悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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09.悪役令嬢は約束したい!

 一ヶ月ほど王城に通ってわかったことがある。

 陰口というべきか、それとも幼い俺だからなのか、まあそれは置いておくとして……ゲイルディアに対しての誹謗が多い。凄く、凄く、凄く多い。誰ともわからぬ大人が口を揃えてゲイルディア、ゲイルディアと、この国は大丈夫なんですかね? と意味のない心配をしてしまう程である。果たして大人は幼い俺が理解できていないと思っているのだろう。いや、うん、ごめんね。ホント。

 聞こえてしまった陰口に反論するのも面倒極まりなく、俺としてもゲイルディアが何をしているかは気になる。政務に携わる事なんてないし、お父様が何をしているかは正直不透明すぎる。何か悪い事をしているのならばそれを咎めなくてはいけない気もする。アマリナとヘリオの購入ルート? ちょっと何言ってるかわかんないです。

 ともかくとして、本題はお父様の悪行の各種ではない。今回よく聞く誹謗の内容である。「ゲイルディアが無理矢理に王へと進言してリゲル王子の許嫁を決定した」というのが大雑把な内容であるのだけれど、俺が中心人物なだけに聞き捨てならない。

 

 お父様が! そんな!

 

 しそうなんだよなぁ……。

 

 冗談はさておき、そんな『王様の決定をゲイルディアが決めた』と解釈されかねない誹謗がゲイルディアに向いている訳である。それも王城で、俺が出歩ける範囲でされている訳である。最初の方は「はぁぁぁああ!? 意味わかんね!」と言いそうになりながら笑顔で乗り切った俺であるが、よくよく思考してみれば不安になってくる。ホント、貴族として大丈夫? 王様へ矛先向いてない? 大丈夫?

 俺としても、そこは気になる。客観視すれば異端児というか明らかに頭がブッ飛んでる行動をしているとようやく理解できた俺をどうしてリゲル王子の許嫁に推薦したのか。そもそも王様も受け入れたのか? いいや、たぶんこの一ヶ月が試用期間なんだろう。そういうのは大切だしな。

 お父様の考えも王様の考えもわからない。お父様はたぶん玉座を狙っているのか、権力が握りたいのか……いいや、案外普通に王様に推薦しただけかもしれない。どうやら親バカらしいし。

 なら王様は? こちらは本当にわからない。話した事も初日以外はない。リゲル王子を地盤にして考えた所で幾分も年齢を重ねた王様の思慮を追うことなどできはしない。そもそも俺にそんな高等な能力が備わっているのかと言われると微妙な線である。

 

 あと、近くの廊下で誹謗がまた聞こえているんですが、近くにメイドさんもいるんだから自重しとけって。こういう貴族社会って縦の繋がりもそうだけどメイドさんとかの情報も強いと思うんだ。あとさっきから俺の方を心配そうに見てるメイドさんが可愛いです。いいぞ、もっとやれ。

 

 わかった事、というべきか既に知っていた事であったけれど。俺の許嫁が可愛い。その妹君に至っては天使である。そんなスピカ様を扱う天とやらがスピカ様を泣かせるような事があれば俺は神様を打倒するね。間違いない。

 

 一ヶ月の時間でそれなりに仲良くなれたと思う。リゲル様に至っては相変わらず元気だし、スピカ様もよくリゲル様の部屋に来ては俺に音読をねだってくる。可愛いかよ。可愛いぞ。

 そんな二人に俺は別れを告げなくてはいけないのである。辛い……辛くない?

 そもそもこの一ヶ月が俺の試用期間であったのか、単純に候補の一人をリゲル様に会わせる為であったのか。それとも単純にお父様の政務の都合と摺り合せた結果なのか。まあ理由なんてどうでもいい。俺は明日にでも領地に帰らなくてはならない。置いてきたアマリナやヘリオの事も気になるし。

 俺の感覚としては『お父様の政務の都合』という事で仕方ないと納得はできる。けれど、幼いリゲル様やスピカ様が納得できるのだろうか。否できない。できない筈。というか嫌がってほしい。ここであっさりと「あ、ふーん……」とか言われてさよならバイバイされると俺の心は折れるぞ。

 

 重い気持ちである。けれど、言わずに消える方が後々困るだろう。言いたくねぇ……。誰か代わりに伝えといてくれないかな……いいや、俺が言わねば……うぅ……。ツライ。

 深く息を吐き出して扉をノックする。

 

「ディーナ!」

 

 う゛っ……。

 開かれた扉の向こうには満面の笑みのリゲル。その隣には既にスピカ様もいる。なんとか笑顔を浮かべながら「御機嫌よう」と言葉が口から床に転がる。なんとも子供というのは苦手である。現在子供の俺が言えた事ではないのだけれど。

 これが大人であったならば早々に手紙でも叩きつけてサヨウナラであったに違いない。いや、異性の美形相手にそれをできる程俺は潔白で平坦な人間ではないけれど。

 

「ディーナおねーさま?」

「……スピカ様」

 

 俺の何かを察したのか、単純に一歩目を踏み出せなかった俺に違和感を覚えたのか。てこてこと寄ってきたスピカ様を俺は何も言わずに抱きしめる。柔けぇなぁ……。それにいい匂いがする。

 擽ったそうにするスピカ様から元気を少しだけ貰って、俺は意を決する。

 

「申し訳ありませんわ。ワタクシがここに来るのも今日が最後ですの」

「ふぇ……」

「……それは、ほんとう?」

「今日でお父様のお仕事が一区切り……」

 

 いいや、そんな小難しい理由を並べ立てた所で理解などされない。理解した所で意味はない。仕方ない、を積み重ねるのは俺だけでいい。

 大きく息を吸い込んで、細く吐き出していく。手が少しだけ震えるのはこの一ヶ月で親交を向けたのは彼らだけではないという事なのだろう。

 

「ええ。ワタクシは今日でお二人と遊べなくなりますわ」

「……ふぇ、ぇ、」

 

 泣きそうになるスピカ様を強く抱きしめる。あぁ温かい。いい匂いがする。柔らかい。震えている。どうすれば彼女は泣き止んでくれるだろうか。俺が残れば、とも考えてしまうけれどソレは無理だ。

 大きな瞳に蓄えただろう涙がゆるゆると頬に流れて俺の服を温かく濡らす。そのどれもが俺の心を締め付けていく。

 視線を向けたリゲル様もまた涙を蓄えて震えている。けれど彼は嗚咽すら漏らさず、蓄えた涙を少し乱暴に手で拭っている。彼は俺が思うよりも強い子であった。その事に少しだけ驚いたけれど、どこか嬉しく感じている俺がいる。

 スピカ様の御尊顔を眺めて溢れた涙を指で拭って撫でる。

 

「だから、今日は沢山遊びましょう?」

「……でも、でも」

「ほら、泣いていたら遊べませんわ。沢山、そう沢山遊んで、スピカ様が寝るまで一緒にいますわ」

「……ほんと?」

「ええ。絵本も読んであげますわ。勿論、リゲル様も」

 

 拭った水滴に魔法を流し込んで空気へと散らせる。

 さぁ遊ぼう。今日も二人が疲れ果てるまで遊ぶからな。任せろ、体力には自信がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はもうすっげぇキツかったぞ……。走り回るリゲル様はいつもの事だけれどいつもはおとなしいスピカ様までハシャイでた。何度転けそうになってたことか……。何度それを助けただろうか……。メイドさん達もお疲れ様です。

 今は眠ってしまったスピカ様をベッドに寝かして、俺の手を放してくれないので俺も側にいる。ホント可愛い。子供は苦手だけれどこの瞬間だけは何物にも変えられないと思う。

 リゲル様もまた同じベッドに座っていて、眠そうな瞼をどうにか無理矢理上げている。何度か落ちかけているのを見ていればそろそろ眠ってしまうだろう。

 

「なんで笑ってるの?」

「ごめんなさい。寝てもいいですわよ」

「イヤだ。寝たら、ディーナがいなくなる」

 

 なんとも嬉しい事を言ってくれる。笑ってしまっていた頬が緩むのを感じる。この一ヶ月が試用期間だとして、本採用まで幾つかの段階があるかもしれない。本採用になれば一緒にまた遊べるだろう。許嫁の本採用、というのも中々にオカシイ字面であるけれど。

 俺の本心からすれば、リゲル様が誰を許嫁にしても構わない。それはリゲル様の好みの問題である。何にしろ、この国には尽くすつもりでもある。俺の百合ハーレムの邪魔をしなければ、であるが。

 けれど、それは俺個人の話である。俺の後ろにいるお父様の望みはそうではないだろう。

 

「……、王様にお願いすればワタクシはまたここで遊べますわ」

「ほんとう?」

「ええ。きっと……」

 

 なんせリゲル様が選んだのだから。その為に俺はここにいる。その決定を促す事は……きっと彼の想いを歪ませてしまう事だろう。だから、あまり口を出したくはないのだけれど。

 スピカ様が可愛いのがいけない。うん。ホント、このぷにぷにが可愛いんだよ。そうに決っている。そういう事にしておこう。

 このままリゲル様を促し続ければ、俺はまさに悪の女になってしまう。俺という意識が自身の正しさをリゲル様に押し付けてしまうかもしれない。その予防線は張っておかなくてならない。それこそ、俺はお父様の命令通りにリゲル様を傀儡にするつもりは毛頭無い。

 

「一つ、約束をしましょう」

「? やくそく?」

「そう、約束ですわ。リゲル様がリゲル様である為に、ワタクシがリゲル様を裏切らない事を」

「ぼくが、ぼくである……?」

「今は気にせずとも大丈夫ですわ。きっと、いつかわかる時が来ますわ」

 

 伸ばした手が自然と小指を立てていた。それを見たリゲル様は小首を傾げていて、俺も疑問符を浮かべる。ああ、うん、そうだった。指切りなんてこの世界じゃありはしないのだ。

 けれど口約束であれば彼も忘れてしまうかもしれない。それは、困る。後々、俺が暴走してリゲル様を傀儡にした挙げ句に後宮を俺のハーレムに仕立て上げるなんて事をしてしまうかもしれない。それでもいいかもしれないが……。

 いいや、ソレをしてみろ。未来はきっと真っ暗だ。俺が好き勝手すればゲイルディアの女である俺は即刻怪しまれてある罪ない罪で裁かれるのだ。主に後宮を百合ハーレムにしているとか国庫を勝手に使うとか、そういう名目で処刑されるに違いない。

 だからこそ、この約束は俺にとっての枷でもある。リゲル様の為に、国の為に尽くす為の枷だ。

 

「これは……昔話の勇者がしていた古来よりの契約法ですわ」

 

 嘘ですごめんなさい!! でも絶対最初の王様は転移系勇者に違いない。どれだけ文献漁っても彼の行動が実に日本人らしいし、学校とか作ってるし、何より薄まっているだろうけど日本人の血脈なのか黒髪黒目だし、ああ、クソ。王城にいたなら最初の勇者の文献ももっとあった筈なのに忘れてた。

 

「……わかった。どうすればいいの?」

「ワタクシのように小指を立ててくださればいいですわ」

「こう?」

 

 ええ、と肯定してからリゲル様の小指を絡める。これを契約、と言ってもいいのかわからないけれど。双方に理がきっとある……たぶん。一方的な契約を結ぶと上司に何を言われるかわからないけれど、今はその上司も存在していない。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら――針千本のーます、指切った」

「……はりせんぼん……」

「ええ。怖いでしょう? だから、ワタクシはリゲル様を裏切りません。絶対に」

 

 これは俺に対しての誓いである。リゲル様にとって不利益になることはしない。それが今の自分にとって仕方ない事であっても、精一杯抵抗してみせる。この一ヶ月で絆された、というか個人的にリゲル様は好きな部類というべきか、俺という存在の枠組みの中に既にリゲル様を置いてしまったのだ。

 だから、俺はリゲル様を裏切らない。泣いてほしくない、という感情は年上だからであろうか。

 

「ほんとうに、また会える?」

「ええ。リゲル様がそれを望むのなら」

 

 だから、今はおやすみなさい。スピカ様に握られていない、先程約束にも用いた手でリゲル様を撫でて寝かしつける。この一ヶ月で慣れてしまった事だ。

 約束に満足したのか、それとも単純に力尽きただけなのか、リゲル様は瞼を閉じて少ししてから静かに寝息を立て始めた。

 

 そんな誓いをしたけれど、どうすっかなぁ。不利益になる事はしないつもりではある。それにしてもお父様も問題でもあるんだよなぁ。あの悪役の考えている事がさっぱりわからない。なんとなく予想はできるけれど、それよりも悪辣な事を考えていたならば俺の手に負えない。

 親バカのお父様、悪役のお父様、果たしてどれもお父様の側面であるのだけれど何を信じればいいのかはわからない。

 まだ時間はある。まだ焦るような時間ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの馬車の中。相変わらずの悪役顔であるお父様と同じ空間である。

 探りを入れると俺のボロが出そうなんだよなぁ、この人。それはマズイ。いや、ある程度ディーナという異物を受け入れているあたり問題はなさそうだが「百合ハーレム築きます!」とか言った日には日すら見れない生活になりそうだ。それは本当に困る。

 揺れる馬車で無言である。その方が楽である、と行きはさっぱり思わなかった事を思ってしまう。

 

「ディーナ」

「……はい」

「リゲル様とはどうだ? 仲良くできそうか?」

 

 探り入れてきやがった……。あまり言葉に詰まるのも問題である。リゲル様と離されるのも、たぶん問題になるだろう。次の許嫁が送られて、終わってしまう。

 

「順調ですわ」

「そうか。順調、か。ククク……」

 

 怖い。思わず漏れてしまったであろう笑いを手で抑えてはいるが、その笑みはまさしく悪役であった。

 実の親ながらなんとも恐ろしい笑いである。助けて……アマリナ助けて……。癒やしが、癒やしがほしい。

 

 

 自宅に戻った俺がアマリナとヘリオを呼び出して抱きしめた事は決して間違いではない。

 あぁ、癒やされるんじゃぁ……。


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