よさそうなら今までの奴も変更する所存です。
その日の放課後。
勇者部の部員達は二手に分かれ、里親が決まった猫たちの引き取りに向かっていた。
班の内訳としては風、紘汰、樹のチーム犬吠埼。そして友奈、東郷、夏凜のチーム二年生(紘汰除く)といった塩梅だ。
さて、こちらはチーム二年生。
引き取り様の箱を抱えた東郷の車いすを友奈が押して歩き、夏凜はスマホを片手に道案内を担当していた。
しかし、先ほどからチームを先導する夏凜の様子がどうにもおかしい。
険しい顔で画面と周囲を見比べていたかと思えば、背後の友奈達の方をちらりと見ては慌てて視線を戻してうぐぐ…と唸り声をあげている。
しばらくしてようやく自分の中で色々と折り合いをつけたらしい夏凜が、勢いよく振り向くと友奈と東郷、二人の元へとずんずん歩み寄ってきた。
「ここ、どこなのよ!?」
「えぇと、この住所だと……あっちね。」
夏凜が差し出した画面の住所を確認した東郷が、向かうべき方向を指さした。
先ほどから彼女の様子を後ろから眺めていてなんとなくわかっていたが、やっぱり道がわからなくなっていたらしい。
引き受けた以上わかりませんでは何とも極まりが悪く、それでさっきからずっと内心葛藤していたようだ。
「わ、わかってたわよ!?ただちょっと、まだこのあたりに慣れてないっていうか……。」
顔を赤らめて強がる夏凜に、友奈と東郷は顔を見合わせて微笑んだ。
こちらを見透かしたような二人の様子に何か言ってやろうと口を開きかけた夏凜だったが、結局はそのまま押し黙った。ここで何か言ったところで余計に格好悪いだけだ。
兎に角行くわよ!とごまかすように言い放ち、先ほど東郷が教えてくれた方向へと肩を少し怒らせながら歩き出した。
そんな夏凜の後ろを苦笑しながらついていっていた友奈だったが、そういえばと思い出し、前方の彼女を呼び止める。
「あ、そうだ!ちょっと二人に協力してほしいことがあるんだ。」
「いいけれど……。何をするの友奈ちゃん?」
「えへへ。樹ちゃんの為に、ちょっとしたおまじないだよ。」
「おまじないって……何よソレ。」
「えーっとね…。」
怪訝そうに首を傾げる二人の前で、ゴソゴソと自分の鞄の中身を探り始める友奈。
しばらくして友奈が鞄の中から取り出したのは、桜の模様があしらわれた便せんとペンだった。
「あのね、これに皆で―――」
「あの家のお母さん。子猫のこと考え直してくれてよかったね!」
学校へと続く帰り道、先頭を歩く樹はとても上機嫌だった。
ニコニコと笑みを浮かべる樹の後ろには、引き取り用の箱を抱えた紘汰と俯き加減で最後尾を行く風が続いている。
子猫を引き取りに行った帰りだという割には、紘汰が持つ箱の中身は空っぽだ。
なぜかといえば話は簡単。チーム犬吠埼が担当した家では、子猫を受け取ることができなかったのだ。
数時間前、チーム友奈と違って迷うことなく目的地に辿り着いた三人を迎えたのは、必死で子猫の引き渡しに反対する小さな女の子の声と、それを何とか宥めようとするその子の母親の声だった。
予想外の展開に混乱した紘汰と樹を他所に、いち早く状況を理解した風がすぐさま受取先へと連絡。了承を得た上で母親の説得を行った結果、何とかその考えを変えることに成功したのだ。
「お姉ちゃん、ありがとうね。あの猫がお母さんやあの子と一緒に暮らせるようになったのはお姉ちゃんのおかげだよ。」
「ああいうの、流石だよなぁ。姉ちゃんがいなかったらどうなってたことか……。」
「…………。」
上機嫌な下の子二人と比べ、風の表情は暗い。
思い出すのはさっきの女の子。あの子を見てからずっと、一つの思いが頭の中から離れない。
和気藹々としゃべりながら歩く二人の後ろを黙ってついてきていた風だったが、しばらくしてとうとうその足が止まった。
そして気づけば、その複雑な心の内が一つの言葉となって口から漏れ出していた。
「…ごめんね、樹。紘汰も。」
「え?」
思いがけない言葉に、樹と紘汰の足が止まる。
二人が振り向くと、風はスカートの裾を握りしめながら顔を俯けていた。
困惑する二人に、しまったと思いながらも風の口は止まらない。
一度漏れてしまったが最後、堰を切ったように次から次へと言葉があふれ出してくる。
「あの子を見ていて思ったの。大赦に樹を勇者部に入れるように言われたとき、私ももっと本気で抵抗すればよかったって。紘汰にしたって、もっと深く考えるべきだった。勇者になれなかったとしても、私たちの近くにいれば巻き込まれるかもしれないなんて、ちょっと考えればわかるはずだったのに……。」
さっき見たあの子は、子猫を生かせないために全力で抵抗していた。
それに比べて私は?
本当にこの子たちを守りたいと思うのならば、もっとすべきことがあったんじゃないか。もっと本気で抵抗すべきだったんじゃないか。それこそ泣いてでも…。
「あのなぁ姉ちゃ「違うよお姉ちゃん!!」…樹。」
紘汰の言葉を遮って響いた樹の大声に、俯いていた風がはじかれたように顔を上げた。
見上げた先、目に映ったのはいつもの控えめな様子からは想像もできないほど強い光を湛えた樹の瞳。
後悔に歪む風の顔を真正面から捉えながら、樹は自分の思いを言葉として紡ぎだす。
「私ね、思ったんだ。初めて勇者として戦ったとき、確かに最初はちょっと怖かったけど、これでようやくお姉ちゃんたちを助けてあげられるんだって。」
「樹……。」
「お姉ちゃんが勇者部に誘ってくれたおかげで、私は皆と一緒に戦える。皆を守ってあげられる。いつも守られてばかりだった私にとって、それがどれだけ嬉しかったか。だからねお姉ちゃん。お姉ちゃんは、間違ってなんかないよ。」
そう言って樹は、風に向かって優しく微笑んだ。
どこまでもまっすぐな樹の言葉が、風の心を大きく揺さぶる。
優しい妹の言葉に、このまま身を任せてしまってもいいのだろうか?
でも、それでも思ってしまうのだ。
大赦が言う最悪の事態が、もしこの子の身に降りかかってしまったら…。
内心の葛藤から黙り込んでしまった風を、尚も樹は見つめ続ける。
自分たちのことで罪悪感を抱いてしまっている姉に、自分の気持ちが伝わるようにと。
そんな樹の頭に手を置いて、今度は紘汰が前に出た。
樹がこんなに頑張ったんだから、今度は俺の番だ。
勝手に自己嫌悪に陥っている姉の勘違いを、正してやらなくては。
「樹の言う通りだぞ姉ちゃん。それになぁ、俺だけ蚊帳の外にしようとしたって無駄だぜ?たとえ勇者部に入ってなかったとしても、姉ちゃんや樹がピンチなら、どんなことがあっても俺は絶対駆けつけて助けてやるって決めてんだ。」
それは『もしも』の話であり、本当にそうすることができたのかなんて根拠どこにもない。
それでも紘汰は、自信満々にそう言い切った。
だから、ちょっとは頼ってくれよ。そんな思いを言外に込めて。
そして紘汰のその思いは、風にしっかり届いていた。
「…フ。フフフ。もう、何よそれ。」
罪悪感から暗く曇っていた風の心にはもう、晴れ間が差し込んでいる。
表情の変わった風を見て、紘汰も樹もまた、笑みを深くした。
「そう…そうよね。樹、紘汰…ありがと。」
「「どういたしまして!!」」
「むぅ…なんだか偉そうね…。二人とも、生意気だぞ。」
「そりゃあ誰かさんの弟と妹だからな!」
言ったわねこのー!うわ、やめろって姉ちゃん!
いつもの調子に戻った風が、いつものように紘汰を追いかけまわす。
やっぱり、お姉ちゃんはこうでなきゃ。
そんな二人のじゃれ合いを、樹はいつものように微笑みながら眺めていた。
それから数日、遂にこの日がやってきた。
音楽の授業の歌唱テスト。今日はその本番だ。
この日の為に皆に色々協力してもらったし、昨日もぎりぎりまで練習してきた。
大丈夫、きっと大丈夫。
音楽の教科書を握りしめながら、樹は硬い表情のまま心の中で何度もそう呟いていた。
「次、犬吠埼さん。」
「は、はい!」
遂に呼ばれた自分の名前に慌てて返事をする樹だったが、その声は焦りから少し上ずってしまった。
恥ずかしさに顔を赤らめながら足早に教室を突っ切り、黒板の前に立つ。
否が応にも高まる緊張に、樹の頬を一筋の汗が伝う。
しっかりやらなきゃと思えば思うほど体は硬直し、教室中から集まる視線に足が震え始めていた。
大丈夫、ちゃんとできる。
―――でも、みんなが私を見てる。
いっぱい練習してきたんだから。
―――それでも、失敗しちゃったら?
皆が応援してくれている。
―――だめだったら、皆になんていえばいいの?
弱音が、次から次へとあふれ出してくる。
心の深いところからやってくるそれは自らを鼓舞する声すらもかき消してしまう勢いだった。
呼吸が浅い。口が開かない。
このままじゃ…。
(やっぱり…ダメ―――!)
その時だった。
樹が握りしめている教科書から、何かが零れ落ちたのは。
「す、すいません!」
それに気づいた樹が、慌てて落ちた『何か』を拾い上げる。
手に取ったそれは丁寧に4つ折りにされた一枚の紙で、もちろん樹には見覚えがない。
いつの間に挟まっていたんだろう?
伴奏を中断させている最中ではあるのだが、それでも今は好奇心が勝っていた。
申し訳ないと思いつつも、手に持ったその紙を開く。
そこに書かれていたのは―――
“テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう! 友奈”
“周りの人はみんなカボチャ。 東郷”
“気合よ。”
“ここからはお前のステージだ!自信持っていけ!! 紘汰”
“周りの目なんて気にしない!お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから。 風”
一瞬。
樹の頭から、すべてのものが吹き飛んだ。
弱々しい虚勢も、心を苛む弱音も、すべてが何もなくなって、樹の頭の中はまっさらになっていた。
そしてまっさらになったそこに、皆の言葉が、思いが、文字を媒介にしてゆっくりとしみこんでいく。
(お姉ちゃん…皆…。)
皆の応援が書かれたその紙を掴む指を通して、暖かいものが樹の中へと流れ込んでくる。
いつも肝心なところで弱気になってしまうこんな自分でも、信じて応援してくれている人たちがいる。
自分で自分を信じられなくたって、その人たちのことは信じられる。
自分には、そんな信じられる人たちがいつもついていてくれている。
一つ一つがまるで自分を貫く矢のように感じていたクラスメイト達の視線も、今ではもう、全く気にならなくなっていた。
顔つきが変わった樹を見て優しく微笑んだ先生が、ゆっくりと伴奏を再開した。
先ほどまでは葬送曲にすら感じられていたその曲も、今はこんなにも耳に心地いい。
今ならきっと、本当に大丈夫。
そんな確信を胸に、今度こそ樹は大きく息を吸い込んだ。
うろうろうろ。カチカチカチ。トントントン
声の代わりにそんな擬音が響くのはもちろん勇者部の部室である。
放課後、終わりの挨拶が済むと同時にダッシュで部室に駆け付けたメンバーたちは、今や遅しと樹の到着を待っていた。
無限にも感じるその時間を、それぞれが落ち着かない様子で過ごしている。
紘汰は意味もなく部室の中を歩き回り、東郷はHPの更新作業をしているように見えて先ほどから更新ボタンを定期的に押す作業を繰り返していた。
友奈なんて、何を思ったのか樹が部室に置いているタロットカードに手を出して見様見真似で占いを始めている始末である。
しかしやっぱり手順は覚えていなかったようで、すべてのカードを適当に裏向きに並べ、2枚ずつめくってみては首を傾げていた。
「もう!アンタ達、ちょっとは落ち着きなさいよ!!」
そんな落ち着かない皆の様子に遂にしびれを切らしたのは夏凜である。
彼女から発せられた大喝に、全員が動きを止めてそちらに視線を向ける。
「だってよ~。やっぱ心配だろ~?あ~!樹早く来ないかなぁ!!」
「アンタがそんなこと言ってたってどうしようもないでしょ!!…それに、私が力を貸したんだから大丈夫に決まってるじゃない。」
「そんなこと言ったってさぁ~。」
にべもない夏凜の言葉に撃沈した紘汰は、友奈が先ほどから終わらない神経衰弱を繰り返している机の方へとフラフラと移動し、そのままその上へと突っ伏した。
ちなみに紘汰達を窘めた当の夏凜だって大人しく部室の隅でじっとしているように振舞ってはいたが、組んだ腕の指先とつま先はせわしなくリズムを刻んだりしていたので全く人のことは言えないのだが。
「あれ?ねぇ紘汰君。ちょっと来てくれる?」
「ん?どうした?」
そんな中、先ほどからずっとHPの画面を見つめ続けていた東郷が、何かに気づいて紘汰に声をかけた。
そのまま傍によってきた紘汰に、今見ていた画面を見せる。
「これ、猫の里親になりたいってメール。たった今一件送られてきたんだけど……。」
「えーと何々。角居……ってコレ、裕也んちじゃねーか!」
「やっぱりそう?聞き覚えのある名前だったから、もしかしたらと思ったのだけど。」
「なんだよ…ここに連絡入れなくたって、俺に直接言えばよかったのにさ。」
「まぁまぁ。きっと、紘汰君を驚かせようと思ったのよ。それで、なんだけど……。」
「あぁ、わかってるよ。説明と確認は俺に任せてくれ。…裕也んちだったら、一回帰ってからの方が近いな…。」
裕也の家なら問題はないだろうが、これも一応決まりだ。
生き物の命を預かる以上、知っておかなくてはならないことや準備しなければならないことは色々ある。
そんな色々を説明した上で改めて意思を確認するのもまた、勇者部の仕事だった。
「しっ!皆ちょっと、静かに!」
紘汰が帰った後の予定を考え始めた矢先、先ほどまで黙って部員達の様子を見守っていた風が鋭い声を上げた。
静まり返る部室の外、足音が一つ近づいてきていた。
タイミングからして樹で間違いないだろう。
皆が固唾を飲んで見守る中、足音が部室の前で止まった。
そしてそのまま、ガラリと扉が開かれる。
「「「「「樹(ちゃん)!!」」」」」
現れたのはやっぱり、樹だった。
本日の主役である樹は、扉を開けた途端目に飛び込んできた皆の剣幕に少したじろいでいる様子だ。
しかし申し訳ないが、そんなことを気遣っている余裕はない。
何せそれを聞くためにさっきからずっと、首を長くして待っていたのだから。
「「「「「どうだった!!??」」」」」
「え!?え~とぉ……。」
緊張の一瞬。
部員達の視線は一点、樹にのみ注がれていた。
固唾を飲んで見守る中、樹がゆっくりと―――
―――親指を天に向けた、握りこぶしを突き出した。
その瞬間、大歓声と共に樹は皆にもみくちゃにされていた。
次!次こそ樹海に入りますから!(たぶん…)
次回は紘汰&樹の下の子トークと久々の裕也君登場です。
ホントはそこまでやって22話すぐに戦闘だったはずなんですけどね!!
予定というのは簡単に崩れるものですね…