変身はまだしません。
むかしむかし、あるところに勇者がいました。
勇者は村のひとびとにいやがらせを続ける魔王を説得するために、一人旅に出ていました。
長く苦しい旅の末、とうとう勇者は魔王のもとにたどり着いたのです!
やっとここまでたどり着いたぞ魔王!もう悪いことはやめるんだ!
うるさい!わたしをこわがって悪もの扱いしたのは、村人のほうではないか!
だからって、嫌がらせはよくない!話し合えばわかるよ!
話し合えば、また悪ものにされる!
きみを悪ものになんかしない!!
バン!!………あっ
舞台の向かって左側、勇者の人形を操り役になりきっていた赤毛の少女―――結城友奈が衝動的に払った右手が、何かにぶつかり大きな音を立てた。
友奈が平手を叩き込んだのは、この日のためにみんなで作り上げた人形劇の舞台。
一瞬の静寂。
そのあとに、木の板でできた舞台がゆっくりと傾き始めた。
突然のアクシデントに、舞台の裏側で人形を操っていた友奈ともう一人、勇者部部長で魔王役の犬吠埼風はまともに反応できない。
倒れる!
誰もがそう思ったとき、横合いから差し出された手によって寸でのところでそれは防がれた。
誰もが動けない中、ヘッドスライディングで咄嗟に手を差し込みこの窮地を救ったのは、勇者部唯一の男子部員である犬吠埼紘汰だ。
同年代の男子と比べても妙に高い身体能力を生かし何とかギリギリ手を滑りこませた紘汰は、傾いていた舞台を元に戻しながらホッと安堵の息を漏らす。
(あ、危なかった…。ナイスよ紘汰!さすが私の弟!)
(何やってんだ二人とも!いいから続き続き!友奈!)
(え!?つ、つづき!?)
小声で続きを促されたものの、今の友奈は自分で引き起こしたとはいえ突然のハプニングで完全にテンパってしまっている。
パニックで真っ白になった頭からは当然のように次の展開などすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
混乱した頭のまま、友奈はちらりと横目で観客の方を見た。
さっきまで和やかに勇者部主催の人形劇を観覧していた子供たちが、ぽかんとした表情でこっちを見つめていた。更に後ろでは、保育士の先生達が心配そうな視線を送っているのが見える。
な、何とかしないと……っ!
友奈の想いとは裏腹に、次のセリフは全くと言っていいほど浮かんでこない。
だがしかし、迷っている時間はもはやない。
そして、友奈は―――
(うぅぅぅ~………うぇぇぇぇぇい!!」
困った末、自らの操る勇者人形をヤケクソ気味に風の操る魔王人形に頭から突っ込ませた。
「「え、えええええええ!!」」
友奈の暴挙に犬吠埼姉弟が仰天する。流石は姉弟。叫び声もピッタリだ。
「あ、あんた何やってんの!?今から魔王を説得する流れだったでしょーが!?」
「お、お前どうすんだよ!?こんなん台本にないぞ!?」
「ご、ごめんなさい二人とも!ど…どうしよう!?」
こうなってしまった以上、元の展開に戻すのは不可能。
人形劇を失敗に終わらせないためにはもはや全編アドリブで続けるしかない。
最初に覚悟を決めたのは、年長者の風であった。
勇者部の一員として、子供たちをがっかりさせるわけにはいかない。
「とにかくやるしかないわ!樹、ミュージック!」
「え゛!?え~と、え~と……じゃあコレで!」
姉の無茶ぶりのせいで次に慌てることになったのは、先ほどからハラハラと舞台を見守っていた音響担当の犬吠埼樹である。
混乱しながらも、姉の期待に応えるために目についた音楽ファイルをクリックした。
一拍の後、樹の操作するノートPCから、静かに音楽が流れ始める。
(な、なんてシリアスなBGM…しかも雨音の付きってどういう…まぁいいわ!友奈、なんとか繋げて!」
「は、はい!え~ゴホンっ!”お前の手下はすべて説得(物理)した!あとは君一人だ!魔王!”」
「(物理)って何!?え~い仕方ない…”こい勇者よ!俺とお前は戦うことでしか分かり合えない!”」
さっきまでのお話はどこへやら、舞台上では魔王と勇者(人形)による、激しいバトルファイトが展開された。
そのあんまりの展開に舞台袖に引っ込んでいた紘汰は思わず頭を抱えてしまう。
そんな中、混沌とした舞台を目にして妙な使命感のもと張り切り始めたのは、ラストバッタ―、ナレーション役の東郷美森だ。
親友である友奈を救うため、観客の園児たちの煽動を開始する。
「皆!このままだと勇者が危ないわ!みんなの応援で勇者を助けてあげて!」
東郷の言葉により、園児たちからたくさんの声援が送られた。
それを受けて苦しむ魔王に張り切る勇者。その様子はさながらヒーローショーの様だ。
結局、声援パワーにより強化された勇者が必殺の『勇者電光キック』により魔王の説得に成功し、大団円(?)で地元の幼稚園で行われた人形劇は幕を閉じたのであった。
「起立。」
「礼。」
「神樹様に、拝。」
終業の合図とともに、教室内の空気が一気に弛緩する。
ここは讃州中学二年の教室、あの人形劇が行われた日の翌日の放課後である。
あるものは友達とのおしゃべりに興じ、あるものは部活の準備をする等と、誰もが思い思いの放課後を過ごしていた。
「友奈ーちょっといい?今度の校外試合、また助っ人お願いしたいんだけど……。」
そんな中、自分も部活に向かうために荷物をまとめていた友奈に、後ろから声がかけられた。
声のした方へ友奈が振り向くと、眼鏡をかけた女子生徒が一人、少し申し訳なさそうな顔でこちらを見つめていた。
彼女はソフトボール部の部員で、時々こうして友奈に試合の助っ人を頼みに来る。女子の中でも運動神経がいい友奈は、所属している部活の影響もあってよくこういったことをお願いされるのだ。
ほんの少し頭の中で予定を整理し、その日が空いていることを確認した友奈は快くそれを引き受けた。
「オッケー。いくよー。」
「ありがとう!悪いけどお願いね。それにしても忙しそうね、今日も部活?」
自分の荷物をまとめ終わった友奈は、親友である東郷のもとへ行くと、手慣れた手つきで彼女の車いすのハンドルを握った。
足が悪く、普段車いすで生活している彼女を助けるのは専ら友奈の仕事だった。
少し感触を確かめながら東郷と微笑みあい、少し誇らしそうに、
「うん、勇者部だよ。」
「そう、勇者部。」
と、二人で答えた。
「なんか何度聞いても変な名前ねー。勇者部。」
「えー?なんで?カッコいいじゃん勇者部。」
讃州中学勇者部。
人の役に立つことを勇んで行うことを活動目的として一年前に犬吠埼風が立ち上げた部活である。
その活動は多岐にわたり、町の清掃や部活の助っ人、はたまた野良猫の保護とその里親探しなど、兎に角誰かの役に立つことならば見境なく行っていた。
友奈と東郷とあと一人、二年生3人に加え、部長で三年生の風と一年生の樹の計五人、それが勇者部の全容だ。
出発の準備が整うと、友奈達は教室の真ん中、男子生徒が集まっている中心に声をかけた。
「おーい!紘汰くん!部活いこー!」
「紘汰君、早くしないとおいてっちゃうわよ?」
「わりぃわりぃ、ちょっと待っててくれ!みんな、すまねぇ。また今度な!」
二人の女子生徒の呼ぶ声に、男子たちの中心で助っ人の要請を捌いていた二年生最後の一人である紘汰は、返事もそこそこに慌てた様子で人の輪を飛び出してきた。
女子運動部に人気の友奈であるが、それ以上に男子運動部から人気があるのが紘汰である。
非常に高い身体能力を持ちながら、特定の運動部に所属しておらず、しかも人助けを旨とする勇者部に所属しているとあって、放課後になると各方面から熱烈なラブコールが来るのであった。
「じゃ、みんなまた明日!」
「じゃねー!」
「皆、さようなら。」
三者三様のあいさつを教室内の生徒たちに投げ、二年生組の三人は自分たちの部室を目指す。
道中の話題は、やはり昨日の校外活動のことだ。
「昨日の人形劇、大成功だったね!!」
「あれは成功っていうのか…?」
「終わり良ければ総て良しっ!だよ紘汰くん!」
「もう、友奈ちゃんったら…。」
アドリブ満載のドタバタ劇を成功と言い張るちょっと天然気味の友奈に突っ込みを入れる紘汰とあきれながらも微笑む東郷。この3人の会話はいつも概ねこんな感じだ。
まぁ、紘汰は紘汰で暴走気味なところがあるし、東郷なんかはさらに濃ゆーい一面を覗かせる場合もあるので、日によって役割は変わったりもするのだが。
しばらくそのまま廊下を歩き、やがてたどり着いたのは家庭科準備室。ここが彼らの所属する勇者部の部室である。
紘汰が先行し、扉を開けると部室内でタロットカードとにらめっこしていた樹がこちらに気づいた。
「あ、お兄ちゃん。お疲れ様。友奈さんも東郷さんもお疲れ様です。」
「よぉ樹。また占いか。姉ちゃんは?」
「奥で準備してるよ。揃ったら始めるって。」
樹の返答にそっか、と答えながら、紘汰はなんとなく妹の手元にあるカードを覗き込んだ。
妹の樹はタロット占いを得意としている。
普段はこうして時々自分や周囲を占っていることが多いのだが、その腕はなかなかに評判らしく、人に頼まれて占いをしていることもあるそうだ。
覗き込んだカードには、何やら絵と文字が書かれている。それが何を示しているのか、未だに紘汰にはさっぱりだった。
そうこうしている間に東郷の車いすが部室に入り、友奈が扉を閉めると奥から風がひょっこりと顔を出した。
可愛い部員たちが全員そろっているのを確認すると満足そうに頷いて、手についたチョークの粉を落とすのもかねて大きく二つ、手を叩いた。
「来たわね3人とも。じゃあ全員そろったことだし、ミーティング始めるわよー。」
部室の奥側には黒板が置いてあり、その周辺が専ら勇者部の会議スペースとなっている。
部長の鶴の一声でみんながそこに集まると、既に黒板には様々な子猫の写真が貼られていた。
可愛らしい写真に沸き立つメンバーたち。たが勿論、これらはただ鑑賞するためだけに張られているわけではない。
『子猫の飼い主探し』と写真の上にも書いてある通り、これは立派な勇者部に入ってきた依頼の資料なのである。
「はーい皆注目。この通り、まだ未解決の依頼がこんなにも残ってんのよねー。」
「い、いっぱいだね…。」
少し前に数件、似たような依頼を解決したばかりだったのだが、その時と比べても明らかに量が増えている。
困っている人や動物等を助けるのは勇者部の活動内容でもあるし、この中に集まった面々にそういったことを嫌がる人は勿論いないが、猫の里親探しというのはこれでなかなかハードである。
黒板に貼りだされている猫たちの数に、樹がたじろぐのも無理もない話だった。
「早いところ、飼い主を見つけてあげなければいけませんね。」
「そうなのよ東郷。だから、今月は強化月間!今月中に全部解決するつもりで行くわよ!」
風がそういうのだから、今月のメイン活動は飼い主探しということになるだろう。
割と大雑把な性格をしている風ではあるが、部長なだけあってこういう時のリーダーシップは流石と言ったところで、部員からの反対等も特にない。
「強化月間って、具体的にはどうするんだ?」
「いい質問ね紘汰。とりあえず先生たちにも相談して、学校を巻き込んだ大々的なキャンペーンにするわ。」
「おー。」
「学校を巻き込むという政治的な視点……流石です部長。」
素直に感心する友奈と、少しずれた感心の仕方をする東郷。どうやら少し彼女のこゆーい所のスイッチが入り始めたようだ。
後輩から送られる妙な方向の尊敬の念に、さすがの風も少し戸惑っていた。
「政治的って……ま、まぁいいわ。学校側への対応は私がやるとして、とりあえずはホームページを強化していきましょう。東郷、任せた!」
「任務了解です部長!…モバイル版も拡張して携帯からも見れるように―――」
やけにハキハキした返答の後、作業に取り掛かるため東郷はパソコンへ向かう。
一時を除いておしとやかな大和撫子然とした彼女であるが、意外にもこういう分野に強かった。ホームページ更新等といったIT系の作業は、他にそれを得意とするメンバーがいないということもあってもっぱら彼女の仕事だった。
「私たちはどうするんですか?」
「ん~。いつも頑張ってもらってるけど、今月はさらに頑張るって感じで!」
「ここにきて随分アバウトだよお姉ちゃん…。」
最後まで締まらないのはいかにも風らしい。
こうなったら残りは各自、自分のできることを探すしかないというわけだ。
「今日海岸の掃除、行くでしょ?その時周りにあたってみるのはどう?」
「そりゃいいな。よし、じゃあ俺たちは足で稼ぐってことで!」
「いいですけど…うぅ…二人についていける自信がないよぅ…。」
友奈の提案に紘汰が乗って、樹も少々控えめに追従した。
見た目の通りインドア派の樹は、部内きっての肉体派二人に振り回される未来に少し不安そうだ。
そうして今後の動きはだいたい固まった。
その間にも早速任務を完了させていた東郷にみんなでしっかり驚いた後、勇者部一同はそれぞれ活動を始めるのであった。
あっという間に時間が過ぎ、各々の活動に区切りをつけた勇者部のメンバーは市内の老舗うどん屋『かめや』に集まっていた。
最近代替わりし、見た目そうは見えないが腕のいい若い男性が店長を務めるこの店は地元の人々にも随分と評判であり、勇者部の面々も御多分に漏れずよく利用している。
「お、来た来た。」
「さ、3杯目…。」
運ばれてきた新しいどんぶりに嬉しそうな風とそれを見て顔を引きつらせている友奈。
その細い体のどこに入っていくのかいつも不思議で仕方ないが、風はかなりの健啖家である。
その食べっぷりは、弟であり食べ盛りの男子中学生である紘汰ですら閉口するほどだ。
「うどんは女子力を上げるのよ~。」
「お姉ちゃん。言ってること無茶苦茶だよ?」
「そうだぞ。それにそんなに食ってると上がるのは女子力っていうより……。」
「は?なんか言った?」
「あ、いや、え~っと…。」
その話は女性にとっては禁句である。
風以外のメンバーの視線も心なしか若干冷たく、援護は期待できそうにない。
こういったときに男性の立場が弱いのは、いつの時代でも変わらない。
まぁとは言っても今回は確かに紘汰の失言だ。誠心誠意平謝りをすると、しばらくして何とかお許しをいただけた。
「と、そんなことより友奈。外回りどうだった?」
「掃除のほうは特に問題なく。子猫のほうはごめんなさい、収穫ありませんでした。」
「ま、そんなに初日からうまくいくわけないか。こればっかりは根気強くやらないとねー。」
「子猫といえば今日、お兄ちゃんが―――」
それは掃除が終わり、この店に向かっている最中のこと。
どうやってのぼったのか、ビルの1階と2階の間あたりの少し突き出した部分から降りられなくなった猫を見つけた樹が、どうしようとおろおろしていた時であった。
妹の様子に気づいた紘汰が、おもむろに助走をつけたと思うと壁を駆け上がった。そして難なく突き出し部分に指をひっかけると、そのまま見事猫を救出したのである。
猫が助かったのはよかったが、これにはさすがの樹も唖然とした。
「我が弟ながら漫画みたいなヤツね…。」
「なるほど、紘汰君はシノビの者だったのね。諜報は国防の要………。」
「私が見てない間に紘汰くんそんなことしてたんだ。すっごいねぇ。」
「お、大げさだな樹は。そんな高いところじゃなかったって!」
本人は大げさなどというものの正直言ってそこらの中学生で…いや、例え大人にだってそんなことができるかは怪しい。犬吠埼紘汰改造人間説は、讃州中学でまことしやかに囁かれていたりする噂の一つだった。
さらに言えば姉は無限の胃袋、弟は超人的な肉体、じゃあ末の妹は?というのが現在かなりホットな話題だ。もちろん樹は知らないが。
「そういえば風先輩。何か話があるんじゃなかったんでしたっけ?」
「そうそう、文化祭の出し物の相談。今年は何やろうかって。」
部長の切り出した話に、まだ4月なのに?と、皆は首をかしげる。
文化祭といえば一般的には秋に開催されるものだ。今からだとまだ半年も時間がある。
「去年は間に合わなかったからねぇ。今年はちゃんとしたいじゃない?せっかくフィジカルモンスターと猫の手も入ったことだし。」
「文化祭かぁ…確かに、せっかくだから一生の思い出に残るものがやりたいですね!」
「なおかつ娯楽性が高く、大衆に受け入れられるものでなければいけませんね。」
モンスター…。猫の手…。
と、地味に精神的ダメージを受けている兄妹はさておき、去年から所属している創立メンバーの3人は乗り気だ。
ちなみに1年生の樹はもちろん去年いなかったし、紘汰も去年の後半に色々な事情があってダンスチームを抜け、正式に入部したのは今年からだった。
確かに、去年は部活立ち上げ後のバタバタと、今よりも人手が少なかったことも手伝って勇者部として文化祭で何かをやることができなかった。
仕方ないとは思っていても心残りだったのは事実だし、特に風は今年3年ということで、中学での文化祭は今年が最後である。
それを考えればこの熱の入り様にも納得がいくというものだ。
「とにかく、夏休み前にはある程度決めておきたいから皆考えといて。コレ、宿題ね。」
はーい。と、いう後輩たちの返事に満足そうに頷きながら風は4杯目のうどんを注文し、皆の度肝を抜くのであった。
「もういい時間ね。東郷、車呼ぶ?」
都合4杯のうどんを平気な顔で平らげた風は、時計を見ながらそう言った。
ここでいう車とは、東郷がよく利用するデイサービスの車のことだ。
「いえ、今日はたまには歩いて行こうって友奈ちゃんが言うので。」
「そーなんです。今日は別行動だったから、いろいろお話もしたいし。」
そう言って顔を見合わせながら笑っている二人を見て、風は苦笑を浮かべていた。出会ったころからそうだったのだが、この二人は本当に仲がいい。
それならばと、少し離れたところで樹と戯れていた紘汰に視線を向けると、同時に紘汰もその視線に気づいたようで、樹の頭に置いていた手を放してこちらに近づいてきた。
「紘汰!あんた二人についてってあげなさい。男の子なんだから。」
「わかってるよ姉ちゃん。じゃあ行こうぜ二人とも。」
「うん、じゃあ風先輩、樹ちゃん。また明日!」
夕焼けの空の下を、同級生3人組がゆっくりと歩いていく。
話題は主に、今日あったことやさっきの先輩からの宿題について。他愛ない話でも、仲間たちと一緒ならばそれだけで楽しかった。
なんでもない1日が、今日もまた過ぎていく。
明日も、明後日もその先も、ずっとこんな日が続いていくんだろうか。
防波堤から海を見渡せば、水面はオレンジ色の太陽を反射して、きらきらと輝いているのが見える。
紘汰は生まれ育ったこの町の、こんな風景が好きだった。
大好きなこの町で、大好きな仲間たちと過ごす日々を、ずっと続けていきたい。
そして自分はそれを―――
「なぁ。二人は何か将来なりたいものってあるか?」
話題も一通り落ち着き、無言でなんとなく歩いていた時、ふいに紘汰がそう切り出した。
唐突といえば唐突なその質問に、友奈たちも目を丸くした。
「え?将来なりたいもの…う~ん…あんまり考えたことないかな。」
「…そっか、そうだよな。急にこんなこと言って悪いな。東郷も…東郷?」
「えっ?あ、ちょっとぼーっとしてて…ごめんなさい。私も今はこれと言って考えてないわ。」
そういってはぐらかした東郷の頭の隅を、かすめるものがあった。
将来の夢、昔、どこかで、誰かとそんなことを―――。
どうしたの?と聞いてくる鋭い親友に、慌てて何でもないと言葉を返した。
なおもいぶかし気な親友に心の中で少し謝りながら、東郷はごまかすように質問を紘汰へと投げ返す。
「そういう紘汰くんは、どうなの?」
「いや、俺も将来の夢ってわけではないんだけどさ…。」
彼にしては珍しく、奥歯にものが詰まったような言い方だ。
心情的に言いにくいというか、言葉にするのが難しいというか。
「なんというかその…―――変身したいんだ。もっと強くて、何でもできる自分に。」
「変身?」
「なんだか、子供みたいね。といっても私たちはまだ子供だけど。」
そういって微笑む東郷の視線から逃れるように、紘汰は慌てて顔をそむけた。
子供っぽい発言だとは、紘汰自身も自覚していた。思わず言ってしまったが、なんだかとても顔が熱い。今が夕暮れで本当に良かった。
しかし、そんな風に照れながらも紘汰の口からは次々と言葉がこぼれ始めていた。
どうして突然そんなことを話そうという気になったかはわからない。わからないが、なぜかこの時の紘汰には、そんな気持ちを二人に聞いてほしいと思ったのだ。
「姉ちゃんさ、父さんと母さんが死んでから、家のことなんでもするようになって。俺と樹の親代わりになんなきゃって頑張ってくれてんだ。」
少しずつ、心を形にするように言葉を紡ぐ。
そんな紘汰のたどたどしいともいえる言葉に、友奈と東郷は真剣に耳を傾けていた。
「いつも明るく振舞ってるけど、時々何か思い詰めてるような時があるんだ。俺たちには見せないようにしているみたいだけど、俺も樹も何となく気づいてる。」
「風先輩が…。」
友奈にとっても、いつだって風は頼れる先輩だ。
その先輩が思い詰めているような姿はあまり想像できないが、家族にだけわかるようなことがあるのだろうか。
「俺は確かにまだ子供だし、できることもそんなにはないけど…やっぱり男だからさ。姉ちゃんも樹も、守ってやれるようになりたい。二人だけじゃない。俺は、勇者部が好きだ。この町が好きだ。自分の好きなものを助けられる、守れるような自分になりたいって最近そう思うんだ。」
なんか変なこと言ったな、忘れてくれ。
そうやって恥ずかしそうに笑う紘汰の姿は、なるほど確かに子供なのかもしれない。
ただ、そこから変わりたいと願う彼の表情みていると、友奈は少し、胸が温かくなるような感じがした。
そして、
「なれるよ。」
思わず、といったように友奈の口から言葉が漏れた。
まともに聞いてもらえると思っていなかったのか、紘汰は呆気に取られた様子でポカンと口を開けている。
そんな紘汰がおかしくて、ほんの少しだけ笑ってしまった友奈だったが、しかし照れながらも大事な想いを語ってくれた紘汰に応えるように、もう一度自分の素直な気持ちを言葉にする。
「紘汰くんならなれるよ、きっと。私はそう思う。」
「…おう。ありがとう。なんか、友奈がそう言ってくれると、本当になれそうな気がするな。」
友奈の言葉が自分の中へと沁み込んでくるのを紘汰は感じていた。
こういう時、友奈はまっすぐな言葉をくれる。
そうするとなんだか本当に何でもできる気がするのだ。
皆に勇気を与える者。それが勇者だというのなら、結城友奈は確かに勇者だった。
見合わせた二人の顔が、自然と笑顔になる。
そして―――
「そうよ!!」
なんとなくよくなってきた雰囲気は東郷の一声で見事にぶった切られた。
固まった笑顔のまま、ぎこちなく顔を東郷に向ける。
視線の先には案の定、
「よく言ったわ紘汰君!日本男児たるもの、お家を!お国を守ることこそ本懐!それこそまさしく国防の心意気!!」
「あのー。東郷さん?」
こりゃダメだ。
今、紘汰と友奈は覚悟を決めた。
こうなってしまった以上、東郷は誰にも止められない。
「安心しなさい。私があなたを立派な日本男児にしてあげるわ!さあ、明日から特訓よ!」
「あ~はい…よろしくお願いします…。」
「ほ、ほどほどにね東郷さん…。」
大変なことになったな…。
とりあえず、明日から東郷をどうやって鎮めるかを考えながら、二人を送り届けた紘汰は帰路につくのであった。
こうやって、世界が平和だった、平和だと信じていた最後の日が終わりを迎える。
少女達を捉えた運命はゆっくりと回り始める。
これから少年が選択する道の先に、何が待っているのか。
その答えを知るものは、今はまだ誰もいない。
※2021年5月18日 修正