「はじまった…かな。」
遠くの方で起きた力の高まり。
それを病院のベッドの上で感じ取った園子はぽつりとそう呟いた。
十回以上の満開と散華を経験した園子の体は今、この世界の人間で最も神樹様に近いといっても過言ではない。病室としても異様なこの個室で、《祀られる様に日々を過ごさなければいけない》のもそれが理由だ。
そしてその特殊な体は、僅かではあるが勇者システムを介さずとも神樹様の力を使えるという能力を園子に授けていた。
とは言えたいしたことができるわけではないし制約も色々多いが、それでも“戦闘終了後の転移システムに介入して転移先と転移する人物を指定する”なんてことができるようになった園子にとって、どれだけ距離が離れていようとも“勇者システムが使われているかどうか”という事ぐらいは特に意識せずにでも感知することはできる。
最初は誰かが使っているのがわかる程度であったが、縁を繋ぎなおした今となっては誰がその力を使っているかまでわかる様になっていた。
自然光の差さない病室の中で園子はわずかに目を伏せる。
それは、道を選んだ大切な友だちに思いを馳せる仕草でもあったし、あまり見たくない風景から目を背けるために体に染みついた動作でもあった。
園子が体を預けるベッドの正面。そこには小さな鳥居が置かれている。
鳥居というのは言ってみれば境界だ。内と外、俗世と神域を分けるその境界線は、外の世界と園子の居る場所とを線引きするために存在していた。
先ほど
勿論、本人が望んだことではない。だが、大人たちが何故そうするのかということも聡い園子には理解できてしまうから、園子は不満を口にすることはあっても我慢していた。
辛くないわけじゃないけれど、それでも今は随分とよくなった。
だって、もう一人の大事な友だちがいつもそばにいてくれるのだから。
「…本当によかったの?園子。」
その大事な友だち―――銀が、黙ってしまった園子を見ながらそう尋ねた。
心配そうに自分を見つめる銀の方へと顔を向けた園子は、彼女を安心させるように静かに微笑みながら言葉を返す。
「うん―――これから先、何を選ぶのかはきっと、今戦っているあの子たちが決めることだと思うから。だから私はこれでいいんだよ。全部を知ったわっしーが、例え何を選んだとしても私は『わっしーの友だち』として最後まで味方でいてあげたいんだ。」
数日前、今は『東郷美森』として生きているかつての友だちは、全てを知るためにこの病室へやってきた。
そんな彼女に園子は、自分が知っている限りのことを余すことなく全て伝えた。例え全てを伝えることが彼女達を傷つけることになったとしても、何も知らないままでいることはもっと悲しいことだと思うから。
案の定全てを知り、深く傷ついてしまった彼女を見て園子は決めたのだ。いや、そんなことはもっと前から決めていた。
例え世界の誰もが彼女の選択を責めたとしても、最後まで味方でいることを。
「勝手に決めちゃってごめんねミノさん。でも、私は…」
「いいんだ。アタシも園子と同じ気持ちだよ。…それにアタシは、皆が一番大変な時に何もしてあげられなかったから…。でも園子は…貴虎さんのことだって…。」
悔恨を滲ませながら俯いた銀の手を、園子は優しく包み込むように握りしめた。
長い昏睡から目覚めた銀は、自分が眠っている間に起こったことを知って以来ずっと強い自責の念を抱えていた。銀が悪いだなんて誰も思ってないし、何度も口に出してそう伝えていてはいるけれど、銀の中に蟠ったその想いが消えてなくなることはなかった。
それが銀本人の優しさや責任感から生まれる感情である限り、誰が何を言ったところで仕方ないことなのかもしれない。それでも、園子はそれを伝えることをやめたりはしなかった。
「そんなこと言っちゃダメだよ。私たちが今ここにいられるのはミノさんのおかげなんだから。私はね、ミノさんが一緒にいてくれるだけでとっても幸せなんだ。それにね…」
「園子?」
「お兄ちゃんが戦ったのはきっと、私たちが自分で選べる未来を残してくれるためだったと思うんだ。使命だとかお役目だとか…そうやって誰かから決められたとかそういうのじゃなくて…私たちが本当にやりたいこと、やらなきゃいけないことを私たちが決めれるように。なんて、私が思ってるだけだけど…でも大丈夫だよ。ミノさんも知ってるでしょ?お兄ちゃん、妹にはとっても甘いんだから。…お小言は…う~ん、言われちゃうかもしれないけど、でも最後にはいつだって“仕方ないな”って許してくれるんだよ。」
最後は冗談めかして言う園子に、ようやく銀の表情も和らいだ。
無愛想で不器用だけどそれでも隠し切れない優しさがにじみ出るあの背中は、いなくなった今だって鮮明に思い出せる。
「そうだね…『虎兄ぃ』は確かにそういう人だったよね。」
「そうだよ。…それとね、私たちがわっしーを大切に思っているのと同じぐらい、『美森ちゃんの友だち』だってそうなんだよ。だからそんなあの人たちが今のわっしーのこと、放っておくわけないって―――そう、思うんだ。」
「そこをどいて紘汰君。」
何も言わず射線の間に佇むだけのオレンジ色の鎧姿。
これから全てを終わらせようとしている自分の前にやってきた男の子がどんな表情をしているのか。それは仮面の下に隠れてわからない。
しかし相対する東郷が感じていたのは恐怖だった。やってきたときに紘汰が言った言葉ももはや覚えてはいない。黙っているだけの紘汰が自分を責めているような気がして…東郷はその顔を正面から見据えることができないでいた。
そんな東郷を前にして、紘汰は黙ったまま一歩踏み出した。
地面を踏みしめる音がやけに大きく響いて、東郷はびくりと肩を震わせる。
「っ!止まりなさい!!」
東郷が咄嗟に放った銃弾が紘汰の横顔をかすめながら斜め後ろの地面へと着弾し、衝撃音と共にやってきた爆風と破片が紘汰の背中を撫でる。
しかし紘汰の歩みは止まらず、一歩一歩と歩を進め、東郷にその手が届く位置でようやくその足を止めた。
「なぁ東郷。もう、やめようぜ。」
紘汰の口から出てきたのは、驚くほど穏やかな声。
紘汰は東郷のことを怒ってもいないし責める気もない。最初に言った通りただ、止めに来ただけなのだ。
それなのにそう感じていたのはきっと、東郷自身が―――
ぐっと、歯を食いしばる。
それでも東郷は止まらない。溢れそうになった本当の心を無理やり心の奥に押し込んで、吐き出すように発するのは否定の言葉。
「…められない。やめられるわけない!私が…私が皆を救わなきゃ!世界を終わらせて戦いから解放しなきゃ!そうじゃないと皆は…友奈ちゃんは!!」
あの日病室で乃木園子からすべてを聞き、そして今日この目ではっきりと見た。
結界を出た先に広がる地獄のような光景は、自分たちの戦いが終わらないということをまざまざと東郷に知らしめていた。
「世界はもう滅んでいる。結界の外では星が丸ごと炎に包まれていた。炎の中には数えきれないぐらいの化物がいて―――そしてバーテックスが生み出され続けていた。“十二体倒せば終わり”だなんて都合のいい話は無かったのよ…。そんなことで神の怒りは収まらない。戦いを終わらせるにはもう、世界を終わらせるしかないじゃない…。だから私は覚悟を決めたのよ。それが…間違ってるっていうの!?」
全てを知って、いろんなことを試して確かめた結果、それしかもう考えられなかった。だから東郷は覚悟を決めたのだ。
しかし、語気を荒げる東郷を前にしても紘汰はあくまで静かにそしてはっきりと告げる。
「…あぁ、間違ってるよ。」
「っ!…どうしてよ…。バーテックスが生まれ続けるなら、私たちは戦い続けるしかないのよ…?戦って、また失って、そしてずっと苦しみ続ける…。そしてあなたはそんな私たちを放っておけない。私たちの為に戦い続けて、いっぱい体を傷つけて…それでも戦って、最後はきっと………死んでしまう。前任者の…乃木さんのお兄さんみたいに。」
勇者と世界の真実に加えて、東郷はアーマードライダーについてもすべてを聞いていた。前の勇者達…自分たちと一緒に戦ったアーマードライダー『斬月』の戦いとその顛末を。勇者達を守るために戦い、そして散っていった彼の結末は、恐ろしいほどに今の紘汰と重なっていて、まるで紘汰の未来を暗示しているように思えたのだ。
自分だけならまだ耐えられた。自分が頑張れば皆が笑っていられるなら、それでもいいと思えたはずだ。でも、現実はそうじゃなかった。
このまま戦いが続けば、東郷の守りたかった一番大事な人たちが苦しむことになる。そしてそれは東郷にはとても耐えられるものではない。
東郷が想像を絶する苦悩の末に行動を起こしたことは、勿論紘汰にだってわかっていた。でも、それでも紘汰には東郷が間違っているとはっきり言える根拠があった。だから、言う。
「ありがとな東郷。頭のいいお前だから、俺たちの為にきっといっぱい悩んで考えてくれたんだよな。でもさ、やっぱり間違ってるよ………だってお前、泣いてるじゃねぇか。」
「…え?」
「俺は皆が大好きだ。皆と一緒に過ごしたこの世界も…だから、これから先もずっとそんな世界で皆と一緒にいたい。お前だって本当はそう思ってんだろ?だから、そんな風に泣いてるんだろ?」
「ち、違う!私は覚悟を決めたの!だから泣いて…なんて………どう、して…。」
「皆と一緒にお前が最後に笑えるならそれでもいい。でもお前は、本当はやりたくないとことをやらなきゃいけないことだって思い込んで自分を追い詰めてる。それじゃ誰も救われない。だから俺はお前を止める。お前自身に苦しめられてるお前を助けてやりたい。だから今、俺はここにいるんだ。」
覚悟と共に捨てたはずの涙が、いつの間にかあふれ出していた。涙と共に決意すら流れ出てしまいそうな気がして東郷は必死にそれを止めようとするが、一度流れ出した涙はもう自分の意志では止められなかった。
「で、でも私はもう…!」
「馬鹿だな東郷。お前、あんなに頭いいのにさ。俺たち今までどれだけ失敗してそのたびにお前に助けてもらってきたと思ってんだ。だから、今回は俺たちにお前を助けさせてくれよ。あんまり頼りにならないって思われてるかもしれないけど、間違った方に進もうとする仲間を引き留めることぐらいはできるつもりだぜ。」
「私はもう神樹様に銃を向けたのよ!この世界を裏切ったの!!今更許されるわけ―――」
「そうかよ。それじゃあ―――!」
そう言うと紘汰は無造作に左腰に装着されている無双セイバーを引き抜いた。
そして茫然としている東郷の目の前で振り返ると、先ほど東郷が作った外壁の窪みに向けて光弾を叩き込んだ。
爆発音とともに破片が飛び散り、外壁の窪みが一回り大きくなる。
通常ならば五発分でも東郷の狙撃銃一発分にも満たない威力であるはずだったが、やはり神樹由来の勇者の力よりも相性が良かったのか、想像以上に壁は大きく削れていた。
「ほら、これで同罪だ。」
「な、何をやってるのよあなた!」
紘汰の突然の凶行に、東郷は今まで自分がやろうとしていたことも忘れて紘汰に詰め寄った。
そんな東郷を尻目に紘汰は再び後部のバレットスライドを引いてエネルギーをチャージすると、再び同じ場所へと狙いをつける。
「間違った道を選んじまったっていうのなら…どうしてもそこを進まなくちゃいけなくなったっていうのなら、俺も一緒に行ってやる。でもそれは、一緒になって落ちてやるって意味なんかじゃない。一人じゃ引き返せないなら、俺がついていって無理やり引っ張り上げてやる。一緒に行かなきゃ届かない手を、声を届けに行くためについていくんだ。一緒になって不幸になるためじゃない。どんなに暗い道に進んでも…最後に一緒に笑えるように!!」
東郷が止める暇もなく再び光弾が放たれた。
連続して放たれた五発のエネルギー弾は正確に同じ場所へと着弾し、窪みを更に押し広げていた。
外壁の厚さがどのぐらいなのかは、正確なところ分からない。だがしかし、その窪みの深さは相当なところまで進んでいるように見える。
「お前が結界に穴をあけて世界を終わらせるっていうのなら!俺は出てきたヤツ全部を叩き潰して平和な世界に戻してやる!他の誰かが何を言ってきても、“いつも通りだった”って言って笑ってやる!」
「でも、そんなことしたらあなたは―――」
「死なねぇ!!お前が友奈や皆と笑っていられるようになるまで、俺は絶対に死なないし死んだって絶対に諦めねぇ!!だからお前も、諦めないでくれ!!!」
「っ!!」
東郷の雰囲気が変わった。
それを感じた紘汰が、ゆっくりと無双セイバーの銃口を下ろした。
隣を見ると東郷は、地面にへたり込んで泣いていた。
「う、うぅ…私も…皆とずっと一緒にいたい…友奈ちゃんと離れたくない…ごめんなさい紘汰君…私…私…っ!」
「いいんだ東郷。ありがとうな。………俺、もっと強くなるよ。皆が何も心配しなくてもよくなるぐらい。皆の体を治す方法だって探して見せる。ごめん、今の俺にはどうやってなんていえないけど…でも、諦めることだけは絶対にしないから。だからもう少しだけ時間をくれないか。」
紘汰はロックシードを閉じて変身を解除すると、東郷の隣に座り込み彼女の背中に手を置いた。そしてそのまま、あやすようにポンポンと背中を叩く。
樹によくやっていた紘汰のそれは意外に心地よく、東郷の心を少しずつだが落ち着かせていった。
これならきっと、東郷は大丈夫だろう。
そう思って紘汰は空いた方の手で友奈に連絡を入れる。
向こうの様子はわからないが、おそらく友奈なら大丈夫だろう。場所を伝えておけば直に合流できるはずだ。
なんとか危機は去ったけれど、本当に頑張らなきゃいけないのはこれからだ。皆で話さなきゃいけない事もたくさんある。
でも、きっと皆とならば乗り越えられるはずだ。根拠はないが今はそう信じていた。
そうだよな、友奈。
水平線に落ちる夕日を眺めながら紘汰はなんとなく、友奈の顔が見たいなんてことを考えていた。
友奈、風、樹、夏凜の四人の勇者部メンバーたちは勇者服のまま紘汰と東郷の元へと急いでいた。
先頭を友奈が勤め、その後ろをまだ本調子ではない風を樹と夏凜が両側から支える形で追従している。
親友を案じ、逸る気持ちを抑えながら後ろにいる三人に合わせて走っていた友奈だったが、それも視界に二人を収めるまでだった。
遠くの方で手を振る紘汰とその隣で所在なさげに佇む東郷が見えた瞬間、友奈の体は一気に加速した。
「紘汰くん!東郷さぁーーーん!!」
「友奈ーーー!!こっちだこっち…ってうぉ!!」
「東郷さん!!!」
急加速した友奈は二人の元に到着するや否やほとんどそのままの勢いで東郷へと抱き着いた。
横を通り抜けた突風に驚きの声をあげる紘汰。そして東郷は体ごとぶつかる様に抱き着いてきた友奈にくるくると振り回され、目を白黒させていた。
一気にいつもの空気が戻ってきたのを感じ、隣にいる紘汰も未だ少し離れた場所にいる夏凜たちも苦笑しながらそんな親友二人の様子を見守っている。
「ごめん東郷さん…。私、いつも一緒にいるのに東郷さんの気持ち、全然気づいてあげられなかった…。」
「友奈ちゃん…ううん、私の方こそごめんなさい。皆に黙って、勝手にこんなこと…。」
抱き合ったままお互いに謝りあう二人。
体を通して伝わる大切な親友の体温に、東郷はまた涙が込み上げてくるのを感じた。
もう少しで、この大切な温度を永遠に失うところだった。
直接こうして触れ合うことで、本当に失いたくないものを東郷は今度こそ自覚した。
そうなる前に止めてくれた紘汰には、感謝しかない。
そしてそう思っていたのは友奈も同じだった。
実際に何があったのかは、別の場所にいた友奈にはわからない。
ただ今腕の中にいる大切な親友を、紘汰が助けてくれたのだということはわかっていた。
散々回ったあと涙目のまま二人で微笑み合い、一緒にお礼を言うために紘汰の方へと振り向こうとした友奈と東郷は―――――そのまま横に突き飛ばされた。
――――轟音。衝撃。
何が起きたのかもわからぬまま、抱き合ったままだった二人は碌に受け身も取れずにもつれ合って倒れ込んだ。
その直後襲ってきた衝撃に、友奈は混乱する頭のまま下にいる東郷を庇うように身を伏せる。
そしてそれが収まったと共に、ゆっくりと身を起こす。
先ほど大きな音が聞こえてきた場所―――結界の外壁には、巨大な穴がぽっかりと開いていた。
状況が呑み込めない友奈の手に、生暖かい何かが触れた。
馴染みのない感覚に妙な胸騒ぎを覚えた友奈が、
―――赤黒い液体でべっとりと汚れた、自分の掌。
「え?」
視線が足元を向く。
見慣れない赤い水たまりが広がっている。
視線が更に移動する。
水たまりの水源に、何かが横たわっている。
その傍らで、真っ二つに割れた黒い機械と橙の錠前が転がっている。
視線を少し上にあげる。
横たわる何かの、顔が見えた。
何だ、あれは紘汰くんだ。
視線を元に戻す。
仰向けに横たわった紘汰の体。
その、腹のあたりから―――
「い、――――」
何かが崩れる音がする。
セカイが壊れる音がする。
「いやぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
終わりの始まりを告げる鐘の様に―――誰かの叫び声が響き渡った。
次回、最終戦開幕。
…友奈ちゃん、誕生日(二日遅れ)なのにすまない…。