『ツェッペリンは艦載機の暖機を続けながら、レーダーでの戦況把握に努めるように。何かあれば逐一報告を。秋月、照月。警戒を厳に。特に潜水艦を見逃すな』

 

「承った」

 

《了解です!》

 

《りょ、了解っ》

 

 

 大型ハンドガンのレーダードームを回転させつつ。左舷、右舷に視線を配りつつ。三人はそれぞれに戦闘態勢へと移行した。

 発艦を続ける空母に随行しながら、目視で潜水艦を探すのは至難の技だが、心構えがあるか無いかだけでも、戦意への影響は違ってくる。

 特に照月は、史実において魚雷艇の放ったと思しき雷撃で沈んだという過去がある。縁遠い記憶とはいえ、生死に関わる事柄。眼差しは真剣そのものだ。

 

 

『オイゲン、阿賀野。第四警戒航行序列を維持。航空支援を待ちつつ、両舷前進・原速。全砲門、開け』

 

「了解ですっ。ビスマルク姉様、伊勢さん日向さん、行きましょう!」

 

「阿賀野も了解ー! いよいよ、阿賀野の出番ねっ」

 

 

 桐林の指令はまだ終わらず、打撃部隊、水雷戦隊の複合艦隊に更なる戦闘用意を命じる。

 敵に脅威度の高い空母が居るなら、第三序列――主力の六隻を複縦陣・残る六隻で周囲を囲む輪形陣へ移行するのが適切であろうが、あえて現状維持を選択した。

 被害を厭わずに突き進む……という訳ではなく、航空支援部隊が安全を確保すると確信しているからだ。

 

 ここで位置関係を整理する。

 まず、桐林艦隊の主力部隊二つは、日本海沿岸からおおよそ百五十海里の海を北西へ進んでいる。

 その三海里ほど後方を航空支援部隊が追従し、現在、西北西へと進路を変えつつ、攻撃隊を準備中だ。

 酒匂が発見した深海棲艦――装甲空母鬼は、主力部隊から更に北西へ、約三十海里ほどに単艦で待ち構える。

 まだ動きは見えないが、航空機同士がぶつかるのは中間地点となるだろう。

 

 最初に航空戦が行われ、それを潜り抜けた主力部隊が敵艦と砲撃戦。

 理想的な戦闘推移を予想させる配置だが、しかし、桐林の傍らで立ち尽くす香取は、この好機を訝しむ。

 

 

「……提督。何か、おかしくありませんか?」

 

『ああ。数が少な過ぎる。また高速航路で奇襲を掛けるつもりか……』

 

 

 第一に、敵の数。

 安全領域を出た時点で、深海棲艦はなんらかの形でその勢力を察知している。

 桐林艦隊だけで十八隻。梁島の海上護衛部隊十二隻も加えると、総数三十隻もの大艦隊。

 そんなものが侵攻してきたならば、少なくとも半数から同数以上で対抗するのが、これまでの通例だ。

 

 第二に、敵の艦種と位置。

 装甲空母鬼という名の通り、敵艦は空母。

 見た目から大口径主砲の存在は確実だが、魚雷を使用された事は一度も無い。方角も違う。

 なら、あの大型魚雷を放ったはずの敵艦は、どこに居るのか。

 

 第三に、襲撃のタイミング。

 梁島の艦隊と行動を共にし、ろくに身動きが取れない時ではなく。

 海上護衛部隊が離脱し、桐林艦隊が丸裸になった瞬間でもなく。

 今、このタイミングで攻撃を仕掛けてきた理由は? 注意を引きつけ、側面から奇襲するにしても御粗末だった。

 

 どう考えても、敵に踊らされているとしか思えない状況だ。

 けれど、対応しなければ主力が損害を被る。ひたすら警戒しつつ、相手の出方を見るしかないのだ。

 桐林の感じている歯痒さが、装具越しにも伝わる。

 そんな時、調整室に唐突な警報が鳴り響いた。

 

 

「計器に異常! 提督、“アレ”が来ます!」

 

『ち……っ、全艦に告ぐ。機関一杯、隆起物に注意し、動き回れ!』

 

 

 直ぐさま栞奈が報告を上げ、桐林の声に焦りが滲む。

 同じ頃、勧告の向けられた戦闘海域でも、周辺環境に異常が見られ始めていた。

 ズズズ……と、腹の底に響くような振動。

 空気を伝わる物とは違う。その振動は、船体と密接する流体から――海水から伝えられている。

 阿賀野やオイゲンなど、栞奈の言う“アレ”を経験済みの艦は、指示に即応。隊列が崩れるのも構わず、出鱈目に舵を切っていた。

 少し遅れて、今回が初出撃のツェッペリンと照月も機関出力を上げるのだが、彼女たちも、桐林の焦り様が然るべきだと、直後に思い知る。

 何故ならば、船体を掠めるように、突如として、海面から大きな岩が隆起したからだ。

 

 

「な、なんだ、これは!?」

 

《えっ、えっ? 何? 秋月姉、何が起きてるの!?》

 

 

 それも、一つや二つに留まらない。

 数十秒前に艦が存在した場所、これから艦が進むであろう場所、全く何も無い場所からも、剣山の針は突き出す。

 慌てふためく照月たちを宥めようと、秋月がこの現象を説明する。

 

 

《敵が引き起こす、局所的な地殻変動よ。動いていれば問題無いけど、止まってると串刺しにされちゃうから、ツェッペリンさんも照月も、とにかく動いて!》

 

《う、うんっ》

 

「了解だっ。……しかし、なんという光景だ」

 

 

 通り過ぎる隆起岩礁を眺め、ツェッペリンは驚嘆の吐息を漏らした。

 時間にして五分足らず。

 たったそれだけで、桐林艦隊は千々に分散させられ、支援部隊からは主力部隊の姿を目視する事すら不可能になってしまった。

 上空の味方 航空機を通じれば、まだ互いの位置は把握できるものの、合流は絶望的であるという現実を見せつける。

 幸い、支援部隊は編成を維持しているが、主力部隊と水雷戦隊は完全に引き離され、更にビスマルクとオイゲンが、別々に孤立してしまっていた。

 岩礁が間を区切り、近づこうにも近づけない。

 

 夕雲、長波が艦内から上甲板前部へ向かい、隆起現象の鎮静を確認。

 唯一の元凶に思い至り、夕雲は重々しい声で呟く。

 

 

《提督。これが起きるという事は……》

 

『ああ。“ヤツ”が居る』

 

《っへへ、なんだい。今日は重役出勤じゃないか。偉くなったもんだ》

 

 

 阿賀野たちの水偵から情報を引き出した長波が、見慣れてしまった船影を見つけ、不敵に笑う。

 ビスマルクとオイゲンを除く主力部隊のエリアに、雷巡チ級 旗艦種が一、軽巡ヘ級 選良種が一、同ホ級が一、駆逐ニ級 選良種が三、同ハ級 選良種が二。

 ビスマルクが単艦で取り残されたエリアには、戦艦ル級 選良種が二、新型の重巡ネ級 選良種が一。

 オイゲンの居るエリアにもネ級が存在したが、こちらは通常種であり、ネ級が量産型であることを示している。他に重巡リ級一、軽巡ト級二が待ち受ける。

 水雷戦隊が固まったエリアは迷路の如く入り組み、軽巡ヘ級 旗艦種が一隻と、駆逐イ級 選良種二隻が個別行動を取っているようだ。

 岩礁と共に涌いたとしか思えない敵の出現は、しかし長波を武者震いさせる原因ではない。

 

 岩礁地帯から北東北へ十海里の地点に、いつの間にか現れた一隻の影。

 装甲空母鬼や、他の深海棲艦と異なり、上下・左右・前後。どこを見ても鋭角な黒いシルエットだった。

 例えるなら、角を天に向け、細長い八面体の巨大鉄鋼をそのまま浮かべているような、常識的に考えてあり得ない船。

 だが、不意に八面体が“開く”。

 まるで花が開くよう、四枚の三角形は海面へ向かい、五面体へと変化する。内に覗いたのは、瓦礫の山と見紛う上部構造だ。

 そして、本当に船なのかと疑いたくなるそれの上で、鉄屑のベッドから身を起こす、白い少女が一人。

 

 

《バカ……メ……。ヤクタタズ ドモ……メ……。コンド コソ……シズンデ シマエ……!》

 

 

 白い髪。白い肌。白地のフード付きパーカーに白いブーツ。

 黒いレザーの手袋を着け、引き締まった脚を包むサイハイは、右が純白、左が灰色と白のストライプ模様になっている。

 額には黒鉄の鉢金を巻いており、左右で長さの違う角の装飾があった。

 

 ここまでなら人間と呼べる範疇だが、“それ”を怪異と判別せざるを得ない特徴が他にも見られる。

 橙光を宿す両眼と、腹部から這い出る二本の触手だ。

 特に触手は、加工されたゴムのような鈍い光沢を放ち、ナメクジの触覚に似た二本の砲身と、人間を一飲みに出来そうな口を、それぞれが有する。

 触手の本数も、着ているパーカーの色も違うが、“それ”は非常に似通っていた。

 舞鶴事変の中で、最悪の敵として立ちはだかった存在と。

 桐林の拳が、硬く握られる。

 

 

ライト キスカ・タイプ(Light Qisxa Type)、重巡型。仮称、重巡棲姫。……今度こそ、決着をつけてやるぞ……!』

 

 

 何度も大破まで追い込みながら、逃げられた。

 大破させられた艦を守りながら、何度も撤退した。

 装具に阻まれ、表情の変化は窺い知れないが、彼の声は、尋常ならざる熱量を孕む。

 

 戦いの火蓋が、ここに切って落とされた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

《や、やっと治まった……? こんな、こんな事が出来るなんて……っ》

 

 

 同じ頃。隆起現象から逃げ切り、隊列へ復帰した照月は、周囲の光景に戦慄を禁じ得なかった。

 遮る物など何も無かった海が、今や小高い岩礁たちで埋め尽くされている。敵を侮るつもりはなかったけれど、まさか、これ程の天変地異まで引き起こすとは。

 ……本当は作戦会議中に説明されていたのだが、緊張しきりだった彼女の耳を素通りしてしまったようだ。

 ともあれ、状況は切迫している。

 隆起の影響を受けなかった、上空の攻撃部隊からの視界を得るツェッペリンも、狼狽を隠せない。

 

 

「これは……Admiral、艦隊が分断されているぞ!」

 

 

 支援部隊の近くでは、隆起岩礁は個々に乱立するだけだったが、少し距離が離れると状況は一変した。

 まるで行く手を遮るように、岩礁が隙間無く立ちはだかっているのだ。

 まちまちな高さ。しかし幅は数十海里にも及び、回り込むには時間が掛かり過ぎるだろう。

 

 現在、戦場は大きく四つのエリアに分けられ、順に北西から南東へ区切られる。

 北西に位置する装甲空母鬼と、北東北に位置する重巡棲姫が傍観を続ける第一エリア。

 阿賀野たち水雷戦隊が閉じ込められた、岩礁の密集する第二エリア。

 オイゲン、ビスマルク、伊勢型二隻に駆逐艦二隻と、寸断された主力打撃部隊が惑う第三エリア。

 そして、航空支援部隊が居る第四エリアである。

 装甲空母鬼たちと第二・第三エリアとの距離はかなり開いており、まだ触接までに余裕がありそうだ。

 逆に第二・第三エリアと第四エリアは近く、支援も可能と思われる。

 しかし、第二エリアは岩礁で完全に囲まれ、水雷戦隊の脱出経路が見当たらない。敵艦も三隻と少ない事から、優先順位は低いか。

 

 雲龍たちは、岩礁で乱れた風を考慮し、針路を西南西へ変更。中断していた艦載機の発艦を再開している。

 空母が主役である為、大きな影響は無いが、問題は他の部隊だった。

 

 

「プリンツ・オイゲン、報告しますっ。海底隆起により、打撃部隊は散り散りです! 私とビスマルク姉様が、それぞれ孤立状態で――わぁ!?」

 

 

 敵艦の猛攻から逃れようとするオイゲンが、至近弾の水飛沫を浴びながら現状を報告する。特に劣勢なのはこの第三エリアである。

 岩礁の隆起に上手く誘導されてしまった彼女たちは、先程から言っているようにオイゲンとビスマルクが孤立し、数の暴力に曝されていた。

 不幸中の幸いか、第三エリアを三等分する岩礁の密度は低く、慎重に進めば合流も可能だろう。

 伊勢、日向が先頭に立って救援に向かおうとしているけれど、敵もそれを理解しているのか、隙間を塞ぐように移動したり、雷撃で針路を塞いだりと思うようにいかない。

 

 

「あ、阿賀野も報告ー! 敵が、敵があっちこっちに隠れてて、現在進行形で襲われてるのーっ!」

 

 

 ある意味、単純明快な水上戦闘が行われている第三エリアに対し、第二エリアでは阿賀野たちが酷く困惑していた。

 比較的背の高い岩礁が壁のように立ち並び、しかも間隔は五十mほど。夕雲型を間に挟んだ複縦陣で進むのがやっとの狭さだ。

 壁といってもやはり岩礁で、所々に数mの切れ目があるのだが、そこから不意に砲撃を受け、混乱を助長する。敵は数の少なさを逆手に取り、遊撃を行っているのである。

 十字路などを利用して、移動しながら二機目の零観をカタパルト射出、空からの視界は確保しているけれど、三十kg爆弾では駆逐艦すら倒せない。

 桐林を介してこれらの情報を得た日向たちが、露骨に顔をしかめた。

 

 

《どうやら、各個撃破を狙っているようだな》

 

《ちょっと不味いんじゃない、これってば。提督、瑞雲の発艦は?》

 

『許可する』

 

《僕たちにも情報を流して貰えるかな。オイゲンたちの状況を把握しておきたいから》

 

《やられたわね……。完全に油断していたわ》

 

 

 許可を得た伊勢、日向がさっそく左腕の航空甲板を水平に。

 すると、実艦の航空甲板でエレベーターが稼働し、爆装を済ませた瑞雲が姿を現わす。

 敵 軽巡たちの砲撃が水柱を立てる中、運搬軌条を辿ってカタパルトへ乗った機体は、火薬の炸裂により速やかに射出された。

 一機を一分間で。二隻同時なので単純に倍加し、分速二機の割合で瑞雲が飛び立ち、編隊を組む。

 

 辛うじて膠着状態を維持する戦場。

 香取がディスプレイ越しに、手に汗握って推移を見守り続ける。声を発する事すら躊躇われる緊張感があった。

 と、そんな時、攻撃機の準備に勤しんでいるはずの雲龍が、桐林を呼ぶ。

 

 

《こちら雲龍。艦載機の発艦を続けています。が、南方より急速接近する艦影有り。敵 水雷戦隊かと》

 

《天城、第一攻撃隊は準備完了。間も無く、第二攻撃隊も準備が整います。……如何いたしますか?》

 

 

 桐林が意識を向けると、上空で待機する機体の視界に、確かに影が見える。

 距離にして十海里。ほぼ真南から急速接近するそれは、軽巡ヘ級、軽巡ホ級、駆逐ロ級二隻。いずれも通常種から成る水雷戦隊だった。

 高速航路を利用しているのだろう。異様に速度が速い。

 稼働状態にある攻撃隊を用いれば問題無く対処可能だが、そうするとオイゲンたちの支援が不足となる。

 逆に、このまま攻撃隊を支援に向かわせると、雲龍たちに雷撃が見舞われてしまう。

 守るべきはどちらか。天城の問いに、桐林は迷いなく答える。

 

 

『雲龍、天城、葛城はそのまま攻撃隊を発進。打撃部隊の援護を優先せよ』

 

《えええっ!? それじゃあこっちの守りはどうするのよ!? 何か考えがあるんでしょうねっ》

 

『落ち着け葛城。当たり前だろう。ツェッペリン、行けるな』

 

「うむ。攻撃隊、発艦始め! 蹴散らすぞ!」

 

 

 葛城の悲鳴にも冷静に対応し、いよいよ、指示を待ち続けていたドイツ空母に呼びかける桐林。

 ビスマルクたちの直掩に向かう攻撃隊をニヤリと見上げ、彼女は艦橋前から一歩前へ。

 腰に提げていたポーチから、艦載機の描かれた金属カードを取り出すと、背中の飛行甲板を展開。裏側のスロットに差し込む。

 ミニチュアエレベーター下部に位置していたそれは、実艦の電動エレベーターと同期しており、同じタイミングで描かれていた機体――彗星二二型を、発艦用トロリーバスに乗せて押し上げる。

 これは、彗星一二型の機体強度を上げ、伊勢・日向のカタパルト射出に耐えうるようにした機体である。胴体爆弾倉と両翼下に、計三発の二百五十kg爆弾を爆装していた。

 本来、エンジンを金星六二型へと換装した陸上爆撃機型――彗星三三型の爆装仕様だが、制限だらけだった戦時中とはエンジンの駆動効率もまるで違うため、継戦能力を考慮しての爆装だ。

 伊勢たちに搭載しなかったのは、単純に数が少なく、ツェッペリンの方が効率良く扱えたからである。

 

 トロリーは軌条に沿い、二基あるカタパルトの左側始点まで前進。ややあって、圧縮空気がスライドウェイと彗星を急加速、空へ飛び立たせた。

 その後、トロリーも可動域の終端まで移動し、スライドウェイがカタパルト軌条内へ戻り、牽引ケーブルが外れるのを待ってから、使役妖精たちの手動により、回収用プラットフォームを介し上部格納庫へと戻る。

 これを一つのサイクルとし、インターバルを置いて繰り返すこと八回。わずか四分ほどで彗星が編隊を組み、敵 水雷戦隊に向かう。

 

 

《提督、私たちは……?》

 

『秋月、照月は隊の左前方へ。ツェッペリン攻撃隊が撃ち漏らした場合は、敵 水雷戦隊が目視距離に入り次第、砲撃戦へと以降せよ。雷撃位置へ移動させるな。細かい対応は、秋月に任せる》

 

《了解しました。行きましょう、照月》

 

《う、うんっ》

 

 

 続いて、駆逐艦二隻への指示が下り、輪形陣の両翼から、秋月と照月が隊列の南に。

 艦首を東へ揃え、襲撃に備える。

 

 味方の水雷戦隊が居る第二エリアでも、駆逐艦たちが奮闘を続けている。

 敵がするのと同じく、中継器から零観の視界を得て、岩礁の隙間を縫って擦れ違いざまに砲撃。

 ヘ級 旗艦種に命中弾を出すが、夕雲の砲弾は局所的な力場障壁で阻まれた。

 

 

《く……っ! やっぱり硬い、雷撃に賭けるしかなさそうねっ》

 

《とは言え、こう隆起岩礁が多くちゃ、身動きするにも一苦労だな。こんのぉっ!》

 

《ぴゃーっ!? し、至近弾ー!》

 

 

 夕雲の対面へ砲を向ける長波も、タイミングを計ってイ級 選良種へ砲撃するが、こちらは命中せず。逆に複縦陣後方の酒匂へと至近弾が放たれた。

 相手が一枚上手なのか、阿賀野たちの射線が通らないタイミングを選ばれているようだ。もどかしい戦闘が続く。

 

 一方で、ビスマルクとオイゲンは苛烈な攻勢に耐え忍ぶ。

 持ち前の高速力と、三軸推進による操艦性、速度の緩急を活かし、選良種のル級二隻とネ級の砲撃をいなすビスマルク。

 上空を飛ぶAr196改が、同航戦を維持する敵艦上の統制人格を捉えている。

 両腕に盾型砲塔を構えたル級はいつも通りの姿だが、ネ級は重巡棲姫と同じく、腹部に二本の触手砲塔を有する。口こそ無いが、こちらは三連装砲を模していた。

 白い短髪。口元までを覆う黒いタイ。螺旋模様のオーバーニーは、ビスマルクは知らない事だが、鈴谷、熊野のそれと似ているようにも……。

 

 オイゲンと敵艦は一直線に並び、追い縋るネ級、リ級の砲撃を回避しながら、回り込もうとするト級二隻を第三・第四砲塔の砲撃で牽制。とにかく逃げ回る。

 よほど焦っているのか、砲の狙いは甘く、顔を冷や汗が伝う。

 

 

「姉様、姉様っ! 大丈夫ですか!?」

 

《そんなに慌てないの、オイゲン。この程度、ジョージやロドネイに囲まれた時と比べれば、なんて事ないわ!》

 

 

 焦燥感に叫ぶ妹分を、もっと酷い状況に置かれるビスマルクが宥めた。

 戦艦二隻と重巡一隻。

 これだけでも十分に危機的だが、史実において“戦艦ビスマルク”は、最初で最後の航海となったライン演習作戦の結果、太平洋に展開していた英国大艦隊を差し向けられた歴史がある。

 空母ヴィクトリアス、アークロイヤル。駆逐艦コサック、マオリ、シーク、ズールー、ピオルン。戦艦キング・ジョージ五世、ロドネイ。重巡洋艦ノーフォーク、ドーセッシャー……。

 様々な艦艇に数日掛けて追い詰められ、嬲られた記憶と比べれば、まだ希望はあった。

 いや、あると強がらなくては、最悪の結果が待っている。

 

 

《フフフ……。アキラ、メロ……。キサマラ ニハ、テツクズ ノ スガタ ガ、ニアイ ダ……》

 

 

 広大な海を跨いで、重巡棲姫の声が皆へ届く。

 嘲笑。

 双胴棲姫とは違い、明確な意思の下に発言しているが、呼び掛けても対話は成立しないと判明している為、誰も返事はしない。

 装甲空母鬼の艦載機群も、いよいよ前進を始めた。

 このままでは重巡棲姫の言葉が現実となるだろう。

 このまま、手をこまねいていたなら。

 桐林はそれを許すほど愚かではなかった。

 

 

『疋田調整士、準備を』

 

「えっ? ま、まだ早過ぎるのでは……?」

 

『準備だけだ。まだ使わんが、いざという時に使えないのでは意味が無い』

 

 

 呼び掛けられると、調整室の栞奈は驚いた顔で桐林を振り向く。

 まだ戦端が開かれて三十分と経っていない。これまでになく早い使用決定に戸惑っているのだ。

 しかし、彼の言い分も尤もであると判断したようで、すぐさまコンソールへと向き直り、彼を通じて統制人格たちに決定を伝える。

 

 

「……了解しました。全艦に通達。これより、艦隊は準 霊子戦闘態勢へ移行します。繰り返します。艦隊は準 霊子戦闘態勢へ移行」

 

 

 戦場に身を置く少女たちの顔が、一瞬、様々に変化して、また引き締められた。

 勧告と同時に、調整室の床が音を立てて開く。

 隠されていたのは、人間が余裕で入るほど大きなロッカーケース。油圧によって起き上がり、桐林の身体と平行した位置で止まる。

 それが自動で展開すると、中には上半身部分が欠損した部分鎧が納められていた。

 ロッカー自体にマニピュレーターが備わっており、これも自動で展開。桐林へと瞬く間に装着していく。

 機密され、指の一本まで隙間無く覆われたその姿は、まさしく甲冑を纏ったように見えた。

 

 

冷却服(Radiator Suit)の装着を確認。音声認証を願います。どうぞ」

 

 

 計器からのサインを確認。続けて栞奈が呼び掛ける。

 一時的に同調率が高まり、意思を統一した十九人が、声を重ねる準備を。

 まずは能力者と旗艦三名。桐林、阿賀野、オイゲン、ツェッペリン。

 

 

【色は匂えど】

 

 

 コンマのズレも許さない音声認証システムが、一段目のロックを解除する。

 後半を読むのは、あらかじめ三人ずつに振り分けられたグループ。

 

 

【散】

【り】

【ぬ】

【る】

【を】

 

 

 雲龍、ビスマルク、能代が。

 天城、伊勢、矢矧が。

 葛城、日向、酒匂が。

 秋月、レーベ、夕雲が。

 照月、マックス、長波が。流れるように既定文言を歌い上げる。

 二段目のロックも速やかに解除され、甲冑姿の桐林を宙に浮かべる調整室は、低い唸り声を上げ、あるシステムを稼働させた。

 目に見えないものの、彼が左眼を開けたという証拠だ。

 

 

「確認しました。補助システム起動。稼働限界は待機状態で四十分。実働二十分です。……御武運を」

 

 

 ディスプレイ端に表示されたカウントダウンを示し、栞奈は沈痛な面持ちで画面を見つめる。

 気付けるはずもないツェッペリンが、やや興奮気味に問う。

 

 

「これで、例の“力”とやらが発動したのか? 特に変化は感じられないのだが……」

 

『後で嫌でも分かる。触接を急げ』

 

「……了解した」

 

 

 少々ぶっきらぼうに返され、どことなく不満気に目を細める彼女だったが、今はそんな時ではないと気を取り直す。

 噂に聞いた、人類の中で桐林と梁島だけが持つ、霊子力場を発生、操作する特異能力。

 戦闘能力を格段に上昇させるらしいが、桐林が言ったように準備を整えただけで、まだ使うつもりはないようだ。

 けれど、同じ類いの“力”を宿す重巡棲姫はそれを悟ったのか、嘲りを深く。

 

 

《フフフ……。ムダナ コトヲ……。サァ……ヤッテシマエ……!》

 

 

 瓦礫の山から、比較的に平面を保つ甲板……らしき場所へ降りた重巡棲姫が、愛犬を撫でるように触手の肌を確かめた。

 ギシリ、ギシリ、と歯軋りが聞こえ、ほんの一時、悪鬼は可憐な花と変じる。

 が、右腕を掲げる頃には枯れ果ててしまい、応じた装甲空母鬼が、ビスマルクたちに肉薄せんと航空機を加速させた。

 触接まで、おおよそ十分。

 

 

《やらせはしない。天城、葛城。行くわよ》

 

《はい! 天城航空隊、お願いしますっ》

 

《格闘戦の練度なら、こっちも上がってるんだから!》

 

 

 対抗する雲龍たちの烈風が、流星改を置き去りにして第二・第三エリアの上空を駆け抜ける。

 オマケとばかりに、ビスマルクとオイゲンを追いかける敵艦へ六十kg爆弾を水平投下。命中こそしなかったものの、わずかに注意を逸らす。

 また、投下により空気抵抗が減ったおかげで、僅かだが速度も向上し、時速六百kmを超える速さで敵機に向かった。

 

 

『ビスマルク。どのくらい凌げる?』

 

《さぁ……っ? 一時間か、二時間か……。

 脚を殺されない限り、持ち堪えてみせるわ!

 ワタシの方はいいから、先にLQ二隻をお願い!》

 

『……雲龍』

 

《先に装甲空母鬼を仕留めれば、空を気にする必要も無くなる、か。了解したわ》

 

《ビスマルクさん、どうか御無事で……!》

 

《後味悪いから、沈んだりしないでよ? 絶対にだからね!?》

 

 

 味方の援護が近いと分かったからか、ビスマルクは軽口で桐林へ返した。

 イギリス海軍に破られた時は、フェアリー・ソードフィッシュという傑作雷撃機の航空魚雷を艦尾に受け、身動きが殆ど取れなくなった事が原因でもある。

 水上艦相手なら決して沈まないと、彼女は言い切ったのだ。

 過言でないと、これまでの戦闘経過が証明しているが、だからと言って放置など出来よう筈もない。

 雲龍型の第一攻撃隊――烈風 三十機、流星改 二十七機を装甲空母鬼に。第二攻撃隊――流星改 二十一機を重巡棲姫へと向かわせながら、桐林はオイゲンに意識を向ける。

 

 

『オイゲン。合流は不可能か』

 

「やって見せます! ……もうっ、邪魔しないでっ!!」

 

《オイゲン、落ち着いて下さい》

 

《そうだよ。照準を焦ったら、いくらドイツ製でも当たらないよ》

 

 

 彼女は苛立たしげにト級の雷撃を回避、らしくない恨み言を吐く。

 マックスとレーベの声も、届いているかどうか。

 事態を重く見た桐林が、たった今、駆逐ハ級とニ級を一隻ずつ撃破した航空戦艦を呼ぶ。

 

 

『伊勢、日向』

 

《分かってますって。瑞雲を先行させてるわ》

 

《本当なら、艦載機を放って突撃……したい所だが》

 

 

 ようやっと纏まった数になった瑞雲隊は、状況把握の為の数機を残し、指示を受ける前にオイゲンたちの援護を始めていた。

 六機ずつの編隊二つが、間を置かず、ビスマルクとオイゲンを追う敵艦に襲い掛かり、二百五十kg爆弾を垂直投下する。

 結果、オイゲン側のト級二隻を大破せしめるけれど、ビスマルク側の三隻にはまるでダメージを与えられない。戦艦級と新型重巡の力場障壁は、伊達ではないようだ。

 

 第三エリアが一進一退を繰り返す間、第二エリアの戦況も、徐々に変わりつつあった。

 幾度目かの至近弾を受け、服に穴を開け始めた阿賀野が泣き言を並べる。

 

 

「きゃっ!? あーん、もうやだ、提督さん助けてぇー!」

 

《阿賀野姉、しっかり! まだ直撃弾は貰ってないんだからっ》

 

「でもでも能代ぉ、このままじゃ私たち、何も出来ないままやられちゃうよー!」

 

《厄介ね。敵の位置は把握できても、射線が取れないんじゃ意味が無いわ》

 

 

 酒匂の隣で最後尾を固める矢矧は、零観からの情報を確かめながら呟く。

 自身の配置も、敵の配置も。鳥の視点があれば完全に把握できる。

 しかし、敵は単艦故の小回りを活かして動き回るが、複縦陣を組む阿賀野たちはそうはいかないのだ。

 ならば隊を分ければ良いのだろうが、そうなったら逆に集中攻撃を受ける可能性が出てくる。危険を犯すには、まだ何もかもが足りない。

 夕雲が使役妖精を肩に乗せ、悩ましく眉をひそめた。

 

 

《敵は見える。しかし射線が通らず、まともな砲撃は不能。もちろん雷撃も。手詰まりですね……》

 

《っかぁー! 一方的にヤられるなんて冗談じゃないっ! こうなったら山なりに魚雷でもブン投げて!》

 

《な、長波ちゃん、落ち着こうよぉ~……。いくら私たちでも、投げられるのは爆雷くらい――》

 

《あら。酒匂さん、いいアイディア。それで行きましょう》

 

《は?》

 

《え?》

 

 

 狭苦しい海路と戦況が相俟って、長波に短気を起こさせるも、夕雲は酒匂の言葉に光明を見出す。

 小首を傾げる酒匂と、冗談だったんだけど? なんて言いたそうな顔の長波。

 

 

《うふふ。嵐さん直伝の“アレ”、試してみる価値はあるんじゃないかしら?》

 

《……おぉ! “アレ”か! 確かにこの距離なら……。イヤ無理だろ!? 岩壁が邪魔だし、そもそも相手の脚が止まってないと……》

 

《そこは、戦術と腕で補いましょう? その為にも、まず……》

 

 

 くすり。口元に手を添え、上品な微笑みを浮かべる彼女が、空を見上げて行動指針を示す。

 視線が射抜くは、ヘ級 旗艦種が制御する、敵 水偵。

 増設された対空機銃の群れが牙を剥く。

 

 

《上から覗き見している悪い子を、追い払わないと!》

 

《よく分かんないけど、対空戦闘なら酒匂に任せてー! これだけは昔やった事あるんだ! 当たらなかったけど!》

 

《ホントに大丈夫かよぉ……?》

 

 

 対空射撃を始める夕雲に、酒匂の八cm連装高角砲が追随。長波も二十五mm三連装機銃、同連装機銃、単装機銃を駆使するが、なんとなく間の抜けた空気が漂う。

 一度、高度を上げて退避する敵 水偵は、けれど支援を続けるため、夕雲たちの上を旋回し続ける。

 終わる気配を見せない戦いが、皆を疲弊させ始めていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 乱舞する航空機と、入り乱れる艦船たちを五感で感じながら、強速――約十五ノットで進む重巡棲姫は苛立っていた。

 

 

(オマエハ、ナンダ……? ナゼ、アキラメナイ……?)

 

 

 戦闘の進み具合いがイマイチという事もあったが、不快感の理由は別にある。

 ヒトカタ共の向こう側に居るであろう、分霊を飛ばす者。

 親しみすら感じられる“それ”が、ただ戦えと命じられた重巡棲姫の、幼い心を掻き乱す。

 

 

(イライラ、スル……ッ)

 

 

 “母”に従い、戦った。

 何度も撃たれ、何度も撃った。沈めはしなかったが、仲間を沈められた。

 その中で、驚きや侮蔑、悲しみ、恥辱、怒りを知った。

 だが、知れば知るほど分からなくなる。

 

 何故“それ”の使うヒトカタは、こんなにも“濃い”のか。

 何故“それ”の分霊は、あんなにも苦しみに喘いでいるのか。

 何故“それ”の分霊は、あんなにも苦しみながら向かってくるのか。

 何故、“それ”と繋がっているはずのヒトカタ共は、気付いてやらないのか。

 

 

(ワタシ ナラ……。ワタシ、ナラ?)

 

 

 何か、おかしな事を考えようとしていると、擬似感情を宿す触手の頬擦りで悟り、重巡棲姫が首を振る。

 この依り代は戦う為だけにある。

 この知性は戦略の為だけにある。

 この心は憎悪する為だけにある。

 それ以外の機能など、持ってはならない。

 

 ――モッテシマエバ、ワタシ ハ。

 

 

(ニクメ、ニクメ、ニクメ……! ソレデ、ヤット……!)

 

 

 深く、深く、深く。

 己へと暗示を掛け、重巡棲姫は“敵”を睨む。

 それが……。それだけが役目だと、硬く信じて。

 

 

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