「じゃあ、行ってくるねお姉ちゃん。」
「あ、ちょっと待ってくれよ樹!俺も行く!」
「あんま遅くなっちゃダメよ樹。紘汰はちょっと落ち着きなさいってば。久しぶりだからって本来の目的忘れないでよね。」
あの後、今日は色々疲れただろうからということで打ち上げはまた後日にして、部活はそのまま解散の運びとなった。
犬吠埼家の面々は、紘汰が角居家へと用があるのもあって皆で素直に帰宅。残るメンバーはというと、テンションの高まりすぎた友奈にまとめて引きずられていったので、今頃どこかで寄り道を楽しんでいることだろう。嫌そうな表情を見せながらも律儀についていくあたり、夏凜もまんざらではないようだった。
帰宅後、樹はちょっと用があるからと言って外出。もともと用のあった紘汰も慌ててそれに続いた。夕食の準備などで色々と忙しい風は一人、家でお留守番だ。
7月になって随分と日も長くなり、この時間でもまだまだ外は十分に明るい。
この時期特有のじめっとした空気と、アスファルトから発せられる熱に少し顔をしかめながら、紘汰と樹は二人並んで歩いていた。
これからやろうとしていることを秘密にしておきたい樹としては、正直ちょっと紘汰にはついてきてほしくない気持ちもあったが、目的地は道の途中で完全に紘汰と逆方向になっていることがわかっていたため、結局は何も言わなかった。
久しぶりに親友に会えるのに加え樹がテストで合格した喜びもあり、隣を歩く紘汰は随分と上機嫌だ。
高まったテンションのまま捲し立てるように褒めちぎってくるものだから、樹としては嬉しいけれどやっぱりどうにもむず痒かった。
「じゃあお兄ちゃん。私こっちだから、また後でね。」
「おう!……なぁ樹、さっきお前が言ってたことなんだけどさ。」
「な、何お兄ちゃん…さっき言ってたことって…?」
「やりたいことが見つかったって話さ。アレ、歌だろ?」
「え!?」
別れ際、紘汰から発せられた思いもよらない言葉に、樹の表情が固まった。
紘汰の言うさっきとは、学校から帰ってくる時の話だ。樹はその時二人の前で確かに、『やってみたいことが見つかった』と話していた。
しかし、その具体的な内容については一言も言っていない。
それなのに……。
「な、なんで!?」
「お、やっぱりそうだったか。いやぁ、実はほとんど勘だったんだけどさ。意外と当たるもんだな。」
「勘なの!?」
「お、おう。ま、俺の勘も中々捨てたもんじゃないってこった。もしかしてこれから行くところもソレと関係あるのか?」
「う、うん。そうなんだけど…このこと、もしかしてお姉ちゃんにも……?」
「ただの俺の勘だって。わかんないけどたぶん、姉ちゃんは気づいてないと思うぜ。」
「はぁ~。…ねぇお兄ちゃん。このこと、お姉ちゃんには……。」
「秘密だろ?ちゃんとわかってるよ。でも、何でなんだ?姉ちゃん、言えばきっと応援してくれるぞ。」
「まだ、夢だってはっきり言えるようなものでもないし……。実はちょっとね、応募してみようと思ってるオーディションがあるんだ。もし、それに選ばれるようなことがあったら、その時は自分の口からお姉ちゃんに伝えようと思うの。」
「そっか。ま、お前がそう思ってんならそれでいいと思うぜ。」
樹の言葉は、それだけで見れば少し弱気なようにも感じられる。
しかし、その表情は今までとはっきり違っていた。
こんな表情を紘汰は以前何度も見たことがある。
今の樹の表情は、かつてのダンスチームの仲間たちがしていたのと同じ、夢を持ったものの表情だった。
本人はまだうまく自覚できていないようだったが、樹の中に芽生えたその思いは、今はまだ小さくても確かに夢と言えるものだった。
妹のそんな小さくも大きな変化に、紘汰は顔を綻ばせる。
「でもそうかぁ…歌かぁ……。」
「…ダメ…かな…?」
「いやいやそんなことねぇって!!前から言ってんだろ。お前は歌上手いんだから、本気でやれば絶対成功するって!!」
「…ホントにそう思う?」
「ホントホント!俺が保証する!…あ、そうだ樹。お前が歌手になるってんなら、そん時は裕也達に頼んでバックダンサーやってもらおうぜ!」
「えぇ!?」
気が早すぎることに一人で盛り上がり始めた紘汰を、樹が必死になって宥めにかかる。
放っておけばこの男、今すぐにでもセッティングを始めそうな勢いだった。というかその右手に持ってる電話はなんだ。一体どこにかけるつもりだ。
必死の説得の末、とうとう涙目になった樹を見て流石に暴走しすぎたことに気づいた紘汰は、今まさにかけようとした電話を下ろし、少しバツが悪そうに頭をかいていた。
「わ、悪い樹。ちょっと気が早かったな…。」
「もう…内緒だって言ってるのに……。」
「は、ははは…。ま、まぁせっかく樹がやりたいこと見つけたんだから、俺ももっと頑張るよ。敵はまだあと7体残ってるけど、未来の歌姫を傷物にするわけにはいかないからな。」
「お兄ちゃん……。」
「だからお前は安心してやりたいようにやってみろ。大丈夫。前にも言ったけど、お前にはアーマードライダー鎧武がついてんだからな!」
そう言って胸を張る紘汰に、ようやく樹も微笑んだ。
兄がここまで言ってくれるのなら、本当にできるような気がする。少なくとも、これから先へ進む勇気をこの時樹は確かに紘汰から貰っていた。
いつだって頑張るための力は、一番に家族から貰っている。
皆一緒なら、どんな壁だって乗り越えられるし、どんな夢だってきっと叶えていける。
だから―――
「あのねお兄ちゃん。一つだけ、お願いがあるんだけど……。」
「ん?なんだ?」
「もし、もしもね?本当に私が、そうなる事ができたら…その時はお兄ちゃんも、一回でもいいから一緒に踊ってほしいなって。」
「え?で、でも俺は……。」
「私ね。言ってなかったけど、お兄ちゃんのダンス、好きだったんだ。ステージで踊るお兄ちゃんを見て、カッコいいなっていつも思ってたの。だから……。」
―――お兄ちゃんも絶対に、無事でいてね。
そんな思いを、言外に混ぜる。
家族の為に、皆の為に、いつも無茶をしてしまう兄への、自分の願望も含めたちょっとしたおまじないだ。
私が傷ついたらお兄ちゃんは悲しむだろうけど、私だってお兄ちゃんが傷ついたら悲しい。
心配だから無茶しないでなんて、きっと言ってもちゃんと聞いてくれないだろうけど、こういう小さな約束が最後の最後でブレーキになってくれたらと、そう思う。
「……そっか。お前にそこまで言われちゃあ、張り切らないわけにはいかないな。」
「!…じゃあ。」
「あぁ、約束だ。だから樹も、簡単に諦めるんじゃねぇぞ。」
「うん!約束だよ!」
紘汰が差し出した手の小指に、樹は自分の小指を絡ませた。
静かな午後の住宅街に仲良し兄妹二人の、ゆーびきーりげんまん、という声が響いていた。
ピンポーン。
『はい。』
「あの~。讃州中学勇者部の者ですけど……。」
『お、紘汰か!よく来たな。玄関の鍵は開いてるから、入って来いよ。』
インターホンから聞こえてきた親友の言葉に従い、おじゃましま~すと声を出しながら紘汰は少し遠慮がちに扉を開けた。
玄関に入ると、奥の方から速足で近づいてくる足音が聞こえてきた。
しばらくして廊下の奥から現れたのはもちろん、空色のパーカーにアッシュグレイの髪をした、紘汰の親友の角居裕也である。
「おっす裕也!」
「おう紘汰。久しぶりだな。そんなとこに立ってないで、早く上がれよ。」
裕也の言に従って、いそいそと靴を脱いで玄関に上がる紘汰。
家の中に裕也以外の人がいる気配はないし、靴も裕也と自分の分しかない。おそらく両親はまだ出かけているのだろう。
裕也の後について二階へと上がる。
二階建ての一軒家、その二階の一室が小さいころから慣れ親しんだ、裕也の部屋である。
勝手知ったる人の家。紘汰は部屋に入ると早々、定位置である小さなテーブルの脇へと腰を下ろした。
「それにしてもお前が里親に名乗り出てくれるとはなぁ。」
「あぁ、おふくろが前々から飼いたいってずっと言ってたからな。お前の様子がわかるかと思って何気なく勇者部のHPを覗いてみたら里親募集って書いてあったから、ちょうどいいと思ってな。」
「あ、そうだ裕也!お前わざわざHPの方にメールよこしたろ?そんなことしなくても俺に直接連絡くれれば早かったのに。」
「悪い悪い。その方がお前も驚くと思ってな。その様子じゃ、効果あったみたいだな。」
「お前なぁ……。」
いたずらっぽく笑う裕也に、胡乱な表情を向ける紘汰。
そのまましばらく無言の抗議をしていた紘汰の口からプッと笑い声が漏れると、それを皮切りに二人分の笑い声が部屋の中に広がった。
「はぁ~あ。あ、そうだそうだ。本題を忘れるとこだった。ちょっと待ってくれよ今準備するから。」
「あぁ、今日は親が二人とも遅くなるから、俺が代わりに聞くよ。…しかしホントに大丈夫か?猫を引き取るときの注意事項ってなんか色々あるんだろ?お前ホントにちゃんと覚えてきてるのか?」
「う、うるせぇな!…確かに俺は覚えきれてないけど、そういう時の為にちゃあんと準備はしてあるんだよ。ホラこれ。」
そう言って紘汰が取り出したのは、A4用紙で作成された小冊子。
タイトルは『あなたもなれる里親の心得 改訂版』だ。
この冊子。説明用資料として東郷が作成したものだが、依頼を受けて彼女が持ってきた原本はなんと電話帳ぐらいの厚みがあった。
持ってきた本人はやり切ったいい笑顔をしていたものの、流石にこれはいかんと部員総出で内容を取捨選択し、何とかこのサイズにまとめたのがこの『改訂版』である。
「ほぉ~。結構しっかりしてるじゃないか。」
「ま、うちの部員にはこういうの得意なヤツがいるからな。じゃ、始めるぞ…。ゴホンッ…え~ではまず最初ですが……。」
「紘汰、似合ってないぞ。」
「こ、こういうのは形が大事なんだよ!いいから大人しく聞けって!え~と、では改めて―――」
「へぇ~。あの樹ちゃんがねぇ。あの子、いつもお前かお前の姉さんの後ろに引っ付いてるって印象だったけど…。人は変われば変わるもんだな。」
「だろ?いやぁ~妹ってのはいつの間にか成長してるもんなんだなぁって俺も…。あ、お前コレ誰にも言うなよ。お前だから話したんだからな。」
「オイなんかオヤジ臭いぞお前…。ちゃんとわかってるよ。今の話はとりあえず俺の中だけにとどめておく。」
一通り説明が終わり、話はそのまま雑談へと移行していた。
あの公園で再開して数か月、お互い忙しくて中々会う機会がなかったこともあり、お互いの近況報告に花が咲いていた。
今の話題は樹の将来の夢の話。…この男、早速ばらしているのである。
「なんにせよ、中々面白そうな話じゃないか。もちろん俺はオッケーだし、チームの皆も喜んでやると思うぞ。それに、そうなったらお前とまた一緒にやれるんだろ?」
「う…まぁまだまだ先の話だし、勝手に抜けたやつが今更こんなこと言うのもなんだから皆がいいって言ってくれるならだけど……。」
「何言ってんだ。前も言っただろ?たとえ一時的だけだったとしても、俺たち皆お前と一緒にまた踊りたいんだからさ。」
「裕也…ありがとうな。」
ホッと息を吐く親友の姿を裕也は苦笑しながら眺めていた。
どうにもこいつは、自分が周りからどれだけ慕われているのかあまりわかっていないらしい。
慕われているといえば、そういえば―――
「そうだ紘汰。今思い出したけど俺、お前宛に預かっているものがあるんだ。」
「俺宛に?」
「ちょっと待ってろ。え~と…お、あった。これだよこれ。ほら。」
そう言って裕也が取り出したのは、上品な刺繍の入った藤色の小さな巾着袋だった。
手渡されたそれの口ひもに指をかけ、空中にぶら下げながら外観を観察する。
しかしやはりというかそこには、名前などは特に書かれていない。
しかしこの重み、どことなく覚えがあるような……。
「これ、どうしたんだよ。」
「ちょっと前のイベントの時にな。休憩時間に突然渡されたんだよ。お前に渡してくれってな。」
「なんだそりゃ。どんな奴だったんだ?」
「いや、俺も初めて見る女の子でな。年はたぶん俺たちとおんなじぐらいだ。松葉杖をついてたからどっか怪我してるんだと思うんだが…色々聞く前にさっさとどっかに行っちまったんだよ。俺たちもすぐに本番だったから、追いかけられなかったんだけど……。大方、お前に危ないところを助けられたファンとかなんじゃないのか?」
「いや、そんな…心当たりはねぇけど……。」
記憶を掘り返してみても、思い当たることはない。
そもそも、今の紘汰の生活圏と裕也達の活動範囲では結構離れているし、そんな中わざわざ紘汰へ宛てた荷物を裕也に渡す意味も分からない。
怪訝に思いながらも、裕也からの開けてみろよとの催促に従い、口ひもを緩め中を覗き込む。
そこに入っていたのは―――
「おい紘汰。どうしたんだ急に固まって。中に何が入ってたんだ?」
「なぁ裕也。そいつ、他に何か言ってなかったか?」
「他にって…。そうだな…あぁ、そういえばなんか言ってたな確か…『満開はしちゃダメだ』とかなんとか…お前、何のことかわかるか?…オイ紘汰?どうしたんだホントに。」
「悪い裕也。俺、ちょっと用事思い出した。今日はこれで帰るよ。」
「え?あ、あぁそうか?また随分急だな。」
「ホントにすまねぇ!また今度な!」
「あ、あぁ。またな紘汰。」
突然のことで困惑する裕也をそのままに、紘汰は彼の家を飛び出した。
そのまま家に向かって、全速力でひた走る。
何かはわからない、しかし、どうにも胸騒ぎがする。
先ほど裕也から受け取った袋。その中に手を突っ込み、中のものを取り出した。
紘汰が取り出したモノ。手に握られたソレは、まぎれもなく―――
(ロックシード…!!)
中央に果実をあしらった、重厚な錠前。
しかし、紘汰が持っているものとは決定的に何かが違う。
はっきりとは言えないがしかし、手に持ったそれは見ているだけでわかるほどの力と存在感を放っていた。
基本的な形状は、確かに紘汰の持つものと大差はない。
しかし、その材質が大きく違う。
素材についてなんて紘汰が詳しく知るはずもないがしかし、それでも紘汰が持つロックシードは何らかの金属で作られているのだけはわかる。
しかし、これはどうだ。
見た目から全く何でできているか想像がつかない。まるで、エネルギーだとかそう言った形のないものを無理やり個体にしたような……。
(誰かわからねぇけどとにかく、そいつがこっち側だってことは間違いない。今はとりあえず帰って姉ちゃんに……姉ちゃんなら、
ペースを上げようと、得体のしれないロックシードから視線を切った先、紘汰の目に飛び込んだのは―――空中ですべての動きを制止した鴉の姿。
それが何の印であるか、紘汰の脳が理解するその寸前、紘汰のポケットから大音量のアラーム音が鳴り響いた。
「来やがったか!!!」
樹海が世界を覆っていく。
運命の戦いが今、幕を開けようとしていた。
少女達を捉えた運命のレールは、定められた道筋を外れることを容易には許さない。
それを変える資格を持つ者。
それを人は―――
物語の分岐点となるバトル。その直前に紘汰さんの元へと転がり込んできたものとは果たして!?(バレバレ)
そしてお知らせ。
【悲報】スイカアームズ出番見送り【悲報】
スイカアームズファンの皆様。まことに申し訳ありません。
ただ、どうしてもスイカアームズを出すのにちょうどいいタイミングがないというかなんというか…。
無理やり出そうとするとどうにもただの噛ませフォームになってしまうという。
ただ、完全にクビというわけではもちろんなく、3部にならば登場させられる算段はつけれるのでそこまでお待ちいただければ…。
では、次回総力戦。
またしばらくお待ちください。