いつだって俺は、口ばっかりだ。
車いすを走らせながら紘汰が感じるのは、自分に対する強い憤りだった。
大切なものを守れる強い自分になりたいなどと言いながら、こんな肝心な時に守るどころか守られてしまっているちっぽけな子供。それが今の、犬吠埼紘汰の現実だ。
風と樹。たった二人の大切な家族と別れた時からずっと、内側から紘汰を焼き尽くすように湧き上がる怒りと悔しさ。
今にも足を止めて叫びだしたくなるようなその感情に、それでも必死で耐えているのは最後の意地と、姉と交わした約束のためだ。
車いすを押す腕から、確かな重さを感じる。
紘汰が東郷の車いすを押すのはこれが初めてのことではない。だが、いつも感じるそれよりも今日は何倍にも重く感じられた。
単純な重量などではない、それは東郷の『命』の重みだった。
後ろからは友奈の息遣いが聞こえている。
逃げ始めてからそれほど時間はたっていない。普段の友奈ならば顔色一つ変えずに走れる距離にもかかわらず、彼女の息が乱れているのは不安と恐怖の現れだろうか。
怒りも悔しさも今だけはおいていこう。
ちっぽけな子供だったとしても、姉は自分を信じて二人の事を任せてくれたのだ。その信頼と約束を、裏切るわけには行かない。
いや、約束などなくたって二人は大切な仲間なのだから。
しばらくして聞こえ始めた断続的な爆発音に、東郷が小さく悲鳴を漏らす。どうやら、戦いが始まったらしい。
再び止まりそうになる足を無理やり動かして紘汰は走りつづけた。
どこに逃げればいいかなんてわからない。
とにかく、できるだけ離れなければ。
「もしもし!?風先輩!?大丈夫なんですか!?」
後ろから聞こえた友奈の声に、思わず足が止まった。
振り向いた先に見えたのは、スマホを耳に当て誰かと通話をする友奈。内容からして相手はどうやら風の様だ。
そう認識した瞬間、紘汰は思わず声を上げていた。
「姉ちゃん!?なあ友奈!姉ちゃんは無事なのか!」
「うん!まだ戦ってるみたいだけど、二人とも無事だって!」
「そうか!あぁ、姉ちゃん、樹…。」
さっき爆発音が聞こえてからずっと頭をかすめていた悪いイメージがようやく消えていくような気がして、紘汰は別の意味で折れそうになる足を何とか支えながら小さく息を吐き出した。
直接声が聞きたかったが、ここはぐっと我慢する。
残った二人のことが心配なのは、何も自分だけではないのだ。
前方では東郷も友奈の声にじっと耳を傾けていた。
「はい、はい。―――――――いえ、いいんです。風先輩が黙っていたのは、私たちのことを思ってなんですよね。家族にも、打ち明けることもできずに。」
友奈の言葉で、声は直接聞こえなくても風がどんなことを言っているのかはわかる。優しい姉は、こんな状況に後輩を巻き込んで平気な顔をしていられる人間ではないのだから。
そして優しさと強さは、友奈だって負けてはいない。
「それって、勇者部の活動そのものじゃないですか!でも、言いたいことはありますから、絶対、また後で会いましょう!」
力強くそう言ってくれた友奈に、紘汰は心の中でそっとお礼を言った。
本当に、友奈の言葉はいつだって自分に勇気を与えてくれる。
俺が、守るんだ。
そう決意を新たにしたとき、遠くから一際大きな爆発音が轟いた。
「先輩!?風先輩!!」
切迫した友奈の声に、背筋が凍り付いた。
先ほどよりも鮮明に襲ってきた嫌な想像に、紘汰は今にも足元から崩れ落ちてしまいそうだった。
今すぐ駆けだして無事を確かめたい。
しかし、状況はそれを許さない。あいつが、こちらを見ているのだ。
友奈、そして東郷へと順番に視線を向ける。
再び不安に染まった二人の顔を見て、紘汰は胸の前でぐっと拳を握りしめた。
「友奈、頼みがあるんだ。」
「紘汰…くん…?」
意を決した紘汰は、友奈に向き直った。
傍らには、心配そうにこちらを見上げる東郷もいる。
「俺が何とかあいつの注意を引いてみる。その隙に、東郷を連れて逃げてくれ。」
「っ!?そんな!ダメだよ紘汰くん!」
「このままじゃ皆が危ない。心配すんな、俺が運動得意なの知ってるだろ?あんなノロそうなやつから逃げるなんて楽勝だ。―――東郷を頼む。お前の親友は、お前が助けてやってくれ。」
そんな紘汰を見つめる友奈の目には、涙が浮かんでいた。
先ほどから連絡の途絶えた風と樹の安否はまだわからない、その上で紘汰までが自分たちのために行こうとしている。
そんなこと、簡単に受け入れられるわけがない。それに、助けるべき友達というのなら―――
「そんな、そんなの!紘汰くんだってそうだよ!」
「そうよ!それに、それなら私を置いて二人で逃げて!二人が危険な目に合うぐらいなら、私が…。」
震えながら言う東郷の肩に手を置きながら、紘汰はゆっくり首を振った。
あぁ、本当に…俺の親友たちは、いいヤツばっかりだ。
「そんなこと言っちゃだめだ、東郷。友奈も、ありがとうな。でも、そんなお前らだからこそ俺はこうしたいって思うんだ。大丈夫だ、俺は諦めたわけじゃない。だから絶対後で―――また会おう。」
それだけ言って紘汰は、返事も聞かずに駆けだした。
後ろから、二人の声が聞こえてくる。だが、紘汰はあえて聞こえないふりをした。
こんなことはただの自己満足で、二人を悲しませるだけの行為なのかもしれない。それでも引き返すつもりは毛頭なかった。
今の紘汰を突き動かすのは、何もできなかった悔しさだ。
肝心な時に役に立たない自分。でも、こうすることでようやく少しは胸を張っていけるような気がした。
悠然と空に浮かぶバーテックスの方へ向かいながら、そういえば、と紘汰はポケットに手を伸ばす。
手に触れた固い感触。そこには、教室から出てくるときにわざわざ持ってきた例のケースが入っていた。
それは今朝、紘汰の腰に巻き付いている謎の機械と一緒にあの怪しげな男が渡してきたものだ。
もしやと思って持ってきたが、あの男がこうなることを知っていたのはもはや確定と考えていいだろう。
だとすると、これもこの状況で何かの役に立つものなのではないだろうか。
そう思い、もう一度確認してみようとポケットから取り出したとき、これまでゆっくりと近づいてきていたバーテックスが、明らかな反応を示した。
「まさか、これが気になるのか?」
ケースをポケットから取り出した途端、バーテックスは明らかに3人ではなく紘汰の方へと目標を切り替えた。
どういうことかはわからないが、これはまぎれもなくチャンスだ。
「こっちだ!バケモン!」
そう大きく声を張り上げると、ケースを見せつけながら紘汰は二人からなるべく離れるように大きく移動を開始した。
これの中身も、なぜ反応したかもわからない。しかし今はそんなことどうでもいい。
二人が逃げる時間を少しでも稼ぐためならば、使えるものは何でも利用させてもらう。
必死で走る紘汰の後ろを、バーテックスが追いかけてくる。
前方に立ちふさがる樹木を、時にくぐり、飛び越えながらも紘汰のペースは落ちない。
ここで自分があいつを引き付ければ引き付けるほど皆が助かる可能性は大きくなるのだ。
そう思うと、無限に力が湧いてくる気がした。
これならいける。
そう思った紘汰を背後から襲ったのは、もう聞きなれてしまった爆音と、熱風だった。
ちょこまかと逃げ回る紘汰に業を煮やしたバーテックスは、どうやら戦法を切り替えたようだ。
舌打ちしながらも紘汰は、狙いをつけられないようにジグザグに走り続ける。
さっきよりも消耗は激しくなるが、とにかく足を止めたらそれこそ終わりだ。
爆風に翻弄されながらも懸命に走り続ける紘汰。しかしそんなこと、いつまでも続くわけがない。
いくら人並み外れた運動能力を持つとはいえども、勇者でもなんでもないただの人間には限界というものが存在するのだ。
そして、終わりは唐突に訪れる。
(やべぇ!!)
そう思ったときにはもう遅い。
疲労により上がらなくなっていた足が、ついに木の根に躓いた。
態勢を崩し浮き上がった紘汰の体を、真横に着弾した爆風が容赦なく吹き飛ばす。
紘汰の体は勢いよく弾き飛ばされ、一際大きな樹木へと叩きつけられた。
全身を襲う痛みに意識が朦朧とする。
走り続けて酷使した足が悲鳴を上げていた。
肺が貪欲に空気を欲するも、背中を打ち付けた衝撃でうまく呼吸ができない。
(体――動、かねぇ…。息、も………。)
足を止めた標的に向かって、バーテックスがゆっくりと近づいてくる。
脳裏を横切るのは、今まで出会った皆の顔。
ダンスチームの仲間、地元の人々、クラスメイト達。そして、勇者部の皆、別れ際の―――友奈の涙。
(う、ごけ…!!)
そうだ動け。
こんな所で死ぬわけにはいかない。あんな顔をさせたままここでお別れだなんて、そんなことが許されるわけがない。
(約、束…したんだ!また、会おうって…!だから俺は…絶対に諦めねぇ!!)
霞んだ視界の中、傍らに転がる黒いケースが見えた。
黒一色だったはずのそれの中から、赤い色が顔をのぞかせていた。
吹き飛ばされた衝撃でケースが破損し、見えなかった中身が姿を現していたのだ。
(赤い…果実…?)
何かに突き動かされるように、ゆっくりとその実に手を伸ばす。
痛みと疲労は相変わらず紘汰を苛み、体は未だうまく動いてはくれない。
それでも紘汰は残る気力を総動員し、まるでそれが最後の希望であるかのように必死に手を伸ばし続けた。
永遠にも感じる数秒間。
そしてついに、震える手が赤い果実を掴み取り―――紘汰の視界は、白い光に包まれた。
咄嗟に伸ばした手が、むなしく空を切った。
行ってほしくない、と無意識に動いたその手は、結局何も掴むことはできなかった。
私たちのことを守りたい。そう言った男の子は、こちらを振り向くこともなく怪物のほうへと行ってしまった。
思い出すのは、最愛の家族たちと離れたときに見せた悔しそうな表情と、零れ落ちた涙。
別れ際、決意を秘めた表情に、一体何を言えばよかったのか。何が正解だったのか。
今自分たちがいる場所から少し離れたあたり、ゆっくりとこちらに近づきつつあった怪物が、突然何かに誘われるように方向を変えた。
彼が、自分の言葉の通りあいつを引き付けてくれているのだ―――私たちを、守るために。
「友奈ちゃん…。」
傍らの東郷が、そっと手を握ってくれた。
手に触れた感触に一瞬僅かに体を震わせた友奈だったが、すぐにその手を握り返した。
つないだ手から伝わる温かい熱が、友奈の凍った体を融かしてくれていた。
言葉にならない感情が、自分の中で渦巻いている。
それを絞りだすように、友奈はぽつりと口を開いた。
「東郷さん。私ね…紘汰くんを止められなかった。」
言葉を紡ぐたび、自分の中で渦を巻く感情が、形になっていくような感じがした。
東郷は何も言わない。ただ、先ほどより少し強く手を握ってくれた。
「あんな顔した紘汰くんに、なんて言えばよかったんだろう。私、何も言葉が出なくなっちゃってたんだ。」
東郷に応えるように、友奈の握る手も強くなる。
俯いていた顔は、いつしか前を向いていた。
どうすればよかったのか。どうしたかったのか。そんなことはまだ全然わからない。
でも少なくとも、こんなところで立ち止まっていちゃいけないことだけはわかっている。
だから―――
「だから、行かなきゃ。まだ、うまく話せないかもしれないけれど…伝えなきゃいけないことが、いっぱいあると思うんだ。」
つないだ手と手の反対側で、友奈は力を握りしめる。
今の自分にできないのならば、できる自分になればいい。
その手段は既に、この手にあった。
そんな友奈を見つめる東郷は、小さく嘆息すると静かに微笑んだ。
「私も行くわ。友奈ちゃん。」
「東郷さん…でも…。」
「いいのよ友奈ちゃん。私たち、親友でしょう?それに、紘汰君に言いたいことがあるのは私だっておんなじなんだから。」
体の震えはもう止まっている。
勇気なら、皆が与えてくれた。
「…そうだね。行こう、東郷さん。一緒に!」
「行きましょう友奈ちゃん。一緒に。」
遠くからまた、爆音が聞こえ始めた。
ゆっくりしている時間はない。
スマホを持つ手を思いっきり前へと突き出した友奈は、東郷とつないだまま手をそのままに大きく息を吸い込んだ。
これからするのは宣誓だ。
新しい自分に変わるための、宣誓。
「讃州中学勇者部!結城友奈!!」
「同じく、東郷美森!!」
友奈の声に、東郷が合わせる。
二人の手の中で、勇気のつぼみが花を開いた。
「「私たちは!勇者になる!!」」
白い光が収まった時、紘汰の視界に広がったのは同じく白い空間だった。
先ほどまで視界を埋め尽くしていた不思議な樹木達、そして自分を追いかけまわしていた敵の姿はどこにもなく、あるのはただ、耳が痛くなるような静寂と、どこまで続いているのかわからない純白だけ。
「ここ…は…?」
方向という概念さえも失いそうなその空間で、紘汰はぎこちなく周りを見回す。
さっきまで確かに自分は、樹海と呼ばれる場所にいたはずだ。
あの二人を逃がすためにバーテックスを引き付けて、それで―――
「…まさか死んじまった…とか…?」
この状況で思いつく最も嫌な想像に焦る紘汰。
凄まじい衝撃と痛みの記憶は確かにある。しかし、今の自分の体からはその余韻すらも感じられない。
その事実が、より一層紘汰の想像を補完していた。
「そんな…まさか…―――いや、違う…!!」
そうだ。
この際、自分がどうなっているかなんてことはどうでもいい。
まだみんなが無事かどうかもわからないのに、こんなところでじっとしているわけには行かない。
例え本当に死んでしまっていたとして、ここが死後の世界なのだとしても何がなんでも帰らなければ。
でも一体、どうやって?
そうやって、紘汰が右往左往していたその時、
【―――お前は、運命を選ぼうとしている。】
誰もいないと思っていた空間に、突然声が響いた。
少なくない驚きと共に反射的に振り向いた紘汰の目に映ったのは、声を発したと思われる人の姿―――ではなく、不思議な雰囲気を纏った青い鴉だった。
まさか、こいつが?
ありえないとは思うが、ここには自分とこの鴉しかいない。
いよいよほんとにお迎えなのかと絶望しかけたとき、再びその声が紘汰の頭を揺さぶった。
【この先に踏み込めば、もう後には戻れない。最後まで、戦い続けることになる。】
どこか悲しそうなその声を聞いて、紘汰は不思議と落ち着きを取り戻していた。
自分を見つめる目の前の鴉に紘汰もまた視線を向ける。
鴉は黒曜石のような黒い瞳でじっと紘汰を見据えていた。
「えっと…やっぱり…お前が話してんのか…?」
鴉は何も言わず、ただ僅かに頷いた。
樹海、バーテックスに始まって、お次は謎の白い空間に喋る鴉ときた。次から次へと起こるわけのわからない現象に紘汰の頭はオーバーヒート寸前だ。
いや、しかしそんなことよりも気になることがある。今、目の前にいるこいつは確かさっき―――
「戦う…って…確かそう言ってたよな。もしかして俺にも戦う手段があるってことなのか!!??」
【…それを決めるのはお前自身だ。】
―――戦える。俺も、姉ちゃん達と一緒に。
その可能性に、紘汰は無意識にごくりとつばを呑み込んだ。
たった今自らの無力さを痛感したばかりの紘汰にとって、それはあまりにも魅力的な誘惑だった。
「そんなの決まって―――」
【その前にもう一度問おう。犬吠埼紘汰。】
一も二もなく飛びつこうとした紘汰の声を、鴉の静かな、しかしはっきりとした声が遮った。
心の底まで見透かすような鴉の視線に、紘汰は思わず言葉を詰まらせる。実際にはそうなっているかはわからないが、背中がじっとりと濡れていくような感覚を紘汰は感じていた。
押し黙った紘汰を正面から見つめながら、鴉は再び口を開く。
【その道を選べばお前はもう引き返せない。この戦いの運命から逃れることはできなくなる。それでも――――】
そこで一度、鴉は言葉を切った。
そこに秘められた感情を理解するものはいない。紘汰は勿論、鴉自身にさえも。
沈黙は一瞬。
そして鴉の口から運命の言葉が放たれた。
【―――それでもお前は、
軽率な解答は許さない。鴉の瞳がはっきりとそう告げていた。
鴉が問いかける質問の意味を、紘汰は決して完全には理解していない。
しかし、その言葉の重みだけは、肌を通してしっかりと感じていた。
だから紘汰は、今度は自分の言葉ではっきりとそれに応えた。
反射的だったさっきとは違う、本当の自分の言葉で。
「あぁ。―――それで、皆が守れるのなら。」
”皆を守れる自分になりたい”―――そう、いつも思っていた。
それは具体性のない、まさしく子供の夢といった目標で、自分でもどうすればいいのかなんてことはわかってはいなかった。
しかし今日、突然本当にそれが必要になった時、紘汰は結局何もできなかった。
その時に感じた悔しさ、無力感はきっとこれから一生忘れることはないだろう。
だが今、その状況は変わろうとしている。
『戦いの運命』とやらが、自分自身に何をもたらすのかなんて、紘汰には想像もつかない。
その先にどんな苦しいことが待っているのだとしても、何もできない自分はもう、嫌だった。
「あんたが言う運命ってやつのこと、俺は多分全然わかっていないんだと思う。でも、そうだとしても俺はそれを選びたい。選んだ先で、皆を守れる力が手に入るなら、俺は今度こそなりたい自分に変わってみせる。」
【…………。】
紘汰の言葉に鴉はほんの少しだけ目を伏せ、その後大きく羽ばたいた。
そのまま紘汰に向かって飛び、掴んでいた光を放り投げる。
受け取った紘汰を一瞥すると、最後の言葉を投げかけながら、白い空間の果てに向かって飛び立った。
【いつだって、最後に何かを成し遂げるのは、そういう奴なのだろう。いいだろう犬吠埼紘汰、私たちはお前に力を貸す。選んだ運命のその先に、お前がたどり着けるのを願っている―――】
その声が聞こえなくなるころには、不思議な鴉の姿はもう見えなくなっていた。
それと同時に再び白い光が視界を覆い、体が浮遊感に包まれる。
この夢のような時間も、もうすぐ終わるのだろうか。
目覚める先に、不安はない。
新しいステージの始まりの予感に、不思議と紘汰の胸は躍っていた。
目を覚ました紘汰の前には、意識が途切れる前の光景がそのまま広がっていた。
随分長い時間あそこにいた気がするが、どうやら実際はほんの一瞬だったようだ。
痛みも疲労感も、そして視線の先にいる『敵』の姿も変わらない。だが少しだけ、違いがあった。
手の中に目覚める前にはなかったはずの硬質な感覚がある。
あの時咄嗟に赤い実を掴み、そして夢の中では鴉が放り投げた光を掴んだ右手には、また別のものが握られていた。
(錠…前…?)
金属、と思われる不思議な材質でできた二つの錠前。
正面には、デフォルメされた果実のような装飾が施されており、それぞれデザインが異なるがこれは多分、
(オレンジと…パインか…?)
先ほどのカラスの言葉を信じるならば、これが言っていた『戦う力』なのだろうか。
これが一体何なのかはわからない。だが、どうすればいいのかは不思議と理解できる。
錠前の裏面と、腰の機械の正面にある窪み。
その二つの形状はまるであつらえたように一致していた。
つまりは、そういう事なのだろう。
再び痛みを訴え始めた体を叱咤しながら、紘汰はゆっくり立ち上がった。
不安はない。
ならばあとは、やるだけだ。
二つの錠前のうち、オレンジが描かれた方をしっかりと握りなおす。
敵を睨みつけながら、紘汰は錠前の側面にあるスイッチを押し込んだ。
《オレンジ!》
錠前から、声が響いた。
その声と同時に、周囲から空に向かって光る蔓が飛び出した。
蔓は紘汰の頭上で輪を形成し、それをなぞるように空間に『ファスナー』が現れる。
円形に配置されたそれは『門』だった。紘汰のいるこの場所と、ここではない『場所』とをつなぐ門。
軽快な音とともに、ファスナーが開く。
空間を超え、紘汰の頭上に現れたのは―――鋼鉄のオレンジ。そうとしか形容できないものだった。
そんな頭上の異変は勿論、体を苛み続けていた痛みすらも今の紘汰にはもう気にならなかった。
声が響くと同時に掛け金が開いた錠前を、腰の機械へとセットする。
紘汰は拳を握り、そこでもう一度その掛け金を叩きつけるように閉めなおした。
《ロックオン!》
法螺貝の音と共に、不思議な音楽が流れ始めた。
その音を耳に感じながら、意識はしかし己自身の中へと集中する。
心臓の鼓動が、大きく聞こえる。
自分の中で、何かが変わる。
そんな予感と共に、頭に浮かんだのはあの言葉。
いつも望んでいた、強い自分に―――
「変身!!!」
その言葉と共に、刀の装飾を叩き下ろす。
瞬間、錠前が割れ、光がはじけた。
《ソイヤッ!オレンジアームズ!花道!オン、ステージ!!》
紘汰の頭上から落ちてきたオレンジが、藍色のアンダーアーマーを形成する。
鋼鉄のオレンジは形を変え、体を覆う強固な鎧となった。
体中にこれまで感じたことがないほどの力があふれてくる。
今の俺なら、何でもできる。
「行くぜバケモン。ここからは―――」
鎧の形成と共に、手に握られていたオレンジの断面によく似た刀を、肩に抱えなおした。
目の前には、相変わらず巨大な敵がそびえている。
しかし先ほどまで散々追いかけまわされたそれを目の前にしても、恐怖は全く感じなかった。
「―――俺のステージだ!!」
正面に向かって、大見得を切った。
さぁ、反撃の始まりだ!
1次面接と2次面接を乗り越え、主人公がついに変身です。
色々ちょっとくどいかもと思ったり。
それと同時になぜか東郷さんも初回で変身する始末。
あれ?どうしてこうなった・・・?
ちょっとこの後の展開見直してきます・・・。
※2022年1月10日 修正