咲き誇る花々、掴み取る果実   作:MUL

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大変長らくお待たせいたしました…!!


第43話

時間はわずかに遡る。

 

犬吠埼紘汰が倒れ、少女たちの戦いが始まったころ。戦極凌馬は相変わらず、ディスプレイに映し出されたリアルタイムの映像を冷めた目でじっと眺めていた。

 

薄暗い室内は、先ほどの紘汰とのやりとりのおかげでいつもよりも一層散らかって入るものの、概ね異常はない。

しかし、今この時に限っては異常がないことこそが異常だった。

樹海化が起こった時、四国全域は樹海と同化して元の形を失い、勇者達以外の生物は全てその時を止めるはずだ。だというのに、この空間に限っては全くと言っていいほどその影響を受けてはいない。

何故かと言えばそれは勿論、この部屋の主である戦極凌馬の仕業ではあるのだが、この技術を戦極は大赦には報告していない。

知っているのは戦極含め、ごく少数の人間に限られている。

 

そのわずかな少数の中の一人、戦極と関係の深い仮面の神官が、先ほどから一言も話さずにまるで自らに刻み込むように映し出されている映像を見つめ続けていた。

相変わらず素顔は仮面に覆われ、その表情をうかがい知ることはできない。しかし、画面の中で少女達が傷つく度、満開を行う度に僅かにその肩が揺れていることにやや後方にいる戦極だけは気づいていた。

 

でも、そんなことは戦極にとってはどうでもいい事柄だ。

もう随分と長い付き合いとなったその神官のことを、気遣うでも窘めるでもなく、冷たい目でただ、成り行きを見守っている。

 

三好夏凜と東郷美森。二人の満開により、次々とバーテックスが打ち取られていく。

鬼気迫る二人の活躍はまさに獅子奮迅。なるほど、確かに今回も防衛は成功するかもしれない。

しかし、それだけでは駄目なのだ。

今の勇者システムでは、守れはしても勝つことができない。

それでは現状に対する打開とは成り得ない。

だからこそ―――

 

引き出しを開き、中の資料を手に取った。

戦極が取り出したのは随分と古ぼけたコピー用紙の束。何度も読み込み、内容は既に暗記しているそれをパラパラとめくってから机の上へと放り投げた。

 

机の上に無造作に置かれたその紙束の最初の1ページ。

そこにはこの資料のタイトルと、とある組織の名称が書かれている。

 

西暦の時代。

世界の異変、その前兆に誰よりも早く気づいた者たちがいた。

彼らはそれを徹底的に調べ、準備し―――そして結果間に合わず、時の激流の中に消えていった。

しかし、その巨大な躯は彼らが斃れた後も残り、新たな時代、僅かになってしまった人類を導く別の組織へと引き継がれることになる。

 

新たな秩序の構築にあたりその組織の痕跡は排除されていったが、その中で密かに残されたものがある。

今戦極が所有しているこれも、その一つ。

 

資料に書かれたタイトルは“ヘルヘイムの森第四次調査隊 調査報告書”。

そしてこれを残したその組織は名を―――

 

 

 

―――ユグドラシルコーポレーション、といった。

 

 

 

 

混濁していた意識が、徐々に形を取り戻し始める。

それと同時に鈍い痛みを訴え始めた頭を抱えながら、犬吠埼紘汰はゆっくりと身を起こした。

視界に映るのは目に痛いほどの白、白、白。

目を覚ました紘汰の前には白色以外に何もない空間がただ、広がっていた。

 

覚醒したばかりの頭は、今の状況をうまく呑み込めてはいない。

今の紘汰には目を覚ます前に何をしていたのかという事すら曖昧だった。

自分がどうなっているのかはよくわからない。でも、自分が今いるこの場所には見覚えがある。

 

「ここ…は…。」

 

【―――気がついたか。】

 

頭に直接響いてくるような聞き覚えのある声に、紘汰は慌てて周囲を見回した。

紘汰の背後、何もなかったはずの真っ白な空間にいつかの青い鴉が佇んでいた。

白の中で一際目立つその青い鴉は、未だ半覚醒状態から抜け出せていない紘汰を静かな眼でじっと見つめていた。

 

「お前…は…あれ…?俺、一体…どうして………―――っ!!」

 

その瞬間、鴉の瞳をぼうっと見つめ返していた紘汰の脳裏に、直前の光景がフラッシュバックする。

鮮明に思い出してしまった異物が腹を貫いていく生々しい感触に吐き気を覚えた紘汰は、咄嗟に自分の腹部に手を当てる。だがしかし、そこに本来あるはずの感触は全くもって感じられなかった。

違和感を覚えながらも紘汰が恐る恐る自分の両手を覗き見る。あれだけの大怪我を負った後だというのに、そこには血が一滴もついてはいなかった。

 

「えっ!?な、何で!?俺、確かにあの時…。」

 

【………。】

 

「まさか本当に死…?いや、でも前の時だって…。」

 

【そうだ。お前は今、確かに死に瀕している。】

 

「!!」

 

鴉の横の空間に、突如として映像が映し出された。

そこに映っているのは樹海の中、自ら流した血の海に沈んでいる自分の姿。

改めて客観的に突き付けられた絶望的な状況に、紘汰は真っ青な顔で息を飲み込んだ。

足元から何もかもが崩れていきそうな空虚な実感が紘汰の意識を明滅させる。

 

しかし、それでも紘汰は今にも折れてしまいそうな膝を何とか支えて立っていた。

立っていられる理由は、立たなきゃいけない理由はたった一つ。

自分が死ぬかもしれないという状況になってすら、紘汰の頭の中を占めるのは自分以外の事だった。

 

「―――敵は……?みんなは…どうなったんだ…?」

 

【………。】

 

悲痛ささえ滲んだ紘汰の声に、鴉は僅かに目を伏せる。

一瞬の沈黙ののち、鴉は現実の紘汰の姿が映し出された空間を一瞥した。その動作を契機にまるでテレビのチャンネルを変えるように映像の内容が切り替わる。

 

「東郷!!夏凛!!」

 

満開を発動させた二人が、現れた十二体のバーテックスと戦っている。

それを見た瞬間、冷え切っていたはずの紘汰の体に、一瞬で熱が駆け巡った。

 

「くそっ…!!こんなことしてる場合じゃねぇ!!何とか――――」

 

【もう、いいのではないか。】

 

「―――え?」

 

鴉から発せられたその言葉は、決して大きな声ではなかった。

しかし、何もない空間にやけに響いたその言葉が、紘汰の体を制止させた。

視線が鴉に吸い寄せられる。

鴉は動揺した紘汰の目を静かに見つめ返しながら、再びゆっくりと嘴を開いた。

 

【お前は十分に戦った。直接加護を受けられない身でありながら、これまで勇者たちをよく守ってくれた。”私たち”はお前に感謝している。お前は期待以上に、今代の勇者たちを支えてくれた。――――だからもう、これ以上お前が傷つく必要はないだろう。】

 

「な…に、を。」

 

【神樹の力では、天の神に勝てない。】

 

「は………?」

 

畳みかけるようなその一言に、紘汰は言葉を失った。

紘汰には鴉の表情など読めるべくもない。が、しかし冗談で言ったわけではないことぐらいはわかる。

そして、鴉のその平坦な口調からは、どこか乾ききった大地を思わせるような寒々しいものが感じられた。

 

衝撃で動きを止めた紘汰を、鴉はただじっと見つめていた。

自分ではない誰かのために、自分の身を顧みず行動できる、とてもまっすぐな目をした少年だった。

そして、そんな目をした少女たちを鴉はおよそ三百年の間、ずっと見守り続けてきたのだ。

その願い、希望、悲しみ、絶望のすべてを。

 

何としてでもやり遂げなければいけない使命があった。

己にはそれをしなければならない責任があった。

だがしかし、いつからだろうか。繰り返される戦いと犠牲の中でふと、疑問が芽生えるようになったのは。

微かに生じた違和感は、時を重ねるごとに大きさを増していく。

それでも、必ずやり遂げなければならない。

 

―――でも、それはいったい、何のために―――?

 

積み重なった犠牲の重さが、かつての誓いを揺るがしていた。

この戦いの果てに、後に続いた少女たちの、無数の犠牲に見合う何かが残るのだろうか。

鴉にはもう、それがわからなくなっていたのだ。

だから―――

 

【確かに満開システムは強力だ。彼女たちの多くを犠牲にすれば、今回の襲撃は防げるかもしれない。だが、その次は?本来当然持っているはずだったものを失って、そしてこれからも失い続けることを知りながら彼女たちはいつまで戦っていられる?それに、神樹の力も日に日に衰えていっている。そう遠くない未来、満開すら使えなくなる日が来るだろう。そしてもちろん、天の神が手を緩めることは決してない。それならばいっそ―――】

 

終わりにしても、いいのではないか。

鴉の言葉には諦観が宿っていた。

無駄かもしれない戦いに少女たちが向かっていくことに、鴉はもう耐えられなくなっていた。

そして、それをどうすることもできない自分自身にも。

うつむいて震えている目の前の少年を、責めることなどできはしない。

だって、あれほど頑張ってきたのだ。彼女たちのために身を挺して、あんなにも体を傷つけて。

だからもう、この少年もこれ以上苦しむ必要は―――

 

「―――それ、でも………!!」

 

少年の声は、静かだった。

それでも確かに、力が宿っていた。

抑えきれない想いがただ、食いしばった歯をこじ開けて喉の奥から込み上げていた。

 

「それでも、俺は諦めない………!!!」

 

顔を上げて、しっかりと前を向く。

心のすべてをぶつけるように、鴉の乾いた黒い瞳を見返した。

 

紘汰の目に宿った力と熱に、鴉が大きく動揺する。

そしてそれをごまかすかのように、もう一度映像を切り替えた。

 

【これを見ろ。】

 

炎。

紘汰の目に飛び込んできたのは、激しく猛る業火だった。

単なる映像であるはずなのに見ているだけで目を焼かれそうなほどの地獄の業火。

そしてその上を舞う、無数の白い神の使いたち。

 

【そうだ。これが、今のこの世界の姿だ。東郷三森が言っただろう。《この世界はもう滅んでいる》、と。これが、彼女がその目で見てきたもの。これが、この世界の真実だ。この世界は全て焼き尽くされている―――神樹によって辛うじて守られた、この四国を除いて。】

 

「――――っ!!」

 

【勝てるかどうかの話ではない。人類はすでに敗北しているのだ。この戦いはもはや延命処置にしか過ぎない。そんなことのためにお前が苦しみ続ける必要など無い。】

 

卑怯なことをしている自覚はあった。

でも、それで諦めてくれるならばそれでいいと思っていた。

―――なのになぜ、その目から宿る熱は勢いを増しているのか。

 

絶望的な光景に萎えそうになる足を叱咤して、紘汰はなおも前を向いた。

こんな、一人の人間には到底受け止めきれないような光景を目にした少女に向かって、『諦めるな』といったのだ。

それならば、そんな自分が真っ先に諦めていいはずはない。

 

「諦めるなって、言ったんだ。諦めないって、誓ったんだ。だから、俺は何があっても絶対に諦めねぇ………!!!」

 

【諦めなければどうにかなる問題ではないのだ!それに、お前の体はもう限界だ。戦う力も失って―――!?】

 

紘汰の手には、いつの間にか二つに割れたドライバーとオレンジロックシードが握られていた。

誰が見てももう使えないような状態のそれを、紘汰は強く握りしめる。

 

「………考えてたことがあったんだ。どうすれば強くなれるのかって思ってから、ずっと。………あんた言ったよな。”神樹の力では、天の神に勝てない”って。だったら―――」

 

【何を、言っているんだ…?】

 

弱まっていく神樹の力。より強くなっていく天の神の力。

それに対抗するためにはどうすればいいのか。

それは、とても単純な思い付きだった。

 

「だったら、『天の神の力』だったら―――!!!」

 

その瞬間。真っ白な空間が、裂けた。

紘汰の上空、現れたファスナーが空間を切り裂いていく。

それは、アーマードライダーシステムが鎧を召喚するときのように、しかし違うのはその大きさだ。

普段現れるものとは比べ物にならないほどの巨大な円が、紘汰の上に現れていた。

 

そしてゆっくり、その口が開く。

ファスナーの向こうは、別の空間へとつながっている。普段はあまり気にしなていなかったが、今回ははっきりとその向こうが見えた。

空間の先に見えたのは、いつか見たあの植物が生い茂る『森』だった。

そしてそれが見えた次の瞬間、『森』が紘汰へと殺到した。

 

「う、おおおおおおおおおお!!」

 

溢れ出した緑が、紘汰―――より正確に言えば紘汰の手にある破損したオレンジロックシードへと吸い込まれていく。

ロックシードは光を放ち、徐々に光そのものへと変わっていく。

一秒ごとに、手の中で力が膨れ上がっていくのを紘汰は感じていた。

 

アーマードライダーシステム。その根幹となる『果実』の力をさらに引き出す。

方法なんて考えていたわけもない、しかし実現できる確信が、なぜかこの時の紘汰にはあった。

そしてそんな荒唐無稽な思い付きは今、確かに形になろうとしていた。

 

【こ、れは………お前は………まさか!?】

 

鴉の声に、焦りが混じる

長い年月の果て、すり切れていった記憶の中、これと同じような光景を、かつて己は見たことがある。

そして、その結末は―――

 

【やめろ!!それ以上は私たちの力では抑えきることができない!!そんなものを使えばお前は!!!】

 

「…それでもいい。たとえ何になり果てたとしても、俺の信じるものは変わらない。」

 

【なぜだ!なぜお前はそこまで…一体、何のために!!】

 

鮮烈な光が、紘汰自身さえも覆いつくしていく。

全てを救うにはあまりにもちっぽけな今の自分。

だからこそ力が要る。

自分の大切なものを犠牲から救うための力が。

いや、犠牲を要求する世界のルールそのものを打ち砕けるような絶大な力が。

 

「何のためだとか…誰のためなんてことは、どうだっていい。ここには、笑っててほしい人たちがいる。その人たちが生きる世界が残ってる。そうだ…俺たちはまだ、何もなくしてなんかない!!―――だから俺は戦う!俺が望む結末のために!!」

 

 

 

極大の輝きを、鴉は眩しそうに見つめていた。

天の神の力。

その力は、確かに絶大だ。

閉塞した状況を打開するための、大きな楔になってくれるのは間違いないだろう。

だが、同時にそれがそんな生易しいものでないことを鴉は痛いほどに知っていた。

彼が掴み取った力は、間違いなく彼自身を苦しめることになるだろう。

 

でも、それでも。

この輝きを信じてみたいと思うのだ。

犬吠埼紘汰が放つこの輝きを見て、諦観に沈んでいた心に希望が戻ってくるのを鴉は確かに感じていた。

もう一度、信じてみてもいいのだろうか。

これまでの犠牲が無駄ではなかったと、そう言える日が来ることをもう一度。

 

その時ふと、懐かしい気配を感じて鴉は視線をそちらに向けた。

視線の先は今まさに変容を終えようとしているロックシードを持つ方とは逆の手に握られたもう一つの装置。

ロックシードは何とかなりそうだが、こちらは依然として壊れたままだ。ロックシードが治ったとして、この状態でどうするつもりだったのか。

そんな詰めの甘さがこの少年らしいと感じて、こんな時だが鴉は少し可笑しくなった。

ともあれ、気配はその装置の中から発せられている。

 

(これは…そうか。あの男、こんなものを仕込んでいたとは………。)

 

何のためにそうしたのかは鴉にはわからない。

だが、おかげで自分にも力になれることができたわけだ。

光が収まってくるのを見計らって、鴉はその両羽を広げた。

力強く羽ばたき、これから戦場に向かうであろう少年のもとへと飛んでいく。

空中で鴉は光へと姿を変え、その光は破損したドライバーへとすぅっと吸い込まれていった。

桔梗色の光の蔓がドライバーを包み込み、それが晴れるとすっかりドライバーは元の姿を取り戻していた。

 

「あんた…。」

 

【私も、もう一度信じてみることにするよ。だから、今度は私自身の力も貸そう。犬吠埼紘汰、どうかこの世界を―――】

 

「あぁ、任せてくれ。あんたたちの想いは、必ず俺が未来へつなげて見せる。」

 

紘汰の視界が、真っ白に染まっていく。

覚えのある浮遊感が、もうじき目が覚めることを教えてくれていた。

薄まっていく感覚の中、紘汰は今一度手の中にあるドライバーと姿を変えたロックシードをぎゅっと握りしめた。

 

本当の戦いはこれからだ。

みんなの未来を取り戻すために―――いざ、出陣!!!




改めて、お待たせして申し訳ございませんでした。
しかも長く空けた割にはかなり短いうえに話が進んでいないという…。

6月ごろに仕事がごたついて、それ以来あらゆる気力が喪失した状態で全然こっちに手が付けられませんでしたが公式の怒涛の鎧武推しに何とか気力を取り戻し、一話投稿にこぎつけられました。

気づけば投稿開始から2年も過ぎ、2年以内には1章終わらせようと思っていたのも達成できず本当に何やってんだっていう感じですが、また改めてよろしくお願いいたします。

※思うところあって鴉さんのセリフのカッコを変えました。以前のほうも早いうちに修正する予定です。
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