とうとう戦闘回完結です。
最後にもう一度ギュッと親友の手を握り、友奈は紘汰の居る舳先へと向かった。
もういいのか?と紘汰が無言で見つめると、友奈は微笑みながら頷いて目の前の敵へと向き直った。親友の想いを背負った友奈は紘汰の目に普段よりも大きく映った。頼もしい相棒の姿に、仮面の下の紘汰の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。
「友奈。先ずは俺が先に突っ込むから、お前は俺の背中に捕まってついてきてくれ。」
「え?でも…。」
「たぶん、俺もそろそろ限界だ。最後まで力を振り絞るつもりだけど、それであいつを倒せるかどうかは正直わからない。結局最後はお前に頼ることになると思う。だから、お前はぎりぎりまで力を温存しといてくれ。」
「紘汰くん…。うん、わかった。」
了承してくれた友奈の一歩前へと進み出た。
未だ敵は沈黙したままだが、いつまでもそうだとは限らない。紘汰はカッティングブレードを一度、強く倒し込んだ。
『ソイヤッ!』
『オレンジスカッシュ!』
『ジンバーメロンスカッシュ!』
勇ましい音声と共に、二つのロックシードからオレンジと翠の光があふれ出した。あふれた光は混ざり合いながら、紘汰の周囲へ立ち上り、やがて手に持つソニックアローへと集っていく。そして紘汰は弦を引き、その光を解き放った。
光は矢となって御霊に向かって飛んでいく。しかしそれ自体は攻撃ではない。光の矢が通過した道筋に、オレンジとメロンの断面を模したエネルギーが幾重にも重なって現れた。紘汰の元から一直線に伸びるそれは、敵へとつながる一本道。
「さあ!行こうか友奈!」
「うん!行こう紘汰くん!」
肩を掴んだ友奈と共に、紘汰は空へと飛び出した。
空中で態勢を変え、右足を先端に形成された一本道へと飛び込んでいく。
「セイ、ハアァーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
エネルギーの膜を一枚通過するたびに、力と速度が生まれ続ける。
御霊が、時間をおいてようやく生成したブロックを紘汰へ向かって射出した。しかし、今更その程度の攻撃に今の紘汰が止められるわけもなく、最初から何もなかったかのように触れた傍から消滅していく。
紘汰の体は際限など無いように加速を続け、それ自体が一本の矢となって御霊の元へと突き進んでく。そして最後の膜を突き抜けた時、遂に紘汰の右足が御霊本体に突き刺さった。
紘汰のキックが激しい衝突音と共に御霊の表面を砕き、そのまま突き進む―――かに思われた。
(お、せねぇ…!!)
勢いは、御霊の表面を大きく砕いたところで止まってしまった。
体中を包み込んでいた光が、急速にその輝きを失っていく。どんなに力を籠めようとしても、その意思に反して体からは力が失われていく一方だった。
これまで本人の並外れたスタミナで何とか持たせてきたものが、遂に限界を迎えようとしているのだ。
(まだだ、もう少し…もう少しなんだ!最後まで…俺が!!)
友奈に伝えた最後を任せるという作戦は確かに本当の事でもあったが、それは紘汰の本心ではない。紘汰は最初から、最後まで自分で片を付けるつもりだったのだ。
意地というのも勿論ある。が、それだけではない。樹のあの姿を見てから紘汰の心の中で生まれたとても小さな何かが徐々に大きくなり、それが今紘汰に訴えかけているのだ。
紘汰がやらなきゃいけない、と。
何故そうしなきゃいけないのかなんてわからない。そんなうまく言葉にできない感覚に従い、紘汰は尚も力を籠めようとする。しかしそれでも徐々に失われていく光が、紘汰の心を焦らせていた。
その時だ。
自分の肩を叩く感触を感じ、紘汰は顔だけで振り返った。
振り向いた先にあったのは、優しい目でこちらを見つめる友奈の姿。
「紘汰くん。もう、大丈夫だよ。」
「な、何言ってんだよ友奈。俺はまだまだ……!」
「ありがとう紘汰くん。いつも守ってくれて。でも、私は大丈夫だから。だから、信じて。」
「友…奈…。」
友奈の言葉に、紘汰の体が停止した。その言葉は、さっき自分が姉に対して使った言葉だ。ここでそれを言われてしまっては、何も言えなくなってしまう。
力を失った体が、御霊から離れようとしていた。そんな紘汰の姿をいつの間にか背中から離れていた友奈が、苦笑しながら見守っている。
「ごめん、友奈…。後は…頼…んだ…。」
「うん、任せて。紘汰くんは、ゆっくり休んでてね。」
頼もしい友奈の言葉は、いつも人を安心させる。
今まで自分の体を突き動かしていた強迫観念が薄れていくのを感じ、紘汰は今度こそ自分の意志で体から力を抜いた。
胸の前でグッと拳を握りしめた友奈に弱々しいサムズアップで応えた紘汰の体は、今度こそゆっくりと御霊から離れていった。
離れていく紘汰を見送って、改めて気合を入れなおした。
あそこであの言葉を選んだのは、流石にちょっとズルかったかもしれない。でも、いつも無茶して突っ走ってしまう男の子を止めるには、ちょっとズルいぐらいがちょうどいいのだと、そう思う。
背中に捕まって見ていた紘汰くんの背中はとても大きくて、そして思ったよりも小さかった。皆の想いを全部背負って進んでいける、進んでいってしまう物語のヒーローみたいな人だけど、やっぱり私と同じ、中学生の子供の背中だった。
男の子である彼にとって、私や勇者部の皆は守らなきゃいけない存在なのかもしれないけど、守られるだけの関係を私は望んではいない。それよりも、彼の荷物を一緒に背負って並んで歩いていける関係になりたいんだ。
だからまずは、紘汰くんが任せてくれたことをしっかりやり遂げなきゃ。なんせ私は、ヒーローと共に並び立つ、勇者にならなきゃいけないんだから。
決意新たに、友奈は御霊へと向き直る。紘汰が砕いた部分はほんの少しずつだったが端から修復され始めていた。
時間はない。このままでは、紘汰の頑張りが無駄になってしまう。
―――そんなことは絶対にさせない。
「皆の想いを…無駄になんかさせない。だから―――満、開!!!!」
友奈の決意に応えるように、桜色の光が友奈の体を包み込む。
勇者服は大きく姿を変え、体の両側に新たな武器が現れた。
現れたそれは、皆の幸せを脅かす困難を真正面から打ち破るための、一対の巨大な拳。
「そおぉぉぉこだああぁぁぁあ!!」
紘汰が砕いたそこに、巨大な拳を叩きつける。
一撃ごとに損傷は拡大し、友奈は奥へ奥へと進み始めた。
しかし最後の御霊はやはりただでは終わらない。差し迫った危機に対して、先ほどまで緩やかだった修復能力を一気に活性化させたのだ。
空間全体が友奈を押しつぶそうとする。全身に加わるとてつもない圧力に、友奈は苦悶の表情を浮かべた。
友奈の頭には勇者部皆の顔が浮かんでいた。今、この背中には皆が預けてくれた想いが乗っている。こんなところで諦めるわけにはいかない!
「勇者部、五箇条!ひとぉぉーーーつ!なるべく!!諦めない!!!」
全身の力を総動員し、押しつぶそうとする圧力を跳ねのける。その影響から修復力が一時的に硬直した隙に、一気呵成に更に奥へと突き進む。
さっき始まったばかりのはずなのに、もう随分長いことこうしている気がする。今自分がどれだけ進んできたのかなんて、気にしている余裕はとっくになくなっていた。
入り口は完全にふさがれたらしく、わずかに差し込んでいた光が途切れて周囲は真っ暗闇だった。忍び寄ってくる不安を押しのけるように、友奈はお腹の底から大きく声を張り上げた。
「更に、五箇条!もうひとぉぉーーーつ!なせば大抵!!なんとかなる!!!」
暗闇の中をひたすら進む。方向感覚はもうとっくになくなって、自分が今どこに向かっているのかわからない。でも友奈はたった一つ、信じ続けて拳を振るう。諦めなければ、この拳はきっと届いてくれる。
「まだまだあぁぁぁぁぁああああ!!!―――ってアレ?」
ボコン、と。
何かが抜ける音と共に、打ち付けた拳の感触が急に変化した。これまでひたすら硬く、重かった感触が嘘のように軽くなったのだ。
最後に殴りつけた場所のその奥。そこには広大な空間が広がっていた。
「うわわわわわっ!!あいたっ!!」
突如軽くなった感触のせいで、勢いを殺せずつんのめった友奈の体はその空間の中に放り出された。急なことで受け身が取れず、その空間の床面に顔から落ちてしまった友奈は、打ち付けた額をさすりながら立ち上がった。
「ここ…は…?」
友奈が落ちたそこは、直方体に切り取られたような真っ白な空間だった。照明などもちろんなく、自然光も差し込まない場所であるにもかかわらずなぜか中がはっきりと見渡せる。
状況から言って御霊の中心部であるとは思うが、中がこんな風になっていたなんて今まで全く知らなかった。
そして何よりも、友奈の目を大きく引くものがその中心に鎮座していた。
「アレが…御霊の中心…?」
そこにあったのは、中心部から光を放つ植物の蔦の塊だった。
空間内のあらゆるところから伸びている蔦につながって、空間の丁度中心に浮いている。
すぐ近くの蔦、そこに生えている葉は、今まで全く見たことのない形をしていた。そしてなぜかとても嫌な感じがする。
ほんの少しの間茫然とそれを見ていた友奈だったが、突如始まった揺れが友奈の意識を現実へと無理やり引き戻した。
戦いはまだ終わっていない。地上では今も皆が封印を続けてくれていて、悠長にしている時間はない。
兎に角あの中心の塊を砕けば終わらせることができる。
そう思って一歩踏み出した友奈の体を、何かが弾き飛ばした。
突如襲ってきた衝撃に、思わず友奈はその衝撃を受けた腹部を抑える。痛みはない。精霊の加護が働いたようだ。
心を落ち着かせながら、友奈はさっきまで自分がいたところへと視線を向けた。植物以外何もなかったはずのそこには、白い石柱が突き出していた。
友奈が自分を襲ったものの正体を認識した瞬間、空間内の揺れが一層激しくなった。それと共に、床、壁、天井のいたるところが盛り上がり始める。
恐らくこれが最終防衛ライン。一筋の冷や汗が顔を伝う中、友奈は再度拳を握りしめた。
友奈が駆けだすのと、石柱が一斉に襲い掛かってくるのはほぼ同じタイミングだった。
あらゆる場所、あらゆる方向から襲い来る石柱が、友奈の接近を拒み続ける。
しかし、避けきれず弾き飛ばされても、押しつぶされそうになっても、友奈の心は折れることは決してない。皆と交わした約束が、友奈の心を支え続けているからだ。
石柱により、空間自体が埋まってきた。このままだといずれあの中心核への道も閉ざされてしまうだろう。これが最後のチャンスだと定めた友奈は大きく息を吸い込むと、再度中心に向かって駆けだした。
左右から伸びてきたものを両の拳で砕き、頭上から来たものは体を捻って躱す。そして足元から突き出したものを踏み越えて、中心へとひた走る。
何度もやられてだいたいコツはつかめてきた。今度こそきっといける。
そして進行方向を塞ぐようにせり出した今までで一番巨大な石柱を打ち砕いた時、とうとう中心核への道が開かれた。
最後の攻撃の為に踏み切った友奈に向かって石柱が伸び、いくつかが体をかすめていった。しかし、そんなものは今の友奈には全く気にならない。友奈の視界からは余分なものが一切消え、標的だけが映っている。そして―――
「満っ開!勇者ぁ!!パアァーーーーーーーーーーーーーーーンチ!!!」
皆の想いを乗せた友奈の拳が、中心核を打ち砕いた。
「やったんだな…流石、友奈だ。」
巨大な御霊が崩壊していくのを、紘汰は宇宙空間に揺蕩いながら眺めていた。
できればすぐにでも友奈の無事を確かめに行きたかったが、無茶を重ねすぎた体はしばらくまともに動かせそうにない。
でもきっと、たぶん大丈夫だ。
だって結城友奈は、勇者なのだから。
上手く働かない頭で、さて、どうやって皆のところに行こうかなんてことを考えていた紘汰の体を何かが掬い上げた。
予想外の感覚に驚き目線を下に向けるとそこには、フロントカウルの部分にタンポポの装飾があしらわれた、タイヤの無いスクーターとでも表せばいいのか、とにかく見たことも無い乗り物がいつの間にか浮かんでいた。
呆気にとられた紘汰を乗せたまま、その乗り物が地上に向かって移動を開始する。なんだかよくわからないけど、帰りの心配はしなくてもよさそうだな、なんて呑気なことを考えながら紘汰は意識を手放した。
御霊が塵と消えた後、大気圏外から落ちてきた大きな朝顔の蕾を、残る力を振り絞った樹が受け止めた。
ワイヤーを何十にも重ねて勢いを少しずつ弱めていき、軟着陸させることに成功した樹はそこで限界を迎え、糸が切れるように倒れてしまった。
最後まで頑張った自慢の妹を風が優しく受け止め、夏凜が落ちてきたそれを迎えに行く。開いた蕾の中で眠る友奈と東郷の姿に安堵の表情を浮かべた夏凜の顔が、すぐさま焦りへと変わる。
だがしかし、そんな焦りもすぐさま杞憂に終わった。
大きな噴射音を響かせながら現れた謎の乗り物が、その背中に変身の解けた紘汰を乗せてきていたからだ。
突然現れたその不審な乗り物は車体を大きく傾けて紘汰を乱暴に振り下ろすと、各部から煙を上げながらフラフラとどこかへ飛んで行ってしまった。
落下の衝撃で紘汰が目覚め、騒がしい音で他の皆が目を覚ますとそれと同時に樹海が消え、元の景色の中へと六人は帰ってきた。
誰もがもう限界で、夏凜以外まともに立てるものなどいなかったが、一人も欠けることなくこの場所へと帰ってくることができた。寄り添い合って倒れる皆の顔も、色濃い疲労は見て取れるがそれ以上に満足気だった。
そんな仲間たちの表情を目に涙を浮かべながら万感の思いで眺めていた夏凜のポケットが小さく震える。戦闘を感知した大赦が連絡をかけてきたのだ。
夏凜は通話ボタンを押し、端末を耳に当てると今までで一番誇らしい気持ちで大きく息を吸い込んだ。
「対バーテックス戦闘終了。負傷者多数。大至急医療班の派遣をお願いします。それと―――今回の戦闘で全十二体のバーテックスを全て殲滅しました!私たち…讃州中学勇者部一同が!!」
高らかに告げた夏凜の顔には、晴れ渡るような笑顔が浮かんでいた。
―――パソコンのモニタから出る光だけが、淡く周囲を照らし出す部屋の中。
戦極凌馬は何の感情も読み取れない表情のまま、じっと画面に映し出される映像を眺めていた。
いつも通り整理整頓とは無縁な机の上には強引にわずかなスペースが確保されており、その上にはコードにつながれた物体が置かれている。
机の上に置かれたソレは、タンポポの装飾があしらわれた錠前。所々が破損して内部の構造が露出し、もはやそのままでは使い物にならないような状態だったが、幸いにして中に保存されていたデータはしっかりと生き残っていた。
戦極が見続けているのは、その中に保存されていた映像データ。今日の夕刻、発生したバーテックスとの戦闘映像だった。
倍速で流れる映像を無感情で見続けていた戦極の眉が、わずかに動く。画面の中に映し出されていたのは、メロンエナジーロックシードで新たな姿に変身した紘汰の姿だった。
映像を通常速度に戻し、しばらくジンバーメロンの戦闘を見ていた戦極だったが、やがて興味を失ったのか映像を倍速に戻し、元の無表情に戻る。
一通り映像を見終えた後、今度は逆再生を開始した戦極は、その映像をとある場所で停止させた。停止させた場所は獅子型バーテックスが合体する僅かばかり前の、勇者達が牡牛型に苦しめられていた丁度その時だ。
映像は誰もが目の前の牡牛型で手一杯だったその時の獅子型の様子を映し出していた。
遠目の映像を、拡大する。拡大して荒くなった画像を、コンピュータが自動処理をかけて鮮明な映像へと修正した。
拡大、修正。
拡大、修正。
何度かの同じ工程を繰り返した後、映し出された画像に戦極の反応が劇的に変化する。
獅子型の中心部。そこには縦に割けたかの様な小さな空孔が開いている。そして真っ暗な穴のその中心には、獅子型に取り込まれる寸前の、
齧り付くように身を乗り出した戦極が、少しずつ映像を戻していく。遠目に撮影した映像は、しっかりとその果実がやってきた軌跡を捉えていた。
興奮でわずかに震える手で、マウスのボタンを何度もクリックする。そして遂に戦極は、望む場面へとたどり着く。
勢いよく立ち上がった衝撃で今まで座っていたパイプ椅子が倒れ、戦極以外誰もいない部屋の中に大きな音を響かせた。しかし、戦極はそんなことは一切意に介さず、大きく体を震わせると、凄絶な笑みを浮かべながらモニタも消さずに足早にどこかへと去って行った。
足音が遠ざかる中、残されたモニタに映し出されていたのは―――空間を開くファスナーと、そこから突き出した緑の異形の腕だった。
よ、ようやく終わった…。
皆の力を結集し、何とか十二体すべてを撃破。
喜びに包まれる中、最後に不穏な影が…。
と、そんな影を残したまま、ここからしばらく日常回になります。
1章最後の展開に向け、結束を深めた勇者部部員たちの交流をしっかりとやっていく所存です。
ではまたしばらく、お待ちください。