咲き誇る花々、掴み取る果実   作:MUL

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第35話

「勇者は…決して死ねない?体を、供物として捧げる…?」

 

「満開を使った後、私たちの体はおかしくなりました。身体機能の一部が欠損しているような状態です。…ずっと、一時的なものだと思っていましたが、乃木園子によればそれが体を供物として捧げるということだと。」

 

乃木園子に出会った日の翌日、紘汰達三人は風を屋上へと呼び出した。昨日聞いた話を、とにかく風にだけは話しておかなければと思ったからだ。

そして東郷が代表して語った話。そのあまりの内容に風は思わず言葉を失った。

そんな風を前に東郷は何も言わず、黙って彼女が落ち着くのを待つ。

一日経った自分たちですらいまだに呑み込めていないのだ。風のこの反応は痛いほど理解できる。

 

「…この話、樹や夏凜にはもう話したの?」

 

「いえ…。まずは風先輩に相談しようと思って…。」

 

「そう…。」

 

しばらくして、何とか表面上は取り繕った風が口に出したのは確認だった。

今の話を聞いたのはここにいる四人だけ。それを友奈から確認した風が僅かに瞑目する。いい判断をしてくれた、と思う。もたらされた情報はあまりにも唐突かつ重大すぎて、正直なところ処理が追い付いていない。この状態で共有を図るよりも今は…

 

「じゃあ、まだ二人には話さないで。確かなことがわかるまで、変に心配させたくないのよ。引き続き私は大赦に問い合わせてみるから、何かわかったらすぐに連絡するわ。」

 

それで、この場は解散となった。

確かなことがわかるまで…という名目ではあるが、これはその実ただ問題を先送りにしているだけとも言える現状維持だ。

それでもその方針に異を唱える者は誰一人としていなかった。

“間違いであってほしい”という気持ちは、この場にいる誰もが願っていることなのだから。

 

そうして薄氷の上に仮初の日常は続いていく。

押し寄せる不安は、確実に勇者達の心を蝕み始めていた。

 

 

 

 

捧げた体の機能は二度と戻ることはない。

友奈達がもたらしたその情報、そして何よりも依然として治る気配の無い妹の姿が風を少しずつ追い詰めていく。

それでも風は気丈さを装い今日も前を向く。

だって、自分は皆の部長で二人のお姉ちゃんなのだ。

大黒柱が真っ先に折れてしまったら、皆は一体何を支えにすればいいというのか。

それに、きっと大丈夫。

あの子たちは皆の為にあんなにも必死に頑張った。

神様はどんな小さな頑張りでも見ていてくれる。

だからあの子たちに用意された結末は、もっとたくさんの笑顔と幸せにあふれたものであるはずだ。

誰かの為に頑張った人への報酬が、悲劇であっていいはずがないのだから。

 

頭の中で祈る様に、自分に言い聞かせるように繰り返しながら、風は放課後の廊下を歩いていた。

そして、樹を呼びに行くために一年生の教室のある廊下に差し掛かった時、横合いから突然かけられた声に足を止められた。

 

「犬吠埼さんのお姉さん?…あの、この後少しお時間は取れますか?」

 

声をかけてきたのは一人の女性教師。

樹の担任でもあるこの女性は、この学校では比較的若い部類に入るが、常に温和な表情を崩さず、生徒一人一人の相談事にも真摯に向き合ってくれるので生徒たちの評判も非常に高い。

風自身は直接お世話になったことはなかったが、樹の担任で且つ彼女を慕っている樹が家で時々話題に出すということもあってよく知っているといっていい人物だった。

そんな彼女が、硬い表情でこちらを見つめている。

 

「大丈夫…ですけど。」

「では、こちらへ。要件はついてからお話します。」

 

淡々としたその口調が、風の中の不安を煽る。

歩き出したその背中に何か言おうとして、でも風は結局、何も言わずに黙ってその後ろについていく。

そのまましばらく歩いて、案内されたのは入り口の表示板に『少人数教室』書かれた教室だった。

教師に促されながら中に入ると、誰もいない教室の中には向かい合うように机が二組用意されていた。風が躊躇いながらその片側に座ると、扉を閉めたその教師も風の向かい側へと腰を掛けた。

 

そこから数分間、対面に座るその教師の口から出てきたのは当たり障りのない世間話と言っていいような話題ばかりだった。

今の会話が、本命ではないことは流石に理解できる。そうでなければわざわざこんなところまで呼び出す必要は全くないし、なにより温和なはずのその教師が今も浮かべているぎこちない表情がそれを物語っている。

それがわかっていながらも、風は何も言わず彼女の話に相槌を打ち続ける。それはその先で突き付けられるであろう()()から、少しでも逃れようとする一種の逃避行動だったのかもしれない。

 

やがて世間話も話題が付き、教室の中に静寂が訪れた。

教室に備えられた時計が時を刻む音が、やけにはっきりと聞こえてくる。

本命の言葉は未だ彼女の口から出てこない。

このまま終わってほしい、と風は強く願っていた。

大事な話というのは気のせいで、本当にこんな世間話をするために呼んだといわれた方がどれだけいいだろうか。

 

でも、そんな願いに意味はなく。

風の顔ににじみ出た不安を感じ取った教師が、やがて意を決したようにわずかに息を吸い込むと、遂にその言葉を口にした。

 

「…樹さんの今の状態についてなのですが―――」

 

耳を通り抜ける声に混じって、何かがひび割れていくような―――そんな音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

曇天の下を、紘汰は一人走り続けていた。

何かを追いかけるように、そして何かから逃げようとするように、大きく乱れた呼吸も気にせず全力疾走に近い状態をもう一時間近く続けている。

 

こんなことして何になる。

紘汰の頭の隅では、そんな言葉がずっとちらついていた。

でもそんなことは、心の声に言われるまでもなくとっくにわかっている。

それでも紘汰は自分の内側から湧き出る不安だとか、憤りだとかといった感情をごまかす手段をこれ以外に思いつかなかった。

何かをしていないとおかしくなってしまいそうで、そのはけ口としてひたすら自分の体をいじめ続けていた。

 

足の向くままに、町の中を駆け抜ける。

ルートは特に決めていなかったが、足は自然と普段通らない道へと向いていた。

見知った道を通るたび、皆と過ごした楽しい情景が頭をかすめていく。

無心になって何かを考えるには、この町は思い出に溢れすぎている。

今の紘汰には、それは苦痛でしかないものだった。

 

我武者羅に走り続け、やがて川沿いの堤防に差し掛かった時だ。それまで長い時間ひたすら同じリズムで動き続けてきた紘汰の足が、突如ガクリと崩れた。

それと同時に前傾していく体。転倒は避けられそうにない。

そう判断した紘汰はせめてもの抵抗として何とか体を捻ることでアスファルトを避け、草の生い茂る坂の部分へとその身を投げ出した。

咄嗟の判断にも健気に反応してくれた紘汰の体は、飛び込むように草の上へと倒れ込み、そのまま勢いを殺しきれず坂を少し転がり落ちたところでようやく止まった。

それなりに痛みはあったが、アスファルトに倒れるよりははるかにマシ、といった具合だ。

 

内心で安堵して、すぐに立ち上がろうとした紘汰だったがその気持ちと裏腹に体には全くと言っていいほど力が入らなかった。どうやら自分が思っている以上に無理をしすぎていたようだ。

今頃になってようやく気付いた足の痛みと、乱れに乱れた呼吸が知らず知らずのうちに自分がどれだけ無茶をしたのかを物語っていた。この分ではしばらくまともに動けそうにない。

 

残り滓のような力を総動員して、うつ伏せの体を何とかひっくり返す。

肺が貪欲に酸素を求めて動くのを紘汰はどこか他人事のように感じながら、黙って薄い雲に覆われた空をぼぅっと眺めていた。

目的もなく走り続けていたが、このあたりの景色には見覚えがある。気づかぬうちに訪れたこの場所は、いつかのカラオケの帰りに皆で歩いた場所だった。

樹の悩みを皆で解決し、そして樹が夢を持つきっかけとなったあの出来事。

今でもはっきりと思い出せる皆の笑い声が、紘汰の顔を再び歪ませた。

周りには誰もいないのにも関わらず、その顔を見られまいとして紘汰は両腕で自分の顔を覆い隠す。

 

その腕に、ポツ、ポツと何かが当たる感触。

空全体に薄く広がった雲から、とうとう雨が降り始めたようだ。

雨はすぐに勢いを増し紘汰の全身を打ち付けるが、しかし今の紘汰にはそんなことを気にする気力すら消失していた。

酷使して火照った体を、雨が急速に冷やしていく。

強い雨に打たれながら紘汰は、ここ数日の出来事を思い出していた。

 

 

 

数日前の放課後、誰もいないはずの教室から出てくる風と偶然出くわした。

青白い顔、覚束ない足取りで歩き出そうとしてよろめいた風の体を慌てて支えた時、いつも強気な姉の体は小さく震えていた。

尋常ではない風の様子、入り口の窓から見えた樹の担任教師の姿、そしてたった今風が出てきた場所から何があったのかすぐに察した紘汰はしかし、自分を支えたのが誰なのかすらわからないほど余裕を失った風に―――紘汰の学生服の胸元を震える手で握りしめながら、大丈夫、きっと治る、と譫言のように繰り返す風に、何も言ってやることができなかった。

 

別の日。風呂が空いたからと、呼びに向かった樹の部屋。

もしかしたら寝ているかもしれないと静かに開いた扉の向こうに、学習机に向かって熱心に何事かをやっている樹の姿が見えた。

一先ず起きていることに安心して、でも邪魔しないようにと後ろから近づいた紘汰の目に映ったのは、机の上に並んだ見覚えのある小瓶や小さな袋の山。それはかつて、夏凜が樹の為に用意したサプリメントや健康食品の数々だった。

紘汰が入ってきたことに気づいた樹が、紘汰の方に振り向いて少し恥ずかしそうに微笑んだ。少しでも早く治る様にと、夏凜に頼んで持ってきてもらったらしい。よく見るとサプリの小山の横にちょこんと置かれた紙に、夏凜の文字でびっしりと用途や用量の説明が書いてあった。

 

“早く治すから、約束、忘れないでね。”

 

樹が見せるスケッチブックに書かれた文字。一瞬強張りかけた顔を無理やり取り繕い、少し乱暴に樹の頭を撫でた紘汰は、ごまかすように樹の背中を押して風呂場へと向かわせた。

慌てた様子で部屋を出ていく樹の背中。こんな時でも腐らず、自分のできることを頑張っている妹の背中に―――結局紘汰は何も言ってやることができなかった。

 

皆を心配させまいと、普段通りに振舞いながらもふとした瞬間に不安を覗かせる仲間たち。

日がたつごとにその頻度が少しずつ増えてきて、笑顔の中にもどこか作り物めいた硬質さが混ざる様になった仲間たち。

 

そんな皆に、紘汰は何も言ってやることができなかった。

苦しむ皆を前にして、紘汰は何もしてやることができなかった。

残酷な世界の中で、結局のところ紘汰は―――ただの無力な子供でしかなかったのだ。

 

 

 

「くそっ!!!」

 

力任せに、右腕を地面へと叩きつける。

雨で柔らかくなった地面が抉れ、泥と草、そして小石が飛び散った。

叩きつけた腕は泥で汚れ、埋まっていた小石が皮膚を裂いて血を滲ませる。

苛立ちまぎれのその行動がさらなる苛立ちを生み、行き場のない感情が紘汰の中で渦を巻く。

 

いっそ、敵が来てくれればいい。

実はまだ姿を現していない十四体目のバーテックスがいて、皆の体の機能が戻らないのがそいつの仕業だったのなら。

そしてそいつを倒すことで、皆の体がもとに戻るのなら。

皆の笑顔を、取り戻せるのなら。

きっと自分はどんな強い相手だろうと戦って、何を犠牲にしてでも必ず倒してみせるのに。

ここ最近の紘汰はずっと、そう思い続けていた。

しかし何度自分のスマートフォンの画面を確認しようとも、樹海化の文字もあのアラーム音も一向に現れることはない。

 

満開を使っておよそ二ヶ月。

皆の体は一向に、治る気配を見せていない。

何もできない苛立ちと、焦りだけが募っていく。

 

「――――――――――ッッ!!!!」

 

腹の底から込み上げた言葉にならない叫び声は、どこにも届くことはなく。

ただ、雨音の中へとまぎれて消えていった。

 

 

 

 

屋根を打つ雨音を聞きながら、東郷は凪いだ心で目の前に視線を注いでいた。

東郷の視線の先には、三方が一つ。

そしてその上にあるのは、白い和紙に包まれた一振りの柄の外れた短刀。

自室に差し込む頼りない光を反射して鈍く光るその刃を、白装束に身を包んだ東郷はただただ、じっと見続けていた。

 

どれくらいそうしていたかなんて、もう覚えていない。

時間を忘れるほどの集中力で白刃を見つめる東郷の頭に響くのは、あの日の乃木園子の言葉だった。

初めて会ったはずなのに、なぜか懐かしい雰囲気を纏った彼女は言った。

満開で捧げた体の機能はもう二度と戻ってくることはない、と。

彼女が嘘をついているとは思えない。だが、自分たちにとってそれは簡単に受け止められるような内容ではなかった。定期的に検査に通う病院の医者も、いずれ治るという意見を崩してはいない。

東郷を含め仲間たちは、体が本当に治らないのかということを確かめる術を持っていなかった。

―――だがしかし、もう一つの方はそうではない。

 

覚悟を決めた東郷は、小さく息を吐くと口元を固く引き結び、車輪の半回転分ほど前に出た。

白い装束の袖を右から左と脱ぎ、さらしを巻いただけの体を外気にさらす。

残暑の時期とはいえほんの少し肌寒い。いや、そう感じるのはおそらくこれから自分がやろうとしていることに原因があるのだろう。

 

三方の上の短刀を丁寧につかみ上げ、厳かに一礼する。

そして東郷はその短刀の切っ先を、自分の腹の方へと向けた。

鋭いその刃を見つめる東郷の額には、いつの間にか汗が滲んでいた。

凪いだ心に反して目前に迫る危機を感じた体の反応は正直で、背筋が泡立つ感覚と共に額からは汗がとめどなく流れ、呼吸は乱れ始めていた。

しかし東郷はそれらを無理やり抑え込み、両手でしっかりと短刀の柄を握りしめる。

乱れた呼吸を短く浅く、規則的に整えて、最後に大きく息を吸い込んだ。

 

そして息を止め、その切っ先を―――

 

 

 

 

ゆっくりと、目を開く。

痛みは無い。それも当然だ。

視線の先、東郷の腹を貫くはずだった短刀の切っ先は、いつの間にか現れていた青坊主によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

卵の殻の割れ目から除く無機質な双眸が、じっと東郷を見上げている。

それが、今の東郷にはなんだかとても悍ましいモノに見えて―――

 

「やっぱり…そういう、ことなのね。」

 

力を失った東郷の手の中から、するりと短刀が零れ落ちた。

落下した短刀が床へと衝突し、鈍い金属音を響かせる。

それが収まった後、部屋から聞こえるのは一人の少女のくぐもった嗚咽の声だけだった。

 

 




あけましておめでとうございます(二月)。
きゅ、旧正月だから!旧正月だからセーフ!

はい、すいません…
正月ボケを引きずってたり、CSMアマゾンズドライバーが届いたり、それで再燃してアマゾンズ見直してたりしてたらあれよあれよという間に一ヵ月。
まぁそしてお待たせした割には話も全然進んでないんですよね…。

こっからは重たい展開が続いて自然とキーボードを打つ指の方も重たくなったりはしますが、そろそろ炎神入れなおして頑張りますので今年も改めてよろしくお願いいたします。
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