悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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101.悪役令嬢は休ませられる!

 薄ぼんやりとした視界の中に褐色の従者が入る。

 静かな寝息を立てている彼女を見ながら、目を細めて、頬を左手で触れる。

 擽ったそうに眉を寄せたが、すぐに手に頬を擦り付けて、笑みを溢す。

 

 眠っている時は随分と表情豊かだ。いいや、普段でも頭を撫でたら口元を緩めはするけど。

 一通りアマリナを見つめてから上半身を起こして、片腕だけで伸びをする。

 肩の調子を確かめながら寝台から降りる。

 アマリナを起こさないように、ゆっくりと。

 

 

 

 休暇である。それも少しだけ長めの。

 隻腕でも仕事はできるし、交易契約を申し出てくれている貴族達との交渉は俺が行くしかないし、帳簿の管理したい。したかったけれど。

「組合長殿が休まないと、下は余計に休みにくくなる」と冷たい忠告をカロリナから言われた。

 溜め息混じりに言われたそれは事務方から言わされたのか、俺の身を案じてなのか。

 少なくとも、彼女の後ろに控えていた事務方達が頷いていた所を見れば、文字通りの意味なのだろう。

 

 つまるところ、休まされた。

 長めの休暇ではあるが、問題が起これば通達するようには言っている。

 事務方も優秀であるし、ベリル人関係は整理したから大丈夫だろう。

 現場で起こる問題は期間を設けなければ発生もしないだろうし。

 休日一日目に組合に顔を出したら「休日の意味はご理解していますか?」とか言われたし、こっそり持ち帰ろうとした些細な仕事も取り上げられた。解せぬ。

 ともあれ、仕事も取り上げられた完全な休暇である。

 

 

 

 適当に動きやすい服装へと着替えて、すれ違った給仕さん達にも挨拶を交わしながら、庭へと出る。

 日が昇り始めてそれほど時間が経っていないというのに、ヘリオとベリルの少女は木剣を振るっている。

 

「おはようございます、お嬢」

「ええ。おはよう、ヘリオ」

「……」

 

 俺に気付いたヘリオは軽く頭を下げて、ベリルの少女は俺を睨む。

 敵意があることは悪いことではない。ヘリオの視線は冷たくなっているけれど。

 一つだけ溜め息を吐き出してから口を開く。

 

「挨拶をするように教えた筈だけれど?」

「……おはよう、ございます、ディーナ、ゲイルディア様」

「ええ。おはよう、エメ」

 

 ニッコリと笑みを作って挨拶を返す。

 たどたどしく、恨みを込めながら挨拶をしたエメと名付けたベリルの少女は余計に眉を寄せて嫌悪を示している。

 そんな新しい奴隷であるエメから視線を外してヘリオへと視線を向け直す。

 

「それで、どうかしら?」

「弱いですねぇ。俺の鍛錬にはならないですね」

「なんだとッ!」

「雑魚って言ってんだよ」

「私だって、これでもヴィクラムに教えられてきたんだ! こんな型なんて、必要無い!」

 

 ヘリオが溜め息を吐き出してこちらを見てくる。

 まあ個人的な主義主張ではある。けれど、実戦形式の鍛錬にしたらそれこそ鍛錬にもならないだろう。

 

「彼の教えを忠実に守ることを否定はしないけれど、基礎も出来ていない貴女に私が殺せるのかしら?」

「うるさいッ!」

「お嬢、やっぱり実戦形式でいいんじゃないですかね?」

「駄目よ。ヘリオは手加減をしないでしょう?」

「そりゃぁ、実戦なんですから」

「手加減なんていらない!」

「ほら、本人もこう言ってますし」

 

 そうしたらお前はエメを殺すだろ。

 ちゃんと殺さないように言い含めはしているけれど、事故であるなら仕方ない、と俺も判断してしまう。

 俺がヘリオを睨むと肩を竦める。

 鍛錬という枠組みを越えようとするな。

 

「まあ、実戦というなら今日は私が相手をするわ」

「……お嬢?」

「怪我もしませんわ」

 

 ヘリオに軽く睨まれてしまう。

 俺が実戦形式の鍛錬をしてしまえば、ヘリオの心配を無碍にしていることにもなる。

 それは理解しているけれど、エメの命と力量を考えれば隻腕で魔術も使わない俺ぐらいで十分だろう。

 

 俺とヘリオのやり取りを聞きながらエメは木剣を握り、踏み込む。

 まだ一歩目も甘い。鋭くもない。

 横振りされた木剣を自分の持っていた木剣で軽く受け流して、エメの頸に振るう。ギリギリで止めれば、エメは木剣を振り上げて払う。

 二歩ほど後ろへと引いて、木剣を背負うようにして左肩を叩く。

 

「まだ開始の合図もしていないけれど?」

「実戦形式なんだろッ」

「確かに。けれど、鍛錬ではあるわ。貴女は私を殺す気でも、私には貴女を殺す気が微塵もありませんもの」

 

 まだ殺されるつもりも無いけれど。

 首を軽く回して、木剣を構える。振り慣れてはいるが、義腕も失ったからまた重心がズレている。

 何度か足元を均して、左足を前にし、構える。

 

「来なさい。良し悪しはあれど、感情は力になる筈ですわ」

「ッ、はぁぁああッ!」

 

 声と感情を乗せた剣が振られる。

 幾度か受け流しながら、こちらからは攻撃をせずに観察を続ける。

 

 ベリルの剣術のどれだけがエメに教えられているかはわからない。

 俺やヘリオやアマリナが学んだ国の剣術ではない。少なくとも、直剣には向いていないのだろう。

 なるべく武器を選ぶような戦いはしてほしくはない。それこそ、俺を殺せる時に「武器がありませんでした」などと言えないように。

 

 影を使った移動も、甘い。

 ブラフも無い。

 ただの感情による攻撃でしかない。

 足りない部分が多い。

 

 のびしろ、と言えば聞こえはいいか。

 それも学んでこそである。

 

 木剣を受け流してからエメの腹部へと蹴りをいれて距離を離す。

 何度か咳き込みながら体勢を立て直そうとするエメを見ながら溜め息を一つ。

 

「防御手段が稚拙ね」

「ゲホッ、ゲホッ」

「ベリルの能力を考えれば、まあ必要はないのかもしれないけれど。私には通用しないのだから、守りも学びなさい」

 

 影の移動というベリル人特有の能力を考えれば、防御など必要ない。

 けれど、エメを暗殺者として育てるつもりはない。エメが望むのならば、クロジンデにでも教えさせるけれど。

 アマリナもヘリオも似たような事は習得させてはいるけれど、二人は俺の従者であって暗殺者でもない。

 

「なんで、効かないんだよッ!」

「それを考えるのも鍛錬の一環よ」

「殺したい本人に聞くかね、普通」

「ヘリオ」

「へいへい。お嬢はもう少しこっちの身になってほしいんですけどねぇ」

「理解はしているつもりよ」

 

 それじゃぁ足りないんですけどねぇ。と気の抜けた溜め息がヘリオの口から吐き出された。

 心配してくれているのも嬉しいし、エメを敵視するのも理解している。

 俺が死んだ後は、考えてはいるつもりだけれど。

 

「私に勝てもしない相手が私を護っているヘリオに勝てると?」

「……はぁ。はぐらかす為に言ってた時の方が騙されてたんですけどねぇ」

「騙すも何も本心よ」

「だから困ってるんですよ」

 

 なんでだよ。困るな。

 これでも信頼はちゃんと寄せているつもりなんだぞ。ヘリオにも、アマリナにも。

 

 むっとした顔でヘリオを見ていれば疲れたような溜め息を吐かれた。

 エメの相手でいい感じに準備運動は出来た。

 

「なら、貴方が信頼に足るか。確かめさせてくれるかしら?」

「……手加減はしますからね」

「当然ですわ。私も加減をしますもの」

 

 お前の膂力で振られた剣を片腕で受け流せるとか思うなよ。思ってないだろうけど。

 本気で相手をするのなら魔術込みじゃないと相手にもされない。ヘリオのほうが圧倒的に強い。

 主として従者に負けるのはどうかと思う部分もなくはないけれど。

 

 ヘリオにとっては軽い打ち込みは俺には鋭い打ち込みであるし、何より受け流しても手が痺れる。

 何より嫌らしいのは、ちゃんと受け流しにくい所を狙ってきやがる。

 コイツ……手加減するって言ったよなぁ! 

 

「手加減、すると、言ったでしょう!」

「してますよ。アレク様とやる時よりも。存分に」

「才能の塊とッ、比べないで、もらえ、るかしら!」

「じゃあもう少し速くしますよ」

「ッ!」

 

 何が「じゃあ」だ、馬鹿野郎! 風で軌道を読みながら流すので精一杯なんだぞこっちは! 

 攻撃の隙はあるけど、防御を崩したら咎められる。

 かと言って攻撃しないのは鍛錬にもならないし、弟と比べられては姉としての立場がない。

 

 木剣を受け流しながら、集中する。

 右眼へと魔力を通して、世界を視る。

 周囲の風を視ながら、予測を立てていく。

 

 鍛錬だから、捨て身の選択は除外する。

 受けずに、避けて、攻撃する。

 簡単な話だ。できればの話だけどなぁ! 

 

「ほら、お嬢。防御ばかりだと追い詰められますよ」

「見えてる隙が、誘い過ぎますわッ!」

「それでも攻撃しなくちゃ鍛錬にならんでしょ」

 

 それはそうである。

 激しくなる剣戟を受け流し続けて、止まりそうな息を少し吐き出す。

 一歩、踏み入れる。迫りくる木剣を身体を捻って躱し、その捻りを使って矢のように木剣を突き出す。

 真っ直ぐにヘリオの首元へと伸びた木剣は当たる前に止める。

 

「お見事」

「――っ、はぁ、はぁ……」

 

 ドッと吹き出た汗とようやく大きく吐き出せた息。

 大きく呼吸を繰り返して、整える。こっちは汗が出ているけれど、ヘリオは一つも汗をかいていない。

 花を持たされた、という自覚はある。

 まあ勝負でもなければ鍛錬でしかないけど。

 

「……弱くなりましたわ」

「むしろ、お嬢と同じ年頃の貴族の令嬢さんはここまでしないでしょうよ」

「それとこれは関係ありませんわ」

 

 弱くなった。理由は単純に隻腕であることと、机仕事が増えたことだ。つまり、単純な運動不足である。

 軽めの運動はしているから体型は維持してはいるけれど。運動不足である。

 頭を抱えるほどの悩みではないけど、剣術部分で弱くなっている事は自覚すべきだろう。

 

「……」

「あら、おはよう。モルナ」

「……、おはよう、ございます、ご主人様」

 

 たどたどしく、言葉に慣れないように、感情も込められずに返された言葉を受け取る。

 ノール伯の所にいた奴隷。勇者召喚の生き残りである少女。今は俺の奴隷の一人であり、名前を聞いても答えてくれなかったのでモルナと名付けた。

 

 モルナから汗を拭くための布を受け取り、そのまま頭を撫でようとすればビクリと肩が震える。

 その様子にも戸惑わずにモルナの灰紫色の髪を撫でる。

 

 魔力路の修復は、順調とは言えない。

 直せてはいるが、放置されていた期間も長いし、ボロボロでもある。

 これは気長に直していくしかない。

 

「で、お嬢。今日のご予定は?」

「当然、魔術研究」

「お嬢?」

「――をするとシャリィ先生もお怒りになるでしょうから、ゆっくりするわ。それに、エメの相手をできる子を呼んでいるから、今日には着くでしょう」

「あー、なるほど。ちょうどいいでしょうね。お互い」

 

 レイならちょうどいいだろう。ヘリオみたいな圧倒的に勝てないし殺意が見える相手よりも。

 力量的にはレイの方が強い。一年だろうと積み上げた密度が違う。

 そろそろヘリオやリヨース以外の相手もさせるべきだろうし。

 

「さて、私は戻りますわ。ヘリオも、ほどほどにしなさいな」

「まあ殺さない程度には」

「……」

「わかってますよ。冗談です冗談」

 

 冗談には聞こえないんだよなぁ。

 俺の意思はわかっているだろうけど。

 まあ大丈夫だろう。たぶん。

 

 

 

 

 

 普段通りの赤いドレスをアマリナに着せてもらい、ぼんやりと紅茶を飲む。

 普段ならば組合で仕事をしているか、貴族達との交渉に赴いている時間ではある。

 休む時間がなかった、とようやく自覚はできる。同時に休む時間が必要ではなかった。

 全て必要な行動であった。間違いなく。

 

 渋い紅茶を一口飲んで、何もない天井を見上げる。

 急ぎすぎていた。速歩きであった。

 生き急いでいたつもりはない。ないけれど、結果としてみればそうであったのかもしれない。

 俺という人間の賞味期限を考えれば、急ぐ必要もあった。命の使い所はわかっているつもりだ。

 

「……」

 

 ベリル人の問題。

 魔術の発展。

 魔法と魔術の競合。

 組合の行く先。

 どうなるかなどわからない。

 

 それでも、進むしかない。

 だから俺は魔力を右眼へと流す。

 世界の理を一つずつ読み解き、可能性を探す。

 もっと。もっと。

 追いつくことのない理想へと。

 

「何をされておられるので?」

「魔術の研鑽……なんてする筈ありませんわ。シャリィ先生」

「結構。結構。相変わらず休暇という文字をご理解されていないようで」

 

 いつの間にかいたシャリィ先生を誤魔化す。

 そんな、する筈ないじゃないですか。

 ニッコリと笑っているけれど、目が笑ってませんよ。

 溜め息を一つ吐き出して、シャリィ先生が礼節に則り頭を下げる。

 

「魔術卿の就任、おめでとうございます」

「シャリィ先生の教えの賜物ですわ」

「……貴女は議会になど興味がないと思っていましたが」

「色々と事情がありますの」

 

 俺だって魔術卿なんて肩書きはいらなかった。

 陛下から渡されては断りもできない。

 事情などわからない。ハウメル侯は「陛下にはなにか考えがある」と言ってはいたけれど、中身はわからない。

 

「……なるほど。なるほど。貴女の意思ではないだろうと思っていましたが」

「必要最低限の権力には大きすぎですわ」

「貴女なら議会を壊すだろうと考えていましたが。そのつもりはないようで安心です」

「……先生は私を何とお思いで?」

「回りくどい政治など嫌いでしょう、ディーナは」

 

 ああ! よくご存知で! 

 議会が必要というのはわかるけれど、あんな賄賂と不正の温床など壊して一から作り直した方が早い。

 それで正しく運用できるかはわからないけれど、今よりもマシにはなるだろう。

 

「ですが、魔術卿となった以上、貴女が何をするつもりなのかは聞かせていただきます」

「……魔術を広めますわ」

「……結構、結構。予想通りの言葉です」

「シャリィ先生にも手伝っていただきますわ」

「……今、なんと?」

「手伝っていただきますわ。シャリィ先生」

 

 ニッコリと笑みを浮かべて言えば、シャリィ先生はキョトンとして聞き直す。

 翠玉にも似た瞳が俺を見つめ、俺はその視線から逃げもしない。

 俺個人では出来ることが限られている。何より手が足りない。時間を掛ければいいことであるけれど、時間を掛ける意味もない。

 

「……ディーナ、何かありましたか?」

「? ……特に思いつくような変化は無いと思うのですか……」

「なるほど、なるほど。よろしい」

「なら、手伝ってくれると?」

「そちらはまた別ですが」

 

 じゃあ何を納得したんですか、シャリィ先生。

 シャリィ先生にしてもらう事は単純である。尤も、シャリィ先生自身が嫌がれば、別の方法を考えるしかないのだけれど。

 

「シャリィ先生。学園で教鞭を取る気はありますか?」

「……また貴女は困ることを……」

「嫌ならば別の方法を考えますわ」

「嫌とは言ってませんが……。学園、ですか……」

「学園内の政治とは関与しないように働きかけもしますわ。駄目でしょうか?」

「そこまでする必要はありませんが……」

「わかりました。では魔術の為に新しい教育機関を作りますので――」

「止まりなさい、ディーナ。規模を大きくしないでください。冗談でも笑えません」

 

 冗談ではないのだから笑わなくてもいい。

 学園という基盤があれば育てることも容易いけれど、無ければ無いで動かし方はある。

 でも、シャリィ先生も政治とかあんまり関わりたくないだろうし。そこがネックなら解消はできる。

 

「……はぁ。私の名誉を守ろうとするのはわかりますが。少し落ち着きなさい」

「これでも落ち着いておりますわ。議会を破壊していませんもの」

「魔法議会で私が悪く言われているのはわかっていますが……学園への許可はおりてもいないでしょう?」

「私が何のために魔術を技術ではなく、学問として認めさせたと思っていまして?」

「……私が断るとは?」

「シャリィは私の頼みは聴いてくれるでしょう?」

 

 アマリナやモルナもいるので、敬称だけを省いて名を呼ぶ。

 シャリーティアは目を細めて、溜め息を吐き出す。お互いに頼み事には弱いのだ。

 

「……わかりました。が、あまり期待はしないで下さい」

「シャリィ先生に教えられた私はこうなりましたわ」

「貴女は幼少期から悪魔みたいなものだったので」

「……」

「本心ですよ」

「愛らしく振る舞えていると思っていたのですが」

「そういう所です。結局、魅入られては元も子もありませんが」

 

 悪魔だと思われていたのか……。

 だいたいゲイルディアの血のせいだろう。そうに決まっている。

 

「……それで、少し長く話してしまいましたが、レイやシエナと一緒に来たのでは?」

「レイとリヨースはヘリオに連れられてベリルの子供の相手を。シエナは『どうせ主様は仕事を抱えているので、処理を』と言って貴女の私室に」

 

 よく出来た娘たちである。

 でも残念だったなシエナ。抱えようとしていた仕事は取り上げられている。

 まあその内にシエナはこっちに来るだろう。

 

 ぼんやりと紅茶を飲みながらそう思っていると、シャリィ先生の厳しい視線が向けられていることに気付く。

 

「何か?」

「……アマリナもそうですが、シエナに施した物に関して」

「必要になりますわ」

「アマリナは理解できますが……」

「あの娘にも必要ですわ。自分で進める力は」

「……魔術を教え込んだ私も同罪ですね」

「ええ。尤も、相手はそうなるなんて思っていないでしょうけど」

 

 だいたい俺の思惑を汲み取ってくれたシャリィ先生は溜め息を吐き出して頭を抱える。

 これに関しては、避けられないことである。だからこそ、俺はシエナに魔術を刻んだ。

 いずれ訪れる決断の時に、きちんと納得できるように。

 シエナには実験と称しているけど、あの娘も賢いから俺の思惑には気付いているだろう。

 

「……ん? リヨースも来ているとおっしゃいました?」

「ええ。一緒に来ましたが」

「……いの一番に私の所に来ないという事は、まだ義手は出来てませんのね」

「いいえ。森に何度か戻っていましたし。ここに来る時に布で包んだ物を持っていましたよ」

「……」

 

 まずい。まずいまずい。

 約束を守る気はあるけれど、逃げられるなら逃げたい。

 あの戦闘狂は絶対に約束を忘れてなどいない。困る。休暇で怪我とかしたら絶対に組合員からも怒られるし、評議会でも槍玉に上がる。

 困る。非常に困る。

 

「ま、まあきっと別の物でしょう。そうに違いませんわ」

「では見に行きますか」

「シャリィ先生?」

「お返しです」

 

 ニコッと笑って立ち上がったシャリィ先生はスタスタと歩き出す。

 無慈悲すぎるけど、かわいいからよしっ! よくない。

 どうしようかなぁ。

 溜め息を一つだけ吐き出して、シャリィ先生の後を追う。

 戦闘自体はいい。諦めている。逃れられない。逃げたい。

 

 

 

 庭には木剣が打ち合う音が響く。

 教えた通り、綺麗に構えながらエメの攻撃を防御し、切り返し、短い赤髪が揺れる。

 

「なんで、当たらないッ!」

「なんでって、わかりやすいからだけど」

 

 エメの叫びは相対するレイによって冷静に返される。

 まだ余裕がある。エメは影による移動も使っているけれど、レイは素早い動きで攻撃を避け続けている。

 

「調子はどうかしら?」

「レイでも相手になってませんねぇ」

「当たり前だ。私が教えているからな」

「……私が知らない間に何を仕込んだのかしら」

 

 二人の鍛錬を見ているヘリオとリヨースの隣に立って、様子を見続ける。

 リヨースはレイに何を教えたんだ……。

 

「レイは筋がいいからな! 魔法を使わないのが勿体ない!」

「増やしても変わらんだろ」

「ふんっ。私に勝ってからその言葉を言ってはどうだ?」

「あ゛?」

「おやめなさい」

 

 売り言葉に買い言葉ではあるし、リヨースは単純に戦いたいだけである。

 魔法ありの実戦形式であれば、ヘリオはリヨースに勝てない。剣術だけならいい勝負だけれど、魔法を使われればエルフに勝てる人間などあまりいないだろう。

 ただ、殺し合いとか。あらゆる手段を用いて良いのならば、ヘリオは確実にリヨースを殺せる。そうはしないけれど。

 

「ディーナはレイに魔法を使わせる気がないのか?」

「手段を増やす事は賛成だけれど、それを十全に扱えるとは思っていないわ」

「むぅ……レイはあれでいて器用だぞ?」

「わかっているわ。ただ手段が多ければ迷うでしょう?」

「そうか?」

「……いや、迷わないですねぇ」

 

 お前らみたいな戦闘に特化してる奴らはそうだろうよ。

 レイもその類であるだろうから、迷いはしないだろうけど。

 レイは座学が苦手だから、魔術を教えるのにも時間が掛かる。それならその時間を研鑽に費やす方がいい。

 

 手段を増やす事は賛成だから……まあ、その辺りは考えておこう。

 

「ッ!?」

「これで、アタシの勝ちだッ」

「クソっ!」

 

 エメの首元へと木剣を当てて、レイは勝利を宣言する。どうやら終わったらしい。

 悪態を吐くエメに目を少し細めて、困ったように頬を指で掻いたレイは木剣を下げて、迷ったように口を開く。

 

「アンタは強いよ。少なくとも、去年のアタシよりも」

「でも負けた」

「そりゃぁ、今のアタシの方が強いからね」

 

 拮抗はしていない。レイの方がやや強い。

 けれど、ヘリオやリヨースほど隔絶した力量差があるわけでもない。

 二人で積み上げれば、いい相手になるだろう。

 エメは俺との勝負で勝てない事を理解してるけど、レイなら届くかもしれないと思うだろう。

 

 レイは俺に気付いたのか、木剣を腰に差してペコリと頭を下げる。

 礼儀までちゃんと教え込まれている。

 

「お久しぶりです、ディーナ・ゲイルディア様」

「普段通りでいいわ。畏まる場でもありませんし」

「でもアレク様は『姉貴はそういうの厳しいぞ』とか言ってたけど」

「……時と場合は見ていますわ」

 

 アレクはさぁ……。俺を何だと思っているんだ? 

 レイに礼儀を教えてくれている事には感謝するけれどさぁ! 

 時と場合でちゃんと見ているから。あとアレクへの礼儀作法で厳しくしているのはそういう立場であるからだ。レイとは立場が違う。

 

「まあアタシはコッチの方が楽だけど」

「ならいいわ。それで、エメはどうかしら?」

「ディーナがまた拾ったんだなぁって」

「変な癖みたいに言わないでくれるかしら」

 

 少しだけムッとして言い返してもレイはニコニコと笑って何も言わない。

 好き好んで人を拾っている訳ではない。優秀だから拾っているし、必要だから拾っているだけである。

 そこに何のおかしい所もないだろう。

 

「それで、ディーナはアタシに何をさせたいんだ?」

「エメと実戦形式での鍛錬ですわ。力量的にも問題ないでしょう」

「……アタシは負けないよ?」

「ええ。リヨースやアレクとばかり戦っていても積み上がるものが偏るでしょう。それに絶対に勝てる、とまではいかないでしょう?」

「それは……うん」

 

 十回やれば一回は負けるだろう。

 その程度の実力差であるし、ベリルの能力の厄介さでもある。

 ベリルの影移動が無ければ、百回やって一度は負ける。それぐらいには差がある。正確にはわからないけど。

 

「リヨースも手伝ってくれるの?」

「私には先約がある」

 

 ジロリと俺を横目で睨むリヨース。

 ですよねー。できれば彼女たちの鍛錬相手にもなってほしいけれど。今のリヨースにとってはそれよりも大事な事がある。

 

「できれば断りたいのだけれど」

「……構わん」

「あら。本当に?」

「あの時の約束通りだ。お前が()()に納得しなければいいだけだ」

 

 肩に掛けていた布包みをリヨースは俺に渡す。

 片手で受け取った俺は、その軽さに驚く。予想していたよりもずっと軽い。

 巻かれていた布が自然と解け、地面に落ちる。

 

 人の腕を模した木製の義腕。

 緻密な装飾の全ては、俺が組んだ魔法式の邪魔をせずに存在を確かにしている。

 魔力を通さなくともわかる。試作品よりもずっと魔力の通りがいい。

 至高の腕。エルフの技術の高さに感服すると同時に思わず口元がニヤけてしまう。

 

「……材料は族長がお決めになった」

「エフィ様が?」

「お前の腕を作る、と言ったら笑顔で準備されたな」

 

 エフィさんがね。

 それなら、魔力をどれだけ通しても壊れる事はないだろう。

 

 どれほど見ても美しい。

 技術の粋を集めた結晶。それを否定する事など、俺にはできない。

 これを納得しない、など嘘でも言えない。

 

「……リヨース。場所を確保するのに三日ほどもらうわ」

「ああ。構わん!」

「立会人としてシャリィ先生にも同行してもらいます」

「む……まあいいだろう」

「なぜ私が……ヘリオやアマリナで問題ないでしょう」

「魔術がエルフに勝つ所を見たくはありませんか?」

「ハッ。机に齧り付いては勝負に何の影響があるというのだ?」

「あら、剣を振るだけで私に勝てると思っているのかしら?」

「……はぁ。ヘリオ、止めてください」

「俺には無理ですよ。お嬢もリヨースも本気で煽ってるわけじゃありませんし」

 

 戯れみたいなもんですよ。とヘリオが言えばシャリィ先生がさらに深い溜め息を吐き出した。

 

 シャリィ先生には立会人として見てもらわなくては困る。

 エルフと魔術の戦いがどうなるか。それは大して重要な事ではない。

 

「シャリィ先生。私が見えている魔術の先をお見せしたいのです」

「……結構、結構。そういう所はディーナは頑固でしたね。ただし、二人ともに条件を一つ」

「む……禁則事項などいらないぞ!」

「二人とも、ある程度の怪我は……まあ、仕方ありませんが。大きな怪我を相手にさせないように」

「……無理ですわね」

「ああ、無理だ」

 

 少なくとも、リヨースと約束したことは本気の戦いである。

 あの時の再戦と言い換えてもいい。

 だからこそ、俺は本気でリヨースの相手をするし、リヨースはそもそも本気である。

 お互いに無傷は無理であるという確信がある。

 

「……はぁ。ヘリオ、何か二人を言い包められる言葉はありませんか?」

「まあ死ななければいいでしょう」

「この娘はまた腕ぐらい、などと思いますよ」

「あー……まあそれは大丈夫でしょう」

「……はぁ。この子もアッチ側でしたか」

 

 もう片方の腕も。なんて考えてはいない。

 そもそも死の心配など不要である。

 

 死にはしない。死ぬ筈がない。

 たとえ実戦であろうと。

 魔力で圧倒的な差があれど。

 剣術で驚異的な差があれど。

 魔法で絶望的な差があれど。

 エルフと人間という根本的な差があったとしても。

 

 負ける要素など一欠片も転がっていないのだから。

 

次挿絵のキャラは誰がいい?

  • リヨース
  • 騎士ディーナ様
  • シャリィ先生
  • エフィさん
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