まぁとにかく非戦闘回ということで。
しょりしょりしょり。
清潔感漂う部屋の中、そんな音だけが響いていた。
部屋の面積の多くを占めるベッドの横に腰を掛け、その音を立てながらリンゴの皮を向いているのは風だった。
手慣れた手つきで作業を行う彼女の表情はわざとらしいほどの無表情であり、なんだか話しかけ難い雰囲気を纏っている。
ここは市内にある羽波病院の一室。
勇者部一同は検査のためここにきて、それぞれが一通りの検査を終えた後、この病室に集まっていた。
物々しいともいえる部長の様子に、向かい側に座る友奈はどうしたものかと曖昧な笑みを浮かべていた。
個別で受けていた検査が終了した友奈がここに来た頃には既にこんな空気は形成されており、友奈の後で東郷や樹がきて全員がそろった後もなんとなく口を開きづらく、病室内はずっと沈黙に支配されている。
「い、いやぁ――――」
そんな空気の中、ベッドの上の人物が絞り出すように口を開いた。
その声に風の眉がピクリと動き、余分な力が加わったせいか今まで上手く一本でつながっていたリンゴの皮が途切れ、皿の上にポトリと落ちる。
そんな風の様子にビビりながらも、ちょっとでも場を和ませようとできる限り明るい声を意識して言葉を続けるのは…
「―――まさか、折れてるとは……ははは…はは…は…。」
アーマードライダー鎧武こと、犬吠埼紘汰。
至る所に包帯が巻かれた状態でベッドに横たわっているその姿は、誰がどう見ても見事なまでに重症だった。
「ホンットにもう!あんたってやつは…!!無鉄砲!考え無し!!このっ…紘汰!!」
「最後のは悪口なの…?」
呑気な言葉をのたまう紘汰に堪えていたものが決壊した風が怒涛のように言い募る。
冷静さを欠いて一見罵倒になっていないような言葉に、夏凜が律儀に突っ込みを入れていた。
「わ、悪かったって。いや、でもホントに気づいてなかったんだよ!あの時はとにかく夢中で…「口答えしないの!」モゴッ!?」
その剣幕にたじろぎながらも言い訳をしようとする紘汰の口は、無理やり捻じ込まれたリンゴによって塞がれた。
紘汰が誰の為にそうしたのかなんてことは、勿論風にだってわかっている。無茶していると知りながらも、最後に信じることを決めたのも風自身だ。
そして風が信じた紘汰達は、信じた通りちゃんと三人で帰ってきた。
しかし、戦いが終わり病院に運び込まれた紘汰の状態はとてもじゃないが無事とはかけ離れていた。
至る所に負った軽度の火傷に擦り傷、打ち身etc…そして極めつけは肋骨の骨折である。
骨折は恐らくタイミング的にあの新しいロックシードを使う前。つまり紘汰は骨の折れた状態でずっと、あれだけの大立ち回りを演じていたということだ。
幸い命に別状はなく、本人もこうやってベッドの上でピンピンしているが、それでも一番の重症だということに変わりない。
「……いくら信じるって言ったって、心配しないわけじゃないんだからね。家族なんだから当然でしょ?あんたがどんだけ大丈夫だって言っても、あんたが怪我したら私はいつだって死ぬほど不安になるんだから。あんたの性格は十分わかってるけど、せめてそれだけはちゃんと覚えておくこと。いいわね紘汰。」
「姉ちゃん……ごめんな。そんで、ありがとう。」
紘汰からの返答に、風は困ったように笑ったがそれ以上何も言うことはなかった。
こんな時、“もうしない”と言えないこの弟の性格は、さっき言った通り十分にわかっている。最初に言ったごめんの中にそれについても含まれていたことにも、風は勿論気づいていた。
これから先も紘汰が無茶をやめることはないだろう。つまり風の心配は、これから先もずっと続いていくということだ。
それを考えると頭が痛くなってくるがそれはもう仕方ない。きっとそれは姉としての大事な仕事の一つなのだから。
なんとなく見透かされているのを感じ、居心地が悪くなった紘汰は逃げるように風から目をそらした。
こっちの考えていることなんて、偉大な姉にはしっかりとお見通しなんだろう。やっぱりいつまでたってもかないそうにない。
風から視線をそらした先で、風の隣でこちらを心配そうに見つめる樹と目が合った。
どうやら姉だけではなく、この妹にも随分と心配をかけていたようだ。
全方位に心配をかける自分の情けなさに苦笑しながら手招きし、トコトコと素直に寄ってきた妹の頭に手を乗せる。
「お前にも心配かけたな樹。お前も今日検査だったんだろ?大丈夫だったのか?」
「………。」
頭の上に置かれた手にくすぐったそうにしていた樹は、紘汰の質問に微笑みながら頷いた。
しかし、一言も発さない樹の様子に紘汰と風は首を傾げる。
「…?どうしたんだ樹、お前…。」
「樹ちゃん声が出ないみたいなの。勇者システムの長時間使用による疲労が原因で。お医者さんはすぐに治るだろうって。」
「そう…なのか。」
東郷の説明に困惑しながら、紘汰は風と顔を見合わせた。
見れば風も自分と同じような表情で首を左右に振っている。風自身にも心当たりはないようだ。
「ま、樹はもともと体力ある方じゃないし、昨日は何せ一気に七体も相手にしたんだから、そりゃあ疲れもたまるってもんよ。それに樹は満開まで使ったんだし…」
「…『満、開』?」
風が零したワードに、今まですっかり忘れていた記憶が叩き起こされた。
満開。
それは、昨日の戦いが始まる前に裕也の口から聞いた言葉だ。
あまりにも戦いが激しすぎて今の今まですっぽりと頭から抜け落ちていた。
「満開って…なんだよ姉ちゃん。そんなの樹がいつ使ったんだ?」
「あれ?そういえば紘汰には言ってなかったっけ?満開ってのはね、勇者システムの機能の一部でまぁざっくりいうとパワーアップ機能よ。あんたも昨日、樹の姿がもう一回変わったの見たでしょ?」
「それって…大丈夫なのか?なんか危ないことがあったりとか……。」
「?別にそんなことはないはずだけど。でもやっぱり、あれだけ強い力だから普通よりも疲れるのは確かなんでしょうね。」
―――満開は使うな―――
裕也にあのロックシードを渡した人物は、去り際にそう告げたらしい。
それが一体、何を意味するのだろうか。
「えっと…。でもすぐ治るなら大丈夫だよね!お医者さんもそう言ってるんだし!」
「そっか…そう、だよな。」
友奈の明るい言葉に幾分か気持ちが軽くなった紘汰は、一先ず口を噤んだ。
まだどこか腑に落ちていない気持ちの悪さは残っていたが、友奈の言った通り、自分よりもよっぽど人の体についてよく知っている人達が大丈夫だといっているのだ。ただなんとなくだけで心配していたって仕方ないことだろう。
「それよりも、私たちバーテックスを全部やっつけたんだから、お祝いしようよ!…と、言うわけで…じゃーん!!」
「ほほぅ。中々準備がいいわね友奈。コレ、どうしたの?」
「さっき病院の売店で買ってきたんです!紘汰くんまだこんなだし、あんまり大きくやれないけど、とりあえず第一弾ってことで!」
そういって嬉しそうにビニール袋を取り出した友奈が、病室に備え付けられていた机にその中身を広げていく。
中身はいろんな種類のお菓子やジュース。あんまり大きく…とはいいつつも、結構な量だ。
「第一弾ってアンタねぇ。一体何回やるつもりなのよ。」
「いいじゃない三好さん。こういうのは、何回やっても楽しいものよ?」
「そうだぜ夏凜。堅苦しいことは言いっこなしだ。」
「そ、そりゃあ…そうかもしれないけど…。」
呆れた様子の夏凜だったが、東郷と紘汰の波状攻撃を前にあっさりと白旗を上げた。
やっぱりどうにも慣れていないせいでそういう言葉が出てしまっただけであって、夏凜自身もうこういう事が楽しいと思えるようになっているのだ。
「そーそー。じゃ、夏凜ちゃんも納得したところで風先輩。よろしくお願いします!」
「えぇ!?えぇーっと。じゃあ…皆、よくやった!本当に、お疲れ様。勇者部大勝利を祝って、乾杯!!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
部長の合図を皮切りに、ささやかな祝勝会が始まった。
困難を乗り越えた後のご褒美は格別で、誰もが笑顔を浮かべながらとりとめのない話に花を咲かせている。
その喧噪の中で唯一、友奈だけは内心の動揺を悟られないようにと必死で笑顔を作っていた。
大好きなジュースも、それにお菓子も。
何をどれだけを口に入れても―――味が全く感じられなかった。
「……暇だぁ~~~!!!」
あれから数日後、紘汰は病室のベッドで一人、そんな声をあげていた。
今は平日の真昼間。
普通ならば学校がある時間帯である。
風や樹をはじめとした勇者部部員達や他の学校の友人に裕也達等々、一日と置かずに様子を見に来てくれるものの流石にこの時間に来られる人は一人もいない。
紘汰のほかには唯一東郷だけが検査入院ということでまだ同じ病院内にいるものの、足の不自由な東郷はそんなに頻繁に出歩けるわけでもなく、紘汰自身も安静を厳命されているため基本的にこの病室からは動けない。
本人的にはもうすでにあまり痛みもなく、大げさじゃないかなんてことを思っているが、もし勝手に出歩いてそれがまかり間違って風の耳にでも入ろうものなら一体どんな目に合うかわかったものじゃない。
実際何度か検討はしてみたものの、そのたびに浮かんでくる般若のような姉の形相にそんな気持ちもすぐにしぼんでしまうのだった。
と、そんなわけで紘汰は今非常に暇を持て余していた。
トントントン。
そんな紘汰の病室に、ノックの音が転がり込んだ。
まさか誰かが来るとは思ってもいなかった紘汰は、驚いて危うくベッドから転げ落ちそうになりつつも一体誰だと首を傾げる。
担当の医者や看護師の誰かが様子を見に来たのかとも思ったが、明らかにいつもとは違う時間帯だし、それ以前に定期の検診は少し前に終わっている。
まぁなんにしても丁度暇で死にそうだったところだし、それが少しでも紛らわせられるならば何にしたって歓迎だ。
そう思った紘汰が身を起こし、ノックされた扉に向かって声をかけた。
紘汰からの返事を受け、開かれた扉から入ってきたのは…
「やぁ犬吠埼紘汰君。随分手ひどくやられたそうじゃないか。でもまぁ、その割には随分元気そうみたいだね。」
「げっ。」
ヨレヨレの白衣に胡散臭い笑みを浮かべた、戦極凌馬だった。
病室に入ってきた戦極は、顔を見るなり露骨に顔を顰めた紘汰を気にも留めず、やけに上機嫌な様子でベッドの横へと腰掛けた。
「あ、あんたどうして…?」
「どうしてって、お見舞いに決まってるじゃないか。ほら、これはつまらないものだが。」
「お、おう…。ありが…とう?」
「なんだいその顔は。そりゃあ私だって一般的な常識ぐらいは持ち合わせているさ。勿論おかしなものは入っていないから、友人と一緒に食べるといい。」
意外過ぎる来客に困惑しっぱなしの紘汰は手渡された果物の詰め合わせをとりあえずわき机に置いた。
念のためちらっと中を除いたが、当たり前といえば当たり前だがあの赤い果実の姿はない。
一応、いたって普通の見舞いの品の様だった。
「ま、はっきり言って目的は別だけどね。犬吠埼紘汰君、バーテックス十二体殲滅おめでとう。大赦に所属する大人として、まずはありがとうと言わせてもらうよ。」
「あ、あぁ。」
そういって素直に頭を下げる戦極の姿に、紘汰は先ほどから戸惑いっぱなしだ。
いつもの感じとギャップがありすぎて、どうにも調子がくるってしまう。
「あ、そういえば俺からも礼を言わなきゃいけなかったんだ。最後のあれ、あんたが助けてくれたんだろ?」
「あぁ、あれのことか。まぁ確かに、あれは私が仕込んでおいたものだ。あんな不完全な物でも何かの役には立つかと思ってこっそりと君の装備の一部という扱いで動かせるようにはしておいたんだが…やはり備えはしておくものだね。まさか宇宙空間まで飛び出すとは。本当に、バーテックスというものにはいつも驚かされる。」
「やっぱりそうだったのか。全く、あんなのがあるなら最初から言っといてくれよな。ところであれ、一体何なんだ?」
「あれはアーマードライダー用の装備として開発していた『ロックビークル』の一つ。エアバイク型ロックビークル『ダンデライナー』だ。いずれは正式な装備として配備できるように開発を続けているんだが残念ながらまだ耐久性に問題があってね。そんな状態のものを最初からあてにされてもいけないから黙っていたんだ。」
案の定あの後すぐに壊れてしまったよ、と言って笑う戦極を、紘汰は静かに見つめていた。
戦極凌馬。
思えばあの時彼に会ったのがすべての始まりだった。
戦極からドライバーをもらい、その力で戦って、そしてついにすべての敵を倒して皆を守り切ることができた。
やっぱりどうにも胡散臭くて信用しきれない相手なのは確かだが、彼のおかげで戦うことができたのは事実なのだ。この機会にしっかりお礼を言っておくべきだろう。
「なぁ戦極。いや、戦極凌馬さん。」
「ん?何だい急に改まって。」
「あんたのおかげで、俺は皆を守るために戦うことができた。あんたがいなかったら俺は、皆が戦っていることすら知ることができなかった。だから、改めてお礼を言わせてくれ。本当に、ありがとう。」
「…そうかい?しかしまぁそれはお互い様だ。君のおかげで私は随分と有意義なデータを取らせてもらうことができた。こちらこそ、個人的にもお礼を言わせてもらうよ。」
そんな戦極の言葉に、紘汰の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。こうしてしっかり話してみると、やっぱり案外良い奴なのかもしれない。
「さて、じゃあ私はそろそろお暇する…と、そうだ本題を忘れるところだった。また少し先日の戦いについてドライバーの記録を取らせてもらいたいんだが……。」
「なんだそんなことか。なら折角だし、もうこれごと持って行ってくれよ。」
「いいのかい?別にこのまま持っていてくれてかまわないが。どちらにせよこれは君にしか使えないんだしね。」
「いいんだよ。どうせこれから使い道なんてないんだし。俺が持って腐らせるよりもあんたが持っていって何かに役立ててくれ。」
「…君がそういうならそうしよう。じゃあ今度こそ失礼するよ。邪魔して悪かったね。ゆっくりと療養するといい。」
「あぁ…あ、そういえば悪いけど最後にもう一つだけ聞きたいことがあるんだ。」
そのまま出ていこうとした戦極の背中を紘汰が呼び止めた。
扉に手をかけて顔だけでこちらを向く戦極に、紘汰は一つ質問を投げかける。
「あんた、確か勇者システムの方にも関係してるんだよな。『満開』って…知ってるか?」
「勇者システムにおける勇者達の強化機能の事だろう?それがどうかしたかい?」
「それなんだけど…なんか知らないか。危険性だとか副作用だとか……。」
「…いや、そんな話は聞いたことが無いな。おっと、そろそろ本当もう行かなければ。悪いがこの後もちょっと用があるんだ。」
「そっか。悪かったな。」
そのまま戦極は病室を去っていった。
それを見届けた紘汰はそのままベッドへどっかりと背中を預ける。
研究者である戦極ですら聞いたことが無いといっているのだ。やっぱりただの思い過ごしだろう。
きっとすぐに良くなるさ。
柔らかいベッドに体を預けながら、紘汰は自分に言い聞かせるように心の中でそう呟いた。
病院の駐車場。
自分の車の運転席でエンジンをかけた戦極は、ふと助手席に置いてある鞄へと目を落とした。
僅かに開いた隙間からは、先ほど紘汰から渡された戦極ドライバーが覗いている。
感情の読み取れない瞳でしばらくそれを見続けていた戦極だったが、やがて視線を前に戻し、研究室へ向けて車を発進させた。
「ありがとう………ね。ま、今だけは素直に受け取っておくとするよ。またいずれ会おう。犬吠埼紘汰君。」
東郷→夏凜の呼び方は『夏凜ちゃん』でよかったでしょうか…。
一番最初は三好さんだったように思うのですが、それ以降どうだったか結構曖昧。
ていうかあんまりこの二人は直接話している印象が無いような。
割と誰だお前って感じのやり取りをしている戦極博士。
いけしゃあしゃあと嘘だったり本当の事じゃないことを話しております。
信じちゃいけない大人なので気を付けるように。