紅茶を一口飲み込んで、緊張を紛らわせる。
陛下との密会は変わらずで、俺と陛下以外に人はいない。
今回に限っては、人払いしている方が都合がいい。
エドヴァルド・ノールがした事は客観的に見ても許されることではない。
状況証拠だけではあるが、ベリル人を扇動して王都襲撃を画策した。これは国家への反逆とも言えるだろう。
「なぜ処刑なされなかったのですか?」
殺しておくべきと十二分に判断できる材料は揃っていた筈だ。
それでも結果は殺されることはなかった。
沙汰を決めた陛下へと視線を向けて問えば、眉を寄せはするが陛下は余裕をもって答える。
「物騒なことを言うな」
「物騒な話ではありませんわ。ノール伯は王都郊外で貴族を襲撃させ、多数の死者を出しかねない事件を画策した張本人ですわ。加えて、勇者を信奉する集団――便宜上『勇者教』と呼称しますが、その繋がりもご報告した筈ですが?」
「だからだ」
陛下から短く吐き出された言葉に声が詰まる。
勇者教を警戒していたのは陛下自身である。だからこそ、報告内容にその旨も含んだ。
騎士団側がどれだけ陛下に伝えているかがわからないから、個人としても報告は挙げている。
「アレを処したところで何も変わらん」
「しかし」
「……やけに突っかかるな、ディーナ嬢。ノールのやつに恨みでもあるのか?」
「恨みはありませんわ。法と規則の話をしております」
「なら、俺が法であり、規則でもある。それに歯向かうのか?」
「……」
そう言われると弱い。
恨みを抱いている訳ではない。いや、多少はある。
彼がベリル人を扇動したせいで優秀な男を殺さなくてはならなかった。その償いが死ではないのは、公平ではない。
「……勇者教というのは、ご理解いただけていると思っていたのですが?」
「ああ、理解している。理解しているからこそだ」
深く溜め息を吐き出して、陛下は椅子に深く腰掛け直して紅茶を一口飲み込む。
余裕であった表情は僅かな苛立ちと不満へと変化していく。
「財産は没収した。爵位も剥奪する。辺境へと送り監視も付く。それが今できる最大限だな」
「甘い処遇ですわ」
「そうかもしれんが。殺して終わるのなら苦労はしない」
少なくとも見せしめにはなった筈だ。
「死んで然るべき」は俺の感覚に過ぎないし、より客観的な立場であるだろう陛下の選択に文句は言いたくなるが、それまでである。
処刑すべきという意見に、俺の感情を含まないと言えば嘘になる。それだけ優秀な男を得る機会を永遠に失ったのだから。
計画した貴族は生き、実行させられたベリル人は死んだ。
これが今回の事件の結末だ。歯痒いが、既に決定した事実だ。
「それに他貴族からの嘆願もあったからな」
「……それを真に受けたと?」
「慈悲深い王だろう」
「……」
「そう睨むな。冗談だ」
思わず鋭くなった視線を否定するように陛下は笑う。
貴族からの嘆願だけで決定した訳ではないのだろう。それだけで決めていたのなら、陛下としての価値は無い。法も規律もありはしない。
「随分とノールのやつは好かれていたらしい。まあ半数程度は報告書を騎士団へと挙げたお前への不信からだったが」
「それは今更ですわ」
「……まあいい。そのお陰で恩は売れた。俺としては労せず利益を得た」
「……借りを?」
「そうだ。奴らは俺に借りができたと思うだろう。だが実際は違う。俺は誰がノール側かを知り、連中は弱みを一つ増やしただけだ」
事実として陛下は彼らの願いを叶えた。
俺としてはノール伯を殺した方が判断しやすくもなるが、陛下は違う選択をした。
「……」
「納得してなさそうだな」
「死体であれば歯向かうこともしないでしょう」
「死人からは何も得られん。生かしておけば、誰かが確実に動く。嘆願のようにな」
「勇者教が組織であるなら、ノール伯は切り捨てられるでしょう」
「そうならねば、それまでの組織だ。……お前の願いを叶えてやってもいいぞ?」
ニヤリと笑う陛下に溜め息を吐き出してしまう。
この問答において、俺が何を言おうと変わりはしない。冗談だとも受け取れる言葉でもある。
「陛下を傀儡の暴君へは致しませんわ」
「よくわかってるじゃないか、ディーナ嬢」
「試すにしては底意地が悪いですわ、陛下」
「許せよ。お前が忠臣であるのは信頼をしている」
あんまり俺を信じられても困る。怪しまれ続けるよりマシだけれど。
陛下だから大丈夫だと思うけれど、俺に信を寄せすぎて判断を間違えてしまう方が問題になるし。
あくまで貴族間の問題では中立である方が陛下的にもいいだろう。
「ともあれ、だ。勇者教に関しては尻尾を出すのを待つしかないのも事実だ」
「……後手に回るのはあまり好きではありませんわ」
「先手を取れるに越したことはないが、今回のようにはならんだろう。そうであるなら、お前は調べ始めているだろう」
「過信しすぎですわ」
「この事件でお前の……いや、組合の能力がわかったからな」
陛下に組合の情報収集能力を見初められたのは、いい傾向だろう。
ただ問題はある。
全てを公開しても俺には一切の痛手はないけれど、そうではない貴族もいれば連なる商人もいる。
「……王命であるなら、帳簿は公開いたしますが?」
「そうすれば一時の浄化は出来ても根本には届かんだろうな」
王命でなければ公開しないし、王の命令には従いはする。
陛下としても不正は暴きたいだろうけれど、それを行って国政が破綻すれば意味がない。
貴族なんて不正の温床であるし、帳簿で確認できる内容など氷山の一角に過ぎない。それを陛下はしっかりと理解している。
「するかどうかの判断はディーナ嬢に任せる」
「……お受け致します」
「まあ、お前はその辺り慎重だから任せても問題ないだろう」
軽く笑って丸投げした陛下に溜め息を吐いてしまう。
信用は信用として受け取りはする。それはそれとして責任が俺に一任されているのは困る。困るだけだし、それだけのことをしている自覚もあるから反論もないけれど。
「……そういえば、一つお願いがありますわ」
「珍しいな。言ってみろ」
「ノール伯が抱えていた奴隷の少女を、一人だけ身請けしたく存じます」
「……同情か?」
「私がそんな女に見えますか?」
「いや、まったく」
「……有用であるから拾いますわ」
笑いながら言った陛下に眉を顰めて返してしまう。
可哀想だとか、そういった感情が無いわけではないけれど。あの娘をそこらの貴族や勇者教に与する人間に渡すほうが面倒だろう。
「勇者召喚に用いられたらしいので、調べる価値がありますわ」
「……それで拾うと?」
「有用である限り、生かす価値があると仰ったのは陛下ご自身でしょう」
殺すには惜しい。
魔力路の形成が歪だが、それでも生きている少女。
正せば有用だろうし、放置すれば死ぬかもしれない。
実に勿体ない。
詳しく調べれば、形成していた魔法も解るかもしれない。
「陛下のお考えを参考にさせていただきますわ」
「断りづらい言い回しをしやがって」
「それに、拾える命は拾いますわ」
「……好きにしろ。没収財産の処分はこちらで行う予定だったが、一人程度なら構わん」
「感謝致します」
溜め息混じりに言われたことに頭を下げる。
ノール伯の周りで俺が気になっていた事はこれで終わりだろう。
陛下も一段落はしたのか、一度息を吐き出してから改めて俺へと視線を向ける。
「ノールの件は以上だが、お前にも言っておかねばならないこともある」
「……ベリル人の件ですわね」
「ああ。お前の従者である娘は許した。それこそお前に恩を売るためにな」
陛下の視線が強まる。
アマリナの入城許可に関しては俺が押し通して、それが認められたから借りがある。それを返せているかはわからないけれど。一旦はいいだろう。
「今回の事件。ベリル人が行った事だろう」
「ええ。陛下には事実を正しくお伝えしておりますわ」
「……反逆の意思は?」
「今の所はありませんわ。彼らはただ自由を餌にされて行っただけですもの」
「お前ならベリル人に都合のいい自由を与えられると?」
それは彼ら次第でもある。俺が保証できるものではない。
陛下の警戒も理解できる。影での移動ができる彼らを排除する理由でもある。それでもアマリナに入城許可を出したのは俺への恩の為だけにしか過ぎない。
「私の管理下にある限り、国家への反逆はさせませんわ」
「そういう事ではないのは理解している筈だ、ディーナ嬢」
「……もし、の話ですわね」
もしも、反逆の芽が彼らにあったなら。
もしも、彼らが暴動を起こすのなら。
雇っている組合……その長である俺への責任の問題である。
もしも、が起きないように努めはする。それは前提条件でしかないし、今問われているのはそこではない。
「――私自らがベリル人を滅ぼします」
「……お前自身が半身と言った従者もか」
「当然ですわ。その後、陛下から罰も受けましょう」
「……一つの種族を殺し尽くすと?」
「誰一人残さず。そこに例外はありませんわ」
それだけの覚悟をしなくてはならない。
出来るか出来ないかの問題ではない。彼らに課した責任であり、俺が背負わなくてはならない責務である。
彼らを護る。それはあの男との契約である。
けれど、芽を摘むのも貴族の務めである。
「……そうはならないことを祈る」
「私も、あまりしたくはありませんわ」
そうならない為に管理はするし、滅ぼすとまでは彼らに言っていないが脅しもしている。
彼らが不義理を働けば、相応の罰を与える。
死人は歯向かわないし、語ることもしない。
俺自身が陛下に迫ったことであるし、それを行使しないのは筋が通らないだろう。
「彼らは組合で雇い、下働きや販路の護衛などを仕事としてもらいますわ」
「他の貴族はどう言うだろうな」
「あら。貴族が奴隷をどう扱おうが勝手でしょう」
名目として奴隷として雇い入れているのはそういうことだ。
ベリル人を普通に雇用しては面倒が増えるし、見え方も悪い。俺個人から見れば奴隷として雇っている方が見え方は悪いんだが。
貴族からの見え方は考えていたけれど、庶民からの見え方は頭から抜けていたので助言してくれたグォルに感謝である。
「ベリル人に関しては俺は触れはしない」
「感謝致します」
「……これは戯れ程度の質問だが。お前が反逆を企てるならどうする?」
「ベリル人を使うよりも他の貴族を身内に引き込んで、リゲル殿下を取り込んで、陛下には円満にご退位願いますわ」
「……こう、ちょっとは考える素振りとかをだな」
「戯れ程度の解答ですわ」
実際、手っ取り早いのはベリル人を使った暗殺だろうし。陛下の危惧としてはそれである。
直接的な手段であるし、最も時間効率がいい。問題は山積みになるし、国として崩れるだろうけど。
暗殺して、次の王を座らせ、その王はまた暗殺に怯えなければならない。疑心暗鬼になった君主など、誰にも信を置けない国など滅びるだろう。
ベリル人を使わずとも、取れる手段はある。
そもそも反逆などするつもりは毛頭ないけれど。
「それで、陛下はこの最も怪しい女貴族を罰するおつもりで?」
「安心しろ。言われんでも警戒はしておいてやる」
「他の貴族達も満足でしょう」
「……お前らゲイルディアの家系はそういう奴しかいないのか?」
「あら、弟であるアレク・ゲイルディアだけは素直じゃないだけで、私やお父様やお母様とは違い捻くれていませんわ」
あの環境下でよくあれだけ真っ直ぐ育ったなぁ、と思う。
戦闘も強いし、リゲル辺りにお勧めしたい騎士ではある。まあゲイルディアが傍に寄りすぎても問題視されるから無理なんだけど。
才能とは素晴らしいものであるし、アレクはその才能を見事に磨いた。見ていて楽しいし、姉としては嬉しい限りである。まだ負けてやる事は出来ないが。
「……はぁ、まあお前はそういう人間だったな」
「? なにか?」
「いや、気にするな。もう一件、お前に伝えておくべき事がある」
「まだ何か? お伝えできることは全てお伝えしたと思いますが」
ノール伯の事件は話し終わった。
ベリル人に関しても終わっている。
他に何かあるか? 考えても思いつかない。
「組合で使っている、あー、なんだ? お前の報告書にも混ぜられていたが、あの箱だ」
「ああ、減圧箱」
「そう、それだ。軍糧の輸送にも使えそうか?」
「……否定はしませんが、実地資料が足りていないのが現状ですわね」
「どれほど保つ?」
「資料が無いのでなんとも」
「お前の主観でいい」
「……戦争でも始めるおつもりで?」
「今は無い。が、備えはあればあるだけいいだろう」
陛下の瞳をジッと見ても変化はない。まあ他者の思考を読み取れるような能力は俺には無いし、陛下が何を考えているかはわからない。
少なくとも、言葉をそのまま受け取るのならば目前に戦争が迫っている訳でもない。本当に備えでしかないのだろう。
外交がどうなっているかもわからないし。
「軍糧がどれほど保つかは分かりかねますが、現状組合で行った実証実験は保管目的ではなく輸送目的でしたので……」
「勿体ぶるな」
「……乾物や穀物であれば、長期間は問題ありませんわ。輸送目的で作った装置ではありませんので、行軍には向きませんわね」
「なるほどな」
ニヤニヤと笑みを浮かべる陛下に眉を寄せる。
陛下の目的が見えないが……。戦争もする気はないし、本当に備えだけで聞いているのか?
「その装置と技術、国家としてはほしいな」
「……王命でしょうか?」
「いいや。そう聞こえたか?」
そう聞こえてもおかしくない言い方をしたくせに。
陛下としては減圧箱は欲しい。
王命であれば俺は断れないが、そうすれば俺への不満が残る。だから断れる選択肢も残してはくれている。
貴族としてならば断れはしない。国家が求めていることでもある。ただし、王命ではない。
なんだ? 陛下は何を望んでる?
「では、お断りさせていただきますわ」
「ほう」
「あれは私の技術ではありますが、組合として保有している装置でもありますので」
「国相手であっても商売か」
「組合はそういった組織ですので」
「なるほどな。まあ組合側の主張は理解した」
組合の主張確認か。よかった。安心である。
減圧箱を国に取られてもなんとでもなるけれど、どうせ財務貴族の数名は「減圧箱は国の技術である。組合は使用料を支払うべき」とか税を課してくるだろう。
それは困る。
「さて、本題だ」
組合を国家のものにしろとか?
流石にそこまではしないと思うけれど。有用性を示しすぎたかもしれない。
組合としては経済を回し続けるし、国としてもそれが有益だろう。情報機関としては作ってはないし。
まあ組合関係なら説明して、説得するしかない。陛下も愚かではないからわかってくれるはずだ。
「――ディーナ・ゲイルディア準男爵。お前を魔法議会の一席に加える」
「は?」
「ノールが抜けた穴は埋めねばならん。お前は減圧箱の実績もある」
は? んんんんんんん?
待て待て。待ってほしい。
組合を懐柔出来ないから、俺を地位で縛りに来たのか。
無理である。現在の仕事量もそれなりに多い方である。加えてあの魔法議会の席に座れと?
流石に無茶だ。無理無理。断ろう。
「……その、陛下。大変喜ばしい申し出なのですが」
「王命だぞ」
「……」
「なに、安心しろ。減圧箱の所有権はお前と組合にあるからな。使用料は払うさ」
笑いながら無茶振りをしっかりしている陛下を睨む。
そこじゃねぇんですけど。
王命だから断りもできない。何より、組合として断っている分、断りづらい。
しかも陛下は減圧箱の使用料も支払うと言っている。
逃げ道がない。
「そう睨むな、ディーナ嬢」
「……何をお考えで?」
「地位欲が無いのはわかるが、肩書きだけでも必要だろう」
「準男爵で十分ですわ」
「不十分だ、馬鹿娘。本当は爵位ごと上げてもいいんだぞ」
「……」
それは非常に困る。準男爵ぐらいがちょうどいい塩梅なのだ。
あまり爵位を上げられすぎると、組合の運営としても困るし、仕事量が増える。責任も増える。本当に困る。
けれど、陛下的にはそうでもないらしい。
肩書きだけでも必要になる要素がないんだが……。
「……お受け、致します」
「公的な任命状は後日出す。異論は無いな?」
「減圧箱の料金設定では覚えておいてくださいませ」
「そう言いながらお前は適正価格を言うだろう」
うるせぇ!
ちょっとぐらい嫌味を言ってもいいだろ。
あの魔法議会に突っ込まれる俺の身にもなってほしい。
仕事が、仕事が増えていく……。
どうして……。
次挿絵のキャラは誰がいい?
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リヨース
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騎士ディーナ様
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シャリィ先生
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エフィさん