咲き誇る花々、掴み取る果実   作:MUL

47 / 52
最終話…にはなりませんでした…最終話一歩手前です。




第46話

「おじゃましま~す…。」

 

夕日の差し込む病室内に、控えめな声が響いた。

静かに扉を開けて中に入ってきたのは、制服姿の友奈だ。

学校帰りにこの場所へ立ち寄るのは最近の友奈の日課…とは流石に言いすぎだが、実際、家族である二人を除けば一番多くここに訪れているといえるほど、時間を見つけては通い詰めていた。

 

勝手知ったる病室内を横切り、カーテンをよけながら窓へと手をかける。

カラカラという音とともに窓を開くと、秋口の心地よい風が病室内へと流れ込んできた。

 

「んー、いい風。今日もいい天気だよ紘汰くん。」

 

友奈の明るい言葉に返事が返ってくることはない。室内で聞こえるのは、窓から流れ込む風の音と、病室に入ってからずっと聞こえている一定のリズムを刻む電子音だけだった。

もはや慣れてしまった静寂に一瞬寂しげに目を伏せた友奈だったが、すぐに表情を切り替えるとこの部屋唯一のベッドのそばへと移動する。

手荷物を置き、ベッド脇の小棚の上に置いてある花瓶を手に取ると、備え付けの洗面台へと移動して中の水を入れ替える。何度も来ている友奈にとって、もはや手慣れたルーチンワークだ。

花瓶を小棚に戻した友奈は、そこでようやく備え付けの面会者用の椅子の上に腰をおろした。

そしてそのままベッドの上を、じっと見つめる。

 

白いベッドの上では、紘汰が穏やかな顔で眠っていた。

あの戦いからすでに数週間。その間ずっと、紘汰はこうして眠り続けている。

あれだけの血を流していたはずの紘汰の体には一切外傷は残っておらず、何度検査をしてもどこにも異常は見受けられない。

それなのになぜ目を覚まさないのか。担当医を含め、誰もが首を捻っていた。

 

「………。」

 

紘汰から視線を外し、友奈は病室を見回した。

入院当初殺風景だったこの病室は、時を経るごとにどんどんモノが増えていっている。

友奈を中心に勇者部全員で作った押し花の御守りや、クラスメイト達からの寄せ書き、園児たちが協力して作った千羽鶴に、裕也たちダンスチームのみんなが置いていったコンテストの優勝トロフィーと集合写真など。

こんなにも多くの人たちが紘汰の事を思ってくれているということが、友奈は自分の事のようにうれしくてほんの少し微笑んだ。

 

皆、待ってるんだよ。と、心の中で呟いて、友奈はいつものように眠っている紘汰へと最近の出来事を話し始めた。

 

「樹ちゃんの声、完全に治ったんだよ。文化祭が落ち着いたらカラオケに行こうってクラスの子が誘ってくれたって、嬉しそうに話してた。私たちもまた行きたいよね。前の時もすっごい楽しかったし。」

 

「風先輩もすっごい喜んでて、文化祭の準備にも力が入っちゃってね。讃州中学の歴史に名を刻むんだーって、張り切ってるんだよ。もうすぐ劇の台本もできるみたいだから、その時は持ってくるからね。」

 

「東郷さんも、ようやく松葉杖なしで歩けるようになったんだ。それで、最近は一緒に歩いて登校してるんだよ。まだちょっと危なっかしいところもあるけど、頑張ってる。私と一緒に歩けるのが嬉しいからって…うん、私も嬉しいな。」

 

「夏凛ちゃん、すっごいんだよ。体が治ってからすぐにまたトレーニング始めてね。動けない間になまった体を鍛えなおすって。私も一回一緒にやってみたけど、すぐにへとへとになっちゃって…。」

 

「あ!私もね、味、ちゃんとわかるようになったんだよ。それでね、東郷さんがお祝いにってぼたもち作ってくれたんだ。おいしかったなぁ…久しぶりの東郷さんのぼたもち。」

 

勇者部のみんなの近況から、クラスの事、勉強の事、部活動の事。

日常の他愛ない話を友奈はひたすら紘汰に語り掛け続けた。

でもそんな日常こそが自分たちが戦って勝ち取った、大切でかけがえのない宝物だった。

だからそれを―――みんなの頑張りの結晶を、紘汰に語り続けるのだ。たとえ、何の返事もかえってこないとしても、ちゃんと伝わっていると信じているから。

 

やがて話題も尽き、病室の中には再び静寂が訪れた。

窓の外を見れば、いよいよ日も沈み始めていた。さすがにそろそろ帰らないといけない。

その、前に。

 

ベッドの上、点滴の管が付けられた紘汰の腕へと友奈はゆっくり手を伸ばした。

これは、面会に来た友奈が帰る前にいつもやっていること。しかし何度やっても慣れないし、かといってやめることもできないこと。

紘汰の腕に触れる寸前で、友奈の手がピタリと止まる。中途半端に伸ばされた手は、本人も気づかないうちにと小さく震えていた。

目をぎゅっと瞑って意を決し、そこからさらに手を伸ばす。

友奈の手が紘汰のそれに触れて、ようやく友奈はほっと息を吐きだした。

触れた紘汰の手からはちゃんと、温かい命の熱が感じられた。

それは何より一番の、紘汰がちゃんとここにいることの証明だった。

 

こうして確かめなければ不安になってしまう自分に苦笑しながら、友奈は椅子から腰を上げた。

荷物を取り、窓を閉め、病室を出る前にもう一度振り返る。

 

「それじゃあ紘汰くん。また来るからね。」

 

 

 

 

時間は止まることなく流れていく。

残暑も終わり、風に肌寒さを感じるようになってきた。

紘汰はまだ、目を覚まさない。

 

 

 

 

「あら?」

 

所用があるという友奈と夏凛を教室に残し、一足早く部室へとやってきた東郷が見つけたのは、部室の中で一人、パソコンの画面を熱心に見つめる樹の姿だった。

よほど集中しているのか東郷が入ってきたことにも気づかないようで、その姿に僅かにいたずら心を刺激された東郷は、あえて声をかけることもなく若干足音を抑えながら静かに樹の背後に回るとポン、と肩をたたいた。

 

「何してるの樹ちゃん?」

 

「ひゃわっ!?」

 

期待通り可愛らしい悲鳴を上げながら飛び上がり、目を白黒させている樹。そんな樹をクスクスと控えめに笑いながら眺めていた東郷は、こんなにいい反応をしてくれるのならばなるほど確かに部長がからかいたがるのも頷ける、なんてことを考えていた。

 

「と、東郷せんぱい!?ご、ごめんなさいすぐどきますから…!」

 

「ふふふ。こっちこそ、びっくりさせちゃってごめんなさいね。別にいいのよどかなくったって。私のってわけじゃないんだから。ところで、何してたの?」

 

東郷が再び尋ねると、樹はごまかすように僅かに視線を彷徨わせた後、観念して少しだけ身を引いた。

覗き込んだPCのモニタに映っていたのは、

 

「合唱団?」

 

市が運営する合唱団のHPだった。

画面にはその募集要項が映し出されており、樹はその内容を熱心に読みこんでいたようだ。

 

「えと…はい…。その…歌い方とか、声の出し方とか…こういう所だったら、そういう勉強ができるんじゃないかと思って…。」

 

恥ずかしそうにそう呟く樹を、東郷は眩しそうに見つめていた。

樹のオーディションの事は、もうみんな知っている。一次審査に受かったことも、二次審査には結局間に合わなかったことも。

落ち込んでいるんじゃないかと心配もしていたが、どうやら全くの杞憂だったようだ。

 

とはいえもちろん樹だって、悲しかったし悔しかった。でも、最初からだめで元々のつもりで応募したものだったのだ。

一次審査だけでも合格できたことは、樹にとって大きな自信になったし、先に進む勇気だってもらうことができた。

悲しさや悔しさすらもバネとして、樹はちゃんと前を向いていた。

 

そんな樹を東郷は本当に尊敬していたし、それと同時に少し羨ましくも感じていた。

東郷が大切にしているのは皆と過ごす今であり、これから先、自分が何をしたいのか…そんな明確なビジョンを持っているわけではなかった。

それは決して悪いことではないのだろうが、いち早くそれを見つけたこの年下の女の子の事が、自分よりいくつも大人に感じられたのだ。

失っていた大切な記憶の中、いつだったか、園子と銀と三人でそんな話をした気がする。

あの時、自分はなんといっていたのだろうか。

今度会うときもう一度、話してみるのもいいかもしれない。

 

「――ぱい?東郷先輩?どうしたんですか?」

 

「―――え?あぁ、何でもないのよごめんね樹ちゃん。ちょっとぼーっとしちゃって。…樹ちゃんは、すごいわね。」

 

「え!?わ、私なんて…その…みんなの方がもっと…えと………。」

 

恐縮して縮こまってしまった樹の姿に、やっぱりまだまだちょっと気弱な女の子ねと東郷は苦笑を浮かべた。

 

「とにかく、手伝えることがあったら何でも言ってね。私たちみんな、樹ちゃんの事応援してるんだから。紘汰君が帰って来た時、たくさんびっくりさせてあげましょう?」

 

「はいっ!よろしくお願いします!!」

 

 

 

 

時間は止まることなく流れていく。

季節は本格的に秋へと切り替わり、木々は鮮やかに色を変え始めた。

紘汰はまだ、目を覚まさない。

 

 

 

 

「さぁって、と…。どっから手をつけたもんかしらねー。」

 

放課後の部室で、積み上げられた段ボールたちを目の前に、風はそう呟いた。

部室の片隅に…とは言えないほど中のスペースを圧迫している段ボールの中身は、何を隠そう間近に迫った文化祭で披露する劇で活躍する予定の衣装や小道具、そして舞台を彩るセット達だ。

にわか仕込みの舞台とはいえ今日まで準備してきたこれらの品々は、なかなかのクオリティと物量を誇っている。

しかしその量は、勇者部五人で準備するには流石にちょっと無理があるといえるほど。

しかもその五人それぞれが、戦いの後体が治りきるまでにそれなりの期間がかかっているのだからなおさらだ。

 

ではなぜこれほどまでに準備が整っているのか。

その答えは簡単だ。勇者部の窮状を聞きつけた学校のみんなが有志で協力を申し出てくれたのだ。

勇者部の普段の活動は、学校内外を問わず非常に広範囲にわたる。

発足からこれまで歴史の浅い部ではあるが、その期間の中で多くの人たちが、何らかの形で勇者部の助けを借りていた。

今こそ、恩返しの時。

そう言って一致団結した有志達の熱意は凄まじく、自分たちのクラスや部活の準備もある中で素晴らしいクオリティの物を提供してくれたのだった。

勇者部の部員たちの頑張りもあったとはいえ、それがなければこれだけの物を用意するのは到底不可能だっただろう。

 

風達勇者部の部員たちは、決して見返りを求めてこれまでやってきたわけではない。

しかし、これまでの行いが、守るための戦いが、こうして繋がって返ってきたのだということにちょっぴり泣いてしまったのは風だけの秘密だった。

 

「ちょっと。なにぼーっとしてんのよ。とにかくやらなきゃ進まないでしょ。」

 

「とと、ごめんごめん。…それじゃ、始めましょっか!」

 

その時のことを思い出し、再び目頭をじんわりさせていた風を現実に引き戻したのは夏凛の軽い肘うちだった。

ジト目を送る夏凛から目を逸らしながら改めて荷物の山に向き直ると、一番手近な段ボール箱へと手をかける。

 

「よっこら…しょ――って重ッ!!」

 

気合一発、持ち上げようとした段ボール箱はしかし、全然と言っていいほど持ち上がらなかった。

顔を真っ赤にして踏ん張る風の姿に、横から送られてくる視線が痛い。

いかん、このままでは部長の威厳が。

背中に流れる嫌な汗を感じながら、風は更に力を込めた。

 

「ふぐぐぐ…何入ってんのよこれ……!ちょっと紘―――あ…。」

 

しまった、と思った時にはもう遅かった。

風の口から思わず出たのは、今ここにいない彼女の弟の名前。

あんなことにならなければ確実にここにいたであろう紘汰の名前を言ってしまった気まずさと、だらしねぇな姉ちゃん―――というあきれたような声が返ってこない寂しさに、風の体が一瞬硬直する。

 

「………。」

 

段ボール箱から手を放し、頭の後ろを掻きながらごまかすようにぎこちなく笑う風に、夏凛は何も言わない。

僅かに目を瞑って小さく息を吐くとつかつかと歩き出し、今しがた風が手放した段ボール箱へと手をかけた。

そして、

 

「フンッ!!」

 

段ボール箱を、あっさりと持ち上げた。

 

「お、おぉ…。あんた、やっぱすごいわね…。」

 

「鍛え方が違うのよ鍛え方が。ほら、さっさと行くわよ。この後もやることいっぱい残ってんだから。…最っ高の舞台を準備して、アイツが帰ってきたとき悔しがらせてやるんでしょ?」

 

最後はちょっと早口で言い切って、夏凛はさっと顔をそむけた。

風の位置からその表情は見えないが、それでも真っ赤になった耳からどんな顔をしているかは容易に想像できる。

そんな夏凛の不器用な気遣いに、風は思わず吹き出してしまった。

 

「ふ、ふふふ…そうね…しっかりやんないとね…。ありがと、夏凛。」

 

「わ、私は別に…!…その…勇者部部員として…トーゼンの………。」

 

「へぇ~。『勇者部部員』として、ねぇ。」

 

「な、何よ!文句あるの!?」

 

「そんなこと言ってないでしょ。ただ、夏凛がそういう風に思ってくれてお姉さん嬉しいな~って思っただけ。」

 

「~~~っ!!あぁもう!さっさと行くって言ってんでしょ!!早くしないとおいてくわよ!!」

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ夏凛!あんまり急ぐと危ないわよ!」

 

手ごろな荷物を引っ掴み、肩を怒らせながらずんずんと歩いていく夏凛を追いかけながら、風はこれまでの数か月に想いを馳せる。

 

本当に、色々あった数か月だった。

でも過ぎてみれば悪いことばかりではなかったと、確かにそう言い切れる。

でも、そう締めるにはまだ足りないものがある。

だから―――

 

(だから早く、戻ってきなさい。皆、待ってるんだから―――)

 

 

 

 

時間は止まることなく流れていく。

文化祭当日へ向けて、着々と準備は進んでいく。

本番が近づき、学校中では祭りの前特有のどこか浮ついた空気が流れ始めていた。

紘汰はまだ、目を覚まさない。

 

紘汰は――――

 

 

 

 

 

 

 

―――…。―――…。

 

優しい潮騒が耳を撫でる。

穏やかな潮風が、海の香りを運んでくる。

 

「えー…っと………。」

 

目に痛くない程度の陽光が降り注ぎ、海面をきらきらと輝かせている。

真っ白な砂が波に運ばれ、次々と形を変えていく。

 

「ここ、どこだ?」

 

紘汰は、真っ白な海岸で一人、立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「俺…何してたんだっけ…。」

 

霞がかかったような頭を抱えながら、紘汰はそう呟いた。

今までどこにいて、何をやっていたのか。それが全く思い出せない。

どうしてこんな見知らぬ海岸に一人でいるのか、何もわからなかった。

 

「…そうだ、俺は…。」

 

何もわからないまま、何かに突き動かされるように紘汰はぽつぽつと歩き出した。

どうしてかすらわからないが、どこか、行かなきゃいけないところがあったような…。

 

延々と伸びる波打ち際を、ゆっくりと歩いていく。

どれだけ歩こうとも景色はほとんど変わらず、人はおろか海鳥たちの姿さえ影も形もありはしなかった。

しかし、そんな場所を歩き続ける紘汰の心は今、驚くほど落ち着いていた。

嫌な雰囲気がするわけでもなく、むしろその逆。こんなに気持ちのいい場所なんだから、焦って歩くのももったいない。

 

いつかはどっかにたどり着くだろ。

そんな気楽な気持ちでゆっくりと足を進める。

何せ、その行かなきゃいけないところの事だって何もわからないままだ。

それだって、こうして歩いていればそのうち思い出せるかもしれないし。

 

そうしてしばらく歩き続けるうちにほんの少し疲れを感じた紘汰は、ちょうどよく目の前にあった大きな流木の上へと腰を下した。

一息ついて、海を眺める。

目の前では、相も変わらず穏やかな波が寄せては返すを繰り返していた。

こんなにゆったりした時間は、随分と久しぶりのような気がする。

だってここ最近はずっと―――

 

「あれ?」

 

ずっと―――何だっけ。

一瞬、頭をよぎった何かに紘汰は僅かに首を傾げた。

しばらくうんうんと頭を捻っていた紘汰だったが、結局は何も思い出せず、まぁいいかと思考を投げ出した。

思い出せないことに思い悩んだって仕方ない。そんなことよりも今は、この時間を楽しんでいたかった。

 

足を適当に投げ出して、両手をぐっと空へ突き上げ伸びをする。

そうだ。だってこんなにいい気分なんだから―――

 

 

 

 

「いつまでそうしているつもりだ。」

 

「おわぁっ!!」

 

その時突然聞こえてきた声に、紘汰は文字通りひっくり返った。

伸びをした姿勢のまま後頭部を地面に打ち付け―――やわらかい地面で助かったが―――あお向けに倒れたまま少し涙目であたりをきょろきょろと見回して、しかしそれはすぐに見つかった。

 

反転した視界の中に場違いな黒い革靴が飛び込んで来た。

そしてそこから伸びるのは、やはりこの場にそぐわない黒い高級そうなスラックス。

 

さっきまで誰もいなかったはずのその場所で―――紘汰と同じ黒い髪の青年が、静かな目で紘汰を見下ろしていた。




祝!ちゅるっと放送開始!!
犬と猫とおんなじショート枠…とはいえおめでたい!!
噂はちらほら聞いていましたがまさか本当にやってくれるとは…
これは、続編も本当に来るのか…?

というわけでこれをモチベとして引き続き頑張ります!
(相変わらず遅いですが…)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。