咲き誇る花々、掴み取る果実   作:MUL

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最終話

「いつまでそうしているつもりだ。」

 

まるで最初からそこにいたようにあまりにも自然にその場にあらわれた青年から、紘汰は目を放すことができなかった。

白い砂の上にあお向けに倒れたまま、しかし何も言葉を発することができず、ただ逆さまの景色の中にいる青年を見つめる。

会ったことは…ない、はずだ。でも、この声は、どこかで―――

 

そんな紘汰に、目の前の青年は僅かに嘆息して、

 

「いつまでそうしているつもりだ、と聞いている。」

 

再び同じ言葉を投げかけた。

 

「あ、あぁ…。悪い、今起きるよ。」

 

戸惑いを隠せないまま、紘汰は上半身のバネだけで状態を持ち上げる。

勢いのまま立ち上がると、体からはパラパラと白い砂が零れ落ちた。

顔を顰めながら体についた砂を払う紘汰に対し、青年はやれやれと瞑目して先ほどよりも大きなため息を吐き出した。

 

「そんな話をしているのではない。もう一度言う―――お前はいつまでこの場所にいるつもりだ?」

 

「え?」

 

目の前にいる青年がどうしてそんなことを聞いてくるのか、紘汰は本当にわからなかった。

いつまでも何も、別に自分の意思でここにいるわけでもないし、そもそも今の紘汰には―――

 

「え…と…。そんなこと言われても…大体俺、ここがどこかも、なんでここにいるのかもわかんねぇし…。そもそも今まで一体何を…やってたん…だっけ…?」

 

ついさっき放り出した疑問を目の前に突き付けられ、頭を抱えてうんうんと唸り始めた紘汰を、青年は静かな瞳で見つめていた。

ややあって、未だ頭を悩ませている様子の紘汰に対し、青年は再び声を投げかける。

 

「―――嘘だな。」

 

「は?」

 

「思い出せ。いや、思い出す必要すらない。お前は全部、覚えているはずだ。」

 

こちらを見つめる青年から、目が放せない。

青年の視線に、自分の中の何かを捕まえられているような、そんな気がして紘汰は僅かに眩暈を覚えた。

 

「そんな…こと…。」

 

言葉にならない気持ち悪さが、胸の内から込み上げてくる。

今初めて会ったこの青年が、一体自分の何を知っているというのか。

 

「俺は…俺、は…。」

 

そうだ何も覚えていない。

 

 ―――いや、本当は覚えている。

 

気づいたらここにいて、どうしたいのかも、どうすればいいのかもわからない。

 

 ―――本当は、気づいているはずだ。

 

そんなことない。だって俺は、本当に―――

 

 

 

【―――汰、くん。】

 

 

 

「あ…。」

 

その瞬間、全てが流れ込んできた。

皆の涙。始まった戦い。身を削る仲間たち。過去最大最強のバーテックス。

そして―――

 

「―――あぁ。そう、だったな。」

 

最後にあらわれたバーテックスを、友奈と二人で倒したこと。

結界が解除されるその途中で意識を失い、気が付いたらここにいたこと。

全て思い出した。

いや、思い出したというよりもただ、蓋が開いただけと言うべきだ。

本人ですら気づいていない『何か』でできた蓋がただ、開いただけ。

 

「俺は…友奈と一緒にあのバーテックスを倒して、それで…でも、皆は………。」

 

今までで一番厳しい戦いを乗り越えた。

それはもちろん喜ぶべきことだけれど、その代償はあまりにも大きい。

結界が解除され、世界は元の様相を取り戻した。だがしかし、それでも彼女たちの体は―――

 

「勇者たちの体の事ならば心配しなくてもいい。今頃全て、元に戻っているはずだ。」

 

「…え?」

 

表情暗く俯いた紘汰に投げかけられたのは、そんな予想外の言葉だった。

思わず目を丸くして、そんな言葉を発した青年へと慌てて詰め寄る。

 

「な、なんで!?」

 

「…落ち着け。」

 

掴みかからんといった勢いの…いや、実際に掴みかかってきた紘汰の手を抑えながら、青年は話を続ける。

 

「勇者たちを通じ、精霊を通して神樹は『人間』を学んだ。彼女たちが何に喜び、笑い、怒り、涙するのか。そして一番近い位置で人間を見続けた精霊達がそれ望み、神樹がその願いを叶えた。―――形はどうあれ、彼女たちの体はもう、元の機能を取り戻している。」

 

それを聞いた瞬間、紘汰の体から一斉に全ての力が抜け落ちた。

青年の襟を掴んでいた手がストンと落ち、そのままの勢いで紘汰は地面の上へと座り込んだ。

 

「そうか…!!良かった…本当に良かった…!!………本、当に…。」

 

しわと砂のついた襟元に気を配っていた青年は、尻すぼみになった紘汰の声に僅かに眉をひそめた。

見下ろした先、座り込んだまま地面を見つめる紘汰の表情は、朗報を聞いたにしてはあまりにも固い。

 

「…どうした?嬉しくはないのか?」

 

「っ!嬉しいさ!!嬉しいに決まってんだろ!!嬉しい…けど…。」

 

青年の言葉に、反発するように立ち上がった紘汰はしかし、すぐにまた顔を俯けてしまった。

体の横で固く握られた手が、小さく震えていた。

 

「…わかってるんだ。戦いはまだ、終わっていないって。今回は何とかなったけど、そんなに遠くないうちにまた敵はやってくるんだろ…?そしたらまた、あいつらは…!」

 

「………。」

 

「なぁ、何なんだよ天の神って!なんで俺たちにこんなこと!!一体俺たちが何したっていうんだよ!!………本当に、人間が滅びるまで終わらないっていうなら、俺たちの…あいつらの戦いは―――」

 

何の意味も、ないんじゃないか。

その言葉だけは、何とかギリギリで飲み込んだ。

それを口に出してしまったら、本当に自分の中で何かが折れてしまう。

そんなこと、わかっていたはずだ。わかっていて、自分はそれでも東郷に諦めるなと言ったのだ。

今でもその想いは変わってはいない。それだけははっきりとそう言える。

 

だから、これはただの弱音だ。

仲間たちの前でも―――いや、仲間たちの前だからこそ言うことができなかった、本人も気づかないうちに心の底に押し込めた弱音、不安。

そしてそれが、先ほどまで紘汰の記憶にかぶさっていた『蓋』の正体でもあった。

 

やり場のない感情をぶつけるように、紘汰は握りこぶしを足元の砂へと叩きつけた。

白い砂が飛び散り、紘汰を、そして目の前にいる青年の足元を汚していく。

青年はそれを気にすることなく、そんな紘汰の姿をじっと見つめていた。

 

「天の神が何なのか。どうすればこの戦いが終わるのか。そして―――そんな戦いに意味なんてあるのか。それは誰にも、わからない。」

 

「…っ!!」

 

自分を見下ろす青年の声はあくまで冷静だった。

だが、その冷静さが今の紘汰にとっては無性に腹立たしく、紘汰は感情を抑えるために強く奥歯を噛み締めた。

そんな紘汰の様子をあえて無視するように、青年は言葉を重ねる。

 

「生きていくうえで、自分にとって大切な何かを守るために人は力を求める。お前のように、仲間のためというものもいれば、自らの権力、財産、矜持のためというものもいる。守るべきものの形は人によって千差万別だが、それが人を強くする原動力になるのは誰だって変わらない。」

 

「………。」

 

「しかしある時、人は現実というものを知っていく。己の限界と超えようのない困難。それらと守るべきものを秤にかけ、やがて理想と現実の境目に自ら線を引き、人はその歩みを止める。―――それが『妥協』と呼ばれるものだ。」

 

気づけば紘汰は、青年の言葉に聞き入っていた。

絶え間なく聞こえる波の音の中にあって、なおもはっきりと聞こえる青年の声に、怒りを忘れてただ耳を傾ける。

 

「今のこの世界は、そうした妥協で形作られている。『僅かに残った人類の存続』という題目のため、人々は長きにわたり、様々な不都合に目を瞑ってきた。勇者という名の生贄も、その一部だ。しかし、それを悪だと一方的に決めつけることはできない。そうしなければ生きていけなかった。人は本来、そういう弱い生き物だからだ。だが―――」

 

散々聞いた、大人の理屈。

しかし青年の語る冷静な言葉の端々に、隠しきれない熱を紘汰は感じていた。

そうか。きっと、この青年も―――

 

「それでは、この世界の未来を切り開くことはできない。大きな困難、自分の限界。それにぶつかったとき、”それでも”と、手を伸ばし続けることができるものだけが、歩みを止めなかったものだけが、その先へとたどり着く権利を得る。その先が、本当に光に続いているのかはわからない。だが、現状を打ち破り、天の神から未来を奪い返すための道はその先にしか存在しえない。」

 

「でも、それは―――」

 

「ああ。生半可な覚悟でできることではない。普通に考えれば、その前に何もかも失う公算の方が高いだろう。だが、少なくともお前は一度、実際にそれをやってのけた。」

 

「………。」

 

紘汰の手が、上着のポケットへと伸ばされる。

手を突っ込むとすぐに固い感触とぶつかった。それを握り、取り出す。

あらわれたのは、あの時紘汰自身の力でつかみ取ったカチドキロックシードだった。

 

「お前の決意が、製作者(俺たち)にも想定しえなかった未知の力を引き寄せた。その力は、俺とも異なるお前だけの力。未来へつながる新たな可能性だ。」

 

「これが…。」

 

「その力が本当に世界を変えうるのかは、今はわからない。その力のせいで、より多くの困難がお前の前に立ち塞がることもあるだろう。だが、それを掴んだ時お前が願った想いを持ち続けることができるのならば、いつかその未来に届くかもしれない。―――犬吠埼紘汰。お前に、その覚悟はあるか。」

 

ロックシードは紘汰の手の中で、鈍い光を放っている。

その光を見つめながら、紘汰はこれを掴んだ時のことを思い返していた。

誰のために。何のために。俺が本当に、望むものは。

目を閉じればすぐに、大切な人たちの顔が浮かんでくる。

そうだ。

答えなんてとっくに決まっていた。

紘汰は、手の中のロックシードをもう一度強く握りしめ、まっすぐ青年の目を見つめた。

 

「あぁ、そんなの―――当たり前だ。」

 

 

 

 

 

紘汰の返答を聞いた時、ほんの僅かに目の前の青年が笑みを浮かべたのを、紘汰は見逃さなかった。

だが、それも一瞬。すぐに元の無表情に戻った青年は、もう話すことはないと言うように踵を返す。

 

去っていこうとする見覚えのないこの青年の正体を、紘汰はもう、なんとなく察していた。

ずっと握っていたカチドキロックシードをポケットにしまい、代わりに別の物を取り出した。

取り出したのはメロンエナジーロックシード。かつて乃木園子に託された、彼女の兄の形見だった。

 

「おい、ちょっと待ってくれ!これ、あんたのだろ!?」

 

青年が足を止め、顔だけを背後に向ける。

紘汰が握るロックシードを視界に納めた青年は、ほんのわずかに瞑目したもののそれ以外反応を示すことはなく、再び歩き出そうとする。

 

「ちょ、ちょっと待てって!」

 

「それはお前が持っているといい。…俺にはもう、必要のないものだからな。それで、今代の勇者たち…お前の仲間たちを守って―――!?」

 

その時、突然背後から感じた気配に、青年はとっさに手を伸ばした。

固いものがぶつかる感触―――青年の手の中には、メロンエナジーロックシードが収まっていた。

流石に無視することもできず振り返った青年の視線の先では、明らかに何かを投げたフォームのままの姿のまま、紘汰がまっすぐにこちらを見据えていた。

 

「お前…。」

 

「お断りだ!自分の守りたいものぐらい、自分で守れ!!」

 

「しかし、俺は…。」

 

「しかしじゃない!まだ、守りたいって思ってるなら、あんたももう一度変わって見せろ!!俺だって変われたんだから、あんたにだってできるはずだ!!―――だってあんたはまだ、ここにいるじゃないか!!!」

 

「犬吠埼…紘汰…。」

 

紘汰の視線の先、手の中のロックシードに視線を落とした青年が見える。

その目に宿る感情は複雑すぎて、今の紘汰に読み取ることなどできはしない。

しばらくそうしたあと、結局青年は何も言わず、今度こそ本当に去って行ってしまった。―――その手に自らのロックシードを握りしめたまま。

あの青年が、これからどうするのかは紘汰にはわからない。

だが、紘汰の言葉は、想いはきっと伝わったはずだ。

 

「よしっ!!」

 

青年の見送りを終え、紘汰は海の方へと向き直った。

これから先の未来への恐怖も不安も、消えたわけではない。

でも、それでも諦めないと決めた。この決意と想いは、絶対に変わらない。

この先に何が待ち受けていようとも、きっと乗り越えて最高の未来へとたどり着いて見せる―――仲間たちと、一緒に。

だから

 

「まってろ皆!!今、帰るから!!!」

 

果てしなく広がる海と空に向かって、大きく一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心地よい秋晴れの中、実行委員の開会宣言の元、とうとう讃州中学文化祭は開催された。

 

あちらこちらでお客を呼ぶ生徒たちの声。そして食欲をそそる色々な食べ物の香り。

いつもの学校を包む楽し気な非日常感は、ここにいる人たちの心をどうしたって湧きたてる。

それはもちろん、讃州中学勇者部の面々も例外ではない。

 

勇者部の出し物は劇ということで、準備を終えた今となっては常にやることがあるわけではない。

出番が来るまでの時間を、クラスの出し物の手伝いや、皆で一緒にそれらを見て回るなどの時間にあて、それぞれがめいいっぱい文化祭を満喫していた―――心の隅に、隠しきれない寂しさを抱えたまま。

 

そうこうしている間に、時間はあっという間に過ぎていく。

出番をあと数分後に控え、勇者部の5人は今、ステージとなる体育館の舞台袖へと集まっていた。

今日の演目の内容は、いつか皆で子供たちに披露した勇者と魔王の人形劇。それを、舞台用に書き直したものだった。

勇者役は友奈、魔王役が風。他のメンバーは持ち回りで小役や音響、舞台の入れ替えなどを担当する。

 

「―――奈、友奈!ちょっとアンタ聞いてんの!?」

 

「…え?あぁ、ごめん夏凛ちゃん。どうかしたの?」

 

我に返った友奈の目に飛び込んできたのは、眉間にしわを寄せている夏凛の姿だった。

何度呼んでも反応のない友奈を直接呼びに来た夏凛は、本番の衣装に身を包みながらぼんやりと舞台の上を眺めていた主演女優の姿に小さくため息を吐く。

 

「どうかしたのはこっちのセリフよ。本番前だってのに、ぼーっとしちゃって。」

 

「あ、あはは…。ちょっと緊張しちゃってたみたい。でもほらっ!もう大丈夫だから!!」

 

大丈夫じゃない…わけではないのだろうが、明らかに様子のおかしい友奈に、夏凛は再びこっそりと息を吐いた。

友奈のこんな様子は、今に始まった話ではない。というか友奈に限らず、ここ最近の勇者部の中では割とよく見る光景だった…もちろん、夏凛も含めて。

その原因も、それが現状どうすることもできないこともよくわかっていたから、少し心配ではあるが、あえて夏凛は何も言わなかった。

友達同士といっても、放っておいてほしい場面もある。讃州中学にきて早数か月、そういった距離感の掴み方にも随分慣れてきた夏凛だった。

 

「……まぁ、いいけど。いつものやるって風が呼んでるから、さっさと行くわよ。」

 

「あ、まってよ夏凛ちゃん!」

 

何も言わずにずんずんと進んでいく夏凛の背中を、友奈は慌てて追いかけていく。

友奈自身、ごまかしきれていないことは自覚していたが、それでも黙っていてくれる夏凛の気遣いが、今は正直嬉しかった。

 

夏凛が向かった先には、これまた本番用の衣装に身を包んだ風が腕を組んで堂々と立っていた。魔王の恰好で仁王立ち、ということでさぞ威厳があるかと思いきや、園児達が来るということでどちらかといえばわかりやすさを重視したそのデザインは、怖さよりもむしろコミカルさが先立っていて、友奈は少し笑ってしまった。

緊張気味の樹を励ましていた東郷に軽く挨拶をしたら、誰からということもなく自然と円陣が形成された。

 

「もうすぐ本番なわけだけど―――皆、準備はいいわね?」

 

風が発した言葉に、皆が大きく頷いた。

5人で作る円陣は、なんだか見た目よりもとても小さく感じられた。

最後に6人で円陣を組んだのは樹海の中だっけ。あの時は紘汰くんが隣で…紘汰くん、背が高いから隣だとちょっぴり大変で―――

トントン、と背中を叩く感触で友奈ははっと我に返った。

前方で、軽い演説をしていた風が少し怪訝な表情でこっちを見ている。

ごまかすように少し笑って、ちらりと隣に目を滑らせた。

こっそり助けてくれた夏凛は、何でもないような表情で正面に顔を向けていた。

そんな夏凛に、心の中でありがとうと呟いて、今度こそと気を取り直して風の号令を待った。

 

「それじゃ皆!これまでの練習の成果、皆に見せてあげましょう!勇者部ファイトォーーーー!!」

 

「「「「おぉぉーーー!!! 」」」」

 

 

 

 

 

そうして、勇者部の演目『明日の勇者へ』は開演した。

最初の方は緊張もあって、細かいミスなどもあったが、それぞれがそれぞれをフォローしあうことで概ねつつがなく劇は進行していく。

クラスメイト達をはじめ、いつも交流のある幼稚園の子供たちや商店街の人々などで、会場はほぼ満員。反応も上々だ。

勇者部は人数も少ないため、あまり色々と話を広げられないが、少ないなりに工夫して準備と練習はしっかりとやってきたつもりだ。期待以上の手ごたえに皆内心でガッツポーズを作っていた。

 

そして舞台は遂にクライマックス。勇者と魔王が対峙するシーンが始まった。

 

「が~はっはっはっはっはぁ!結局、世界は嫌なことだらけだろう!つらいことだらけだろう!お前も、見て見ぬふりをして堕落してしまうがいい!!」

 

月夜に浮かぶ魔王城を背景に、魔王が大きく手を振り上げて、剣を構える勇者へ堕落を迫る。

舞台袖では東郷が合図を送り、夏凛のレバー操作で紙吹雪が舞い始めた。

 

「嫌だ!」

 

紙吹雪の中、スポットライトに照らされて、勇者は魔王に対して臆することなくきっぱりと拒絶の言葉を口にする。

 

「あがくな!現実の冷たさに凍えろ!!」

 

「そんなの気持ちの持ち様だ!」

 

なおも勇者の心を折ろうとする魔王。しかし、そんな言葉で勇者は決して折れたりしない。

 

「何!?」

 

「大切だと思えば友達になれる。互いを思えば、何倍にも強くなれる。無限に根性が湧いてくる。世界にはつらいことも、悲しいことも、自分ではどうにもならないこともたくさんある。」

 

気づけば誰もが、友奈の言葉に引き込まれていた。

特別なことはない。わかりやすさを重視したありふれたともいえる勇者の言葉。演技だって、はっきり言って素人に毛が生えた程度だ。

それでも―――

 

「―――だけど、大好きな人がいれば、くじけるわけがない。諦めるわけがない。大好きな人がいるのだから、何度でも立ち上がる。諦めない限り、希望が終わることはないのだから。」

 

それでも、友奈の言葉には確かな実感が込められていた。

だって、これまでずっと、そうしてきたのだから。

そう信じて、全部を乗り越えて来たのだから。

 

引き込まれているのは観客だけではない。舞台上にいる仲間たちでさえ同じだった。

友奈の言葉が、会場全てを飲み込んでいく。

 

そして異変が起きたのは、まさにそんなタイミングだった。

 

「例えどんなにつらくても。何を………なに、を………。」

 

クライマックスを飾る勇者の長台詞。言い切るまであと少しというところで、友奈が声を詰まらせた。

 

「な、何を、う…う…うし……う、ぁ……。」

 

何を、失ったとしても。

その言葉が、どうしても出てこない。

 

うまく動かない喉を抱えて、友奈は舞台上で一人、自分に言い聞かせた。

失ってない。

失ってなんか、ない。

絶対に、絶対に紘汰くんは………

 

会場がにわかにざわめき始めていた。

舞台上の勇者―――友奈の目には、涙が浮かんでいた。

いや、友奈だけではない。

それは、反対側にいる風の目にも。

そして、舞台袖にいる東郷や夏凛、そして樹の目にも。

 

今までずっと抑えてきた不安が、今、このタイミングで一気に吹き出していた。

失ってしまうかもしれないという恐怖が、友奈の喉を凍らせていた。

 

大丈夫。

大丈夫だから。

紘汰くんは、絶対に帰ってくるから。

だから、早く言わないと。

ほら、お客さんだってびっくりしちゃってる。

だから、早く―――

 

 

 

 

 

 

「勇者部!ファイトォォォーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

「―――え?」

 

思わず、観客席を見渡した。

満員の客席の中、端から端まで、慌てて視線を走らせる。

向かいでは、風も同じように観客席の方を見ていた。

聞き間違い―――じゃ、ない?

 

聞こえた声は、確かめる前にすぐさま別の声援に掻き消されてしまった。

満員の会場の中に、それらしい姿は見当たらない。

でも、確かに聞こえた。

あの、声は―――

 

(―――うん。そうだよね。)

 

心の中が、温かいもので満たされていく。

 

(私たちは、絶対に―――)

 

その温かさの正体を、友奈はよく知っていた。

右手の甲でぐいっと目元を拭ったら、涙はもう止まっていた。

 

「失わない。失いたくない。絶対に、失ったりなんかしない!!」

 

「…え?ちょっとゆう―――」

 

周りの声援に答えるように、友奈は再び声を張り上げる。

続いた言葉は、台本とは違っていた。友奈の声に我に返った風が、思わず戸惑いの声を上げる。

 

「諦めない勇気を、私たちは持っているのだから。信じぬく勇気を、私たちは知っているのだから。―――だってそれが、勇者だから!!」

 

本来のセリフから少し浮いたその言葉。

台本にないその言葉は物語の勇者の言葉などではなく、結城友奈自身の言葉で―――しかし確かに『勇者』の言葉だった。

 

自信の言葉を堂々と言い放った友奈の姿を、風は正面から眩しそうに見つめていた。

しかし、惚けていたのはほんの一瞬。

友奈につられるように口の端を持ち上げて、『魔王』としての役割を果たすために風もまた口を開いた。

 

「そうか、ならその勇気とやらを見せてもらおうか!―――こい!勇者よ!!」

 

「いくぞ魔王!!うおおおーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

勇者部の公演は、たくさんの拍手に包まれながら、大好評で幕を下ろした。

舞台から降りた勇者部の部員たちは、片付けもそこそこに一斉に駆け出した。

申し合わせたわけではない。だが、皆目指す場所は自然と一緒だった。

 

体育館を出て、校舎へと繋がる渡り廊下を駆け抜ける。

すれ違う人々の隙間を、時にぶつかりそうになりながら走り抜けた。

渡り廊下を通り抜け、校舎の中へとなだれ込む。

校舎の中では、更に多くの人たちがひしめいていた。

ごめんなさいと声を上げながら、人々を押しのけて突き進む。

今の友奈たちには、驚いた様子の通行人の人たちに気を配っている余裕もない。

遠くの方から、先生たちの怒った声が聞こえてきた。

しかしそれでも、友奈たちは足を緩めることはない。

ごめんなさい。後でちゃんと、謝りますから。だから、今だけは。

 

階段を数段飛ばしで駆けのぼり、三階の廊下へと。

目指す場所はあと少し。

普通の教室が並ぶ場所とは少し離れたこの辺りは、他よりも人が少なかった。

ここからは一気にラストスパートだ。

 

そしてたどり着いたのは、見慣れた扉の前。

その部屋は家庭科準備室―――勇者部の部室。皆の、大切な場所。

 

部屋の中に人の気配を感じ、先頭にいる友奈は少し息を呑みこんだ。

さっきからうるさいほどに聞こえている心臓の高鳴りは、決して激しい運動のせいだけではない。

扉の取っ手にかけた手が、ほんの少し震えていた。

 

ちょっとだけ、怖い。だけど―――

 

一瞬、ぎゅっと目をつぶり、それを開くと同じタイミングで、一気に扉をあけ放った。

視界に飛び込む、いつもの部室。

 

その、陽だまりの中―――

 

 

 

 

―――求めていた人がそこにいた。

 

 

 

 

「「あ…。」」

 

どちらからともなくこぼれた声が、重なった。

お祭りの喧騒が、やけに遠くに聞こえている。

まるで、今この場所だけ、世界から切り離されているようだった。

誰も声を発することができない中、一番前にいる友奈はその人とじっと見つめあっていた。

数か月前と少しも変わらない様子でバツの悪そうな表情を浮かべるその姿に、今日これまでの時間がまるで嘘のように感じられて、友奈はほんの少し腹立たしかった。

 

彼の病室へ何度も通う中で、起きたら何を言おうかなんてことを考えていたのを、友奈は思い出していた。

良かった、だとか。心配したんだよ、だとか。ありがとう、だとか。

そしてその時自分は怒っているだろうか。それとも泣いているだろうか。

ようやく、その答え合わせの時が来た。

 

見なくてもわかる。

自分が今、浮かべている表情。

そして、あれこれ考えていたことは全て吹き飛んで、真っ先に浮かんできたのはやっぱりあの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい――――紘汰くん。」

 

微笑む私から出てきた言葉に僅かに戸惑ったその人は―――紘汰くんは。

すぐに太陽のような笑みを浮かべながらこう言った。

 

「ああ。ただいま――――友奈。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『結城友奈は勇者である』

       ×

  『仮面ライダー鎧武』

 

 

【咲き誇る花々、掴み取る果実】

 

   第一章:運命の章

 

     ~完~




第一章、これにて終了。

2018年から投稿を開始して2年半以上。まさか一章だけでここまでかかるとは。
本当に、相性いいかもと妄想し、アウトラインだけで走り始めたこの作品。
少し投稿して反応悪ければやめようとも思っていましたが、私が思っていた以上に色んな多くの人たちに応援していただき、何とかここまで書ききることができました。
お気に入り、評価、そして感想をくださった皆様には、改めてお礼を言わせていただきます。
本当に、ありがとうございました。


とはいえまだ一章が完結しただけで、二章三章と控えております。
一章にこんだけかけておいて、最後まで行くのに一体どれだけかかるやら…。
投稿開始当初よりも投稿ペースも落ちてしまって、なんだか衰えを感じています。
形はどうあれ、キリのいいところまで書ききったところですが、技量的なものは上がったのかそうでもないのか。

今後に関してですが、とりあえず一章の全体修正をした後、三章の序章+予告編を制作して二章に突入する予定です。でもずっと放置している例の短編の方にも、ひょっとしたら手を出すかも…
勢いのままに書き続けて、いろいろと荒いところの多い拙作ですが、今後も細々と続けていく所存ですのでよろしければ引き続きお付き合いください。

ではまた、次の章で。

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