咲き誇る花々、掴み取る果実   作:MUL

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第42話

その光景を目にした瞬間、今まで動かそうとしても動かなかった友奈の足は本人も気づかないままに動き出していた。爆発に巻き込まれ、紙切れのように飛ばされる夏凜の体を友奈は必死に追いかける。

 

でも、どれだけ走っても、どれだけ手を伸ばそうとも、求める場所には届かない。

ただの少女のその足は、誰かを救うにはあまりにも頼りなさすぎて。

夏凜との間にあるその距離が、友奈の目には無限にも感じられていた。

そしてついに、走る友奈の目の前で夏凜の体が地面に叩きつけられた。それと同時に変身が解け、私服に戻った夏凜の体がその場に静かに横たわる。

 

一向に起き上がろうとする気配の無いその姿に、ついさっき見たばかりの光景が重なった。

最悪の予感に息が詰まる。それと同時に再び止まりそうになった足を無理やり動かして、友奈はようやく夏凜の元へとたどり着いた。

 

「夏凜ちゃん!!!」

 

うつ伏せに倒れる夏凜の体を抱き起し、友奈は夏凜の名前を呼んだ。

息はある。ひどく汚れてはいるものの、目立った怪我は無いようだった。友奈の到着と共に消えた義輝がしっかり守ってくれたらしい。

数分前に見送った時からは想像もできないほどボロボロになったその姿に、友奈の目から涙があふれてくる。

あふれた涙は頬を伝い、腕の中にいる夏凜の頬へと流れ落ちた。

 

そして頬に落ちるその微かな刺激が、眠る夏凜の意識を浮上させる。

僅かに瞼が震えた後、夏凜の両目がゆっくりと開かれた。

 

「夏凜ちゃ―――」

 

「友…奈…なの………?」

 

開かれた夏凜の瞳を覗き込んだ瞬間、友奈は言葉を失った。

夏凜の両目にいつも宿っていたはずの勝気な光が消えている。

それだけで、確かめなくてもわかってしまう。夏凜の瞳はもう、光を移さなくなっているのだ。

そして今、何もない虚空に伸ばされて彷徨う夏凜の右腕が、その推測を確信に変える。

何かを―――友奈を求めて彷徨うその手を、友奈は悲痛な表情を隠せないまましっかりと握りしめた。

 

何も見えない中で求めていた感触を感じ取った夏凜が、友奈の手を緩く握り返しながら微かな微笑みを浮かべる。

安心したような、嬉しそうなその表情が猶更友奈の胸を締め付けた。

小さく開いた夏凜の口から、消え入りそうな言葉が漏れる。

一言一句聞き逃さないように、友奈は耳を夏凜の口元へと近づけた。

 

「はは…酷い…ザマよね…アンタの出番なんて、来ないようにしてやろうって思ってたのに…カッコ悪いったらないわ…。」

 

「っ!そんな!そんなことない!!夏凜ちゃんはいつだって…私なんかよりずっと強くて、カッコよくて――――」

 

「それよりどう…?ちゃんと、泣けた……?」

 

先ほどから、会話の内容とタイミングが合わない。

それが意味するところに思い当たり、友奈は叫び出しそうになるのをこらえるのに必死にならざるを得なかった。

視力も聴力さえもなくしたというのにそれでもなお微笑む夏凜を前に、例えわからなかったとしてもどうしてそんなところを見せられるというのか。

 

「うん、うん!ちゃんと泣けたよ!!もう、もう大丈夫だから!!」

 

だから、友奈は笑った。

泣き顔で笑って、伝わらない言葉を伝えるために言葉を紡ぐ。

嘘の言葉を。夏凜が少しでも安心できるようにと。

 

「ごめんね夏凜ちゃん…ごめん…私がちゃんとしてたら…私がちゃんと戦えてたら……私の、私のせいで―――」

 

「『私のせい』なんて、思ってんじゃないでしょうね。」

 

見透かしたように言葉をはさむ夏凜に、友奈はハッと口を噤む。

びくりと震える友奈の手。例え何も見えなかったとしても、友奈の動揺は夏凜に筒抜けだった。

 

「アンタ…何様のつもりよ…そうやって、なんでもかんでも自分のせいにして…アンタが戦ってたら、私はこうはならなかったって…?アンタが戦えないから、このまま世界が滅びるって…?あんまり…ふざけるんじゃないわよ…!!」

 

怒りの表情すら浮かべて捲し立てる夏凜に、友奈は何も言えなかった。

叱られた子供のように委縮して思わず離しそうになった友奈の手は、しかし夏凜の手に無理やり掴まれる。

 

「私が…アンタが戦えない代わりに戦ったって思ってるの?アンタが戦えないから仕方なく戦ったって…本気でそう思ってるの?私のこの気持ちを、アンタはそんな言葉で台無しにするつもりなの?」

 

「う、あ―――」

 

「私は私の意志で戦ってんのよ。誰かの代わりなんかじゃない、私の意志で。世界がどうだとか、大赦がどうだとか関係ない。私が戦ったのはね―――ただ、私がそうしてあげたかったからよ。」

 

先ほどまで強く握りしめられていた友奈の手から、夏凜の手の感触が消えた。

そしてそう思った瞬間、今度は頬に暖かい感触が触れた。

頬に触れた夏凜の手は、厳しい訓練の影響で女の子としては随分と硬い。でも、ぎこちなく頬を伝う涙を拭うその手は、それ以上に驚くほど優しかった。

落とした視線のその先で、夏凜は再び微笑みを浮かべている。

友奈を責め続けているのは他の誰でもなく、友奈自身が生み出した罪悪感だけなのだということを、夏凜のその表情がはっきりと物語っていた。

 

「友奈。私ね…自分の事、好きだと思ったことなんていままで一度もなかったのよ。」

 

とうとう限界を迎え、重力に従った夏凜の手を再び握りなおしながら友奈はその独白を聞いていた。

さっきまでぐちゃぐちゃだった友奈の心は今、驚くほど澄んでいて、友奈はただ静かに夏凜の次の言葉を待つ。

 

「私が気づいたときにはもう、私の周りには私よりすごい人がいて、私は何をやってもその人には勝てなかった。何か一つでも勝たなきゃって…自分のすごいところを証明しなくちゃ、私の居場所はどこにも無くなっちゃうなんて…ずっと、そう思ってたの。」

 

「―――。」

 

今、夏凜は恐らく初めて自分のことを話してくれようとしている。こんな状況でも…いやこんな状況だからこそちゃんと聞かなきゃいけないと友奈は思った。

 

「だから、勇者になる事でそれを証明しようって…それで死に物狂いで努力して、そして勇者に選ばれて…それでも安心できなかった。一つ越えるたびに不安は次から次へとやってきて…私はただ、それから逃れるためにずっと走り続けるしかなかった。私はね…結局ずっと、自分の事しか頭になかったのよ。アンタ達にあれだけ偉そうに言ってたくせに、情けないわよね。」

 

遠くではずっと、激しい戦闘が繰り広げられている。

戦線に復帰した風は、相性が悪い中、驚異的な粘り強さで二体のスタークラスターを相手にしていた。

別の場所では樹が、大量の星屑たちともう一体を必死に抑えている。

しかし、その音すら今の友奈の耳には入らない。

今はただ、腕の中にいる一番新しくできた友だちの話に意識を傾けていた。

 

「ここにきて…アンタ達に出会って…アンタ達はこんな私を仲間にしてくれた…。いっぱい酷いことも言ったのに、それでも見捨てないでいてくれた…私に居場所を与えてくれた…。自分以外に大事なものができて、私でも大切な人の為に戦うことができるんだって気づいた時、私は初めて自分のことが好きだって思えたのよ。」

 

「夏凜…ちゃん…。」

 

「だからね友奈。私はもっと、自分のことを好きになりたい。皆と…友だちと一緒にいれば、そうなれるって思えるの。…でも、私はまだこれ以上どうすればいいかわからないから…だから教えてよ。これからもずっと、皆と一緒に―――あの場所(勇者部)で。」

 

 

 

 

その言葉を最後に、夏凜は再び意識を失った。

目を閉じ、力の抜けた夏凜の体を友奈はギュッと抱きしめた。

ありのままをさらけ出した夏凜の想いが、友奈の心に再び火を灯そうとしていた。

 

絶対にまた、皆で。

夏凜の想いを胸に、友奈が再び立ち上がろうとしたその瞬間―――

 

「友奈ちゃん!!逃げて!!」

 

倒れ伏す東郷があげた悲鳴のような声に友奈は反射的に振り返り、そして視界に映ったその光景に目を見開いた。

瞳を焼くほどの、絶大な熱量。

風の必死の防御をすり抜けた炎球が、友奈と夏凜を今度こそ燃やし尽くさんと迫りくる。

 

それを見た瞬間、友奈の体は反射的に動いていた。

自分が今、生身だという事すら頭から完全に吹き飛び、ただ夏凜(友だち)を守るためだけに、その身を盾に差し出した。

 

追い詰められたときの咄嗟の行動こそが、その人の本質を現すという。

勝算なんてなくたって、ただ守りたい。

結局のところ、それだけの話だったのだ。

それだけが、結城友奈の一番の想いだったのだ。

勇者だからだとか、自分たちしかできないからだとかそんなことは関係なくて。自分が大事だと思う者の力になりたい。助けてあげたい。それが友奈を突き動かす、たった一つの真実だった。

 

熱風が、友奈の髪を焦がす。

迫りくる炎球を前に怯まず、目すらも閉じることなく両手を広げた。

今の友奈の後ろには、動けない大切な友だちがいる。

たったそれだけで、友奈はこうして立っていられる。

 

「友奈ちゃん!!駄目よ!!ダメぇえええええ!!!」

 

東郷の声が遠くに聞こえる。

 

ごめんなさい東郷さん。

また、心配かけちゃったね。

いっつもいっつもありがとう。でも、私は大丈夫だから。

こんなの、何でもないんだから。

だから戦いはすぐに終わらせて、また、皆で。

なんだかぼたもちが食べたいな。

この前、夏凜ちゃんは食べなかったから今度こそ食べさせてあげなきゃ。

文化祭の準備もそろそろほんとに始めなきゃね。

紘汰くんだって張り切ってたんだから、皆で頑張ればきっとすっごいことができると思うんだ。

 

あぁ、楽しみだなぁ。

やっぱり。

こんなところじゃ―――絶対に―――

 

誰の声も手も、もう届かない。

炎はもう、すぐそこまで来ている。

不思議と穏やかな気持ちでそれを見つめる友奈の視界が、真っ白に、染まって―――

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ………!」

 

東郷も風も樹も、誰も何も言葉を紡ぐことができなかった。

不思議なことにバーテックス達ですら動きを止め、その一点をただ、見つめていた。

 

その場所に存在するのは、炎に飲まれて無残に転がる友奈と夏凜の姿―――

 

 

 

―――――()()()()()()()

 

 

 

 

 

「ああ。そうだよな。」

 

 

『カチドキアームズ!!』

 

 

時が止まったような空間の中、静かな声がやけに響いた。

 

 

「こんなところじゃ、終われないよな。」

 

 

『いざ、出陣!!』

 

 

二人を飲み込むはずだった炎は完全に消滅し、そこにあるのはただ、二人を庇うように前に立ち、右の拳を突き出した一人の姿。

 

 

「待たせてごめん。でも、ここからが本当の―――」

 

 

『エイ、エイ、オォーーッ!!!!』

 

 

「―――俺たちの!!ステージだ!!!!」

 

 

 

夜の闇を打ち払う、暖かい朝日の色。皆を照らす、彼の色。

何よりも見たかった、その背中。

熱で乾いたはずの友奈の瞳には今、再び涙があふれていた。

 

威風堂々。身に纏う新たな力は、アーマードライダー鎧武―――『カチドキアームズ』。

運命を己の手で掴み取り、犬吠埼紘汰は確かにそこに立っていた。

 




出陣、勝鬨上げ、もう迷うことなかれ。

主人公復活。
さぁ、反撃開始。

の、前に少し紘汰くん視点に戻ります。
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